事務局から資料2について説明があり、日本弁護士連合会から資料3が提出されている旨の説明がされた。
その後、次のような意見交換がされた。
○ 顧問会議では、佐藤座長が、弁護士報酬の敗訴者負担について、負担の公平を図りつつアクセスを容易にするという趣旨だとの発言をされた。この検討会では、敗訴者負担はアクセスの向上が目的で、負担の公平ではないという意見もあった。裁判の数を増やすことがアクセスの向上につながるという発言もあった。しかし、負担の公平を図ってアクセスを向上させるということだと理解するが、それで良いか。
● 佐藤座長に対しては、弁護士報酬の敗訴者負担制度の趣旨について、アクセスの拡充かそれとも負担の公平化かとの質問があり、負担の公平化を図りつつアクセスを容易にするとの御説明があったものである。
○ そもそも敗訴者負担の導入の是非についての議論があったはずである。資料2はこれまでの議論の概要というタイトルになっているが、一部抜粋にすべきである。
○ 資料は分かりやすいものをとこちらからお願いして作ってもらったものである。網羅的なものは既にある。
○ 国民にとって司法とはどういうものかという点についての現状認識が重要である。市民が利用しやすい司法を目指すべきである。日本にはホーム・ドクターのような弁護士がいない。
○ 今の御意見は司法ネットに関するものではないか。敗訴者負担についても、弁護士と国民との関係の実情を調査しないと議論が進まないという趣旨か。
○ 調査は大変難しいものだと思うが、制度を変えるのなら慎重でなければならないと考えている。市民と弁護士との関係は上手くいっていないから、これから先更に発展させていかなければならないと思っている。
○ 一連の制度は司法へのアクセス改善のためのものだろう。裁判への窓口が狭くならないようにということだろう。
○ 敗訴者負担を導入する部分、しない部分を議論することで不安は解消されるのではないか。もう少し議論してはどうか。個人間の訴訟、事業者間の訴訟などについても考えてみる必要があろう。
○ 市民の弁護士へのアクセスの現状についての認識は重要だが、現状のままでよいとは言えないのではないか。今までは弁護士が少なく、法律扶助が充実していなかった。弁護士の費用がどうなっているのかも一般の人には知られていなかった。しかし、今後は弁護士報酬も透明化されるなど、状況は変わっていくだろう。先を見て議論した方が良いのではないか。具体的な事件類型ごとの弁護士報酬の現状がどうなっているのかも教えていただけるとありがたい。欧米でも提訴萎縮を指摘する声があるが、我が国とは弁護士報酬制度が異なる。一概に提訴を萎縮するとは言えない。
○ 議論を深めたいと思う。民事関係の訴訟法としては民事訴訟法、人事訴訟法、行政事件訴訟法の3つがある。職権証拠調べなど特別な規定を置いていることもある。このあたりはどう考えるべきか。
○ 行政訴訟についても細かく見ると類型がある。前回までは抗告訴訟を前提に議論した。しかし、当事者訴訟は民事訴訟に近いので別に論ずる余地がある。民衆訴訟は、個人の利益を図るためでなく、行政の適法性を確保するためのものなので敗訴者負担にすべきではないように思う。機関訴訟は国対自治体、あるいは自治体対自治体の訴訟であり、立場は対等である。国対個人とは違う。そこをどう考えるべきか。
○ 行政訴訟を細かく類型分けするのはどうかと思う。行政訴訟はひとくくりにした方がよい。行政訴訟には導入しないということでよい。行政訴訟の中でも、国対個人の訴訟は片面的敗訴者負担にすべきである。行政訴訟では、国は指定代理人が出てくるので、敗訴者負担にしても事実上は負担はなく、片面的負担になるが、自治体は弁護士を使うことが多い。諸外国でも、オランダでは制度的に行政訴訟は片面的敗訴者負担になっている。ドイツでは指定代理人のため、事実上片面的敗訴者負担になっている。フランスでは裁判官の判断に委ねられている。
