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行政訴訟検討会(第14回)議事録



1 日 時
平成15年3月5日(水) 13:30〜17:30

2 場 所
司法制度改革推進本部事務局第1会議室

3 出席者
(委 員)
塩野宏座長、市村陽典、小早川光郎、芝池義一、芝原靖典、成川秀明、
萩原清子、福井秀夫、福井良次、水野武夫(敬称略)
(事務局)
松川忠晴事務局次長、古口章事務局次長、小林久起参事官、村田斉志企画官

4 議 題
(1) 論点についての検討
(2) 今後の日程等

5 配布資料
資料1 論点についての検討資料
(1−1)審理手続についての検討課題
(1−2)裁量処分の取消しについての検討課題
(1−3)執行停止・仮の救済についての検討課題
(1−4)処分の取消しの訴えと審査請求との関係についての検討課題
(1−5)複数原告による取消訴訟の訴えの提起の手数料についての検討課題
(1−6)行政訴訟の対象についての検討課題

6 議 題

【塩野座長】それでは所定の時刻になりましたので、第14回行政訴訟検討会を開会いたします。事務局から本日の資料について説明してください。

【小林参事官】論点についての検討資料の1−1から1−6までがございます。

【塩野座長】本日は、前回に引き続きまして、第2ラウンドの検討を行いたいと思います。第2ラウンドで議論すべき課題としては、フリートーキング参考資料に戻ってみますと、「行政訴訟の審理等について」、「執行停止・仮の救済」、「その他の課題」があります。それから、既にいろいろな形でご議論いただいているわけですけれども、必ずしも十分に議論されてきたとは言えなかった「行政訴訟の対象」というのも、今日の議論の対象としていただく必要がございます。今日のご議論の最後のところはどの程度入れるかどうかわかりませんが、一応そこまで議論していただきたいと思います。
 そこで本日の検討テーマにつきましては、まず「行政訴訟の審理等について」ということでひとくくり、それから「執行停止・仮の救済」及び「その他の課題」でひとくくりしたいと思います。それから「行政訴訟の対象」でひとくくり。3つぐらいに分けて、議論をしていただければというふうに考えております。なお、いつものように途中で10分間ぐらいの休憩時間を取りたいと思っております。
 大体、こんな予定で進みたいと思いますがよろしゅうございますでしょうか。
 それでは、まず最初に、「行政訴訟の審理等」に関する論点について、この議論をいただきたいと思います。これにつきましては、お手元に資料が配布されていると、先ほど参事官からのご説明にありましたように「審理手続についての検討課題」、それから「裁量処分の取消しについての検討課題」というのがございます。
 それで、この資料に基づきまして、まず事務局から説明をお願いいたします。どうぞ。

【村田企画官】行政訴訟の審理手続については、資料1の1のこれまでの議論及びさらに検討すべき課題の①として記載しておりますように、職権証拠調べの点を除いて、基本的に民事訴訟法の訴訟手続の例によることとされておりまして、既にこれに対しては様々な論点についてご検討をいただいたところであります。
 審理手続に関する論点のうち、行政の保有する文書や情報を訴訟の資料としていくための仕組みに関して、既存の制度である文書提出義務に関しては、資料の②に記載しましたとおり、公文書に関しても、一定の除外事由に該当しない場合には文書を提出すべき義務があるということになっています。除外事由については、民事訴訟法第220条第4号イからホまでに規定されておりまして、この条文は資料の4頁に記載をしておりますけれども、4号のロを見ますと、「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」については提出義務がないということを規定しております。この公務員の保管・所持する文書につきましては、平成13年に規定が改正されたばかりの、そういう条文でございます。
 ここで訴訟を離れまして、行政のプロセスの方に目を転じますと、資料の③に記載しましたとおり、行政手続においては、不利益処分の当事者等は、聴聞に際し、行政手続法第18条で、「当該不利益処分の原因となる事実を証する資料の閲覧を求めることができる」と規定されておりまして、また、行政不服審査手続におきましては、行政不服審査法第33条第2項によりまして、審査請求人は、「処分庁から提出された書類その他の物件の閲覧を求めることができる」とされております。
 検討会におきましてのこの点に関する検討では、資料の④に記載いたしましたけれども、行政訴訟においては、不服審査の裁決などの記録でも、民事訴訟法第222条によって文書の特定を求めても明らかにならない場合があったり、民事訴訟法第220条第1項第4号ロの、先ほど見ましたようなところに当たるとして文書提出義務が争われる場合などがあって、迅速かつ適正な審理のためには、訴訟上の行政の記録の提出義務について検討する必要がある、といったご意見をいただいたところでございます。
 そこで、この点に関して、なお検討が必要と思われる問題点としましては、資料の2頁になりますが検討が必要と思われる問題点として記載しましたような点が問題になるのではないかと考えられます。まず、資料で①として記載しておりますのは、検討会でのご意見に基づいて、行政訴訟において、行政に文書の提出を求める新たな制度を設ける必要があるとする場合には、新たな制度を、民事訴訟法第151条で一般的に規定されている、訴訟関係を明瞭にするための釈明処分という制度、これは、言いかえますと当事者の言い分を整理するための制度であって、直接的には証拠を出させるための制度ではないのですけれども、この制度の特則を設けるというように考えるべきか、それとも、書証、すなわち、文書の証拠調べですが、その申出の一つの方法とされている文書提出命令という制度、この特則を設ける、というように考えるべきか、という点を挙げております。
 そこで、若干釈明処分についてご説明させていただきますと、釈明処分は釈明権を補充するための制度と言われております。資料の3頁の下の方から参照条文を記載してございますけれども、民事訴訟法第149条第1項によりますと、裁判長は、口頭弁論の期日又は期日外において、訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関して、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができるとされております。これが釈明権といわれているものですが、釈明権の行使として、当事者に対して質問をしたり立証を促すだけでは、訴訟関係を明瞭にすることができない場合もあります。そこで、釈明権を補充するため、民事訴訟法第151条は、裁判所が釈明のために一定の処分をすることを認めており、これが釈明処分といわれるものです。釈明処分の内容としては、資料の3頁の下から4頁にかけて条文を記載してございますけれども、例えば、文書に着目しますと、民事訴訟法第151条第1項3号をみますと、訴訟書類又は訴訟において引用した文書その他の物件で当事者の所持するものを提出させることができることとなっております。4号では、当事者又は第三者の提出した文書その他の物件を裁判所に留め置くことができることとされております。そのほかにも、1号では、当事者本人又はその法定代理人に対し、口頭弁論の期日に出頭することを命ずること、2号では、口頭弁論の期日において、当事者のために事務を処理し、又は補助する者で裁判所が相当と認めるものに陳述をさせること、それから5号では、検証をし、又は鑑定を命ずること、6号では、調査を嘱託することができる、というように多様な処分ができる権限が裁判所に与えられております。釈明権及び釈明処分は、裁判所の訴訟指揮権の一内容と考えられておりますので、裁判所が職権で行使できるわけです。釈明処分をするかどうかは裁判所の裁量に委ねられているということになります。文書の提出を求める釈明処分の場合であれば、文書の所持者の意見を聞く必要は必ずしもないわけです。また、釈明権の行使及び釈明処分は、口頭弁論の期日のみならず、期日外においても行うことができることとされておりますので、第1回の口頭弁論期日の前であっても、必要な釈明権の行使及び釈明処分をすることができます。その意味で、釈明権の行使及び釈明処分は、審理の効率化にとって非常に大きな意味を持つ制度となっておりますし、さらには法的な知識の必ずしも十分でない当事者について裁判所が後見的な配慮を働かせる、という機能があるということが言われております。したがって、行政訴訟において行政の保有する文書等を提出させるための新たな制度を設ける場合には、このような釈明処分の特則として、行政訴訟においてより使いやすい釈明処分的な制度を作るという方法が考えられるわけです。
 他方、文書提出命令につきましては民事訴訟法第219条によりまして、文書の証拠調べを申し出る一方法として規定されており、当事者の申立てを受けて、当事者又は第三者に対して、その所持する文書の提出を命ずる制度でありまして、提出義務の範囲のほか、文書の特定のための手続、提出命令とこれに対する不服申立ての手続、文書提出命令に従わない場合等の効果などについて、詳細な規定が置かれております。この制度は、行政訴訟においても用いられるわけですけれども、これを行政訴訟に関してさらに特則として何らかの違いを持った独自の制度を作る、こういうことも考えられるわけです。
 もっとも、新たな制度を考える上では、こうした既存の制度では何が足りないのかという点を考える必要もございますので、資料の②では、行政手続法第18条により行政手続において閲覧請求権が認められる文書、これは不利益処分の原因となる事実を証する資料ということになりますが、あるいは行政不服審査法第33条により行政不服審査において閲覧請求権が認められる文書、これは処分庁から提出された書類その他の物件と言いかえられるかと思いますが、これらについては、民事訴訟法第220条第2号がいいますところの「挙証者が文書の所持者に対してその引渡し又は閲覧を求めることができるとき」、又は民事訴訟法第220条第3号の「文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との法律関係について作成されたとき」といったところに該当するとして、現在ある文書提出命令の制度の中で、文書提出義務を認めることができないかどうか、という点については、検討前提として考えていただく必要があるのではないかという点を指摘してございます。
 それから、資料の③では、今申し上げましたように既存の制度の中で文書提出義務が認められない、あるいは文書提出義務があるかどうかが明確でないというような場合には、民事訴訟法第220条第2号及び第3号の趣旨並びに行政手続法第18条及び行政不服審査法第33条第2項の趣旨、これを拡張しまして、行政手続及び行政不服審査手続において閲覧請求権が認められるような行政文書につきましては、新たに訴訟上の文書提出義務を規定するということが考えられるわけです、そのような方法について、どのように考えられるか、という点を問題点として挙げております。
 次に、資料の④及び⑤というのは、行政側が文書等の提出をしなくともよい例外について検討が必要と思われる問題点を記載したものですが、まず④の方では、行政の文書提出義務を規定する場合、仮に、これを民事訴訟法の文書提出義務の特則として考える場合であれば、「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」について提出義務がないとする民事訴訟法第220条第4号ロの規定の適用が、これは新しい制度に適用があるとすると、現在の制度とこの点では違いがないものになるわけですけれども、こうした除外事由はないものとして規定するのかどうか、さらには、適用がないとする場合には、公務員の職務上の秘密に関する文書の提出義務については、提出させるということで問題がないのか、あるいは提出させるべきではないということになるのか、このような点をどのように考えるべきか、という点を指摘してございます。
 それから、⑤では行政に対して文書の提出を求めるという意味では、共通する面がある、行政機関の保有する情報の公開に関する法律、いわゆる情報公開法ですけれども、この情報公開法上の制度について、第5条第1号から第6号まで不開示情報というのが規定されております。この条文は資料の6頁から7頁にかけて条文そのまま記載してございますけれども、これらの情報が開示しないものとして規定されております。そこで、新しい制度を考える上では、ある面、共通する機能を持ったこの制度の規定について、どう考えるかという点もご検討いただきたいということでございます。
 それから、新しい制度を仕組む場合には、資料の⑥に記載しておりますように、行政に対して文書等の提出を命じたにもかかわらず、文書等の提出をしない場合の法律効果をどう考えるか、法律効果を規定する場合には、どのような内容を定めるべきか、こういった点も問題になるかと思います。
 このような問題の検討に当たっては、資料の⑦に諸外国の制度を記載しておりますけれども、これらの制度も参考にして、ご検討いただきたいと考えております。
 さらに、資料の⑧では、新しい制度を仕組む場合、処分の取消訴訟のように、行政庁が既に処分の段階で一定の資料を集めて検討をしてそれに基づいて処分をしたという場合については、その資料があるだろうから、その資料を出しなさいという制度はわかりやすいのですけれども、取消訴訟などで行政庁の処分が訴訟の対象となっているのではない場合についてはどのように考えるか、また、取消訴訟以外に適用範囲を広げる場合であれば、その範囲や根拠をどう考えるのか、具体的には、差止訴訟や義務付け訴訟のように行政側がまだ具体的なアクションを起こしていない場合の訴訟もあり得るわけですけれども、そのような場合にも適用範囲を広げていくのか、さらには、訴訟の当事者となっていない国又は公共団体の保有する文書、例えば行政不服審査の場合ですと、審査庁というのは必ずしも当事者になるとは限らないわけですが、これが保有する文書などの場合について、これも対象としていくのかどうか、といった点についてどう考えるか、このような問題点についても、ご検討いただきたいと考えた次第です。
 引き続きまして、裁量処分の取消しについての検討課題についての資料が資料1の2ということになっておりますけれども、この点についても続けてご説明させていただきます。この点につきましては、これまでの議論及びさらに検討すべき課題としましては、資料の①にありますように、立法当時は、行政事件訴訟法第30条には、自由裁量処分についても取り消すことのできる場合があることを明らかにする意味があったが、現在では、裁量処分の取消原因は処分の違法事由に関する実体法の解釈の問題であるとの考え方が定着してきて、行政事件訴訟法第30条は、裁量処分を取り消すことができる場合をかえって限定する規定となっているという点で、現時点では裁判所の判断をむしろ制約するおそれがある、とのご意見と、その一方で、裁量についての司法審査の幅は非常に多様で、考え得るものをすべて規定することは困難ではないか、規定を削除するということになった場合には裁判所の裁量審査がそれで充実するというふうにも必ずしもいえないのではないか、というようなご趣旨のご意見があったところと思います。
 また、資料の②に記載しておりますように、裁量処分の証明責任に関する規定として、規定を置くべきであるとの意見、あるいは土地利用、都市計画等の領域については、できるだけ客観性のある判断が確保されるように、費用便益分析などの判断手法を用いることを規定すべきであると、こういったご意見もあったところと思います。
 このような議論の状況を踏まえまして、検討が必要と思われる問題点として掲げておりますのは、まず①としまして、裁量処分の取消事由は、個別の処分ごとに処分の違法性に関する実体法の解釈によって決まる問題ではないか、そして、これを一律に規定することが適当かという点、そして、現行法の規定が、裁量処分の取消理由を制限する規定となっているとのご指摘がございましたけれども、この点についてはどのように考えるか、こういった点について検討していただく必要があるのではないかと思われます。また、②として記載しましたように、証明責任の問題については個別の実体法の解釈により決められる問題であるというふうに考えられます。証明責任と申しますのは、法令を適用する場合に、その前提として必要な事実について、訴訟の場で立証活動を尽くしたけれども真偽不明だと、こういう状態が生じたときに、その法令を適用すれば得られるはずの法律効果が発生しないことにされてしまうという当事者の負担、これが証明責任であるのですけれども、この負担を当事者の間でどのように分配するかという点につきましては、民事訴訟法における通説的な考え方では、結局のところ実体法の解釈によって定まる問題、こういうふうに解されております。これに対しては、証拠との距離や立証の難易、事実の存在・不存在の蓋然性などの実質的要素を考慮して分配を決めるべきだ、こういうような有力な見解もあるところですが、さらにまた行政訴訟における証明責任の分配ということになりますと、国民と行政の関係を考えまして、さらに様々な考え方が提唱されておりまして、定説をみないというような形でも指摘されております。いずれにしましても、実際には、法令の適用に必要な具体的な事実とは何かを分析し、公平の観点から具体的に決めていくと、こういう作業を要することには変わりがないのではないかと思われるのですが、その場合に裁量処分ということになりますと、裁量処分についての証明責任の分配については、そもそも何が裁量処分なのかという点から問題とされるところでありますし、一口に裁量処分といっても、どこにどう裁量があるのかは大変難しい問題であると思われるのですけれども、そのような多様な裁量処分の証明責任について、一律の原則規定を置くことがはたして可能なのだろうか、こういった点についてもあわせてご検討いただく必要があるのではないかと考えた次第でございます。

【塩野座長】どうもありがとうございました。それでは、今の説明を前提にいたしまして、どうぞご自由にご議論いただきたいと思います。
 なお、事務局から資料の補充がされていない論点がもしあれば、どうぞそれをご指摘いただいてご発言いただくことも結構だと思います。
 それでは、いつものように自由に意見の交換をしたいと思いますので、よろしくお願いいたします。どこからでもいいです。はい、どうぞ小早川委員。

【小早川委員】審理手続とそれから裁量処分の取消しの場合の問題、両方絡めてですけれども。今御説明がありましたように釈明処分といったような道具を展開していくというのも一つの方法だと思いますが、それは言い換えれば職権主義的な色彩をどれだけ強めるかということもあり、さらに言えば職権探知を認めるかどうかという問題とどういうふうに結合するのか、その辺の理論的な整備も必要だと思います。私が申し上げたいのは、そういうふうに裁判所にどれだけの権限を与えるかということは大事ですが、基本的にはこれは一種の証明責任の問題だと思います。裁量処分であれ、そうでないのであれ、行政処分をするからには行政庁として、最小限度それが違法でないということについての最小限の説明と、必要があれば立証はすべきなのではないか。その最小限度というのは事柄によって違うわけなんですが。これは、私的自治によって私人同士が交渉し合うという、そういう世界とはやっぱり基本的に違うので、法的に正当化される何らかの積極的な正当化がなければ行政処分というのはないはずなので、そこを訴訟できちんと行政庁の側から出すという基本原則を、できれば条文でかけないかなと。その上で、その基本的な被告行政庁側の役割をきちんと果たしていないというふうに裁判所が判断すれば、そこで裁判所の権限でもってそれを果たさせていくか、ということになるのではないかという気がしております。一般的なこととしてはそういうことです。あとはコロラリーとしていろいろとあると思います。
 ついでですけれど、最初のペーパーの⑧で、これは文章がちょっとわかりにくいのですが、先ほどの御説明で、事前の差止めとか、あるいは不作為の場合の義務付けとか、要するに典型的な取消訴訟以外で処分がない場合の、という意味ですね、これは。

【村田企画官】典型の場合以外、いろいろな場合があるかと思いますので、それをどこまで広げるかという趣旨でございます。

【小早川委員】そういう場合にも、今、その前に私が申し上げたことと絡みますけれど、まったく行政庁が何にも考えていないときに、原告側からひょっとしてそういうことされたら困るとか、というのは、これは多分、争訟の成熟性がなくて、訴えの利益なしということになるんだろうと思うのです。訴訟として成り立つための前提としては、行政の側で調査の結果何かしようとしている、あるいはしないというふうに立場を固めつつあると、どっちかであって、そうすると、処分がいまだなくっても行政側に何らかの資料の蓄積はある、そういう前提で訴訟は起きるのではないか。そういうふうに思いますので、基本的には処分があった場合と同じような考え方でいいのではないかと思います。

【塩野座長】どうぞ、今の御意見に引き続いてでも結構ですし、また別な新たな御意見でも結構ですが。はい、福井委員。

【福井(秀)委員】私も今の小早川先生の御指摘には賛成です。これもやはり裁量と審理、両方に関わることですが、およそ行政庁が処分を行ったような場合について言えば、処分が法律に適合しているということは処分の前提として当然のことになりますので、適法に行われたという前提がある以上、それを行政庁が説明できないはずはないと考えるべきであり、処分が適法だということについて、実体としてもきっちりと説明を訴訟の場ではさせるということが出発点になると思います。何が裁量かというのはいろいろ議論がありますが、ましてや裁量が広いものについて言えば、このブラックボックスの中身を原告の方が、いやこれは違法ですなどと特定して挙証するということは現実問題不可能でありますので、裁量の広いものについては、かくかくしかじかの理由で、この裁量権を適法に行使したのであるということまできっちり全部訴訟の場で言わせないと、それが適法か違法かということは最終的に明らかにならないと思います。根拠となる事実を立証するのは行政庁であって、例外として、適法違法の判断について原告が挙証する方がむしろ楽に挙証できる事実があるという場合がないとはいえないと思いますので、そういう場合に限っては原告の方で責任を分担する。ただ原則は行政庁だというところは出発点であるべきだろうと思います。
 それから次の論点ですが、審理の方の⑥にある文書を提出しない場合の法律効果は大変重要な御指摘だと思います。この点については、文書の提出をしないときに、行政訴訟の場面ではっきりサンクションがあるとしておかないと、単にしないならしないままで、それが別に行政庁と原告との間の法的関係に影響を及ぼさないということでは実効性がまったくありません。この場合のサンクションは非常に重要と思います。どういうサンクションがあり得るかということですが、ここにフランスの例がありますけれども、本来正当な理由があるのに出さないような場合については、基本的には原告の主張と同じだということの自白とみなすというのが一番適切なやり方と思います。
 もう一つ、同じ資料の⑤にある情報公開法の1号から6号までの不開示情報ということですけれども、この中で特に情報公開法の6号のロというのがありまして、争訟等に係る事務に関し国等の地位を不当に害するおそれのある場合、というのがあるのですが、この場合特に行政訴訟に置き直すと問題が大きいわけで、要するに訴訟で自分に不利になるような情報を出さなくていい、端的に言うとこういうことですけれども、これをそのまま行政訴訟に持ってきたら、意味のある資料は出てくるわけはない。こういう例外が少なくとも行政訴訟の方に被ることだけは絶対にないようにしないと全く意味がない。
 さらに言いますと②、③、④辺りで議論されていることに関わりますが、文書提出の義務で文書を特定できるかどうかという論点は確かに難しい論点なのですけれども、しかし文書を特定するというのは、行政庁の側でこういう文書がありますよという一覧表を出してくれて、その中で特定するのであれば容易ですが、通常原告はどんな文書がこの処分の前提資料としてあるのかということを知り得る立場にまったくありませんから、文書を特定することを原告に要求すること自体が多大な負担を課すことになるわけです。したがって民事訴訟の場合はともかく、行政庁の処分の適法違法という行政訴訟の場合には、行政は当然に適法に行っている、適切な資料に基づいて適法に行っていることが大前提なわけですから、少なくとも処分の前提となった資料にはこうこうこういうものがあるという一覧だけではなくて、本体を、そもそもすべて関わるものについては開示する義務がある。少なくとも行政訴訟を睨んだ場面では関係がありそうなものは全部提示する義務があるというところからスタートして、それをどう証拠に使うかは原告のチョイスに委ねるというのが出発点になると思います。明確であろうがなかろうが、とにかく争われている争点に関連があるものについては、処分であろうとなかろうとすべて法廷の場に提供するというところがまず原則で、もし例外的にそういうことを義務付けるのになじまないようなものがあれば、それは限定的にこういう場合であるというふうにアプローチをするのが、適切な政策論だと思います。

