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労働検討会(第7回)議事録



1 日時
平成14年9月4日(水) 14:30~17:30

2 場所
司法制度改革推進本部事務局第1会議室

3 出席者
(委 員)
菅野和夫座長、石嵜信憲、鵜飼良昭、熊谷毅、春日偉知郎、後藤博、髙木剛、村中孝史、矢野弘典、山川隆一、山口幸雄(敬称略)
(事務局)
山崎潮事務局長、松川忠晴事務局次長、古口章事務局次長、齊藤友嘉参事官、松永邦男参事官

4 議題
(1)諸外国の労働関係紛争処理制度に関するヒアリング①
・ フランスの制度に関するヒアリング
(2)検討すべき論点項目の中間的な整理等について
(3)論点項目についての具体的な検討
(4)その他

5 議事

○菅野座長 それでは定刻になりましたので、ただいまから第7回労働検討会を開会いたします。
 本日は御多忙のところ御出席いただきましてありがとうございます。
 本日の議事に入ります前に、当検討会の委員の交代がございますので御紹介いたします。厚生労働省の岡崎委員が異動になり、後任として熊谷毅委員が着任されました。
 それでは、熊谷委員から一言、自己紹介をお願いいたします。

○熊谷委員 8月30日付をもちまして、厚生労働省の労政担当参事官を拝命しました熊谷でございます。よろしくお願いいたします。

○菅野座長 それでは、まず本日の配布資料の確認をお願いいたします。

○齊藤参事官 事務局から御説明申し上げます。
 資料40は、「諸外国の労働関係紛争処理制度に関するヒアリング事項」でございます。前回も御議論いただきまして、一部調整したものを本日お配りしております。
 資料41は、「諸外国における労働関係紛争処理の概況」でございます。今日は、フランスの制度につきましてヒアリングを行いますので、その関係で用意させていただいたものです。データの出所は3ページの資料出所というところで説明してあるとおりでございます。
 資料42は、浜村彰教授ヒアリング資料でございます。レジュメ、それから添付の図表、さらに最後に追補資料としまして、「労働法典の命令部分の主要規定の抄訳」が含まれております。
 資料43は、「労働関係事件への総合的な対応強化に係る検討すべき論点項目(中間的な整理)-たたき台・改訂版-」でございます。前回も御議論をいただきまして、それを踏まえて一部調整したものを配布させていただいております。
 資料44は、「今後の検討スケジュールについて-たたき台-」でございます。後ほど御議論いただきたいと考えております。
 資料45は、「我が国の労働関係紛争処理制度等の概要」、我が国の制度を一覧として図解してみたものでございます。事務局の方で作成させていただいたものでございます。ヒアリング等の参考にしていただければと思います。
 それから、最後に「参考」と題する資料がございますが、これは最近の雇用情勢等に関する参考資料として、事務局で収集したものをお配りしているものでございます。
 資料は以上でございます。

○菅野座長 それでは、本日の議題に入ります。
 本日は、まず「諸外国の労働関係紛争処理制度に関するヒアリング」の第1回目として、フランスの制度に関するヒアリングを行うことになっております。その後で、前回に引き続いて「検討すべき論点項目の中間的な整理等について」ということで御議論いただきまして、最後に論点項目の中間的な整理に従って総論部分を中心に議論していただきたいと思っております。
 それでは最初に、本日と次回の2回にわたって諸外国の労働関係紛争処理制度に関するヒアリングを実施しますので、その進め方について事務局から説明をお願いいたします。

○齊藤参事官 諸外国の労働関係紛争処理制度に関するヒアリングの対象者につきましては、アメリカ・イギリス・ドイツ・フランスの4カ国に関しまして、座長、村中委員、山川委員と御相談させていただいた上、専門の研究者の方々4名にお願いしております。ヒアリング対象者の御都合上、本日はフランスの制度につきましてヒアリングを行い、次回9月30日にアメリカ、イギリス、ドイツの制度についてヒアリングを行うこととさせていただきたいと存じます。
 本日は、まずヒアリング対象者に40分程度御説明いただきまして、その後、質疑応答や意見交換の時間を40分とらせていただきたいと存じます。
 委員の皆様には、このほど日本労働研究機構から出版されました「個別労働紛争処理システムの国際比較」という書籍を事前にお配りしております。ヒアリング等で御参照いただければと存じます。
 資料41につきましてはフランスの労働関係訴訟に関する基本的な統計資料でございまして、これもヒアリングに際して参考にしていただければと存じます。
 以上でございます。

○菅野座長 それでは、このような形で進めさせていただきたいと思います。
 本日は、フランスの紛争処理制度に関するヒアリング対象者として、法政大学法学部の浜村彰教授にお越しいただきました。
 本日はお忙しいところ、私ども労働検討会のヒアリングにお越しいただきましてありがとうございます。早速ですが、着席のままで結構ですので、40分程度御説明をお願いいたします。

