次のような意見交換がされた。
○ これまでに、敗訴者負担制度を導入しない範囲について議論し、行政訴訟、労働訴訟、人事訴訟、人身損害に関する訴訟、消費者関係訴訟といった訴訟について御意見をいただいた。これ以外の訴訟について御意見があればいただきたい。
○ 少額訴訟については、弁護士報酬の敗訴者負担の対象外とすべきだと考える。少額訴訟手続は、本来弁護士の関与が予定されていない手続だからである。
○ 少額訴訟は、今回の法改正で、利用可能な上限額が30万円から60万円までに引き上げられた。外国では少額訴訟手続に弁護士が関与することを禁じているところもあるが、少額訴訟手続についてはどのように考えるべきか。
○ 少額の訴訟でも敗訴者負担をということも考えられなくはないが、敗訴者負担の対象外にしてもらいたい。本人訴訟の領域は残しておくべきである。以前にアメリカの少額訴訟について紹介したが、訴訟をためらう1番の理由はコストだった。
○ 少額訴訟を弁護士報酬の敗訴者負担の対象外にという場合に、それは、実際に少額訴訟手続で終わった事案のみを指すのか、少額訴訟が利用できる額の請求全てを意味するのか。少額訴訟は、被告のイニシアティブで通常訴訟手続に移行できる。通常訴訟に移行した場合はどう考えるのか。また、司法書士が代理等の形で関与した場合の報酬も敗訴者負担の対象になると考えるべきなのか。本人訴訟をした場合でもそれだけの労力はかかるが、それを敗訴者から取れるようにすべきか。
○ 通常移行した場合は話は別だろう。他に敗訴者負担の対象外とされる訴訟類型に該当するかどうかで決まることになるだろう。通常訴訟に移行したら差別化の理由はない。通常訴訟の場合は、請求額が少額であるほどコスト回収のニーズが高いのが普通である。本人訴訟の場合については、訴訟追行に必要な経費と考えるなら、相手方からの回収を認めるのが論理的ではないか。介護費に関しては、介護士にお金を払って介護した場合も、本人が介護した場合も、相手方から取れるというのが最高裁判所の判例である。もっとも、このようなことが法制的に認められるかどうかは別の話である。
○ 少額訴訟はもちろん、個人間の訴訟は、敗訴者負担の対象外とすべきである。訴訟の勝敗の見通しがつきにくく、萎縮的効果がある。
○ 少額訴訟については、個人対個人だからとか訴訟の勝敗の見通しよりも、弁護士を付けることを予定していない手続であるという理由の方がいいのではないか。弁護士への報酬が必要経費とは認められないというのが理由だろう。本人訴訟の問題はあるが、今後は、必要な事件には弁護士が付くという方向に向かうだろう。本人訴訟をした場合の機会費用の問題は検討に値する。
○ 訴訟の現状を見ると、本人訴訟率は高い。弁護士報酬を敗訴者の負担とする基礎がない。
○ 日本では弁護士強制になっていない。弁護士過疎地域では、弁護士に頼みたくても本人訴訟をする場合もあるだろう。このような色々な問題を考えると、弁護士報酬を敗訴者の負担にするのは良くない。
○ ある程度規模の大きな企業は、敗訴者負担制度の導入を望んでいる場合もあるだろう。敗訴者負担制度を導入すべき訴訟類型を検討してはどうか。
○ 弁護士報酬の敗訴者負担制度の導入は時期尚早であると言われることがあるが、どういう点で時期尚早なのか。
○ 弁護士報酬の負担の在り方については、理念的には2通りの考え方があり得る。これまでは、弁護士強制制度はなかったし、実際に本人訴訟も多かった。いつから敗訴者負担制度を導入するかは政策的な判断になるだろう。今はその土壌になっていないと思う。日本では、これから、気軽に裁判を利用できるようにする時期である。今はアクセスの拡充を考える時期である。
○ 時期の問題ではなく、どちらにしたらアクセスしやすいのかという問題で、それを分野ごとに考えていくということではないのか。
○ 企業間の訴訟でも、敗訴者負担の導入は時期尚早と考えるか。
○ 企業と言ってもピンからキリまである。日栄の裁判の例もある。日栄の裁判の例では、債務者は企業が多いが、負けたら日栄の弁護士の報酬を負担するということだと裁判をしにくい。