【水野委員】私も小早川先生が冒頭におっしゃったことに賛成でありまして、やはり行政が自らの処分について、適法であることをまず主張・立証する。そういう一般的な規定を置くべきだというふうに思います。これは今でも行政の適法性について、行政庁に主張・立証責任がないという議論がまったくないわけでありまして、当然のことだと思いますが、やはり当然のこと、基本的なことをまず置いて、その上で様々な制度設計をしていくという意味で、さっきの基本的な規定を置くべきだという小早川説に賛成であります。
 それで今日の論点について若干意見を申し上げますが、一つはこの行政手続法と行政不服審査法で閲覧ができる文書についてどう考えるかということで、2頁の②と③があるわけでございますが、これはどうも行政手続法は聴聞が終わるまでの間の閲覧だと。行政不服審査法もおそらく審査が終わってしまえば、閲覧できないのではないか。つまり不服審査の手続内での閲覧ではないかというふうに読めるわけでありまして、そうだとすると訴訟の場になったときには、この②の閲覧を求めることができるとき、というのには当たらないときになっているという解釈が十分あり得るわけです。したがって③に書かれているように元来、行政手続及び行政不服審査手続において閲覧できた書類が、いざ訴訟の場になってもう一度閲覧したいと言っても閲覧できないということはおかしいことですから、これは③に書かれているように明文規定を置いて、そこの手当ては必要ではなかろうかというふうに思います。
 それからさっき、一般的な主張・立証責任の規定を置くべきだというふうに申しましたが、いわゆる裁量処分について、どこまでの書きぶりができるかはいろいろ問題があると思いますが、やはり一般的な基準の条文を置くべきではないかというふうに思います。これは前に議論されているわけでありまして、フリートーキング参考資料の13頁から14頁にかけてでありますが、裁量処分の取消しというところがございまして、③の中にア、イ、ウということが書いてあります。イは裁量基準及びその裁量基準の合理性を行政庁に主張立証させると。裁判所が不合理と判断すると取り消す。ウについては、裁量処分についての行政庁の判断過程を明確にした上で、その判断の方法なり過程に誤りがある場合には処分が違法になる、こういう具体的な提示がされていたわけですけれども、こういったことを取り込んだ規定を置くべきではないかというふうに思います。

【芝池委員】各委員の先生方からの御主張があるわけでありますが、実は小早川さんが言われた行政庁は処分が違法でない証明をするべきだという提案には賛成なのです。ただ今御意見をお聞きしておりますと、ちょっとわからないところが出てきまして、小早川さんは証明ということですね。

【小早川委員】はい。

【芝池委員】福井さんは説明と言われています。水野さんは主張立証と言われています。この辺のところ、これからは厳密に区別すべきものはして、議論しないと議論が固まっていかないのではないかと思いまして、その点はできれば3人の方の御意見をもう一遍お聞きしたいと思います。
 それから、もう一つこれまでの発言に対する質問なんですが、行政手続法では不利益処分についてなんですが、処分の根拠となる事実とそれから法律の条文、これを挙げるということになっております。それから処分手続が終わって、処分を行うときには理由提示が行われるわけでありまして、それと今おっしゃった行政庁が何かすべきであるという、そこのところの関係がわかればと思うのですが。

【塩野座長】今の最後のところはまずは御自身が御意見があればどうぞ。それはまだ。

【芝池委員】いや、よくわからないので。

【塩野座長】はい、わかりました。それでは今3人の方々にそれぞれ御質問がありましたので、発言順にお願いいたしましょうか。

【小早川委員】私は数分前に言ったこと、正確に覚えていませんが、多分、まず最小限度処分が違法ではないということの説明をするべきである。その「説明」という中には、裁量処分の場合で言えば、およそその基準が法律で与えられてないときにはどういう基準で考えたのか。その基準に照らしてどういう事実に着目したのかという辺りが「説明」であろうということです。その上で具体的な事実、法定要件に照らしての要件事実、裁量の場合で言えば行政庁が着目した重要な事実、そのような、問題となる具体的な事実の存否について原告側が、いや、それは違うと言ったときに、証明の問題になる。「主張立証」という場合、普通は具体的な事実についての主張立証だと思いますので、最初の段階はぼかすために「説明」という言葉を使ったわけですが、その後で対立事実が絞られてくれば、「主張立証」の問題というふうに考えます。私が言ったのは、何も説明すらできないようでは、これはダメだろうということです。しかし、行政過程でいろいろ説明の機会はあるわけで、聴聞の場合には聴聞で説明しているし、処分理由の提示ということでも説明しているわけですから、そういうことできちんきちんとできていれば、その処分はこう説明しましたよと、そういうことを言えば差し当たりはそれでもいいかもしれません。

【福井(秀)委員】今の小早川先生が言われたのと同趣旨で、事実の提示という意味ではまず情報があるのは行政であるから、それはまず提示するというところは手続法上の実体上の義務として、当然想定していただくことが一つ。それから絞られてからは訴訟法上の挙証責任分配原則にしたがって、その事実の存否については行政庁が適法を挙証するための事実の証明責任があるということをやはり明記した方がよろしいのではないかと思います。
 2つめの御質問で、処分理由とその説明の関係で御質問があった件です。聴聞のときあるいは処分時も含めて処分理由というのは一般的にあっさりしたものでありまして、裁判になったときの適法性の立証というのは多分百倍とか千倍とかという密度と分量でやりとりが行われることが多いと思いますので、やはり処分時の理由として相手に示すことを想定している非常に簡明なものではなくて、現実に内部に止まっているものも含めて、実質的に処分の適法性を支えるようなものについては訴訟の場になった以上は全部洗いざらい出していただくという意味で、もっと広いものとして捉えてはどうかという趣旨です。

【水野委員】3人とも言っていることはそう違わないと思いますけれども、説明というのは裁判用語としてはあまり使わないわけなので、要するに主張なのです。主張をまずするわけです。答弁書で説明しなさいとは言わない、主張するわけで、被告の主張を。その主張についてはまず一つは主張責任がどちらにあるかという議論になりますが、要はその適法性を主張するのは行政庁に主張責任がある。併せてそれを基礎づける事実について、立証責任があるというわけでありまして、そう違わないと思いますが、通常それを裁判の場では主張立証と言っているのではないでしょうか。

【塩野座長】文書提出義務とか民訴法の個別の規定はなかなか直ぐには入れないと思いますので、まず一般的なことで何か御意見があれば承りたいと思いますが、市村委員どうぞ。

【市村委員】今の説明責任というところはよく理解しております。ただその次の主張・立証責任にそれがすなわちそのまま行政の方にすべてが被るべきだというところは私にはちょっと理解できません。民事訴訟の分野では、例えばそれは法律要件分類説と言われるのが通説でありまして、個々の要件ごとに法律がどちらに分配するということを想定しているのかということを一応のテーマとしておきながら、証拠への接近度、近接性とか、公平性などを考えながら、その要件ごとに分類しております。例えば主張・立証責任の問題がどこで実際に出てくるかと言うと、ノンリケット、いわゆる真偽不明の状態になったときのリスクをどちらが負うかという形で出てくるわけです。例えば遺族年金などの給付を求める場合に、Aさん、Bさんの二人、法律上の婚姻関係にある方と長らく生計を維持してきたという内縁関係にある人とどちらが給付を受けるべきか、こういう訴訟のときに、婚姻要件や生計維持要件の主張立証をどちらが負うかということについて考えると、そういう場合に行政はそういう資料を百パーセント持っているわけではないと思うのです。そうした処分のときに、例えばそのことの立証がノンリケット状態になってしまったという評価になったときに、それじゃ両方に払わなければいけないという状態が是認されていいでしょうか。ノンリケットなら、要するにそれの証拠をつかんでいないために、行政の方が全部挙証責任を負担をしなければいけないのか。そういう問題もありますので、説明責任の問題としては大きな方向としてはよくわかりますが、主張・立証責任については、もう少し細かく要件ごとに分類しなくてよいかという議論を重ねるべきではないでしょうか。

【福井(秀)委員】今の点に関連してなんですが、多分おっしゃるような問題は、私さっき触れたと思いますが、要するに原告当人の方が当然主張が容易な領域というところである程度はクリアーできると思います。
 もう一つはそもそも特に処分を念頭に置いた広範なというか、大部分を占める領域について申し上げれば、処分をするということは給付にせよ、あるいは不利益処分にせよ、処分する時点で自分のやる処分が適法だという自信があってやるわけです。行政庁の処分というのはすべからくそういうものですから、わからなければ処分になっていないはずだというところがまず出発点としてあるはずです。行われた処分について、いや実はよくわからなかったけどやったんだ、それで挙証責任はお前だよということはあり得ない。そもそも処分として行った以上、それが適法だという自信に満ちたものでないといけないということは行政庁の行為である以上、実体上当然のことでありますから、そういう問題についての挙証責任の分配であるということからすると、今市村さんがおっしゃったことはまったくわからないという気がします。元々こういう場合です。例えば収用裁決などでこういう場合があるのですが、誰の土地かわからないという場合には不明裁決というのもできますけれども、不明ではなくて間違えた裁決もありうるわけです。間違えた場合に間違えたことについて、それで違法か適法かという議論はもちろんありますけれども、どっちしても間違えたら間違えたで、不明なら不明で、行政庁の判断があってやっているわけですから、その判断があって行われたことについて判断の根拠を示せないはずはない。別に理由があれば不明裁決でも違法でないですから、その限りでの挙証責任は当然行政庁にあるというのは前提ではないかと思います。

【小早川委員】福井委員のおっしゃること、ちょっとどうかなというところもありますが、従来から学説で行政訴訟の挙証責任、立証責任の分配について法律要件分類説以外の説を唱える場合があり、その中で処分の種類によって分けるという考え方がありますけれども、私はそれはどうかなと思っているわけです。およそ行政庁はどんな処分する場合にも自分のやっていることが違法でないという一応の判断を経た上で処分をすべきであろう。そこは福井委員のおっしゃるとおりだと思います。そのことすら言えないようではこれはダメであるということです。ただ、行政庁の側から事実を固めて不利益処分をする場合と、それから、申請者が持ってきた資料を見て行政庁が判断すべき場合とがあって、後者の場合で言うと、申請のときに確たる資料を持ってこなかった、根拠になることをちゃんと言わずに申請してきたのではダメだよという処分は、それだけでは違法だとは言えないと思うのです。その場合は申請者側に負担があるわけでして、行政庁としては、普通やるべきことをやって判断すればいい。ただそれが訴訟になって、いやあのとき資料を出さなかったけれど実はこういう診断書があるんですよということを、訴訟の場で持ち出してきたときにどうなるか。このときには、行政庁は処分のときにはそれでよかったかもしれないけれども、こういう資料を突きつけられたときに、やっぱりあのときの判断は客観的には違っていたんだねということになるかと思うのです。そうなったら、これは行政庁の側でさらに、それを反駁する資料を出さないといけない。そこでノンリケットになってしまったらどうなるかということですね。私はその場合、ノンリケットになったらやっぱり行政庁が処分を正当化できていないということになるので、そのところではやっぱり行政庁の証明責任というのが最後に効くのではないかというふうに思いますけれど、そこまで行くことは滅多にないと思います。

【市村委員】そのときに、例えば今のようなケースでノンリケットになって行政庁が発したという場合に、拘束力の働き方はその後どういうことになるか。逆に言うと、もう一回審査しなさいという状態が働くのか、それとも給付処分を拒否したのが不当だと言ってきたのに対して、給付しなさいという方向での働きが行くのか、そこら辺はどうなんでしょうか。今のようなケースでわからないとき、行政庁がそこまでやったことが今のような意味で間違いだと言われるなら、給付しなさいという方向でその取消しがされるのでしょうか。

【小早川委員】そこは訴訟でもって全力を尽くして戦っているはずなので、その結果、これは断った方に分がないということで取消判決がされれば、基本的には取消しになります。その後で、訴訟に出せなかった資料が実はありましたということになれば、これは一種の再審事由みたいなもので、例外的にそこでなお敗者復活戦ができるケースというのがあるかもしれないけれども、それは例外だと思います。

【塩野座長】今のいろいろな法律家的な議論を聞いて、何か御感想でもあればお伺いしたいと思いますが、芝原さん、成川さん何かありますか。また後でお伺いする機会があろうかと思いますが。

【福井(秀)委員】補足ですが、実際に客観的に給付処分で抜けてたのがあれば給付してたはずなのに、というのもあるかもしれませんが、おそらく私の理解だと多いのは申請に対する給付処分などで、申請者が示したものだけ見て判断すればいいというものが圧倒的に多い。それはその時点で申請者が示した中に本当に有利なものを示さないで起こっていたんだったら、多分適法になるものが多いと思うのです。処分時の事情としては適法だと。そういうものは基本的に行政が出して、もう一回やり直してもらえばいいということに落ち着くのが多いので、基本的にはその時点の、その申請者の提示した資料に基づいてした判断について、行政庁が適法だということをちゃんと挙証すれば、通常は収まるべきところに収まるという気がします。

【塩野座長】そこはいろいろ議論があるところだと思いますけれども、どうぞ水野委員。

【水野委員】さっき市村さんが冒頭におっしゃった説明責任と主張責任ですか、それはどういう。

【市村委員】だから責任というと少し私の考え方から言うとオーバーな表現になってしまいます。ただ実際上審理をやるときには必ず、被告行政庁の方から処分についての処分経緯についての説明というのは必ず求めています。ただ、主張・立証責任というのは先ほど申し上げたようにノンリケット状態になったときにだれがどういう責任を負うかというぎりぎりのところから考えていきますので、そこは繋がりは違っている。どうやっていけば審理が効率的かという問題と、最後に要件の存否がわからなかったときにだれがリスクを負うべきかという問題は一応別の問題です。皆さんお分かりでしょうけれども、行政庁がやったらいいということと主張・立証責任における帰結とは一致するとは限らないということを申し上げただけです。

【水野委員】言葉の問題で、ちょっと私は理解し難いのですけれども、つまり説明責任と主張・立証責任が違うとおっしゃるのだけれども、それは説明責任とおっしゃるのはまさに主張責任のことをおっしゃっているのではないでしょうか。

【市村委員】ですから説明責任というので、その責任というのがそこに繋がらないというのであれば「責任」という言葉は撤回します。説明を求めるのが審理の方向として適当であるという意味であったら、それはやっておりますということになります。

【水野委員】だからその説明を求めているということは、要は主張をさせているということでしょ。

【市村委員】主張はもらいます。

【水野委員】主張責任が。

【市村委員】だから責任ではないのです。責任というのは言われたようにそれを欠けたときにどうするかという、そっちの角度からもう一つ裏打ちされないと使えないという、そういう御指摘ならば、そう思います。

【水野委員】あんまり細かい議論はあれですけれども、要は今議論しているのは、小早川さんがおっしゃった違法でないこと、つまり適法だということの最小限度の事実についてはまず行政庁に、という話をしているわけなんで、その部分についてはそれはやっぱり主張責任なので、それ以外のいわゆる間接事実的なことについて、釈明を求めて、説明を求めると、これは主張責任の問題とは別でしょうけど、そこは何かやっぱりちょっと何か議論が、説明はあるけど主張は。

【市村委員】主張・立証責任と言った場合には要件をどのテーマごと、どの事実を誰が言うべきか、そういうことでしょう。

【水野委員】そう。

【市村委員】それは総体としての行政処分が適法かどうかという問題と、今個々にある具体的な事実においての主張・立証責任はどちらにあるかという問題は一応、二段に分けて考えるべきだということを申し上げているだけです。

【水野委員】今問題になっている行政処分が適法であるということの主張・立証責任は行政庁にあることはそれは動かせないのじゃないでしょうか。

【市村委員】単に違法だと指摘すれば足りるというのが今の考え方ですから。

【水野委員】それは原告の方でしょう。

【市村委員】原告が違法だと指摘すればいい。

【水野委員】そうそう。だからまさに被告の方が、いやこの処分はこういうことでやりましたという根拠をまず主張しなければならない。それは主張責任ではないですか。あまりこれ以上はやめますけど。

【塩野座長】そのこととノンリケットの話とは、そこは水野さんも別だということを前提でお話かと思います。

【水野委員】もう1点、これは今までこれにも出ていないことなんですけれども、通常、先ほどからも福井さんからおっしゃっているように行政庁は処分をするときには当然、根拠があってやっている。処分書には理由が書いている場合ももちろんある。それから例えば審査請求を経ているという場合もある。税金のもので言いますと、行政処分に理由が付記してあって、異議の決定に理由が付記してあって、不服審判所の裁決にまた詳細な判断が出ている。そこで裁判になります。私が経験している多くの事件では、第1回の口頭弁論で処分の理由が出てこないのです。大体第2回なのです。これは市村さんがたくさんやっておられるから、東京地裁の実情はわかっておられると思いますが、これはなぜ出せないのか。行政庁は第1回の口頭弁論において、処分の根拠となった事実とその適法性について少なくとも主張は出すべきだということぐらいは今回の条文に入れてもいいのではないか。これは今裁判の迅速化法案が閣議決定されようとしておりまして、迅速が言われています。2年で終わっていないもので、かなりの部分を占めているのが、行政訴訟ではないかと思うのです。それはもちろん原告側の方にも責任がないわけではありませんが、被告のそういう態度にも問題があるので、それは是非この際、訓示規定でもいいですから、入れるべきではないかと、新しい視点だけ申し上げます。

【芝池委員】今日の早々の村田さんの説明で指摘された点は文書の提出の問題だと思います。文書提出命令制度が使える場合はそれで行けるだろうけれども、釈明権の行使で今やっているような、つまり第1回期日前のことを問題として指摘されていたように思えます。ところが今の水野先生は、最初の期日に出せということですか。

【水野委員】第1回。

【芝池委員】だからちょっとずれているんですね。

【水野委員】別の問題です、もちろん。

【塩野座長】まだいろいろ御発言もあるかと思いますが、まず最初の方で一体なぜこういった議論をするかという点については、皆様大体意見は一致していると思うのですが、行政側としては処分をした以上はそれについての違法ではないということについて、とにかく集めた資料を明らかにして、それを説明しなさい、そういったことだと思うのですが、ただこれを今度は報告書にまとめていくときに、条文化するかどうかはまた後々の問題だと思いますけれども、やっぱりドグマティッシュに一体それを何に支えているかということをいつかの時点でもう少し掘り下げてやらないといけないと思います。今の話では審理の迅速さという、あるいは効率性ということもありましたが、昔読んだ本なんですけれども、ドイツでは理由強制は法律による行政の原理というところから説明しているのです。アメリカはデュープロセスあるいはそちらの方の一環として説明しているのですが、しかし訴訟のあり方によってはさらにそういった市民的法治国的な問題以外に情報公開で出てきた説明する責務というものとの関係もあるように思うものですから、一つではなかなか説明しきれないかと思いますけれども、皆様の意見を大体こういう点を重要な点として認識するとして、それをどういうふうに今度はドグマタイズするかという点についてはもう少し意見交換しなければならないなという感じがいたしました。
 それからもう一つ主張・立証責任、今日そこまでどんどん行っちゃうかとはあまり思っていなかったものですから、それはまた本当に民訴あるいは行政訴訟、民訴の奥の院ですので、最初に奥の院に入っちゃったらなかなか大変だなという気がしましたが、随分この種の議論いろいろお話いただいたので、また段々にこれは突っ込んでいくことはあろうかと思います。
 そこでちょっと議論を戻しさせていただきまして、今のような基本的な理念にしたがってこれからの今日出された点について、どう見るかということなんです。ここはかなり技術的な問題ですので、なかなか御発言いただける方は自ずから限られてしまうような感じもいたしますが、どうぞこの検討が必要と思われる問題点の方にも少し入っていただければと思います。はいどうぞ、福井委員。

