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労働検討会(第23回)議事録



1 日時
平成15年7月11日(金) 10:00~12:30

2 場所
司法制度改革推進本部事務局第1会議室

3 出席者
(委 員)
菅野和夫座長、石嵜信憲、鵜飼良昭、春日偉知郎、後藤博、髙木剛
村中孝史、矢野弘典、山川隆一、山口幸雄(敬称略)
(事務局)
古口章事務局次長、齊藤友嘉参事官、松永邦男参事官、 川畑正文参事官補佐

4 議題
(1) 論点項目についての検討
  ・ 労働関係紛争の解決のための専門的知見の導入の在り方について
(2) その他

5 議事

○菅野座長 それでは時間になりましたので、ただいまから第23回労働検討会を開会いたします。
 本日もお忙しいところを御出席いただきましてありがとうございます。
 まず、本日の配布資料の確認をお願いいたします。

○齊藤参事官 御説明します。
 資料143は、山川委員提出資料でございます。前回は資料番号を付すことが間に合いませんでしたが、資料143ということで再提出させていただきます。
 資料144は、論点項目の中間的な整理でございます。再配布でございます。
 資料145は、「今後の検討スケジュール」でございます。
 資料146は、「検討事項に関する主要な論点及び検討資料(労働調停、裁判制度関係)」でございます。再配布でございます。
 資料147は、「導入すべき労働調停についての検討のたたき台」でございます。再配布でございます。
 資料148は、「労働調停についての検討の概要(3訂版)」でございます。
 資料149は、「雇用労使関係に関する専門的な知識経験を有する者の関与する裁判制度の導入の当否についての検討の概要(4訂版)」でございます。
 資料150は、「諸外国の労働紛争処理制度の概要」でございます。再配布でございます。
 資料151は、「訴訟手続への外部の人材の関与制度の比較」。これも再配布でございます。
 資料152は、日弁連提出資料でございます。先日の職業裁判官との意見交換会の関係の資料でございます。
 資料153は、矢野委員提出資料でございます。アンケート結果でございます。
 なお、参考資料といたしまして、ドイツ、イギリスの労働裁判官との意見交換会、懇談会の議事録でございます。
 それから、日本国家公務員労働組合連合会の提言書も参考資料としてお出ししてあります。
 以上でございます。

○菅野座長 それでは本日の議題に入ります。
 本日は、「労働関係紛争の解決のための専門的知見の導入の在り方」について、中でも特に「雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有する者の関与する裁判制度の導入の当否」の点を中心に、さらに検討していただきたいと思います。
 前回までの検討会における議論の状況については、労働調停については資料148に、裁判制度については資料149に整理していただいておりますので、御参照いただきたいと思います。
 また、去る7月5日には日弁連の主催でイギリスの雇用審判所及び当地の労働裁判所の職業裁判官を招いて意見交換会が開催されました。シンポジウムも開催されましたが、その意見交換会について日弁連から資料152が提出されていますので、それも御参考にしていただければと思います。
 また、矢野委員からは、5月2日の第19回検討会の際に御紹介いただきました「労使が裁判に関与する制度の導入の当否に関するアンケート結果について」(資料153)を提出いただいておりますので、こちらも御参照いただければと存じます。
 これまでの議論では、労働参審制の導入の当否について賛否の意見が分かれているとともに、そうした意見状況を踏まえて、「中間的な制度の方向性」や、「他の選択肢の有無」についても一定の御意見をいただいております。
 そこで、まず、先日のドイツ、イギリスの職業裁判官との意見交換会の状況なども踏まえた上で、我が国における労働参審制の導入の当否についてもう少し議論をしていただきたいと思います。
 休憩まではこの議論をしていただこうかと思っておりますが、どうぞ、どなたからでも始めていただきたいと思います。

○鵜飼委員 それでは口火を切る意味で。7月5日にドーデンホフ判事(ベルリン市の労働裁判所の所長)とクラーク判事(EAT雇用控訴裁判所の裁判官)のお2人をお呼びいたしまして、意見交換会等を行いました。
 ドーデンホフ判事は30年以上の労働裁判の経験があるエキスパートでありまして、クラーク判事もバリスターで相当長い間、労働事件を担当されていて、そして8年間EATと、どちらも2審のレベルの裁判所でありますけれども、判事をやっていらっしゃる現役の裁判官です。
 今回の目的は、この検討会でいろいろ御議論がありましたけれども、せっかくの何十年に一回という非常に貴重な機会でありますので、生産的かつ実りのある議論にしたい。そのためにはできる限り認識を共通なものにするべきではないかと考えまして、この間、検討会で特に労働参審制なり労働事件の特別な制度を設けることについての疑問点、気になる点が出されましたけれども、そういうものについて質問状にまとめさせていただきました。これは資料として今日お出ししております。この間、検討会の中で出てまいりましたいろいろな疑問点、不安点、そういうものが網羅されていると思いますが、これに対して両判事からの回答が資料として出されております。7月5日の意見交換会なり、その後のシンポジウム等で、両判事がこれを補足して具体的に説明され、質問に対しても答えていただきました。具体的な内容については参加された委員の皆さんの御感想等をお聞かせいただきたいと思っておりますので、私自身は余り詳しくは述べない方がいいと思います。
 また、日弁連事務局がメモとして参考資料を今日お出ししましたけれども、これは今日の検討会に間に合わせるためにまとめたものでありまして、非常に簡略なものでありますので、後日正式な資料として提出させていただきたいと思います。
 私の個人的な意見としましては、この質問に対する回答及び7月5日の午前午後の意見交換、シンポジウム等を通じて感じましたことは、ドイツ、イギリスともに本来は法制度的に英米法と大陸法というように、相当異なる法制度を母法とするところでありまして、例えば司法制度にしましても、法曹一元がイギリス、アメリカ等ではとられていますけれども、ドイツでは官僚裁判制度というものがとられているように、司法あるいは法制度そのもののバックグラウンドが違うところで、また労働裁判についての歴史も非常に違うところでありますけれども、2人の裁判官からお聞きしたところによりますと、基本的な事項について驚くほどの共通点があると感じました。これはシンポジウムでの質問に対するお答えで、ドーデンホフ判事のお答えの後にクラーク判事はほとんど同じであるとおっしゃったように制度としての共通性を感じました。これはある意味では、母法等を異にしながら、労働裁判の仕組みや制度の普遍性が浮き上がってきたのではないかなと思います。
 特に、労使の参審裁判官が関与することの意義、有用性につきましては、ドイツ、イギリスともに共通して、職業裁判官はドイツでもイギリスでもそれを専門家的にやっていらっしゃるまさにエキスパートの裁判官でありますが、両者がこぞって雇用労使関係における実務なり経験を、裁判手続に導入することの重要性・必要性を強調されました。法律の専門家だけではだめで、経営の実情であるとか労働の現場の実情であるとか、特に経済社会が大きく変化する、その実情を裁判手続に反映させることによって適正かつ迅速、そして信頼性、これは受容可能性といいましょうか、驚くべきほど控訴率が少ないということもありまして、そういうものにつながっているのだということをるる強調された、この共通性は私は注目に値するべきだと思います。
 そして、ドイツ、イギリスともに、労働参審制についての廃止論は全くないということをおっしゃっておりました。ドイツにおきましては、解雇制限法についての経営者団体の反対論、廃止論は強いけれども、労働参審制についての反対論はないとおっしゃっていました。
 また、質問状に対する答えについても、我々が出している疑問点や不安な点等について、これはそういうことを理論的に考えられるけれども現実的にはほとんどない、十分制度的な克服は可能であるという回答があったことに私は非常に心強い思いがいたしました。
 さらには、労働参審制、労働訴訟手続の導入について、日本においては主として経営者側からの反対意見なり消極論があるわけですが、両判事が指摘されましたように、これは企業側にとっても利益になるということが指摘されました。これは労使の解決能力を高めることになる、労働裁判手続に労使が関与することによって、経験が企業内の紛争解決能力を高めることになる。あるいはコンプライアンスということでしょうけれども、司法制度改革審議会意見書の中でうたわれているように、雇用社会、企業の中に法を根づかせるという意味では、これは非常に有用な意味を持つ。菅野座長はフィードバック機能とおっしゃっていますけれども、そういうことも指摘されたと思います。
 そういう意味で、今までの日本の労働裁判は少数の事件を前提として特別な制度手当をしないでやってきたと思います。しかし、そういう従来の枠組みでいいのかという問題点が問われておりまして、審議会の意見書では、まさにそれに対する検討課題を明確な問題意識のもとで提示しております。裁判制度とか法制度そのものがもともと異質なイギリスとドイツにおいて、労働裁判においてはこのような共通の普遍的な性格を持つ制度を、歴史は違いますけれども両国ともに持っていて、現実的にそれが非常に大きな役割を果たしているということを見まして、確かに日本も歴史は違いますし風土等も違いますけれども、しかしなおかつ今のこのグローバル化していく社会の中で、労働裁判を機能させていくためには、この両国の経験から学ぶところは大きいのではないかとつくづく感じました。以上です。

○髙木委員 鵜飼委員がおっしゃった印象と近いものを、私も7月5日の意見交換会とシンポジウムで受けました。
 お話を聞いて、私の場合はドイツもイギリスも過去、お話を聞きに行ったことがありますので、再確認ができたということかと思いますが、とりわけドイツのドーデンホフ判事から、経営者の皆さんにとってこれはどういう制度として受けとめられているのか、産業なり企業の実態を知って裁判に参加する、そのことの意義は経営者の皆さんにとってより大きなものがあるという趣旨の御発言がございましたが、そういうふうに受けとめられているのかと、改めて経営側がこの裁判制度をそれなりに評価しておられるという印象を受けました。午後の日弁連のシンポジウムのやりとりの中だったと思いますが、ドイツの経営者の皆さんと話されたらどうですかみたいなことを言っておられたと思いますが、これも印象的でございました。
 あとは鵜飼委員がかなりのことを言われましたので、同じような印象を受けたということでございます。

○菅野座長 私が一番印象的だったのは、ベルリンだけで1,500人の非常勤の裁判官というか、いわゆる非職業裁判官を用意している。職業裁判官の数はずっと小さかったですね。イギリスは全国で2,000人と言っていましたかね。その層の厚さの基盤は何なんだろうかなと。それで従業員代表委員会あるいは経営協議会の活動家というか役員が大体なっていると、その辺がドイツは基盤なのかなと思いました。イギリスは私の見るところ、もう少し多様な、例えば労使、企業の中にいる方々ばかりではなくて退職者や引退している人たちも含みますし、コンサルタントをやっている人たち、それから雇用省を辞めた人たちも入っているような印象を私自身の観察では持っていますけれども、とにかく相当厚い広い層の人たちを基盤にしているという印象を持ちましたね。