○ 事業者であっても萎縮するということか。どういう場合に萎縮するのか。よく2人分の弁護士報酬を負担することになると言われるが、これは正確ではない。また、弁護士報酬の敗訴者負担制度が採用されているイングランドでは、コンティンジェント・フィー(条件付き成功報酬制度)が導入され、負けても相手方の弁護士報酬を負担するだけでよく、自分の弁護士への報酬は払わなくていい。1人分の弁護士報酬で済む。敗訴者負担制度を導入したら必ず2人分ということにはならない。それと、負けたら若干負担が増えるが、勝てば負担が軽くなると説明して、それでも敗訴者負担は嫌だという人がどのくらいいるのか。私にはその辺はよく分からないが。
○ 日本では、着手金をもらってやるという慣行が定着している。
○ 実務はそうだろうが、法律で着手金を受け取ることになっているわけではない。弁護士報酬規定もなくなるし、これまでにも成功報酬で契約した例はあるのではないか。
○ 普通のやり方は着手金である。アメリカのように成功報酬になるということはすぐにはないのではないか。
○ コンティンジェント・フィーという制度は、アクセス拡充のために弁護士が考えたものである。それに関して、アメリカでは弁護士倫理上の規制がなかったということである。イギリスでもそのようだが。事件の種類に応じて、弁護士が、いかにしてアクセスを容易にするかを考えて、このような制度の導入も含めて議論すべきではないか。着手金を前提に議論するのはおかしいのではないか。アメリカでは、交通事故などは成功報酬でやっている。コンティンジェント・フィーを排除して議論をする理由が分からない。
○ アメリカで成功報酬制になっている場合の弁護士報酬の額はかなり高額である。そのようなことができるかと言うと、請求できる額には自ずと限度があるだろう。いきなり成功報酬に変わるということはないだろう。将来の課題としてはあるのかもしれないが。
○ 弁護士報酬の在り方は考えるべき課題である。ところで、敗訴者負担の問題については、アクセスの推進が基本である。弁護士の敷居が高い、裁判所は近寄りがたいなど、司法に近付きがたい現状が問題である。市民の起こす訴訟は、敗訴者負担の例外にしてもらいたい。また、アクセスの推進のために、片面的敗訴者負担制度も検討してもらいたい。
○ アクセス障害の原因としては、弁護士が身近にいないことの方が主要な問題ではないか。それに比べれば、訴訟費用の負担の問題や弁護士報酬の負担の問題はそれほど大きなものではないという気がする。これから、弁護士が身近な存在になるようにという方向で制度を構築することになろう。弁護士に依頼するといことが原則形態だと考えるならば、弁護士に払った費用の一部は訴訟費用の一部だと考えて敗訴者の負担とする方が、理念的には、アクセスの拡充につながる面が大きいという気がする。提訴萎縮的効果が生じる場合はあるということは分かるが、普通の事件では、萎縮的効果はそれほど大きくはないのではないか。負担額の定め方にもよるが、敗訴者負担になったから訴訟をやめるという事件はそれほど多くはないのではないか。
○ 個人間の貸金の場合は、借用書や領収書を残していないことも多く、弁護士にとっても勝敗の予測が難しい。
○ 弁護士への報酬が必要不可欠な費用として受け入れられないということなのか。訴額にかかわらず、たとえ民事法律扶助の着手金の支出基準による上限額程度の額の負担でも、影響が大きいと考えるのか。
○ そう考える。弁護士の着手金は30万円くらいであることが多い。それに加えて、負けたら更に22万円というのは大きいだろう。
○ その気持ちは分かるが、勝つか負けるか分からないのに訴えを起こしたという場合の被告の立場はどう考えるのか。また、裁判は、大半は、勝つべき人が勝っているのではないか。弁護士も、ある程度勝敗の見通しを立てて事件を引き受けているのではないか。