○浜村教授 御紹介いただきました法政大学の浜村です。それでは、フランスの労働関係紛争処理制度とその実情の概要を御紹介したいと思います。先ほど御説明がありましたように、資料42に、お話しする項目を書いたレジュメと、4ページ以降に資料が添付してあります。特に最後の方に条文が載っているのですが、追補資料として労働法典の命令部分の主要規定の抄訳を用意しましたので、それも使いながらお話しいたします。
 40分間ということでありますが、内容的には、先ほどお話しのありました「個別労働紛争処理システムの国際比較」という文献の中で私が書きました論文の大枠を出ませんが、若干新しいデータも入手しましたので、それを用いながらお話しいたします。
 そこでレジュメの方ですけれども、項目として4本の柱を立てております。
 まず最初に、「紛争処理システムにおける労働審判所の位置づけ」で、フランスにおける紛争処理制度の中で労働審判所がどういう位置づけ、どういう機能を持っているのかという大枠を紹介した後に、2番目に「労働審判所の基本的性格」ということで、審判所の現状を歴史的背景も若干踏まえながら説明します。3番目に、以上の点を踏まえて労働審判所の組織と手続が具体的にどのようになっているのか。とりわけ労働審判所は、後でお話ししますように調停前置主義をとっておりますけれども、調停と判決からなる手続の流れについてお話しします。最後に、「労働審判所の実際と今後の課題」ということでおおよその統計数字を使った労働審判所の運用の実情を簡単に御紹介いたします。

 そこで、まず労働審判所の紛争処理システム全体における位置づけですが、資料にあります図表1「フランスの裁判機構と企業内紛争処理制度」をごらんください。裁判組織としては、フランスにおいては司法裁判所と行政裁判所の二つに大きく分けることができます。司法裁判所の場合には破毀院を頂点に、行政裁判所の場合にはコンセイユ・デタ、国務院と翻訳される場合もありますけれども、これらを頂点とした2つの裁判組織があります。
 司法裁判所についてはこの図にありますように、下級裁判所としては、我が国の簡易裁判所に当たる小審裁判所と地方裁判所に当たる大審裁判所があり、二審として高等裁判所にあたる控訴院があって、上告審として破毀院がございます。
 横のほうに重罪院、軽罪裁判所、違警罪裁判所と書いてありますが、刑事事件につきましては今お話ししたそれぞれの下級審が特別組織として違警罪裁判所、軽罪裁判所を設けて刑事事件を管轄しますが、実際は建物等は同じです。重罪院というのは重罪を管轄する特別の裁判所です。先回りして言いますと、労働審判所は民事事件の裁判管轄を持つ小審裁判所、日本の簡易裁判所に相当するものとして位置づけられています。
 今もうしましたように普通裁判所として、民事事件を扱うものとして小審裁判所と大審裁判所がございますが、小審裁判所は訴額が5万フランということですから、我が国で言いますと大体100万円前後の訴額以下の事件を扱い、それ以上を大審裁判所が扱うという区分けがなされています。
 小審裁判所もしくは大審裁判所と同格の民事事件を扱う特別の裁判所が幾つかあり、レジュメにありますように、例外的事件を扱う第一審特別裁判所としては、労働審判所のほかに、商事裁判所と社会保障事件裁判所、農地賃貸借同数裁判所があります。これらの特別裁判所に共通する特徴としては参審制もしくは直接選出された非職業裁判官がその司法の任に当たっているという点があります。
 そうしたいわゆる民事事件の特別裁判所の1つとして労働審判所を位置づけることができますが、同じ民事事件を扱う第一審の普通裁判所である小審裁判所と大審裁判所との間でどういう裁判管轄上の区分けがあるかと申しますと、まず労働審判所は、労働契約関係から発生した民事的個別紛争を扱います。小審裁判所と大審裁判所につきましては、労働契約から直接生じる労働契約紛争は扱いませんが、そのほかの労使間で発生した民事紛争を扱うことになります。
 具体的には、例えば小審裁判所の場合には、組合代表者の任命に関する訴訟、あるいは従業員代表の選挙に関する訴訟を扱い、これらの小審裁判所の専決事項とされていない民事事件の残りのものはすべて大審裁判所が管轄することになります。実際には、大審裁判所で取り扱われる民事事件の多くは集団的な民事関係の事件であり、組合が労働協約の解釈に関する訴えを起こしたり、あるいは使用者が組合に対して損害賠償請求をするというような事件が大審裁判所で扱われることになります。
 行政裁判所については、初審の行政地方裁判所では、いわゆる国家・地方公務員関係の事件、あるいはフランス特有の制度ですが、例えば労働協約を地域的に拡張適用する場合には労働大臣の決定が必要ですけれども、その決定の行政処分としての適否がこの行政裁判所で争われるということになります。
 このように、労働審判所は司法裁判所のひとつを構成するが、労働紛争のうちの労働契約関係から生じる個別的民事紛争をもっぱら扱う第一審の特別裁判所と言うことができます。
 それからADR、いわゆる裁判外紛争処理制度との関係ですが、同じ図表1の下の図にありますように、フランスの場合には、企業内において労働者代表が法制度化されています。主なものとしては、従業員によって直接選挙で選ばれる被選出従業員代表(企業委員会と従業員代表委員)と地域組合が企業内の組合員を組合の代表として任命する組合代表委員の2つがありますが、個々の労働者と使用者との関係で労働契約にかかわって紛争が発生した場合には、従業員代表委員と組合代表委員の2つの代表委員が紛争処理、苦情処理に当たることになります。
 法制度上は、いわゆる労働契約の解釈にかかわる権利紛争については従業員代表委員が扱い、賃上げ等の労働条件の設定や変更に関わる利益紛争については組合代表委員が独占的にこれを交渉して労働協約を締結するという役割分担がなされています。しかし、実際上は、組合代表委員がない中小企業が多いことから、従業員代表委員が事実上の利益紛争についても非公式の交渉を行って労使協定を締結することが多々行われています(非典型協定の問題)。
 後でお話ししますように、個々の労働者が企業内のこうした苦情処理制度で満足のいく解決を得なかった場合には労働審判所に訴えることになりますが、その場合にこれらの労働者代表が訴訟の代理人や補佐人になったりします。 その限りで、労働審判所という司法裁判所と労働者代表による企業内苦情処理制度は法制度的にリンクしていると言うことができます。もちろん、労働者は、事前に企業内の苦情処理機関を経る必要はなく労働審判所に直接訴えることができます。
 それでは、こうした労働審判所はどういう基本的性格を持っているのか。フランスの労働審判所は、もともと労使間で自生的に形成されてきた紛争処理制度を、労使の要求に基づき1806年にナポレオン一世がリヨンではじめてこれを公式の機関として設置し、その後、フランス法典の中に司法制度の一環として組み込まれてきたという歴史があります。そうした経緯がありますから、労働審判所は職業裁判官がこれをつかさどるのではなく、あくまでも労使双方が直接選出した労使の代表者が非職業裁判官として労働紛争を解決するという、労使自治に基づく自律的紛争解決ステムとしての基本的性格を持っています。
 その意味で基本的特徴としては、まず労使自治に基づく調整的紛争解決を主眼とする。だからこそ、調停前置主義がとられているわけです。それから、簡易・迅速な手続。そして、労使同数の非職業審判官による構成という基本的特徴を持っています。