○鵜飼委員 今の部分は、日弁連の議事録の3ページにベルリン市の事件数と職業裁判官と非職業裁判官の数とあります。あと、イギリスは7ページと8ページですけれども、この共通点と相違点に興味があったような気がします。ドイツはあくまでも現役ということにこだわっていて、イギリスはOBの活用もかなりあるというのが印象的でした。

○山口委員 意見交換会でお聞きして感じたことは幾つかあるのですが、1つは、ドイツにしろイギリスにしろ、大量事件の迅速処理という方式が徹底しているのかなと。そういう意味で言えば、短期間に多数の事件を迅速処理するという形で労働事件の手続が流れているという感じを受けました。それはある意味で、言葉は悪いかもしれませんけれども、かなりラフジャスティスにならざるを得ないし、それをまた受容している風土がある、その辺が日本とイコールなのかなという感じがしました。
 2つ目は、実体法が日本とドイツあるいはイギリスで本当に同じなのかという感じを持ちました。窃盗の例の話がありましたけれども、日本の解雇にしろ就業規則の不利益の変更にしろ、いろいろな情報を総合判断してあれもこれもという形でなっていますので、イギリスあるいはドイツでもそういうふうになっているのかどうか。その辺も多少違うのかなと、これも全く印象ですが、そういう感じがしました。
 それから、母体の厚みも日本とはかなり違うのかなと。先ほど座長が言われましたように、名誉職裁判官がベルリンだけで1,500人という形の数でして、連合あるいは日本経団連の方から言われた数字とはかなり違う、その辺はそれぞれの歴史なり意見等なりも違うのかなと思います。
 もう一つは、裁判官の育成あるいは配置の在り方が日本とかなり違っているのではないかなという感じがします。日本の裁判官の育成あるいは配置の在り方は、基本的には裁判官はゼネラリストという形で地裁あるいは民事、刑事、それから家事、少年といろいろな分野をやっていって、ある程度の年数がたったときに民事なら民事、刑事なら刑事という形で流れていくシステムだと思いますし、配置につきましても、基本的には司法サービスの均一化ということで、全国異動で1カ所にいるのは3~4年というシステムで動いておりますが、ドイツの裁判官は約30年ぐらいでしたかね、転勤もなしにベルリンで労働裁判一筋という形でやってこられて、そういう意味で裁判官の育成・配置の在り方ということからしますと、かなり違う。それも訴訟の進行にある程度影響しているのかなという感じもしました。

○菅野座長 石嵜委員はいかがですか。労働法を専門とする職業裁判官制度との関係はどう受けとめましたか。

○石嵜委員 私も基本的にはそこが一番だと思っていまして、イギリスとドイツで参審制があれだけ機能しているのなら、私もそれは機能しているのだと思っています。特にその意味では、労使問題の事件解決に労使が参画して解決していく、ないしは国民の意見を生かすということは必要だと私も思いますし、それが現実にドイツとイギリスで、迅速はイギリスでは大議論されていますけれども、ドイツは適正迅速に、かつイギリスでも適正にそういう形の処理がされていて国民が納得しているということは十分理解しています。ただ、私は専門のいわゆる職業裁判官、労働裁判官が熟練性・専門性を持っているからだろうと思っているんですね。したがって、参審された労使の人たちの意見も十分聞きながら処理していけるというふうに考えますので、これは日本の裁判官の問題ではなくて、ゼネラリストとスペシャリスト、配置とおっしゃいましたけれども、それ以上に労働裁判所という裁判所の制度を民事裁判とは別にドイツは持ち、イギリスはコモンロー裁判所とは別に雇用審判所という別の裁判所を持って、それに裁判官をスペシャリストとして育てるというシステムが前提としてあるのではないか。
 そうすると、今の日本の裁判制度とは基本的に違うのではないか。したがって、もし参審制などを考えるとすれば、システムそのものからやり直すというか大幅に変えて、そしてかつ大量一括でやっていく。少々手続が乱暴と言うと怒られてしまいますが、今の訴訟手続よりは比較論としては乱暴になってもやむなしというぐらいの制度をつくって国民の理解を得ないと、今の時点では日本では難しいのかなと。ただ、思想的には基本的に正しいのだろうとは思っています。
 それからもう一つ、参審制が普遍的な制度なのかと言われますと、私の知っている限りでは、イギリスは雇用審判所についてはドイツの方式を採用して、参考にしてやったので、これは似ているのは当たり前だと私は逆に考えているのですけれども。
 それからイギリスは、労使参画もドイツの方式をとってみたけれども、多くの差別等の事件が出て、労使だけのいわゆる意見反映では十分な国民の意見が反映できないということから独自に公募制に変わったと聞いておりますのでそういう流れではないかと、ここは鵜飼委員と違う認識をしております。

○山川委員 簡単な感想だけです。通訳をしていた関係でじっくり考えることができなかったということはあるのですが、1つはドイツとイギリスで違う面もありますのは、制度設計の影響はともかくとして、ドイツでは同じ人が同じ事件にずっとかかわるとは限らないのですが、しかしイギリスでは同じ人がかかわっている、そういう面で違いがあるのかなという感じがありました。
 もう一つが、今言われた迅速性が1つの大きなポイントで、これは両国共通して、イギリスは事件処理に26週間ということですが、審判期日は大体1、2回で終わるということで、それまでの待ち時間が結構かかっているという感じがしました。その意味で、証拠調べを厳格にやるのは恐らく難しいのかなと思います。日本で言えば少額訴訟などもありますけれども。
 それにもかかわらず、多分信頼を受けている。そのこともまた両国とも共通している点として出てきたと思います。経験が生かされているという点と、割と共通して出てきたのが当事者がそういう関与することによって国民が信頼を寄せているということも言われていたような気がします。証拠調べが簡略であることとその2つの関係をどう見るかということになるかと思います。つまり迅速な審理を行うことと当事者が信頼を寄せていることを合わせて3つをどう組み立てるかという点ですけれども、多分相互に関係があって、恐らくシステムに信頼を寄せているから迅速な審理で細かいことを調べなくても判断が重要視される、そういうことなのかなという感想です。

○菅野座長 懇談会のことでなくてもいいですから、どうぞ参審制についての御意見をいただきたいと思います。

○鵜飼委員 裁判官の専門性が必要というのは余り異論がないところだろうと思います。迅速かつ適正かつ信頼を持った形で事件を処理するためには、これまで以上に専門性が必要になってくる。昨日、実は私、労働事件で証人調べを行いまして、私が反対尋問をしたのですが、非常に専門的というか現場でしか知らないような用語が飛び交って、裁判官はなかなか理解できなくて用語集を出してほしいと言われ、さらに釈明処分として現場に行くということになって日程が決まったわけですけれども、こういうことを見ましても、現場をよく知っている方がいらっしゃればかなりスピードアップあるいは理解を助けることができるのではないかと思いました。
 その専門性をどうつくっていくのかということで、クラーク判事がおっしゃった点が非常に興味深かったのですが、それは個人の努力というレベルの問題ではなくてシステムだろうということだと思います。日本の裁判システムはゼネラリストを育成していくというシステムですが、これから時代は物すごいスピードを持って変わっていきますので、それに対応して司法が役割を果たすためには、それぞれにエキスパート的な部分が必要になってくる。それに対応するシステムでなければいけない。労使が参加することによって、法律の専門家である裁判官が労使の実情を踏まえた議論ができる。そこでコミュニケーションといいましょうか、そこが十分できてさらに専門性が磨かれて深まっていく。例えば20年、30年労働事件をやっている専門の裁判官が労使が必要だと。クラーク判事は、EATという法律審においても労使が必要だと考えるとおっしゃっているのは、常に変わっていく労使の現場の実情についての経験知識を持っている人とディスカッションすることによって、生きた事件を間に入れて、その適正な解決を図ることを通じて専門性がより深まっていく。こういうシステムのことを問題にされたのではないかと思います。
 ですから、本来は日本のシステムを抜本的に変えるということが私の個人的な意見ですが、一気にそうはいかなくてもそういう方向に向けていくのが日本の労働裁判の在り方ではないかなと思います。
 もう一つは、ドイツの和解弁論の具体的な説明を聞いてなるほどなと思ったのですが、あれは単なる和解ではなくて、争点整理といいましょうか、職業裁判官が強力なリーダーシップを発揮してやっていらっしゃる。この事件の見通しを、和解で解決するのか、あるいはきちんと証人調べ、事実審理を行ってやるべき事件なのかという見きわめをその段階ではされる。そしてドイツ・イギリス両国とも争点整理、証拠整理をかなり準備をして、集中的な証拠調べは原則的に1回ということは、そのために相当準備をする。そしてきちんとした準備を経た上で集中的に証拠調べを行う、これは日本とかなり違う。こういう意味では計画審理ということになるのかなと思いますけれども、特に労働事件においてはそういう争点をきちんと整理し、証拠を集め、そして証拠調べはのんべんだらりとやるのではなく、そういう準備を経た上で集中的に行う。それによって心証をきちんととって早く結論を出す。これはドイツ、イギリスに共通するところだなという感じがいたします。
 日本の今後の制度の問題ですけれども、改革審の意見書の基本的なメッセージは、今までのお上意識といいましょうか、司法に対して国民が関与、参加しないで、ある意味では官僚的な裁判所の判断にお任せする。改革審では、時代の変化に伴ってこれではだめなのだ、国民が参加し、司法に対しても責任を持つ。もちろん職業裁判官の役割は非常に大きいわけですけれども、それとともに国民が参画するということが改革審のあるべき司法の姿としてのメッセージだと思います。そこで裁判員制度という日本に従来全くなかった刑事手続における制度が導入されることになりました。これは私は本当に大きな変化だと思います。
 それと、民事手続の中では、家事審判にあった参与員制度を人事訴訟法の中に導入することになっておりまして、これは民事訴訟の管轄が地裁から家裁に移ることに伴って、民事訴訟全般、例えば夫婦関係の問題とか親子関係の問題等について、一般市民社会の常識をそこに反映させていくということで、参与員制度を大幅に導入していくという方向が出ております。これもまさに国民参加の一形態です。
 私は、労働分野というのはまさに労使の参画が歴史的にもなじむ分野だと思いますし、日本においては50年以上の歴史を持つ労働委員会がありまして、この制度設計はいろいろな問題があるのでしょうけれど、労使紛争の場面において労使が参画するという先駆的な一種の参加制度でありますし、あるいは労災保険に関する問題についても労使の参与がありますし、労働分野においては参与や参加のさまざまな形態があります。私は労働裁判においても、ここで一歩踏み出すべき時期ではないかなと思っています。