【福井(秀)委員】また別の論点ですが、これは審理の方の資料の問題点の④というところで、「公務員の職務上の秘密に関する文書」の議論をされておりまして、これも大事な論点だと思うのですけれども、基本的には私は職務上の秘密であっても、訴訟上の問題解決のために必要不可欠であれば、それは出しても別に秘密保持義務には違反しないとはっきりと違法性阻却を明記した方がよろしいかと思います。ただデリケートな問題が中にはあるかもしれない。そういうものについては最近ドイツで導入されたとも聞いておりますインカメラのような形で、裁判所の判断で職務上の秘密かどうかを先払いして判断していただくこともあり得ると思いますので、基本的にはできるだけこういうものが制約にならないように制度設計をした方がよろしいかと思います。
 次は裁量の論点です。行訴法30条の議論なんですが、私はこれはなくすものだということで一致したのだと思っていたら、一致していない意見もあるみたいに書いてあるので、意外だったのですが、ここの意見、こういうのがあったかどうかも定かに記憶していませんが、規定を削除することで裁判所の裁量審査が充実するとも言えないのではないかというのが、残すべき理由として書かれています。これは理由にはなっていないと思うのです。なぜかと言いますと削除して充実するとは言えないかどうかはともかくとして、あることによって支障があるということについてはかなりの程度事実にしても見解にしても意見が一致しておりますし、いろいろなところからそういう実体も聞こえてくるわけですから、あって弊害があって、なくなったからといってものすごく良くなるわけではないというものはやっぱりない方がいいということに論理的に当然になるのではないでしょうか。なくなることで積極的に何かまずいことが発生するということがあるのであれば、それは考慮した方がいい。だけどこれでは理由にはならないという気がします。
 これに関連するのですが、その下の事務局資料の記述で費用便益分析などの判断手法を用いることを個別法で規定すべきという意見があったと紹介されているのですが、これは個別法に限定するという意見ではなかったと思います。多分言ったのは私だと思うのですけれども、個別法というのは実体法のことを念頭に置いておられるように思いますが、そうではなくて、少なくとも行政事件訴訟法というのは実体法の意味合いと手続法の意味合い、両方あるということは前提になっているわけですから、行訴法の中にでも裁量処分の統制手法として、例えば土地利用や環境のような領域で費用便益分析手法になじむ領域については、それを前提として裁量審査せよ、という意味での裁量審査手法を行訴法に入れることは理論的にも実体上も支障のないことだと思いますので、そういうことから始めて、できればさらに個別法に広げていった方がいい、差し当たりできることは行訴法でやってしまった方がいいという趣旨で申し上げてきたはずですので、訂正いただければと思います。

【市村委員】先ほどの①の問題の議論があまりされていないので、①の点について少し触れたいと思いますが、釈明処分なのか文書提出命令なのか、他の延長で考えていくのかということは確かに大事な視点だろうと思いますが、必ずしもどちらかでなければいけないことではなかろうという気もします。もう一つ、行訴法には23条に行政庁の訴訟参加の規定がございます。ところが実際には当事者も、行政庁も水を向けても、どちらもあまり熱心でないようなことが多いのです。煩わしいという側面も一つあるのでしょう。裁判所は、もっと豊富な資料の中で十分審理したい、そういうつもりで向けることがあるのです。例えば審判所なんかの審判を経てきているもので、おそらく訴訟に出ているもの以外のかなりのものがあるでしょうから、それもあれば、もう少しわかりやすいのにと思うことがあります。そういうことで、前に議論したわけですけれども、訴訟資料を豊富にするというつかみ方で、むしろ人的な補助参加とかあるいは行政庁参加とかという形で参加するのでなくて、資料による参加というのでもいいのでないかという気がします。

【水野委員】ちょっとその点、市村さんにお聞きしたかったのですけれども、今でも当事者の引用した文書、これは文提の理由にもなっていますし、釈明処分の理由にもなっています。ですからそれは釈明処分でもやれるし、文提でもやれるということです。これは裁判所の方ではどうなんですか、やはり両方必要だということなんでしょうか。それともこっちはほとんど使っていないということになるんでしょうか。

【市村委員】どちらかと言うと、今まではあまり釈明処分で使うということは少なかったのですが、民訴の方でも、例えば医療事故訴訟と言われているものでは釈明処分をもっと柔らかく使おうではないかということで、いろんな手段が考えられています。同じように、やはりその釈明処分としてもう少し活発にやって整理をするという意味でプラスの面があると思います。ただ、釈明処分だけで割り切ってしまうと、それならそれに必要な限度でいいでしょうという形になってしまい、実はたまたまある点だけが見えているので、そこばっかり議論しているけれども、もっと全体を広げて見れば、もう客観的によくわかるということもあろうかと思います。あまり探索的になってもどうかと思うのですが、少なくとも私は審査段階を経てきていれば、散々議論してきているところなんだから、そういうものを一応念頭に置いてもいいのではないかというふうに思っていたのですが。

【水野委員】弁護士の立場から言いますと、裁判官が非常に熱心な方で、こちらが気がついていないところを釈明処分でやられるということはこれは非常にありがたい部分もあるのですけれども、ただ必ずしもそうでない場合がある。文提であれば申立権があるということになるので、応答の義務がある。ところが釈明処分だと職権を促すぐらいの話なんで、だからやはり弁護士から見ると両方やっぱり必要じゃないかと。しかし仮に片方にするのであれば、文提の方で残ったものを置くという方がいいのではないかと、こういう議論をしているのですけれど。

【市村委員】ただ今日、深山委員がおられれば何か言われるのかなと思いますけれども、文提のこの4号を入れるときにいろいろな議論があって、なかなか難しいところだったと思われます。まだやったばっかりで、文提その部分のこの運用自体がどこまで本当にうまく活用できるか、それによって今までのいろんな狭かったところが広がったかという検証が済んでいないのです。その段階でまた文提をいじるというのは、あるいは文提と同趣旨のことであるならば、もう少しそこは様子を見た方がいいかと思います。また、一方で国の情報公開法が動き出しているわけですから、その両面でかなり今までよりは本当は広がっていると思われます。私どもがこれはどうかと思う部分も、今までの古い制度を前提に発言していますので、新しい制度になってからどうかという辺りの議論は、例えば行政側から反論があったときに古い事例ばっかりしか持ち出せませんので、そこはどうかというところはあります。だから今の段階でそれをやるかという点については、あるいは少し文提の活用状況を見てからやるのがいいか、そこは少し考える余地があると思います。

【塩野座長】それはいつ頃まで見ればよろしいですか。

【市村委員】まだなかなか文提も初期段階ですので、やっぱりあと2年ないし3年というところはいるのかなと思います。

【水野委員】ただそれが議論になったのは民事訴訟法ですから、民民の訴訟を念頭に置いているのです、一応。だから今議論しているのは行政側が一方の当事者になっているケースがほとんどですから、民訴とはちょっと違うので私は積極的に考えていくべきだというふうに思っているのです。

【市村委員】一方的な発言で申し訳ありませんが、私がもう一遍言わないといけないなと思いましたのは、この委員会の中では、例えば取消訴訟においては被告主体を変えましょうという議論がありました、そうしますと、今の民訴の規定でも、例えばそれに応じなかったときの制裁はどうかというと、これは相手方になるわけですから、相手方が応じなかったということで今の民訴の規定で対応できる、非常に強い効果が働くわけです。だからその意味で、被告を変えることで、副次的に、ここの部分が広くどんとかかっていくという面もあるということを念頭に置く必要があると思います。

【塩野座長】文書提出命令についてちょっと事務局の方から情報提供があります。

【村田企画官】若干情報提供ということですが、民事訴訟法220条の公務文書、公務員の書類に関する条文について、平成13年の改正をした際にこの改正の法律には附則がついてございまして、民事訴訟法の一部を改正する法律(平成13年法律第96号)ということですが、この附則第3項ではこのようにされております。「政府は,この法律の施行後三年を目途として,この法律による改正後の規定の実施状況並びに刑事事件に係る訴訟に関する書類及び少年の保護事件の記録並びにこれらの事件において押収されている文書(以下「刑事関係書類等」という。)の民事訴訟における利用状況等を勘案し,刑事事件関係書類等その他の公務員又は公務員であった者がその職務に関し保管し,又は所持する文書を対象とする文書提出命令の制度について検討を加え,その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。」という見直しの附則が付いてございますので御紹介申し上げます。

【塩野座長】という紹介でございますが、見直しのときに参考になるような意見がこの検討会の場で出てもおかしくはないと、そういうことでございますね。

【水野委員】ただこの見直しは日弁連がこの220条の4号のホ、つまり刑事事件の書類、少年法事件の記録、これが一切出せないということになって、これに反対したのです。ですから主としてその部分の見直しだということなので、そういうふうに理解していただきたいと思います。

【小早川委員】情報公開法が動いているし、と一言言われたのですが、訴訟の証拠資料を情報公開法でもって取得しようという人たちが結構いまして、ただそういう請求というのは結局個人情報であったりということで、情報公開法としては受けにくいものが多いという面もあります。それは余計なことですけれども、やっぱり訴訟で必要な資料を当事者のためにどう調達するかというのは本来的には訴訟法の中で考えていただく方が筋ではないかというふうに思います。今日のペーパーで言いますと例えば不利益処分の原因となる事実を証する書面なんていうのは、これは行政手続法がたまたま聴聞の実効的な運用という観点から時間を限って閲覧請求を認めているわけですけれども、これなんかはやっぱり、行政庁としてはその人に対する不利益処分をするために資料を集めてまとめているわけですから、それを隠しておくというのはおかしい。訴訟でも、これは文書提出命令の範囲に入る入らないという問題があるとすれば、そこは何とか出るような手当てを取るべきではないかと思います。それは一種のディスカバリーみたいなもので、行政庁側の、その個人に係る案件についての資料は出せよと、そういうことに近いのかなと思うのです。ただそういう種類の、特定人に対する案件で行政庁がいろんな資料を集めている、それは行政訴訟になれば出すべきだろうと思うのですが、他面で行政は、その御本人のためでなくいろんな資料を持っている、それがたまたま処分の際に使われたり、あるいは処分の正当性をサポートするために使われたりというようなこともあります。そこは、行政における文書管理というか情報の流通あるいは目的外使用とか、その辺の法制が必ずしもはっきりしていないということはありますけれども、やっぱり行政というのは多少そういうところがどうしてもあって、ある人の訴訟遂行のためにそれに関連する資料を全部出せというところまで言えるかというところはやっぱり問題があるのかなという気がするのです。ですから線引きが難しい。さっきの話で、行政側に事実についての証明責任がある、だから全部資料を出さないといけないのだというところまで直結はしないのかなという気がして、そこはなかなか微妙なところだと思います。そこは第三者の利益もありますし、国家的な利益からというところもやっぱりあるのかなという気がいたします。

【芝池委員】現在の新しい文書提出命令制度において公文書について改革が行われたわけですが、私はなかなかよく出来た制度であると思っております。ただ、今小早川さんが言われましたように行政手続の文書閲覧の制度で見れるようなものは取消訴訟と言いますか、行政訴訟の段階でも見れるようにするべきだろうと思っております。そういう規定を法律の中に残すのがいいのではないかと思っています。

【福井(秀)委員】さっき市村委員が指摘された行訴法23条の参加、資料目的ではなかなか応じられないので資料の補強というのが重要という指摘がございましたけれども、それは私もまったく賛成でありまして、行訴法23条は実際上は確かに訴訟資料を豊富にするのに意味があると思います。私の経験でも一般的には23条の参加を求められている行政庁やあるいは関係の起業者は参加したがらないわけです。逆に言えば参加すると資料を求められるということがわかっているからいやがるわけでして、例えば裁決取消訴訟における事業認定庁とか、それから裁決取消訴訟における起業者とかあるいは事業認定取消訴訟における起業者とか、全部行訴法23条3項の規定でいけるわけですけれども、裁判所が言ってもあるいは被告の、法務省の訟務局が言っても頑として参加しないという起業者や認定庁は存在するわけです。やっぱりそこに引きずり出されると不利な証拠がばれるからだという行動様式が非常に多く行政庁に蔓延しているわけでありまして、だとするとそういう形でなくても情報が取れるようにするということは、むしろ現況がそうならそうじゃない形でも情報が取れるようにするというような制度を作った方がよっぽど手っ取り早い。水を飲みたくない馬を無理に飲ませることはできないということになれば、要するに情報が取れればいいわけですから、そのための制度が必要ということになると思います。そうしますとさっきどこかの論点で指摘があったと思うのですが、要するに当事者、行政庁の処分庁でないところに存在している重要な資料というのは随分いっぱいあるわけです。例えば裁決であれば認定庁にいっぱい前提となる事業の公共性についての情報があるとか、あるいは裁決庁や認定庁にはなくても、起業者のところには山のように書類や図面があるとか。こういうのがちゃんと取れるような仕組みになっていないと実は証拠資料ないし訴訟資料充実という観点ではまったく意味がない。ですので、提出しない場合のサンクションをどう考えるのかが、第三者のときは難しいことは難しいいのですけれども、基本的には行訴法23条みたいなことを持ち出さなくても、関連行政庁や関連事業者に存在しているものについてはちゃんと訴訟の場に出てくるような、訴訟手続上の担保を是非作る必要がある。逆に言えば、その分、23条の行使などを求めなくてもいいようにするということになると思います。そういう意味でおっしゃった問題意識はまったく重要なことだと思います。
 もう一つ市村委員が言われた方、こちらはあんまり賛成ではないのですけれども、職権と言いますか、文書提出命令の状況を見るという御議論がありましたけれども、こちらは民事訴訟法が行政訴訟の適切化を考えてこのように改正されたわけでは必ずしもないと思いますので、行政訴訟の議論として必要なことがあればやはり現時点でわかっているようなことについては、この文書提出命令も改善の余地があるとすればできるだけわかっている範囲で改善していった方がよろしいかと思います。この点で水野委員もおっしゃいましたけれども、釈明というのは基本的に職権を促すだけのことですので、やはり原告側に申請権がないとまったく意味がないと思うのです。原告の方で、特定はできないけれどもこういう種類の資料があるはずだと言って、それを提出命令をかけてくれと裁判所に言えて、それに従わないときには確実に原告側に有利になって、被告側が不利になるという制度的な仕組みとして、証拠の法廷への提出が確保されていないと意味がない。ですから別に釈明権と文書提出命令と両方あってもいいと思うのですけれども、少なくとも釈明権は指導段階なわけですから、最終的に文書提出命令ですべて担保できるようになっていて、釈明権はその前の釈明で済めば、訴訟経済上越したことはない、という程度のものと位置づける。最終的には全部文書提出命令で確保できるようにしておくという仕組みにすべきではないかと思います。
 それから被告が行政庁から国に広がったことで、当事者以外の資料が集まりやすくなるのは確かに思わぬ副産物、重要な意味のある副産物だと思うのですけれども、その場合もやはり、国という人格以外のところに存在する資料はあるので、そこまで視野に入れて確保できるようにしておかないとまずいということです。

【塩野座長】どうもありがとうございました。非常に重要な論点が出てまいりましたが、最後の方の、先ほど言われたので言えば、例えば原処分があってそれから審査請求が出て、そのときに原処分主義で争いになったときにそこの関係はどうなっているのか、実体としてまったく切れている場合もあるわけですよね。出せと言っても全然関係ないよというような議論が出てくるのかどうかです。

【市村委員】そういうことを想定しましたのは、例えば、原処分があって裁決で一部取消しされている、一部手が加えられているのだけれども、どういう理由で取り消されているのか、裁決の理由だけではわからないし、その資料を見ないとわからないのですが、その資料は裁決庁にだけあって、原処分庁にはないわけです。ところが訴訟の対象は、削られた後のものです。そうすると、それを審理するときにどうしても裁決庁にあったものが見たいのですが、今のところでは、なかなかうまくリンクしていないです。そういうふうに処分を変容させることができるという形が裁決庁にあるような場合には、一体として、それを説明してもらいたいという要求はあるのです。

【塩野座長】ちょっと細かい話になりますけど、そのときに訴訟物は原処分の違法性になりますよね。そうすると原処分庁が自分の適法性を、先ほどの話ではないですけれども、主張するためにはやっぱりそれなりの証拠がなければいけないわけで、そうすると芋づる式に出てくるわけですか。

【市村委員】非常に不思議なんですが、例えば、推計課税で更正処分をやったとします。原処分庁は推計課税の根拠として、いくつか挙げたけれども、そのうちのいくつかは、推計の基礎として使ったらおかしいではないかというところが出てきて、裁決段階で処分内容が変容することがあります。ところが、どのような資料がそれに採用されたのかは必ずしもわからない。だから原処分庁が主張しようとすると、自分がやった当初の根拠は言えるけれども、変容された後の根拠についてはうまく説明できないわけです。そういう仕組みというか、そこが処分が変えられるのに説明しないというのはいかにも妙ではないかという気がします。そういうときに、やはり裁決庁からも資料の提供というのがあってしかるべきかなという気がするのです。

【塩野座長】そんなのは福井(良)委員の方の問題としていろいろ考えていかなければいけないかもしれませんね、不服審査の問題として。どうもありがとうございました。
 それから①はなかなか難しいという意味は要するにどんな制度を設けるかによって、釈明処分の方が馴染むのか、それとも文提で行くのが馴染むのか。文提というのはやっぱりそれなりの民訴で非常に積み重ねられた制度ですので、そこにはどうもこんな制度というのはなかなかくっ付かないということもあるかという気もいたしますので、むしろわれわれの側としてはどんな資料を釈明処分、あるいは民訴法上では片付かないようなものがあるのかということをもう少しきちんと説明しないと民訴法学者は納得しないと思うし、またなかなか外に向けて説明はしにくいという感じがいたしますので、この点はもう少し詰まった段階で新たな制度を設ける必要があるとする場合の議論をしてもどんな新たな制度を設けるか、どんな資料が欲しいのかということをもう少し具体的にしないとなかなか議論しにくいと思います。
 大分時間が経ちまして、裁量のところについては福井委員の御意見は承ったところですけれども、この点について30条を残すか残さないかという点について、一応何か考えがあれば今のうちに伺わせていただきたいと思いますが、どうぞ小早川委員。30条の方でいいですか。

【小早川委員】はい。30条につきましては何かあった方がいいのかなと思います。これは、今の裁判実務の裁量審査のやり方が30条の文言とはかなり離れた格好でやっておられるのではないかと思うので、古めかしい理論に立脚した文言よりはもう少し今の裁判実務でそのまま表現するようなそういう規定にできればいいのかなという気がしているのですが。何もなし、にすると、ちょっとそこは裁判所が裁量審査をして下さるかどうかが心配で。何もないとやりにくいのかなという気もします。ただ、何を書くかということになると私は、例えば費用便益分析とかいろんな裁量審査の手法というのがあると思いますが、それはやっぱりケースバイケースで違う。それよりもむしろ、裁量審査というのは元の関係法令の趣旨にいかに忠実に行政庁が判断したかということだろうと思うのです。関係法令のそれぞれの追求する目的なり、そこで考慮すべき諸利益の構造によって違ってくるので、こういう処分についてはこういう観点からの裁量審査をきちんとやれということは、基本的には個別法の問題なのではないかというふうに思っております。書くとすれば、むしろ法律の趣旨、ドイツ流に言えばプフリヒトメーシナ、行政庁が法律によって課せられた任務をきちんと履行しているかどうかという、そういう観点から裁量審査をしろというような趣旨の規定を置くなら、それはそれでいいかと思うのですが、そんなところです。

