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行政訴訟検討会(第17回)議事録



1 日 時
平成15年5月23日(金) 13:30〜17:50

2 場 所
司法制度改革推進本部事務局第2会議室

3 出席者
(委 員)
塩野宏座長、市村陽典、小早川光郎、芝池義一、芝原靖典、成川秀明、
萩原清子、福井秀夫、福井良次、水野武夫、深山卓也(敬称略)
(事務局)
松川忠晴事務局次長、小林久起参事官、村田斉志企画官

4 議 題
(1) 論点についての検討
(2) 今後の日程等

5 配布資料
資料1 処分又は裁決の理由を明らかにするための方策についての主な論点
資料2 本案判決前における仮の救済の主な論点
資料3 行政の作為・不作為の給付を求める訴え、確認の訴えの主な論点(補充)
資料4 主な論点【行政訴訟の対象・取消訴訟の排他性・民事訴訟との関係、出訴期間】
資料5 主な論点【原告適格・訴えの利益・団体訴訟】
資料6 【検討会の議論の概要】行政訴訟の対象・取消訴訟の排他性・民事訴訟との関係
資料7 【検討会の議論の概要】出訴期間
資料8 【検討会の議論の概要】原告適格・訴えの利益・団体訴訟
資料9 【検討会の議論の概要】審理手続・証明責任・判決
資料10 【検討会の議論の概要】裁量の審査
資料11 【検討会の議論の概要】費用の負担
資料12 【検討会の議論の概要】行政不服審査法等の他の法令との関係・個別法上の課題
資料13 【検討会の議論の概要】行政訴訟の目的・行政の適法性の確保を目的とする訴訟

6 議 題

【塩野座長】第17回行政訴訟検討会を開会いたします。議事に入ります前に事務局から、説明があります。

【松川次長】それでは私の方から。委員の皆様には既に概略をご説明させていただいておりますが、前回の検討会の冒頭に指摘されました資料作成上の問題につきまして、改めてご説明させていただきます。お手元の右側の一番上の資料にありますように、この問題につきまして新聞報道にも取り上げられまして、委員の皆様始め各方面にご迷惑をおかけした点をおわび申し上げたいと思います。
 前回の資料作成に当たりましては、事務局の担当者が最高裁等の担当者に事実関係等を確認いたしまして、その結果を踏まえまして、事務局の担当者が自己の判断で資料の一部を修正し事務局の資料として完成させたものであります。事務局の担当者が資料を修正した点は、お手元の新聞記事等の資料の4ページ以下のとおりであります。
 前回にも申し上げましたとおり、この資料はあくまでも事務局の判断と責任において作成したものでありまして、最高裁等の了解が得られないと資料の中身が確定しないというものではございませんが、メモとして残しておりました文書情報の言葉が、あたかも最高裁等と事前に協議をしていたとの誤解を招きかねないものであったために、各方面にご迷惑をおかけしたことは反省しているところでございます。
 今後とも、当検討会での議論を踏まえながら、また、関係機関を含めまして各方面からの幅広い意見も伺いながら、検討を深めていく必要があると考えているところでありますが、その際にも十分透明性を確保し、いやしくも誤解を生じないよう、十分注意してまいりたいと考えておりますので、よろしくお願いしたいと思います。

【塩野座長】それでは本日の議題に入りますが、まず事務局から本日の資料について説明をお願いいたします。

【小林参事官】本日の資料につきましては、お手元の議事次第にございますように資料の1から13までございます。ご確認をお願いいたします。右手の方に、いつものようにそれ以外にも参考資料を置いてございますので、ご参照ください。以上でございます。

【塩野座長】それで、本日の議題でございますが、まず前回の最後にご議論いただきました、「行政の作為・不作為の給付を求める訴え、確認の訴え」につきまして、事務局から資料を補充していただいておりますし、さらに議論をして、あるいは議論の熟度からいってもよろしいかと思いますので、前回の続きでこれを最初にご議論をいただきたいということでございます。それから方向性が概ね一致しているということで、第1トラックということで掲げておりました、見直しの考え方の3つの項目のうち、残りの2つ、すなわち「審理を充実・迅速化させるための方策の整備」、それから「本案判決前における仮の救済の制度の整備」の検討を行いたいと思います。順序といたしましては、仮の救済の制度の整備が義務付け訴訟等々と関連するところが多いものですから、まずそれをやっていただいたらどうかと。その後で、審理を充実・迅速化させるための方策の整備をやったらどうかというふうに順序を整理しております。
 それから第2トラックの論点の中で、作為・不作為も既に第2トラックで挙げているところでございますけれども、その他の問題として、本日のところは、「行政訴訟の対象、取消訴訟の排他性、民事訴訟との関係、出訴期間」という一括りの問題、それから「原告適格、訴えの利益、団体訴訟」の問題、こういったことを議論してはどうかというふうに思っております。順序等、こういうことで進めてよろしゅうございますでしょうか。

 (委員から異論なし)

 それではまず、「行政の作為・不作為の給付を求める訴え、確認の訴え」について、補充資料も踏まえて、検討をお願いいたしますが、事務局から資料の説明をお願いいたします。

【村田企画官】それでは、お手元の資料番号が付いておりますものの、資料の3の方をご覧いただければと思います。行政の作為・不作為の給付を求める訴え、確認の訴えの主な論点を補充する趣旨でお出しした資料でございます。このテーマにつきましては、前回の検討会で検討をしていただいたところですが、その際の検討も踏まえましてさらに若干の整理もいたしました。
 まず、1として「行政の作為の給付を求める訴え」の最初のところに記載しておりますのは、 (1)として行政の作為の給付を求める訴えがどのような場合に認められるべきかということについての考え方、ここではまず3つに分けて挙げております。①は、法令に基づく申請に対し、行政庁が相当の期間内に処分又は裁決をしない場合及び行政庁が全部又は一部拒否処分をした場合に、一定の処分又は裁決を求める場合、こういった場合にこの訴えの認められる範囲を限られるべきだという考え方を一つ挙げております。これに対して、②は、これと違いまして、例として違法建築物の隣地の居住者が違反者への是正命令を行政庁から発するように求める場合など、法令上は申請権がないということを前提として、行政庁が第三者に対して処分をすることを求める、こういった場合にむしろ限られるべきではないかという考え方を挙げております。そして、③は、これら①の場合それから②の場合、いずれの場合にも作為の給付を求める訴えが認められるべきではないかという考え方として挙げております。補足説明の方に記載しておりますように、①の考え方といいますのは、現行の規定にあります不作為の違法確認の訴え又は拒否処分に対する取消訴訟、これらのいわば延長として行政の作為の給付を求める判決をすることを認めるものということができると思いますが、②の考え方は、不作為の違法確認の訴えや取消訴訟による救済をむしろ求めることができない場合にこそ行政の作為の給付を求める訴えが認められるという考え方であろうと思います。
 ①の考え方による場合は、不作為の違法確認の訴え及び拒否処分の取消訴訟とそれから行政の作為の給付を求める訴えと、対象がだぶることになりますので、この関係を整理する必要があろうかと思います。補足説明のところに記載しておりますけれども、アとして記載しておりますように、これらの訴えをそれぞれ別個の独立の訴えの形式、あるいは類型というように捉えるのか、それとも、行政の不作為の違法を争う場合を一つの訴えの形式とした上で、その訴えに対してなし得る判決にいろいろな場合があって、その一つとして行政に対して作為の給付を命ずることができるというふうに捉えるのか、といった問題や、イとして記載しておりますのは、それぞれ独立の訴えの形式であるというふうに考えた場合ですけれども、それらの訴えの形式相互の間の関係を全く並列的に考えて原告の選択に委ねるのか、それとも、訴えの形式の間にある訴えができるときには常にその訴えによらなければいけない、というような何らかの序列を認めるのか、さらには、取消訴訟の排他的管轄との関係についてどのように考えるのか、すなわち、言い換えますと拒否処分を問題とする場合には、その拒否処分を取り消してからでないと、作為の給付を求められないのか、あらかじめ取消しを求める必要はないのか、などの問題点について検討する必要があるのではないかと思われます。なお最後の点は、前回でもご指摘ございましたけれども、この点についてドイツでは、義務付け判決を求める場合にはその訴えの中に拒否処分の取消しを求める請求が含まれている、という考え方が現在では一般的になされていると聞いております。
 ②の考え方による場合につきましては、どのような範囲で実際に行政の作為の給付を求める訴えが認められるのかという点について、それは実体法上作為の給付を求める請求権が認められるかどうかの問題に尽きると考えるのか、それとも、実体法上の請求権の存否の問題というのはあるのだけれども、それに加えて、それにとどまらない訴訟法上の問題として、何か手続的な要件が必要なのか、などの何らかの考慮が必要なのか、などの問題点について検討する必要があるのではないかと思われます。
 それから、③の両方認められるべきではないかという考え方による場合には、今述べましたような①及び②のそれぞれの考え方による場合に検討が必要な点のいずれも検討する必要が出てくることになるかと思います。
 なお、この①、②、③という考え方の整理は、前回のご議論を踏まえながら観念的に分けたものでございまして、実際にこのように委員の方のご意見が分かれているということでは必ずしもないのではないかと思います。この点をどういった考え方がよろしいかということはまた改めてそれぞれご意見をご披露いただければと思います。
 (2)として記載しておりますところは、「行政の作為の給付を求める訴えの要件についての考え方」です。前回、下級裁判所で用いられることの多い3つの要件について口頭でご紹介をいたしました。口頭での長々とした説明でしたので、ちょっと今回資料を改めて整理して補充させていただいたところでございますが、権利利益の救済を実効的に保障するための方策として、一つの考え方として多様な救済方法を活用するという考え方に立つ場合には、この訴えによる救済が認められるためにどういう要件が必要かについて、ご紹介した3つの要件論も参考にしつつ、ご検討していただいてはどうかと考えたものです。
 ①として記載しておりますのは、前回ご紹介いたしました3つの要件、すなわち、ここに記載してありますけれども、アとしてあります、「行政庁が特定の処分をなすべきことについて法律上羈束されており、行政庁に自由裁量の余地が全く残されていないなど、第一次判断権を行政庁に留保することが必ずしも重要でないこと」といういわゆる明白性の要件、それからイとして記載しておりますが、「裁判所による事前審査を認めないことによる損害が大きく、事前救済の必要性が顕著であること」という緊急性の要件、そして、ウとして書いてございますけれども、「他に適当な救済方法がないこと」という補充性の要件の3つとも充たされることが必要である、とする考え方として挙げております。
 ②として記載しておりますのは、この訴えに固有の要件としては、明白性の要件を満たす必要があるけれども、その他には一般的な訴えの利益があれば足りて、緊急性の要件及び補充性の要件は固有の要件としては不要ではないか、という考え方として挙げております。
 ③として記載しておりますのは、明白性の要件についても、一定の範囲で緩和する考え方ということができるかと思います。すなわち、行政の作為の給付を求める訴えとして、特定の作為のみならず、例えばこれとこれとこれという作為の選択肢があるけれども、その範囲内で何らかの行為をせよ、というような抽象的な作為を求めることも認める立場に立つといたしますと、行政庁が特定の処分をなすべきことが一義的に明白であることは必ずしも要件とする必要はなくなるのではないか、また、緊急性の要件及び補充性の要件については、一般的な訴えの利益があれば足りて、それらの要件は不要ではないか、というような考え方というふうにご紹介できるかと思います。
 なおここで、要件として記載しておりますのは、訴えが適法なものとなるための要件、すなわち訴訟要件と言われているようなものか、それとも、それとは別に訴えている内容が判決で最終的に認められるのに必要な要件か、ということは区別をしておりません。まずは、最終的に、到達点として求める内容の判決が下されるためには、どのような要件が揃っていることが必要か、という観点から記載しているものでございます。
 補足説明に記載しておりますように、①の考え方、3つとも必要だという考え方については、立法論としてここで検討するにあたっても、現行法の解釈論と同様に考えるべきなのかどうかということについて検討していただく必要があるのではないかということを指摘してございます。②の考え方については、①で言われているような3つの要件のうち、明白性の要件は、行政と司法との役割分担の在り方として必要である、と考える一方で、緊急性の要件及び補充性の要件は、作為の給付を求める訴えが今は明示的に定められていないということに由来するものであって、立法論としては、権利利益の救済の実効性を保障するために、作為の給付を求める訴えの活用される場合を実質的に拡大しようという観点からは、緊急性の要件及び補充性の要件は不要である、というふうにする考え方と言うことができるのではないかと思います。判決でその特定の行為をすることを行政に対して命ずるには、具体的な事案に法律の解釈を当てはめてみまして、判決で命ずる内容が一義的に定まる必要があるというふうに考えるものということができると思いますけれども、これと対極に立つ考え方をあえて挙げるということになりますと、具体的な事案にその法律の解釈を当てはめてもなお行政庁に裁量の余地がある、そういう場合であっても、行政庁に認められている裁量判断を裁判所が代わってやって、やるかやらないかも含めて選んで、裁判所が代わって行ってよいと考える立場が、明白性も要らないと考える立場ということに、極論すると、なるかと思います。
 それから③の考え方は、②の考え方と異なりますのは、明白性の要件に関して、実体法上、特定の作為のみならず、抽象的な作為を求める請求権が認められる場合もあり得ると考えますと、行政庁が特定の処分をなすべきことについて法律上羈束されていて行政庁に自由裁量の余地が全く残されていないという場合には必ずしも限られないのではないか。行政庁に一定の裁量の余地があっても、抽象的な作為を求める請求権が発生する限りにおいては、抽象的な作為を求める訴えが認められていいのでないかという考え方と言えるかと思います。緊急性の要件及び補充性の要件については、③でも②と同様に不要とする考え方ということができるかと思います。したがって、②と③では、端的には、抽象的な作為を命ずる判決が認められるべきか否かという点で要件の考え方に反映されて、分かれているものということができると思います。
 もちろんこのほかにも要件について、いろいろな考え方がおありかもしれませんけれども、これらの作為を命ずる判決が下されるために必要な要件について、ご検討をお願いしたいというところでございます。
 それから続きまして、(3)として3頁の真ん中辺りから記載しておりますのは、「判決の執行についての考え方」でございます。ここでは三つの考え方を挙げております。①として記載しておりますのは、行政に対して作為を命ずる判決の執行についても、民事執行と同様に扱う考え方でございます。判決により実現しようとする内容に応じて、民事執行法第171条の直接強制、それから第172条の間接強制、第173条の定める意思表示の擬制の方法、これらのいずれもできるものとする考え方です。資料の9ページから10ページにかけて関係の条文を挙げてございます。この中で民事執行法第173条を見ますと、1項の本文では判決による場合だけに限定して読みますと、「意思表示をすべきことを債務者に命ずる判決その他の裁判が確定し、又は和解、認諾若しくは調停に係る債務名義が成立したときは、債務者は、その確定又は成立の時に意思表示をしたものとみなす」ということになります。したがって、この考え方による場合には、判決により命ぜられる作為の内容が、意思表示の方法による行政庁の処分の場合には、民事執行法第173条によって、行政庁が何もしなくとも、判決の確定の時に行政庁が意思表示を、すなわち意思表示を内容とする処分自体をしたものとみなすこととする考え方でございます。この考え方では、処分が意思表示のみによって成り立っている場合には、判決が確定してしまうと、結果的に裁判所が判決で行政庁に代わって処分をするのと同じ結果が得られることになるわけです。
 3ページに戻りまして、下の方から記載している補足説明では、①の考え方について、裁判所が行政処分をする、結果的には形成判決をしたのと同じ効果を生ずることになると思われるのですが、そのような方法で問題はないのかどうか、検討する必要があるのではないか、という点を指摘しております。
 それから、補足説明で②として記載しておりますのは、行政に対して作為を命ずる判決の執行については、民事執行法第172条の定める間接強制の方法のみが許されるとする考え方でございます。補足説明に記載しておりますように、司法と行政の役割分担の在り方として、直接強制や意思表示の擬制の方法を採ることは妥当でなく、行政に対して作為を命ずる判決の執行については、民事執行法第172条の定める間接強制の方法のみが許されるとする考え方です。民事執行法第172条第1項を見ますと、「作為又は不作為を目的とする債務で前条第一項の強制執行ができないものについての強制執行は、執行裁判所が、債務者に対し、遅延の期間に応じ、又は相当と認める一定の期間内に履行しないときは直ちに、債務の履行を確保するために相当と認める一定の額の金銭を債権者に支払うべき旨を命ずる方法により行う。」とされておりますので、要するに行政庁が判決に従わない場合には、従わない期間に応じた一定額の金銭を支払わなければならなくなるわけです。いつまでも判決に従わないと支払わなければならなくなる金額がどんどん大きくなっていくことから、そのリスクを回避するために判決を履行しようというインセンティブを与えようという制度ということができるかと思います。
 ④として記載しております考え方は、行政に対しては強制執行は必要ないとする考え方であり、行政に対して作為を命ずる判決については、その判決の効力である既判力ないしは拘束力によって判決の内容は実現される、すなわち、判決が確定すれば行政庁は判決の内容に従うものなので、行政に対する強制執行は考えなくともよい、という認識に基づいている考え方ということができると思います。
 作為の給付を求める訴えについては、前回お示しした論点に加えて、以上のような論点と考え方についてもご検討いただいてはどうかというふうに考えたところでございます。
 続きまして、5ページから、2として、行政の不作為の給付を求める訴えについて、いわゆる差止めの要件の考え方として、①から⑤まで5つの考え方を記載しております。
 ①は、前回ご紹介しました、義務付け訴訟に類似した3つの要件を充たすことが必要だとする考え方です。②は、差止めの固有の要件としては、義務付け訴訟でもご紹介した考え方と同じでございますけれども、明白性の要件を満たす必要があるけれども、その他には一般的な訴えの利益があれば足り、緊急性の要件及び補充性の要件は固有の要件としては不要である、とする考え方でございます。これらは作為の給付を求める訴えの要件論と同様に考え方が枝分かれをするのではないかという整理です。これに対して③は、作為の給付を求める訴えの要件論では挙げていない考え方でございますけれども、明白性の要件及び補充性の要件は不要であるけれども、緊急性の要件が必要だとする考え方であります。その緊急性の要件の内容としましては、他の制度を参考にいたしまして、例えば株主による取締役の違法行為の差止めの請求に関する商法第272条の「回復の困難な損害を生ずるおそれがある場合」であることや、独占禁止法第24条の「著しい損害を生じ、または生ずるおそれがあるとき」といった要件が必要ではないかという考え方でございます。この考え方は、行政の行為の差止めは、社会的に影響のある行為を停止させるなど差止めの効果が非常に重大であること等を理由として、緊急性の要件は必要なのではないかという考え方ということができるかと思います。
 ②として記載しておりますのは、作為の給付を求める訴えでは③として挙げていた考え方と共通するもので、抽象的な不作為を求めることも認めて、行政庁が特定の処分をなしてはいけないということが一義的に明白であることは必ずしも必要ではないのではないか。しかも、緊急性の要件及び補充性の要件についても不要である、とする考え方です。そして最後に⑤として記載している考え方は、作為の給付を求める訴えには類似のものが挙がっておりません。基本の考え方は④と同様の考え方を基礎として、いわゆる3要件はいずれも不要であるが、それ以外の別個の要件として、住民訴訟としての差止めの請求に関する地方自治法第242条の2第6項を参考といたしまして、「差止めは、当該行為を差し止めることによつて人の生命又は身体に対する重大な危害の発生の防止その他公共の福祉を著しく阻害するおそれがあるときは、することができない」というような消極要件に当てはまるとこれはしてはいけない、そういう要件が必要である、とする考え方です。この考え方は、行政の行為を差し止める場合には公共の福祉に対する重大な影響があり得ることから、公共の福祉を著しく阻害するおそれがあるときは差止めをすることができないと整理した考え方ということができるかと思います。
 もちろん差止めの要件についても、以上のほかにもいろいろな考え方がおありかと思いますけれども、訴えの適法要件か実体判断の要件かは別として、最終的に差止めが認められるための要件としてどのようなものが必要かという点で、まずはご検討いただきたいと思った次第でございます。
 それから資料で言いますと8ページになりますが、3として確認の訴えについて記載しております。確認の訴えにつきましては、前回あまりご議論をしていただく時間がありませんでしたが、前回お示しした確認訴訟による救済の必要性のある場合という論点を、少し言い換えたような形で、論点としてお示ししております。すなわち、確認の訴えによる救済の求められる場合はどのような場合か、として、例えば、行政立法、行政計画のうち、抗告訴訟の対象である「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」には該当しないとされるものに関して、その効力を争う者が当該行政立法又は行政計画の無効の確認を求める訴えについて、どのように考えるか、また、法律上効力がないとされる行政指導についてはどのように考えるか、という点を例示的に挙げております。こういった点についてもご検討いただきたいと思います。以上でございます。