 次に労働審判所の制度的な概要を紹介しますと、まず先ほど申しましたように、労働審判所は労働契約から発生した個別的民事紛争を第一審として管轄します。もっとも、集団的性格を持つ紛争に全く関わらないわけではありません。例えば企業内もしくは地域別の労働協約の労働条件基準を使用者が守らない場合には、本来は協約違反として組合が使用者を相手方としてその履行を求めることになりますが、労働協約の労働条件基準は労働契約の内容にかかわるものとして、個々の労働者が労働審判所にその履行を求めて訴えを提起することができます。つまり、労働者は、使用者に対して協約どおりの賃金基準に従って賃金を支払えという請求を使用者を相手方として労働審判所に訴えることができます。そのほかに、例えば違法なストライキを行ったことを理由とする使用者からの個々の労働者に対する損害賠償請求も労働審判所で扱われることになります。その意味で集団的な性格を持つ紛争も管轄することになります。
 労働審判所の組織の概要に関しては、資料42の図表2「裁判所の数(2000年)」にありますように、現在、労働審判所は全国に271カ所設置されています。設置の単位は大審裁判所と同じでフランスの行政区画である県ごとに少なくとも1つ設置されることになっています。
 図表3「大審裁判所の裁判管轄区域と労働審判所」(出典:山口俊夫編『フランス法辞典』)でいいますと、太線でくくっている部分がいわゆる州で、控訴院つまり日本の高等裁判所にあたるものが設置される単位です。その中で細い破線で区画されている部分がありますが、これがいわゆる県です。この県の県庁所在地に大審裁判所が1つ設置され、その同じ管轄地内に少なくとも1つの労働審判所が設置されることになります。したがって、パリのように人口が多い区域では12の労働審判所が設置されています。
 労働審判所の内部組織については、図表4をごらんください。労働審判所は大きく分けて、訴訟手続に関するセクションとして調停部と判決部があるのですが、これらのセクションはそれぞれ職業の種類によって5つの部局に分かれています。管理職部、工業部、商業・サービス業部、農業部の4つとこれらのいずれの業種に該当しない職業を総括的に管轄するものとして雑職業部があり、それぞれの部局に調停部と判決部が設けられています。たとえば労働者が使用者の賃金不払いについて訴訟を提起するときには、その労働者が勤務している企業の主たる事業がその所属部局を決定しますから、工場で働いている労働者の場合には工業部にその訴えを提起することになります。この5つの部局とは別に、急速審理部が設置されています。これはほぼ日本の仮処分に相当する決定を行うところであり、いわゆる急速審理部として本案訴訟とは別個に暫定的な命令を出します。それぞれの5つの部局に共通の急速審理手続を行う部として設置されています。
 調停部と判決部の内部構成ですが、判決部につきましては最低限労働者側審判官2名と使用者側審判官2名の計4名で構成されます。また、例えば商業・サービス業部のように業種の範囲が広く労働事件数が多い場合には、当該の部の中にさらに具体的な業種ごとに細分化されたシャンブルと言われる課が設けられ、その課の中にさらに調停部と判決部が設けられています。また、各部局の調停部は、使用者側・労働者側それぞれ1名、計2名の審判官によって構成されています。急速審理部の場合には労使双方1名ずつの2名の審判官が急速審理に当たることになっています。
 次に審判官の選出と身分保障についてですが、先ほど指摘したとおり、労働審判官は直接選挙によって選出されます。使用者がその勤務する労働者の名簿を市町村に提出し、それに基づき市町村が先ほどの5つの部局毎に選挙人名簿を作成します。労働審判官の立候補者は必ず労使団体双方が提出した集団的候補者リストに掲載されて立候補し、選挙人による投票はその候補者リストに対して行われます。そして、それぞれの候補者リストが獲得した総投票数に比例して労働審判官の議席が配分されることになります。この議席の配分は若干複雑ですが、資料の法典抄訳のL第513条の6に規定された方式により行われます。最大平均投票率方式といって、総有効投票数に対する各リストが獲得した票数の比例に応じて議席を順次充当していく形で当選者が決定されます。労働者側についていいますと、労働審判官の多くは、実際には全国的に代表的な主要5労働団体によって作成された候補者リストに基づいて選出される状況にあります。
 最近の選挙結果をあらわしたものが図表5の「1997年選挙における組合センター毎の得票率の推移」です。今年の12月にまた労働審判官選出のための全国一斉の選挙が行われますが、5年ごとの選挙ですから、現時点ではこれが一番新しい数値ということになります。CGT、CFDT、FO等とありますが、この5団体が全国レベルで代表的な労働組合として認定されています。代表的労働組合には、さまざまな領域で特権的な地位が与えられていますが、このグラフにありますように労働審判官の選挙でもこれらの代表的労働組合が推薦した候補者の多くが労働審判官に選出されています。このうちCGTは共産党色の強い組合で一番投票率が高いが最近は減少傾向にあって、それにかわってCFDT、これはもともとは自主管理路線を掲げていた社会党系の組合ですが、これが若干伸びる傾向にあります。そのほかは横ばいか下がる傾向で、一番下の「その他」というのは代表的組合に加入していない独立系の組合のことですが、これが最近票を伸ばす傾向にあります。しかし、5団体全体で全得票数の9割を占めています。
 ただ、この選挙については若干問題がありまして、今年12月1日に5年ごとの選挙が全国一斉に行われるのですが、棄権率が非常に高くなることが心配されています。前回97年の選挙では、使用者側の棄権率が79%、労働者側の棄権率が65.6%で、使用者側はほとんど投票していないのではないかという印象を受けるのですが、この棄権率を何とかすることができないのかということで、政府も予算を使って大キャンペーンを行ったりしています。

