これまでの一巡目の議論全体を通じての補充の検討が行われた(○:委員)。
ア 雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有する者の関与する裁判制度の導入の当否について、髙木委員及び鵜飼委員から、それぞれ、資料102及び資料101に基づいて意見が述べられるとともに、次のような議論がなされた。
○ 経営法曹会議が取りまとめた意見(第14回検討会・資料80参照)については、現時点において参審制・参与制を導入して司法に対する信頼性が得られるか否かは疑問であるということである。
同意見中の「勘」、「感覚」という点についての指摘は、個人的には、裁判において労働関係の体験を通じて事実を見ることが適切だと考えているが、そうした労使関係における経験は個人的な勘・感覚に属するもので、普遍的なものではなく、そのようなものを導入することには危惧を感じるという趣旨である。
イギリスの雇用審判所については、判断内容の適正さについてはともかく、迅速に紛争処理を図れるシステムではなくなってきている。また、イギリスでは、職業裁判官が経験も豊富で、労使の非職業裁判官よりも能力が高いことから、事実上は参与制に近く、労使の非職業裁判官を含めて意見が一致しているとのことであった。
我が国では、労働専門部・集中部が少なく、裁判官が労働関係事件での経験を十分に持っていないことが問題である。裁判官が労働関係事件の裁判をもっと長期的に経験することが必要ではないか。
○ これまで専門性の導入という観点から議論がなされてきたと理解しているが、専門的知見を有する者が関与することで結果として国民の司法参加にも資することとはなるものの、国民の司法参加の観点から検討すべきという髙木委員の御意見(資料102参照)は、従来の検討と異なる考え方に立つものと思われ、いささか違和感がある。
○ 専門的知識経験を有する者の関与する裁判制度の導入の当否については、これまで、積極的な意見、肯定的でない意見等様々な意見が出されているが、裁判の現状についての認識が統一されないままに議論がなされてきたように思われる。
労使の裁判への関与に積極的な意見では、事件に対する労使の見方と裁判所の見方が異なり、裁判所の見方は必ずしも適正ではないとのことである。しかし、労使ともに同じ見方をしているにもかかわらず、裁判所の判断だけが異なるというのであれば、この指摘も理解できるが、裁判に関して労使が批判するところが労使で一致していないのではないか。このため、例えば、裁判所の判断の多くについて、労使の見方が一致しており、しかも、裁判所と異なるのかどうか検証することが必要ではないか。具体的な事件において、労使双方の意見が一致して、それが裁判所の結論と異なることとなる事例が多数あることが議論の前提となるのではないか。
また、専門家の関与の仕方のイメージが委員間で異なっているように思われる。専門委員制度はどの程度活用できるのか、専門委員制度で足りない部分はどこか、参審制度と参与制度ではどこが異なるのか等を詰めて検討しないと、なぜ参審制度や参与制度が異なるのかが分かりにくい。
さらに、人材が十分に確保できるか否かの問題がある。労働者側は十分な人数を確保できるというが、関与する日数等の前提が変わると必要な人数も変化する。また、制度として全国一律に導入する以上、大都市部だけでなく、少なくとも全ての地方裁判所で人材を確保できないといけない。使用者側はそれほど確保できないと言っており、大丈夫なのか。このほか、関与する専門家のレベルとしてどの程度のものを設定するかによっても確保できる人材の人数は変わってくる。
○ 参審制度について私が持っているイメージは、イギリスの雇用審判所のようなものである。イギリスでは、争点整理等は職業裁判官がリーダーシップをもって行い、労使の非職業裁判官は事件の一件記録を見た上で、証拠調べに立ち会い、合議で意見を述べあうことになる。労使は法廷ではほとんど発言しないが、合議での意見はほぼ一致するとのことである。職業裁判官は合議で労使から意見を聞くことが有用とのことであった。
○ 我が国の労使が有する人材の供給可能性には相当なものがあると考えている。私の組合でも、多様な分野に相当数の専従者がいる。もっと多くの人材が必要だというのであれば、それだけの人数の確保に努めることになる。
国民には「裁判沙汰に及ぶ」のはよくないことというイメージがある中で、専門委員制度の活用でも現状よりはよいかもしれないが、司法制度改革審議会の意見書はそれ以上のことを求めているものと理解している。
○ 労使の見方が一致して裁判所の判断と異なる例はあまりないかもしれない。むしろ、裁判所の判断の方が常識的な場合の方が多いかもしれない。専門的知見の導入という観点からは、労使の関与はそれほど必要ないのかも知れない。