【塩野座長】この論点自体は前回ご説明があり、多少の議論も交わしたわけでございます。そして、そのときには要件論というのがかなり挙がっておりましたので、要件論の問題を中心に整理したものでございます。その他、判決の執行の問題、それから確認の訴えの問題が付け加わっているということでございます。
 そこで、ご議論の順序ですけれども、やはりせっかくこういうふうに整理してありますので、できればこの1の作為の給付を求める訴え、そういうところから順次入っていただければというふうに思いますが、よろしゅうございますでしょうか。いわゆる義務付け訴訟といったところから、よろしゅうございますでしょうか。

 (委員から異論なし)

 それではどなたからでも結構でございますので、選択肢も出ておりますので、自分はこの選択肢ということ、あるいはこの選択肢以外にもあるではないかというご指摘があれば、是非言っていただきたいと思います。

【芝池委員】義務付け訴訟、ないし義務付け判決につきましては、この制度を求める世論のようなものがあると思っておりまして、私自身は義務付け訴訟を、あるいは義務付け判決を何らかの形で、導入した方がいいと考えております。それは行政に対する司法のチェックを強化するということになるという考えにもよっているわけであります。その導入の仕方、制度化の仕方ですが、これは前に発言をさせていただきましたが、取消訴訟、それから不作為の違法確認訴訟のそれぞれにおきまして、裁判所が義務付け判決を出しうる場合には、そういう判決をできるという程度にするのがいいのではないかと思っております。その理由でありますが、義務付け訴訟でありますと、義務付けのための要件が揃っていることを原告が主張あるいは立証する必要がありますが、これは一つのリスクでありまして、場合によりましては、取消ししか認められないような原告の主張もありうるわけでありまして、ですから取消訴訟とそれから義務付け訴訟を完全に分けてしまうというのは得策ではないという判断に基づいております。
 それから、義務付け訴訟の制度化には、現在の時間的余裕から言いますと、かなり困難があるのではないかと思っております。
 それから3つめの理由でありますが、義務付け訴訟を制度化しましても、義務付けに至ることはそう多くはないのではないかという予測がございます。せいぜいいわゆる指令判決で終ることがあるのではないかというところであります。そういう次第で、先ほどのような形での制度化を考えております。
 それから、義務付け判決の要件としましては、補充性とか緊急性は必要ではなくて、作為義務が認められるという状況があればいいのではないかと思っております。
 それから先ほどの村田企画官の説明では必ずしも明確には出ていなかったのではないかと思いますが、義務付け訴訟は本来の行政処分だけを前提にすることになるのではないかと思っております。他の行為につきましては、作為を求める場合には、民事訴訟あるいはその他の訴訟に依るというように私は理解しております。

【小早川委員】今の芝池さんのご提案に賛成するところが多いのですが、それは結論でありまして、また繰り返しになるかもしれませんけれども、考え方の前提からちょっと申し上げたいと思います。今日のペーパーで、要するに①、②という2つの場合があって、それぞれについて認めるか認めないかということです。①の方は、申請の制度があるので、現行法でも取消訴訟で行けないことはない、不作為の違法確認でも行けないことはない。ただ、その後に拘束力のややちょっと分かりにくい仕組みでもって、一応の救済が図られている。それに対して、②の方は、現行法では取消訴訟の道には繋げにくい。したがって、直に義務付け訴訟の問題として出てくるということだと思います。②のようなケースについて、義務付け判決を求める道を開く必要があると私も思っております。その場合の要件がどうかということになりますが、それ以前に、行政訴訟だけでなくて、行政作用についての法のシステムの全体の形がいかにあるべきか、②のような訴訟が出てくる可能性をできるだけ少なくするということが大事ではないか、ということは前に申し上げたかと思います。例えば、第三者から行政庁の権限の発動を求める必要が考えられる場合には、第三者からの申立ての仕組みというのを、できるだけ立法で作るべきではないか。そうすればそれは①の方に流れ込んでいくと思います。そういう形が本来望ましい。そういうものを本来の姿として行政訴訟の制度を考えるのがいいのではないかと思います。
 そうしますと、そういう立法が望ましいということを前提にした上で、義務付けの問題というのは、この①のようなケースについて、従来は取消訴訟でいいではないかと言われていたのを、いややっぱりそうではない。拘束力云々という議論では分かりにくい、国民にとって何か騙されたような話でもある、行政庁が何かしなければいけないのであれば判決主文でそれを言うのが極めて自然な話ではないか、ということであります。そういう仕組みを作った上で、実際問題としては、芝池さんが言われたように、裁判所として義務付けまでは判断できないけれども、行政庁が断ったのは違法だということで、取消判決なりあるいはベシャイドウングスウァタイルでさし当たり止まるというケースは多いのかもしれません。その辺は、裁判所がここまでは行けるなというところまで気楽に行って、そこで適切な判決をする、場合によっては行政庁にまたボールを投げ返す、というようなことが柔軟にできる、そういうシステムが望ましいのではないかと思っております。
 ただ、最初の問題に戻りますが、②のようなケースはやっぱりどうしても残る。これについては、今のようなきちんとあらかじめ設計された裁判所と行政庁との役割分担ということができませんので、本当に必要な場合には、裁判所が直に登場せざるを得ないだろう。その場合には、おそらく、著しい損害が生ずるおそれがあるということで義務付け訴訟を認めてもいいのではないか、というようなところが私の考えです。

【塩野座長】では、芝池さん今の点で。

【芝池委員】補足させていただきます。この②で、規制権限の行使を求める訴訟でございますが、これは私も現在の不作為の違法確認訴訟において、申請の要件を外すということで対応すると考えております。この場合には、不作為の違法確認訴訟の中で裁判所が対応するということになりますので、判決としては、義務付け判決ではなくて、確認判決ということになると思います。

【福井(秀)委員】私もこの①、②を含めて、義務付け訴訟の類型があった方がいいという点で、今の両先生と基本的には同じ発想です。若干、補足しますと、この補足説明のところで、取消訴訟の排他的管轄との関係を随分丁寧に議論されているのですけれども、これも先ほど村田さんがいみじくもおっしゃったように、現在の取消訴訟の排他的管轄は現行の行政事件訴訟法の産物ですから、まさにここは立法論の議論の場だと考えると、現在の排他性ないしは公定力の概念をそのまま維持しないといけないわけでは必ずしもありませんので、そういう意味で、もうちょっと柔軟にここは考えた方がいい。要するに排他性が被らないような形で仕組めばいいと発想をすればよろしいのではないかと思います。そういうふうに考えると、これは小早川先生がおっしゃいましたが、例えば給付を拒否されたという場合であれば、給付してほしいというのが本人の意図なのでしょうけれども、その中にはいろいろ取消しとか再決定とか含んでいると解釈するのが素直だと思います。非常に熟している、義務付けの判決に熟しているような要件が整っていれば、その場合には義務付けだと、しかしそこまでは熟していないけれども、とにかく何らかの給付なりが必要ではないかという場合には、再決定がとにかく要るのではないか。そこにも熟していないで、でも原告に何らかの救済を与える必要があるというのであれば、現行でもある不作為の違法確認でも構わない、という序列を想定して、もちろん原告がそれにある程度了解を与えているということが前提なのでしょうけれども、柔軟な判決を判決時に決めて出せるようにしておくのが適切だと思います。これは結局、審理の進捗次第ですので、これも村田さんがおっしゃいましたけれども、あまり要件論として、訴訟要件として、このような義務付けの類型を捉えるのではなくて、結局のところ、どんな判決、要するにある義務付け判決を下すには、判決のために必要な要件は何なのかという、できるだけ本案の議論として捉える方が適切ではないかと思います。あらかじめ厳格に類型を審理してからでないと中身に入れないというのではなくて、今のようなことも判決の時点で総合的に考えて、もっとも適切な類型を選べるようにしておいてはどうかということです。
 それから、この②の類型なのですけれども、これも補足説明の議論、実体法上の請求権か訴訟上の問題か、極めて難解な議論をされているのですけれども、これももうちょっと単純に考えれば、第三者に対する許可の取消しについて、例えば、原告適格の問題を考えると、違法建築物によって日照阻害される人には原告適格ありというのが確定判例ですから、そういう人から見れば、違法建築物で改善命令を出さないのはおかしいという、いわば原告適格あると考えてもいいと思われます。だから改善命令を出せという請求権という概念が成り立つかどうかは、結局、改善命令をやらねばならぬほどに裁量がゼロに収縮しているのかどうかと、そこまで収縮していなければ、何らかの措置をしないことは違法だとか、段階があるわけでして、端的に、申請権がないけれども除却命令を出すべきだというような場合はそれにふさわしい熟度があって、裁量が収縮している場合だと考えれば足りるのではないかという印象です。
 最後に、執行については、いろいろやはり選択肢があった方がいいというのが基本的方向だと思います。例えば、典型的には、間接強制だけにしますと、御岳町の産業廃棄物処分場で膨大な間接強制を命じられたけれども、行政は平然と払い続けていたというような案件があったと思います。大抵の行政庁はちゃんとやるわけですけれども、中には法の想定を超えたような振る舞いをする行政庁がないとは限りませんので、安全装置としては直接強制、間接強制も含めていろんな制度を置いておくのがいいという印象です。

【塩野座長】それでは判決の執行についてのところまでも、ご意見が出ましたので、(1)、(2)は大変関係するところもございますので、まず(1)、(2)のところについて、なお御意見があれば承りたいと思います。

【水野委員】私も今の意見に基本的には賛成でありまして、前から申し上げていることでございますが、こういう訴訟を認めていくべきだと思います。それぞれの訴えが独立の訴えの形式と捉えるのか、それとも延長線上か、これは先ほど来言っているように不作為の違法確認のレベルで判決を求めて、それが熟していればそうだし、給付まで求めてそこまで熟していればそういう判決をしたらいい。これは前から私が申し上げているとおりであります。ただ、どちらの判決を求めるかということについては、やはり、少なくとも最終段階では原告の方で特定する必要があるだろう。給付まで求めるということになると、非常に訴訟が重くなって、原告の負担が増えて大変であるという議論がありますが、そこはやはり、原告がそこまで求めたいというのであれば、それは裁判所は当然それに応じなければならないだけの話でありまして、そこは原告の選択に委ねたらいい。もちろん原告の選択に当たっては、適切な裁判所の釈明権が行使されることは大前提であります。
 それから芝池先生がおっしゃった不作為の違法確認について申請要件を外すということについても、いいのではないかと思います。いずれにしましても、不作為の違法確認と何らかの給付は延長線上の訴訟だと考えられると思っております。

【塩野座長】要件について、何かお考えがあれば、どうぞおっしゃってください。

【市村委員】②については、先ほど芝池先生、小早川先生がおっしゃられたような意見に私も基本的な方向としては賛成です。先ほど小早川先生がご指摘なられた要件のような下で、という辺りであれば、適切なのかなと思っております。ただ、ちょっと①については、前から対立するところなんですが、再三出てくる、熟していればという表現で、こうすればということになっているのですけれども、弁論を終結するというのは熟したら終結するということになっているのです。判断するに熟したら終結するというので、ある一定期間が来たから終結するというわけではありません。だから、そうすると判断できる程度に熟している、それが理由があるかないかということが判断できる程度まで審理しなければいけないわけです。そうすると熟していれば、でなくて、熟するところまで審理しなければいけない。そういうふうに考えますと、答えが出てきたところだけ、やればよい、というやり方はちょっと今までのやり方とは違うわけです。それは訴訟法的な見方からですが、もう一点、実体法的に見て、再三申し上げているのですけれども、拘束力を使ってやるというやり方、例えば、ある給付申請に対して、拒否処分があったときに、給付を拒絶したのは間違っているという、給付すべきだという判断を裁判所がした場合に、具体的な給付額をいくらにして、給付決定をするかということについて、そこの部分で、本当にそこが滞ったり、裁判所の言っていることに従わなかったり、ということで権利救済が図られていないという場面がそんなに出ているのだろうかという気がするのです。どっちかと言うと、今出てきた②の形のものの義務付けを認めるべきだということが今までのニーズの核心ではないかという気がするのです。それに比べて、①というのは、確かにたくさんの、大きなものを予定して、できた範囲でやればいいではないかというのは一つの考え方だと思うのですが、先ほど言ったような例えば給付の場合には、それをやらなければいけないという責任と、負担があるようなことと裏腹のものですから、そこの点で、今のようなものの方が得なのかどうか。私としては、そこの部分は慎重に考えた方がいいのではないかということは前と同じです。

【塩野座長】どの点ですか。

【小早川委員】今の市村委員の点です。さっき水野委員が、いかなる判決を求めるかは最終的には原告の申立てだと言われた、今の市村委員も多分同じお考えで、そうでなければうまくいかないということだと思うのですけれども、私は訴訟法の厳密な設計能力がありませんが、原告の方で義務付けまで求めたい、しかし場合によっては取消しでもいいよ、というときに、裁判所が事案を審理してこの事件は取消し止まりの方がよかろうと思ったらそこで切る、原告の意に反してはいけないのですけれども、どこまで裁判をすればいいのかということを裁判所が、裁量かもしれませんけれども自分で土俵を設定して、その上で、判決に熟したらそこで判決してしまうというやり方ができないのか。そこは今までの訴訟の常識からすると違うのかもしれませんが、行政訴訟の場合には、どれだけを行政に差し戻すのかという、役割分担の問題がありますので、そういうことが考えられるのではないかという感じがいたします。

【塩野座長】その点、ちょっと後になりますけれども、行政訴訟の対象、取消訴訟の排他性、民事訴訟との関係のところ辺で出てきますので、原告がどの程度まで請求を特定しなければいけないかという点について、また議論することになると思いますので、今のようなご指摘があったことを踏まえておきたいと思います。

【市村委員】(3)まで入っているということで、ちょっと言い忘れましたが、(3)のところで、「173条の定める方法による」というのも一つの射程に入っているようなのですが、今までの、例えば民事執行の中の理論では、一例を挙げますと、行政庁の行う公権力の行使としての意思表示、というものはこれは別だという認識で、仮に給付訴訟ができるのだとしても、その意思表示というのは公権力を有する行政庁だけが行えるので、これについてはこの173条が使えないという理論が執行法の世界ではかなり言われていたと思います。そこら辺の検討はしておいて、ですから主文の形式として、どういう主文にするのか。意思表示を擬制するような形で、本当にできるのかということはぎりぎり考えておく必要があろうかと思います。

【水野委員】今の点、取消判決はどうですか。

【市村委員】それは形成ですから構わないと思います。一緒ではないと思います。

【水野委員】意思表示。

【市村委員】意思表示を擬制というのは、例えば本来なら、ある行政処分をできる権限というのは権限的に分配されているわけです。それが当然に、裁判所にも包括的に全部あるというふうになっているわけではないという理解で今までは議論していたと思います。

【水野委員】取消訴訟の判決が出たときに、行政庁が改めてその判決を受けて、拘束力で取消しの意思表示をするのかどうか、しなければならないのかという議論。今は判決が確定すれば、行政庁が取消しと言わなくても、取消しの効力が生ずる。つまり行政庁が取消しの意思表示をしたのと同じ効力が生ずると解されているのではないでしょうか。

【市村委員】そこはそうです。

【水野委員】そうすると、今の議論もまったく同じで、何らかの意思表示という意味では、何らかの処分をするというのも意思表示だけれども、一旦した処分を取り消すというのも意思表示でないか。

【市村委員】今の取り消すというのは形成判決の、形成力を付する効果があるのであって、今問題にしているのは、173条の意思表示の擬制ができるかどうかの問題ですから、次元をそこでは異にするのではないかなと私は思います。

【福井(秀)委員】それはそうで、もちろん法的性格かつ技術的、専門的に議論したらそうなのですけれども、多分それも一種の立法政策だと思うのです。そういう場合、どうせ作為の意思表示を命じられて確定したら、もう一回やらないといけないというだけで、最高裁で確定した以上は、裁量はないわけですから、二度手間を省く、時間と労力を節約するという意味では、同じことなら、手前の方でやらした方がいいということもあり得る。それは必ずしも行政権の本質とか、司法権の本質という大上段の議論から出てくる議論ではないという気がいたします。

【塩野座長】そういう御議論もあると思いますが、この点、なかなか作用法上の権限が法律上、行政機関に委ねられているという、それをどういうふうに理解するかという問題だと思います。取消判決の場合、これは形成力で説明つきますが、ただ議論のあるところですので、両方のご議論があったということは引き取りたいと思います。

【福井(秀)委員】要件で補足なのですが、3要件の点は、私も、判決時の、判決要件としての明白性というのは当然ないと判決が書けませんから、重要だと思うのですけれども、緊急性の要件については、前回も発言したと記憶しておりますが、顕著かとか、著しいかというのはちょっとまずいと思うのです。というのは、何らかの合格決定なり、給付処分という受益がそこで得られなければ、そこで得られたよりも後からだと多い損害があるという単純な差し引きと言いますか、プラスマイナスがどっちに転ぶかを見てやらないと、社会的には不合理な結果を招きます。顕著とか、著しいと言うと、マイナスの部分もしばらくは我慢せいということを、とりもなおさず言ってしまうことになりますので、あまり限定しないで、緊急性というよりはむしろ単なる多寡で考えた方がよろしいのではないか。補充性はもちろん要らないと思います。
 もう一つ、さっき市村委員の言われた熟度の問題、訴訟法上の熟度と言うのはおっしゃるとおりだと思うのですが、さっきからの熟度の議論の主な論点は、多分実体法上の要件に熟するかどうかというところにややウェートがあったと理解しています。

【塩野座長】いろいろとご意見が出て、私の思うところ、基本的にはかなり一致しているところがあると思います。ただ今日はいろいろなご意見を伺うということですから、無理にこれは一致しましたと、私が言う必要は毛頭ないものですけれども、(1)については、とにかく両方ということで、大体のご意見が一致していると思いますが、ただ訴訟類型か、判決類型かというのは、後の一般的な話と関係いたしますので、そこはまた事務局が法制的に考える時間的余裕があれば、また考えていただくといたしまして、ここはどちらかに両方のご意見があったかと思います。訴訟要件の問題は、今まで大体出尽くしていると思いますが、取消訴訟中心主義はやめたと言った後の話ですので、それを取消訴訟中心主義をやめないといったら、これはまた話が元に戻ることになりますけれども、やめたということになると、訴訟要件の問題ではなく、どうも本案の問題なのかと、本案の問題を、ここは後は法技術的な問題で、全く分からないのですけれども、本案の問題は訴訟法に書けるかなという感じがちょっとするものですから。
 それから、もう一つちょっと分かりにくいのは明白性というのは、これは一見明白性、田中二郎先生の、あの明白性ではなくて、明確性ですね。一義的に決まってくる。

【市村委員】そうですね、一義性と言った方が使いやすい。

【塩野座長】田中先生も一義的明白と、もう一つ加わってくるので、そこは可能性があるのですが、ここはいわゆる重大明白の一義的明白ではなくて、あるいは客観的明白ではなくて、客観的に確定していることですね。
 それから執行については両方のご意見が出て、この辺は重要な問題ですので、これは検討を、関係行政庁の意見も多少この点については、どういうふうなことを聞くかということも聞いてみないといけないと思います。執行の体制をどうするかというのはなかなか難しい問題だと思いますので、よろしくお願いいたします。

【福井(秀)委員】補足なのですが、さっきの(2)の③の、抽象的な作為を求めることも認める、これも大変良い考えだと思うのですが、補足説明でかなり難しいご議論がされていますが、結局裁量の余地があって、例えば、違法建築なりであれば、建て替えさせるか、あるいは改築するかを選べるけれども、とにかく何かをやらなければいけないというようなところで救えていれば、そういう救済があった方がいいのではないかという趣旨です。

【水野委員】今の要件論は大体概ね、どの辺りが多数で。

【塩野座長】私が整理した限りでは、訴訟要件の問題としてではなく、おそらく本案の問題であろうと。本案の問題については、明白性というのもあるし、それから小早川さんはちょっと別のことをおっしゃってましたが、あれは本案なのか、訴訟なのかよく分からなかったのですけれども。

【小早川委員】私は、①の場合には、処分があること、あるいは申請したけれども一定期間答えがないことを条件に、訴訟を認めるということであれば、その上さらに義務付け判決まで至るための訴訟要件をプラスする必要はないと思います。それは塩野座長のご意見のとおり。ただ、②の方を見ると、そっちは入口でもうちょっと絞れるかなと、そこは訴訟要件のつもりで申しました。