【芝池委員】さっき福井委員の方からこの30条については廃止論で固まったというような御意見があったのですが、前の議論のときに私は30条の修正論を言いまして、30条を残して修正するという提案をしたわけであります。問題は30条を残して修正をするのがいいのかそれとも30条を廃止した方がいいのか、どちらの方を取れば裁量権の行使についての司法審査が積極化するのかということでありまして、今の小早川委員の方からは30条は残すと言わないまでも何か規定を置くべきという御提案だったのですけれども、福井委員の考えについて言いますと、30条の廃止によって司法審査が本当に積極化するのかどうか、そこのところが私確信を持つことはできないと考えています。

【塩野座長】ありがとうございました。裁量処分については私の記憶違いでなければ、アメリカでは何か書いてある。

【中川丈久外国法制研究会委員】裁量審査の規定だけではありませんけれども、違法事由をずらっと例示するなかに規定があります。

【塩野座長】オーストリアは昔から有名ですが、ドイツは。

【山本隆司外国法制研究会委員】ドイツは今日たまたま配られています、私が書いているものですが、125ページの辺りに114条というのがあって、先ほど法律の趣旨に適合する、という御指摘がありましたが、それが書いてある。ただこの条文があるからどうとかないとかという話ではありませんで、一般法理を確認した規定で、裁量審査の必要性は憲法から来ていますから、法律でどう書こうと、憲法から裁量審査の必要性が決まるというところがありますので、この条文は確認的なものだと。

【福井(秀)委員】私が申し上げたのは30条の代わりに裁量の基準となる何かもっと明確な指針がある方がいいということを否定しているわけではありません。要するに今の30条というのは裁量権の範囲をこえ、濫用があった場合に「限り」、取り消すことができるというふうに書いてあるわけでして、非常に抑制的な印象を与えるように書かれているところに懸念があるということです。実際問題、大抵の行政処分には裁量があるのですけれども、私の被告代理人としての経験でも、この条文を旗印にして準備書面を強力に作り上げると裁判官が縮み上がるという例は枚挙に暇がないのです。特に田舎の裁判官などは、裁量処分、裁量処分と言うと身構えていただいて、行政庁にとって有利な抑制的な判決を書いてくれるという例は見聞しただけでも随分あります。最近変わっていればそれに越したことはないと思いますけれども、だからやはり、この条文の字面を素直に読んで、裁量権のゆ越・濫用に「限り」というのに当たるだろうかというところまで通常のあまり経験のない裁判官に判断していただくのは、−東京地裁の市村さんのところならともかく−全国いろんなところで起こるかもしれない行政訴訟の現場の実態を考えると現にかなり抑制的な機能を営んでいることは否定できない。そういう意味で問題提起をしているということです。
 もう一つは小早川先生がおっしゃったように法律の趣旨とかを書かれるのはそれはそれでもちろん結構だと思うのですが、ただ費用便益というのは一つの例示ですから、定量基準ないし客観基準で判断できる分野はそれでやれというのは、裁判官にしても原告被告にしても、恣意が入りにくいという意味では望ましい方向だと思います。何らかの形で定量的な、あるいは客観的科学的な基準で裁量をコントロールせよ、ということはできるだけ入れていった方がよろしいのではないかという趣旨です。

【市村委員】この件については前にも議論しましたけれども、私は実務が今おっしゃられましたけれども、30条があるからどうだということは決してないんじゃないかと思います。むしろ実務はどうしているかと言うと、どういうものが裁量判断のときのファクターになるかというのは30条ではほとんど書いていないわけですから、例えば外国人の在留期間更新だったらマクリーン判決と言われる著名な判決など、そういう点を示した典型的な上級審の判断において、どういうものをファクターに捉えているだろうかという分析をするわけです。そういう中で、この具体的事案ではどの辺りのファクターを検討しなければいけないかという判断作業をしているのがほとんどでありまして、まったく初めての行政処分でその裁量が問題になるときには別でしょうが、たくさんのこのような積み重ねられているものについては、いろんな考えが示されて、それの中でもまれてきて大きなファクターが段々定着してくる、というやり方をやってきていると思います。書くなら確かに列挙するのでしょうが、そうすると結局どれも書いてあるようなことで結局その中からこの具体的事案では特にどれとどれが意味が重いのだろうということをまたやらざるを得ないので、書く書かないによってそんなに違うことはないという気がします。ただ、私がこの規定を残した方がいいのではないかと申し上げているのは、行政庁にとっては、司法が、行政機関とまったく同じような頭で判断するというふうな形で判断し、行政の裁量権を顧慮しないということがあっては困るという危惧感はあるのではないかと思います。やはり行政側に対しては、そんなところは大前提はちゃんと押えるところは押えていますよという意味でこの規定はあるのではないでしょうか。この規定を残したらどうなり、残さなければどうなる、という極端なことはないと思います。

【塩野座長】これだけを議論して、このどっちかに傾いたならば、この行政訴訟検討会の意見がダメになるという話でもありませんので、今日は両方の御意見があったということをテイクノートしていただくということだと思います。ただ私の感じは裁量処分というのは古典的な美濃部・佐々木理論がそのままここに残っているのです。今おっしゃったように最高裁の判決が裁量処分というよりは、この処分をするについてどの点のファクターを行政庁は考慮しなければいけない。その行政庁の考慮を裁判所はどの程度、こういう考慮については裁判所はとことん入る、これについてはとことん入らないといった非常に細かい議論をしているときに、この裁量処分なる古典的な概念があることによって、何かしら支障が生ずるのかなと、そういった懸念があるということはあるのです。ですからただそれはもう裁判所がそんなものはとっくの昔に克服しているよと、心配するなとおっしゃれば、それはそれで一つの御議論だと思いますが、どうぞはい、福井委員。

【福井(秀)委員】まさに今、塩野先生がおっしゃったとおりだと思いますが、裁量処分というふうに条文に書かれていると、裁量処分とは何で、裁量処分以外とは何かという、解釈論の問題はどうしても避けて通れなくなりますので、裁量処分という大上段に振りかざした一語が何か意味を持つというような解釈を生みかねないという意味でいろいろ支障がある。そういう意味では細かいところに分けるというようなことであればもっと書きようがあるのではないかという点を申し上げたということです。

【塩野座長】それではこれで今の最初の部分について、大分時間が経ちましたので、一応議論は終わるということにさせていただきたいと思います。今から10分ばかりということで、3時20分に再開ということでよろしゅうございますでしょうか。では3時20分に再開したいと思います。

(休 憩)

【塩野座長】それでは再開させていただきます。先ほど一応審理手続と裁量処分の議論は一応終わったということにしたいと思います。何かこういう点がおありになれば、おっしゃっていただきたいと思います。よろしゅうございますか。裁量のところは何か萩原委員、おっしゃられたいことが。

【萩原委員】特に何か新しいことを申し上げるわけということではないのですけれども、そもそも処分というのはすべて何か根拠があってされるものであるとすれば、ことさら裁量処分に限って何か明確に、例えば費用便益分析を使うというようなことを強調するというのはよくわからない。だからもう少し一般的に、だから裁量に限ってということではなくて、おそらく福井委員がおっしゃった趣旨というのは、ことさら裁量処分に限っての文言で条文を作るのではなくて、何らかの根拠を示すという意味で、新たな条文があったらいいのではないかというふうに私としては理解したのですけれども、一応そういうことで。

【塩野座長】どうもありがとうございます。芝原委員の方、何か。

【芝原委員】裁量というのが明確に定義できていないとすれば、社会の熟度というか、社会の流れの中で、裁量がぶれると思うのですけれども、そういうものを法律的にはどういうふうに対応できるのかというのはちょっとよくわからないです。例えば費用便益のことも書いていますけれども、そのような技術がまだ未熟で、進歩するものを法律に書くのが本当にいいのかどうか、これもよくわからない。だから社会の進歩・熟度、技術の進歩・熟度というのを裁量の中で一気にすべてカバーできるのかというのはちょっとよくわからなくて、その辺が法的に措置をするときにどういうことになるのかというのがちょっと我々としてはよくわからないなという感じで聞いておりました。

【塩野座長】いささか申し訳ないやり方ではございますけれども、我々裁量と言うとある種の事件を、さっきはマクリーン事件と言っていましたが、それから土地収用の、そういったものは多少ここにもお出ししている資料でございますけれども、それは前提にしながら議論するわけですから、間が飛んでて結論ばかり申し上げますが、良い御指摘ありがとうございました。
 それでは先に進めさせていただきます。「執行停止・仮の救済」及び「その他の課題」に対する論点でございます。事務局から資料の説明をお願いいたします。

【村田企画官】執行停止・仮の救済についての検討課題の資料は資料1の3となっております。まず、このテーマに関するこれまでの議論及びさらに検討すべき課題ですが、資料で言いますと①のところは、現行の制度を簡単に記載しております。申し上げるまでもないかもしれませんが、取消訴訟又は無効等確認訴訟の訴えの提起は、処分の効力、処分の執行又は手続の続行を妨げないという、執行不停止の原則がとられております、その上で、訴えの提起があつた場合において、処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるときは、裁判所は、申立てにより、決定をもって、処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止をすることができる、という執行停止の制度があるわけです。他方、行政庁の処分その他の公権力の行使に当たる行為については、民事保全法に規定する仮処分をすることができないこととなっておりまして、執行停止のほかには仮の救済の制度がない、というのが現状の制度でございます。
 検討会でのご意見としては、資料の②にありますように、まず、仮処分の禁止については、仮処分の禁止の効力が及ぶ範囲は、取消訴訟又は無効等確認訴訟に伴う執行停止によって仮の救済が可能な場合には限られないなどの問題点があって、実効的な権利救済を保障するという観点からは、仮の権利救済の制度が不十分なのではないか、といったご意見、それから申請に対してこれを認めないという拒否処分の取消訴訟では、執行停止をしても申請が認められたことにはなりませんので、執行停止は機能しない、仮の救済を欠いているのではないか、というようなご意見がありました。また、資料の③に記載しておりますように、執行不停止原則については、これを維持すべきである、というご意見と、執行停止の方を原則とすべきである、こういう両方のご意見があったほか、執行停止の要件が柔軟に運用されればいずれを原則とするかはあまり重要な問題ではないのではないか、こういったご指摘もありました。
 執行停止制度自体についてのご意見としては、資料の④に記載しておりますように、執行停止の要件について、訴えの提起前であっても執行停止の申立てができるようにすべきである、とのご意見、それから「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」という要件は厳格すぎるのではないか、とのご意見、また訴訟の当事者以外の者で処分に利害関係を有する者の利益に対する配慮に欠けているのではないか、こういったご意見がございました。
 そして、内閣総理大臣の異議の制度については、資料の⑤に記載しておりますようにこの制度を廃止する方向で検討すべきであるとのご意見で一致しておりまして、この制度に代えて、執行停止決定に対する不服申立て、これに伴って、執行停止決定の効力を裁判所が一時停止することができる制度を検討すべきである、こういったご意見があったところであります。
 以上のようなご意見を踏まえた上で、なお検討が必要と思われる問題点を記載しておりますけれども、まず、①としまして、仮処分の禁止については、権利の実効的な救済を保障する観点から、仮処分の禁止を定める行政事件訴訟法第44条の規定を削除するとした場合に、民事保全法の仮処分の規定をそのまま適用することが理論上可能かどうか、可能であるとしてそれが適当かどうか、あるいは公益ないし公共の福祉との調整や訴訟の当事者以外の第三者の権利利益の保護などに配慮する趣旨から、独自の要件を定める必要があるかどうか、そして仮処分の規定の適用が適当でないとした場合に仮処分に代わる仮の権利救済としてどのような制度設計が適切か、執行停止による仮の権利救済が実効的に機能する場合にまで仮処分の規定が適用されると考えるべきかどうか、こういった問題点を検討していただく必要があるのではないかと考えました。
 また、執行停止の要件の問題につきましては、②として記載しておりますが、執行停止の要件として「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」と定めていることによって、実際上どのような問題が生じているのだろうか、それは問題があるとした場合には解釈運用の問題と考えるべきなのか、それとも要件の定め方の問題と考えるべきなのかという点、また、執行不停止の原則についてはどう考えるのか、さらには、執行停止が訴えの提起を要件としている、この趣旨をどのように考えるか、といった点についてもご検討いただいてはどうかと考えた次第です。そして、これらの問題を検討していただくに当たっては、参考として、ここでは裁判所の判決に対する不服申立ての場合と行政庁の処分に対する不服申立ての場合とを比較することも一つの検討の視点となり得るのではないかと考えまして、その二つの制度の差異を、(注)として記載してございます。2頁の下の方からでございますけれども、ここに書いてございますのは、2点ございますが、まず1点目は、仮執行の宣言を付した判決に対して控訴の提起があった場合に、控訴審の判決があるまでに仮執行がされても、控訴審の判決で本案判決を変更する場合には、民事訴訟法第260条第2項により、「裁判所は、被告の申立てにより、その判決において、仮執行の宣言に基づき被告が給付したものの返還及び仮執行により又はこれを免れるために被告が受けた損害の賠償を原告に命じなければならない」とされています。裁判所の判決は、それ以上争う途がないというような状態になって初めてその効力を生じるのが原則なのですけれども、上訴審の判断を待たずに下級審が自分で出した判決のとおりに執行を進めてよいと判断した場合には、仮にその判決のとおりに実現をしてよいという意味の、仮執行の宣言をすることができます。しかし、仮執行宣言のついた判決に基づいて原告が判決の執行をして、何かしら被告側から財産を得ているというような場合であっても、上級審の方で下級審と異なる判断をして、結論がひっくり返ることがあるわけです。そのような場合には、仮執行の宣言に基づいて、宣言付き判決に基づいて、被告が給付したものの返還、それから仮執行により又はこれを免れるために被告が受けた損害の賠償を原告に命じるということになるわけです。したがって、仮執行がされたとしても、そのことは上訴審において、請求に対する判断で考慮されることはありませんし、もはや執行をしてしまったのだから争ってもしょうがないではないかといって控訴の利益が失われると、こういったような考え方はされていないわけです。争う側としては、たとえ仮執行された後であっても、結論が逆転すれば、給付したものは返ってくるし、損害の賠償も受けられるので、それを目的としてなお争える、ということになるわけです。そして、このときの、仮執行をした者の民事訴訟法第260条第2項に基づく損害賠償義務は、無過失責任であると解されております。これらの判決に対する不服申立ての場合の制度でございますが、これに対して、処分の取消訴訟を提起した後に処分の執行がされてしまった場合を考えますと、処分が仮執行宣言付き判決と同じ役目を果たすものとして比較することになるわけですが、取消訴訟の訴えの利益が失われるというふうに考えられて、そのことを前提にして訴えを取消訴訟ではなくて、損害賠償請求に変更しなければならないというようなことになって、その上、処分が違法であった場合の原状回復義務の規定も特別に定められているわけではない、というような具合になっているという違いがご指摘できるかと思います。
 第2点目の比較としましては、仮執行の宣言を付した判決に対する控訴の提起があった場合の執行停止の裁判の要件と行政訴訟の執行停止の要件、これを比較してみるという点です。仮執行宣言付き判決に対して控訴がされるということがあるわけですけれども、この控訴の提起に伴う執行停止については、民事訴訟法第398条第1項第3号によって、仮執行の宣言を付した判決に対する控訴の提起があった場合において、原判決の取消し若しくは変更の原因となるべき事情がないとはいえないこと又は執行により著しい損害を生ずるおそれがあることにつき疎明があったとき、を要件としております。これに対して、処分の取消訴訟における執行停止については、担保の規定はないものの、要件としては「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」でなければならず、かつ「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」又は「本案について理由がないと見えるとき」には執行停止をすることができないとされておりまして、全体として要件を見ますとより制限的になっているのではないか、という見方も可能かと思います。このような比較も一つの参考としてご検討いただいてはどうかと考えた次第です。
 さらに、これまでの検討会でのご意見を踏まえますと、資料で言いますと③として記載してございますけれども、訴訟の当事者ではない者の権利利益を手続上保護する観点から、執行停止の手続についてなんらかの検討する必要がないかどうか、こういった点も問題点として指摘されるところでしょうし、また内閣総理大臣の異議の制度の廃止に関しましては、資料の④で指摘しておりますけれども、この制度を廃止した場合に、司法権に最終的に判断が委ねられるような形で執行停止決定に対する行政の不服申立てが実効的に機能するような制度を考える必要はないか、という点についてもご検討いただくことがよろしいのではないかというように考えたところです。
 引き続きまして、次の資料でございますが処分の取消しの訴えと審査請求との関係についての検討課題についての資料、これが資料1−4でございます。このテーマにつきましては、これまでの議論及びさらに検討すべき課題としては、まず、資料の①に、現行法の条文の説明を記載しております。条文自体は資料の裏の方に記載しておりますけれども、条文上どのような制度になっているかといいますと、処分の取消しの訴えは、法律に当該処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ処分の取消しの訴えを提起することができない旨の定めがある場合であっても、第8条第2項によりまして、「審査請求があった日から三箇月を経過しても裁決がないとき」、それから「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき」、それから3つ目としましては「その他裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき」は、裁決を経ないで訴えを提起することができるとされております。この場合、第8条第3項によって、当該処分につき審査請求がされているときは、裁判所は、審査請求に対する裁決があるまで、審査請求があった日から三箇月を経過しても裁決がないときは、その期間を経過するまで、ということになりますが訴訟手続を中止という形で止めておくということができる、ということになっております。処分の取消しの訴えと審査請求との関係については、この検討会でのご意見としては、資料の②に記載しておりますように、不服審査の申立てと訴えの提起との選択の余地を認めるべきである、完全に選択をまかせてよいのではないかとのご意見、それから通達等の明確な根拠に基づいてされ、行政不服審査による救済が見込めないような場合でも審査請求があった日から三箇月を経過するまで訴訟を提起することができないのは、迅速な権利救済を損なうおそれがあるのではないか、とのご意見、それから不服審査は、国税不服審判所の例ですけれども、ように国家の合理的な資源配分の観点から前審として重要な機能を果たしている制度もあるのではないか、とのご意見、そして現行法の運用上実際にどのような問題があるかを踏まえて考え方を整理する必要があるのではないか、こういったようなご意見もさまざまなご意見の中にあったところでございます。
 このような議論の状況を踏まえまして、検討が必要と思われる問題点としては、まず、資料の①では、基本的な観点を掲げておりますけれども、不服審査前置が定められていることによりまして、権利の迅速かつ実効的な救済の観点で実際にはどのような問題が生じていると考えられるか、また、行政事件訴訟法第8条第2項の説明をしましたが、このように裁決を経ないで訴えを提起することができる場合が条文上も定められております。この制度の運用によって権利の迅速かつ実効的な救済を実現することがはたしてできないかどうか、という現状の問題点の所在、それを確認すべきではないかという点を掲げております。
 その上で、②といたしまして、裏側になりますが、行政事件訴訟法第8条第2項第2号及び第3号は、先ほどご説明しましたように例外を定めております。「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき」又はそうでないとしても「その他裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき」には、法律に当該処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ処分の取消しの訴えを提起することができない旨の定めがされている場合においても、裁決を経ないで、処分の取消しの訴えを提起することができるということを定めています。この場合、行政事件訴訟法第8条第2項第2号に規定する「緊急の必要」がある、あるいは第3号に規定する「正当な理由」があると考えて訴えを提起したにもかかわらず、裁判所の方は「緊急の必要」ないし「正当な理由」がないと判断した場合には、最終的には訴えが不適法として却下される可能性が残っている制度ということになっておりますので、そのような結論になりますと、それでは、原告が著しい不利益を被る場合があることにならないだろうか、その点では、裁判所が「緊急の必要」ないし「正当な理由」がないと判断した場合でも、訴えを不適法として却下することが可能な制度ではなくて、行政事件訴訟法第8条第3項の場合と同様に、審査請求に対する裁決があるまで、場合によっては審査請求があった日から三箇月を経過しても裁決がないときは、その期間を経過するまで、訴訟手続を中止することができるにとどめて却下しないというようなことが適当ではないか、こういった点についてご検討いただいてはどうかと考えた次第です。
 さらに引き続きまして、次の資料でございますが複数原告による取消訴訟の訴えの提起の手数料についての検討課題、これは資料1−5になりますが、これについてご説明いたします。このテーマにつきましては、まず、これまでの議論及びさらに検討すべき課題としては、資料の①に、現行のシステムの説明をしております。すなわち、訴えの提起の手数料の額の算出の基礎となります「訴訟の目的の価額」は、「訴えで主張する利益」というのを基に算定されますが、一つの訴えで数個の請求をする場合には、民事訴訟法第9条第1項は、その価額を合算したものを訴訟の目的の価額とすることを原則としつつも、その訴えで主張する利益が各請求について共通である場合におけるその各請求については、例外として合算しないこととしております。この点に関する判例として②に記載しておりますけれども、判例は、複数の原告が、森林法第10条の2に基づく林地開発行為の許可処分の取消しを求め、その際の主張として開発行為により、許可区域周辺の水質の悪化、水量の変化、大気汚染、その他の環境悪化を生じ、許可区域周辺に居住する原告らの水利権、人格権、不動産所有権等が害されるおそれがあるところ、本件処分には、同条第2項所定の不許可事由があるのに処分がされたという実体上の違法に加え、原告らの同意を得ないでされたという手続上の違法があると、こういうような主張した事案でありますけれども、そのような場合について、判決が言いましたのは「本件訴訟において原告らが訴えで主張する利益は、本件処分の取消しによって回復される各原告の有する利益、具体的には水利権、人格権、不動産所有権等の一部を成す利益であり、その価額を具体的に算定することは極めて困難というべきであるから、各原告が訴えで主張する利益によって算定される訴訟の目的の価額は95万円とみなされる。そして、これらの利益は、その性質に照らし、各原告がそれぞれ有するものであって、全員に共通であるとはいえないから、結局、本件訴訟の目的の価額は、各原告の主張する利益によって算定される額を合算すべきものである」としております。これは最高裁判所平成12年10月13日第二小法廷判決・判例時報1731号3頁ですが、このような状況でございます。
 この点に関する検討会でのご意見としては、③に記載しておりますように、取消訴訟の訴訟の目的は、処分の違法性の判断でございますので、複数の原告が訴えを提起した場合でも訴訟の目的は同一であって、その訴えで主張する利益は各請求について共通する、と考えるべきである、とのご意見もあったところでございます。
 そこで、検討が必要と思われる問題点としては、訴えの提起の手数料の額の算出の基礎となる「訴えで主張する利益」について、取消訴訟に限り、複数の原告が訴えで主張する利益が各請求について共通するものとみなす規定を置くこととする場合には、取消訴訟の訴訟の目的が処分の違法性の判断であること、それから取消訴訟が形成訴訟というように考えられて、判決は第三者に対しても効力を有するものとされていること、それは行政事件訴訟法第32条第1項の規定がございますが、このような取消訴訟の特殊性がそうした扱いをすることの根拠となるのかどうかという点、理屈をどう考えるかという点ですが、そして、他の訴訟の「訴えで主張する利益」の考え方と整合性を有するかどうか、といった点についてご検討いただいてはどうかと考えた次第でございます。