 次に労働審判所の調停・判決手続についてですが、先ほど申しましたように、労使自治に基づく自律的な紛争解決の伝統に基づき、第一次的には衡平の見地から労使双方の言い分を聞いて調停案を提示するという、調整的紛争解決に当たります。まずは調停手続を踏んだ上で判決手続に移行するという、絶対的調停前置主義をとっています。
 訴訟手続についても書面は義務づけられていません。例えば労働者が賃金不払いを争う場合に、直接労働審判所の書記課に行って書記官にこういうことで自分は困っているので訴えを起こしたいと言いますと、書記官が簡単な書式の申立書を用意して本人に記入させるか、もしくは書記官が陳述を聞きながら記入して申立書を作成し、そこで訴訟が係属されるという非常に簡易な手続がとられています。
 訴訟代理については、弁護士がつく割合はだいたい5~6割で、最近増える傾向にはありますけれど、弁護士をつけることは強制されていません。労働審判所はもちろん、控訴院に控訴する場合も、さらに破毀院に上告する場合も、弁護士を代理人にする必要はありません。フランスの場合、特に破毀院の場合には破毀院つきの弁護士を代理人として上告することが通常の民事事件では義務づけられていますが、労働事件の場合はその義務づけがないので、制度的には本人訴訟が最後までできる形になっています。
 訴えが労働審判所に継続した場合には、調停前置主義に基づき各部局毎に非公開の調停が行われることになります。たとえば商業部で労使の2名の審判官から構成される調停部で調停が行われるわけですが、調停を行う際には、本人だけが出頭することがもちろん可能ですし、補佐人・代理人に付き添ってもらうことも可能です。労働法典上の規定では、原則本人出頭で例外的な場合にかぎり代理人・補佐人をつけることになっていますが、実際には代理人・補佐人をつけることについては緩やかに運用されていますから、だいたい7割相当の事件で何らかの形の補佐人・代理人がつくとされています。
 ある調査によりますと、調停部にかかる本案訴訟では労使双方の50%以上に弁護士がつき、30%が本人訴訟、残りが組合代表などの補佐人がつくとされています。急速審理部の場合には、これとは逆に半数ぐらいは本人が行い、3割に弁護士がつく状況にあるそうです。私がフランスに留学しているときにパリの労働審判所などを見たのですが、そのときには弁護士がほとんどついていました。
 調停によって労使双方が譲歩し、紛争解決のための合意を形成するよう審判官によって働きかけが行われるわけですが、合意が成立した場合には調停調書が作成されます。これは執行力が付与されていますから、判決と同じように執行されることが可能となります。調停が成立しなかった場合には、非和解調書というものが作成されます。「追補資料:労働法典命令部分の主要規定の抄訳」のR.第516条の15にありますように、調停が成立しなかった場合には、当事者の主張と相手方文書の反論等について審判所書記官が訴訟記録や調書に記載して記録として残し、それが判決部に送付されることになります。
 調停が成立しなかった場合には判決部に移送されるわけですが、判決部に移送されるに当たって一時的な救済もしくは判決部での審理を促進するために、調停部は仮の措置を行うことができます。同じ追補資料のR.第516条の18で調停部による仮の措置という規定がありますが、そこにありますように、「調停部は手続上のすべての抗弁にかかわらず、またたとえ被告が出頭しないときにおいても、次のことを命ずることができる」として、使用証明書、賃金支払い明細書等の書類を罰金強制つきで使用者に命じること、もしくは賃金債権について重大な疑義が存在しない場合については、賃金諸手当等の仮払いを行う、あるいは職権に基づく予審措置や判決部での審理に必要な証拠等または訴訟物の保全に必要なすべての措置を罰金強制つきで仮の措置として命ずることができるとされています。
 後ほどお話しするように、この仮の措置が実際上、事件を終局的に解決する機能も営むことになりますから、これによってかえって調停の成立率が落ちたという問題もあります。
 次に、判決手続ですが、判決部は労使双方2名ずつ4名の審判官の合議によって審理・決定を行います。実際の審理は、私が見た限りでは、労使双方の弁護士が法廷に立ったままそれぞれの主張を行った後、審判官が合議して短い場合は10分ぐらいで終結する場合もありました。5~6件をまとめて審理して、控室に審判官が下がって合議し、順番に判決を言い渡すということも行われていました。ただ、労・使それぞれ2名の審判官で構成されていますから、2対2で票決が分かれる場合があります。その場合には、当該管轄地域内の小審裁判所の裁判官の中から控訴院長が裁定裁判官を任命し、この職業裁判官の主宰で再審理が行われことになります。実際はさほど多くはないのですが、この限りで労使自治に基づく自律的決定という労働審判所の原則がやぶられることになります。
 判決に不服な当事者は、判決後1カ月以内に控訴もしくは上告できますが、訴額が3,720ユーロとされていますから、日本円で約50万円以下の事件については破毀院社会部へ直接上告されることになり、50万円を超える場合には控訴院に控訴ということになります。
 もう1つの急速審理部の手続ですが、先ほど申しましたように、5つの部局とは別にそれぞれの部局に係属したもしくは係属しようとする事案の一時的な解決を行う共通の手続として各審判所ごとに急速審理部が設置されています。この急速審理部については、先ほどの追補資料の労働法典の命令部分をみていただきたいのですが、R.第516条の30以下でどういう要件が備わったときにどういう命令を出すのかということが定められています。