【塩野座長】それでは、「不作為の給付を求める訴え」につきまして、今のような形でご意見を賜りたいと思います。

【小早川委員】従来は、義務付け訴訟よりも、不作為の給付と言いますか、処分の差止めの訴訟の方が認めやすいみたいなことが言われたことがあるのですが、ただそれもよく考えるとよく分からない話です。私は、それはともかくとして、何でもかんでも認めてしまうと、行政庁がひょっとして自分に対してこんな処分をしてくるかもしれないというふうに、心配性な人が訴えを起こしてくる、自分は将来交通違反をするかもしれないが免許停止をしてくれるなよとか、そんなような訴訟をいくらでも起こせるのも、これはまたおかしな話です。執行停止、仮の救済の仕組みが今よりも良くなるということを前提にすれば、とにかく処分があってから争いなさいという原則はあってもいい。ただ、それだけでは足りません。ここもさっきと同じことですけれども、著しい損害が見込まれるような、そういう何らかのプラスアルファの事情があれば、事前の差止めを求めることを認めてもいいのではないか。これは、長野勤評の判決、高知の河川区域の判決のように、将来の不利益な取り扱いを見越して現在の法律関係の確認を求めるという場合の確認の利益の判断の問題と共通してくるのだろうと思います。

【芝池委員】今の小早川委員のご意見と全く同じと言ってもいいと思います。予防訴訟ないし差止め訴訟は、取消訴訟の前倒しでありまして、取消訴訟中心主義をやめても、やはりこういう差止め訴訟のようなものは、例外に留まるであろう。後はそういう訴訟、差止め訴訟が認められる場合の要件なのですが、小早川委員が言及されました、長野勤評に関する最高裁の判例で用いられているような表現、ちょっと読み上げますと、「事後的に義務の存否を争ったのでは回復し難い重大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がある場合」という要件ですれども、この辺りがいいのではないかと思っております。というのは資料の方で明白性とか補充性とか緊急性とかあげて頂いているのですが、これを法律で全部並べるのはどうも見苦しいところがあると思いますので、できるだけ簡単に法律にする場合は整理した方がいいということであります。

【水野委員】私も作為の給付を求める訴え、不作為の給付を求める訴えについて、区別する必要はないのではないか。したがって、これは5頁の④と、先ほどの2頁の③とが対応するわけなので、これと同じでいいのではないかと思います。何らかの行政処分をするという、行政庁に代わって行政処分をするという、給付の方がやっぱりきついのではないか。差止めはまだないわけですから、現状のままだという方がやっぱりまだましではないかという気がするのです。ただ、小早川先生がおっしゃったように、何でも裁判にやれるかというとそれはむしろやれないわけで、つまり処分が行われそうだということは当然必要であるわけです。処分が行われそうにないのに差止め裁判がやれるわけはない。これは何になるのですか、訴えの利益になるのですかね。ちょっとそのところは詰めていませんけれども、滅多にそんなことはないのだけれども、まるっきり処分の可能性がないのに、処分をしてはならないと言う判決を求めてきたときに、そのときはどうするのかという、極めて例外的な場面については、ちょっと留保したいと思います。基本的には同じでいいのではないかと思います。

【福井(秀)委員】私もこの不作為の給付といいますか、差止めがあった方がいいという点で、今までのご発言と共通なのですけれども、要件については、①と④の区別が必ずしも資料上明らかではないように思います。①はさっきの作為の給付とほとんどパラレルに並べておられるのですが、水野委員が言われたように、確かに両方ある意味では共通だけれども、ただそれぞれに特質があるということを考えると、差止めの場合の、例えば明白性とかというのはやや当てはまりにくいのではないかという気がいたします。特に自由裁量の余地が全く残されていないとか、第一次判断権を行政庁に留保することは必ずしも重要ではないというのは、この差止めについて言えば、こういう議論よりはむしろ、やったら違法になるよという要件がある、ある一定の蓋然性のある侵害行為をすれば違法で、取消訴訟の対象になると言うだけのことでないかと思うのです。違法なことをやってはいけないとうことだけで、自由裁量の余地が全く残されてないかどうかということと、やったら違法になるというのは重ならないと思うのです。やったら違法になるようなことはやめてほしい、ということで、先ほどの議論にあった、一定の何らかの蓋然性がある場合に、求めたときには、それだけで基本的には訴訟に乗せればいい、という気がします。どっちかというと、④的な考え方なのかもしれません。そういう気がいたします。それで、これも顕著とか著しいとか、重大とか判例にもいっぱい出てくるのですが、これも先ほど申し上げたことと同じ考え方を持っておりまして、要するにそこで差止めないで、やられてから回復してくれというのでは、後始末に、本人も含めて、社会的費用がいっぱいかかる。要するに大小関係で捉えて、その段階で止めておいた方が、困難の回復がより安い費用、ないしより容易にできるのだという場合には認めればいいと思うわけでして、そういう意味では、この緊急性というのはやや縛りはきついのではないかという印象です。
 ここの⑤に住民訴訟の消極要件というのがあるわけですけれども、これは想像するに、おそらく客観訴訟だから抽象的利益と抽象的利益の比較衡量ということで入ったのではないかと推測するわけでありまして、ここで議論している主たる領域が主観訴訟、権利の侵害に関する訴訟だと言うことを前提にすると、それで争われるものは、多分違法なら利益衡量の問題にならない、違法なら利益衡量するかどうかに拘らずやっぱり止めてもらわないと困る。主観訴訟にこの要件がそのまま当てはまるとなるとちょっと違うのではないかという気がいたします。

【市村委員】結論から申し上げますと、私の考え方は先程小早川委員、芝池委員がおっしゃられた理由付けも含めて、すべて同じであります。やはり、これは事前にこういうことを行うというところに、その特殊性があるわけで、それを認めるのはどのような場合か、というところから、先ほどのような絞りがかかっている。その中の一つの考え方として、長野勤評の最高裁の判決というのは、ある意味では大きな指標になるのではなかろうか。こういう面から、要件についてはそうした考え方を付加するのが相当ではないかと思います。原告適格という形で果たしてどういうふうに考えるのか、という辺りはなかなか難しいところです。これを妙に絞り込むと使えない制度になってしまうし、外せばそうするとほとんどそこには原告適格がないという問題はなくて、むしろ先ほどの要件のところで絞りがかかる。後者の方で絞りが結局かかるのであればそんなにおかしな運用はされないのかなと思います。

【成川委員】今、お話を聞いてて、不作為の給付を求める訴えが何らかの縛りなり、著しい損害などがないと非常に濫訴のおそれがあるのではないかというお話なのですけれども、必ずしもそうかなという感じがしました。確かに心配性の人は、裁判に訴えてくるということはあると思いますが、それ自身は非常にやはり負担、精神的、物理的のみならず、やはり色々な準備等が必要であって、当然そういう中で訴えてくるということだと思います。そのときに、その訴え自身はどういう根拠があるかどうかは十分議論はされるべきであると思いますが、それを入口のところでそういう訴えを退けるという形になるのは私としては好ましくないのではないか。一応受け取めた上で、判決というか、判断をするときの条件として、それがそうなっているかという形で納得いただくというか、やっぱりそういうのが私としてはわかりやすいなというふうに感じました。

【塩野座長】インジャンクションは、今の日本法的な議論はしますか。訴訟要件か、本案か。

【中川外国法制研究会委員】訴訟要件かという話はしません。しませんというのはここで挙がってるような緊急性とかというのは、仮の差止めを認めるかという場面では、なされ得ますけれども、最終的に差止めがされるかどうかというのは本案、まさに先程から言われているような、それだけの熟した資料ないし主張が出ているかということで、決まるものと思います。

【塩野座長】ですから、ちょっとこの辺は本当に本案の問題として考えるか、訴訟要件の問題として考えるかということは残されたところだと思いますけれども、行政の不作為の給付を求める訴えというカテゴリーは田中二郎先生もこれにはやや好意的なのです。つまり、それは特に頭に描いておられていたのは、人権侵害を未然に防ぐような場合はやっぱりあるのではなかろうかということだと思うのです。
 それから、義務づけ訴訟を田中先生が非常に躊躇されたのは、とにかく一遍判断をしているという事件があるので、そしてまた拘束力という制度があるから、それで動くじゃないかという、そういうお話で、あとはさっきの③のはまだ頭の中に入って、そういうことを考えていなかった、そういうお話なのですが、この不作為の給付を求める訴えはそういう意味ではある意味では必要性は皆さん、皆さんというか田中先生も認めておられていたかと思うのですけれども、ただ逆に、小早川さんが先ほどおっしゃったように逆に難しいのです。最初に止めてしまうものですから。行政がどういう事をやってくるかということは行政も考えている最中にどんと来られたのではなかなか大変だろうという、そういうことだと思います。これはしかし、あまり中空で交わしてもあれなので、場合よっては行政側にこういう点があるのでこういう場合の段階で差止めというのはやっぱり、なかなか行政としては辛いですねとか、そういう具体的な例がもっと出てくれば議論が煮詰まるのではないかというふうに思います。今日のところは大体こういった形で整理できるかと思いますがよろしゅうございますか。

 (委員異論なし)

 それでは最後の確認の訴えですが、このところは同じような形でご議論いただきたいと思うのですけれども、どうぞ、ご意見があればおっしゃっていただきたいと思います。この問題は、後で出ます取消訴訟の対象をどうするかということとも関係いたしまして、2度議論するよりは取消訴訟の対象のところで広げても広げなくても確認で、できますでしょうとか、そういった話をすればいいというふうにも思っております。ここの説明自体も非常に簡単になっているのはその趣旨ではないかと思います。ただ論点としては、非常に重要な論点で例えば法律上効力がないとされる行政指導について、一体どう考えたらいいのか、確認訴訟できちんと受け止められるかどうかということはあると思います。

【小早川委員】ここに、行政立法とか行政計画の無効の確認を求める訴えという例が出ています。今、座長がおっしゃられたように、これは処分性問題と重なり合う話なので、併せて議論しなければいけないと思います。具体的な例で何ですけれども、外形標準課税の場合に、事前にどういう訴訟形式がいいか。従来の取消訴訟中心主義の頭で行くと、何か既にあったものの取消しなり無効確認だろう、したがって条例の無効確認だ、という議論になるのですけれども、今さっきの差止めの方ができるとすれば、自分たちが狙い打ちされるというような状況があれば、条例の無効確認よりも、自分たちのための将来の処分の差止めの方が、実体に過不足なく対応しているのかなという気もします。

【塩野座長】確認訴訟は、そういう問題が元々あるのです。一種の補充性みたいなものがあるのですが、これは実は私もかねてから確認訴訟の活用がどの程度できるのかという点について、一番心配なのは民訴の方の確認訴訟、あるいは確認の利益というものが一体どうなっているのかという点について、もう少し情報を集めないと、ここで勇ましいことを言っても、そんな民訴ではとんでもない話だといって、受け止めてくれない場合もありますので、その点、もし何かしら時間的な余裕があれば、民訴の先生方、どなたかに、例えば具体的な例を出して、この場合、民訴ではどういうふうに考えているのか、あるいは民訴の基本的な考えはどういうものなのかということをレクチャー受けたらどうかということも思っています。こういう事もあるべしということを前提に、どうぞご議論いただければと思います。

【福井(秀)委員】この確認の訴えで、行政指導が法律上効力がないとあるのですけれども、例えば国家賠償ですと違法な行政指導を前提の賠償請求権というのがあり得るわけですし、また違法な行政指導をやるべきでないということの例えば確認を求めるとか、いろんな置き直し方があると思うのですけれども、法律上効力があるものだけが、確認の訴えに乗るという頭で作られている資料なのですか。

【村田企画官】いえ、それを断定しているものではなくて、どのような争い方がいいかということを単に問うているだけです。

【福井(秀)委員】そうすると、あんまり立法、計画、行政指導とか区別しなくても、できるだけ対象を広げようということであれば、実益があれば基本的には認めるということになるように思います。

【塩野座長】確認の利益があれば認められるのですけれども、その確認の利益が一体どういうものなのかという点について、もう少し資料を整えなければならない、そういう趣旨ですし、また行政指導について確認訴訟は効かないのでしょうかね、というのは私は大分前からずっとつぶやき続けているところでございます。

【市村委員】ただ、今おっしゃった前提は分かるのですけれども、普通の場合であれば確認の相手方というのは行政主体になりますね。今度みんな行政主体になるから同じになってしまうのですけれども、位置付けとしてここのものなのか、当事者訴訟の位置付けなのかという分類の意味では少し違うところがあるのかなと思います。だからあちらを膨らましていくというか、あちらの射程をもっと広く確認していくという形で対処できる事項と、どちら側から広げていく事項とか、どの辺りがぶつかるのかという辺りはなかなか難しすぎてよく分からない。

【塩野座長】行政指導は細かい議論をするとなかなか難しいのです。あれは職員ですから、行政庁ではないのです、行政指導は。

【市村委員】ですから、もしそうだとするとどちらかというと、この抗告訴訟なり、こちらから広げていく確認、その中である確認の訴えを認めていくというよりは、行政主体を相手に確認をすることになるのではないか。

【塩野座長】そこはもう少し考えていこうと思うのですけれども、ただ私がここで是非前提としていただきたいのは、これは抗告訴訟だから、あるいは行政訴訟だからということではなくて、要するに行政主体あるいは行政主体の職員が何事かやったときに、自分に不利益になると思う時に手を挙げる人、手を挙げた人がいたときに、どういうふうにそれを受け止めるかという、そういうお話ですので、抗告訴訟はちょっとまた別のことでご議論いただきたいと思います。

【深山委員】遅れてきて、ちょっと議論の焦点が合っていないかもしれませんが、確認訴訟は、古典的な民訴の理解だと、給付訴訟が認められるときは給付訴訟が直截な解決だということで、そちらでやって確認訴訟は許されない、そういう意味では補充性がある、最後のバスケットクローズみたいな世界です。先ほどの小早川先生の方も不作為の給付を求める訴えで救済をするのか、それとも外形標準課税の例を挙げられてましたけれども、元の方で行くのかというのは、実際に当事者の気持ちからすると自分に近い、自分の困りそうなことに近いところで争うという意味では元の違法確認で行くよりは予防的不作為の方がいいのではないかというお話がありましたよね。それと似たような話なのですが、不作為の給付を求める訴えで、求める不作為で何をしてはいけないかというこの特定性、普通処分だと取消訴訟だと非常に厳密に、誰が、いつ、何法に基づいた、どの処分ということを特定します。こういう形の特定は事前ですから、厳密にやればやるほど、難しい。いつやるかはもちろん、これからのことですから、ないわけですかれども、それ以外のことを全部特定しろというと、処分の内容というのは不可能に等しい。そうすると、ある程度抽象度の高い、何とか法に基づく、これかこれかの監督処分はやめてくれというのか、あるいはどれをされるか分からない、いろんな監督処分があって、どれも困る、しかし疑われている調査は受けているというときに、全部ダメだというのか、どんどん広げていくと、不作為の給付を求める訴えで行くべきなのか、それとも確認の訴えで行くべきなのかというのは、そういう意味では隣接しているところがあるのです。両方の棲み分けといいますか、私が古典的に思うところでは、不作為の給付が求められれば、確認の方はできないだろうと思うのですが、ですから取消訴訟の対象の関係との隣接点もあるというお話がありましたけれども、不作為の給付についても私はどの範囲をまず特定すれば、不作為の給付を求められるのかという問題があって、それとやっぱり軒を接している問題だと思うのです。

【塩野座長】その点はご指摘の通りだと思います。

【福井(秀)委員】その点に関連してなのですが、例えば東京都の外形標準課税なんかは深山さんの発想だとむしろ条例の違法確認の方が直裁だということになるのですか。予防的不作為よりはそっちの方がかえって明快ではないかということですか。

【深山委員】予防的不作為に一義的明白性みたいなことを要求すると、およそいくらの課税処分をされるかは大体、利益がどのくらいか分からないですから、いつされるかはもとより、分からないのです。しかしそれでも根拠法令さえはっきりしていて年度ぐらいはっきりしていればいいというふうに言わざるを得ないのかなと。ただそれがどんどん広がっていくと、およそもう少し前で叩かないといけなくなってきちゃって、その棲み分けが非常に難しい。

【福井(秀)委員】給付が原則だということをあまり重たく言い過ぎると、大変難しいところに陥るわけです。

【深山委員】ただ、先ほど出た古典的な民訴の理解では、給付で行けるものはあえて確認をしなくていい。それともう一つは、給付の場合もそうなんですが、何々をしてくれないというときにして欲しい人もいるわけです。自分はして欲しくないと。第三者が喜ぶ場合だってあるわけで、元をどんどん叩いていく、抽象度が高まるとその当事者が争わせるのが適切かという問題がどんどん広がるような気がして、ですからなるべくコンパクトがいいと思うのです、争う範囲は。その当事者が困っていることの救済のために必要な限度です。だけれども、そこは難しいですねと言っているだけで、良いアイデアがあれば教えていただきたい。

【福井(秀)委員】そこで迷わなくていいように仕組んでおかないと、社会の混乱が起こるということになります。

【水野委員】それは要するに、例えば不作為の給付、抽象的不作為を求めることを認めるかどうか、そこで違ってくるわけで、例えば何らかの不祥事があったとして、それを争っているときに、戒告だとか解雇だとか、そういう懲戒処分の種類も分からないときに、そういう具体的な処分内容が分からなかったら、差止めができないと言うのか、それとも抽象的な不作為でいいということであれば、懲戒処分をしてはならないという差止めがあるわけですね。具体的な処分でなかったら差止めが認められないということであれば、懲戒権限行使ができないことの確認を求める、何かそういう確認訴訟に行かざるを得ないという、そこはそれによって違ってくるのではないんですか。

【深山委員】軒を接する問題だということです。

【水野委員】それはそうだと思うのです。

【小早川委員】ですから、長野勤評の場合は、自己観察結果を自分で書く義務がないことの確認を求める方が審判の対象としてもかっちりしていますし、それに違反したときに将来どんな処分がくるか特定しないと差止めができない、と言ったかどうかは分かりませんけれども、そういう問題は確かに深山委員がおっしゃるようなことになるので、そこは自ずと、どっちでやるかというのは分かれてくると思います。

【塩野座長】項目を立てた基本的な理屈と言いますか、契機は要するに取消訴訟なり、給付訴訟なりなんなりでうまく救えないものについて、確認というものをちゃんと用意しておく必要があるのではないか。それはあると言われればあるのですが、たまたまそれについて、あまり活用してこなくて、市村さんだけ活用していたところがあるのですが、活用してこなかった。そこでこの際、こういう活用の道をもう少し、きちんと整理したい。その場合に、先ほど深山委員が言われたように古典的な民訴のままだと危ないものでも、最近民訴もいろいろ変わっているというので、近年の民訴では一体、我々が考えていることで、確認の利益があるのかどうかという点について、もう少し整理していきたい、そういうことだと思います。

【萩原委員】ちょっと分からないので、教えていただきたいのですが、今議論になっている話で、先に座長もおっしゃったように確認の訴えが取消訴訟の対象と非常に関連するということは分かります。後で深山委員がおっしゃった予防的不作為という話と確認の訴えというところの議論もまだ分かるのですが、ここに書いてある行政立法、行政計画というようなことについて、訴えができるのかということについて、ここにわざわざ書いてあるので、それについてはどうなのかということなのです。例えば、予防的不作為何とかというようなことで、その行政立法、行政計画ということについても可能なのかどうか。

【塩野座長】それは私の理解では、例えば行政立法、行政計画が取消訴訟の対象になりますと言ってしまうと、先ほどの話ですが、確認訴訟は要らないのかな、あるいは確認できないと見るのかなと、そういうことに繋がってくる。ただ、行政立法でもいろんな行政立法があるので、なかなか取消判決、あるいは取消訴訟に馴染まないものもあるのではないか、そういうものでも自分に具体的にこういう利益侵害が起きそうだということであれば、それは確認訴訟でこれを救うことができるかどうかという、そういう問題提起、というふうにご理解いただければと思います。
 時間も大分経ちましたので、次に「本案判決前における仮の救済の主な論点」に入ってよろしゅうございますか。それではどうぞ、説明お願いいたします。