○春日委員 この間の御意見がないので、若干感想めいたことだけよろしいですか。
 先ほど山口委員が言われたように、大量事件の迅速処理という観点から見ると、ドイツもイギリスもそれぞれの土壌の中で、一般的に言うと事件処理は相当うまくいっているという印象を持ちました。
 ただしもう少し立ち入ってみると、とりわけドイツでは、どうも審理が1回とか短期間のうちにやっている。それ自体は迅速でいいのですが、攻撃防御方法についてかなり失権効を働かせているようなので、ここは日本とはかなり違うのかなという印象を持ちました。日本では民訴法中に攻撃防御方法却下の規定はあるけれども、まず却下することは多分ないと思いますけれど、ドイツの場合は失権効を働かせるようなことをおっしゃっていましたので、その辺は日本と違うのかなと感じました。
 ただ、ドーデンホフ裁判官が言うには、当事者は解決の内容に満足している、それから判決の受容性が高いとおっしゃっているので、ドイツ人の感覚からするとそれでもいいのかなと思ったのですが、日本人の感覚からすると、あれだけ迅速にやって、しかも後から伺ったところによると、証拠の出し惜しみはあるとおっしゃっているので、そうすると必ずしも全部証拠が出ていなくても結論は出してしまうことになるのかなと思って、そういう意味では迅速性のために手続の適正性を少し犠牲にしているのかなという印象を若干持ちました。

○村中委員 印象としてはかなり荒っぽいことは荒っぽいですよね。しかし、労働事件の場合と、通常事件でドイツがどのようになっているかを比較すればおもしろいのかもしれませんけれども、労働事件に関して言えば、多少荒っぽくても早くやらないといけないということが留意されている。特に解雇事件に関して早くやってあげないと困ると。それを強く意識されてそうなっていると思いますので、多少難事件であってもその早さということについてはなるべく努力する。
 先ほど山口委員が実体法が大分違うのではないかとおっしゃいましたが、恐らく解雇事件に関しても規定は確かにありますけれども、解雇が有効になるのは人的な事由であるとか労働者の行為であるとか、あるいは経営上の理由によって根拠づけられたら有効だけれどもそれ以外は無効という規定があるだけで、実質論は余り変わらないと思います。ですから、そこでは諸事情を考慮してやっているわけですけれども、もっとも膨大な裁判例が蓄積されておりますので、一定のタイプに関しては判断の枠組みというか筋道といいますか、手順といいいますか、そういうルール化が相当明確にされています。
 また、労働条件の不利益変更のようなケースはないのかというと、就業規則の不利益変更という問題自体は、就業規則制度自体がありませんのでありませんが、しかし類似のケースはあるわけです。使用者が裁量をもって変更するというケースについて、その裁量の限界はどこかという問題はありますので、同じようにそれは公正かどうかというチェックがかかる。そこでいろいろな問題が考慮される。そういう事件についても多分同じように迅速に処理されていて、そこは一種の割り切りというか、1回なら1回で決めてしまう、そこを割り切れるかどうかという問題なのかなと思います。
 迅速さを確保しないと、今のままでは労働事件、労働紛争の解決のために裁判所を利用するということはなかなか難しいのかなと思います。これは参審と切り離して考えられるのかもしれませんけれども、少なくとも迅速な手続を用意しないと、労働紛争の解決にとってはだめという感じがしますので、少なくとも迅速性を実現できるような手続は必要かなと思います。

○菅野座長 矢野委員、資料153を出していただきましたけれども、何か補足されることはありますか。

○矢野委員 前回は途中経過の御報告をしたのですが、最終結果が出ましたので皆様にお配りしました。傾向的には前に御説明したことと変わっていないと言っていいと思いますので、もし何か御質問があればお受けしますけれども、貴重な時間ですから、取り立てて説明を加えないでもいいのではないかなと思っております。

○石嵜委員 今の迅速性と、イギリスとドイツの判決とか労使参加した処理に対して当事者の受容性が高いというのは、これは私自身の個人的な考えで、鶏が先か卵が先かはいろいろあるのですけれども、前回イギリスの裁判官のお話で、3,000件ぐらいの労働事件数ならば、今のイギリスのような形の雇用審判所がなくても、それはそれで制度としてあるのではないかと言われたような記憶があるのですが、ドイツが60万件、イギリスも最終的に雇用審判所で10万件くらいの処理をする。日本ではそれは企業内で解決されていたり、各種のADRでいろいろな人の関与で解決されてきている。したがってそういう事案については、日本も雇用審判所をつくって処理していけば受容性は高いと思うんですね。ある程度妥協したり、何か解決の道が見つけられる。だからこそ何らかの解決案が迅速に出してくれれば、何となく両方ともそれで納得していくという感じがします。そうすると、日本のような最終的に裁判所にきている3,000件の労働事件を核にしてこれを考えて、そういうものでドイツとイギリスを考えたら、本当に90%以上の労使参画した形で処理して、受容性が高いというふうになるのかなというのはこのごろ疑問を持っております。
 したがって、受容性に関しドイツとイギリスが参考になるのかなというのが1つと、日本の場合、そういうふうに核として出てきた3,000件については、迅速性も本当に必要だと思います。鵜飼先生が言われれば、労働者の解決のためにそのとおりですから。ただ、それとともにここまできたのだから、きちんと適正に、ある一定の審理期間をかけてでも判断してくれという要請もあると思われますので、そういうものをドイツのような形で処理していいかは今は気になるというか、あのときに気づけばよかったのですけれども、その母数の違いが見えていないところがいろいろあるのではないかという気がしています。

○春日委員 そういう御指摘もあると思うんですね。というのは、和解で解決しているのは多分半分ぐらいで、それはもともと日本では企業内での紛争解決で解決できるような、比較的軽微なものだと想像致します。だから、そういう意味で受容性が高いのだとも当然見られると思います。

○鵜飼委員 私はドイツもイギリスも迅速性だけを追う余り適正性をないがしろにしているとは思わないので、人間の制度の中で労働紛争の持つ迅速性にできる限り応えながら、かつ適正性を求めている、その仕組みをつくっているのではいなかと、その努力をしているのではないかと思っているわけです。
 クラーク判事のお答えに対する私の理解は、この10年間で1,000件から3,000件に増えた、確かにそれは10万件とか60万件とは違う。しかし、こういう形で5,000件、1万件になった場合は今のシステムでいいのでしょうかという問いかけだったと私は理解しました。
 石嵜委員は、日本ではADR、企業内解決があるからということをおっしゃっていますが、この数年間でADRの整備が始められてきたわけですね。しかし、例えば地方労働局の助言、指導や斡旋の数は増えています。しかし、本当にどれだけ機能しているか、あるいは具体的な紛争の中で利用者の信頼性がどれだけあるのか。これはまだ十分論証されていないのですが、私たちが少なくとも相談を受ける限りにおいては、その受容性といいましょうか、それに対する納得度というか満足度が非常に低いのが現実です。
 ADRでも地方労働局でも労政事務所の斡旋は従来からやっておりますけれども、これも事実関係をきちんと証拠に基づいて調査し、それに基づいた法を適用するという仕組みにはなっていないわけで、むしろそれは犠牲にしているわけです。
 裁判というのは、事実は一体どうなのか、それに対する法の適用はどうなのか、その結論はどうなのかということを求める手続でありまして、それはもうるる言うまでもなく、紛争解決システムのまさに要ですね。それが利用できるようにして、十分機能させていくということがまさに今の議論の中心でなければいけないわけで、それがこの10年間で3倍ぐらいに増えている、もっとニーズが高い中で、日本のシステムを迅速性とプラス適正性をどういうふうに両立させていくのかということを考えなければいけない。
 私はラフジャスティスという印象は余り持たないんですね。20年、30年やっている労働事件専門の裁判官と労使の参審員がいて、具体的事件を審理するに際し、問題の本質をつかむために要する時間は圧倒的に日本と違うと思います。それは私が実務をやっていても痛感するわけです。それを把握し、さらに双方の主張を早く出させて証拠を整理して集中的な証拠調べを行うことによって、適正性と迅速性を担保しようとしている。この努力は私たちは謙虚に学ぶべきではないか。いつまでも1,000件前後の事件数でとどまるわけではない、多くのニーズがある。簡易定型訴状を私が提案しておりますのも、多くの人たちが裁判を利用したい、そしてなかなか利用できないという現実があるわけで、そういうものを利用していくことが必要だと思います。