【塩野座長】どうもありがとうございました。3つのテーマがありまして、ご覧になってわかりますようにそれぞれ固有の問題がございますので、一つ一つ区切って議論をしていった方がよろしいのではないかというふうに思います。そういうことでございますので、まず「執行停止・仮の救済についての検討課題」について先ほどと同じように御自由に御意見の交換をしていただきたいと思います。どなたからでも結構ですから、どうぞ。どうぞ、水野委員。

【水野委員】私、前回このテーマが議論になったときに仮処分でいいじゃないかという意見を申し上げたと思います。ですから基本的には44条を廃止して、仮処分でいくということで、それほどの支障はないと思っていますけれども、行政訴訟特有の執行停止及び仮の救済が設けられて、むしろ仮処分でやるよりは救済がよりよくなると、救済により資することになるということであれば大いに結構だと思っておりますので、念のため申し上げます。
 その場合には一つは執行停止原則をやはり取り入れるべきだと、これは例外をどう決めるかによってどちらを原則に取るかということについてはあまり変わりはないのじゃないかという御意見も前議論のときにありましたけれども、やはり執行停止原則を導入して、そしてどうしてもそれにそぐわないものについては例外を明記するという方向でいくべきでないかと思います。
 それからやはり仮の救済、執行停止だけでは不十分なので、仮の救済が必要だろうと思います。

【市村委員】私はやはり前回同様、行政に関しては仮の命令というものを置く必要があるということは皆さんと同意見ですが、その方法としては民事保全法を借りるのではなく、行政事件訴訟法特有の特性を考慮した新たな制度を設けるべきだというふうに考えています。例えば、実体が同じというものとして、住民票の不受理処分の問題がありますが、受理した後、消除処分という形でやりますと、これには執行停止がかかるわけです。現にそういう執行停止の申立てがあります。それと住民票が不受理の状態では困るから仮の地位を形成してほしいというのは、これはニーズは同じだろうと思われます。その場合、大体の判断の基本的な要素は同じだろうと思います。それが、一方は執行停止の原則の中で判断され、あとは仮処分で判断するということになるとその要件については必ずしも同じではなくなる。今もちろん水野委員がおっしゃったように修正して適用するという考え方もあると思いますが、それぐらいであれば、やはり同じ柱の上で、1本の柱を打ち立ててそれで現に処分がされた場合はどうかという特性を考えていくという方が体系的にも整合し、救済方法としても一貫したものができるのではないかと思います。

【塩野座長】その場合、名前は何ですか。

【市村委員】どうなんですかね。

【福井(秀)委員】執行停止が働く局面では必ずしも仮処分が競合する必要はないと思うのですけれども、働かない局面で仮に民事の仮処分で言うかどうかはともかくとして、何らかの救済が必要だという点では多分一致しているところがあると思います。ただそれも設計の仕方としては行政固有の事情というのはいろいろな考慮の仕方があるわけでありまして、さらから行政訴訟に何かつくるのがいいのか、民事の仮処分に行政固有の制約を何かくっ付けるのがいいのかと、これはやっぱり利害特質を比較考慮して選択すべきではないかなという一般論をまず申し上げます。その上でですが、水野委員もさっきおっしゃいましたように執行力が当然に付いてくるというところに、やはり執行不停止の原則には場面にもよりますけれども弊害があると思います。ただちに執行する必要がない場合もありますし、執行されたら原状回復が困難だという場合には例えば発給後数ヶ月程度経た上で執行力が発生するというような形にする余地もあると思いますし、もし執行停止原則を仮に採用しないとしても、執行停止の申請の審理中に執行されてしまうと取り返しがつかないということはよく起こるわけでありまして、こういう緊急の場合には執行停止の要件を厳格に審理するのでなく、さし当たり暫定的な期間の執行停止を認めると、それで後でもう一回ゆっくりやればいいということもあり得ると思います。要するに1回だけしかその執行停止の審理ができないというふうに何も前提とする必要はないわけでありまして、暫定的に止めて、もう一回本格的に止めるかどうかを議論してもいいということがあると思います。
 また行政処分の発給を求めるという仮命令も認めた方がいいということです。これも前に議論したことがあると思いますけれども、生活保護の申請拒否ですとか高校の不合格といったような事案ではさし当たり生活保護とか高校の入学後の地位を1ヶ月なり2ヶ月なり認めた上で、その後でもう一回ゆっくりと本案について審理するというような暫定的な仮命令を制度化するということは、これは現在の執行停止ではまったく対応できない領域ですので、何らかの形で制度化が必要だと思います。
 それから先ほど村田さんの説明に仮執行の場合と行政処分の仮執行の比較、大変意味のある比較だと思うのですけれども、やはりこれも裁判の上訴の場合と同様、誤った自力執行の責任は基本的に後始末は無過失責任で賠償するというのを原則にすべきだと思います。裁判所の判断を経ずに自力で執行して、結果的に違法だったと、しかし過失はなかったから国家賠償も認められないというのはこれはやはり平仄を欠くわけでありまして、執行を受けた者に過酷すぎると思います。そういう意味で自力執行は自己責任で行うことは認める代わりに無過失の賠償責任を正面から認めた方がいいというふうに思います。
 それからどこかの論点にありましたが、処分に熟する前の段階ですけれども、処分に熟する前でも処分が行われる蓋然性が高くて、それが行われてしまってからでは回復困難な損害が発生するという場合には処分がなくても事前に仮差し止めができるという制度も導入した方がよいと思います。

【小早川委員】現行法で一番欠けているのは申請に対する拒否処分についての仮の救済の問題だと思いますので、そこに絞って申しますが、いろんな面からの改善が考えられると思います。一つは先ほどから出ていますが、金銭給付とか、金銭でないにしても社会福祉サービスのような、内容的には割合はっきりして、かつ法律関係としては行政対申請人の間で、大体、事が済む、外に波及しないというような、そういうものがあります。これは後の行政訴訟の対象の話とも絡むかもしれません、そもそも行政処分としてこの取消訴訟の対象に引き止めておく必要があるかどうかという別の論点と絡むわけで、本案の取消訴訟の排他性も外してもいいような話が多いのかもしれない、そうすると、それとパラレルに44条の仮処分の排除も外してもいい、仮処分も適用してもいいという感じはします。そういった類の、請求権が被保全権利としてありそうかどうかということを判断すれば大体それでいいのであって、それ以上に行政関係特有の判断を加える必要はそれほどないのではないかということです。
 先ほど出た転入届の不受理のケースになりますと、そこはちょっと被保全権利が何であるかというところはよくわからないところがありまして、何か民訴の仮処分とはちょっと違うような気もするのです。請求権があるなしというよりは、行政機関が法令の定めにしたがって、きちんと事を処理しているか、と。今の場合、あれは申請かという問題と、両方混ざっているところがややこしいのですが、法令にしたがってきちんと行動しているかというところが問題であって、そこは民訴の仮処分の場合の判断枠組みとはちょっと違ってくるのかもしれない。むしろ執行停止と同じような、行政庁のやったことは本案において違法くさいかどうかという、そういうことで見ていくのかなと、微妙に違うのかなという気がするのです。ですから執行停止の制度を手直しして、そのやり方は間違っているのではないかということを、仮に裁判所が判断して言うような、そういうやり方が一つあるかなと思います。
 それから、申請という場合にさらには営業許可申請とか、食品安全関係ということになると、それはそう簡単に、裁判所が仮の判断でもってやらせる、行政庁がダメと言ったものを裁判所がやっていいよということに果たして行っていいか、裁判所が責任を持てるかという問題があるかと思います。これはどう考えるかなと思って悩んでいたのですけれども、一つの考え方は、現行法で言うと「公共の福祉に重大な影響」というのがあってそれで引っかけるのも一つの手ですが、それはちょっと大げさ過ぎる。そうではなくて、第三者の、今日のペーパーにも出ていますけれども、第三者の利害も絡んでいるわけです。行政は、申請人とそれから第三者の利害を全部を考慮した上で処分をするべき立場ですが、裁判所の仮処分なり執行停止なりの手続というのは、第三者の意見が十分に言えない、そういう枠組みですので、そこにちょっと無理があると考えますと、第三者の利益に影響を及ぼすような、そういう仮処分なり執行停止なりは、これは制限されますというような方向での要件の立て方はどうなのかなということです。ただ、私の頭の中ではまだ民訴の仮処分と行政訴訟制度における執行停止なりなんなりの関係がよく整理されていないので、申し訳ありません、この程度です。

【成川委員】皆さんとあまり変わらない意見なのですが、今の執行不停止原則でやられますと、せっかく本人が違法で権利利益の救済を訴えながら、確定するまでそれが執行停止にならないということで、緊急の場合等あるわけですけれども、やはりこれは一旦執行停止するという形にした方がいいのではないかと思っております。ただ今も御指摘があったように、第三者の権利利益保護などに係わる場合には当然そちらに影響が出てくるわけなので、そういう点について執行停止するかどうかの要件としてその辺の判断は当然行いながら行うというふうな形になるのではないかと、こう思っております。また停止しただけで、不利益なりあるいは権利の確保ができないというふうな、給付なんかの問題あるいは自分の賃金なんかが払われないとか、そういう問題についてはちゃんと仮の救済ということで救済ができるという制度も是非考える必要があるのではないかと、こんなふうに思っております。

【小早川委員】ちょっと言い忘れました。被侵害利益の側に立って考えることも必要だと思います。被保全利益です。特に人身の自由とか、それから線引きが難しいのですけれども憲法上の精神的自由のようなもの、行政的規制というのは大体経済活動に対する規制が多いわけなんですが、中にはそうでないものがある。さっき私は、第三者に絡んでくるとそれは行政の方が専門家で、という言い方をしましたけれども、今のような種類のものについては必ずしもそうはいえない。憲法の原則からしても行政機関よりは裁判所の方がしっかり見てくれるのでなければ、また、第三者の利害よりも何よりもとにかく本人の憲法上の基本的な権利・自由を裁判所が保護するのでなければいけないという、そういう側面があると思います。そういったものはまたちょっと別かなと。そうすると、例えばその種の侵害的な処分については訴えの提起に執行停止効を認めるとか、それから、デモ行進について仮に許可制が取られていて、不許可処分があったという場合には、それらについては裁判所が仮の地位を定める、仮にデモ行進を認めるというようなことを、これは個別法で一つ一つやっていけばいいのでしょうけれどもそれはなかなか十分期待できないかなと思いますので、一般法で裁判所に特別の権限を認めるのはどうか、というような気もしております。

【芝池委員】私は、本案の取消訴訟、それと執行停止とは対応しているのではないかというふうに考えておりました。取消訴訟と言いますのは形成訴訟と言われますけど、よく考えてみますと非常に奇妙な訴訟でありまして、要するに行政の行為を取り除くというだけです。ですから形成訴訟と言われるのですけれども、民事の離婚訴訟などとはだいぶ違うわけでありまして、取消訴訟あるいは今回の改革でできるかもしれない取消訴訟のニューバージョンでありますが、そういう訴訟に対応するものとしては行政の行為で争われている行政の行為の効力を止めるだけの執行停止の制度が対応する。それ以外のところで仮処分ないし仮処分的なもの、そういうものの必要性が出てくるのではないかと考えていたのですが、でもただ今の小早川さんのをお聞きしますと、取消訴訟の場合でも仮処分的なものを認める、そういう余地があるということなんですか。

【小早川委員】いや、そこは基本的にはパラレルなんだろうと思います。本案で求められない救済は仮の手続でも求められない。そこは両方、両々相まっています。

【芝原委員】私どもが執行停止とか仮の救済をイメージするときに貨幣的な救済であれば、そのときに止められなくても、後で貨幣的な救済ができるのであれば、それは損害賠償的にある程度はいいのだろうという、行政の執行力の円滑、継続性の問題があるから、それのバランスで決まるのだろうと思いますけれども、そうではなくて、貨幣的でない、例えば大規模な公共工事がぽんと進むときに、これを止めれない。空間的に非常にどうしようもない、最後まで行って事情判決になってしまう。こういうときにはさっき小早川委員が言ったのは第三者の利益に係ってくる問題で、そういう社会的合意形成が不十分な事案に対しては仮に執行停止をして、社会的合意形成を促すとか、そういう意味であれば私は十分この仮の救済、あるいは、仮の執行と言うのですか、そういう意味では社会的には意味がある。これはやっぱり行政事件特有の問題ではないかなと、そういう感じがしているのです。

【塩野座長】例の小田急とかいろんなものがあります。

【芝原委員】あういうのはちょっと民事とは違う感じがします。その辺りはよくわからないですけれども。

【市村委員】非常に難しい問題だとは思うのですけれど。最初から結論がわかっていればどちらに、どういう流れで整序したら良かったかという形は言えるわけですが、一方において民主主義というのはある意味では多数決原理というので支えてて、あるいは手続的にあるプロセスを通ってきたら、それでやりましょうということでやるんだという建前にもなっているわけです。それに対して、何らかまだ、いやそれでは納得できないという人がいたときに、そのどこまで全部納得を得て物事を進めるべきかどうかというのは社会の仕組みの問題だと思います。執行停止を原則にするお考えが出ているのですが、例えば行政訴訟を起こせばみんな止まって、あと動かすのには、行政庁が続行命令か何かを逆にとらなければいけないということなのでしょうか。もしそうだとすると、とにかく、どのぐらいの長短があるにせよ、とにかく一時的に止まる、そういうことがやっぱり行政の円滑の問題から言えば、そちらの面を阻害することになる。その辺りをどう考えるかというのはいろんなケースがあるでしょうから、それは十分行政のヒアリングをやってやるべきだというふうに思います。
 それで実際に先ほど、執行停止をやっている間に、その間意味がなくなってしまうからということをしきりと言われたのですが、では現実の審理がどうかというと、司法判断というのは、具体的事案に合わせて、審理の長短を考えながらやっています。例えばある程度の期間がまだ十分ありそうだというときには被告の言い分をある程度しっかり聞く。それに対してなお反論することがあれば、申立人の言い分をまた聞くという形で、ある程度の時間をとります。ところが先ほど小早川委員が例にされましたけれども、デモ行進なんかの進路変更処分というふうな形になると、そんなことをやっている暇がありません。そういうときには、とにかく最優先で全力で明け方まででも連続して審理します。とにかくそのことに意味がなくらないように審理するというやり方を考えて、何とか時間が経ったから意味がなくなるというふうな状態を避けるためのいろいろ工夫しています。どんな制度を作ってもきっと、やっぱりそういう場面は出てくると思います。ただ先ほど福井委員がおっしゃられた暫定的な措置をつくるというものは、確かに、そういうときにそういうものがあれば便利かなと思うことはあります。しかし、元々この制度自体が仮の制度であり、また仮の制度の中に仮の制度をつくるというと、きりがなくなってくるという面があると思われます。先ほどのような運用によっても破綻しているということであれば、さらにその仮の制度をつくるということが考えられますでしょうし、運用の中で、行政庁に例えばとにかく実際の執行に着手するまでにどれくらいの時間があるのかを尋ねて、少なくとも裁判所が判断するのに3日間要するから、3日間は手を付けないという確約するというふうなことに応じているのが実情としてあるわけです。そうすると、その辺りは、あえて制度化して、そのための暫定的な手続を設けるということはなくてもいいのかなという気もします。それは仕組みの問題ですから、効率の問題とそれからどんな犠牲が出ているか理由を少し検証して、組み立てたらいいと思います。ただ全面的に執行停止制度を採用するんだという御意見に対しては、それはここではあまり出ていませんが、行政の円滑な遂行ということに対してはかなりのひっかかりになるでしょうから、行政側のヒアリングは十分に行うべきではなかろうかと思います。

【塩野座長】そこはヒアリングのことになると思います。

【水野委員】市村さんのおっしゃることと基本的にそんなに違いはないのですけれども、原則と例外が反対になるということだけなんです。おっしゃるとおり執行停止原則をとっても、それに不都合な場合には申立によって、その執行停止の効力を一時止めるという制度を設けることは、間違いないです。だから執行不停止原則をとっても逆の手続がある、執行停止原則をとっても逆の手続があるということで、これは当然のことだと思いますので、どちらを原則にするのがいいのかということになると思います。我々の感覚からすると今、執行停止の決定を取るということは至難の業というのが実感です、いろんな面で。したがって、どんどんと進んでいくということで回復が困難だということになる。やはりこの際行政訴訟の改革の中で執行停止原則を取り入れて、そして行政がどうしても困るという場合には行政の申立によって、執行停止の効力を覆すと、そういう制度設計をすべきではないかというふうに思います。
 それからこれは和泉市の火葬処理場の仮処分事件だと思いますけれども、1年間に限って停止を認めた仮処分があるのです。だから、どうだったかと言うと、1年間しっかり話し合いをしろというふうに言われて、それで結局その間に話し合いがまとまって、それは終わったということがあります。それでさっきちょっと市村さんが仮のまた仮をつくるんだとおっしゃったけれども、仮処分でも一時的な仮処分が認められていますので、執行停止という制度をつくっても、一時的な執行停止の決定を出すということはこれは十分可能だというふうに思います。

【福井(秀)委員】今の議論に関わるのですが、現在の執行停止の要件は実際上非常に重い要件になっているわけです。緊急の必要とか回復困難とか、実質的にはかなり事業なり処分の実体を把握してからでないと、そう軽々には、イエスにせよノーにせよ判断できないという重たい要件が加わっているわけでありまして、現に審理するときには停止決定が出ると大変なものですから、行政庁も必死に準備するわけです。執行停止申立てが出そうな事件はわかりますから、逆に言えば原告側の弁護士が準備するよりももっと説得的な資料を短期に出せるようにということで、短期集中で大変な作業を現にやります。結局瞬間的にうまく裁判官を説得できた方が勝ってしまうということなんですけれども、それが必ずしも簡単な判断でないだけに、短期間で重たい判断を強いられてて、しかも1回判断したものは覆られない、しかも一度執行されてしまったらお終い、というような領域がある。重い判断を緊急にやって、実際には穴が空く可能性があるにもかかわらず、とにかく判断を求められる。これはやっぱり一か八かになるという偶然と、執行停止申立に対応する技術と言うのでしょうか、これは被告行政庁によって巧拙があると思うのですけれども、そういう偶然の要素。運、不運それから能力差で左右されるところが非常に多くあると思います。したがって、仮の仮とおっしゃいましたが、重いのが今の執行停止だとしたら、より軽い、さし当たり執行停止の判断をする間の期間は大慌てでなくて、すこし執行停止の要件についてじっくり議論できるよう止めておけ、というような制度があるのは極めて合理的な制度だと思います。