 大きく分けると3つあります。まず第516条の30で「すべての緊急の場合において、急速審理部は、労働審判所の裁判管轄の限度で、いかなる重大な疑義とも衝突せず、または紛争の存在が正当化するすべての措置を命ずることができる」とありますが、これによると緊急性等を要件として幅広い裁量が認められている緊急命令を発することができます。2番目が保全・原状回復命令に相当するものですが、R.516条の31で、「急速審理部は、重大な疑義が存在する場合でも、切迫した損害を防止するために、または明らかに違法な侵害を防止するために、保全または強制的な原状回復を命ずることができる」となっています。これは、現に切迫した違法な侵害を受けている場合に、その侵害を防止するために発せられるもので、実際には労働者が解雇されたときの現職復帰命令が仮処分として命じられることになります。
 実は、この現職復帰の仮処分命令は従来まであまり認められておりませんで、組合代表委員とか従業員代表委員といった特別の解雇保護を受ける労働者が解雇された場合にこれが利用されていたのですが、1996年のサマリテーヌ事件の破毀院判決で、破毀院社会部が、経済的解雇の手続違反があった場合には解雇は無効であるとして、労働審判所の急速審理部が現職復帰を命ずることができる旨を初めて正面から認めました。それ以降、特別保護を受ける労働者代表以外の通常の労働者も現職復帰の申立てが可能となっています。
 3つ目が、同じ516条の31第2項ですが、「急速審理部は、債務の存在につき重大な疑義が存在しない場合には、債権者に仮払いを行いまたはたとえなす債務の場合でも当該債務の履行を命ずることができる」旨が規定されており、日本の場合の賃金の仮払いのように緊急性の要件を必要とせずに賃金の仮払いを命ずることが制度化されております。先ほどの調停部がなす賃金の仮払いとしての仮の措置については、仮払いの金額は直近の平均賃金の6カ月分を超えることができないという制限がありますが、急速審理部の仮払い命令にはそのような上限はありません。
 もう1つ重要な規定ですが、「急速審理部による調停と判決部への移送」との見出しが付いたR第516条の33がありますが、これは、直接労働者が急速審理部に仮処分あるいは仮執行を求めて訴えた場合に、その訴える内容が急速審理の審理や決定にそぐわない場合は本来は却下されるわけですが、当事者の同意を得た上で緊急性のある場合には自ら急速審理部が調停部にかわって調停の試みを行ってそれが成立しなかった場合には判決部に移送するということで、調停部による調停前置の原則が例外的に外されています。
 最後に労働審判所の実際と今後の課題について述べます。 まず、運用状況を見ますと、資料41として「諸外国における労働関係紛争処理の概況-フランスの労働裁判について-」がありますが、これは事務局の方が最近の統計データを使って用意してくださったものです。私の論文では97年度ぐらいまでの統計数値しか参考できなかったのですが、それと合わせて見ると大体の状況がわかると思います。まず、労働審判所に毎年新規係属される事件数は資料に書いてあるとおりで、16万から19万の間で2000年度は16万4,039件が係属しています。このデータをもう少し詳しく見ますと、実際はこの1割に当たる1万5,750件程度がパリの労働審判所に係属しています。2番目に大きいリヨンでは約6,000件、3番目の都市であるマルセイユでは3,300件となっていますから、やはりパリ労働審判所の係属件数が群を抜いて多いということになります。
 事案別に見ますと、資料にあるとおり、解雇に関する訴訟が圧倒的多数を占めています。解雇無効、損害賠償又は復職の申立て、経済的理由に基づく解雇無効等々が並んでいますが、これを合わせて全体の4割近くになります。その次に多いのが賃金支払いに関するもので、これを合わせると6~7割で事件の大半を占めているといえます。
 調停部に訴えが係属してから判決部で終結するまでの平均審理期間は、同じ資料41にありますように、10か月前後になります。2000年は10.2か月です。同じ資料41に第一審普通裁判所である大審裁判所と小審裁判所のデータが載っていますが、これは個別労働関係以外のすべての民事事件が含まれていてこの数字だけでは単純に比較できませんけれど、大審裁判所は7.5か月、小審裁判所が3.1か月で、労働審判所の方が審理期間が長いということになります。いろいろ理由はありますが、一番大きい理由として指摘されていることは、調停部と判決部の2つの段階があり、通常調停部に労働者側が申立てをして訴えを起こしたときに、調停期日までリヨンでは4週間、パリでは8週間、調停が成立しないで判決部に移送されて開廷期日が設定されるまでの期間が4~8カ月という数字が出ていますから、期日の設定で大半の期間を費やすことが大きな原因となって平均審理期間が延びるという状況にあります。
 同じ資料41の2ページをごらんください。本案判決の中で認容された場合、棄却された場合、その他とあります。このその他の部分が重要で、次のような形で事件が終結した場合を指します。まず申し立ての取り下げは原告側が申し立てたが後で取り下げた場合。調停の成立は調停部で和解が成立した場合です。
 そして、事件簿からの抹消とありますが、これは、例えば労働者側が原告となって訴えを提起し、使用者側に呼び出しがなされて調停手続が開始されたが、調停が成立しないで判決部に移送された。ところが、判決部の開廷期日に両当事者が出頭しない、あるいはその他の訴訟を継続するために必要とされる手続が一切行われない場合に、労働審判所の決定により当該事件が事件簿から抹消されるという場合を指します。実際には、訴訟当事者双方もしくは代理人や弁護士等を通じて裁判手続の外で事実上の和解が成立し、それを特に裁判所に通知しなかったような場合が多いそうです。