○髙木委員 石嵜委員と春日委員がおっしゃいまして、山口委員のお話もそういうニュアンスがありましたが、私どもが承知している例えばドイツの戦後何十年の歴史で司法制度といいますか、裁判制度等についても恐らく何十回、何百回の調整を経て改善努力が積み重ねられてきていると聞いておりますが、そういう中でラフジャスティスという側面が多くの国民が問題にするようなレベルでもし仮にあるとするならば、ドイツの国民性等を考るとドイツ国民が黙っているか、れは必ず何か改善を求めるはずだと思います。そういう意味では納得性・受容性の面は非常にレベルが高いと認識しているとお2人の裁判官が言われましたが、2人の表現ぶりを疑えば別です。嘘を言っているのではないか、誇張しているのではないかと受け取れば別だと思いますけれども、それを信頼というか、きちんと報告していただいていると受けとめると、受容性・納得性は高いのだろう。きちんと時間をかけて精密にやるにこしたことないという議論もありますから、一方で迅速性の要請、そのバランス・兼ね合いをどの辺で判断するのか。きちんと時間をかけてやっている日本の裁判の納得性・受容性は労働事件の場合にどういうレベルにあるのか。
 これは先ほど矢野委員に提出していただいた資料を見せていただいても、経営側の皆さんの御感覚でも納得性・受容性いろいろな感じがあることは、これを見ても読み取れる。そういう意味で納得性とか受容性という問題は、どういう予見、あるいはどういう制度的なバックグラウンドがあったときに高まるのかという点ではもう少し突っ込んで、こういう面から見たらどうなのだろうかという議論も場合によっては必要ではないか。
 先ほど来出ております裁判官の皆さんの専門性の問題は、労働にかかわらず、日本はゼネラリストというかキャリア裁判官システムですか、確かにアプライ型の裁判官の任用システムと、ドイツはユーザーか何かの中間みたいな感じもあるようですが、その辺の問題についてもキャリアシステムが本当にいいのかどうか。
 「法曹一元」という言葉は、審議会のときの議論でも途中からこの言葉を使うのはやめようということになりましたが、いわゆる裁判官の給源の多様化論は審議会でもいろいろありまして、裁判所等に書かれております裁判官になる条件を備えた人たちはいろいろなジャンルで働いてきた人もおられますが、99%といっていいぐらい判事というチャンネルで裁判官の仕事を続けられる人たちがなっている。
 鵜飼委員、石嵜委員がおられますけれども、法曹一元というスローガンを手あかに汚れさせてきた日弁連も日弁連だと思ったりもしますけれども、そういう面が逆に日本の裁判制度のネックになっているのなら、それはそれでもっと本質的な改革として、裁判官の任用の在り方、あるいは配置ローテーションの在り方、あるいは専門性をつけていただくべく必要な研修をどうされるのか等々、裁判官サイドの改革といいますかアプローチをほっておいて、それが制度の違いの大もとだから、それはそれで現状の制度が持っている欠陥を含めて予見とする議論というのはいかがなものかなと思って、先ほど来の議論を聞いておりました。
 そういう意味ではゼネラリストも裁判所の中では必要なのかもしれませんし、昨今これだけ分野ごとの専門性が求められる時代に、特許事件等は専門性の高い裁判官を多く配置しようというお話もあると聞いておりますが、専門性に関する裁判所の中のお考えもいろいろ議論されているのだろうと思いますけれども、専門性がないことが当然だみたいな論議ではいかがなものか。この場でする議論とちょっと違うかもしれませんけれども。
 審議会の意見書にも専門性という言葉が、一番最初の審理期間のおおむね半減という最初の「○」にも書いてあったと思うのですが、それは多分そういう認識なのだろうと私は受け取っています。

○鵜飼委員 日本では時間をかけて精密にやっている、それに対してドイツ、イギリス、ヨーロッパ等はラフジャスティスだという御批判がある…、これは少し違うのではないかと私は思います。少なくとも労働事件においては日本の裁判は確かに時間がかかっています。しかし、それは精密にやっているかといいますと、精密にやっていると思いません。どんどん職場の状況は変わります。1年、2年先に証人調べをやって、果たして本当にその証人の信用性なり証言の内容がわかるのか。証拠は時間がたてばたつほど新鮮さは失われてまいります。どれだけ早くその事件の争点、その事件の本質を把握するか、これが非常に大切だと思っています。
 一生懸命やっていらっしゃる裁判官もいらっしゃいますし、非常にすぐれた裁判官もいらっしゃいますけれども、全体として見た場合に、裁判所は労働紛争の本質がなかなか把握できなくて、結果的には訴訟指揮権や釈明権等を発揮しないのではなく、発揮できないでいるのではないかと思います。ですから、事件の本質・真相がなかなか把握できなくて、1~2年かけてやっと把握できる現実があるのではないか。私は実務面でそういう感じがするわけです。
 それに対してドイツ、イギリスで学ぶべき点は、裁判官自身が労働紛争に精通している。そこに労使が参画していることによって、ある事件のバックグラウンドを含めて事件の本質をより的確に早く把握できる。したがって、一定のリーダーシップを発揮して、争点整理、証拠整理ができる、そして集中審理ができる。こういうことがあるのではないかと思います。
 ですから私は、判断者側、裁判所側の専門性の強化は絶対不可欠だと思います。事件数はこの10年間で3倍に増えたわけで、これからもニーズがあるわけです。迅速と適正というのは両立させなければならないわけです。証人調べは3、4年後にやったってだめなんです。証拠も人証も本当に新鮮なうちにやって、初めてその真相が把握できるということがあるわけです。私は、精密司法といって一方でラフジャスティスということを非難するのは、少なくとも労働事件に関する限りにおいては違うのではないかと思っています。

○山口委員 基本的には労働事件の専門性について私と鵜飼委員とは認識は違いますけれども、基本的には現行の労働訴訟の民事訴訟ですから、当事者が主張立証して、それを裁判所が判断するというわけですから、基本的な訴訟の進行については当事者が第一次的な責任を負うと私は思います。それを裁判所の方が調整するというのが基本的なスタンスなので、言われるように現状では、率直に言ってもっと主張したいといった場合にそれを切るというようなことは強権的にはやっていません。それをやれとおっしゃるならはそれはやります。証拠調べについても、裁判所が今のところ2年も3年も先に証拠調べをやる事件というのはそんなにめったにはないと思うんです。せいぜい1年前後の間に証拠調べ期日は入っていると思いますが、その証拠調べにしても、少なくとも反対尋問は記録を読んで次回にさせてほしいとか期日が弁護士の都合で入らないというような事情も相当あるわけで、それは必ずしも裁判所の責任だけではないと思います。
 そういう意味で言えば、少なくとも現状の訴訟のやり方について、そういうことでやってきた裁判所がいけませんけれども、代理人なりもお互いに反省して早くやっていくような形につくり上げていく必要があるのではないかと私は思っております。
 もう一つは、裁判官の養成・育成で、ゼネラリストがいいのかスペシャリストがいいのかは両方の考え方があるのだろうと思いますし、それは労働事件だけではなく、例えば行政事件、財政事件についてどういうふうに考えていくかというトータル的な視野の中で考えていく必要があるのだろうと私は思っています。
 ただ、現在の改正民事訴訟法は専門委員制度の導入からもわかりますように、基本的にはゼネラリストという前提で、ゼネラリストが足りないところを専門委員の専門的な知見で補って付加していこうというスタンスだと思いますので、そのスタンスと平仄が合うのかどうかは1つあるのだろうと思っています。

○鵜飼委員 弁護士側の事情もあるということは私も十分理解しておりまして、裁判所だけの問題ではないと思います。まさにシステムの問題、それに安住していた点は我々弁護士側も本当に反省しなければいけないと思っています。
 新民訴法ができて、今度は迅速化法ができる、これはまさに改革審の意見の流れでできましたし、今回の民訴法改正によって計画審理が導入されます。そういう意味では、当事者任せの漂流型の裁判ではなくて、国民のニーズに合い、そしてめりはりのついた一定のタイムターゲットを持って、迅速に処理していくことが訴訟関係の当事者、我々も裁判所もともに責任として求められてくる状況に現在なっていると思います。
 特に労働事件についてはどうなのかということになりますと、弁護士、裁判所ともに専門性が要求されますし、さらに迅速に処理するためにお互いに努力しなければいけない。したがって、主張立証はこういうふうにめりはりをつけてこれまでにやりましょうというタイムターゲットを決めてやっていくということは、何も当事者主義に反していない。まさに当事者主義を活用しつつ、国民のニーズに合うための迅速適正な処理のためのルールですから、協議の上でそういうことを計画を決めるという方向性は、これは弁論主義等に反するものではないと思います。むしろそれが国民から求められている、司法を機能するために求められている、それに応えないといけない。これは裁判所だけに言うわけではなく、我々もそのために努力しないといけないということを痛感しています。

○山口委員 今の点は全く異論はありません。私もそう思っています。

○菅野座長 意見交換会で英独の2人の裁判官が、日弁連から送られた質問書に答えてプレゼンテーションをした中で、日本が参審制について感じている懸念というものについての答えがありました。中立性、公平性についての懸念と、適格性に関してどういう資格や能力を要求しているのか、それを果たして満たしているのかということに対するお答えについてはいかがでしたか。中立性についてはそういう実際上の懸念はない、実際の判断においてはほとんど一致しているという点で2人とも同じ回答のようでした。
 それから適格性、非職業裁判官についてどういう能力を前提にしているかについて、法的な能力よりは雇用労使関係の現場の知識経験があれば、それで裁判に貢献するというふうに私は受け取ったのですが、その辺も含めて、ここは今まで検討会で議論してきたことなので、感想やコメントがありましたら述べていただきたいと思います。

○鵜飼委員 私もそこが一番注目点だと思って2人の回答を検討してみたのですが、実際上の懸念がないというのは両者共通していると思うんですね。実際上、中立・公平性について問題があるということは体験したことがないとお2人ともおっしゃっていました。
 また、制度的な担保が例えばドイツでは参審員になることについて妨害を許さないという法規制があり、不利益取扱いの禁止の規定があり、それに対して例えば刑罰の対象になるというふうに、裁判官の中立性、公平性を担保する制度的保障があるという説明があったと思います。現実に中立性、公平性を害する言動があった場合にはいろいろな形でそれを是正する。現実の運用の場では例えば裁判長がたしなめるとか、当事者双方がそれに対して指摘するとか、そういうことも言われました。
 そういう意味では、中立性、公平性は制度設計上、非常に大事なポイントだと思いますけれども、それは克服できないものではない。日本の労使が中立性、公平性を損なうような制度に耐えられないような状況ではないと思いますし、ヨーロッパでできていて日本でできないことはないだろうという感想を持ちました。
 適格性については、むしろ経営側、労働側で何年かの経験を持っている人なら大体共通して適格性があるということをおっしゃったと思います。むしろ問題は、時間の割振りがなかなかできないということだということでは、日本でもかなり共通する面があると思いますが。雇用労使関係についての実務的な知識経験とおっしゃいましたけれども、そういうものが要求される、法的な知識経験は必要とされないということは、両者とも共通していたのではないかなと思います。
 そういう意味では、日本でやるときには制度の要になるような部分は大事なところですので、危惧が実現しないような手当は絶対必要だと思いますけれども、それを余り心配しますと、制度自体を変えることはできないことになりますので、現実に運用されている実例を見るとそういう形でクリアしているということを考えますと、私は日本でも十分に実現できるという感じを持ったわけです。
 労使の現場では双方の代表として交渉をやっている人も、裁判所にくると中立的な立場であって、例えばドイツのドーデンホフ判事のエピソードで興味深かったのは、司法修習生が合議の場に立ち会ってどちらが使用者側か、どちらが労働側かわからないというようなこと。これは私がイギリスに行ったときにも聞いた話でありまして、なるほどなと思ったんですね。合議の場で本当に中立、公平にできると私は思っています。例えば労働側、経営側でやっている我々弁護士も、イギリスではパートタイム裁判官になれますし、さらにはフルタイムの裁判官になっていくルートがあるわけですから、できないことはない。自らの体験でもできると私自身も思っておりますけれども、ドイツ、イギリスの経験からいっても十分できると思います。

