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資料2
 
法科大学院の教育理念、制度設計の基本的考え方、制度の要点
     
注:
      
内の記述は司法制度改革審議会意見書における提言である。
   
I 教育理念
 
   理論的教育と実務的教育を架橋するものとして、公平性、開放性、多様性を旨としつつ、以下の基本理念を統合的に実現するものでなければならない。
   「法の支配」の直接の担い手であり、「国民の社会生活上の医師」としての役割を期待される法曹に共通して必要とされる専門的資質・能力の修得と、かけがいのない人生を生きる人々の喜びや悲しみに対して深く共感しうる豊かな人間性の涵養、向上を図る。
   専門的な法知識を確実に修得させるとともに、それを批判的に検討し、また発展させていく創造的な思考力、あるいは事実に即して具体的な法的問題を解決していくため必要な法的分析能力や法的議論の能力等を育成する。
   先端的な法領域について基本的な理解を得させ、また、社会に生起する様々な問題に対して広い関心を持たせ、人間や社会の在り方に関する思索や実際的な見聞、体験を基礎として、法曹としての責任感や倫理観が涵養されるよう努めるとともに、実際に社会への貢献を行うための機会を提供しうるものとする。
  (前回までの主な意見)
     従来の法学部の文化を法科大学院に持ち込むのではなく、プロフェッショナルスクールとして純化したかたちを検討することが必要。
     法科大学院については、学生の立場とともに依頼者である国民の立場に立って考えることが必要。すなわち、個々の法科大学院の教育内容は公的な法科大学院制度の一部であるため、例えば、ある法科大学院が不適格になった場合には、システム全体として、他の大学で学生を引き受けて、立派な教育の場を提供すると言う意味で、公と私をきちんと区別することが重要。
     リーガルプロフェッションの重要性を考えその理想に則して検討することと、法律家の活動はグローバルなものになっているので、世界に開かれた教育の場の実現の可能性について検討することが必要。
     一度決めたことは未来不変だという考えでいくのではなく、ベストを目指しつつも、さらにベストが見えたらそれに変えていくという試行錯誤の姿勢が大切。
     法科大学院構想は、日本の法学教育の現状など日本独自の問題が含まれているということと、米国の教育の要素を中核としつつも、カナダ、イギリス、フランスの制度に共通する面も備えていることに留意することが必要。
     カナダのロースクールのように、目的として地域の貧困者への奉仕を掲げ、貧困者へのクリニックのようなことが法科大学院でも実践されれば、社会の最下層の人たちの生活に触れて良い法律家が育っていくことが期待できる。
   