【塩野座長】原則をどっちにとるかというのはいろいろあって、立法例としてはドイツの立法例が日本と逆なんですが、しかしドイツも原則を破るときはかなり乱暴なこともやっていると聞いていますが、山本さんその辺は何か調べていますか。

【山本隆司外国法制研究会委員】たまたまこれも今日配っているものですが、原則は116頁のところに条文があるように、執行停止原則となっているのですが、80条2項1号、2号、3号のところで法律上例外が設けられていて、3号により例外を設けている法律というのが何だか最近非常に増えておりまして、これは119頁から120頁のところに一覧表を掲げておいたのですが、非常に見通しが悪くなっていることがございます。
 それから法律上原則と例外が入れ替わらない場合は戻っていただいて、116頁の80条の2項の4号というのがございまして、これは先ほど話しに出ましたが、行政庁が即時の執行を命令するという制度です。そういう場合には逆に5項でもって、執行の停止をまた回復するという手続きがあるというふうに3段構えぐらいに手続がなっているということです。
 ついでですので、先ほど少し話しが出ていましたが、5項のところを見ていただきますと、執行停止に関して期限を付すこともできるということですから、期限付ということもあり得る。
 それから次の頁に行っていただいて、7項のところで、変更の取り消しというのもできるということですので、事情によって変更取り消しもできる。120頁の一番終わりのところに書いていたのですが、これは判例上認めてきたものといたしまして、執行停止の中間決定があります。申立だけでも即決でやってしまうということがあり得るということです。
 それから後は121頁のところに書いておいたのですが、執行停止に関する判断をするところで時間がないときには、あまり本案でどっちが勝つという見込みには立ち入らないで、さし当たり、その執行停止を認めないとどういう不利益が、認めるとどういう不利益があるという利益衡量だけで決めてしまうこともあり得るということのようです。

【塩野座長】どうもありがとうございました。ごちゃごちゃいろいろ考えないとなかなかそう簡単に行かないということだと思います。どうぞ市村委員。

【市村委員】例えば期限を切って命令するのがあり、むしろ今の執行停止はそういう形のものがたくさん出ていると思います。それから、ケースによっては、申立人の申立てだけでやってしまうというのもあります。ですから、今のおっしゃられたもの、大原則をどっちにするか、最初の入り口をどっちにするか以外のところでは、運用はそう違っていないかなというふうに思います。執行停止全体から見ると、水野委員は、執行停止を取るのは非常に難しいとおっしゃられたけれども、全体からすると執行停止というのはかなり発令されております。

【芝池委員】本案の取消訴訟を提起する前に執行停止の申立てはできるのですか。

【市村委員】できないです。

【芝池委員】法律上はそうなんですけれども、実務上はそれを認めているというのは聞いたことがあるのですが。

【市村委員】いや、そういうことはないと思いますし。

【芝池委員】それはそうすると一つの問題です、現在の執行停止制度の一つの問題だということになります。

【市村委員】そういう考えはありまして、ただ例えばどちらかと言うと、本案を出すときに本案の違法理由については非常に簡潔に書いたままで、それはとにかく執行停止を出すために本案を出しているという、確かにどっちが主でどっちが従なのかと思われる申立がないとはいえません。執行停止の帰趨によってすべて決まってしまって、もう執行停止の結論いかんでは、本案をやる意味はないというタイプのものも確かにあります。例えばデモの規制の問題のようなものについて、後で損害賠償に変えるかどうかということだけですので、そのままでは維持する意味がなくなってしまいます。そういうものがあるということで、そこら辺はどうするかという問題は十分議論の余地があるところだと思います。

【水野委員】それは仮処分でも同じ議論があります。仮処分の本案化ということで、仮処分で大体済んでしまうケースが多いというのは言われています。

【福井(秀)委員】執行停止か不停止かに関して、先ほどドイツのご報告、大変参考になると思います。山本先生から最近例外が増えているというお話があったと思うのですが、ただ逆に言えばこれは健全だと思うわけです。なぜならば、停止が原則だけれども、やっぱりいきなり停止されたら困るというものについて、立法なりで個別判断をした上でないと執行不停止の方の類型には行かない。のべつまくなしに執行不停止が原則だという仕組みよりは個別の処分なりについて、具体的な議論をした上で、いやこれについては公益上の必要があるから、執行停止原則では困るんだという議論があっての上でこういうリストができる。ここは非常に学ぶべきものがあると思うわけです。日本の今の原則はおよそ行政処分というのは一切、止められないということが出発点になっていて、本当にどの処分も、この処分も止められないようなものなのかどうかという検証を一切不要にして、とにかく習慣的に執行してしまって、一巻の終わりなどという案件が、行政庁、自治体あたりに行ったら山のようにあるわけでして、それはやっぱり個別の検証を経ていない乱暴な行政運用ではないかと思います。そういう意味では、ドイツのやり方というのは、増えているのがいいか悪いかという議論はありますけれども、少なくとも個別審査にさらされた上でないと、こういうものが出てこないということで極めて参考になる事例だと思います。

【山本隆司外国法制研究会委員】ちょっとよろしいでしょうか。実はそんなに褒められたものではなくて、119頁から120頁のリストを見ていただきますとわかりますように、例えば外国人関係のこととか、あるいは集会等の例が出てくると思うのです。こういう例について、執行不停止とする合理性が執行停止になっているものと比べて、あるのかと言うと、やや疑わしいところがありまして、ある人の言葉ですが、119頁の一番最後のところに書いておきましたように、「政治的衝撃力のある分野」でこの種の法律が増えており、「表面的な『束の間の成功』を目指す、コンセプトなき行動主義」というような評価があります。
 それからもう一つ、ドイツでは重要な問題として、今ご指摘を伺ってちょっと言い忘れたことを思い出したのですが、118頁のところに書いておいたのですが、EC法の場合は執行不停止が原則になっておりますが、ドイツ法の場合は執行停止が原則であるというので、これはヨーロッパ裁判所の判決があるのですが、ドイツの行政機関がEC規則を執行する場合には必ず先程の即時執行命令を出すようにと、こういう判決を出しております。そうしないと要するにEC法の執行が十分にできないからということでして、この意味でもドイツの行政機関がドイツ法を執行する場合とEC規則を執行する場合で、まったく反対のことをやらないといけないという問題も出てきているということがございます。

【福井(秀)委員】そういうこともあると思うのですけれども、多分さっき私が指摘した文脈ではそんなに問題にならないと思います。というのはこの政治的衝撃力のある分野で云々というのはやっぱり個別の立法での政治的な動きがどうかと思うものまで取り込んでいるという、むしろ立法過程の問題点だと思います。やっぱり法律で個別審査をするという構図自体はこういう枠組みでも一応守られていると推測しますので、その限りでは個別判断が一応あるという点は評価できる。もう一つはEC法とドイツ法については、これはある意味ではECとドイツ法との関係がややこしくなったということの問題点ではあっても、少なくともドイツ法に関する限りの執行停止原則の下では先ほどのような意味の個別審査があるという点は参考になるという印象です。

【塩野座長】ただEC法がこうだということは、これはフランスが勝ったのですか。

【橋本博之外国法制研究会委員】 フランスは執行不停止なんですけれども、仮命令を新しく作ったということです。

【山本隆司外国法制研究会委員】ですからドイツ法は執行停止をやり過ぎで、フランスは仮の命令を今まではやらなすぎていた。

【橋本博之外国法制研究会委員】今まではフランスでは3ヶ月の期限を切った、仮の執行停止というのがあったのですけれども、そういう意味ではむしろEC法によるインパクトで、それでは中途半端だから仮命令の創設、あるいは人権に関するものはもっと強力な仮の救済のところまでやらないと、それはECとのハーモナイゼーションができない。

【市村委員】この前フランスの仮命令がどのくらい使われているかという現状をお伺いしたら、そんなに活発な活用はまだされておられないという御説明でしたね。落ち着くところは、結局どっちから行くのかという問題なのかもしれませんが、この問題はやっぱり両方、申立人側と行政側とのまさに引き合いの問題でしょうから。

【福井(秀)委員】ただその件で非常に危険だと思うのは、行政庁一般に執行の緊急性があるかないかというのは全然意味はないと思います。この処分についてどうか、あの処分についてどうかでやらないと、およそ行政庁の意見を集約して天秤にかけるというのは全く物理的にも不可能だし、科学的なアプローチではないと思いますので、ご留意いただきたいと思います。

【市村委員】そういう議論をすれば、みんな個別法でやるべきだということになってしまいます。今までやってたものもみんなそういうふうな個別法に還元すべきだということになりませんか。その分野、分野であるとは思いますけれども。

【福井(秀)委員】だからドイツは現にそうやっているわけですから、そういうアプローチとおっしゃるような一律のアプローチとどっちがましなアプローチかという議論をやりたいと思います。

【塩野座長】一律のアプローチのときでも執行停止で早め早めに裁判所が対応すれば、つまり個別のアプローチということになるというふうには思いますけれど。

【福井(秀)委員】それは裁判所の個別判断に委ねなくても止まるのか、要するに立法であらかじめ枠を決めておくのか、裁判所の良心的な裁判官に委ねないと止まらないのか、という違いはあると思います。

【塩野座長】それからもう一つ考えないといけないのは、執行停止はよく、これは田中説で行政、つまりは非常に個別な、具体的な状況に応じて判断を要するということ、それが裁判所の判断に馴染むかどうかという問題はありますけれども、非常に個別に富むのです。ですから、それの個別性の判断をどの段階で入れるかということだというふうには思いますので、両方の考えがあるということは今日はよくわかりました。
 ただもう一つ、いつかの段階でもう少し議論していただきたいのは、仮処分との関係ですけれども、民事の仮処分、今のままの場合の要件です。それでいいかどうかという議論をもうちょっとしないと、例えば要するに第三者の、あるいは公共性の問題という点について、民事の仮処分がどういうプロセスで、どの程度判断してくれるのか、そういった点について執行停止からにじみ出た方がいいかとか、そういう議論はやっぱり要件論として必要あるのだろうと思いますので、その点もまた段々詰めた段階で議論していただきたいと思います。要するに両方のシステムがあり、両方ともなかなか苦労しているなという、ドイツもなかなか苦労しているなという感じがしております。はい、どうぞ芝池委員。

【芝池委員】水野委員と福井委員の御主張についてお尋ねしたいのですけれども、仮処分、あるいは仮処分的なものを使うとして、どういう訴訟で使うのでしょうか。

【水野委員】仮処分ですか。いわゆる私たちが言っているのは是正訴訟、取消訴訟。

【芝池委員】しかし、執行停止原則をとれば、そこは要らないわけですね。

【水野委員】もちろんそうです。だからさっきから言っているのは私は仮処分一般でいいではないか、というのは前にも申し上げた。今も座長がおっしゃったけれども、それで困るところがどれだけあるか、そう大してないだろうと。公共性の問題でも、今その種の仮処分事件では現にやっているのですから、そう大きな問題はないのだろうと思っています。しかしいわゆる是正訴訟について特にこの行政訴訟法の中で特別な規定を設けるべきだということについては特に反対しないというか、むしろそちらの方がいい制度ができるのであればそれは賛成と言っているわけで、その場合にはもちろん仮処分の必要はないわけです。

【芝池委員】是正訴訟の中には義務付け訴訟的なものも入っているのですか。

【水野委員】もちろんです。

【芝池委員】そちらの方では仮処分的なものは要ると。

【水野委員】ですから、執行停止と仮命令でやるのでしょう。

【芝池委員】執行停止は要るのですか。

【水野委員】要するに是正訴訟の中の制度として、執行停止と仮命令をつくろうとしているわけでしょ。それはそれでやると。だから是正訴訟でない訴訟、今で言う当事者訴訟などは当然仮処分でやるということになります。それだけの話しですけれども。

【市村委員】今の当事者訴訟で仮処分は別に排除されていないわけですから、何もそこは変化ないのではないでしょうか。

【水野委員】そうです。

【市村委員】そうだとすると、委員がおっしゃられたように是正訴訟に執行停止原則があるんだというふうにおっしゃられると、どこで問題が出てくるのか、そこがピンとこないのですが。執行停止が原則であるとおっしゃられると、今までと違って、行政庁側が何か出すのでしょうか、続行命令の申立みたいなものを。

【水野委員】今制度を作ろうとしているのでしょう。制度を作る場合には執行停止原則にしたらどうですかということです。

【塩野座長】今言葉として是正訴訟が出てまいりましたが、これについてはここで正式な形での御披露はなかったものですから、またそういった点について資料が出てきたときに、また一体どうなんだろうかというような御議論はあろうかと思いますので、今日はその程度にしたいと思います。

【福井(秀)委員】今の水野委員のお答えで大体尽きているのですが、一つは、私が申し上げたのは、民事の仮処分を認めるべきだというよりはむしろ、受益処分の拒否処分の仮命令を民事と言おうが、行政と言おうが、やるべきだということの文脈で申し上げたということです。もう一つは執行停止原則と不停止原則とで言えば、これはファーストベースとセカンドベースとの関係にありますから、不停止原則でもいろいろ活用の余地はあると、こういう趣旨で申し上げたわけです。

【芝池委員】拒否処分の場合は小早川さんが言われたところでは二つのものが接するところがあり得るということですね。仮命令的なもの、仮処分的なものだけでは適切ではないという、そういう御意見ですね。

【小早川委員】義務付け判決の前提としての仮の救済という場合に、例えば営業許可なんかですと、行政庁が許可する場合には、どんな条件を付けるかというそんなところまでいろいろあって、それで処分するわけです。そういうものを裁判所がすべて代わってやるということをどう評価するかということです。民事の仮処分ですと、私人と私人の間に裁判所以上の権威はないわけですから、裁判所が、ではこういうことでしばしやりなさいと言って、しばし収めることがあるわけですが、行政庁というのは法律上、自分でいろいろとさじ加減をやって、この事件はこういうことで、こういう条件で許可をしようというようなことを決める権利を一応与えられているわけなので、それを裁判所が代わって行使する資格と言いますか、正当性はどこまであるか。そういうようなケースがある種の申請に対してはあり得るだろうと。

【水野委員】それはおそらく通らないでしょう、申請しても認められないでしょうね、というだけの話し。だからそういう制度をつくればもちろん通るものもあれば、裁判所がそこまでやるのは行き過ぎだよと、通らないと、そういうようなケースがあるわけで、例えばさっき言った和泉市の事件だって、申立をしたのは要するに期限なしで申立をしたのです、ストップしろと。ところが裁判所はずうっとストップだというのはこれは行き過ぎだと。そこまではちょっと行き過ぎだと、1年間とりあえず止めると、そこまでだったら認めると、そういうふうにやったわけですから。それはもちろんケースケースによって、いろんなケースがあるということです、当然。

【塩野座長】本当にこれは個別の利益条件がいろいろとありますので、先ほど芝原さんの金銭という場合でもいろいろな金銭がありまして、生活保護になると、今日明日の生活ということがかかっているときに、金銭だからもう少し後に待って、後から払えるじゃないかということにはなかなかならないという点があって、かなり個性的な問題がありますので、そこで一つの制度で勝負するというのはなかなか難しいところがあります。先ほど芝原委員の大規模建設のような場合にも今は執行停止1本でやるのですが、それなんかはむしろ萩原委員やあるいは芝原委員がよく御主張なる都市計画決定手続とかそういったものできちんとやるべきではないかというような議論があって、私もそうかなと思うのですが、今日はとにかくおよそ一般的にというところでお話を伺っているところでございます。
 大分時間が経ちましたので、この点について、内閣総理大臣の異議が残りましたが、ここに書いてあるような次第で、なおかつ御意見があればお出ししていただきたいと思います。この点についてもまさに行政を預かるものとして、ここはやはり困るというような点があるかもしれないので、内閣総理大臣の異議についても行政側の意見をあるとき、お聞きしたいというふうに思っております。

【福井(秀)委員】最終的に司法審査で決着つけるというのは全く結構だと思うのですが、その場合に処分庁ではない内閣総理大臣が出てこなければいけない必然性があるのかどうかというのはまた別の論点になり、私は個人的には全くないと思っています。今日でなくてもいいのですけれども、詰めるべき議論ではないかという気がします。内閣総理大臣が不服申立をする余地というのはこれは排除しているという趣旨ですか、事務局案は。それならいいですが。

【水野委員】不服申立は当然相手方でしょう。つまり抗告とかそういう制度を設けると。

【福井(秀)委員】それならいいのです。両方に読めたような気がしたものですから。内閣総理大臣の不服申立権はなくてもいいと思っただけですから。

【村田企画官】今ある制度を廃止するような方向で検討すべきだということで一致したというだけで、あと代わりの制度をどうするかというところは特に何も。

【福井(秀)委員】そうすると今の問題もあるということも申し上げておきます。

【塩野座長】どうもありがとうございました。よろしゅうございますか。
 それでは次の項目に入らせていただきます。「処分の取消しの訴えと審査請求との関係について」でございます。

【市村委員】ある程度実情の御報告ということになるかと思いますが、実際の事件ではこの行訴法の8条の1項、それから2項、3項をそれぞれ結構活用しております。というのは例えば審査請求を既にしているという事実があって、ただ3ヶ月を経過していない間にまた出してきたというような場合に、それだからといって、直ぐにそこで不適法だとやったりはしません。大体その場合は様子をみて、他の点も3ヶ月で全部終わってしまうことはなかなかありませんので、あえてその点を取りあげてやるということはありません。また、つまり審査請求を全くしていないのなら別なのですが、被告行政庁の方から、この点を指摘して、3ヶ月経っていないじゃないかということを言ってくることがまずないのです。そういう意味では、あまりそれは争点になりませんので、判決の中では、書きませんが、割合この辺りは例があるのです。それからあとよくありますのは、もう既に同じものについての、同じ類型での不服申立をしているけれども、なかなか行政庁は判断せずに、ずうっとそれを抱え込んだままだというのがありまして、それについてはそこの審査を申立てないまま、行政庁の態度としてはしばらく裁決は出ないという形で2号だ、3号だという理由があって申立てるものはかなりあります。この点についても、被告行政庁の方からは、あまりここは審査請求未経由だということは言ってきません。判決で触れたとしても非常に軽くしか書かないし、そういう意味ではあまり表には出ていませんが、件数を取ってみれば、そんなに少なくはないと思います。ここのところの活用は、割合と柔らかく運用しているということを御理解下さい。

【水野委員】1号は当然3ヶ月過ぎてしまったからということになると思いますけれども2号と3号はやっぱり立法的な手当てが要るのではないのでしょうか、私もあまり実情は知りませんが。

【市村委員】2号でカバーしきれないと思う場合でも3号について、3号該当があるということで認めていると思うのです。行政庁が、これから審査請求についての判断を出すぞというときには言うのでしょうけれども、ほとんどそんな例はございません。むしろ、それなら裁判の方を早くやって、判決を見たいという態度を取っているのではないかと思わせることが多い。

【水野委員】ただ「正当な理由」というのはかなり厳しいのではないでしょうか。

【市村委員】いや、例えば同じ審査請求をして、例えば1年も判断をしない、あるいは、そうした申立てしながらずうっとそういうものを判断した例がないというのであれば、それで「正当な理由」というところを認めるケースもあると思います。だから「正当な理由」というところは割合と柔らかい運用かと思います。

【水野委員】きちんと当たっていませんが、私は3号の「正当な理由」というのはなかなか厳しいのではないかと思います。

【市村委員】審査請求を全く意味をないがしろにするつもりで、全部やってくれというのは、それはなかなかパスしませんが、何でやってこないのかということについて、それぞれ理由があることが多いです、もう既に態度を明らかにしている。例えば年度の違う更正処分でもこういうふうになっているとか。そういう意味では今の、どんな状況でむしろ問題があると言われているのか、実例はあまり捕まえられないのです。