○石嵜委員 中立性については私は何とも言えない、おっしゃるとおりですと言うしかないのですけれども、適格性についてはここでも議論になりましたが、労使の代表は、裁判官が今お持ちのようないわゆる法的知識とか訴訟手続のレベルの話になればそういう能力はない、それは当然だと私は思っています。そういう能力を労使の代表に求めたのではなくて、日常日々のいわゆる現場の体験を通して解決に生かしたいというお話ですから、それはドイツの方のおっしゃるとおりだろう。ドイツの方のお話で特に興味深く一番気になっていますのは、マーケットの変化と、企業内の組織体制、賃金体系や人事体系の急激な変化、そして労使関係の在り方。こういうものは日々変化していきます。今からもっとスピードが上がっていく。とすると、そういう変化を踏まえた形で裁判をやっていただかなければいけないとすれば、そういう経験を持っている人を送り込むという意味で、現役に限定しているというドイツの話は、適格性についてはそこがポイントだったのではないだろうかと考えています。ただし、そうすると現役をどれだけ入れられるのかという人材確保の問題はまた別に出てくるのだろうと思いますけれども。

○菅野座長 しかも大体月1回と言っていましたね。人材の供給の問題がありますね。

○石嵜委員 ですから、逆に言うとベルリンでは1,000人以上を用意しておかなければいけないということですね。

○鵜飼委員 ドイツは事件ごとにつくのではなくて期日につくという感じですね。イギリスは逆に事件ごとにやるわけで、そこに違いがありますね。

○髙木委員 日本経団連のアンケートを見ると、企業が出せるか出せないかということになっている。日本の企業というのはそういう仕組みができたらきちんと対応されるのだろうと思いますが、仕組みができないうちは、仕事が忙しいからそんなところに出ていってもらったら困るというような感覚がかなりまだ残っているというのがこのアンケートから受けた印象で、企業の社会的システムへの貢献という側面も入れて、企業の側は制度ができたら多分お考えになるのだろうと思います。弁護士のプロボノのような、企業社会にも当然そういう感覚のものは求められる時代だろうと私どもは思っております。
 7月5日の意見交換会議事録の7ページ、イギリスのクラーク判事が「レイメンバーの役割は、証人の証言の信用性の判断、不公正解雇における公正さの判断」という表現も使っておられたり、8ページに「レイメンバーの1審での役割は非常に価値の高いものである。貢献は労使関係の常識をプロセスにもたらすこと」というお話がございましたが、もちろんドイツの方は名誉職裁判官を何十年もやっておられる人たちで法手続、司法手続についても大変詳しくなっておられるというお話もありましたが、そういう意味での習熟というのは当然訴訟手続等についても順次もたらされるのだろうと思います。一番期待されているのは、クラークさんが述べられたこういう役割だろうと思います。そういう次元で言えば、これも慣れなどの面もあるかもしれませんが、制度を動かし始めれば、日本の社会は労使ともに十分対応できると疑っていないのですが、やる前から心配ばかりしておるということは、やらぬということとイコールと思えるような議論も時々ありますので、こういう役割のためにということでよいのではないかと思っています。

○矢野委員 ヒアリングに出ていないので、御出席された方にお伺いしたいと思うのですけれども、ベルリンの1審の件数でも、最初の入り口のところでの和解というか調停みたいな形で3割ぐらいが解決して、実際に判決にいくのは8%だというのですが、私がドイツのBDRの人たちとの大分前のディスカッションで聞いたところでは、英語ではコンスリエーションヒアリングと言って、そこでは職業裁判官しか出ないという話を聞いたのですが、それでいいのかどうかということ。そうすると、要するに1人でできてしまうということですね。判決の8%の部分にだけ関与するのか、あるいは裁判が始まってからも、始終和解の試みがなされているというふうに聞いたこともあるのですが、非職業裁判官の関与の仕方は入り口が終わった後どういうふうになっているのでしょうか。そういうことは議論に出ましたでしょうか。

○村中委員 最初の和解は職業裁判官だけですね。ですから、それで片づかなかったものについて3人でやられるということで、実際の審理でも途中でとめて、裁判官が和解を進めるということは当然あるわけです。実際にそこで和解になるということはあります。

○矢野委員 その途中での和解のときには職業裁判官だけで、最初のようにやるのでしょうか、それとも3人が一緒にやるのでしょうか。

○村中委員 恐らくそのときには、労使の裁判官に双方を説得させてみたりといろいろな形態があると思います。

○鵜飼委員 この辺は議事録の4ページに記載されていますね。
 和解弁論が単なる和解の打診だけではなくて、その事件の争点がどこにあるかということを調べ、把握し、そして和解が可能であれば和解をするのでしょうけれども、和解ができない場合には証人とか書証について所在を確認して、その書類の収集を図っていくというイメージで私は受けとめました。2回目までにそういうものを全部集めさせて、1回目と2回目の期間の間に読んでもらって、職業裁判官が名誉職裁判官に説明をする。そのプロセスで和解もありそうな、常に和解の努力をするということですね。

○村中委員 ドイツの場合は職業裁判官のリーダーシップが非常に強いですから、名誉職裁判官が職業裁判官から事件の内容に関するいろいろ説明を受けて、それを基礎に自分の知見を加えて協力する、そういうイメージですね。ですから、逆に言いますと職業裁判官の負担が非常に大きいわけです。1人でやらなければいけませんし。日本の場合は3人でおやりになっているわけですね。プロ3人で、話し合いながらされているのかどうかよく知りませんけれども、多分法律問題に関しても少し意見を聞きながらやっておられるのかもしれませんが、ドイツの場合は多分1人でそこは全部処理されることになるのではないかと思います。
 制度全体を見ると、養成にお金と時間のかかる裁判官を効率よく使うシステムとも見ることができるわけです。日本の場合はすごく贅沢なシステムです。非常にお金のかかった貴重なリソースである裁判官を、1つの事件に関して3人もつけて審理をしている。そういう意味では、同じ期日1回でも3倍のコストがかかるとも言えるかもしれませんね。

○菅野座長 労働参審制の是非については、今まで議論してきていわば締めくくりの階に入っていますから、言い足りないことは述べておいていただきたいと思います。

○鵜飼委員 シンポジウムで合議の結果はどうですかという質問があって、お2人とも若干躊躇しながら98%一致するとおっしゃっていて、ほとんど一致するということだと思います。この検討会の議論もそうですけれども、共通の裁判なら裁判という土俵のもとで同じ事実と証拠に基づいて議論していけば、自ずからコンセンサスができるのだなと意を強くしました。そういう意味では、立場が違っても共通の目標に従って同じデータなり事実に基づいて議論していくことによってコンセンサスが図られるという参審制度の仕組みが非常に参考になるのではないかと思いました。

○矢野委員 今までたくさん発言しまして、同じことを何遍も言うのはなかなか努力が要るのですけれども、申し上げなかった点もありますので申し上げたいと思います。
 先ほどヒアリングでの御報告で歴史的背景ということが言われましたけれども、私はどの社会にもその社会にふさわしい社会システムがあると思います。特に紛争処理のシステムあるいは紛争を予防するシステムは労使関係の中で一番よくあらわれるわけですが、それはその国の労使関係の歴史とか紛争の歴史とか、痛い思いとかいろいろなことが重なって生まれてきている制度だと思うんですね。ですから、それぞれの国に安定したシステムがあるのは当然のことでありまして、私も個人的な体験ですけれども、ヨーロッパで仕事をしておりまして、大陸もイギリスもそれなりの安定した社会システムを持っている、ある意味では当然のことですけれども、そう思いました。だからといって、それを日本に持ってこられるかどうかは別問題でありまして、今回の議論を感じますと、広い意味で言って国民参加は必要だと思いますし、そのこと自体を否定するものではありませんが、労働調停という新しい仕組みあるいは専門員制度を導入することが決まっておりますから、それを充実していく中で参加というものを具体化していくのがいいのではないかと思います。
 一方で、両国の参審制度についてのお話を聞いていて思いましたのは、裁判官の労働問題に対する専門性を高める努力ついては考え直す必要があるのではないだろうか。それぞれの国の指導的立場にある裁判官が外国に行ってお話しなされば、例えば山口裁判官がイギリスに行ったら日本の制度はいいとおっしゃると思うのですが、そういうふうにある意味での自信を持って自分の国のシステムについて責任を持つ、運営していくということではないかと思うんですね。今度突破口を見出そうとするならば、先ほど言ったような形での参画の仕方がいいのではないかと思うわけです。
 私は、特にADRの斡旋までを裁判所以外でやるというシステムづくりについては、使用者側を代表してずっと参画してきました。調停は何しろ裁判所という屋根の下でやるべきだと。そこには裁判官もいるし、民間を代表する人たちも入ってやるというところに重い信頼性というものが生まれてくるんじゃないか、それがまず先決で、そこから先のことは、あるコンセンサスが得られなければ進むことはできないと思うんですね。
 私どもも不十分な調査であったとは思いますけれども、会員企業の意見を聞いたり、日本経団連の中でもそういう検討委員会をつくって何十回も議論してきました。そういう中でそこから先まで進むコンセンサスというのは今は甚だ薄い。ゼロとは申しません、ですから、コンセンサスではないんですね。少数意見として存在することはアンケートにも出ているとおりでありまして、私どもの考えとしては、こういうある前提条件のもとにそのシステムを考えていくということになるのではないかと思うんですね。

○菅野座長 労働参審制の当否について締めくくりの御意見があれば伺って、それで休憩に入りたいと思いますので、どうぞ御発言をお願いします。

○髙木委員 矢野委員の御意見は何度もお聞きしていますし、ここでまたやり合いをするつもりはありませんが、世の中にこういう課題があり、それを何とかいい方向に向けていこうというときに、会員企業や会員団体の皆さんの御意見をお聞きになると、私どもの調査ではこれと反対の結果が出てくるかなと思ったり、また、私どもの中にも日本経団連の皆さんが言われるような御意見のものも出てくるかもしれません。そのときに時代の先行きをどんなふうに見られて、それに対していろいろなシステムづくりなどでどれだけの先見性を持って団体の意思をリードされていかれるのかということ、もちろん民主主義というのは大切なことですが、民主主義を団体内で根づかせていくという意味でも、先見性みたいなものでリードしていく面が、内政干渉みたいな話でお叱りを受けるかもしれませんが、そういう面が必要ではないかなということを、今お話がございましたので、失礼を顧みずあえてお願いをしておきたいと思います。