【村田企画官】資料の2をご覧ください。本案判決前における仮の救済の主な論点と考えられるものを記載した資料でございます。1として、「執行停止の要件」の問題を挙げております。執行停止の要件として「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」という要件が行政事件訴訟法第25条第2項本文に規定されておりますが、この要件が厳格に過ぎるのではないかというご意見のあるところです。そこで、このような定めにより不都合が生じているのは、どのような場合か、という観点からご検討いただいたらどうかと考えたところです。なお、この規定の前身であります行政事件訴訟特例法第10条第2項では「処分の執行に因り生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があると認めるとき」と規定されておりましたけれども、現行の規定はこれを緩めたものだといわれております。立法担当者の解説であります杉本良吉さんの行政事件訴訟法の解説では、「処分を受けることによってこうむる損害が金銭賠償不能あるいは原状回復不能のもの、もしくは「著しい損害」でなくても、社会通念上それを被ったときはその回復は容易でないとみられる程度のものであれば足りるとする趣旨である。」とされております。さらにこれに続けて解説では「もっとも、この損害は、ひっきょう裁判所において執行停止の拒否を判断するにあたって、停止によって原告の受くべき利益(免れる損害)として、当該処分の不停止によって維持される公共の福祉と比較衡量されるところのものと考えられるから、具体的事情の下において、後者とにらみ合わせて、それを犠牲としてもなお救済に値する程度の損害かどうか相対的に決まる性格のものといえよう。」とも解説されております。
 この点、裁判例ではどうかということになりますと、資料の4ページ及び5ページの別紙1に裁判例を例示列挙しております。「回復の困難な損害」の考え方について、1として挙げている裁判例は、概ね「原状回復又は金銭賠償が不能な場合だけではなく、たとえ終局的には金銭賠償が可能であっても、社会通念上、そのことだけではてん補されないと認められるような著しい損害を被ることが予想される場合も含まれる」というような考え方を示しており、この点では今、ご紹介した杉本解説の前半の説明に近い考え方を示しているものということができるかと思います。ただし、先ほどご紹介しましたように杉本解説では、「著しい損害」でなくても、社会通念上それを被ったときはその回復は容易でないとみられる程度のものであれば足りる、とされているのに対し、ここの裁判例では、金銭賠償だけではてん補されないと認められるような著しい損害を被ることが予想される場合も含まれる、としている点は、必ずしも同じではないようにも見られます。それから別紙1の2で挙げております裁判例では、「行政処分の相手方にその損害を受忍させることが社会通念上相当でないと認められる場合」というのを付け加えて、それも一つの要素として検討されているところでございます。また、5頁のところにいきまして、3で挙げているいくつかの裁判例では、杉本解説の後者の説明にあるような、利益の比較衡量という観点が強調されております。このような裁判例の考え方もご参考にしていただければと思います。
 この要件のうち、最後の「緊急の必要があるとき」という部分については、執行停止を現時点で直ちにしなければならない必要性と言いかえることができると思いますが、この点を前半の要件と切り分けて独立の要件とする考え方は一般的ではないのではないかと思われます。
 今、対象にしております要件の一番最後の部分、緊急の必要があるときというところがございますけれども、この部分については執行停止を現時点で、直ちにしなければならない必要性というふうに言い換えることができると思いますけれども、それを前半の損害の関係の要件の部分を切り分けて、独立の要件とする考え方を、そういう考え方もあるわけですけれども、あまり一般的ではないのでないか。全体として必要性ということで、お考えになっている例が多いのではないかと思います。それからこの資料の1ページの1の注2として、最高裁判所の決定を挙げておりまして、その内容は別紙の2として、6頁に挙げてございますけれども、この裁判例は、弁護士に対する戒告処分の公告は戒告処分の続行手続ではないとして、それにより生じる損害は行政事件訴訟法25条2項にいう回復の困難な損害に当たらないものというような形で判断されているのかと思いますけれども、この決定は、必ずしも「回復の困難な損害」の内容自体についての考え方を示したものではないと思いますけれども、執行停止を認めなかった場合に関する最高裁の裁判例を、認めるか認めないか否かに関わらず、執行停止に関する最高裁の裁判例というのはあまり多くありませんし、最近の事例でもありますので、併せてご紹介した次第でございます。
 それから引き続きご説明いたしますが、1頁に戻りまして、2として挙げております論点ですが、これは「執行停止決定に対する不服申立ての在り方」について記載しております。例えば、地方裁判所の発した執行停止決定に対しては、行政事件訴訟法第25条第6項によって、即時抗告という形で高等裁判所に対して上訴ができます。しかしながら、即時抗告をしても、それは地方裁判所のした執行停止決定の執行を停止する効力を有しないと行政事件訴訟法第25条第7項で規定されております。この点について、この資料の2の下に参考として挙げております民事訴訟法第334条第1項を見ますと、「抗告は、即時抗告に限り、執行停止の効力を有する。」とされていまして、即時抗告は原裁判の執行を停止する効力を有することとされております。そうしますと、行政事件訴訟法第25条第6項の執行停止決定に対する即時抗告は、この民事訴訟法上の即時抗告の一般的効力とは、元々の裁判の効力を止める力があるかないかという点で、逆の規定になっているわけです。このように、地方裁判所のした執行停止の決定に対して不服であるとして行政側が即時抗告をしても、高等裁判所でその審理をしている間は、地方裁判所のした執行停止の決定の効力はそのままですので、行政側で高等裁判所が即時抗告に対する結論を出すまで待てない、どうしても今地方裁判所のした執行停止決定を覆して、処分の効力等を復活させないといけないと考える場合には、一つの方法として、この内閣総理大臣の異議の制度を用いるという方法が現在はあるということになっているわけです。したがって、いったん裁判所で出された執行停止決定に対する即時抗告といった不服申立ての効力がどうあるかという、そのあり方が、内閣総理大臣の異議の制度の存在意義に密接に関係しているのではないか、というふうに考えられるわけです。内閣総理大臣の異議の制度については、既にご検討の中でご意見をいただいているところでありますので、注に記載しておりますように、内閣総理大臣の異議の制度との関係を含めて、執行停止決定に対する不服申立ての在り方そのものについてご意見をいただいてはどうかと考えた次第でございます。
 それから1頁の3として記載してございますのは、公権力の行使に当たる行為についての執行停止以外の仮の救済についての論点と考えられるものを挙げております。
 (1)として記載しておりますのは、民事保全の手続でいうところの係争物に関する仮処分に類するような仮の救済が行政事件において必要となるのはどのような場合か、という点を挙げております。これまでの検討の中では、執行停止以外の仮の救済としては、例えば生活保護の申請をしたのだけれども、それに対する拒否処分があった場合には、執行停止をしても仮に生活保護の給付がされるわけではないので、執行停止以外に、仮に給付がされるような新たな法律関係を仮に形成するようなことが必要ではないかというようなケースを例に挙げたご意見が多かったように思います。他方で、民事保全手続では、今申し上げたような新たな法律関係を仮に形成しておくという仮処分だけでなく、判決が出されてもそれが意味を成さないものとならないように、とにかく現状を固定することを目的としたタイプの仮処分の制度がございまして、それが係争物に関する仮処分と言われているものだと思います。ドイツの行政裁判所法にもこのタイプの仮命令制度があると理解をしております。若干例をもって申し上げますと、民事保全の例で言えば、ある不動産が自分のものであるということでその不動産を占有している者を相手にして不動産の返還を求めるという場合に、現在その不動産を占有している者がまだ訴訟の審理の途中で第三者にその不動産の占有を移してしまうと、渡してしまうということになりますと、もともとの占有者に対する判決が結果的に意味をなさなくなるという場合がありうるわけです。そこで、現在その不動産を占有している者がその占有を他の者に移転しないように、占有移転禁止の仮処分というものを発して、紛争の当事者を現状で固定してしまうという手続があるわけです。このような、現状固定を目的とした仮の救済が行政事件においても必要な場合があるのかないのか、ということをここでは問題にしているものです。ここでは、よい例かどうかよくわかりませんが、農地買収処分の無効を前提として、その農地の売渡しを受けた者を相手方とする当該農地の処分禁止の仮処分を求める場合を挙げております。さらに第三者に転々と処分されて、渡ってしまうのを防ごうというようなことでございます。この場合、現在は、行政事件訴訟法第44条によって、農地買収処分自体が公権力の行使に当たると考えますと、これに関しては、今は民事保全法に規定する仮処分をすることができないと解されるものと思いますが、このような場合の仮の救済についてどのように考えるか、というような事例が一つの例になるのではないかと思った次第でございます。
 それから2頁の(2)の点でございますけれども、これは仮の地位を定める仮処分に類する仮の救済が必要となるのはどのような場合か、という点でございます。これは前々からご議論でておりますように、既に一つの問題としては、先ほどもご検討いただいた行政の作為・不作為の給付を求める訴えによる救済の認められる範囲と、新しい法律関係を形成するタイプの仮の地位を定めるような仮の救済の必要の範囲という関係はどうなるのだろうのか、という点についても、行政の作為・不作為の給付を求める訴えによる救済が認められる範囲の検討とあわせて、ご検討いただく必要があるのではないかと考えたところです。参考といたしましては、許可申請に対する拒否処分の執行停止を求めたのだけれども、その結果がどうだったのかということを裁判例で、別紙3として、7頁から9頁にかけて記載しております。また、行政事件訴訟法第44条で今は仮処分が許されないのかどうかということが争われた裁判例、すなわちこれは何某か行政の行為について、執行停止以外の仮の処分を求めて争った事例というふうに考えられると思うのですけれども、そのようなものを別紙4で挙げておりまして、これはたまたまですけれども、現業国家公務員に対する不利益処分の場合、それから公共工事の場合、それと学校関係等ということでご紹介いたしましたが、それを一例として、裁判例もご紹介をしております。
 それから(3)として、2頁の途中から記載しておりますのは、仮の地位を定める仮処分に類する仮の救済の制度を設けるということで考えたとした場合には、その要件をどのように考えるか、という点を掲げております。これまでの検討では、民事保全の手続で足りるのではないかというご意見や、あるいは民事保全の手続の要件を基礎として新しい制度の要件を考えるべきでないかといった方向の考え方、さらにはこれと違って、今ある執行停止の制度の要件との均衡、バランスを重視して考えたらどうかというようなご意見も示されていたのではないかと思います。そのような考え方を、要件全体、パッケージとして考えることももちろん重要であると思いますが、これらの参考となる制度の要件を個別に対照してみることも一つの検討の視点になるのではないかということから、この資料では①から④まで記載しておりますように、問題となりそうな要件ごとに分けて、執行停止の要件と民事保全における仮の地位を定める仮処分の要件の対照をお示ししております。
 (3)の①では、行政訴訟におけるこういった類型の仮の救済の必要性に関する要件として、どのような要件が考えられるか、という点を挙げております。この点の参考としては、執行停止の積極要件としては、先ほどもご紹介いたしましたけれども、「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」という要件が行政事件訴訟法第25条第2項本文に規定されております。他方、仮の地位を定める仮処分における保全の必要性の要件としては、「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるため」という要件が民事保全法第23条第2項に規定されております。これを比べますと、条文の表現は異なりますが、基本的な方向性としては、損害に関係する救済の必要性が一つの要件として、一つの重要なポイントになっているということ自体は共通しているのでないかと申し上げられると考えております。
 それから②のところですが、行政訴訟における仮の地位を定める仮処分に類する仮の救済についての本案に関する要件として、どのような要件が必要と考えられるか、という点を挙げております。この点の参考としては、執行停止における本案についての要件としては、「本案について理由がないと見えるときは、することができない」という、消極要件、すなわち、この要件に当たるときは執行停止ができない、という方向での規定の仕方が、行政事件訴訟法第25条第3項後段でされております。これに対して、仮の地位を定める仮処分における保全すべき権利関係についての要件としては、その他の要件のことも引っくるめて規定されておりますけれども、「保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性は、疎明しなければならない。」というような形で、民事保全法第13条第2項に規定されておりまして、仮処分を求めるために積極的に必要な要件として、保全するべき権利関係の疎明が要求されているという違いがあるかと思います。これは基本的な方向について、民事の保全手続と執行停止とではちょっと逆を向いているところがあるのではないかと思います。この点で新たな法律関係を仮に定めるような仮の救済を行政事件で考える場合には、どちらかに寄せて考えるかというような視点もあるのではないかと思います。
 ③では、公共の福祉又は公益に配慮した要件を設ける必要性があるかどうかという点、で挙げてございます。そのような要件が必要だという場合には、どのような要件が適当か、ということもご検討いただきたいと思います。この点の参考としては、執行停止については「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」は執行停止をすることできないという形で、行政事件訴訟法第25条第3項前段で規定されております。民事保全の仮処分については、このような観点からの要件は明示的には規定はされていないということがいえると思います。
 ④では、別の要件として、本案の訴えの提起を仮の救済の申立てとともに同時、あるいは先行して要するか否か、という点を挙げております。この点の参考としては、行政事件訴訟法第25条第2項本文で執行停止については本案の訴えの提起が必要とされているのに対し、仮の地位を定める仮処分については、仮処分の申立ての時点では本案の訴えが提起されている必要はなく、ただし、仮処分命令を発した裁判所が債務者の申立てにより債権者に対して本案の訴えの提起を命ずる制度が民事保全法第37条第1項に規定されているだけであるという違いが挙げられると思います。
 以上のような要件ごとの対比も一つの参考としつつ、仮の地位を定める仮処分に類する仮の救済の制度を設けるとした場合の要件について、ご検討いただいてはどうかと考えたところでございます。以上でございます。

【塩野座長】この仮の救済につきましては、第1トラックということで、権利の利益の実効的な確保ということで、大方のご同意を得ているところだと思いますけれども、さらにそれをもう少し細かく要件の問題について、調べていただいたということだと思います。
 そこで、執行停止の要件が1と2、それから3以下が執行停止以外の仮の救済ということでございますので、まず執行停止の問題について、1と2について、どうぞご意見をいただきたいと思います。どうも資料を見てて、私も思ったのですが、要件の書き方の問題なのか、運用の問題なのか、それで例えばこの最高裁の判決ですけれども、これが今の要件で、こういうふうに読まれたのではどうなのか、という感じがいたしまして、弁護士会の方で、弁護士の場合はこれでしょうがないという話なら、また別ですけれども、やはり仮の救済をこういう形で、運用されたのでは困るということであれば、これは運用の問題ではなくて、要件にまず書き込むかということになるのですが、その辺は実務的にはかなり運用の問題で片が付いていたんだなあと思っていたのですけれども、この判決が出ましたので、それではということになったのですが、どうですか、市村さん。

【市村委員】私がお答えできる、あれではないのですけれども、私の感じでは、例えばですけれども、私はこの続行の中に入るというのでもいいのかなというふうに思ってしまうのですけれども。ただ、運用の問題とご指摘ありましたが、要件が大きな形で、執行停止の要件ができているものですから、現場で使うときは、いつか申し上げましたが、例えば、公共の福祉というものの取りようによっては、何でも公共の福祉に影響があるとは言えてしまうわけです。それをどうするかということで、さらに運用の中で工夫が、いろんな分野でなされております。例えば、最近多いのは退去強制処分の停止ですけれども、そうしたときには見方の基本の軸として、一つには行政処分の執行によって確保せんとする利益、それから本人の受けるダメージとを比較衡量する。ただ同質のものでないので、なかなか単純な比較衡量はできないのですけれども、その大小をどこまで本案で決着つくまで、どちらが待つべきかという辺りのことを直截にやって、事件ごとに段々類型化しているのが現状でございます。

【塩野座長】いかがでしょうか。

【福井(秀)委員】執行停止の要件なのですが、今市村委員が言われたご議論にも通じるのですけれども、これは後ろの方にも出てくる、公共の福祉なり、公共の利益ということと独立に、回復困難な損害を避けるために緊急の必要ということを判断するというのは若干無理があるような気がします。というのは、民事でも基本的構図は同じだと思いますけれども、執行されて困る人と、執行しないと困る人と、いわば裏表で両方の当事者がいるわけです。執行されて困る人はもちろん被処分者であり、執行しないと困る人というのはいろんな意味での処分の受益者とか、あるいは行政なり公共一般の利益と置き換えてもいいわけですけれども、そうしますと執行停止の判断をするときに、本案の話が仮に白地だと、これからどう転ぶか分からないということを前提に考えますと、これは確率の問題ですから、一応対等に考えるとすると、結局どちらの方が利益のいわば残存部分が多いのかということに帰すると考えるべきではないかと思います。具体的に言うと、執行で得られる利益というのは公共の利益です、執行で失われる利益は被処分者の利益。執行で得られる利益マイナス執行で失われる利益というのが、いわば純益として一応、計上しうるわけです。もう一つは執行停止で得られる利益、これは被処分者のものですし、執行停止で失われる利益、これは公共のものだとすると、これも観念的には差分を出すということができるかと思います。まさに差分の純益同士を比べてみて、一体どっちがでかいのか、仮に本案の勝訴確率が同じであれば、それが大きい方に転ぶ方が、結果的には合理的になる、こういう観念的な図式はあると思うのです。ですからやはり、こういう定性的な要件ではなかなか言いにくいというのは分かるのですが、この緊急の必要とか、いろいろ持って回った言い方をするよりも、むしろ比較衡量して、本案が白地だということを前提にすれば、公共の福祉と、それから被処分者の利益との差し引きの勘定で判断するという思考枠組みの方が、社会的にも、合理的だという気がいたします。これに関して、似たような議論が後ろの方にも出てくるのですが、(3)の方はあとの方がよろしいですか。

【塩野座長】2までです。そこで止めてください。

【水野委員】今福井先生がおっしゃったこと、基本的にそのとおりだと思うのです。これは要件を度外視しましたら、大体この事件は執行停止をしないといけないかどうかというのは、ある程度あると思うのです。ところが、それが本当に執行停止をすべき事案なんだけれども、執行停止の要件がきつすぎるので、その条文によってはできないということがあってはならない。それで、日弁連は執行停止を原則にすべきだと、ドイツ式に、と言っているのですけれども、執行停止を原則にしても、執行不停止を原則にしても、それに対する例外の要件についてはある程度、柔軟な形にすべきではないかと思うのです。仮に現行法どおり、執行不停止を原則にしますと、どなたもおっしゃっていますけれども、今の回復困難だとか、緊急の必要とか、これはいかにも要件がきつ過ぎるわけです。少なくとも、緩めるべきだと思います。
 それから、弁護士の、この事件は、続行手続でないというのは、何となく違和感がありますが、形式論理的にはこのとおりかもわかりません。もしこの最高裁の論理に従うのであれば、仮処分で止めることになるのでしょう。つまり公告はしてはならない、処分があったことは仕方がない、行政訴訟としては一応争う、しかし、処分は終わっているから、その後の新たな行為によって、自分の営業上の利益とか、そういうものを侵害される、というので、仮処分で止めるべき事案なのかなという気がいたします。

【芝池委員】今まで、各委員のご発言と同じようなことでありますけれども、この執行停止をするかどうか、通例は公益と私益の比較衡量で決めるということになっているのではないかと思っております。ただ一つ付け加えるとしますと、原告が勝訴する見込みが明らかである場合、この場合やはり仮の救済の必要性が高くなると思います。逆に勝訴の見込みが全くといっていいほどない場合、こういう場合、仮の救済の必要性は小さくなるだろうと思っておりまして、法律の文言にかけるかどうかは自信ありませんけれども、そういった点も考えた方がいいのではないかと思っています。公益と私益の比較衡量が必要となりますのは、グレーゾーンの場合、勝訴できるかがはっきりしない場合ということになります。
 それからもう一点、今の公益と私益の比較衡量というふうに申し上げましたが、例えば建築確認の執行停止を考えますと、この場合公益とは一体、何だろうという問題がありまして、そこで対立しておりますのは建築主の私的利益と、それから周辺住民の私的利益なのです。こういう事件だから、そもそも取消訴訟でやるのがいいのかどうかという問題もあるのですけれども、取消訴訟でやるとしますと、そして執行停止が問題になりますと、対立する利益は両方とも私的な利益でありまして、そうしますと、ますます現在のような要件論というのは適切さを欠くのではないか。現在の要件論といいますのは、公益を守ることになろうかと思いますが、そういう点から要件が厳しくなっているわけでありますので、公益が問題にならないということであれば、もっと、いわば低いものにすべきであります。今、建築確認の例を挙げましたけれども、そういう点で考えますと、許認可事例など、今言いました私的利益が対立している場合というのは結構多いのではないかという気がします。

【市村委員】今のご指摘、確かに、私も前にあれしたのですが、今の建築確認の例で、第三者の保護という側面が、今の制度の中にはあまりきちっと出ていないのではないかという危惧はあります。ただ、今おっしゃられた中で、私益とおっしゃられたのですが、必ずしもそれに全部還元しきれないというか、そういう公平な、あるいは一つの基準に基づく運用をするということ、それ自体が公益性を持っているという側面もあると思いますので、そうしたものを確保するという意味では、やはり公益というのは全くなくなってしまうものではないだろうと思います。それと先ほど来、比較衡量というお話なんですが、実際の感覚ですと、例えば食品衛生法に基づいて、営業停止処分を受けている場合、営業停止処分がこんなに長引いたら、もう私のところは倒産してしまいますという、非常に切実な申立人の訴えの場合、その問題とそれを停止する必要性と、本当に秤にかけられるだろうかということも考える必要があります。非常に異質なものを、どうしてもかんがえなければいけないタイプのものが多くなるので、量的な比較が非常に難しいという特殊性があるということが、一般の民事よりは多いのではないかと思っております。