II 制度設計の基本的考え方
 
法科大学院の制度設計に当たっては、前記のような教育理念の実現を図るとともに、以下の点を基本とする。
   法科大学院の設置については、適正な教育水準の確保を条件として、関係者の自発的創意を基本にしつつ、全国的な適正配置となるよう配慮すること
   法科大学院における教育内容については、学部での法学教育との関係を明確にすること
   新しい社会のニーズに応える幅広くかつ高度の専門的教育を行うとともに、実務との融合をも図る教育内容とすること
   法科大学院における教育は、少なくとも実務修習を別に実施することを前提としつつ、司法試験及び司法修習との有機的な連携を図るものとすること
   以上のような教育を効果的に行い、かつ社会的責任を伴う高度専門職業人を養成するという意味からも、教員につき実務法曹や実務経験者等の適切な参加を得るなど、実務との密接な連携を図り、さらには、実社会との交流が広く行われるよう配慮すること
   入学者選抜については、他学部、他大学の出身者や社会人等の受入れにも十分配慮し、オープンで公平なものとすること
   資力のない人や社会人、法科大学院が設置される地域以外の地域の居住者等にも法曹となる機会を実効的に保障できるよう配慮すること
   法科大学院における適正な運営の確保及びその教育水準の維持、向上を図るため、公正かつ透明な評価システムを構築するなど、必要な制度的措置を講じること
  (前回までの主な意見)
     司法制度改革審議会では法科大学院の理想像が議論されたが、今後は理想も踏まえながらの現実的に限られた時間の中でどう実現していけるのかを議論することが必要。
     理想的な新しい法曹養成制度をつくるという実質だけは、制度の現実化の過程でも失わないようにして議論することが必要。
     入口や出口の問題、教科内容の問題については、設置基準が外形的な基準であるため規定すべきでないとしても、様々な面で関係してくるので、議論を幅広く行う必要があり、最終的に決めることは、一定の守備範囲内のものである。
     法科大学院制度については、あまり最初から硬直的な全国標準を定めるような制度設計をするのではなく、最低基準を共通に定めた上で、創意工夫が様々な試みを生み全体としての法曹養成を活性化させるようにすべき。
     プロセスを前提としているのであるから、法学教育、司法試験、司法修習の有機的な連携により、それぞれで何を分担するかについて、できるだけ早く検討すべき。
     良い法曹を育成するため、司法試験制度も法科大学院の教育内容にふさわしいものにしていく必要がある。従来の発想にとらわれず、斬新な視点で司法試験の在り方を考え、推進体制に適切に考え方をインプットしていかねばならない。
     法科大学院、司法試験、司法修習のどの部分を先に決めるかは難しい問題だが、法科大学院を中核とする教育のプロセスに重点をおいて、そのプロセスでどういう成果を出すのかということが検討の出発点。
     競争こそ品質をつくるという観点から、ロースクールの制度設計に当たっては、競争原理をうまく組み込んでいくことが必要。
   
III 法科大学院制度の要点
  1. 設置形態
 
   法科大学院は、法曹養成に特化した実践的な教育を行う学校教育法上の大学院とすべきである。
   独立大学院や連合大学院も制度的に認めるべきである。
  (前回までの主な意見)
     カリキュラムの在り方が、実務志向で法曹を養成していく基盤としての学問研究に支えられて、それが豊かなものになるという意味で、教育の場である大学が法曹養成の中核であるべき。
     法科大学院制度と専門大学院制度との関係をどのように考えるか。
     
  2. 標準修業年限
 
   標準修業年限は3年とし、短縮形として2年での修了を認めることとすべきである。
  (前回までの主な意見)
     法学既修者のレベルは短縮コースのレベルに達しているのかどうか、議論していくことが必要。
     
  3. 入学者選抜
 
   入学者選抜は、公平性、開放性、多様性の確保を旨とし、入学試験のほか、学部成績や活動実績等を総合的に考慮して合否を判定すべきである。
   多様性の拡大を図るため、法学部以外の学部の出身者や社会人等を一定割合以上入学させるべきである。
  (前回までの主な意見)
     設置基準を決める前提として、プロセスとして法曹養成の入口としての法科大学院、出口としての司法試験、司法修習の関係全体を理解するため、入学試験についても議論することも必要。入試の具体的な細部をどこまでこの部会で決めなければならないかについてはともかく、適性試験について議論するのも適当。
     統一的な適性試験について、どこが主体になって、どういう形でやるのかまでは設置基準の問題ではない。責任あるところが適性試験を提供して、各法科大学院が利用していく実態が、全国的に統一的、公平、客観的な適性試験を課しているということが守られているかどうかは評価の問題。
     大学を卒業した後の法科大学院以外の進路は早く決まることと、意見書の内容に沿った入試は手間がかかることを踏まえ、秋までには入学者選抜の結果が判明していることが望ましい。
     アメリカのロースクールでは、学部で何か法律以外の専門をやった人をわざわざ入れており、法律の勉強は大学院でやるべきであるとして、法律をやった人はむしろ排除している。
     法科大学院の入口の段階で、法学部出身者の人が法学以外の分野を幅広く履修したことを、評価する仕組みも考えられる。
     