○矢野委員 基本的なスタンスは全くそのとおりで、私も司法制度改革審議会のときからこの問題を考え続けてきたんですね。あのときにも旧日経連としての意見書を出しましたし、私自身の名前でも何回か意見書を出しているんですね。
 けれども一方、私も学校で多少法律をかじったり、会社に入ってからも少しかじったり実務でやったりしたものですから興味がありまして、参審制、参与制って聞いたこともないような話であるけれど一体どういうことなのかというので、随分勉強してみたんです。そういう意味で私は日本経団連の代表としてここに出ているということはあるけれども、同時に一個人として、将来日本の法律の裁判システムをどうするかということを考えるというポジションも持っているつもりなんですね。
 同時に、なるべく幅広く意見を聞くということがないとよくないだろう。それはコンセンサスづくりであり、そのプロセスは民主的でなければならないと考えて、できるだけ幅広く意見を聞いたということなんですね。そして出てきた意見が、これをどう価値判断するかは、私は個人差があっていいと思うんですけれども、大きな流れとしてここである以上は、今これを一歩進める状況にはないと判断せざるを得ないと思ったんですね。
 社会安定のシステムをつくっていこうということでありますから、現実に足を乗せて変えられるところを変えていくということが一番いいのではないかと思うものですから、髙木委員の御指摘に答えているかどうかわかりませんけれども、そういう思いでやっております。まあこれはお互い様なんですよね。

○菅野座長 ほかにいかがでしょう。それではこれで労働参審制の議論は一応締めくくって、10分間休憩します。

(休 憩)

(再 開)

○菅野座長 再開させていただきます。
 残った時間では、中間的な制度が考えられるのか、その方向はどういうふうに考えられるのか、言いかえると他の選択肢をいかに考えるべきか、そういう点を議論していただいて、最後に次回以降の進め方について御意見をいただきたいと思います。
 雇用労使関係に関する専門的知識経験を有する者の関与する裁判制度の導入の当否という点については、労働参審制の当否を中心にして議論していただいたわけです。それに関しての御議論は休憩前のような状況でありまして、これをどうごらんになるかはそれぞれ違うかもしれませんが、いずれにいたしましても、中間的な制度の可能性、方向性、そういう意味での選択肢としてはほかにどういうことがあり得るのかという点をさらに議論していただきたいと思います。前回までにも一定の議論をいただいていますが、それの続きのような議論をしていただければと思います。

○春日委員 前々回、そういう中間的な制度の方向性はないのだろうかという発言をしまして、前回は簡単なイメージをお話ししただけなので、今回はそれを少し補足させていただいて、ある程度の手続の特徴についてお話しできたらと思っております。
 従来からの議論ですと、参審・参与制度の導入をするのかどうか、逆に労働調停、専門委員制度を活用するのか、大きく言うとこの2つの柱で、その中でどうするかという議論だったと思います。それだけでこのままいくというのも1つの在り方かもしれないけれども、しかしそれだけでは結論が出ないということになれば、それなりに中間的な制度の方向性を考えてもいいのではなかろうかと思っているわけです。
 もっとも、その中間的な制度が果たしてどういうものかと言われるとなかなか難しいのですけれども、私自身がある程度イメージしているものをお話ししまして、皆さんの御意見なりを伺えればと思っています。
 幾つかの手続の特徴をまずお話しした方がいいと思うのですが、もともと参審・参与という制度の是非を検討してきたわけですから、ある種の労使の委員と裁判官との合議体で審理して決定する手続が考えられないだろうかと思っています。ですから、労使の委員と裁判官は1つの重要なポイントだと思うのですが、そういう合議体が行う手続を考えられないかと思います。
 その手続をもう少し具体化しますと、例えば調停では、相手方が応じないと言うと事実上もはや手続は進められないことになっていますが、中間的な制度としてはそういうものではなくて、申し立てがあれば相手方はその手続に応じなければならないという手続を考えております。ですから、相手方にとっては手続に応ずる義務があるという手続にしたらどうかと思っています。
 結論をどう出すかということですが、これもなかなか悩ましい問題ですけれども、調停の場合には17条決定があり、そう頻繁に17条決定を出すわけではないのですが、私自身が考えているのは調停だけでは物足りないというか、17条決定が出て相手方が異議を述べたらもうそれで効力がなくなってしまうというのでは、せっかく労使の委員と裁判官で結論を出しても無駄になってしまうので、そういうことのないようにというか、決定という形式でするかどうかは別としても、ある種の裁判を必ず行うことにしたらどうかと思います。もちろんその手続の過程で和解勧試をすることももちろんある、そういう手続を考えています。
 それから、決定に対する不服申立てをどうするかということも重要な問題だと思いますので、不服申立ての方は決定に対して異議を申し立てることができるということにして、その後どういうふうに処理するかはいくつかの選択肢があるかと思います。
 異議が出ても一定の期間を経ると、異議を出したままでは当初の決定が確定する。もしも当初の決定に対して異議があって、それを是正したいということだったら、これは訴訟を提起してもらう。その場合には訴訟手続の方に移行する。労使の委員と裁判官で審理して決定するという手続ですから証拠調べはもちろん行うということで、ここも調停とは違うことかと思います。
 ただ、証拠調べ云々といって手続が重過ぎて、実質4審制のようなものになっても困ると思いますので、そういうことは避けるべきでしょう。そう考えると、何回も期日入れるのは好ましくないような気がしますから、一定の回数に限ることとする。少額訴訟では原則1回ということで、1回というのは極端でしょうから、もう少し多くし、せいぜい3回くらいの期日を入れるような手続を考えたらどうかと思っております。
 調停についても言われていたことですが、調停手続をだらだらやって、結局訴訟までいく間に時間がかかってしまう、それでは何もならないという議論もありましたから、そういうことはできるだけ避けるように比較的短期間の手続にする。もちろんそこで当事者の合意が調えば、それはそれでいいわけで、合意が調わないときには決定を出してもらう。それから決定に不服があれば本来の訴訟手続に移ってもらう。こういう手続で、私がイメージしている手続としては、非訟事件手続法が準用されるような手続であって、かつそれよりも訴訟手続に若干近いというか、もう少しパワーアップしたもの、そういう手続をイメージしたのですが、中間的な制度の方向性として、こういうものもひとつ考えられないだろうかということで、一応お話ししたということにしたいと思います。
 それから、決定が出てすぐに不服申立で訴訟に移行する、あるいは再度の考案みたいなものを異議申立後に考えるかなどいろいろなバリエーションがあると思いますけれども、とりあえず大筋は今お話ししたような手続を少し考えてみました。

○鵜飼委員 仮処分も一種の非訟手続と言われていますね。

○春日委員 ここでの手続は、証拠調べをやるので疎明程度のものではなくて、もう少しきちんとした証拠調べになると思うんですね。

○石嵜委員 今のお話で、前回も少し議論になりました結論ですけれども、要するにいろいろな事実関係を調べることは調べるけれども、その解決案としての提示をするのか、それとも権利義務を確定した上でのお話なのか。

○春日委員 基本的には、決定という形式の裁判を行うということになるわけですから、そこは権利義務の確定ということを一応頭に描いているのですけれども。例えば単なる調停案の提示というレベルではありません。

○鵜飼委員 これは本案訴訟手続への連携で、訴訟手続がそれを受けて相当迅速に処理されていくということが整備されないといけないとは思いますね。

○春日委員 そうですね、そう思います。

○鵜飼委員 解雇事件も使えますね。

○春日委員 もともと、司法制度改革審議会でも訴訟手続との連携というのは前から言われているわけですね。だからそこは十分配慮しないといけないと思うんです。前の手続が余り重過ぎるというか時間がかかっているのでは困るだろう。ですから、少額訴訟は1回と言っているけれども、1回では少なすぎるから何回かの期日を入れて、基本的にはそれ以上は期日を入れないということにして、結論を出していただく。その過程で労使の委員も関与してもらって、もちろん評決権がある形ですね。そういう手続はどうかなと思ったのですが。

○髙木委員 もうひとつイメージがよくわからないのですが、AかBかという決めつけではなくて中間的な形態だという御説明でしたが、今のお話では原則的には労働調停の中で関与の度合いの高いものを構想しようということですか。

○春日委員 そこも考えたんですが、私は当初は地裁の労働調停というものをかなり主張していたのですけれども、今考えているのは、うまくは言えないのですが、そういうものを止揚するといいますか、場合によっては地裁の労働調停は、こちらの手続を完備すれば、私自身としては新たな制度設計はせずに、従来の簡裁での調停手続だけにしておいてもいいのではないかと思っています。簡裁手続ではもちろん社会保険労務士などに関与してもらってもいいしということですけれども。地裁の調停という議論も大分あるけれども、それとは別の手続というものを今は考えています。

○鵜飼委員 非訟手続に非常に近いですね。

○春日委員 まあそうですね。ただ、非訟の場合は原則は2当事者対立構造ではないけれども、この労働事件の手続は2当事者対立という訴訟構造をとっています。

○鵜飼委員 労働仮処分は2当事者対立構造の中で非訟手続的な処理をしていますよね。

○髙木委員 もっと単純化すると、これは裁判手続ですよね。裁判でもない……。

○春日委員 そういうふうにどちらかに二者択一的にせよと言われると困るのですが、しかし少なくとも裁判はするわけですから、そういう意味では裁判手続。ただし、不服があれば本来の訴訟手続へ行けるというものです。

○鵜飼委員 非訟事件も、訴訟ではないですけれど、大きく言うと裁判ですからね。

○石嵜委員 それはそうですけれども、先ほどおっしゃった権利義務を確定した上で決定を出すと言うならば、これはイメージとしては4審制のようなものになりませんか。

○春日委員 そこを避けるために、手続はもう少しコンパクトにしたものを考える必要があるだろうということなんですね。

○矢野委員 ちょっとイメージがわかないので質問したいのですが、調停が始まる段階では両方が一応調停案を出してくださいということになって、もしどちらかが不服だったら、それはすぐ裁判に行くことがわかって始まるということになるのでしょうか。それから、終わったところで今おっしゃるような形になるわけですか。