【深山委員】最初に座長が言われたとおり、この要件は非常に抽象的なものですから、これの書き方の問題なのか、運用の問題なのかというのは参考で付いている裁判例を読むと私もそういう気がしないわけではないのですが、さはさりながら、この要件が厳格過ぎると思われるのは、ごく素直に考えて、回復困難な損害というのは、金銭賠償で、てん補賠償が生命身体についてもできるという原則を民事的には一方では取りながら、回復困難といった、人が死んだときにすら、てん補賠償として、金銭賠償が建前となっているのに、回復困難な損害って何なのかというのが非常に分かりにくく、ものすごく重く見える。
 それからこれは杉本解説の紹介が事務局当局からありましたが、この緊急性の判断の中に公共の利益を持ち込むとありました。多くの見解がそういうことなのかもしれませんが、別に公共の利益との調整は消極要件で、公共の福祉に重大な影響があるときは、また判断するので、二重に何か公共の利益というのが、衡量されるかのような解釈に何故かなっている。それから、なるべく適切な要件に置き換えるとしても、どうしても運用がどういう形で、いわば類型化したら、固まっていくかということに最後は委ねざるをえない問題だと思うのですが、そうとはいえ、今のこの書き方の、今言ったような点は、改めて、もう少し分かりやすいといいますか、理解可能な要件にすべきでないかと思います。後の方の裁判例で、原則的に金銭賠償が可能なものはダメだけれども、例外的にこういう場合はいいと、いろいろと書いておりますが、その場限りで考えなければならないような話で、どうも回復困難な損害という概念、それと必要性の判断に公共の利益との比較衡量を持ち込むという2点ぐらいは何とか、この際、条文を少しクリアにすることによって、払拭して、使いやすくするといいますか、過度に厳重なイメージを与えない点に置き換えて、後は運用に委ねざるをえないのではないかと思います。

【塩野座長】ちょっと時間がありますので、何か特に付け加えることがありましたら、今の第2の方でありましたら、どうぞ。

【福井(秀)委員】さっき、芝池委員がおっしゃった、本案に理由がありそうかなさそうかというのは、私、さっき申し上げなかったのですが、全く同感でして、これも現に25条の3項にも、「本案について理由がないと見えるとき」とありますので、勝訴確率がうんと高い場合と、うんと低い場合には、おのずとそれにウェート付けをした判断があってしかるべきですので、先ほど申し上げた意味はあくまでもニュートラルな場合であり、勝ちそうかどうかということによって、ウェートは変わってくると思います。
 建築確認のご議論がありましたけれども、多分うんと広がると、建築確認で大規模建物になると、当事者がうんと出てくるとか、戸建ての家なら、周辺何軒だけだとか、多分公益と私益というのは定義の問題ないし、連続した問題ですので、おそらくどちらかというと、行政処分で得られる利益はやや薄く広がっている。当事者にしてみれば、本人の個別的利益であり、比較するときには還元せざるを得ないわけですけれども、そのとき、多分公益と私益が、処分の種類によって、薄まっている場合と、濃い場合がある、こういうことだと思います。それで、先ほど市村委員がおっしゃった比較衡量はなかなか難しいというのは確かにそのとおりなのですけれども、実際に土地利用関係の処分をやるときの処分要件でも、収用だって、都市計画だって、そうなのですが、むちゃくちゃ個別的な利益と、広い抽象的な、例えば鉄道が通る利益との比較をやっていますので、処分でやっている以上は最終的には何らかの判断に熟さざるを得ないという気がいたします。

【塩野座長】この問題、いろいろご意見がございまして、やはり多少要件をもう少しわかりやすく書き改めた方がいいのではないかというご意見もございました。良い知恵が出るかどうか分かりませんけれども、何もないとまた同じような議論になりますので、いつかの段階かで、事務局の方で、こういうものが作れれば、作ってご批判にさらしてみたらどうかという感じもいたしますので、よろしくお願いいたします。なお、私はこの判例を見てて、この要件、よくこれだけ一生懸命やっていただいているなあと、柔軟にやっているので、そんなに条文にしなくてもいいのかなと思ったら、最高裁の判決が出ましたので、これはやっぱりきちんとしないと、またえらい硬い読み方を下級審がやり出したら大変だという気がいたしました。それから、執行停止に対する不服申立ての在り方は、注にもありますように、内閣総理大臣の異議の制度との関係もありますので、ちょっといろいろな点で注意深く検討を要するところだと思いますので、こういった問題があるということは、今回新たに指摘されましたので、問題について、特にこれは仮に原審決定の執行停止に対する即時抗告に執行停止の効力を認めるとすると、その場合の要件はどうなるのかといったような問題も含めて、事務局にさらなる検討をお願いしたいと考えております。
 それから、仮の救済につきましては、前回といいますか、大方方向性が一致していると思われる事項の中で、こういった44条的なものはこの際、見直して、執行停止以外の仮の救済手続きを認めるべしということについては意見の一致を見ていると思いますが、さらに分析的にすると、こういった点が重要なポイントとしてあります、ということで、資料が提示されておりますので、ご意見があれば承りたいと思います。
 一つ、確認したいと思うのですが、仮の地位を定める仮処分に類する、ドイツで言えば、仮命令的なものについては、義務付け訴訟を、あるいは義務付け判決を認めるということになると、それは連動するということでよろしいのでしょうか。そこは確認なのですが。

【市村委員】そこはそれとの相似形というか、そういう形になるのかなと思います。ただ、同じ意味で先ほどちょっと意見を言わせていただきましたけれども、その在り方が命令という形でやるのか、行政にそれを義務付けるというか、うなずかせる形でやるのか、という問題はやはりこちらの方でも同じ問題で出てくるのかと思います。

【塩野座長】基本的にはこのペーパーは民事訴訟の仮処分の制度を横目に見ながら、それと同等に扱っていいものは、同等に扱うべきではないか、そうでないものはそうでないというだけの話なのですけれども、例えば一番出てくるのは、(3)の③のところで、「公共の福祉又は公益に配慮した要件」という部分が出てきておりますが、これも民事の仮処分でもやはり裁判官は見ているのでしょうか。

【水野委員】それは私は何遍も申し上げているとおり、裁判官が公共性を見ていることは間違いない。

【市村委員】どうも、執行停止の制度との連続性というのはやはり無視できないのではないか。だから先ほど、執行停止のところで、もっと見直しをしましょうと、同じ延長でいいのですけれども、やっぱりこの仮の制度というのはさらにその上に積み上げていくというか、そういう性格を持っているのではないか。実務では民事仮処分の場合は担保、保証金が非常にいろんな意味で機能しているはずなのです。ところが、行政のこういう場面では全くそういうものは実質的にはあまり持たないものだろうと思うのです。その問題が抜けてくるというので、同じにしましょうといっても、金銭を立てることで、いろいろと強弱を補う、あるいはいろんなリスクを回避するという期待はできなくなります。むしろ正面からやっぱり考えなくてはいけないもの、相手方の利益というよりは、この場合は先ほど来出ている公共の福祉とか公益とか、そういう形ですけれども、それは何らかの形で配慮する必要はあると思います。だから、そういう意味で、要件をどこで考えるかというと、単純に44条を廃止してしまって、後全部使えるというのは、やはり現実的には難しいのかなと思います。

【福井(秀)委員】私も今、市村委員がおっしゃったような趣旨なんですけれども、やっぱり先ほど申し上げたような天秤にかける要素がないといけないというのはそれはそのとおりだと思います。ただ、仮の地位の仮処分についての特質ということで考えると、大体これは、当人の身分的な地位とか、割合本人に関わるものに限るようなケースが多いと思うのです。合格した地位とか、公務員の身分たる地位とか。そうするとそれを認めることに伴い阻害される公益というのは、多分もうちょっと一般的な侵害処分に比べると、比較的限定的な領域に留まるものが多いという特質があると思いますので、天秤にかけて、実体判断すると、それほど仮の地位を認めたからといって、天地が引っくり返るようなことは滅多に起こらないのではないかという気がします。

【深山委員】公共の福祉、あるいは公共の利益についての要素はどちらの方も何かしら、考えざるをえないとすれば、これは民事保全と同じように保全の必要性は原告、要するに申立てをする方が言うというのでは、事柄の性質上、おかしいという気がするのです。公共の福祉に重大な影響があるかどうかは、ありませんということを国民の側が言うのはおかしいので、やはり執行停止と同じように消極要件として、国又は行政側が言うようにする。その限りでは、民事保全は被保全権利も保全の必要性もいわば国民の側になりますので、やっぱり独特な部分というのは、主張立証の責任分配の点でもあるのではないですか。

【塩野座長】この点はかなり専門技術的なことになりますので、民事保全手続との関係を見ながら、できれば事務局の方で整理をしておいていただきたいと思います。
 それから、最後の④の本案の提起を要件にするかどうかについては、現行法の執行停止の方は、本案は適法に継続することを要件とするというふうに一応解釈されておりますけれども、これをどうしたらいいかということにつきましては、この場で是非意見を言いたいということであれば、お伺いいたしますが、そうでなければ、原告、被告のメリット・デメリットをもう少し整理して、今の取消訴訟のような制度だと、弁護士としては、こんな点がやっぱり不便だよとか、そういうことをおっしゃっていただいた方が分かりやすいと思うのです。

【水野委員】これは、どちらでも。

【塩野座長】そういうことであれば、時間の節約もございますので。

【水野委員】むしろ、仮処分、保全処分の制度と違うものにする必要があるのかどうかという気がします。

【塩野座長】この点はもう少し、事務的に整理してもらうということにいたしまして、大分時間も経ちましたので、この辺でちょっと休みを取ったらいかがかと思います。

(休  憩)

【塩野座長】それでは会議を再開いたします。それでは次に「処分又は裁決の理由を明らかにするための方策」の整備について、ご検討をお願いいたします。これも第1トラックにおきまして、大筋のところについては、意見の一致を見ているところですけれども、具体的な制度設計については、まだいろいろと問題があるということで、事務局で整理していただいたものです。それではまず、事務局の方から、説明をお願いします。

【村田企画官】資料1をご覧ください。「処分又は裁決の理由を明らかにするための方策についての主な論点」ということで記載してございます。1として記載しておりますのは、まず理由の説明を求めるという点に関してでございます。処分又は裁決に関する理由の説明を求めるために、民事訴訟法に現在規定があります、第149条の釈明権等という規定がございますけれども、ここで定められている制度のほかに、行政訴訟に独自の制度を設ける必要があるかどうかということについて、ご検討をいただく必要があるのではないかと考えました。民事訴訟法の149条では、まず裁判長の権限として、「口頭弁論の期日又は期日外において、訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができる」ということで、裁判長が当事者に質問をしたり、立証を促したりする権限がございます。これを釈明権と言っているわけでございますけれども、こういった制度がある。しかも陪席裁判官も必要に応じて、裁判長に告げて、その処置を講ずることができることになっておりますし、また当事者も裁判長に対して必要な質問をしてほしいというときは、それを裁判長からこういう質問をしてほしいという形で求める、必要な発問を求めることができるということで、149条3項の規定がございますけれども、そのような仕組みになっているところでございます。行政訴訟で、行政事件訴訟法の第7条によりまして、現在でもこの規定、当然行政訴訟においても適用があるわけでございますから、行政事件を扱う裁判所の方で、この釈明権の行使ができるわけですけれども、これとは別に行政訴訟の特殊性というのを何かしら考えて、独自の制度のものを作ろうということにするのであれば、その必要性をどこに求めるのかといった点をまとめておく必要があるのではないかというところでございます。
 それから2の方に記載してございますのは、資料、記録等の提出という側面でございます。(1)で記載しておりますのは、行政側から提出を求める対象として、どのようなものを考えるべきか、その特定についてはどのように考えるかという点を挙げてございます。これまでの検討の中でも、民事訴訟法上既にある制度の一つとして、公務文書についても文書提出命令の対象になっているということがあるわけでございますけれども、文書提出命令の制度の活用に関しましては、最近いろいろと改正されていることもありまして、運用の状況を見極めるべきであるというご意見もございましたし、また実際に使っておられる中で、文書の特定という段階でなかなか円滑に進まないという問題があるのではないかという指摘もございました。そこで行政訴訟の中に新たな記録等の提出を求める制度を考える場合に対象をどういった単位なりで考えるか、あるいはその特定というものをどのように考えていくかというところについては検討が必要なのではないかと考えるところであります。例えばとして、一つの例示的に考え方を示しておりますけれども、行政手続法の第18条第1項を参考にした考え方として、当該事案についてした調査の結果にかかる調書その他の当該処分又は裁決の原因となる事実を証する資料一切を対象とするということにした場合はどうだろうかということを挙げてございます。行政手続法の第18条ではこれは不利益処分に関する規定でございますので、ここに書いてあるとおりではございません。行政手続法18条では、「行政庁に対し、当該事案についてした調査の結果に係る調書その他の当該不利益処分の原因となる事実を証する資料の閲覧を求めることができる」という閲覧の規定でございますが、対象も不利益処分の場合ということで限定されております。これを他の処分にも一般化するということも一つの考え方かなということで例示したということでございます。
 それから、(2)として記載してあります論点は、行政側が提出を拒むことのできる事由というものがあるとしたら、それについてどのように考えるかということでございます。この処分又は裁決に関する記録等の提出を求める制度については、前に検討をしていただいた際には制度の基礎的な考え方として、民事訴訟法上の文書提出命令を基礎にした制度として考えるか、釈明処分といったものを基礎にした制度として考えるかということの論点もお示しして、ご検討いただき、ご意見をいただいたところでございますけれども、文書提出命令のような証拠調べの制度として考える場合に、既にその場合にはこういう場合は提出しなくてもよいという例外規定がございます。そういう場合のみならず、釈明処分の一つとして考える場合であっても、いずれにしても出された記録等は裁判の資料という形になりますので、当事者がもう見れるというような形にもなりますし、そういうことを考えますと、民事訴訟法において文書提出命令の制度について、提出義務の例外としていくつか定められている事由、例えば民事訴訟法第220条4号ロの場合を挙げておりますけれども、「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」といった規定がございますが、このような提出義務の例外とされているようなものについては、どのような制度で考えていくにしても、一定の場合、行政側が記録の提出を拒むことができる場合というのはやはり残るところがあるのではないかということをご検討いただく必要があるのではないかということで指摘してございます。
 それから(3)で挙げてございますのは、仮にそういう行政側がどうしても出せないというようなことがありうるとすると、そういう事態のためにどういう手続きを考えたらよいだろうかという論点でございます。この点では参考になるものとしては、文書提出命令に関する条文でございますけれども、民事訴訟法の第223条第3項ないし第7項を挙げております。ちょっと条文を記載しておりませんで、申し訳ございません。これは右側の方に、前にお示しした資料の塊がございますけれども、第2ラウンドの検討のときの資料の真中辺に、「審理手続についての検討課題」という資料がございます。こちらの方に条文がございますので、恐縮ですが、こちらの方をご参照いただきながら、ご議論いただければと思います。簡単に申し上げますと、第223条第3項から第7項と申しますのは、裁判所が公務員の職務上の秘密に関する文書について、一般的な提出義務があるということで、文書提出命令の申立てがあった場合には、その申立てに理由がないということが明らかな、そういう例外的な場合を除いて、提出すべき文書か提出すべきでない、例外に当たる文書かどうかについて、当該監督官庁の意見を聞かなければいけないという制度を設けています。当該監督官庁がその文書が出せないという文書に当たる場合には、理由を示さなければいけないということになっております。また、それでもなおかつ、例外事由には当たらないという場合には、提出を命じるということになっておりますが、第223条の第4項では、さらに一定の場合に配慮をしております。当該監督官庁が当該文書の提出により次に掲げるおそれがあることを理由として、例外に当たるという意見を述べたときは、例外に当たるんだと述べた内容の意見について、相当の理由があると認めるに足りない場合に限り、文書の所持者に対し、その提出を命じることができるとして、もう一段階特別の配慮をしているのですが、その配慮すべき事由としては2つ挙げられております。一つ目は「国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ」、となってあります。もう一つ、特別のための慎重な配慮をしようという事由としては、「犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれ」がある場合にはもう一段階慎重な段取りをしましょうという規定になっております。それでもなお出された文書提出命令に対して不服があるという場合には、その決定に対して、即時抗告をすることができるというような規定になっておりまして、即時抗告をしますと、上級審で判断がされる、という不服申立ての仕組みになっているわけでございます。こちらで行政訴訟に関して記録等の提出を命じられたことに対する何らかの不服申立手続というものを新たに仕組むことが必要なのかどうか、そういう不服申立てを認める場合には、その不服申立てを審理するための手続とその基になっている事件の審理の迅速化の要請、この調和をどういった形で考えていくべきかということについても、ご検討いただきたいということで考えたところでございます。以上でございます。

【塩野座長】1に2つございまして、1は理由の説明について、新たにこういった制度を考える必要があるかどうかということで、この点については議論しているときに、いろんな角度からやはりこれは必要でないかということのご発言があったわけでございます。それぞれについて、多少ニュアンスのある発言ですので、私はそれぞれについて納得していただければというふうに申し上げました。ですが、そういう意味ではここは、それぞれの制度化の根拠はいろいろとおありかと思いますけれども、制度を設ける必要があるということについては、一応のご意見をいただいていると思います。ただ、この際前回この問題を議論したときに、発言についてもう少し補いたいとか、あるいはそのときには発言しなかったけれども、今回こういう理由があって出したい。さらには必要ないというご意見も含めて、どうぞ、1の方からお話をしていただきたいと思います。

【芝池委員】裁判の実務をよくご存知の方にお聞きしたいのですが、この理由の説明のようなものを求めるとしますと、これは最初の期日のときになるのでしょうか、あるいは訴えの適法性を認定した後ということになるのでしょうか、適法性を認定する前になるのでしょうか。

【市村委員】もし作るのだとすれば、今のやり方ですと一応、本案前の答弁というのが出てきて、一区切りあります。そして、なお実体に入った主張をせんとするときに、1回目で全部やってしまうときもありますし、区切ってやっていくこともあります。あるいは全くそんなことは必要がないという対応もあります。第2弾に入る必要がないと言っているときにまで、全部やらなければいけないということはおそらくないと思います。むしろその適法を、処分の適法を実体的に根拠付けようというようなときの、一番便利な手段として冒頭に出てくるというのであればよろしいのではないだろうかなと思います。

【水野委員】これはもちろん本案の話なのですけれども、本来処分をしているわけですから、行政はそれなりの資料を持っている、あるいは理由もはっきりしているわけです。けれども、私の経験で言いますと、税務訴訟ですと、第1回の答弁でなかなかそこまでやってもらえないのです、不思議なことに。これを本案前の抗弁で出していれば、また話は別なのですが、本案前の抗弁では出していないという場合であっても、第1回期日では、原告の請求を棄却するという答弁だけしておいて、課税処分の根拠については次回に、という話になる。証拠も大体、小出しなのです。やはり行政訴訟の場合では、原告と被告とのいわゆる、武器の対等が保障されていないということがかねてから言われているわけです。これは要するに行政の方はいろんな証拠を持っているわけですけれども、それをなかなか全部オープンにしない。したがって、原告の方でも十分な争いができないということです。民事訴訟の文提で書類が出されるとしても、これは当事者でない場合も想定しているわけで、行政訴訟法はあくまで当事者間の訴訟ですから、やはり民訴の文提とは違った、プラスアルファしたものを設けるべきだというのは是非必要だと思うわけです。それでやはり、そういった処分の根拠となったと言いますか、その処分をするに際して収集した資料は一切出すということにすべきでないか。これは証拠として出されてもいいわけですが、せめて、閲覧をさせるということにすべきだと。行政手続法18条は「調査の結果に係る調書その他の当該不利益処分の原因となる事実を証する資料」、こういうことになっているのです。これはかなり限定的だと思うのです。つまりそういった不利益処分をした、それに足る書類という意味で。しかしそれとは矛盾するような、つまり行政庁に不利益という書類も当然ありうるわけですから、そういったものを含めて、やはり一切の資料を出させるという制度を作る必要がある。これはそういった資料というのが何も行政庁だけのものでありませんので、国民のものでありますからです。もちろん、例外的な手当ては必要だと思いますけれども、原則として、そういった制度設計をすべきだと、前々から申し上げておりますけれども、そう思います。

【福井(良)委員】今の水野委員の関連ですけども、一切の資料ということで、把握できるかどうかという心配がありまして、多分従前の問題と並行して、各省の資料の保管の状態とか、どういう形態で、どの程度、どの期間保管することになっているか、実態とも係わりますので、そこは各省ヒアリングのときに、問題提起として聞いた方がいいかなと思います。

【塩野座長】今はもう既に2の方に入っておりますが、1のところはこの前の議論のときには、今水野委員がおっしゃった武器対等の問題もございましたけれども、私もそのとき申し上げたのは、むしろ行政過程における行政の説明責任の問題が司法過程においても、やはり貫徹すべきではないかということも申し上げたような記憶がございます。これはそれぞれの根拠が違うということがございますけれども、とにかく何らかの手当を設けるべきだということについては一致していると思います。そこで、むしろ問題は記録等の提出、2のところで、今福井委員から、それからあるいは水野委員からご提案があったわけですが、これは前回も確か、深山委員の方から、実は法制審の方でも特に文書提出命令については議論をしているので、その辺との兼ね合いも考えるべきだというふうなご発言もあったような記憶もございますが、その後進んでいるのでしょうか。