【塩野座長】こういう「正当な理由」がどういうふうに使われているかというのは、最高裁の方でつかんでいますか。

【最高裁判所(事務総局行政局増田第二課長)】そこは十分には把握できていません。判決に表れていないというところもありますので、正確には把握しておりません。

【小早川委員】3号ですと、そもそも審査請求しなくていいわけです。今、現に、不服申立前置の大物というと、課税処分と社会保険、労災関係かと思いますけれども、社会保険や労災なんかで、法律問題で争っていておよそ審査会通したってしょうがないというケースがときどきあるのです。そういうものについて現行制度で不服申立前置を被せるということ自体にどれだけ合理性があるのかなという気はしております。この問題は、そもそも、ある種の処分について、出訴期間排他性付きの取消訴訟を強制しないとなれば、不服申立前置そのものが本来の意味がなくなる。取消訴訟を起こすには不服申立をしなければいけないかもしれないけれども、民訴で行けるのだったら、それはそちらで出してもいいということになるのかもしれません。民訴でなくても、他の何か別の訴訟を起こすことになるかもしれない。そういうことで、対象となる処分の範囲を狭めていくということになれば、問題そのものが小さくなっていくのだろうという気もいたします。

【福井(秀)委員】この②の最後の問題提起の趣旨は、要するに却下になったらもう二度と起こせないから待ってあげて、適法性が補完されたと考えたらどうか、という意味ですか。これをやった場合に何か問題点というのは想定しておられるのですか。

【村田企画官】その辺もし、あればということで御議論いただければということで、特に具体的な指摘はございません。

【福井(秀)委員】これはさっきも御指摘あったと思うのですが、審査請求をしないで起こすことを想定しているという理解ですか、3号は。それともしてあるけれども、まだ裁決がない段階で正当な理由があるから裁判を起こすのだということですか。

【村田企画官】2項3号は審査請求を経ない場合も対象になっている。

【福井(秀)委員】両方あり得るということですか。

【村田企画官】申立てしていない段階のものも両方、あり得る。

【福井(秀)委員】してないとアウトですよね。おっしゃるような他の余地はないのではないでしょうか。

【村田企画官】待てるかどうかということですか。

【福井(秀)委員】3ヶ月経つまで待ってあげるというのは審査請求しているときには意味があるけれども、していないときにはもうとにかくアウトになる。

【村田企画官】その場合には2号、3号。

【福井(秀)委員】そこの救済措置にはならないわけですね。

【村田企画官】はい。

【福井(秀)委員】という意味ではやっぱり前置がどうかというところに、救済という意味では戻っていくわけですよね。

【市村委員】前置の規定は、それぞれ個々の法令に置かれているわけですが、そちらの方に、本当に意味があるかという見直しをすべきでないかなと感じるものはなくはないです。つまり実際には審査請求されても判断をしないのに、法の建前としてその前置を要求するというのは、何か不合理ではないかなと思う事例もなくはないですが、そこはやっぱり個別法の問題と思います。どちらかと言うとそれこそ個別法で必要なら置いていい、それをまったくそういうことをやったらいけないということは逆に言うとおかしい。

【福井(秀)委員】もちろんそれはそうなんですが、多分前置の問題を考えるときには今置かれている前置の個別法が何らかのまともな基準によって、綺麗に分類された合理的な制度かどうかというのは、行政訴訟の問題として捉えないといけないわけで、もちろんここで全部個別にチェックできるかどうかというと時間的、資源的制約があると思いますが、少なくとも今代表的にある前置の部分についてはいくつかのケーススタディでもいいのですけれども、本当に合理性があるのかどうかについて、行政庁の言い分が本当に妥当かどうかという観点でレヴューする手続を是非やっておいた方がいいと思います。

【塩野座長】その点は今の行訴法の立案に際しても大問題になったところで、どういう場合について審査請求前置を認めるかということについて、一種のカテゴリーをつくって、こういうものならいいのでしょうと、いくつかのカテゴリーを置きまして、問題はその後、そのカテゴリーに入らないようなものができているかどうかということと、それからさらに遡れば昭和37年のときに立てたカテゴリーが果たして現在に通用するのかという問題があろうかと思います。それからそういう場合には、これはまた福井(良)委員にもいろいろお考えいただかないといけないのですけれども、ピックアップ方式で行くのか、それとも総合的に調査をかけて、それで所管省から自分はどのカテゴリーだと、それは具体的にはこういう理由ということを言ってもらう。いろんなやり方があるかと思いますので、その点はまた聞きたいと思います。何か福井委員、今の段階で。

【福井(良)委員】ちょっと今のピックアップのことで述べさせていただきたいと思いますけれども、総務省では行服法の特例ではありませんので、これは全然チェックしておりません。

【塩野座長】どこかから声をかけていったらいいのかということも含めて。

【福井(良)委員】それも含めて事務局と相談します。

【小早川委員】ちょっと今の件で、この問題をどこに位置づけるのかということなのですけれども。司法制度改革の中でADR問題というのが提起され、検討会ができているわけです。ただ、不服審査前置がいいかどうか、今ある不服審査システムがうまく機能しているか、あるいはそれにさらに改善すべき点があるか、せっかく前置するのであれば第三者機関で裁判所にできないような立派な仕事をしてもらいたい、その辺をどうすべきか、それは私達からは何も言えない話なのでしょうか。ただADR検討会では。

【水野委員】ただそういうのを用意するのはもちろんいいのですが、それを選択するのは国民なんです。どれがいいのかというのは、国民が選択すべきであって。

【小早川委員】そうです、確かにそれは必要です。

【水野委員】だからADRの利用をまず強制するというのは反対です。これは私はちょっと小耳にはさんだことですけれども、韓国では行政事件が行政不服審判委員会、行政裁判所がある。それから憲法裁判所がある。この3つが競いあってやっているというのです。だから市民は一番自分の救済に適すると思うところを選んで持っていく。やはり制度としてはそういうものでなくてはならないというふうに思います。さっき市村さんがおっしゃられた現行法8条ではただし書きが、無条件で法律に定めがあるときは、と書いてあるのです。ですから、もし書くとすればそこに何らかの要件を定めて、特にこういう場合で、法律に定めがあるときはという、個別法の立法を制約するような規定を置いたらどうかなという気もいたします。

【福井(秀)委員】ここの紙の論点ではないのですが、広く審査請求と取消しの訴えとの関係という意味で、前にも一回問題提起したことがあります。教示と係わるわけですが、不適法な審査請求が出訴期間過ぎてから却下されるともう裁判に移行する余地がなくなって、実質的に訴えの権利、救済の機会を制限されるという問題があるので、これは是非不服申立手続の中で、訴訟同様、簡単に補正できる不適法事由についての追完なり補完なり、適法化の手続を検討していただくことをお願いしたいと思います。

【福井(良)委員】ちょっと今の点ですけれども、行政不服審査法の21条に補正の条項があるのですけれども、それではなくて、それは使わないということですか。

【福井(秀)委員】そうです。時期に遅れると、ずうっと不適法な審査請求を起こしていたことになりますので、出訴期間の3ヶ月を過ぎてから、却下されますともう直しても未来永劫争えないのです。

【福井(良)委員】行政不服審査法で補正できるものについては補正しなければいけないことになっていますよね。

【福井(秀)委員】だから出訴期間に間に合うように親切にやってあげればいいですよ、それを。

【福井(良)委員】ですからそこは運用の問題があるかなと思いますけれども、ちょっと事例があまり浮かばないものですから。普通は補正義務を尽くさないで却下した場合については、そのものが違法になります。ですからそうじゃなくて、もう少し何か限界的なケースを考えておられるのかなと思いますが、具体的な事例があれば教えていただきたい。

【福井(秀)委員】今のどういう意味ですか、よくわからない。何が違法になるのですか。

【福井(良)委員】補正義務を尽くさないで、却下することです。

【福井(秀)委員】そういう問題を想定しているのではないのです。要するに補正させられるものを補正させたにしても、補正したら適法になるわけです。しかしそうではなくて、例えば被告を間違えてるという類で、補正すれば適法だけれども、補正しないままだったら違法の審査請求という類で、要するに補正できないということを3ヶ月経ってから、教えてもらっても意味がないということなのです。

【福井(良)委員】そこはもう少し具体なケースを教えていただきたいと思います。

【福井(秀)委員】今言ったのは私が自分が経験したから言っているのです。いっぱいあるのです。行政庁で直させれば適法になるのに、3ヶ月過ぎてから、もう直せない時期になって却下するような裁決はどこの行政庁もいっぱい書いている。だから言っているのです。

【芝池委員】その3ヶ月というのはどういう意味なんですか。なぜ出てくるのですか。

【福井(秀)委員】出訴期間の間に、ということです。

【芝池委員】審査請求をやってからは出訴期間は走らないですよね。

【塩野座長】それは審査請求が不適法だと、そういうことでしょ。

【市村委員】審査請求のやり直しができない状態になって、この審査請求はダメだと言われても困る。それは審査請求やってて、3ヶ月経過している間の審査請求が維持されている間であれば、補正は可能ですよね、それ自体。

【福井(秀)委員】被告を間違えているような場合だと厳しいのではないですか。国と書くか大臣と書くか、間違えて3ヶ月経ってから教えてもらっても意味ないですから。

【市村委員】そういう意味ですか。逆に「だから補正命令を一定期間内に発しなさい」ということですか。

【福井(秀)委員】一定期間内の補正命令みたいなことをやらないと多分救えないというのが随分あります。訴訟の方も、既に議論があったように例えば訴えの類型とか、些末な技術的な事項で落とし穴にはまらないように親切にしようというのが裁判であるとすれば、やはり前提段階になっている可能性の高い不服申立手続も同じように対応しておかないと、救済の権利を実質的には制約するということです。

【塩野座長】そういう問題があるということはわかりました。ただ不服審査法それ自体をここで取り上げることはなかなか難しいかもしれません。そこはまた相談して。

【福井(秀)委員】裁判と連動しますので、その限りでは検討していただきたい。

【塩野座長】連動はよくわかりますけれど。

【小早川委員】今のお話を伺っていて、思ったのですけれども、別の話ではありますけれども、教示は義務付けられているわけですが、あれは不服申立ができるということの教示であって、不服申立前置の教示ではない、現行法はそういう教示を義務付けてはいないと思うのですが、行訴法の方で、不服申立前置まで教示しなければ不服申立前置は働かないよという仕組みはあり得る、現行法に比べて若干の改善になるかなという気がちょっとします。

【塩野座長】今日の問題提起には教示自体は出ていないのですけれども、ただ論点として既に教示の問題についてはいろんな御提案もありましたし、これは是非国民に対するアクセスの容易さ、あるいはアクセスを確実にするということで、国民側の裁判所に対するアクセスを確実にするという意味で、制度として今後細かな制度に入ってくると思いますので、そのときにはまたいろいろ御議論をいただきたいと思います。他に、よろしゅうございますか。
 それでは次の「複数原告による取消訴訟の訴えの提起の手数料についての検討課題」ということでございます。どうぞ御意見をいただけたらと思います。

【小早川委員】これはご承知のとおり、複数原告という場合も2つあるわけでして、処分そのものが1個のように見えるけれども、原告ごとに可分であるという場合と、それからあくまで処分は不可分で、切り分けは絶対にできないという場合とがあって、有名な医療費値上げ告示の取消訴訟というのがもし適法だとすればですけど、あれは原告健康保険組合ごとに処分は別だというふうに多分、時の裁判所はお考えになって、そういう前提で議論していたと思うのです。それはそういう場合があって、それはこの問題は自ずと解決されるのではないかと思います。ここで挙がっている森林法のケースというのは多分そうでなくて、処分はやっぱり不可分である、原告らはそれぞれ自分自分の立場に立って、自分の利益を守るためにそのたまたま一つの処分に群がって、というとあれですが、それに向かってみんなで槍を向けているということになるわけです。私はこの問題は、前々から頭出しだけされています団体訴訟の問題についてもし団体訴訟を認めれば、その団体の構成員は様々な立場に立って、とにかくしかし処分には反対だということでは一致しているというシチュエーションが考えられます。その場合原告が1団体であるとすれば、手数料も1団体が払えばいいということになると思います。そういう先のことを考えて、それから現状に戻ってみますと、この場合に、それぞれ立場が違うからそれぞれ別々に手数料を払えというのはやっぱりおかしいのではないか。現行法の解釈論としては最高裁判例があるから仕方がないのかもしれませんけれども、立法的にはありうるかなという感じがいたします。

【福井(秀)委員】私も結論は同じなのですけれども、この最高裁判例以外にも大阪高裁の判決で、例えばゴルフ場の建設差止めを人格権、環境権で求めたものとか、カンボジアへの自衛隊派遣の差止めを生存権とか納税者基本権で求めたものについて言えば、これは合算して一つだというふうにしている例があるわけです。これらと最高裁と比べると別に基本的な問題の構図に違いがあるとは思いませんので、結論から言うとこの最高裁の解釈論は間違っているのではないかと思うわけです。その趣旨は最高裁の解釈論は訴えで主張する利益とその訴えの根拠なり原告適格の根拠が混同されているという気がするわけです。この場合も原告自身は、安全な水とか水利権自体を求めて、その権利を確認せよと主張しているわけではなくて、あくまでも開発許可の違法性について判断を求めているというのが大前提ですから、そういう意味では開発許可のない状態を回復してくれという意味で、原告全員に共通の利益があると考えるべきであって、水利権等の主張というのは何故その原告が訴えることができるのかということの根拠に過ぎないわけです。多分解釈論としても間違っていると思うのですが、とはいえ、今小早川先生がおっしゃったように最高裁が出てしまった以上、解釈でもう一回やり直すことはできないので、やっぱり立法で変えないといけない。結論から言えば、こういう場合について言えば、一つのものとして扱うようにするのが少なくとも立法政策としては妥当だと思います。手当てをした方がいいと思います。

【市村委員】解釈論が間違っているとは思いません。その議論をしてもしょうがないのですが、行政訴訟にはこの種の問題のようにやっぱり何となく国民の意識感覚とずれてしまう、費用法をそのまま当ててしまう、ずれてしまうというものは、他にもいくらかあると思うのです。例えば年金訴訟、年金給付などの取消しを求める訴訟はやはり経済的な利益を求めているのだと思いますが、どうやってその額を算出するか非常に難しいのです。もし受給権者ということになれば、なくなるまでずうっと受給を受けることになりますが、それはどの期間かという計算が非常に難しいし、果たして、そんなものを計算してみるということはどれだけ合理性があるかということも問題です。あるいは、固定資産の評価について税額が変わらなくても固定資産の評価が間違っているという場合に取消しを求める利益というのは認めていると思うのですが、税額が変わらないけれども、やっぱり利益があるというときがありますが、直ちに算定不能というところに持って行ってどうかという問題もあると思います。費用法があまり行政事件の特有の問題について、すべての場合を考えていないのです。この行政事件については、私どもはむしろすっきりとしてわかりやすいことが大事だと思いますので、むしろ、費用はこういうものだったらこれだけいただきますよ、というものでしょうから、そういう問題があるものをむしろ全体の意見を取って洗ってみて、それで行ったらいいのではないでしょうか。あんまり頭を悩ませたくない部分です。

【水野委員】これは前にも申し上げたのですが、かつては人格権なんかでやるときには合算する、行政訴訟については一つでよろしいという、これは裁判所の安定した取扱いであった。これは理屈は別に議論したわけではありませんが、訴訟物は民事訴訟の場合には権利です、Aさん、Bさんのそれぞれの権利。それは当然合算となる。ところが行政訴訟の場合は行政処分の違法性が訴訟物となる。行政処分の違法性というのはこれは共通なのです。それが取り消されるというのが利益ですから、だからここで言う共通の利益というのは行政処分が取り消されるということを求めて裁判をやっている。これは共通の利益なんだということで、一つでいいのだ、合算しなくていいというのが裁判所の取扱いだったのです。これがあるときから一部裁判所が、行政訴訟についても合算すると言い出したのです。この最高裁の判例は、さっき福井さんが言われたことだけれど、要するに水利権とか人格権とかを根拠にしている。これは訴訟物ではないわけでありまして、訴訟物はあくまで共通なんです。ですからこの最高裁の判例の解釈はおかしいと思いますが、それはそれとして、やはり合算しなくてよろしいという、明確な規定を置くべきだ。こういうことで最高裁までいかないといけないという制度がそもそもおかしいのです。だから市村さんがおっしゃるようにはっきりさせておくべきだと思います。私は今市村さんがおっしゃったことに関連するのですけれども、行政訴訟について、民事訴訟と同じように訴えの利益が何百万だから、それに応じて印紙を貼るというようなのがいいのかどうかというのは非常に疑問なのです。例えば税金の裁判で言いますと、百万円の税金を争っているのと、一千万円の税金を争っているのが違うということになるかもわかりませんが、要は行政が違法を犯しているということを理由に裁判を起こしているわけですから、これはもう一律でいいじゃないかと。それに応じて訴額を決めるという民事訴訟的な発想ではなくて、行政については一律千円とか、そういうふうな形ではっきりさせた方がいいじゃないか。これは非常にはっきりしますから、追徴命令を出すか出さないかは誰も必要ないので、そういう制度にすべきではないかと思っております。

【福井(秀)委員】では立法論としてどう書けばいいのか。少なくとも立法論では直した方がいいと思うのですけれども、複数の原告が訴えで主張する違法性が共通する限り、その訴えで主張する利益については民訴法9条のただし書きを適用する、こういう趣旨のことを書けば解決するだろうと思います。最高裁判決は解釈としても間違えていると思いますが、それはともかく、立法としてはそういうふうにした方がよろしいかと思います。
 もう一つは最後の水野委員が今おっしゃられたことも私もまったく賛成でありまして、行政庁の処分の違法性を争うのが取消訴訟なり行政訴訟だという前提ですから、民訴と同じ発想で金額を積み上げることはやるべきではないと思います。

【塩野座長】私はまったくこの点はわからないところなんですけれども、一般的に芝原委員、あるいは成川委員、萩原委員、手数料というふうに書いてあると、どういうものだと思いますか。つまり違法性だけでも、原告の人数により手数料はやっぱり随分変わりますか。

【市村委員】それによっては変わります。それは確かに多数当事者であると非常にその手間はかかります。同じ割合で上がっていくかといえばそれは違うと思いますが。もちろんただ代理人が選任されてしまって一人になれば、そういう意味ではほとんど変わらない。

【塩野座長】だからこの検討会で費用が何かというのを根本的に詰めるのはなかなか難しいと思うのですけれども、行政法的に言うと、ここは違法な行為に対して国民が手を挙げて、一生懸命やっているときにどの程度の費用を当該国民に求めるのが正義なのかという、そういうアプローチもあっていいのかなというふうにも思うのです。ただそこの限りにおいてかなり立法的な判断の可能性があり得るということは言えると思います。

【成川委員】どういうふうに感じるかということですが、普通手数料というとそれに要する実費みたいな形を考えますが、こういう訴訟で違法性を争うときに実費をどう考えるかと、裁判官も人件費を考えたらとんでもないお金になるでしょうし、それはそれで公共性ということで別途の手当てがされているということになりますと、なかなか難しいです。通知の切手を出したりなどは今はどうなっているのかわかりませんけれども、また切手の料金も変わるでしょうし、電子媒体になったらどうなるかとかいろいろありますから、なかなか答えにくいと思います。

【塩野座長】これは外国法の方々は調べていただいておりますか。

【橋本博之外国法制研究会委員】フランスは租税法典に条項があって、行政訴訟は定額です。

【塩野座長】複数の場合は。

【橋本博之外国法制研究会委員】原告複数の場合は集団訴訟で、法人が1個の訴状で訴える場合は1個だが、訴状が複数の場合は訴状に貼る数が増える分増える。

【塩野座長】郵便代と考えれば増えるのは当たり前のことになりますが。

【市村委員】郵便代は入っておりません。

【水野委員】実情を言いますと、やはり印紙代というのが、訴訟を起こすか起こさないかの極めて大きな要素になっているのです、市民にとっては。一審のときには無理をして貼る。控訴審に行くと1.5倍なのです。上告審になりますと2倍になるのです。そうなりますと特に上告審まで争いたいというケースもあるわけですけれども、上告で受理されるかどうかとか、上告審で引っくり返る可能性があるかどうかという非常に難しい問題がありまして、そのときにまず印紙がいくらかという、その印紙代を捨てる覚悟でやらないといけない。これが上告をするかしないかのものすごい大きな要素になります。これが実情です。やはり裁判を受ける権利という憲法上認められた権利ですから、そんなことで裁判を断念させるということは、とりわけ行政訴訟ではないように是非配慮しなければいけないと思います。