 また、申立の失効とありますが、これは、例えば労働者が審判所に訴えを提起し、調停部の開廷期日が通知されたけれど、その調停開始日に労働者側が出頭しなかったような場合です。
 このように、労働審判所の調停と判決という公式の訴訟手続とは別に、このような形で法廷外において労使間で非公式のさまざまな事実上の和解といったような解決がなされているという状況があります。大雑把な統計数値で見ますと、例えば2000年に調停が成立したのは1万4,894件で、全体の9.26%しか存在しないのですが、それ以外の抹消、取り下げ、失効等も合わせると40%近くに上りますから、実際には非公式の調整的な解決が労使間でかなりなされているのではないかと思います。
 調停の成立率については、図表8をごらんください。2000年度は9.26%でしたが、80年代に入ってから調停の成立率は10%を下回る長期低迷状態にあります。解雇事件よりも賃金関係の事件の方が調停成立の可能性が高いといわれていますが、それでも1割以下という状況になっており、調停が実際にはあまり機能していないではないかというのが、現在の労働審判所が抱える大きな問題の1つです。
 もう1点、御注意願いたいのは、資料41の2ページ目に労働審判所の判決の「控訴率」があります。それによると57.5%とされており、労働審判所の判決の半数以上が控訴院に上訴される状況にあります。3ページ目には大審裁判所と小審裁判所の上訴率が記載されていますが、大審裁判所の判決の上訴率が1999年で15.7%、小審裁判所は4.9%とあり、この第一審普通裁判所と比べて労働審判所の上訴率が際立って高い状況にあります。労働審判所の下す法律判断に対する特に使用者側の不満などがその主な原因ではないかといわれていますが、ある論文によりますと、労働審判所の抱える事件の多くが解雇もしくは契約の解消に関する事案で、そういう事案の場合にはたとえ労働審判所の判決がなされても、労使双方とも最後まで譲らないで争う傾向があるから、労働審判所の判決の上訴率が高くなっているのだという説明がなされています。
 最後に、労働審判所の今日的問題について3点指摘したいと思います。まず第1点は、調停率の長期低迷状態です。先ほどいいましたように80年代以降、調停率が終結事件の10%以下という状況です。その原因としては次のような点が指摘されています。フランスの労働法令は余りにも詳しくなって、弁護士や労働監督官もよくわからないと嘆いていますが、実際に分厚い労働法典をみると無理からぬところがあり、非常に細かなところまで法令で規制されているとすると、当事者双方の譲歩による和解という調停の成立する可能性が低くなるのはやむをえないといえます。また、先ほどいいましたように急速審理部の審理が本案化してその暫定的命令により事件が実際に終結する場合が多く、その結果、調停手続よりも急速審理部に直接訴えて労働者側が訴訟目的を達成する場合が多いから、その限りで調停率が下がるという説明もなされています。あるいは企業内に従業員代表委員あるいは組合代表委員という労働者代表がいて、実際に使用者との間で苦情処理を行って解決する割合もすくなくない。したがって、労働審判所に労働者が訴えを提起したときには調停部で改めて話し合いによって解決する余地がなくなっているともいわれています。
 また、労働審判官の絶対数が不足していて、調停部での調停手続にそもそも時間をかけられない。実際、パリ労働審判所では1件の調停にかける時間が10~15分と言われていますので、これも調停率が低下する原因の一つとなっています。それに弁護士の調停嫌いということもあります。労使双方に弁護士がついた場合に、5~6割の弁護士は判決部での判決を求める傾向にあるので、調停による解決にあまり熱心ではないなど、いろいろな原因が指摘されています。
 2点目が、労働審判所による法律判断に対する疑念です。先ほどお話ししたように、労働審判所は労使双方の審判官が直接選挙で選ばれて非職業裁判官として事件を審理決定しますが、職業裁判官と比べた場合の法律知識のレベルについて常に疑いが出されていますし、それが労働審判所の判決の上訴率の高さにもあらわれているのではないか。実際、控訴された場合に労働審判所の判決の3~4割が一部もしくは全部取り消されているというデータもあります。その意味で、従来から一貫して労働審判所に職業裁判官を関与させるべきだという主張がされています。とりわけ1950年代にラロックというコンセイユ・デタの裁判官が書いた有名な論文がありますが、そこでは司法裁判所や行政裁判所とは別の社会裁判所というもの新たにつくって、職業裁判官を裁判長とし、労使の審判官を陪席とした参審制の裁判所に改めるべきであるといった主張がなされており、その後、これに触発された様々な改革案が提案されています。しかし、労使双方とも職業裁判官の関与を強めるような改革案については一貫して反対しており、実際、リヨンやパリの労働審判所の審判官に聞きましたら、使用者側も労働者側もそろって反対ということでした。やはり自分たちのことは自分たちが一番詳しいから、労使の審判官による構成を守るべきだといっていました。
 3つ目は、労働審判官の選挙の棄権率の高さです。先ほど申しましたように、使用者側については8割、労働者側については7割近くが投票していない。労使の直接選挙による労働審判官の選出という労働審判所の伝統がかなり揺らいでいるといえそうです。
しかし、こうした問題点が指摘されているにもかかわらず、労働審判所の基本的な性格を根本的にあらためるような改革の動きはいまだ具体的になっていません。この点は、労使双方一致して現在の基本枠組を維持すべきだと主張していますので、現在の労働審判所の大枠が今後大きく変更することはないであろうという印象を受けています。