【深山委員】実は文書提出命令の見直しの作業は現在もやっておりまして、現在も、といいますか、来年の通常国会に、民訴法の一部をまた見直すという中の、検討事項の一つとして公文書の文書提出命令制度のさらなる見直しというのが入っています。ただ、これは主として、刑事関係書類の文書提出命令、そういう意味では公文書ではありません。ごく限られた範囲の文提について、そこを中心にして見直しを行うということではあります。ただ、この資料の1で書いてあるのは、素直に読んで、釈明の話かなと思ったのです。釈明権のほかに、と書いてありましたので。ですから、釈明処分を念頭に置いたような記述かなと。2の話はまた文書提出命令の話が出てくるのですが、これは立証、証拠調べの話ですね。行訴も広い意味で民訴ですから、主張の話なのか、立証の話なのか、第三の道なのかという辺りのところが、段々制度を詰めていくときには非常に重要なことで、そこら辺りが事務当局のお考えがよく分からないなと、私は思ったのですが、立証の方については、職権証拠調べで、文書提出命令をかけて公文書についてもぎりぎりのところまで、これ以上やると、守秘義務違反で処罰されるというところまでは出してくださいということになっていますし、そもそも行政情報公開法で、ほぼ守秘義務違反にならないものは全部出せるというか、取れると、それはどの人でも開示請求ができるというシステムがありますので、立証の場面でここは争点になる、ここの勝負はこの行政庁のこういう文書があるのに出てこないというのであれば、最終的には裁判所が職権で提出命令をかけて、故なく秘密だ、秘密だと言えばインカメラ手続で裁判官が見て、そんな秘密はないでしょう、出しなさいと言って、命令を出して、水野委員が言われているようにまさに当事者ですから、これは非常に大きな不利益が違反について生じますので、立証の場面では私は文書提出命令の更なる見直しを一部の公文書についてはしておりますけれども、それも見ていただきたいですが、もうやりようがないのではないかと、むしろ主張しようという段階で、釈明ですから、訴訟関係を明瞭にするために詳しい被告の内部の検討資料がどうしてもないと分からないというようなときに釈明処分として、性質としてはですね、主張をはっきりさせると、争点を。そのために記録なりを出すということを考える方向で考えた方がいいのではないかなと、基本的には。

【塩野座長】私はちょっと舌足らずですから、一応基本的には釈明の話、主張立証の問題と一応切り離して、ご提案をしているつもりだったというふうに思っております。

【水野委員】ただ、文書提出命令の場合は、文書の特定がそこそこ必要なのです、大体の民事訴訟の文提というのはこういう争いですから、こういう文書があるはずだ、これがほしいと、そういう関係で出てくる。ところが、今議論しているのは、行政訴訟の冒頭部分で、さっき座長が説明責任とおっしゃっていましたが、やはりこういう理由で、こういう資料に基づいて、こういう処分をしましたということはまずやるべきなので、だからそれが説明責任に必要な範囲内で、これだけの資料でやりましたということだけではなくて、他にも資料はあるはずなので、それも含めて出せという制度が必要ではないかと思っております。

【深山委員】文書提出命令は、確かに文書の標題や趣旨を特定することになっていますが、そこはこの間の法改正で、少し緩やかにしてもいいですよと、はっきり何という文書か分からないけれど、それに関する文書で言えば、名前なんか分からなくてもいいですということにしているはずです。なぜ、しかし文書の特定が要るかというと、最後に不服の申立てができるわけです。ですから本当は出すべき文書を出さなかったときは裁判所が最後は文書を見て判断すると、それで例外文書はどれかということは裁判所が決めることになっているわけで、そうなると文書が漠然としていると、出す方も何を求められているか分からない。裁判所の方も出すべきか、出さざるべきかというのを決めるのに困るから、文書の特定はある程度不可欠になっているのですが、今の、しかも立証事項が定まっていて、そのときの証拠として必要があるという場面の話と、訴訟の入口で全部出しなさいというのは全然違う話だと思うのです。いわば段ボール1杯、2杯とか、一つの処分でそういう処分もありますが、全部取りあえず出してくれと、争点はここだけかもしれないが、全部出してくれと、それはなぜかというと説明責任だけで全部出せというのは、これはコストと、あるいは手間と必要性とのバランスがあまりにも失しているのではないかと私は思います。立証の場合については、立証に必要な限度では手当がされているし、釈明的なものとして考えるのだとしても、何も入口で無条件で全部出しなさいという制度にする必要は全然ないのではないかなと思います。

【小早川委員】今の議論を聞いていて、こういうことをこれからロースクールで教育しないといけないのかなと思いました。
 私も、1、2の仕分けが大事ではないか。裁量処分の場合、さっきから行政手続法の18条が出ておりますけれども、あれは、不利益処分で、要件事実がはっきり決まっているわけです。それに当たる事実があるかどうかをまずきちっと資料を出せという話ですが、それについてどういう処分ができるかどうか、いろんな要素をさらに考慮して、ということになると、そこは行政手続法は必ずしもきちっと押さえていないわけです。そういった話が行政訴訟では一つのポイントになる。それから、行政手続法がかぶらないような利益的な処分で、第三者から訴えがあった場合、行政庁が申請についてどういうメリットをどういうふうに評価したのかというようなことは、非常に漠たる話なのです。ですから、最初は、当事者にとっても主張のポイントはまだ分からないし裁判所にとっても分からないというところで、土俵をどうやって組み立てていくか、その辺がまず大事だと思うのです。その意味では1の点ですね、これは釈明権の規定でできるのかもしれませんけれども、行政訴訟というのは基本的にそういう筋道で進んでいくのですよということを特に訴訟法にきちんと書いてあれば、それが行政訴訟における釈明権の行使の一種の基準なのだ、普通のやり方なんだということが当事者、国民に分かっていいのではないかという気がしております。その上で段々、この処分はこの辺がどうも怪しいのだなということになってきて、それについて文書が特定できれば、2の方に進んでいく。そういうことで、1の段階で釈明処分で、かくかくの種類の事情について何か調べたのだったらとにかくそれを出してくれませんか、というようなことがあっていいのではないかと思います。

【水野委員】今の深山さんに対する反論ですけれども、要するに全部コピーして出せと、そういうことを言っているわけではなくて、少なくとも開示する必要があるだろうという話が一つ。それから、行政処分がされた場合に、例えば事実認定でも、行政庁が行った事実認定に沿う証拠もあれば、これと矛盾する証拠もあり得るわけです。ところが矛盾するような証拠は出てこないのです。それからもう一つは、いろんな利益衡量して、行政決定をしている場合に、こういった状況の中で裁量権を行使して、こういう処分をしたと。ところがそれに矛盾するような資料だってあり得るわけです。例えば環境問題で言いますと、何か開発の処分だとすると、開発の処分をするにマッチした資料は出てくるけれども、それに反する資料というのはなかなか出てこない、こういったことがあるわけです。ですから、そこをどうやってオープンにさせるかということです。確かに情報公開法も一定程度役割を果たすのはそのとおりですけれども、今議論しているのは行政訴訟の場においては、訴訟の当事者については、やはり相手方の持っている、それに関連する資料は、全部、オープンにして、その中で争いをすべきではないかと、これはまさに武器対等であるべき訴訟の場でないかということで議論しているわけですので、そういう必要性はあるのではないか。

【福井(秀)委員】私も水野先生のおっしゃることに基本的に同感なのですけれども、深山さんがおっしゃったように、第1回目に何が何でも細かく特定できるかというと、それはそのとおりだと思うのですけれども、ただここは訴訟法の技術的な問題というより、基本的な問題の構図において、水野先生がおっしゃったことは私も非常に実感としてよく分かるのです。実際の訴訟の指定代理人の経験で申し上げますと、1回目の期日というのは極力不親切にやるのだというのは法務省の訟務局の、少なくとも当然のご指導でして、行政庁は訟務局にみんな洗いざらい持っていくわけです。こんなのは要らない、あんなのは要らないと言って、最低限の一番不親切な対応をするのだったら、これとこれぐらいで十分だというのが、1回目に限らず、とにかくばれない限りは最後までそれが続くというのが、最近は変わったかどうか分かりませんけれども、私の知る限り、行政庁の応訴手段のセオリーでありまして、あんまり当事者主義ということで、本人の出したい資料だけ選択できるのだということだと、多分行政訴訟の場合にはうまく回らないということがあると思います。現実にこの間も、川辺ダムの判決がありましたけれども、あれだって、千人を超える人が実は本人は署名していないということが、処分をやり、さらにそれに対する異議決定までやっている中で、明らかでなかったはずはないのに、それが一審では明らかになっていなかったわけです。こういうのは、ばれてしまうのはよほど下手な応訴をした場合で、知らない事実は知らないまま、闇に葬られるということはかなりあると思います。私も守秘義務に反しますので、具体的なことは言えませんけれども、隠しおおせたであろう資料だって、随分脳裏には浮かぶわけでして、やはり本当はそれではいけないと思うのです。もちろん、どこまで特定できるのかという技術的な困難はあるにしても、本来、その裁判の前提となった処分に関係する、要するに法的な判断に熟するに当たって使った資料を不利なものも含めて包み隠さず、法廷の場に出すべきだというのが、1回目にやるかどうかはともかくとして原則で、それをできるだけ合理的な形で取捨選択できるようにするという仕組みに近づけるべきではないかと思います。

【市村委員】前回も少し申し上げたのですけれども、行政庁の保有している文書について、民事訴訟法の改正がなされて以来、文書提出命令の申立てなどが、非常に多くなってきました。その動きがどうなっているかということについてはまさに半年単位ぐらいで変化してきているというふうに言っていいのではないかと思います。当初のうちは、非常に大雑把な、特定のレベルでも、大雑把な特定しかしないという感覚だったものが、やはりそれではいけないというふうな認識で非常に細かなところまで出てきている。昨今のポイントというと、また少しずれていまして、そういうものが今、ここで問題になります220条4号ロの、公務の遂行に著しい支障を及ぼすか否かという辺りで、どの範囲でそれを出すか、という辺りのところの攻防というか、そういう議論に移ってきているわけですけれども、段々進化して、地についたものになりつつあると思うのです。裁判所はまだ判断回数が少ないものですから、どういう範囲でそれが線引きができたかというのはとても言えないのですが、ただこれが定着してくれば、先ほど深山委員が指摘されたように、立証の場面においてはやはり、例えば3、4年前のこの状況と比べたら随分違う状況が出てくるだろうと予想されるところがあります。そういう意味で立証の面から言うのであれば、もう少し、文書提出命令というやり方でどこまで出てくるのか、その辺りを少し見て、やっていった方がいいのではないか。例えば仮にここにもし入れて、またここに同じように4号のロという同趣旨のような規定を入れるのであれば、入口が違うだけで、結局同じことをやってしまう。そういうことがどこまで進んで、なおその他にどういうものが必要なのか、という議論が一つあるのかなと思っているのです。また、先ほどおっしゃられた釈明の問題として、どこまで答えるかという問題は、皆さんおっしゃるとおり違うと思います。ただ、釈明の問題と、一方では立証責任という問題があるわけですから、当事者としての立証責任の問題とが、実際は釈明といって、それが入れ替わってしまうようなものでも困るわけで、だから、それが本来の釈明義務なり、あるいは行政庁としての義務なりとして、どこまでやるべきかという議論は、それだけ独立にもう少しやった方がいいのではないかという気がいたします。

【塩野座長】大分議論が整理されたと思います。この点について、実は今日もう一つ、二つ大きな議題がございますので、今ちょうど文書提出命令についてはもう少し推移を見た方がいいというご提案もございましたので、そういうことも勘案しながらヒアリングの資料を作るということにしたいと思います。
 それでは恐縮ですけれども、あと2つ揃っておりますけれども、ちょっと時間の配分を私が間違えまして、前の方に時間を取られまして、場合によりましては、主な論点としては、「行政訴訟の対象、取消訴訟の排他性、民事訴訟との関係、出訴期間」、これをまずいたします。場合によりましては原告適格は次回に回すということもあるかもしれません。それにつきましても、5時半までに終わるかどうかは分かりませんので、少し余裕を見ていただきたいと思います。それでは主な論点について、説明をいただきたいと思います。

【小林参事官】資料4は行政訴訟の対象と、取消訴訟の排他性、民事訴訟との関係、出訴期間に関して、これまでの検討会の議論の概要を踏まえて、論点を整理したものであり、その論点については、国民の権利救済を実効的に保障するという観点から、主だったところを拾ったものです。全体の議論の概要については、別途資料6と資料7として、要約したものを用意しており、こちらの概要を併せてご参照願いたいと思います。
 資料4で、これまでの検討会の議論の概要の中で、主だった指摘として、6個の指摘を挙げています。1番目の指摘は「行政立法、行政計画、通達、行政指導などへの取消訴訟の対象の拡大」です。2番目が行政決定の違法を確認する取消訴訟のような排他性のない訴訟を創設してはどうかという提案です。3番目が「裁判所が判決で必要な是正措置を命ずる考え方」であり、4番目が3頁の「取消訴訟の排他性の縮減」、5番目が「排他性又は出訴期間を伴う処分を限定する考え方」、6番目が4頁の「出訴期間の延長」です。
 立法をするにあたっては、国民の権利救済を充実するためにどういう目的を考えてこのような提案がされているか、ということを踏まえた上で、さらにその目的を実現するためにその提案されている手法が適当な手法であるかどうか、あるいは提案されている目的自体が法改正によって対応すべき問題であるのか、実務なり解釈の運用によって対応すべき問題なのか、その必要性を精査する必要があると思います。さらにはその手法自体が目的を達成するために適切な方法であるのか、その他に適切な方法はないのか、あるいは目的を達成するためにその手法を用いた場合に、達成しようと思った目的以外の悪影響が生ずることはないのか、を検証していく必要があります。そういう意味から、提案されている目的と、それに対する懸念事項について対比する形でここにお示ししました。
 第1点の取消訴訟の拡大については、多様な行政活動に対する国民の権利救済の機会を広く確保するという観点から行政立法、行政計画、通達、行政指導などを取消訴訟の対象とすべきである、という考え方が提案されています。
 これに対しては、例えば、アの指摘で、現在でも国民の権利義務に直接影響を及ぼすような場合であれば、それは取消訴訟の対象とされており、行政立法、行政計画、行政活動の性質を捉えて、それで紛争の成熟性とは関わりなくすべて取消訴訟の対象に一律にしていいのかどうか、という議論があります。
 イの問題としては、行政指導などを争うことができれば、国民の権利や自由の保障に繋がるのではないかと思われる場合は確かにあろうかと思います。確認訴訟や、差止め訴訟等の事例の中でも整理して、判例等で説明していますが、現在でも、例えば確認の利益があれば、そういったことを争って国民の権利を保障することは可能なのではないだろうか、ということについても考える必要があり、さらには現在検討されている差止め訴訟等による権利救済、そのような他の方法についても可能性を検討する必要があります。
 ウの問題は、取消訴訟の性質として排他性や出訴期間の制限を受けることから、取消訴訟の対象に加えるということは、それによって、かえって訴えをする機会、争う機会を制約されることにならないか、さらには、そこで争えたのに争わなかったということになると、その後に行われる処分で実際不利益を受ける場合に、前で争わなかったのだから、後にされる処分については、前の行政立法や行政計画は違法だったという主張は出来なくなってしまうのではないか、という問題が生じないか、違法性の承継の問題ですが、こういった点について、検討をしておく必要があります。
 2番目の、排他性のない訴訟という形で行政決定の違法を確認をする訴訟を創設したらどうか、という提案ですが、この提案は、今申し上げたような取消訴訟の排他性や出訴期間の制限で権利救済が必要以上に制約されることがないようにするという観点から、しかも多様な行政活動に対する権利救済の機会は広く確保して、さらには民事訴訟とか取消訴訟とか、そういった訴訟類型の選択によって、仮に訴訟類型の選択を誤って権利救済の機会を失ってしまうことがないようにしたらどうか、という観点から提案されているものです。その対象となるのは行政決定ないし行政上の意思決定というように包括的に捉えて、その訴訟類型も取消訴訟のような形成訴訟ではなく、確認訴訟という形で出訴期間もなくいつでも争える、それから民事訴訟などの他の形態の訴訟でも争える、排他性がないものとして制度設計をしてはどうかという提案です。
 これに対して、これまでの検討会でも2頁にあるように、例えば、アで、現在の取消訴訟制度自体はそういった排他性と出訴期間を伴った形成訴訟というものを作って、法的な権利関係の安定を図ることが目的ではないか、取消訴訟の排他性と出訴期間という制度は、行政救済、国民の権利救済という観点のみから決まるものではなくて、行政の作用の在り方や行政の仕組みと密接に関連する問題ではないか、それから行政の円滑、効率的な遂行による国民の利益を検討すべきではないか、という指摘があったところです。
 それから2頁のイで、今ままでの取消訴訟であれば、国民の権利義務への影響という要件があるので、それに対して行政法に要件が書いてあります、その要件に合っているかどうかという形で判断するという形で審理ができたものに対して、行政上の意思決定という形になると、対象や効果が漠然としているものを幅広く対象とするために、裁判規範が明確にならないのではないかという問題、それから、幅広く対象を捉えた結果、最後には訴えの利益がある場合とない場合が出てくるので、訴えの利益を個別的に判断した結果として、多くの訴訟が結果的に不適法とされるのであるとすれば、そういった訴訟類型を新たに新設することが適切であるかどうかといった問題の指摘がありました。
 3番目で、違法な行政決定に対する救済というような形で考えた場合に、裁判所による救済の方法を訴えの提起の段階で、当事者が特定するのではなく、裁判所が判決の段階で必要な是正措置を命ずることができるようにして、訴えの提起の段階での原告の特定の負担を軽減してはどうかということです。
 この提案に関しては、次のアからウまでの問題点が指摘されており、アは、当事者にとって何が一番有利な救済なのかというのは一義的に決まらないということです。したがって、どういう救済が当事者にとって適切かということが決まらないとすると、判決で命ずる救済として当事者が何を求めるかというのは当事者がまず自分の判断で選択してもらって訴えていただき、当事者双方の主張の当否は裁判所がそれを見て中立的に判断するという、現在の訴訟の基本構造を変えることは適切ではないというご指摘です。
 イは、請求の特定というのは、それによって審理の対象が決まるという性質の重要な意味があるとのご指摘がありました。これによると、請求が明確でないと訴訟の審理が多岐にわたる、それからいろいろな部分について、こういった場合はどうなるかという形で仮定的な対象についても審理をしなければいけない。その結果として訴訟が複雑となって遅れることにならないか、という指摘があります。
 次にウで、現行法でも、請求というのは裁判所から当事者に適切に釈明をしてもらうことによって、当事者にとって最適な救済を選択するように裁判所が促すことも可能ではないか、というご指摘もありました。
 続いて3頁の4、取消訴訟の排他性の縮減です。これは、例えば、大阪空港判決を例として、取消訴訟で救済ができるかどうか、行政訴訟で救済ができるかはともかくとしてという形で、民事訴訟を不適法として却下するような判決がありました。取消訴訟で実効的な救済ができない場合についてまで、取消訴訟の排他性が及ぶとすれば取消訴訟の排他性の本来の趣旨を超えているのではないか、という指摘がありました。給付の訴えや確認の訴え、その他民事訴訟もあろうかと思いますが、他の訴訟類型も活用してトータルとして国民の実効的な権利救済を図ることをできるようにしよう、という形でご議論いただいていますが、そういった観点で多様な救済を実現しようと思ったときに、取消訴訟の排他性が本来の趣旨を超えてこういった他の訴訟形態による実効的な権利救済を必要以上に妨げるようなことになってはならない、こういうご指摘がありました。そのような趣旨を明らかにすることはできないか、というご意見があります。
 これに対する関係では、問題点の指摘として、例えば、取消訴訟の排他性は、行政事件訴訟法そのものに規定が置かれているわけではない、しかもどういう範囲で排他性が及ぶかは、対象となる行為の性質によって異なる、とすると排他性に関して一般的な規定を置くことができるのか、というご指摘もありました。
 次に5番目であるが、排他性又は出訴期間を伴う処分を限定する考え方です。取消訴訟制度は行政活動の円滑を目的としているとしても、全ての行政活動について、そういった理由があるのか。取消訴訟の排他性又は出訴期間の制限により権利救済の機会を必要以上に制約することをしないようにするためには、排他性又は出訴期間を必要とする行政活動を厳格に限定すべきではないか、こういうご意見がありました。こういった観点から判断した上で、排他性又は出訴期間を伴う処分を限定すべきである、との考え方がありました。このような考え方として、例えば、①排他性又は出訴期間については必要なものについて個別法で定めるべきではないかという提案、②第三者の権利義務関係に変動を及ぼす処分に限って出訴期間の制限を受けることを行政事件訴訟法に規定すべきであるとの考え方、こういった提案がありました。
 これらの考え方についてはその次のアからエまでのような指摘がありました。例えば、アの指摘は、先ほども申し上げたような取消訴訟の排他性と出訴期間というのは、行政の円滑・効率的な遂行という行政の仕組みとの関係を検討すべきではないかという問題であり、イの問題点は4頁であるが、出訴期間の廃止は、それと同じような問題として、結局は行政コストとして国民の負担となるのではないか、一方では処分に対する訴訟の仕方を教示する制度ができれば、出訴期間を伴う処分を限定する必要は乏しいのではないかという指摘もありました。
 次にウで、これは個別法で整理をするとしても、立法するのは、国会だけでなくて、市町村や都道府県条例制定権を持つ組合などもあり、そういったところで処分は規定されるということも考えなければいけない、との指摘がありました。
 それからエで、第三者の権利義務関係に影響があるかどうかという観点で、区別すべきであるという考え方に対しては、これを立法段階で区別することは難しいのではないか、したがって一般法である行政事件訴訟法で出訴期間がある処分を第三者の権利義務関係に影響を及ぼすものに限定することは適切ではないのでないか、このような指摘もありました。
 最後に、6番の出訴期間の延長である。出訴期間が行政活動の円滑・効率性を目的としているとしても、処分のあったことを知った日から3か月の出訴期間、あるいは処分の日から1年の出訴期間という現在の規定が、その目的に照らして、必要性が十分あるだろうかという問題点の指摘があり、出訴期間の制限によって権利救済の機会が必要以上に制約されないようにするとの観点から、これを延長してはどうかという意見がありました。これは多様な意見がありますが、一応①から③までの整理をしています。
 例示として、①は、現在、行政事件訴訟法第14条1項と2項で決まっている「処分があったことを知った日から3か月」の出訴期間を6か月に延ばしてはどうかという考え方です。
 ⑤は、「処分があったことを知った日から3か月」の出訴期間を延ばすということではなくて、これについて、処分が例えば公告された場合などでは「知った日」そのものが争いになります。公告の日から逆算するという最高裁の判例があるが、「知った日」が争いにならないように、明確な起算日に改めるべきではないか、という意見もあります。
 ⑥の考え方は、「処分があったことを知った日から3か月」の出訴期間を廃止してはどうか、「処分があったことを知った日から3か月」の出訴期間は不変期間とされているが、「処分の日から1年」の出訴期間は正当な事由があれば延ばすことができることになっており、そういう柔軟な出訴期間だけに統一してはどうか、現在では処分を知らなくても、「処分の日から1年」の出訴期間がかかることになっており、「処分があったことを知った日から3か月」の出訴期間も併せて置く必要があるかどうか、という指摘もありました。
 このような出訴期間を延長するという考え方に対しては、出訴期間について教示義務を設けることをどう考えるか、あるいは、取消訴訟の制度の趣旨として言われている行政の効率的運営の要請との関係をどう考えるか、という問題があり、迅速な裁判や、早期の行政の法律関係の確定という要請からは、現行法の出訴期間を維持すべきである、との指摘もあり、こういった点についても検討する必要があります。