【福井(秀)委員】試算があるので、御紹介したいのですが、例えば1億円の課税処分の取消訴訟だと、一審で41万7千6百円掛かり、今水野先生がおっしゃったように高裁、最高裁で50%増し、最高裁で倍ですので、合計188万円ほど掛かる。1億円の課税処分を違法だと言って争っているときに188万円というのは通常の感覚からしても非常に大きいという気がします。
 もう一つは、ものが争われる場合、公共事業で争われる場合には算定不能ということで、実際には何百億も掛かっているプロジェクトでも95万円とみなし、印紙代8千円というケースが非常に多いわけです。実際に争われている対象の費用なり価値なりとは全く縁のないところで決まっている領域が一方である反面、たまたま金銭換算が容易なところでは途方もない印紙を貼らされるという意味で、均衡を無視していると思います。是正して一律に印紙代8千円にむしろ合わせた方がよっぽどいいと思います。

【塩野座長】わかりました。ちょっと時間が私の不手際で大分押してまいりました。今日もう一つ是非説明を聞き、さらに時間があれば議論していただきたいと思う点がございます。というわけで、議論が早く終われば5時半に終えますけれども、ちょっと議論が重なる場合には5時40分ぐらいまで、多少時間を10分程度延ばせていただくことがありえますということをまず最初に申し上げておきます。
 それで「行政訴訟の対象」ということで、これは事務局が資料を用意しておりますので、説明をお願いいたします。

【村田企画官】行政訴訟の対象についての検討課題の資料は、資料1の6となっております。まず、このテーマについてのこれまでの議論及びさらに検討すべき課題という項目では、①において、現状の説明をしております。すなわち、「法律上の争訟」に含まれない「民衆訴訟」と「機関訴訟」を除けば、行政訴訟は、「抗告訴訟」、すなわち「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」、と「当事者訴訟」、これはさらに2つに分かれまして、このうち別途法令で定めることが予定されている訴訟を除きますと、残ったものは行政訴訟は、「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」と「公法上の法律関係に関する訴訟」ということになります。
 ところで、行政訴訟と民事訴訟との関係については、資料の②に記載しておりますように、行政訴訟によって国民の権利利益の救済が十分に図られるかどうかの検討がされないまま、公権力の行使に関する不服の訴訟であるからという理由で民事訴訟で争うことができないとされる場合、この典型例としては大阪国際空港訴訟が挙げられることがあるかと思いますけれども、このような場合があることは問題であるという批判のあるところであります。
 ここで、民事訴訟の基本的なシステムの方に目を向けますと、資料の③に記載しておりますように、わが国の民事訴訟では、債権に基づく請求権、不法行為に基づく損害賠償請求権、物権的請求権、人格権に基づく妨害排除請求権など、権利ないし法的利益を実現し、又はその侵害ないし侵害のおそれから救済するため、権利ないし法的利益から第三者に対する請求権が派生するということを実体法的に観念し、この請求権があるかないかという存否に関する争いを裁判によって解決し、その裁判を強制執行で実現することによって、権利の実効的な保障を図る、こういうシステムが作られている、ということが言えるかと思います。
 これに関連して、資料の④に記載しておりますのは、民事訴訟では、給付請求権を実現するための給付の訴えのほかに、即時確定の利益がある場合には確認の訴えにより権利や法律関係の確認を求める訴えができるとされておりますけれども、国や公共団体との関係においては、私人間以上に、確認の訴えが活用できる、こういうご意見もあったところであります。
 このような制度の現状やご意見を踏まえて、検討が必要と思われる問題点として2頁の方に記載しておりますのは、まず、①として、権利利益の侵害を受けた国民とそれから侵害をした国又は公共団体との関係が、私法関係か公法関係か、あるいはそれが公権力の行使に当たるかどうかによって国民の権利救済の方法を区別しているのが現行法のスタイルだということが言えると思いますが、この趣旨をどのように考えるべきか、権利救済の方法を区別するということによって、国民の権利利益の包括的実効的な救済に支障が生じないかどうかという点について、検討する必要があるのではないかという点を指摘しております。
 次に、②として、現代の行政は、計画、契約、補助、指導、情報提供など、多様な手法を用いるようになったといわれておりますが、国や公共団体の活動により違法に権利侵害がされた場合の救済について、これらの行為が、私法関係か公法関係か、あるいは行政上の法律関係かということは、行為の違法性を判断する上では基礎の一つにはなると考えられますけれども、権利救済の実効性の確保という観点からみると、権利救済の手続を区別する要件として果たして決定的なものと考えるべきなのかどうか、侵害を受けた国民の側からすると、そのような区別はあまり大きな意味を持たないのではないか、という見方もあるところかと思います。こういった点をご検討いただいてはどうかと考えました。
 それから、③として記載しておりますように、国民の権利利益の実効的な保障を図る観点からは、国民の権利利益をその侵害又は侵害のおそれから救済するため、公法関係か私法関係かを問わず、国又は公共団体に対しても必要な救済を求める請求権が生ずると、こういう考え方を採ることはできないのだろうか、そして、この点では、参考になりますのはドイツで、公権力による権利侵害についても、憲法上の基本権を根拠として、その侵害の除去を求める請求権が発生すると考えられていることについて、どのように考えたらいいのだろうか、このような基本的な視点についても検討していただく必要があるのではないかと考えました。ここに記載したような問題意識から直ちに行政訴訟の対象はどの範囲かというような問題や、行政訴訟が全体としてどのような仕組みであるべきかというような問題についてストレートに必ずしも答えが出るものではないとは思いますし、その意味ではテーマの割には不十分な資料かもしれませんが、様々な論点を考える上での基本的な視点の問題としては、ここでご検討いただくことに意味があるのではないかと考えたところであります。

【塩野座長】どうもありがとうございました。最後に事務局の方から資料説明で言われましたように基本的な視点について、いろいろな御意見をいただきたいということでございます。個別の、今まで取消訴訟とか、あるいは義務付け訴訟とか議論してまいりましたが、そういった個別のことについて話をしていただいても結構でございますし、自分としては基本的な考え方はこういうふうに思うというふうな御意見でもいただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。この点については、最初大変立派な絵を芝原委員に書いていただきましたが、芝原委員何か感想をお持ちでしょうか。

【芝原委員】今までずうっと個別的な議論、あるいは技術的な議論、法律的な議論をしてきたと思うのですけれども、我々の世界で言えば、個別個別で最適な集合体が全体として最適かというのは合成の誤謬で、実はそうではないという理論があるわけです。やはりこういう制度設計をするに当たっての基本的な設計思想、アーキテクチャーがあって、こういう個別的議論の是非はその上で問われるべきだと思うのですけれども、そこら辺りのベースになる判断基準がまだすり合わせができていない。これから、今まで、今日あった議論のことも含めて、右に行くのか左に行くのかというときに、1個1個でこういうのでなくて、やっぱり基になる基本的な設計思想に合意がないと、それぞれがぶれてくるのではないかなという感じがしています。是非その辺一度、事務局で今までの議論を踏まえた上で、基本的なアーキテクチャーを、我々の話を聞いているとこういうことではないかという辺りを大雑把でもいいから、スケッチをまずしてもらって、そういう議論をする方がいいのではないかなという感じを受けています。それがないと、個別個別で最終的に詰めの議論がするときに、どっちがいいですかというときに、立ち返る原点がよく見えないという感じがいたしました。

【水野委員】私はかねて、行政訴訟の改革は簡単だと、一つ条文を設けたらいいと。行政事件訴訟法を廃止するということでいいのではないかということを半分冗談で、半分本気で言っていたのですが、今日の問題提起はかなりそれに近い問題提起になっていると思います。やはりこういった観点、つまり権利救済ということで、権利救済の方法を区別するというのがそれによって、国民の権利利益の包括的実効的な救済に障害が生じないかどうかというのが一番です。現行の行政事件訴訟制度というのは支障が生じている。それから2番の私法関係か公法関係か、行政上の法律関係か、そういったことは一つの判断要素だろうけれども、権利救済の実効性の確保という観点から見て、区別する要件として決定的なものとして考えられるかどうかということについても、決定的なものと考えるということで作られている今の制度というのは非常に疑問があると思いますし、それから3番の「国又は公共団体に対しても必要な救済を求める請求権が生ずるという考え方」、これもそういう考え方をとるということも十分可能だというふうに思うのです。手続的な違法で行政処分の取消しなどを求める場合に、一体原告の権利利益は何なのかといったふうなことを考えるときに、これはやはり適法な手続によって行政処分を受ける権利があるとでも言わないとしょうがない。理由付記が要求されているときに理由付記がない。これは行政処分に適切な理由を付記する権利ということでも言わないと意味がないと思います。そうするとこの3番の問題提起も非常に私としては共感するところがあると思います。
 議論を蒸し返すようですけれども、何故民事訴訟制度以外に行政訴訟制度というのを設ける必要があるのかというところから議論するべきだということを何人かの方がおっしゃいましたし、ここで参考人の方もおっしゃいました。ただこの検討会の議論はその後かなりいろいろと進んできているのではないか。私としてはやはり行政決定に対する不服の訴訟という行政訴訟というのは残す必要があるだろう。ただそれはこれまでのような国民の権利利益の救済に支障が生ずるような、つまりこの前報告しましたように、形成訴訟というのはなるべくそういうことをさせないようにするという、元々そういう訴訟制度なのです。そういう訴訟制度を採用することによって、結果的に正にそのとおりになっているというのが現状でありますから、やはり是正訴訟ということで、基本的には行政の違法を裁判所によって確認してもらう訴訟だと。確認した上で、さらに給付の必要がある、つまり何らかの行為をしろとかするなとか、いわゆる給付の必要がある場合には給付の判決を求めてもいいのではないか。民事訴訟は給付訴訟が原則で、確認訴訟は例外ですけれども、場合によれば是正訴訟というのは確認訴訟が原則で、給付訴訟が例外というふうに規定してもいいと思いますが、そういう制度設計にして、今の弊害を取り除くべきだと思っています。

【成川委員】非常にこれまで14回目まで、行政訴訟とはどういうものかいろいろ考えさせられたところなのですが、基本はやはり行政の行為による国民が受けた侵害あるいは権利をどう是正するか、そして行政行為自身がやはり合法的に国民がしっかり支持できるような、そういう行政行為をやるかという、正すというか、司法の場でチェックする、そういうシステムではないかと受け止めたところです。しかしやはりその具体的なシステムについては行政の決定なり行為があったことに対して国民の側から異議を申し立て、当事者自身がやはり一番そこで権利の侵害、利益の侵害がされたということで、申立があることが具体的な争点が明らかになるということなので、行政訴訟法というのはそのときの手続をやはりしっかり定めておくという意味で必要があるのではないか。民事との違いはやはり一方の当事者が行政で、力を持っているということで、なかなか対等の、普通の民事の訴訟関係ではない特色があるという点について、やはりどこまでしっかりその点を行政訴訟法の中で明確に書いておく必要があるのではないかと、こんなふうに思ったところであります。
 もう一つはやはりそういう面で見ると、あまり判例等十分読んだわけではありませんが、国民の権利なり利益に関するという行政の処分という行為が現行ではかなり、この行政の具体的な処分行為に限定されており、計画とか、いわゆる行政立法と言われているような政省令なり通達などについて必ずしもその点について、原告の申立について受け止めきれていない制度になっているという点がありまして、ここで、多様な手法が用いられているか、ということですが、この辺のチェックについてはやはり原告が自主的にこれによって権利なり利益を侵害されているというふうなところのチェックを重要な申立、要件として違法適法性の判断を根拠というところで考えていくのが大事かと思います。そのときにどうも今の法律上の利益論で原告の主張がこの法律というときに極めて個別実体法的になっていまして、国民から言うとなかなかわかりにくい。やはり権利なり利益というのはもちろん個々の実体法でしっかり書かれていなければならないと思うのですが、それと同時にやはり国民の側から見ると、権利については憲法等で規定されている人格権とか財産権とか生存権とか、そういう点からも当然申し立てられるというのが国民にとっては行政行為の違法性への申立てとしては非常にやりやすいと、こんな感じを持っているところであります。

【小早川委員】今日のこの資料1−6のペーパーは非常にメッセージが強いと思うのですが、読んでいて、私が30年前に書いた助手論文を思い出しています。民事関係は権利の体系であり、それは人が人に対して何を要求できるかという言葉でよく表現できる、それが請求権であるということで、このペーパーは、行政上の事象についてもそういうふうにすべてを請求権に還元すると言いますか、昇華させると言いますか、請求権というカテゴリーで表現できるし、それでもって制度を作るべきだというふうに言っておられるようなんです。私も30年前にやっぱりそういうふうに考えました。考えたのだけれども、それでいい制度ができるのだろうかというと、結局はそうは思わなかったわけなのです。それはどういうことかと言うと、自分では段々わかってきたと思っているのですけれども、この検討会でも何度か申し上げたことですけれども、請求権にうまく整理しきれないような人間にとって何か大事なもの、社会的に保護されるべき個々人の、あるいは各事業者の立場がある。そういうものを請求権とはっきり言えれば、それを裁判所が助けてくれれば、それでいいのですが、裁判所がうまく助けてくれないようなものがある。もし行政というものの存在価値があるとすれば、そこにあるのではないか。そういう意味で、100%法的ではないのだけれども、行政は外野手かもしれませんけれども、そこを何とかカバーしてうまく働いてくれれば、その分国民は幸せになるということがあって、現実の行政はそうではないのかもしれない、しかしそれをどうやって本来期待される役割をきちんと果たさせていくか、そこが行政法であり、行政訴訟制度だというふうに思うのです。その結果として訴訟で守られるものは請求権としてしまう、それはそれでいいのかもしれませんけれども、頭の順序としては逆でないかという気がします。そういうふうに私は今考えています。ただドイツでは請求権思想というのは大変強い、今はどうか知りませんが、私が勉強した頃には非常に強かった。しかし、請求権で全部考えるのであれば、それは民事訴訟でいいではないかということになりますが、ドイツではそうではなくて、行政裁判所が現にあるわけです。だから行政裁判所と行政機関が相互に役割分担して、裁判所の方は請求権ということで自分の口出しをしていく。その役割分担でもって、全体として国民のための行政が遂行されていくということだったのではないかと思うのです。日本で請求権、請求権と言ってしまうと、先ほど水野委員がおっしゃったように、では民訴でいいのではないかということになりそうなのですが、そこはドイツと制度的な前提が違うのという気がいたします。もちろんこのペーパーの最初の書き出しの前提にありますように、民訴から離れて行政に特有の訴訟制度を作ったために、実は守られるべきものが守られなくなってしまっているということがあるとすれば、それはまずいわけでして、守るべき権利利益、これは憲法上の人権と言ってもそんなに遠くないのかもしれませんが別に憲法にこだわる必要はない、守られるべきものを守る、そういう制度であることは必要なのですが、そこへ行く道は必ずしも請求権思想のみではない、というふうな感じがいたします。

【福井(秀)委員】私はこの今日の事務局の1−6の資料、確かにメッセージ性がはっきりして、共感するところが多いのですけれども、若干補足申し上げます。ここでも多分前提になっている思想だと思いますが、公法か私法とか、あるいは公権力の行使か否か、あるいは行政庁の優越性があるか否か、あるいは公定力という概念を前提とするかどうか、さらに行政庁の第一次判断権を尊重するかどうかという、多分合い通じる概念がいろいろあると思うのです。おそらく事務局の問題意識と共通するかとは思うのですが、こういった状況を見極める上での概念としてはともかく、道具性を持つ概念として、こういった概念が流布しているという状況はやはり早く断ち切った方がいいという印象を持ちます。これは塩野先生がかねてより、御講義等でもおっしゃっていたことと同じなのですけれども、公法私法、公権力などが道具性をもって一人歩きすることはできるだけ今回の立法の機会に断ち切った方がいい。それは法学会からも、訴訟実務からもそうですし、その前提となるのは行政事件訴訟法であると思います。実際に特にややこしいのは公法上の当事者訴訟というのが残る領域にある、と資料にも御指摘がありますけれども、これは残すのであれば形式的当事者訴訟だけにしていただいて、それ以外の公法か私法かを解釈論で区分しないと、争い方が決まらないという領域は、どうせ職権証拠調べだけですので、廃止していただいた方がいい。さらにその延長線上で感想を申し上げれば、基本的には行政活動についても原告と行政庁は少なくとも裁判の場では対等だということを是非出発点にする必要があると思います。さらに推し進めれば、請求権概念を使うかどうかはともかくとして、本来は行政活動についても水野委員が繰り返しおっしゃっておられるように、民事訴訟で適法違法が判断できないというドグマはないわけでありますから、行政機関の違法活動についてはもし行政訴訟の手続がなければ民事訴訟で救済する方法が、当然に裁判を受ける権利という憲法上の権利からみて存在しているというところが出発点だと思います。それにも拘らず、行政訴訟制度が一定の意味を持つ場合があると思いますけれども、その場合には何故この手続きを使う必要があるのかという存在根拠を明らかにして、何で民事訴訟と別のシステムがその場合には合理的なのかということを個別に検証しておいた上で制度化していくべきだろうと思います。

【塩野座長】どうもありがとうございました。

【芝池委員】今、福井さんが言われたように公権力という概念は歴史的に言いますと、日本では行政の活動のうち、非権力的なものは民事関係に、訴訟の世界に持っていくということが行われて、結局残ったのは公権力の行使ということで、それが公権力の行使の観念を中心に、行政訴訟制度を組み立てるということになったと思うのですが、やはりこれからは公権力の行使という観念を軸にしないで、行政訴訟制度を考えていく必要があるだろうというふうに思います。その場合、キーワードと言いますか、最も重視しないといけないのは公益か、住民の利益ということと、それから行政の責任に着目して、制度をつくる必要があるのではないかと考えます。ただ技術的な話になるのですけれども、取消訴訟制度というのはここで意見を述べられた宇賀さんの表現では直接攻撃訴訟と言われていますけれども、行政の活動を直接的に攻撃するという点で、一つの民事訴訟にはない特別性がありますので、それを活用していくということにならざるを得ないのではないかというふうに思っています。

【塩野座長】どうもありがとうございました。この資料について、それぞれの角度からの御理解があろうかと思いますが、今日御発言いただけなかった向きの方、これでお終いではございませんので、こういった整理を一応お目にかけて、ということでございますので、そういう議論をしていただければと思います。
 それではこういうことで、今日は終わらせていただきますが、これからどういうふうに進めていくかということについて、必ずしも全体最後まで、芝原委員もおっしゃるように全部の設計をまず作れと言われてもなかなか無理な話なので、まず石段辺りから、次の次の石段はこういうものでございます、如何でございますでしょうかという御説明があると思います。次回何をやるかということを、事務局の方から説明いただけますか。

【小林参事官】今日の最後の資料にありますように、これまでの検討の結果を踏まえて、事務局でいろいろ行政訴訟とは何だろうかと考えたときに、非常に難しい問題、特に民事訴訟との関係も踏まえて御議論をいただいている問題には到達し、基本的な方向性として、包括的実効的な救済が必要ではないかという皆様の御意見、誠にそうなんだろうなということで、方向性としては我々としても、そういうところが重要だというところの考えに至って、こういう資料を作ったわけですが、具体的な問題に対するアプローチということになりますと、問題解決のためのアプローチは必ずしも一様ではないのではないかというふうに思われまして、事務局で大きなデザインを示せるかというと難しいのではないかという感じがしております。その具体的なアプローチも含めて、それからその問題解決のための手順も含めて、できれば次回これまでの問題点全体のおさらい的な議論と、それから今後の検討の進め方も含めて、御検討をお願いできないかというふうに思っているのですが、如何でしょうか。

【塩野座長】何か自分はこうした方がいいと思う、そういう御意見があれば伺いたいと思いますが。あるいはこの論点がまだ落ちているから、是非今の段階でやってほしいという御意見も。

【福井(秀)委員】どのタイミングはともかくとして、一度行政訴訟にも通じた民事訴訟の専門家の話を聞く機会があると、大変頭の整理に助かると思いますので、可能であれば、御検討いただければと思います。

【水野委員】日弁連で行政訴訟法という条文化の作業をしておりまして、先週の土曜日にシンポジウムで議論していただいたのですが、正式に日弁連の機関決定をして、こちらにもお出しすることになるだろうと思いますので、それを資料として、次回までにお配りいただきたいと思うのと、場合によればそれを基に議論をしていただく機会を設けていただければ、非常にあり難いと思います。全般に渡りますから、そのときどきでも結構だと思いますが、資料としては次回にお配りいただきたいと思っております。

【塩野座長】資料はお出しいただいて結構です、それは適宜配っていただいて。他によろしゅうございますか。
 それでは大分時間を超過しまして、大変申し訳ございませんでした。今日はどうもありがとうございました。次回の日時をちょっと。

【小林参事官】3月26日(水)の午後1時半からでお願いします。

【塩野座長】3月はもう一度あるということで、どうもありがとうございました。