他方、専門性の内容を多少広げて、労働関係の実体験に基づく価値判断まで含めて、国民の司法参加の視点で考えることも重要ではないか。司法制度改革審議会の意見書では、専門性の導入の趣旨で提言されているが、司法の国民的基盤の強化という意見書全体の趣旨から、裁判所が訴訟の当事者だけでなく、労使も加えて議論しながら判断していくことは有意義だと考えられる。
労働関係事件には、人格紛争の性格を有する面もある。労働関係について体験を共通にしている者が関与してくれると、当事者にとって裁判はより身近なものになるのではないか。
裁判の内容の適正化という視野だけでは狭すぎるのであり、精密な判断が犠牲になるおそれはあるが、労働関係事件の裁判をどれだけ多くの人が利用してくれるかという点も重要である。
○ 国民の司法参加の観点については同感である。また、職場の実態を反映するという点で、専門性の導入と矛盾するものではなく、判決の納得性を高めることにもつながるのではないか。
具体的な専門家の関与のあり方については議論する必要がある。専門委員制度は科学技術的な専門的知見の導入に限られるような感があるが、合議や評決に参加する参審制・参与制に限らず、中間的な関与の形態について検討してもよいのではないか。
また、使用者側の懸念については、十分に検討を行っていく必要がある。専門家の関与の制度の仕組み方によっては裁判の迅速性に支障を及ぼすことがあり得ること、判断の公平性については法廷の雰囲気も重要であること、「勘」や「感覚」の検証等についての経営法曹会議の意見(資料80)で指摘された①から⑥の論点を正面から議論してもよいのではないか。
○ 我が国では、裁判所に提起される労働関係事件は難しいものが多いと言われているが、ドイツのように1回の弁論で終局することができず、弁論や証拠調べが何回も続くとした場合、専門家が手続の全体に関与できるのか。関与する専門家の交代の手続を考える必要があるとなると、手続が複雑になる。
法的な判断を行うには相当の法律の能力が必要である。労働委員会においても労使の参与委員は命令の判断過程には関与していない。そうした中で高い知見を有する労使が十分に確保できるのか疑問である。
また、労働関係事件のみに参審制度を導入するのであれば、他の民事紛争の取扱いとの整合性を確保できるような説明を尽くす必要があり、直ちに参審制度を導入することには様々な障害があると考えられる。国民の司法参加を論ずる上では、まずは地方裁判所の労働調停等を通じて、労使が関与してなされた判断が公正中立であることについての国民のコンセンサスを得る必要があるのではないか。
○ 経営法曹会議の意見(資料80)について補足すると、裁判の場に労使の対立が持ち込まれることの懸念については、個別的紛争を念頭に置くとしても、労働委員会における労使の対立のイメージが強くあるということである。また、裁判官の中立公平性を担保しているのは、憲法上の身分保障や収入保障である。これによって様々な圧力を排して判決を書くことができるのであり、簡単に非職業裁判官に評決権を与える等して判決に関与させることは問題だという趣旨である。
○ 労働委員会は制度設計上、労働者側委員、使用者側委員として労使を代表するという意識で参与しており、労働参審制の議論とは大きく異なると考えられる。
○ 刑事裁判における裁判員制度の導入についても、国民の納得が得られるか否か等について様々な議論があった。しかし、国民的な議論を高めるためにも裁判員制度については導入の方向を打ち出した。刑事の重大事件について裁判員制度を導入するのであれば、労働参審制についても国民の理解は得られると思う。
まず参審制度を導入する前に労働調停で労使の参加について練習してはどうかとの議論は、参審制度は導入しないという結論に帰結するものではないか。初めての制度を導入しようとするのであるから、一定の準備期間は必要であろうが、新しいものを知恵を絞って作っていく努力をすべきであろう。
○ ドイツでは、労働参審制の効用として、労使の非職業裁判官の合議の過程での関与により、職業裁判官の即断を排除し、十分に考えた上での分かりやすい判決の作成に資していると言われている。参審制度は世界的に見れば普遍的な制度であり、労使の参審裁判官が関与することによって、国民に分かりやすく、考えの深まった判断ができるのではないか。
このような非職業裁判官の関与の実情を考えると、場合によっては、争点整理や書証の整理は職業裁判官にゆだねるということも考えられる。
○ イギリスやドイツにおける訴訟の進め方と我が国の訴訟の進め方は異なるということに留意する必要がある。我が国の事件は争点整理や証拠調べがかなり難しく、職業裁判官によるブリーフィングだけで関与する労使が十分に事案を理解できるか疑問である。