【塩野座長】どうもありがとうございました。この資料は今まで、今日ご議論いただいた資料と作り方がかなり異なっておりまして、今までお示ししたのは義務付け訴訟等の提案を除いて、第1トラックで大体方向性が見えているものについて、なお論点を細かくしてもらったと。義務付け訴訟についても、かなり議論が煮詰まっているところもございまして、要件等について絞った形で、ご提案し、ご意見をいただいたところでございます。ただ、このことはこれから主な論点として出されている問題点については、なおご提案があり、またそれについてもう少し考えるというようなご意見もご披露ございまして、どれに固まったというものでもございません。そういう趣旨で、今までのご議論をできるだけ客観的に整理してみると、こういうことでございます、というような資料でございます。
 そこでこれからのご議論のことでございますけれども、考え方自体についてもう少し補足したいというご意見もあろうかと思いますし、それからこういった指摘について、一種反論みたいな形で、指摘がなされておりますけれども、この指摘について自分は反対であるというふうなご趣旨のご意見もあるでしょうし、それからア、イ、ウと出ているいろんな指摘の他にも自分としてはまだこういう指摘があるのではないかという意味での提案に対する反論の意見もあろうかと思います。どれをどういうふうに優先するというわけでもございません。ただ、順序はできるだけ追っていただきたい。ここは事務局に順序はお任せいただいたということもございますので、この順序はこの形で議論していただきたいというふうに思います。そこで、もちろんただそのときに、議論していくと後ろの方とどうも引っ掛かるという点は当然出てくることですので、そこは遮るつもりは毛頭ございませんが、大体基本的な議論の進み方としては1の方から入っていただきたいと、そういうことでございます。

【芝池委員】それでは行政立法、それから行政計画に対する訴訟に関しまして、1のところに大体対応すると思いますが、意見を述べさせていただきます。まず、行政立法の方でありますが、1のアのところに掲げておりますように、現行法でも直接具体的な法効果を生ずるようなものにつきましては、取消訴訟の対象になることが認められていまして、その程度でいいのではないかと思っております。つまり行政立法のために、特に訴訟の類型を設ける必要はないであろうということであります。その理由は、一つは行政立法につきましては独立の訴訟を認めますと、もし裁判におきまして、その行政立法の違法性が否認されるということになりますと、その後の民事訴訟などにおいて、行政立法の違法性を主張する場合に制約になるかなと思います。つまり最初の訴訟で、既成事実ができあがってしまうという問題があるということであります。ですから、行政立法を争う訴訟というのはリスキーな訴訟であると、最近私は言うようにしておりますが、そういうものでありますので、行政立法については特別の訴訟の形式を設ける必要はなくて、現行法で言いますと、取消訴訟の枠内で許容される範囲で認めるのがいいのではないかと思っております。あるいは2のところに書いてあります、確認訴訟という形でも結構だというふうに思います。ですから行政立法につきましては、民事訴訟あるいは行政処分に対する取消訴訟などにおきまして、付随的な形で行政の審査が行われることになるのであろうと考えます。
 それに対しまして、行政計画というのは一般的に申しますと、法令執行行為でありまして、行政立法と同様に扱うことはできないと思っております。用途地域指定でありますと、一定の地域を一定の用途に指定をするというものでありまして、政省令あるいは条例と同列に扱うことはできないわけです。したがってその点で言いますと、行政計画については直接に行政計画を争う可能性が認められるべき要請が高いということができるのであります。ただ、行政計画につきましては様々なものがありまして、行政計画一般について、それを争う訴訟というのは無茶だと思います。ですから法律上の扱いといたしましては、新たにできる行政訴訟法、あるいは行政事件訴訟法におきまして、行政計画に対する訴訟が認められるということを書きまして、実際に対象になる計画の類型というのは法律で指定をするということになるのではないか。その場合には出訴期間でありますとか、原告適格を有する者が誰になるとか、あるいは違法性の承継が認められるかどうかという問題はなお残りますが、さし当たってはそういうふうに言えるのではないかと考えます。

【小早川委員】1番につきましては、まず行政指導というのは基本的に取消訴訟に乗せる必要はないのではないか。特定の個人なり、事業者なりが相当ひどい目に遭っているのであれば、それは民事訴訟の差止めで足りるのではないか、被害が生じた後であれば国家賠償なりなんなりでいいのではないか、基本的にはそうだと思います。あとは、毅然として従わなければよいという、行政手続法の精神ということになります。
 行政立法につきましては、芝池さんが言われましたけれども、私の結論としては、今日の前半で話が出ていたような訴訟の判決の多様化があるとすれば、そちらの方で個別に必要十分な救済が関係個々人に対してできるということになりますので、それで足りるのかなという気がいたします。
 それから行政計画、通達。この辺は確かに微妙なところなんですけれども、私は、議論の展開によって違ってくると思いますけれども、今日のところは2で、公定力がある処分とはしないで違法確認の訴訟というものを広く考える。今言われたように行政計画を列挙してその都度訴訟を認めるのは、分かりやすくて使いやすいかと思いますけれども、それはやっぱり列挙主義なのです。この2のような概括主義的な訴訟というものをさし当たりは追求してみたいという気がしております。計画であれ、通達であれ、確かに法律の執行としてのプロセスの中で行われて、行為規範に則した適法、違法の判断をしやすいし、それを放っておくとどんどん行政活動が具体化していって関係者の被害が現実化してくる。そういうものを適宜のタイミングで捕まえてその適法性を審査することは必要なことだと思うのですけれども、さし当たりは取消訴訟を拡大するということではなくて、2のところで議論をすればいい。

【塩野座長】その場合の判決はどういう、通達や行政計画は。

【小早川委員】2のところで、違法確認が基本だけれども、次の3になるのですか、ケースによって適切な是正措置というのが絞られてくれば、それを判決で。事業計画であれば、この計画に従って事業を続行してはならないというような判決ができるかどうかです。

【塩野座長】それは一種の差止め訴訟ですか。

【小早川委員】はい、計画の違法認定ということを主体にした訴訟だけれども、判決としてはそこまで。

【水野委員】私は行政立法とか行政計画につきまして、やはり初期の段階で違法かどうか裁判所に判断してもらう必要があり、これは国民の側だけではなくて、被告の行政側も必要性があると思うので、これを積極的に認めるべきであると思っております。しかし、この1のウに書いてあるような、行政立法と行政計画等を取消しの対象とすることによって、排他性等によって争う機会が制限されるとか、あるいは違法性の承継の問題があるとか、そういったところについては十分検討をする必要があるだろうと思います。そういう手当をするということを前提にすれば、訴訟の対象を拡大する方向に行くべきだろうと思います。ただ、それに代わるべきものとして、今小早川さんが言われたように違法の確認とか、そういった別の救済手段があるのであれば、そちらの方が適しているのであれば、そちらの方でと思いますので、その辺り、何が何でも取消訴訟の対象にすることについて拘るつもりはありません。

【福井(秀)委員】私も今の水野委員のご指摘とほとんど同じです。結局、違法の確認といっても、あるいは取消しといっても、目的はそんなに変わらないので、より弊害がない方でやればいいのではないかと思います。ただ、この1番のア、イ、ウの問題点の指摘というのはあまり説得的でないような気がするので、ちょっとコメントします。ウについては、要するにこれは、今ご指摘があったように、立法の仕方、やり方次第だと思います。後から争わせた方がいいというのであれば、違法性の承継を認めるような立法的手当をして、そこでやればいいし、早期の段階で一挙に解決すべきだというのであれば、そこに出訴期間を設けて、その代わり違法性の承継を遮断する。それは立法の選択によるわけでありまして、一律に排他性のドグマを、立法論ですから、維持する前提でないといけないということには必ずしもならないと思います。
 アについても、成熟性に関わりなく一律に取消訴訟の対象とすべきだ、などという意見、誰か言っていたかどうか私は記憶にないのですけれども、こういう極端なことを言っている人はおそらくあまり、というか、この中にはいなかったのではないかと思うわけでして、成熟性がある場合は、ある意味では当然の前提とされているわけでしょうから、ちょっとこれは噛みあっていないと思います。
 イについても、これは現行法で可能だということなのですけれども、それをはっきりさせることは意味がありますし、また民事訴訟の確認の利益を基準にするのですんでいるのであれば、逆に言えば、今だってそれほど問題はないはずだということで、事実上の強制とか行政指導の効力を争うのであれば、やはり現行法でははっきりしない点を明らかにすることは意味があると思います。

【芝池委員】補足しますけれども、行政立法について争う訴訟、私は独立の類型を考えているのですけれども、これは別に確認訴訟でできるのであれば、それで結構です。この行政立法を争う訴訟というのは、実際上の必要性がどこまであるかということが一つ問題でありまして、確かに条例は時々争われることがありますけれども、政省令が争われたことは、例はあるのは知っておりますが、そんなにないです。そういう状況で、あえてこういう訴訟類型を設ける、あるいは争える可能性を法律で認めるかどうかということの実益については疑問を持っているわけです。
 それから、今福井委員の方からの紛争の成熟性に関わりなく行政立法の訴訟を認める意見はなかったと言われましたけれども、私の理解では行政立法についての独立の訴訟を考える場合は、政令なり省令が制定された場合に直ちに提起される訴訟を考えておりまして、そうしますと紛争の成熟性との関わりはないのではないかと思います。それから水野委員、あるいは福井委員に対するご質問となるのですけども、政令とか省令とかが直接争われまして、違法性が認められなかったという場合に、違法性の承継はあるのですかないのですか。ないとしても、裁判所で一旦違法性がないという判断が出ると、その後のいろんな訴訟に影響がないのですか。既成事実として影響しないでしょうか。

【福井(秀)委員】それは既判力でしょうか。

【芝池委員】既判力の問題ではありません、事実上の問題を言っているのです。一旦そういう判決が出ると、何らかの形で影響がしないか。そうしますと、無責任な人とは言いませんけれども、訴訟が好きな人がそういう訴訟を起こして、負けるということになりますと、それはやっぱり後で真摯な訴訟を起こす人が困るのではないでしょうか。困らないですか。

【福井(秀)委員】既判力が及んでいないのですから、事実上は確かにあり得るかもしれませんが、それは他も、ある意味では熟していないものが争われる場合でない場合でも、訴訟行為の巧拙によって下手くそなやり方をすると、同じような類型について、下手な判決が出ることがあり得るので、あるとは思いますけれども、今のような行政立法に固有の論点とも必ずしも言えないとも思います。

【塩野座長】先ほど、1から順々に、と申しましたが、やはり先ほど既に2の方にも入った議論がありますので、1と2に関連させても結構でございますので、2の方も睨みながら議論をしていただきたいと思います。

【水野委員】2の心配ばかり申し上げてもしょうがないのですけれども、これに対する反論として、アとイがあります。一つは行政の円滑・効率的な遂行による国民の利益を検討すべきだということなのですけれども、今のような排他性と出訴期間を伴った形成訴訟というものでないと、行政の円滑・効率的な遂行が阻害されるというのは、私としては理解できない、何故そうなのかと。抽象的にいつもそういう議論がされるのだけれども、実証的にそれによって、どういうふうに具体的に行政の円滑・効率性の遂行が阻害されるのかということについては、ほとんど言われていないのではないか。
 それから、行政の意思決定という、これは対象の問題ですが、対象や効果が漠然としているため裁判規範も明確にならないというふうにおっしゃっているのですけれども、対象の決め方として、行政上の意思決定ということにしたときに、これが漠然としているかどうかは、今の行政処分、公権力の行使という現行法だって同じことなので、それは漠然としているとは言えないのではないかと思います。
 それから、個別の訴えの利益の判断で結果的に多数の訴訟が不適法とされるので、ということはちょっと理解できない、何故こうなのか。ですから、アとイという形で反論という形で出ているのですけれども、私としてはこれはあまり説得力がないと思っております。

【福井(秀)委員】全く賛成です。若干補足すれば、アの方は今のような排他性と出訴期間を前提にして、必ず議論を進めないといけないというわけではないので、やはり排他性とか出訴期間の意味を個別に還元して、守るべきは守るし、変えるべきものは変えるということでよろしいのであって、あまりそもそも論の議論は馴染まないのではないかと思います。
 それからイの方は、例えば公務員の採用内定を取り消しするというような場合は、今だと処分でないと争えない。そうすると行政上の意思決定として捉えれば、極めて適切な救済の場が得られると思いますので、例えばそういうのがありますし、要するに、行政上の意思決定が漠然としているかどうかというのは中身の捉え方なり、熟度の捉え方の問題ですので、要するに特定ができて判断に値するものであれば、十分対象になりうると思います。

【塩野座長】ちょっと質問ですが、今の採用内定、民間の場合はどうなるのでしょうか。

【小早川委員】民間だと、内定で契約が、労働関係が成立しております。

【塩野座長】そちらの方で整理した方がいいのかなと。

【福井(秀)委員】民事の世界。

【塩野座長】民事の世界ではなくて、行政の世界でも。あえてそれを取消訴訟の対象としないで、その方が直截に行くのかなという気がしたものですから。

【福井(秀)委員】要するに、今おっしゃられるような形で争えるようになればそれで結構だと思います。

【塩野座長】ご意見の趣旨は、趣旨と言いますか、分かりましたので。

【小早川委員】私もアとイはあまり反論としては出て来ないような気がします。アの方はまさに行政過程の中に裁判所による審査をどうやって組み込むか、それが行政の円滑・効率的な遂行に資するはずなので、そういうような訴訟の在り方を前向きに考えていくことに対しては何ら反論にはならないと思います。
 イの方は、これはおそらく、訴訟対象の絞りを緩めるといろんなことが出てきて、カテゴリカルにはダメとは言えないけれども個別に見れば原告との関係で具体的な紛争はないのではないかというようなことで絞らざるを得ない、そうすると見通しもきかないし、たくさんの訴えが結局は不適法になって、みんながフラストレーションに陥るということではないかと思うのですが、ただ、ここはもう一つ、問題の先送りになりますけれども、原告適格の問題と絡むわけでして、そちらの方である程度の絞り方ができればそれでいいのではないか。現在、現に処分性ということではねられている訴訟の訴えのうちのどれだけが本当にはねてしかるべきか。取消訴訟の条文からすればはねざるを得ないけれども、司法制度の役割としては、そういう観点から見れば、少なくとも処分性に関して言えばもっと広げてしかるべきではないか。だから、この段階で多数の訴訟が不適法とされるべきかということは私は疑問であります。
 ただし、そうはいってもイのような訴訟を制度として創設することは大変難しいことは分かるのです。やっぱり何と言っても行政決定ないし行政上の意思決定というところは何を意味するのかということは非常に漠然としているわけです。そこは考えなければいけない。おそらく仕分けとしては、公法私法二元論ではありませんけれども、公営住宅とか何かのように、民事的に処理することでみんな納得しているようなものについてはここから外すとか、そういうようなことをいくつか考えなければいけないのではないか。逆に言うと、民事の契約自由の世界とは違う、法律なり条例なりに基づいて行政をきちんと執行していくという世界、法律条例による行為規範の付与みたいな、そこで間違いが起きないようにするということ、その辺が実質的にはこの訴訟の狙いどころなのではないか。ただ、それを言葉の上でどう表現できるかということはかなり難しいことだとは考えております。

【塩野座長】ちょっと質問なのですが、この2と4との関係ですが、2は行政の処分、あるいはその処分を個別法に委ねるかどうかというのは、また別問題ですけれども、それとそれ以外のものも含めて、とにかく違法を確認する訴訟を設けるというお話なのです。そうすると先ほどの、この場合のアの設問の仕方が、あるいは反論の仕方がご提案そのものに対しての反論ではないということになるのです。つまり中核部分はどう作るかは別にしても、中核はありますと、取消訴訟に。その他にもいろんなものがありますよと、それについても取消訴訟というか、違法確認訴訟というか、そういうものを一緒に入れておいたらどうですか、そういうお話がここのお話だとしますと、先ほど小早川委員のご指摘の、例えば行政指導とか、行政立法でしたか、ここに追い込んでもいいのではないかと。

【小早川委員】行政立法は別だと思います。

【塩野座長】行政指導ですね、ここに入れ込んでもいいのではないかというときに、私が質問したいのはそれは違法確認というのは、結局は確認の訴えの問題、あるいは差止めの問題なのか、ということになると、それは判決の類型の問題となって、こういうカテゴリーを作るかどうかとはやや別の話かなというふうに伺ったのですけれども。

【小早川委員】ですから、取消訴訟とは別の大皿を。

【塩野座長】判決でそういうものは受けますよということになっていれば、これは先ほどから問題となっておりますのは、訴訟類型を作るか、判決類型を作るかということで。

【小早川委員】訴訟がないといけない。訴訟であればいいのです。民事訴訟の一種だということでもいい。

【塩野座長】それを民事訴訟だと言うか、行政訴訟と言うか、これは後の命名の問題ですから、やめてくださいと申し上げているわけで、要するに確認訴訟、あるいは給付訴訟で引き受けられるということになると、何故この大きなものを作らなければ、違法確認訴訟を作らなければならないかということがちょっと分からない。水野委員の年来のご主張は、訴訟類型はいらないので、入口はどんどん何でもいらっしゃいと、判決のところで整理しますということだと、こういう違法確認訴訟というのをお作りになるというのはちょっとよく分からなかったものですから、この際ご質問をしたところです。