○ 日本経済団体連合会、経営法友会の意見を紹介したい。これらの団体では片面的敗訴者負担に反対している。当事者を外観から強者、弱者に分けて議論をするのはどうかということである。その前に、両面的敗訴者負担についてどのような範囲のものを適用除外とするかの検討をすべきではないかということである。
○ 国は弁護士に頼まず指定代理人に頼むということと、公権力の行使に関する訴訟だという指摘が以前にあった。どう考えるべきか。指定代理人制度があるからというのはやや技術的な印象を受けるが。
○ 提訴萎縮がどれだけ重大かということを議論すべきではないか。行政訴訟の場合は、行政の適法性を争う唯一の手段だから、萎縮効果はない方がいいということになるのではないか。また、国が国民に対して行政訴訟を起こすということはなく、構造的な片面性があるので、そのあたりをベースに考えてはどうか。
○ 行政訴訟に片面的敗訴者負担を導入するかどうかは、行政が間違いを犯さないという前提に立つかどうかで決まる話ではないか。間違いがあったときに片面的敗訴者負担制度があった方が社会が健全になるのではないか。
○ 私が構造的に片面的だというのは、行政処分は争われない限り有効であり、行政庁が訴訟を起こして行政処分の有効性が認められるという形になっていないということである。だから、敗訴者負担にするのは適当でないということである。国民の側から訴訟を起こさざるを得ないという事情がある。現状どおりでいいという趣旨である。
○ 行政訴訟に敗訴者負担を導入しないということになると、例えば、大銀行が課税処分を争う場合も敗訴者負担にしないことになるが、それでも良いと考えるのか。こういう訴訟だけを分けるのは技術的に難しいと思うが。
○ それで良いのではないか。行政に対するチェックなので、誰が原告でも良い。
○ 住民訴訟についてはどう考えるか。
○ 住民訴訟については、敗訴者負担を導入すべきでないと思う。
○ 抗告訴訟では勝訴しても経済的利益を得ることができず、敗訴者負担を導入しないと自分の弁護士費用だけが持ち出しになるが、それでも良いと考えるのか。
○ 各自負担でよいと思う。行政訴訟は勝つかどうか分からずに起こしている。自分の弁護士費用を負担する覚悟で提訴している。
○ 抗告訴訟ではどのくらいの弁護士費用がかかるのか。
○ 課税処分を争う場合は弁護士報酬も高いかもしれないが、それ以外はあまり高くはないのではないか。中小企業の税金訴訟もあまり高くはない。30万円くらいではないか。
○ 抗告訴訟では訴額算定不能になる場合がある。
○ 労働訴訟の分野では当事者の力の格差という理由が考えられるのではないかという議論があったが、どう考えるか。
○ 労働裁判は件数が少ない。相談は多いと聞いている。いろいろな原因で司法に結びついていないのだろう。各自負担の方がアクセスしやすい。こういう分野では、弁護士は、最初は実費程度しかもらわないで事件を受任することもある。組合と企業も現実には対等でないので、各自負担の方がよい。
○ 未払賃金の支払請求の話もあったが、どう考えるか。原告が結構勝つという話もあったが。
○ 大企業なら未払額はすぐに分かることかもしれないが、中小企業では何時間働いたかを資料に残していないこともあり、そう簡単ではない。裁判しても相手から回収できないこともある。
○ 労働訴訟では強者対弱者という図式が主張されているが、これを拡大すると、個人間の訴訟でも所得のある人、財産のある人とない人との間の訴訟は敗訴者負担にすべきでないという議論になってくる。敗訴者負担を導入しない訴訟類型の設定に当たって貧富の差という考え方はどうかと思う。行政訴訟で公権力の行使に関わるという議論があったが、そのような別の理由付けがあった方がいいと考える。
○ 労働の分野では実質的公平を確保するために労働法ができた。敗訴者負担は形式的公平に近い考え方になるだろう。実質的公平を実現するということになると、片面的敗訴者負担ということになるのかもしれないが、それには問題が多い。だから、実質的公平を確保するために、労働の分野には敗訴者負担を導入しないということになるのではないか。