  4. 教育内容・方法
 
   法科大学院では、法理論教育を中心としつつ、実務教育の導入部分(例えば、要件事実や事実認定に関する基礎的部分)をも併せて実施することとし、実務との架橋を強く意識した教育を行うべきである。
   教育方法は、少人数教育を基本とし、双方的・多方向的で密度の濃いものとすべきである。
   法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7〜8割)の者が新司法試験に合格できるよう、充実した教育を行うべきである。
   厳格な成績評価及び修了認定の実効性を担保する仕組みを具体的に講じるべきである。
  (前回までの主な意見)
     従来の法学教育の最大の問題点は、法的に加工された事実関係を所与の前提として理論的な問題を扱うのが中心であること。
     法科大学院の教育は、実際に法を適用することを念頭に置きながらしっかりした理論教育をすることがあるべき姿である。
     実務と理論の2項対立は明確でなく、学部段階での理論的教育とは教養主義的な教育であるため、法科大学院における理論的教育について、どのように考えるかが必要。
     アメリカのロースクールでは、理論と実務とを両方同時に実体法の授業の中で教える。良い実務家になるためには、法の歴史的背景、法の社会的インパクトなどの知識が必要である。
     今後、新しい問題に直面した時、法律家としてきちんと分析し、解決していくためには、受動的に講義を受けさせるのではなく、能動的に未知の問題に取り組んで解決方法を身につけさせるような教育を考えていくことを強調することが必要。
     正解志向を排除することも意識し、答が一つでないことを常に意識させることが必要。
     判例の積み上げで新しい法解釈が次々と生まれていき、ダイナミックな法の世界が構成されることをいかに教えるかが法科大学院では問われる。
     基本的に成文法の枠組みにおいて法律の基本的なものを理解していくことが前提としてあるべき。
     応用力も大事であるが、その基盤になる知識は軽視すべきでない。
     法曹を目指す人が法学だけに力を入れて、関係のないものは勉強しないというような方向は避けることが必要。
     アメリカのロースクールでは、どの科目でも倫理問題を取り入れていて、1年目から学生にテーマを与えて考えさせている。
     
  5. 教員組織
 
   法科大学院では、少人数で密度の濃い教育を行うのにふさわしい数の教員を確保すべきである。
   実務家教員の数及び比率については、カリキュラムの内容や新司法試験実施後の司法修習との役割分担等を考慮して、適正な基準を定めるべきである。
   弁護士法や公務員法に見られる兼職・兼業の制限等について所要の見直し及び整備を行うべきである。
   教員資格に関する基準は、教育実績や教育能力、実務家としての能力・経験を大幅に加味したものとすべきである。
  (前回までの主な意見)
     専門大学院制度では概ね3割の実務家が必要とされているが、法科大学院として教育をするのに実務家の関与がどの程度か。
     将来的には、法科大学院で教育を受けた人が、実務を経験して大学に戻り、研究能力も身につけ、大学で教育するということが理想であり、少なくとも実定法科目を担当する人は法曹資格をもっていることが望ましい。
     アメリカのロースクールの教員になるのは、殆どがロースクールの卒業生で、大部分は実務経験2年か3年の者である。さらに、最近は経済学、心理学など法学部以外の分野の修士・博士号も持っている者が半分程度いる。
     
  6. 学位
 
○法科大学院独自の学位(専門職学位)の新設を検討すべきである。
     
  7. 公平性、開放性、多様性の確保
 
   地域を考慮した全国的な適正配置に配慮すべきである。
   夜間大学院や通信制大学院を整備すべきである。
   奨学金、教育ローン、授業料免除制度等の各種の支援制度を十分に整備・活用すべきである。
     
  8. 設立手続及び第三者評価(適格認定)
 