イ 労働関係事件への総合的な対応強化に係る検討すべき論点項目(中間的な整理)(資料97)中の、ア以外の論点について、春日委員及び鵜飼委員から、それぞれ、資料103及び資料101に基づいて意見が述べられるとともに、次のような議論がなされた。
○ 労働関係事件を担当する裁判所の人員については、労働集中部を労働専門部にすることにより、労働関係事件に特化して担当することとなったところもあるので、体制が縮小したというわけではない。ただ、将来、労働関係事件の増加が予想されるので、裁判所の人員配置については、検討が必要であろう。
また、裁判官の人事システムのあり方については、労働関係事件の処理についての専門性を高めるため、ある程度専門的に担当するようにすることも考えられる。
2巡目の議論では、具体的な問題点について詰めた議論を行うことが必要である。例えば、労働委員会についてはどこに問題があって司法審査をどう変える必要があるのか、労働関係事件固有の訴訟手続についてはどの部分をどのように変える必要があるのか、また、労働調停については、現在、労働関係事件に民事調停が利用されていない実態を踏まえ、使い勝手のよい制度とするためにはどうすればよいのか等の議論が必要である。
○ 労働調停については、当事者に弁護士がつくイメージになるのか。もし、労働調停ではかなり厳格な事実認定を行うものとすると、調停委員会にはかなりの能力が必要となる。裁判官が関与するのであればよいが、労使の調停委員のみで調停を行うのであれば、調停委員には相当な労働法の知識が必要となる。そうすると、かえって調停委員の方に人材を十分に確保する必要が生ずるかも知れない。
○ 労働調停は主に地方裁判所で行うということを前提とすると、簡易裁判所で単純な事件を扱うのとは異なり、当事者の双方に代理人がつくと予想される。そうすると、調停委員会にも相当程度の専門性が必要になるのではないか。
○ 当事者に弁護士がついていない場合には、適切に資料を整理して事実認定を行うことが必要であり、弁護士がついている場合であっても、調停を成立させるには弁護士を説得する必要がある。代理人の有無にかかわらず、調停委員には一定の能力が求められると考えられる。
○ 民事調停には、医療事件や知的財産権関係事件の付調停のように、地方裁判所において専門的知見を有する調停委員のいる調停委員会で調停を行い、争点や証拠の整理、当事者の説得等を行うという型のものと、簡易裁判所において調停委員が中心となって行うという型のものの2つの類型が考えられる。弁護士がつく場合に調停を利用するのであれば、前者のような類型が想定される。その場合には、調停委員が中心となって争点整理を行い、真相の把握に努めるのであれば、労使の調停委員には相当の能力が必要となる。
したがって、例えば、労働調停の調停委員には労働問題を扱っている弁護士を活用することが考えられるのではないか。
○ 地方裁判所で労働調停を行うのであれば、調停主任たる裁判官は積極的に調停に関与する必要があろう。
○ 簡易裁判所の調停であっても、調停委員会では調停主任を交えて評議を行う等調停主任は関与している。
○ 労働調停を3回の期日で終了させるとすると、どのような進行のイメージとなるのか。
○ 例えば、第1回期日までに当事者には相当の準備をしておいてもらい、第1回期日では争点を確定し、第2回期日では具体的な資料を提出してもらい、第3回期日で当事者の意向を把握するといった進行が考えられる。
労働調停を利用しやすいものとするには、できる限り短期間で処理できるようにしなければならない。そのためには、期日を円滑に入れることも重要であり、訴訟の場合と同じ認識を持って、優先的に処理する気構えで臨んでほしい。
○ 計画的に調停を進めるためには、調停主任が積極的に関与することが必要であるが、そうなると、労使の調停委員はどこで活躍することになるのか。
○ 調停の手続面は裁判官が主体的に行うのだろうが、調停は調停委員会が行うのであり、調停のあらゆる段階で労使の調停委員の意見を聞くことになろう。
○ 困難な事件の調停は地方裁判所で実施し、簡易な事件の調停は簡易裁判所で実施することが適当ではないか。
また、配置転換等のように雇用関係を継続させながら争われる紛争については、使用者側にも労働調停を活用する需要があるのではないか。これまで訴訟で争われていたような事件を労働調停で代替するのであれば、地方裁判所で労使の調停委員が加わって処理するというイメージになるのではないか。
○ 雇用関係が継続される紛争で労働調停を活用するメリットはあるのではないか。
○ 労働調停で長時間かかってしまっては困る。調停に時間がかかって最終的な解決が遅れることのないようにしてほしい。