○春日委員 終わったところでしょうね。決定かどうかは別として、それが出て不服があれば訴訟の方にいってもらう。

○矢野委員 本来労働調停は使いやすさといいますか、裁判所の門をくぐるのに気軽にというわけにはいかないかもしれませんが、いわゆる裁判とは違って、問題解決を求めて気軽にやれるというところに特徴があるのですが、その辺はどうなるでしょうか。

○春日委員 私が今現在想定している手続は、一方の当事者から申し立てがあれば応じなければいけないという形でしょうね。労働調停の場合は、他方が出頭しないとなれば、法律上は出頭させることはできるとなっているけれども、事実上出てこなければそれで取り下げてもらうしかないわけですね。それは避けたいというか、そういう意味ではもう少し訴訟手続に近寄らせたいというイメージですけれども。

○矢野委員 入り口のところを少しきつくするということは1つの運営方法として確かにあり得ると思うのですけれども、出口のところで言わば義務づけみたいになると、それだったら最初から訴訟しようということにならないだろうかという疑問を持つのですが、いかがでしょうか。

○春日委員 そこはどうするか、それを通過せずに訴訟だけでもやれるかどうかですね。そこはもちろん考える余地はあるとは思うのですが、私が考えたのはむしろそうではなくて、最初はその手続をとってもらう。そうしないと、最初から訴訟をやりますと言ったら、労使の専門知識を生かす場面がなくなってしまうわけですね。全体の議論の中から言うと、労使の専門的な知見を生かす場面がなくなってしまうわけですから、そこは制度として、労働事件であれば労使の専門的な知見を生かせる手続をまず経てくださいと、そういうふうに思っているのですけれども。

○髙木委員 私どもが議論してきたのは、裁判手続の中に専門的な知識経験を持った人がどういう形で関与していくか。春日委員のお話では、裁判手続の方には関与する場がない、だから関与するところはここしかないのだからというふうに聞こえるのですが。

○春日委員 そういうふうに考えたわけではないのですけれども、この手続は少なくとも労使の専門的な知見を生かせる手続ということで、それがどうしても本来の訴訟手続でなければいけないという理由は何ですかということを、逆に伺いたいのですが。

○鵜飼委員 私は新しいアイデアでおもしろいなと思うんですが、この手続になった場合に、労使と、主任調停員というのかどうかわかりませんが、これも非常に専門性の高い裁判官が担当することになると思うんですね。そうすると、一般民事訴訟手続で普通の裁判官がこの事件を受けた訴訟手続をきちんとやれるかという問題が次に出てくるとは思いますが、しかし非訟手続に非常に近いこの仕組みは、もし制度設計が可能であれば、今のお話でもしこういうイメージで実現できるのであればひとつの選択肢かなとは思いますね。

○石嵜委員 もう一つよろしいですか、本当にイメージがわかないものですから。

○春日委員 私自身も今の段階では具体的に条文化するような考えまで到達しているわけではないのですが…。

○石嵜委員 こういうときはどうなるのですかという御質問だけですので。あくまでもこれは調停なのでということは1つあるのですが、仮に解雇事件がこの労働調停に上がってきて、本人が原職復帰に頑張っていく。どうしても折り合いがつかないので、仮に決定を出すとしたら、この労働調停の中の合議体で、原職復帰というか地位確認のような決定をお書きになるというイメージもあるのですか。私たちは権利義務を確定せずして、しかしこのぐらいという、特に金銭調整とが調停に一番合うのかなと思っているイメージであって、こういう原職復帰についてはどういうふうにお考えなのかが……。

○春日委員 そう言われると難しいですね。

○石嵜委員 それが一番大事なことだと思っていまして。

○春日委員 一応権利義務の確定もするという決定で、調整的な結論だけを出すのがこの手続ではないと、私は考えているんてすね。だから判定的な決定を出すのも、要するに1つの制度である以上は調整的か判定的かは言っていられないと思うんですね。

○菅野座長 議論の仕方として、今はいろいろな選択肢を出す場で、春日委員が言われたような制度もバリエーションがあると思うので、こうしたらどうかという議論もしていただきたいと思います。

○山川委員 前回、資料143の図を出したものですからそれとのかかわりで申しますと、今の御意見も含めて位置づけて、特に自分の意見にもかかわっていくのかとも思いますけれども、3つの要素があるということを前回お話ししましたが、制度設計の生かし方としては、1つは労働事件特有の専門性が何らかの形で存在して、それを生かすことが有益な場合があるということまではコンセンサスがあるのではないかと思っております。それがまず1つの生かすべき方向で、もう一つは一方で迅速性が特に重要である。これは恐らく使用者側のアンケートにも出てきましたから、迅速に解決を出すという要素が多分2番目ぐらいに重要になってくるのではないかと思います。
 そこで、この図でいろいろな選択肢は前回32通りありうると言いましたが、さらに、ある軸で1つだけではなくて4つとったり3つとったりすると無限に増えるのですが、それはともかくとして、関与の程度というところから言うと、専門委員は説明の段階にとどまっていて、これでは専門家の関与を生かすという趣旨に合わないのは前回も言ったとおりで、陳述だけにすると、合議と切り離したようなもので、これでもちょっと形骸化しかねないですね。したがって、それよりももうちょっと強めの方がいいかなという感じがします。
 あと、それでは司法委員のようなところまでいくかということになると、今度はy軸とz軸との関係があって、迅速性の点で、例えば今の訴訟を必ず証人尋問の期日は1回か2回に限ることがどれだけ実現可能かという問題があるかと思いまして、そうするといわば司法委員みたいな形を通常の訴訟の中で完全に持ってくると、迅速性の要請が損なわれるおそれがあり、これも将来的に事件が非常に増えてくるとそうならざるを得ないと思います。そうなると多分イギリスとかドイツのような方向に設計をせざるを得ないとは思いますけれども。
 専門家の関与を生かし、かつ迅速性を強めるということになりますと、1つはz軸との関係で調停があるわけですけれども、これだけでは既に決まっていることから一歩も出ないということになりますし、必ずしも十分ではない感じがしますので、それをより強める方向があると思います。その場合には2つの方法があり得て、訴訟と調停を時間的にずらして組み込むというのが一種の調停前置として考えられるかと思います。まず調停で、その後訴訟という形になるわけですね。これも1つの選択肢だと思いますけれども、どうもこれまで余り支持は多くないですし、反対もあるようで、そうなると選択的調停前置というか、調停前置手続を選ぶ場合には調停前置となるという方向が考えられますが、前置の意味が薄れてくるのかなという気もしなくもありません。
 もう一つは、春日委員の提案がこれに属するのかもしれませんけれども、z軸の中で調停と訴訟の間に真ん中ぐらいの手続を1つつくるということになり、これは質問になるのですが、それは最初からそういう手続に持っていくということになるのでしょうか。それで訴訟との連携はいずれにせよ必要になると思いますけれども、先ほどおっしゃられたところでは、例えば異議を申し立てた場合には、訴訟を起こさなければ失効してしまう。いわば通常訴訟なりへの移行のような形を組み込むということなのかなと思いますけれども、そういう形で、訴訟と調停が時間的に行ったり来たりする手続のほかに、訴訟と調停の中間的な別個の手続をつくって訴訟と連携させる。連携の仕方はいろいろあるかと思いますけれども、そういう位置づけかなと拝見しました。
 そうすると、迅速性は全体としてどうなるかという石嵜委員が言われた問題になるわけですけれども、そこで例えばスクリーニング機能みたいなものもあるかなという感じもあります。つまり現実に通常訴訟に移行する道があるとはいえ、実際上解決案といいますか、裁定案というのでしょうか、それが出された場合には、労使がかなり実質的に関与している手続を仕組んでおけば、そこで相当程度は解決することが多いのかなという感じはします。現在の行政上の紛争調整委員会でも、斡旋ということで拘束力はなくても、結構解決率は高いので、それは事件処理を早くやって解決が見込めないものは打ち切っているからということですけれども、迅速性がある手続で解決案を提示すれば、実際上は言うことを聞く人が多いのかなという気がしますし、ある意味では、裁判所との関係では、アメリカでは勧告的仲裁前置という仕組みが割ととらえていて、そこで労働関係専門の弁護士が関与して事実審理前に事件の解決を試みるので、何となくそれに近いようなイメージもあります。アメリカがそういうシステムをとったのは、訴訟が増えてきたために負担軽減を意図する立場からのADRの一種として位置づけられ、それを訴訟と接合させたというイメージです。その接合のさせ方はいろいろあるとは思いますが、中間案としてはそういうことがあり得ると思います。

○石嵜委員 私が思っていたのは、イギリス、ドイツの話を聞いた上で、労使が参画していることによって受容率が高まっているということ、これはそういうお話もありますので、調停という形で労使が参画して、ある種の決定案を出す。決定案はどうするのかということはありますけれども、それはもしかすると出口でどうしても訴訟までつなぐという絶対的なものをつくらなくても、それが出たことによって、それが調整的な内容であれば使用者側も引くところは引くということもあるので、受容性は高まるのではないかと思います。したがって、ここまで無理して訴訟に絶対つなげていかなければいけないのかなという気がするのと、先ほど言いましたように、権利義務を本当に確定することをこの手続でやるというのは、調停はあくまでも解決案という形で参画して出すものではないだろうか。ですから、特に解雇とか賃金……年俸制で5%下げられた人が、これが不服と主張したときに、労働調停ではこの関係なら3%ぐらいにしたらどうだということをイメージするわけですね。そうすると、そういう解決案を出せば足りるので、それが事実上評価が正しかったかどうか、権利義務としてどうだったかという議論までいく必要はないのではないかと思うのですけれども。

○春日委員 そこで終わるならそれはそれでいいと思いますけれども、山川委員のお話で訴訟か調停か、あるいはその中間かというと、どちらかというと訴訟と調停の中間をイメージしています。
 山川委員も言われたように、実際にスクリーニング機能は当然あるだろうと思っています。何といっても労使双方が入った上での結論ですから、そこでどういう形にせよ結論が出されれば、訴訟にいっても恐らくはまた同じような結論が出る可能性は相当高いと思うんですね。そういう意味でもスクリーニング機能もあるしということで、調停か訴訟かと言われると、ある場面では訴訟に近いし、ある場面では調停に近いというか……。だから、画一的にこの手続はどっちということはなかなか言いにくい、そんな気がするのですけれども。