   法科大学院の設置は、関係者の自発的創意を基本としつつ、基準を満たしたものを認可することとし、広く参入を認める仕組みとすべきである。
   入学者選抜の公平性・開放性・多様性や法曹養成機関としての教育水準、成績評価・修了認定の厳格性を確保するため、適切な機構を設けて、第三者評価(適格認定)を継続的に実施すべきである。
   第三者評価を実施する機関の構成については、法曹関係者や大学関係者等のほかに外部有識者の参加によって客観性・公平性・透明性を確保すべきである。
  (前回までの主な意見)
     大学設置分科会による設置認可と第三者評価機関による評価の2重の審査がなされることが想定されることについて、どのように考えるか。
     第三者評価については、内閣の司法制度改革推進の体制の方で考えてもらい、司法制度改革推進本部は3年の時限で設置されるため、3年経過後は第三者評価機関が恒常的に評価するという形になる。
     プロフェッショナルスクールで徹底するのであれば、設置基準を各大学の創意工夫が生きるようにゆるめにし、アクレディテーションによりアウトプットの質について競争をした方がよい。
     我が国では、大学の設置を国が保証してきていたため、いきなりにそれをアメリカのようにアクレディテーションに任せるということは現実的ではなく、設置認可の部分は生かして行かざるを得ない。現実的には、アクレディテーションは設置認可後の部分を実質的に見るということを担うことになるので、設置の段階で教育の質を保障するためには、国全体として統一的な制度を作らざるを得ず、設置基準の部分が重要となる。
     評価については、適格認定を取り消すのではなく、改善を促すことが第一の目的。
     法科大学院のアクレディテーションが特殊なのは、法科大学院の設立目的が単なる教育ではなく法曹養成に特化した機関であり、法曹資格に結びついていくということである。
     実際の設置認可に際しては、設置基準による外形的審査はクリアしたものの評価基準を満たさないために、その法科大学院に入学した学生が、2,3年後の新司法試験を受験できなくなるという事態を避ける必要がある。
     設置認可の審査と第三者評価とを実質的に並行的に行うなどの工夫はあり得る。その際の問題点は、評価基準の中には、カリキュラムや教員の確保等、事前に把握できる事項と、授業の実施状況等、設置後継続的に評価するしかない事項とがあり、設置認可の時点でこれらをすべてカバーできないということがある。
     各法科大学院が設置後4年以内に第三者評価を受けて適格認定を受けることとし、第三者評価を受けるまでの間は、設置の段階である程度第三者評価に耐えうるものを認可するという要素が必要であり、何らかの形で第三者評価基準を将来満足できる様な形での設置認可の仕組みが適当である。
     
  9. 法学部教育の将来像
 
   法科大学院導入後の法学部教育については、それぞれの大学が特色を発揮し、独自性を競い合う中で、全体としての活性化が期待される。
   学部段階における履修期間については、いわゆる飛び級を適宜活用することも望まれる。
  (前回までの主な意見)
     プロフェッショナルの養成とそうではない法学部の役割を整理して考えていくことが必要。
     法学部を有する大学が全国で94あるという前提の中で、法科大学院と法学部教育との連続性を活かすべきところは生かすと同時に、確固たる断絶も必要になるが、それについてはおのずと社会の中で仕分けができていく。
     リベラルアーツの人間教育を行った上で、メディカルスクールやロースクールのような仕組みが専門教育をする形をとらないといけない。
     法学部は当面存続するにしても、どのようにそれを転換させるかについては、各大学がそれぞれの伝統と政策に基づいて決断し進んでいくことが必要。
     我が国の場合は、法的素養を備えた人を様々な方面に送り出す法学部があり、その中から法曹になる人を試験で選抜するという伝統の上に、新しい法曹養成制度をつくることを踏まえ、その場合にどうするかという発想で議論すべき。
     常に生の事件とフィールドワークの関係にある問題を法律的に解決していくことが法律学としてあるべき姿であり、そのような基礎教育を受けてきた人を前提にして、さらに専門教育を受けていくということが法曹養成の在り方としてあってもよい。
     アメリカでは、法学部はないが、学部レベルで法学に関する科目はかなりあり、その科目は基礎法学的なものが多い。ロースクールに入る以前にかなりの学生が法律に関する科目を勉強しているのが実態。

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