第4回検討会に引き続き、時効中断効の付与について討議が行われ、以下のような意見が出された。
○ 次のような観点からも、時効中断効は広く認められるべきであると考える。
- ADRへの申立てに時効中断効を付与することによって、時効中断の有無についての争いが裁判所に持ち込まれ、裁判所の負担が増えるのではないかという議論があるが、現在、時効が中断するかどうかについて裁判所に持ち込まれている争いは、法律で制度を作ることによって減り、仮に争いとなってもごく形式的なものとなるはずである。また、現在、時効中断を目的として訴えが提起されるケースがあるが、その一部がADRに回ってくることなどのプラスマイナスを勘案すれば、裁判所の負担は軽減されるのではないか。
- 時効は立証の問題であるから、ADRが第三者として証明することができるように制度を仕組めば、立証も簡単になると思われる。
- ADRへの申立てに時効中断効がないために、ADRでの紛争解決中に時効の完成が近づいてきた場合、主宰者は申立人に対して、時効中断のための訴え提起を打診すべきかどうかという問題が生じる。
この場合、主宰者が時効の援用について打診することは、主宰者としての中立性が疑われることになりかねないが、他方で、主宰者が打診しないまま時効が完成し、権利が消滅してしまっては、ADRは不信を買うことになり、いずれにしても問題がある。
○ 時効中断効の付与のオプションについて、効果という面からみると、
- 「時効停止タイプ」は魅力的な制度ではあるが、日本の法制度の中では異例なものであり、導入は困難ではないか。
- 「仲裁タイプ」のように、ADRでの手続開始自体に時効中断効を与えるという考え方は、当事者の合意が形成されなくても必ず第三者の判断により解決されるときにのみ可能であって、調整型を含むADR一般に適用するのは困難ではないか。
- そうすると、「民事調停タイプ」や「個別労働紛争解決促進法タイプ」が考えられるが、「個別労働紛争解決促進法タイプ」のように、権利確定を担うのは訴訟であることを前提として、そのつなぎの手続としてADRを捉える方が、要求される要件が軽くなると考えられるし、現行の個別制度との整合性の面でもよいのではないか。
- 民法第151条の類推適用が可能かどうかという点については、なお解釈論として残るものの、制度論としては「個別労働紛争解決促進法タイプ」がよいと考える。
時効中断効を付与するための要件としては、
- ドイツ民法のように、ADRでの交渉に入ることへの相手方の合意を時効中断の手がかりとすることができれば、ADRの独立性や公正性は必ずしも必要ではないと考えることもできるのではないか。
- 合意の有無は立証の問題とならざるを得ない。基本的には、現行制度の催告や承認の場合と同じ問題と捉えてよいと考えるが、手続的安定を確保するため、一定のADR機関を認定する方法をとってもよいのではないか。この場合には、(ⅰ)認定された機関に直ちに時効中断効を付与する仕組みと、(ⅱ)電子署名法の仕組みのように、法的効果を与えずに、より緩い基準で、記録管理等がしっかりしている機関を認証することで、事実上の効果として、証明を軽くする仕組みとが考えられる。
○ 消費者の立場としては、時効中断効の付与は必要であると考えており、そのために整備すべき条件について今後提言をしていきたいと考えている。
時効中断効の付与のための条件として、機関・要件・制度のタイプについて考えてみると、
-
機関に関しては、悪質な事業者による利用を排除することが必要と考えている。そのために、機関の認定という手段以外にも方法がないかを考える必要がある。
- 要件に関しては、利用者が主体的に手続に関わることができるものとしてもらいたい。その際に、当事者の同意を必要とするだけでよいのかどうかについては、なお議論が必要である。
- 効果に関しては、「個別労働紛争解決促進法タイプ」のように、ADRでの手続開始時に遡って時効が中断する方式でよいと思われる。この場合、事案がたらい回しにされることが多い現状も踏まえ、ADRでの手続開始時といってもどこまでの機関を含むのか、苦情処理からスタートするケースにはどこまで遡るか等について議論する必要がある。
○ 時効中断効を付与する制度としては、広い意味での「時効停止タイプ」の方が、ADRの趣旨に沿っていると思われる。
- UNCITRALにおける調停モデル法の議論の中では、「時効停止タイプ」を想定して議論がなされているが、これは、調停終了時にこれまで進行していた時間をゼロにまで戻す必要がないのではないかという考え方が根底にあったために、時効中断ではなく時効停止を選択したのではないかと思われる。
- 現行の民事調停にせよ、個別労働紛争解決促進法にせよ、不調の場合には、後に訴え提起が控えている場合にのみ時効中断を認めており、広い意味での時効停止タイプとみることもできなくもないから、既存制度との整合性について考えてみても、それほど異なる哲学に基づくものではないといえるのではないか。
- ただし、ドイツ民法では当事者間での交渉による時効停止を規定していることから考えても、ADRでの紛争解決と交渉との間に線を引くことがよいのかどうかについては、なぜ時効が停止するのかといった基本哲学の問題であり、よく考えなければならない。
○ 「時効停止タイプ」という言葉を広い意味で捉えるとすれば、民法で規定されている時効停止の概念との混乱が生じないように、用語を整理して議論する必要がある。
また、民法から離れた時効中断事由を認めるべきではなく、基本的には民法で認められている中断事由をベースに(例えば、和解のための呼出と同視できるADRへの申立てについては、「和解のための呼出」とみなす)、対象や要件を考えた方がよいのではないか。
○ ADRを「裁判と並ぶ」ものでなく、「裁判につなぐ」ためのものとして活性化を図るものと捉えれば、あまり大きな権力をADRに付与することは適当でなく、現行制度を少し拡大する形で、ADRにある程度の力を付与することが望ましい。時効中断効を付与するための制度についても、このような観点から考えるべきである。
○ アンケートの結果などを見ても、時効中断効が必要であるとの要望は強いようである。
時効中断を認めるための制度としては、仮に、以下の4つの方法について考えてみることができる。
- 民法が規定する中断事由とは別のメニューとして、ADRへの申立て自体に時効中断効を与える方法が考えられるが、民法では訴えが却下されたり取り下げられた場合には時効中断効が生じないこととされていることとのバランスから考えて、和解にまで至らない可能性が高い類型を含むADRへの申立てに、時効中断効を認めることはかなり難しい。
- 現行の民事調停法、個別労働紛争処理法や公害紛争処理法などは、民法第151条の内容を立法によって個別的に明らかにしたものと解することができ、これと同様に、ADRでの紛争解決が不調に終わった場合に、訴えを提起すればADRへの申立て時に遡って時効が中断するという方法は、現行制度との比較から考えても無理がないと思われる。今後、効力を付与するための要件を絞っていけば、立法は可能かもしれない。
- 民法第153条の催告に当たるものとして、6ヶ月以内に訴えを提起すれば時効中断効が生じるものとする方法も考えられる。
- ドイツ民法のように、交渉開始から終了までの間は、時効が停止するものとする方法も考えられる。このような規定を民法に設けるのは困難かもしれないが、民法とは別の法体系として規定するのであれば、可能かもしれない。
今後は、これらの方法のうち、特に2.~4.の可能性について、要件を絞りながら考えていかなければならない。
○ 時効中断効を付与する対象として、相談や苦情処理を取り込むにはどうすればよいかを考えなければならない。例えば、ADRを介して当事者同士が話し合っていることが分かる場合などは、それなりに交渉の実態がある部分を取り込む形で時効中断効を認めることはできないか。