○ 私は、貧富の差ということではなくて、アクセスの視点から考えたい。敗訴者負担は貧困者に厳しい制度である。労働の分野では今でも訴訟を起こしにくい。だから各自負担がいいと考えている。片面的であればいいかもしれないが、ここまで片面的負担を広げるのはいかがなものかという議論もあるので。
○ 実質的公平の観点でと申し上げたが、それだけではなくて、別の要素も考慮すべきだということを付け加えたい。提訴萎縮的効果が重大かどうかという点も考えるべきである。生活維持に関わる訴訟分野では提訴萎縮的効果を伴う制度を入れるのは妥当でないということが根拠になるのではないか。破産法改正作業でも、非免責債権として雇い人の給与債権、人身損害に基づく損害賠償請求権などを挙げている。これは債権者の生活維持に不可欠だからという考えに基づいている。
○ 今のお考えでいくと、使用者と組合の間の訴訟はどうなるのか。
○ 私の意見は以前に申し上げたとおりである。提訴萎縮的効果の観点からでは敗訴者負担の適用外にはならないように思う。ただ、実質的公平を確保するために労働法が作られたという観点から説明することは可能だろう。
○ 聞くところでは、サービス残業が蔓延していて実態がつかめないくらいだそうである。これは零細企業に限った話ではないそうなので、その点は考慮すべきではないか。
○ 私はアクセスの観点も大切だと思う。組合対企業の訴訟もアクセスの点からは各自負担がよい。
○ 萎縮効果だけでは理由付けが弱いという印象を受けるが。
○ 萎縮効果ということではなく、司法アクセスの拡充を図る制度だから、そうでない場合はということである。
○ 提訴萎縮という話があるが、背後にある事情はいろいろだろう。貧しいけれど裁判をせざるを得ない人に手弁当で援助をしている弁護士がいるのは事実だが、そういう弁護士の善意に期待してアクセスを議論するのはどうかと思う。それで本当に司法へのアクセスを担保できるのかと思う。弁護士は勝つ確率を高めるためには必要不可欠とも思える。今の現状ではこうだからという説明があるが、それだけでは十分な説得力がないように思える。抽象的な言い方だが、整理しがたい疑問として残っているのであえて申し上げた。
○ やはり現状から出発しなければならないと思う。日本は裁判が少ない。これから裁判を多くして権利を確立していこうと考えている弁護士が手弁当で裁判をしている。欧米は訴訟を抑制せざるを得ない状況だろうが、日本は違う。裁判に行き着かないうちに終わってしまう。これ以上裁判を少なくしないようにと考えている。
○ 提訴抑止効果があるのは分かる。しかし、生活保障が必要な人だからこそ弁護士費用の持ち出しに耐えられないという面もある。弁護士が手弁当で仕事をすることに期待して今後事件が増えて大丈夫なのか心配である。どうしても各自負担ということなら法律扶助の充実が必要である。
○ ドイツでは労働組合の組織率が高い。おそらく組合が組合員の訴訟を援助していることもあるだろう。我が国の場合はそうではない。地位確認訴訟の場合は未組織労働者が原告になることも多い。聞いた話では、組合対労働者という訴訟もあり得るそうである。労働訴訟の分野は難しい。
○ 国家賠償請求訴訟の話があり、取消訴訟に準ずるだろうという議論があった。行政訴訟以外に国等が当事者となる訴訟についてはどう考えるか。国が物を買って紛争になった、国が建物を建ててもらったが欠陥があったといった訴訟がありうると思うが。
○ 特に理由がない限り敗訴者負担でよいのではないか。国が庁舎を建てるのに落札者である建設会社に発注したが、手抜き工事だったので損害賠償を求めるといった事案があり得る。
○ 大企業と国との間の訴訟ならそれでよいが、中小企業対国の場合は各自負担だろう。
○ 感覚的には分かるが、何か別の理屈はないか。
○ 話が戻るが、労働関係訴訟について、使用者対組合の訴訟は現状どおりという選択肢もあり得るのではないか。実際の訴訟では少数組合が使用者と訴訟をすることが多い。集団的労使紛争では労働委員会制度があるが、これは普通の紛争とは異なる特殊性があるからだろう。労働組合からの意見は寄せられていないのか。