○ そういう面はあるだろうが、日栄の事件のような例はある。最高裁の判断が出る前は連戦連敗だったということもある。裁判所の判断が変わってきているという面がある。勝つか負けるか分からないが挑戦するという権利はあるのだろう。自分の弁護士費用の負担だけだからやれるという事件は多いのだろうと思う。
○ 普通の事件で、勝つか負けるか分からないかというと、必ずしもそうではないだろう。一部の事件をもとに全体を論じるのはどうかという気がする。
○ 裁判官が判断に悩む事件は、実際には極めて少ない。弁護士の勝敗予測とは大きくは違わないのではないかと思う。法解釈で意見が分かれる場合が皆無とは言わないが。
○ 昔は、金融機関の裁判では金融機関が必ず勝つと思われていたが、今は必ずしもそうではない。時代とともに裁判所の判断も変わってきている。以前よりも勝敗の見通しが立てにくくなったと感じている。
○ 勝敗の見通しも重要だが、司法判断が果たす機能に注目すべきではないか。勝ち負けをはっきりさせたいのではなく、裁判所の判断を国民は求めているだけなのではないか。
○ ところで、以前に委員から御指摘のあった国家賠償請求訴訟についてはどう考えるべきか。
○ 広い意味では行政訴訟であり、行政訴訟と同様に考えるべきである。公益という点では共通である。
○ 敗訴者負担を導入すべき訴訟類型を検討すべきという御意見があったが、御意見はあるか。
○ 資本金5億円以上の大会社間の訴訟が考えられる。当事者が反対しなければいいと思う。
○ 司法での解決が根付くということは、時間の面でも、お金の面でも、司法での解決のために当てる部分が増えることを意味する。家計の上でも、これに割り当てられる部分が増えるということになる。現在の家計を前提に議論してよいのか。この点を考えつつ、中立性を保って考えていく必要がある。
○ 私にとっては、ただ今の御発言は企業人的な発想に感じられる。この場での議論は、どちらかというと法律の専門家の議論であり、一般国民との間には溝があるように感じる。
○ 今は、トラブル解決の費用は必要だという意識に移りつつある時期である。負けたら相手の費用まで負担させられるというところまでにはいっていないと思う。
○ 敗訴者負担制度は万能ではない。しかし、悪いところばかりではなく良いところもある。例えば、環境破壊を理由として差止請求訴訟を起こして勝ったとしても、損害賠償請求を併合していないと、何の利益も得られない。自分が依頼した弁護士への報酬を負担しなければならない。訴額が比較的低い事件では、弁護士に報酬を払ったらあまり残らないという場合もある。これまで弁護士報酬が各自負担だったのは、アクセスを拡充するためというわけではない。弁護士費用が必要経費だという考えがなかっただけである。弁護士報酬が必要経費であるにもかかわらず、それを相手方から回収できないことによって、勝訴してもあまり利益を得られないという人もいる。これは酷な話ではないか。
○ 差止請求は、原告が勝つケースが少ない。勝てば弁護士報酬を取りたいと思うのは事実である。しかし、裁判を起こす時点では違うのではないか。司法制度改革審議会の意見では、気楽に裁判をという方向が示されている。
○ 気楽にというのはいかがなものか。裁判は、色々と考えた末に起こすものではないのか。前にも述べたが、私は、何でもかんでも裁判に持ち込んで解決するのが必ずしも良い社会だとは思わない。
○ 今の日本では裁判が少なすぎる。アメリカのようになるのがいいとは思わないが、日本の現状はアメリカとは違う。確かに、不当な訴訟があることは分かる。その標的の多くは弁護士や裁判官である。しかし、裁判を起こすべきなのに起こしていない例が多い。
○ 世の中のどのくらいの人が弁護士報酬が必要経費だと思っているのかが分かるデータはない。しかし、少なくとも、事務局には、そのような意見の投書は来ていないのではないか。
○ 本日の資料4は、これまでの議論の概要が網羅されているが、一覧性に欠けていてわかりにくいところがある。事務局には、議論をする際にしやすいように工夫していただき、次回は、もっと一覧性のある資料を出してほしい。