【水野委員】今、事務局の方で2ということで置かれている趣旨はちょっとよくわかりません。

【松川事務局次長】ちょっと混線しております可能性がありますので、資料の作り方が悪かったかもしれませんので、これは2つの論点が混ざってしまっているのです。包括的に違法確認的なもので捉えた訴訟で考えていこうというご主張と、それにプラスアルファ取消訴訟の排他性だとか出訴期間だとか、というのをできるだけ制限を縮小していこうという主張を同時に主張されている方がいらっしゃったものですから、あたかも論理的に繋がっているように、別のところの論点に対する反論をされているのと一緒にしてきているので、ちょっと混乱しているのかもしれません。ですからご主張の内容が出訴期間の問題、排他性の問題はまた別途論じるとして、という問題であれば、また別の議論かもしれませんが、新たな類型として、取消訴訟に代わるものとして、全て違法確認で争うということになると、取消訴訟が持っていることの意義をどう考えるかという基本問題は残りますので、これについては出訴期間を縮減すべきだと言う人についても最低限、第三者の関係では出訴期間は要るのではないかというご主張の方もいらしているわけですので、それは別途議論していただかないといけませんので、だからそういう問題とリンクされている誤解があるので、その点の主張がきっと紛れ込んだのだと思いますので、そこはさらに今後の議論で整理させていただきますが、そこは一応具体的なご主張は併せてされている方がおられるとしても、論理的には別の問題だと考えて議論させていただくという前提であれば、おっしゃる点はよく分かります。

【水野委員】ただ、私が以前から申し上げているのは今の取消訴訟はやめてしまって、この2のような訴訟、制度に変えるべきだということを申し上げているのです。ただ、さっき1との議論で、例えば小早川先生がおっしゃったのは取消訴訟を残すと、1というのは取消訴訟を残すという前提の議論だから、取消訴訟を残すという前提で、行政立法とか行政計画とか、その他についてこれは取消訴訟の対象にしないで、それを2のような訴訟でやったらどうかと、こういうご主張だと理解しましたので、ですから1の問題について、こういったものも取消訴訟の対象にすべきだと思いますけれども、2という形で争えるのであれば、それはそれでいいのではないかということを、1の問題として申し上げた。

【小早川委員】私もちょっと1、2の分け方に引きずられたところがあって。1のように取消訴訟を残すという前提で書かれているものですから、ではその取消訴訟の対象は何なのだということなのですが、2の訴訟が取消訴訟も全部吸収してしまうものであるという可能性はまだ立法論として残っていると思いますので、その場合はまた議論の仕方は別だと思います。

【萩原委員】いずれにしても1だ、2だという話にしても、意見と言いますか、行政立法とか行政計画とか、そういったようなものが、訴えられるかというところ、そこのところが一番の問題ですから、それを取消訴訟の対象の拡大で行くのか、もっと包括的な形で行くのかというところは、それはまた別の議論があるので、取りあえず行政立法や計画は争えるということの了解でよろしいのですか。

【塩野座長】要するにそれが国民の権利利益の侵害をもたらして、訴訟の対象になるような状態のものであれば、それは何らかの形で救わなければ憲法に反するという、そういう前提です。救われるべきものは救われないといけない。

【萩原委員】後は国民の立場と言いますか、国民の権利救済ということからすると、この2の方の訴訟類型の選択のための国民の負担をなくし、というところが非常に共感するところでもあり、形としてはこういう形もあってもいいのかなというふうに思います。これは何だか私もよく分かりませんけれども、何か2の方にちょっと印象的には良い印象を持ったところでございます。

【成川委員】この間の議論で、取消訴訟中心主義を少し変えようではないかという議論をしてきたのですが、この文章の立て方はまず、取消訴訟の対象の拡大とくると、今までの議論の中の取消訴訟中心主義を改めるという趣旨が、最後の文章はどう作るか分かりませんが、今議論のための、たまたまこういう順番にしているということであれば理解できますが、まとめ方として、ちょっと思うときには工夫をする必要があると思います。

【塩野座長】多少説明が不十分だったのかもしれませんけれども、取消訴訟中心主義を非難しているときには、それによって本来もっと良い救済の方法があるのに、それを否定してしまっている、義務付け訴訟とかですね。あるいは給付とかですね、それを押しとどめているという意味なんですね。ここで言われている趣旨は私の多少忖度するところでは、拡大することによってもっと救える場合があるのではないかと、そういうお話としてここに出てきているわけです。ただ、そうは言っても拡大すると、結果的に取消訴訟の排他性、出訴期間の制限が出てきてしまうということについての議論もちゃんとしておかなければいけないだろうと、そういう趣旨で出てきております。
 そこで大分時間も経ってまいりましたが、是非もう少し進めていただきたいと思うのですけれども、今ちょうど4、5のところに来ておりますので、この3のところについては今ちょうど、萩原委員もご指摘がありましたように、国民の目から見ればとにかく、訴訟類型がまずい、とにかく出かけて、裁判所の方で整理すべきではないかという、そういったご議論も十分あると思います。ただ、ここに書いてありますところは、多少請求の特定というのは、さっきからいわゆる法曹三者のうちの法曹二者ぐらいが、やっぱり原告の方で請求を特定、いつの段階かは別として、特定してくれないと困るなあと、それが訴訟の基本構造ではないかという趣旨のご発言もございました。
 そこで、4、5のところが先ほどから議論になっておりますので、それから6、この点について、こういった意見等々が出ていると、これは既に出た意見を事務局で整理したものでございますので、これになお付け加えるべき意見等々があれば、おっしゃっていただきたいと思います。もちろん出ている意見がおかしいというご意見ももちろん承ります。

【福井(秀)委員】4の排他性の縮減、先ほどのご説明を聞くと、大阪空港を念頭に置いておられるような気がしたのですが、それはそれで分かるのですけれども、一般的に排他性をとにかく少なくすればいいという議論の文脈でなくて、おそらく底流にあったのは不明確で、過度に拡張解釈されるような排他性の概念は明確にした方がいいし、限界線がある程度限定的なところに留まっていた方がいいという意味で、大阪空港の問題を典型例にこういう議論が出たのだと理解しております。そういう前提で考えると、これも反論っぽいのが下3行に付いているのですが、噛みあってないと思うのです。というのは現在でも排他性が生じるものだという明確な規定は行訴法にはないですけれども、これも塩野先生以来の学説でも、行政事件訴訟法に取消訴訟を置いてあること自体の解釈論として出てくるのだということになっているわけですから、言ってみれば現在の排他性の一種の解釈論的根拠がかなり、あいまいだということもあると思います。実際に、今の判例が、大阪空港が典型ですけれども、規定ではっきりしたものがないが故に、あるいはないにも拘らずなのかもしれませんけれども、非常に揺れている。しかもかなり限定的になっていますので、そういう解釈が最高裁まで含めてある以上、それは硬直的で、もうちょっと工夫の余地があるのではないかと考えれば足りるわけです。一般的な規定が適切でないというのはちょっと噛みあっていないので、どうすればその過度の拡張を回避できるのか、そういうふうに考えていくべきではないかと思います。

【小早川委員】4のところ、私は意味が分からないのです。先ほど大阪空港と言われましたけれども、大阪空港判決は取消訴訟の排他性を問題にしているわけではない。取消訴訟の排他性というのは、取消訴訟ができるなら民事訴訟ではダメよという、そういう話なのですが、あの判決は取消訴訟ができるとはまさに言っていないわけです。あれは抽象的に、民事訴訟事項ではなく抗告訴訟事項だ、けれども現行の行訴法の下で抗告訴訟を起こせるかどうかは分かりませんよという、そういうことだと思うのです。
 ただ、本来の取消訴訟の排他性については、現行法の解釈論として、今福井委員が言われたように、とにかく排他性があるんだということはこれは異論なく認められているわけですが、同時に排他性の範囲も限りがあって、公定力の範囲は限定されていますよというのが、既に何十年も前に東京地裁で有名な恩給裁定の判決が出ているわけです。ここで、間違った解釈をしてはいけないよというだけのことを言っているのであれば、あまり意味はないのではないか。

【芝池委員】まず、1のところに関わることなのですが、私も行政上の意思決定、行政決定について、述べさせていただきますけれども、最近ちょっと見解を変えておりまして、取消訴訟との関係で言いますと、行政処分というのはやっぱり特別なものがあるのではないか。一方的具体的に、権利義務を形成するものでありますから、他のものとはちょっと違う。そういうものに対応するものとして、取消訴訟が形成されてきたという事情があると思います。ですから、現在は私は取消訴訟の対象としては行政処分、それからプラスアルファとして、行政決定と言ってもいいし、行政の行為と言ってもいいのですが、要するにこれまで取消訴訟を提起して、処分性が認められなかったもの、しかし学説などにおきましては、取消訴訟の対象として認めるべきであると言われているようなものを対象にできるようにしたらどうかと考えております。そういうことを前提としまして、排他性の話なんですが、確かに行政処分につきましては、現在排他性があると言われておりますし、また国民の権利救済の機会を広げるという点からしますと、排他性を縮減していくという方向で検討が行われるであろうと思いますが、ただこの排他性について法律で書くというのは極めて困難だと思います。一般的に行政処分について、排他性を認めるのでありますと、それはそれで書けると思いますけれども、縮減という方向で書くというのは極めて困難であろうと思っております。何故かと言いますと、この問題については理論的な検討が全くといっていいほどこれまで、行われていないからであります。例えば、建築確認に対しましては取消訴訟ができると同時に民事訴訟ができるというのが現在の裁判実務だろうと思います。それから原子炉の設置許可の場合でも、取消訴訟あるいは無効確認訴訟ができると同時に、民事訴訟が裁判所に認められておりますけれども、しかし、こういう建築確認、あるいは原子炉の設置許可の場合に、何故民事訴訟ができるのかということについては全然と言っていいほど、研究がないのです。私は考えるところはありますけれども、要するにそういう状況でありまして、ですから排他性を縮減するとしましても、その基準が今のところ提供できないというのが学説の状況ではないかと思います。そういう次第でありまして、これは前に申し上げたと思いますが、排他性については新しい行訴法では規定はしない。今後の学説の奮闘に期待をするということにすればいいと思っております。

【水野委員】いくつかの訴訟制度、2つの訴訟制度ですね、それぞれ必要性に応じて設けられたときに、国民がどちらを利用するかというのはこれは国民が選択すればいい、これは基本なのです。一方が成り立たなければ仕方がないのですけれども、民事訴訟も成り立つ、行政訴訟も成り立つということであれば、これはどちらを選択してもいいではないか。原告がどちらかの訴訟形式を選択してきたときにはそれを認めたらいい。それを一方の訴訟形態でしかダメだという必然性は全くないと思うのです。ですから、そういったことについて排他性についての規定がないのは当然なのですが、残念ながら今は排他性は認められているということです。もしも、排他性が認められる必要性があるというのであれば、何故必要性があるのかということを論証しなければならないと思うのです。そういうことがないままに、排他性が認められているのはおかしい。それについて、これからの学説に期待したらいいではないかというのは一つのアイデアかもしれませんが、やはりできる制度にするのか、できない制度にするのかということぐらいはきちんと法律に書いたら済む話でありまして、できないというのであったらできないとしておいた方がいい。できるのであれば、できると法律に書いておけばいいわけで、できるかできないかについて、大阪国際空港裁判みたいに何年も争って、ようやくケリを付けるという制度はおかしいと思うのです。今、原発の訴訟とか建築確認の訴訟の例が出ましたけれども、あれは民事訴訟の要件に合致するから民事訴訟、行政訴訟の要件に合致するから行政訴訟でやっているのです。だから、付近の住民が原発の許可処分が違法だということで、行政訴訟でやる。その審理の対象は処分の違法性である。付近の住民が電力会社を相手に原発を建築してはならないということは人格権に基づいて、民事訴訟としてやっているわけで、それはそれぞれ認められているということです。おそらく付近の住民が電力会社を相手に、処分が違法だから差し止めろというのは多分、やってないし、認められていないのではないかと思います。原被告が同一の場合には特に問題は出てこない。基本的には2つの訴訟制度が認められていれば、それを便利な方を利用させたらいいと考えるのが自然な考えではないかと思っております。

【小早川委員】原発やら建築確認やらといった場合に両訴訟が併行し得るというのは、これは芝池委員がどういう意味でおっしゃられたのかあれですけれども、個別に見れば建築確認というのは隣人の民法上の妨害排除請求権を制限する効果を元々建築基準法上、与えられていないという、そういう解釈論であり、同じことが核規制法についても言えるということで、個別の解釈論としてはそうなっているのですよという、それだけの話だと思うのです。ただおそらく、おっしゃられたのは、どういう民事法体系、行政法体系の原理でもってお互いの役割分担をしているかは、そこははっきりしない、そこの原理が明示されていないということかと、それはそのとおりだと思います。結論としては、排他性の問題というのは訴訟法で何か書いても仕方がないのではないか、これは結局個別法の解釈の問題だというふうに私も思います。

【深山委員】前にも同じことを言っておりますけれども、この水野委員の言われた、2つあって国民が選べればいいじゃないか、それを制限することは何もないということを言われたのですが、私もいつも言っておりますが、少なくとも古典的な、中核的な行政処分について、早期に効力を安定させることは、これは行政が、あるいは役人が助かるという話ではないのです。国民一般の利益になるから、そういう制度を取っているわけで、次の後続的な処分が次々に予定されているとか、権利関係が変わって、それを前提にさらに権利関係が積み上がってしまうような行政処分について、出訴期間も排他性もなく、何年経ってからでも、困った人がいればその効力を無効として争えるということでは、困るのは役人ではなくて、国民なのです。ですから、現行の排他性、出訴期間そのもの自体がそのままいいというつもりはないのです、出訴期間については前にも私は延ばす必要はないと言いましたが、皆さん延ばすということであれば、それに固執しないのですが、排他性と出訴期間を伴った形で、少なくとも中核的な、ある部分の処分が早期に法律関係を安定させるというのはこれは非常に大きな公益で、それを困った人、その人のためになしにしてしまえば世の中結構だという話には全然ならないと思うので、そこは現在のシステムの核心部分というのは維持すべきです。ただそこで一般的に言われている処分性がないということで跳ねられて救済ができなくて困っているケースが多々あるじゃないかと、これに対する対処をしなくてもいいと言うつもりもないのです。それはそれで今なお、中核的なシステムを拡大するという考え方もあるでしょうし、私自身は別途の手当を何かできないかなという方がいいかなと思いますが、いずれにせよそういう現行法のシステムの中核部分というのは存続させるべきではないか。

【水野委員】仮に行政の早期安定が必要だとしても、排他性の問題とは別なのです。出訴期間の問題はそのとおりなのですが、もしも例えば早期の確定が必要だというのがあれば、行政訴訟に出訴期間がある場合に同じ種類の民事訴訟を起こしたときに、同じような出訴期間を被るという制度にすれば済む話で、仮定の話ですけれども。だから、排他性で民事訴訟を排除する議論にはならない。

【塩野座長】大分時間も経ちましたのですから、議論を整理するつもりはありませんが、ただ排他性、出訴期間というと大変乱暴な話に聞こえますが、排他性というのはこういう処分であったらば、取消訴訟を提起してくださいというルートを設定しているだけなのです。水野さんのおっしゃるのはルートを設定したのならば、もう一つ別のルートもあれば、両方やっていいのではないかという、そういうお話なのですが、ただ比較法的な検討で、排他性が議論されているのはイギリスだけでして、東アジア、も韓国であれ、台湾であれ、いろいろと行政事件訴訟法の改正があるのですけれども、この処分についての取消訴訟という点については、そうまだ突っ込んだ議論はされていないのです。それは日本のように、取消訴訟があるから却下判決が多いとか、なかなかみんな出訴できないとか、ということにはなっていない。むしろ韓国は日本の何倍も取消訴訟が提起されている、台湾も同じです。それからドイツも同じです。ドイツはもう一つ前に、訴願前置も置いているのです。だけれども、そういうルートもみんな使いこなしているということを我々、比較法を随分やりましたので、そういう点をどう見るか。もちろんそれに対して、アメリカの伝統がある、そしてイギリスの伝統があります。そして日本の伝統はどういうものかということも踏まえた上で、客観的にいろいろとご議論をいただきたいということです。大分時間が経ちましたので、あと10分間いただけますか。

【福井(秀)委員】今の塩野先生が整理されたのと全く同感でして、結局排他性はあってもいいと思うのです。水野先生のおっしゃりたいことは別に排他性がすっからかんになるべきだということではなくて、やっぱり排他性がそれこそはっきりしていて、民事訴訟との間で混乱がないようになっていればいいというご趣旨だと思いますので、その限りでは私もそうだと思います。それで今の排他性の規定について言えば、先ほど大阪空港は取消訴訟の排他性ではないとご指摘ありましたけれども、言い換えれば、抗告訴訟の排他性を認めているという点では大体、相似形ではないか。

【小早川委員】違いますよ。

【福井(秀)委員】そういう理解が大方だと、私は思っておりますけれども、だとすれば取消訴訟か抗告訴訟かはともかくとしても、何らかの形で航空行政権をそれ自体をひっくり返すのだという、別の裁判は取れないけれども、うるさいから飛行機を飛ばすのをやめてくれという裁判が認められなくなるいわれはないという辺りの議論を立法に置き換えられるのであれば、置き換えた方がいいのではないか、こういう趣旨でございます。

【塩野座長】その趣旨を一生懸命書いたつもりなのですが、なかなか難しいなというのが。

【市村委員】ちょっと今の議論で。私は違うように思ったので、ちょっと確認したいのですが、水野先生がおっしゃっている排他性の議論は今福井先生がまとめられたようなご趣旨でおっしゃられたのですか、本当に。そう受け取ってよろしいのかどうか、私は先ほど来伺ったのではそうでないように思ったものですから。

【水野委員】福井さんのおっしゃっているのはちょっとよく分かりませんが、つまり大阪空港の例で行きますと。

【市村委員】申し訳ありませんけれども、おっしゃっている部分でのケースでは分かったのですけれども。今福井委員がおっしゃっていたのは要するに調整がはっきりしていないところが問題なので、調整をはっきりさせれば、逆に排他性を残していいのではないかということをおっしゃられたので、水野委員が先ほどからおっしゃっられたのは2本のルートが成り立ちうるようなケース、それはいいんじゃないかと、逆に言うと、それは排他性を否定しているように私は思ったものですから、違うのではないかと。

【水野委員】私は、おっしゃっるとおりで、両方の要件があれば、それぞれ違うわけだから、両方やれればいい。予備的主張としては、弊害はどっちがどっちがということですから、それがきちっと解決するのであれば、かなりの部分は救えるということは言えると思います。

【塩野座長】日本の場合は特にドイツの場合と違いまして、あるいはフランスの場合と違いまして、行政裁判所制度がないものですから、そこは自由闊達に、最高裁の例は出しませんけれども、自由闊達にやっていただければ、今のようなやりとりの不便さということはなくなるというふうに思います。
 それからもう一つ、残っておりますのは出訴期間のことで、こういったことについては一応今まで出てたご議論をここに紹介しているということでございますので、私から言うのもあれですけれども、委員のご発言を書いておりますので、この委員は常識ないなと言われても困るという話でございますので、これについてなお付け加えるべき点があれば、場合によっては事務局の方にお申し出していただいてもよろしいですかね。この場で多少おっしゃっていただければあれですし、また次回もこの辺は事務局と相談して、大事な点でございますので、時間切れにはさせないようにしたいと思います。それから5のところも一応の議論はあったかと思いますけれども、また事務局とも相談して、5のところももう一度議論した方がいいということであれば、議論をするということにさせていただきたいと思います。

【福井(秀)委員】今、4までだと思っておりました。5には全く触れておりません。

【塩野座長】ただ芝池さんはそこはしゃべってしまったのですから。もちろん議論を制限することはございません。今日は私の司会の不手際で、大変時間を取りましたけれども、濃密な議論をしていただいて、大変ありがとうございました。これからもこういった議論をしていただきたいと思います。

【小林参事官】今日は原告適格まで論点をまとめていますが、それ以外にもこれまでの議論の概要をまとめた資料は示しています。その部分についても、論点をお示しする形で、ご議論をいただけないかと思っています。今度作る部分と今日ご検討頂いた資料の4と5を次回ご検討いただきたいと思います。そういった部分等をまとめて、ある程度この検討会で検討している主な論点をまとめたものを作って次回にお示しをし、それで行政官庁にヒアリングができるような準備をしてはどうかと思っています。次回はそのようなたたき台を作らせていただきたいと思います。

【水野委員】今のようなことで結構だと思いますが、そういった意見を求める場合、今まで第1読会、第2読会とやってきまして、今の段階である程度、議論を整理するという論点整理、という趣旨だろうと思うのです。この論点整理をいわゆる第1トラック、第2トラックということはやめて、きちっと頭から整理するべきだと思います。それで今日お手元に、改革の方向性が概ね一致している論点についての整理という、私の名義のペーパーを配らせていただきましたが、これはそういった次回までの事務局の作業に多少なりとも参考にしていただきたいという趣旨でお配りしております。また、概ね一致していないとおっしゃっる方がいるかもしれませんが、一つの参考資料として、次回の事務局のペーパーの作成に参考にしてもらえれば、という趣旨でお配りいたしましたので、よろしくお願いいたします。

【塩野座長】他に何か。よろしゅうございますか。どうも大変長時間ありがとうございました。それでは今日はこれで終わりたいと思います。