○菅野座長 ありがとうございました。
 それでは、4時頃まで質問をお受けしたいと思います。どうぞお願いいたします。

○春日委員 若干細かな質問になるかもしれませんが、お伺いさせていただきたいと思います。
 1つは、先ほどお話に出た職業裁判官の関与はない、特に調停部ですけれども、仮に調停が成立すると、調停の成立率は9%ちょっとということで、これが低いというのも大変問題かなとは思うのですが、仮に調停が成立すると調書に執行力があるわけですが、この調書作成にも職業裁判官は一切関与しないで行われるのですか。

○浜村教授 そうです。関与していません。先ほどいいましたように労働審判所の判決部での労使審判官による合議決定が同数に分かれた場合に、例外的に小審裁判所の裁判官が再審理手続に関与する場合がありますが、調停部の調停手続に職業裁判官が関与することはありえません。

○春日委員 日本流の発想で言うと、調停に主任裁判官が加わって最終的には確認してという話になるのですけれども、こちらの場合は全くかかわらないのでしょうか。

○浜村教授 まったくかかわらないです。

○春日委員 制度的にはそうなっているのでしょうけれども、当事者もそれでいいと一般的には納得しているということですか。

○浜村教授 制度がそうなっていますから直接の当事者が調停手続に職業裁判官を関与させろと主張してもいうまでもなく聞き入られません。その意味では、労使相当ともこうしたシステムに納得するしかありません。また労働審判所の審判官は非職業裁判官ですけれども、裁判官であることには変わりはありませんから、その意味で裁判官が調停の成立や調停調書の作成に立ち会っているといえばそういえます。

○春日委員 もう1点は、先ほど少し御説明がありました追補資料のR.516条の18、仮の措置ですけれども、調停部の方では例えば使用者が法律上提出を義務づけられているすべての文書の提出を仮の措置で命ずることができるとなっているわけですが、実際上はこういう仮の措置をどの程度調停部で命ずるのか、おわかりになりますか。

○浜村教授 割合ですか。

○春日委員 具体的な数字でなくて結構ですが、かなり頻繁にあるとお考えでしょうか。とりわけアストラント(罰金強制)を命じて提出を求めるというのは、例えばしばしばあるとか、あるいはそうないとか、めったにないとか、そんな感覚で結構なのですが。

○浜村教授 正確な統計数値はなかなか見あたりませんで、1987年に書かれたある論文によりますと、ニースとモンペリエの労働審判所の統計データですが、事案の20%ぐらいで仮の措置が出されているとされています。その多くは労働者側が申し立てた賃金仮払い等の案件のようです。

○春日委員 もう1つは、さっきお話もありましたけれども、1980年ぐらいから調停部での調停の成立率は10%を下回っている。これは何か特別な理由があるのですか。

○浜村教授 最後にいくつかその原因を指摘したのですが、私個人の印象としては労働審判官の数が不足していることが一番大きいのではないかと思っています。実際、1つの事件の調停のために日本の場合には1回で終わらないで何回も調停の試みがなされるかと思いますが、フランスの労働審判所がそれをやったら膨大な数に上る事案をそもそも処理できないという現実がありまして、長くても30分、場合によっては数時間という場合もあるかと思いますが、数日、複数回かけて調停を行うということはないと思います。公式のデータはないのですが、だいたい調停は1回で終わっているのではないでしょうか。また、先ほど言いましたように、仮の措置や急速審理部の仮処分がありますから、労働者側はそちらで命令を出してもらって実をとった方がいいということで、その点でも調停の成立率が落ちているという状況にあります。

○春日委員 どうもありがとうございました。

○菅野座長 ほかにいかがでしょうか。どうぞ。

○山口委員 今の関係でお伺いしたいのですが、レジュメの図表7を見ますと、この上の方で急速審理部の行う訴追の関係ですけれども、労働審判所では判決が出た後、急速審理部に行って判決の仮執行という形になっているのですが、先ほどの説明との関係ではどのように理解したらよろしいでしょうか。