● 日本労働組合総連合会からの意見では、組合と使用者間の訴訟についても敗訴者負担を導入すべきでないという意見であった。また、労働訴訟は片面的敗訴者負担の導入は適当ではないとの意見であった。
○ 人事訴訟についてはどう考えるか。どういう理屈が考えられるのか。
○ 人事訴訟についての各自負担でと考えている。離婚の場合は勝ち負けを争うというより紛争解決の訴訟である。少しずつ破綻主義になっているが、破綻主義は勝ち負けではないだろう。破綻主義が徹底しているわけではなく、裁判官の世界観も影響し、勝敗の見通しが立てにくい。少しでも萎縮効果がない方がよい。親子関係も同じだろう。
○ 他に理由は考えられないか。
○ 諸外国では離婚を敗訴者負担からはずしている例もある。訴訟の件数も少ない。
○ 離婚と離縁を除けば客観的な身分関係を確定する訴訟だろう。身分関係は当事者利益を超えたものを扱うということで説明可能ではないか。離婚の場合は難しいが、多くの場合は未成年の子供をどうするかという問題を伴うのではないか。その場合は、子供にとって最善の策は何かという視点で考えていく。これも当事者利益に還元できないものを構造的に含んでいると言えるのではないか。離縁の場合は難しいが、やや乱暴な議論だが一緒に考えるということではどうか。
○ 子供のいない夫婦もいるだろう。夫婦間は男女平等という前提があると思うが、それとの関係はどう考えるのか。夫婦間に強者、弱者はあるのか。また、離縁の場合、一方が離縁を要求して他方がそれを拒否しているのなら勝敗があるのではないのか。各自負担の領域に入れてしまえばいいという議論もあるかもしれないが、自分の意思に反して離婚、離縁ということになると当事者にとっては重大なことではないか。そうなると、どこに根拠を求めるのかが重要だと思う。生活基盤の話になるのかどうか。この分野ではどちらかが弱者ということは根拠にすべきでない気がする。勝敗ではないという意見も分かるが。
○ 離縁は事件数が少ないと思う。離縁は離婚以上に見通しがつきにくい。離縁は離婚以上に実際のトラブルが多い。なるべく裁判にという視点から各自負担がよいと思う。
○ 先ほど、委員から、離婚と離縁は別にしてという御意見があった。離婚と離縁は協議離婚、協議離縁があるので別にされたものと理解する。しかし、離婚の場合に子供のことを理由に持ち出すと、子供のない夫婦の離婚の場合には説明が難しくなる。協議離婚、協議離縁の制度はあるが、離婚、離縁は身分関係の変動に関するものだからという理由付けがいいのではないか。
○ 人事訴訟での裁判の公開の例外についての議論がされたことがあるが、そこでは、身分関係という社会生活の基本単位に関わることで、真実発見の必要性が高いといった議論がされていた。そういう観点から、人事訴訟はひとくくりにすることができるのかもしれない。
○ 今日は議論できないかもしれないが、弁護士だけを考えるのか、司法書士なども含むのか、訴訟手続に限るのか、執行や保全も含むべきと考えるのか、こういった問題がある。理屈とともにいずれ御検討願いたい。
○ 資料2に、当事者の属性によって分ける考え方と書かれている。属性とは何か。また、弁護士報酬が必要経費的とあるが、会社なら弁護士報酬を必要経費として落とせるが、個人ではそれができない。この点は重要だろう。
○ 御意見はごもっともである。もっとも、資料にある必要経費というのは、訴訟をするときには必要な費用だという意味である。税法上必要経費になるかどうかという話ではない。委員が御指摘になった税法上必要経費になるかどうかは重要だと思う。当事者の属性は、例えば商人か否か、事業者か否かという考え方である。御検討いただければと思う。
○ 必要経費的なものだというのは私が言ったことだと思うが、税法上の必要経費という趣旨ではないので、ここで申し上げておきたい。
○ 個人と会社とは違う。個人だと経費にならないのに会社だと経費になる。この点は重要だと思う。社会的立場が異なるということである。事業の中で裁判をするのと個人が裁判をするのとは違う。
● 次回は、更に議論を深めていただけるように、本日御指摘いただいた根拠の点も含めて準備したい。
(各委員了承)