○鵜飼委員 石嵜委員のお話を聞いていますと、経営側はとにかく何でも反対で、最終的には労働調停しかだめだというふうにしか思えないですね。調停のレベル以上のものは認めないというふうにしか思えないです。私自身としては、この手続自体の一番の問題は迅速性だと思います。訴訟手続に移ったときにどれだけ迅速に、全体として、例えば解雇された労働者が利用可能な範囲内におさまるかという点が一番のポイントだと思いますけれども、ただ春日委員がいつまでも並行する意見を何とか止揚されようとして、ここで労使の専門的知見を何とか導入し、現実のニーズに応えようとして、こういう制度設計をお考えになっているのは敬意を表したいと思っているのですが、問題は、ここで労使と裁判官が関与して事実調べを行って一定の決定を出す、この決定を出したことが一定の効力を持たないと、ほかのADRとほとんど変わらないわけです。ADRは任意的、調整的解決機能しかないわけですから、そういう意味で裁判を利用するからには判定的、強制的な解決機能につながるところがなければいけない。それが時間の問題とか手続の問題でなかなか利用できない。ここで1つの橋渡しをしようという工夫だろうと思うんですね。そういう意味で少し経過を、いつまでも反対だというのではなくて、きちんと利用可能なものとして考えていただきたい。この決定に対しては拘束力がないと意味がないと思います。単なる調停にとどまってしまうと思います。
 先ほどの17条決定のようなレベルでは、労働事件については現実の調停がほとんど利用できないわけです。そのレベルにとどまってしまうと思います。

○髙木委員 我々が審議会の意見書から付託を受けているのは、原則裁判制度の中でそういうものをつくり上げることについてどうなのかということです。ドイツなどでの例でも、訴訟の中での調停的な側面という意味で、例えば第1回は和解というか調停というか、訴訟の中でそういうことをやり、それでけりがつかなかったら2回目でやるという、訴訟の中に調停的な側面を組み込んでいる。あるいは、私も不勉強でよくわかりませんが、イギリスのETとACASの関係、これもいったりきたりで、最後は訴訟の中でけりをつける仕組みと連動しているわけですね。ですから、調停の中で訴訟的な側面といっても、あくまで調停は調停だというふうにならざるを得ないのではないか。そういう意味で、今のような中間形態のアイデアを出していただいたことは本当にありがたいわけですけれど、我々が議論しなければならないことのスコープから少し外れているのではないか。そういうお話なら調停の延長線上でやればいいので、今のようなアイデアで問題を整理されるとしたら、可否の方の「否」という答えをこの検討会は出したと多分言われるのではないか。
 労働調停そのものは、これも労使関係等について造詣の深い方々の知恵を入れた調停を地裁でやろうという議論をされてきた経過もあり、もちろん一部は簡裁でもいいではないかという議論もしてきたわけですけれども、だから裁判制度の中でそういう仕組みをつくるのはどうだということなら、それはそういう結論を我々がこの場で出したということに多分世間は受け取るでしょう。

○菅野座長 そうすると、中間的な解決はあり得ないということにならないですか。

○髙木委員 私は裁判制度の中で中間的なものが構想できるのならいいのですが、または中間的なものといっても、その中身はいろいろ吟味して……。あくまでも調停制度の中の工夫だというアイデアなら、裁判制度ではないわけですから。

○山口委員 春日委員の案は、一定程度の判定的な判断をするということ、それから手続の中で証拠調べをするという案のようですから、これは基本的には私は調停ではないと思います。調停は基本的に相互の互譲でやるわけですから判定的要素というものではありませんので、そういう意味では調停でもない、あるいは訴訟でもないような、いわば第三の紛争処理手続をあるいはお考えになられているのかなと感じました。
 この案がある程度まとまって出されたのは具体的には今日が初めてだと思いますので、とれるのかどうか少し考えさせていただきたいと思います。

○春日委員 私も基本的に調停よりも訴訟に近いというふうに考えているんですね。だから、先ほどもお話ししたように、地裁調停という議論も従前あったけれど、それをもっと乗り越える手続、ある種の訴訟に近い手続だったら調停の方は、取り下げるというのもおかしいのですが、そこはあきらめてもいい……という表現もちょっとおかしいのですが、むしろ今提案している案のような手続に収斂させていただければと思っています。
 髙木委員は、訴訟手続あるいは裁判手続の中での専門家の関与だったらいいとおっしゃるわけで、私が考えているのは、これは裁判手続であって、なにも純粋に第1審地裁からの3審制の中でということに訴訟手続を非常に狭くとらえる必要はないというふうに理解していまして、ですから裁判手続はもう少し幅があるものだと。そういう中で労使の委員が入る手続なのだというふうにイメージしているんですけれども。だから、裁判手続の中で労使の専門家に入っていただく手続なのだと、私としては考えたのですが。

○髙木委員 裁判手続の中というお話ですね。

○春日委員 はい。今日は説明が足りないかもしれませんけれども、どちらかというと調停という色彩を伴いつつ、訴訟なのですよと思っています。先ほど調停手続との違いも若干触れましたけれども。

○山川委員 訴訟と調停の中間をどう位置づけるかは難しい点もあるのですけれども、外国のことを考えてみますと、例えばイギリスは、コモンロー裁判所にいくと何年もかかってしまう、一方で雇用審判所にいくと簡単に終わってしまうということで、あれが通常のイギリス人からして裁判所というイメージでとらえられるのかということもあって、それで tribunal という形になっていて、1審に関しては少なくとも判断者は judge とは言わなかったですね。フランスなどは行政的な色彩が強い、だから労使しかいないということになると思いますので、その辺は外国でもある意味では労働裁判所とか労働新審判所をつくるのは通常裁判所とは違う、しかし判定を行っているというコンセプトなのかなという感じがします。
 問題は、判定と調整どうするかというあたりが、制度設計上の議論になりそうも気もしてきました。その場合、例えば労働委員会などは判定を行った上で調整的命令を出すことはやるので、今ふと思いついただけですけれども、判定と調整も必ずしも二項対立、相互矛盾的なものではないのかなという感じがあります。

○春日委員 ネーミングとしては、私も判定というネーミングはそれなりにいいのではないかと思います。私はネーミングのことは全く頭になかったものですから……。

○菅野座長 髙木委員の言われるように、判決手続の中で参審制以外の中間的な形態の典型は参与制なのだと思います。参与制は評決権を持たない、しかし合議に参加する。合議をして最後は裁判官に決めてもらう。そういうものについてどうかということは今までも議論してきていて、意外なのですが、これが評判が悪いわけですね。その辺ももし御意見があれば出していただきたいのですが。

○村中委員 座長のお話とはずれると思うのですが、通常の裁判の中でいろいろ工夫をする、参与制度のようなものを工夫するというのは、中間案としては1つあり得るとは思うのですけれども、特に迅速な解決という点に関して言うと、労働事件だけを他の事件とは区別して、特別に迅速化できるかという点がちょっと難しいように思います。労働事件の迅速な解決を考えると、むしろ通常の裁判とは異質のものを考える。春日委員がおっしゃるようなものをとりあえず考えることも、迅速性の確保という点ではむしろプラスに働くのではないかという気がいたします。
 ただ、そのときに、石嵜委員が言われるように、調停でとりあえず案だけを出して、それでも一定の結論が出ているのだから、それなりに受容性は高まるのではないかと言う点ですが、確かに裁判所が関与してやれば、それはそれなりに高まるような気もしますけれど、例えば労働局の斡旋などでも、斡旋とは言いつつ一定の結論は常に提示しているわけですが、余り受容性には関係ないように思います。やはり、結論に一定の効力がついているということの方が制度設計としては望ましいように思います。それを受容力と言うのかどうかわかりませんが、しっかりしたものになるとは思います。迅速化という側面を考えますと、春日委員がおっしゃる案も選択肢として十分考慮できるのではないかと私も感じております。

○菅野座長 予定した時間がきているので、ほかに今後どのようにやっていくかということをそろそろ相談したいと思います。
 7月18日、8月1日と入っていて、8月8日を予備日として入れました。あと労働委員会関係が議論の議題として残っていることを考えると、私としては予備日は使わざるを得ないのではないかと考えております。それにしてもあと3回ですから、それで我々の中間的な結論をつくってパブリック・コメントにかけるという課題がありますので、そういう意味では中間的な結論を出す上での大詰めの段階にきていると御認識いただきたいのであります。そういうことを踏まえた上で、今後どうしたらいいかについての御意見があれば伺いたいと思います。

○髙木委員 中間的な取りまとめは、8月8日までにどこまで合意が進むのかいろいろでしょうが、その時点で合意に至らないものをどう扱うのか、ないしはそれまでにしゃにむに合意しろというお話なのか。それによってつくられる中間まとめの書かれ方の趣が大分違ってしまうでしょう。合意とかコンセンサスが得られていないというのは、そういう表現ぶりで……この部分についてはなお引き続いて検討を続けるという書き方に多分なるのでしょうけれど。

○菅野座長 何らかの制度化を取りまとめの内容として出すならば、その時期に出さなければいけないのではないかと思います。

○髙木委員 それならそれまでにしゃにむに接点を見つけろということになるのですか。

○菅野座長 それは、できないことはできませんので。

○髙木委員 できないことはできないということですね、わかりました。

○菅野座長 そのほかに御発言はありますか。

○山口委員 春日委員から今日御意見が出ましたので少し考える時間をいただきたいと思います。仮に何らかの中間的な案がほかにも考えられるのかということもまた少し考えたいと思いますので、そういうことを議論するような機会があってもいいのかなと思いますので、その辺の御配慮をお願いしたいと思います。

○鵜飼委員 固有手続についても、もし御了解いただければたたき台をつくらせていただきたいと思います。これも方向性をぜひ出していただきたいと思います。

○菅野座長 それでは、ただいまいただいた御意見、これまでの御議論を踏まえて、私として、残った回数をどのように使うかを考えて、あるいは事前にお知らせしたりして、残った時間を効率的に使えるようにしたいと思います。そういうことでお任せいただけますでしょうか。

○山川委員 これまでの中間案についても具体化するような機会があった方がいいのではないかと……形は座長にお任せします。

○菅野座長 はい。それでは、次回にどういう材料を出すかも考えたいと思います。
 それでは次回の日程についてお願いいたします。

○齊藤参事官 次回は7月18日(金)午前10時から12時30分を予定しております。よろしくお願いいたします。

○菅野座長 そのほかにありますでしょうか。なければ本日の会合はこれで終わります。どうもありがとうございました。(了)