○浜村教授 先ほどの報告できちんと説明しなかったので、その点はお詫びいたします。また、私の論文では日本の仮執行に近いような形で説明していますが、それは不正確でこの場で訂正させていただきます。急速審理部というのはもっと幅が広くて、労働審判所の調停部に本案訴訟として係属する前に、たとえば賃金の仮払い等を求めて、労働審判所の急速審理部にいきなり訴えを提起するということが行われます。先ほどの労働法典の規則に規定されているような要件を満たしている限り、そうした訴えがなされたとき急速審理部は暫定的命令を出すことになります。この急速審理部の命令についても、控訴、上告が認められていますから、日本の仮処分事件のように最高裁までいくもう1つの訴訟ルートがあると理解した方がいいと思います。
 図表6のフランスの原文でかかれた労働審判所の手続の流れですが、これは労働者向けに書かれた実務マニュアル書から寸借したのですけれども、これを見ますと、労働契約に際して発生した個別的民事紛争は調停部に係属するルートといきなり急速審理部に係属するもうひとつのルートがあります。また、急速審理部に係属してそこで仮処分命令が出た後も、控訴院または破毀院に控訴・上告されるという流れになっていますから、その意味では急速審理部の命令は、日本の仮処分にほぼ近いのではないかと思います。

○鵜飼委員 そうしますと、本案訴訟を出さないで仮処分が破毀院までいってしまうということになりますね。本案訴訟を利用しないで問題が解決するケースもあるのでしょうか。あるいは本案訴訟を提起することを強制するような手続、日本で言うと起訴命令の申立てをするとか、あるいは本案訴訟と同時並行的に進行して判断が食い違うとか、その辺の問題点は議論されているのでしょうか。

○浜村教授 最初の質問ですが、急速審理部への訴えで最高裁まで進んでそこで終結する、当該事件自体も実際に解決するということはあります。最近の典型的な事例としては先ほど紹介したサマリテーヌ事件というパリの百貨店店員の解雇事件がありますが、これはもともと集団的経済的解雇の手続違反として大審裁判所に組合が訴えを提起して、大審裁判所が手続違反であるという判決を出した。それを受けて、今度は労働者が労働審判所の急速審理部に現職復帰を求めて訴訟を起こした。労働審判所は手続違反の解雇の無効と現職復帰の命令を出して、それが破毀院まで争われて、破毀院が経済的解雇についての手続違反の解雇は無効であると初めて判示した。解雇無効という概念は、フランスにおいては比較的に最近認められたものですが、それまでは解雇は違法でも契約の終了という法効果は発生するのであり、解雇の違法性は損害賠償によって填補するという伝統があったのですが、この事件で破毀院がはっきりと解雇無効と判示すると同時に、現職復帰を使用者に命じた労働審判所急速審理部の決定を支持したわけです。これでこの事件は終結しましたから、その意味で本案訴訟を経ないで終結した事案だということができます。
 それから急速審理部の訴訟と本案訴訟との関係ですが、先ほど言いましたように、急速審理部にかかった事案が判決部に移送される1つの典型例が、労働法典R.第516条の33(急速審理部による調停と判決部への移送)の規定です。これによると、「急速審理部になされた訴えが、当該部の権限を越え」、つまり急速審として決定を下すに適した事件ではない、そして速やかにそれを処理するための「特別の緊急性を有する場合には、急速審理部は、すべての当事者の同意を得た上で、みずから非公開の調停の試みを行った後に」「判決部に当該事件を移送することができる」とありまして、急速審理部にかかった事案でも、急速審理の決定にそぐわない事案で、本案訴訟で審理を再送付してやり直させるというルートがあります。
 3つ目は何でしたでしょうか。すみません

○鵜飼委員 判断が食い違うということはないのでしょうか。

○浜村教授 その点につきましては、急速審理部の判決はあくまでも仮の決定ですから、本案訴訟については一切影響を与えないことになります。ですから、急速審理部で労働者が勝訴したけど、本案訴訟で敗訴するということがありますし、逆に急速審理部で訴えが退けられたけど、本案訴訟で勝訴するということもありえます。その限りで、急速審理訴訟と本案訴訟の判断が結論において食い違うということはありえます。

○鵜飼委員 審理の方式も普通の場合と同じでしょうか。証人調べなども行うのでしょうか。

○浜村教授 対審が原則です。双方の当事者を呼んで基本的に対審構造でやるという形をとっています。本案訴訟の場合には報告審判官という特別の審判官を任命して証拠調べのほかに証人調べが行われることもありますが、急速審理手続きではないようです。

○山川委員 審判官の選出とその位置づけについてお伺いしたいのですが、1つは、フランスでは労使出身の審判官について中立的な立場に立って判断を行うとか、あるいは労使の代表として判断を行うとか、そういう位置づけに関する議論があるかどうかということです。もう1つは、実際には組合なりの提出したリストに基づいて投票がなされるということですが、その中で実際上、組合が経験豊かな方をリストに載せているかどうか。あるいは選出された後にトレーニング等を行っているかどうか。そのあたりはいかがでしょうか。

○浜村教授 最初の点の中立性についてですが、労使双方の審判官はそれぞれの労使の選挙母体によって選出されるのですけれども、利益代表という観念はないですね。やはり公平な判決ということに意を尽くしているようで、実際にパリやリヨンの労働審判所で聴取りをしたときも、労使双方の所長・副所長がそれは絶対にない、自分たちは中立的立場でやっていると強調していました。
 実際に候補者として選出される者についてですけれども、実際は使用者側が会社の社長や管理職、労働者側はやはり組合活動歴が長い人が多いという状況です。私の論文にも書きましたが、法律知識よりもむしろ社会常識が問われる傾向にあって、組合側では主に組合の組合役員や活動家が選出されているようです。
 先ほどは触れませんでしたが、論文では5つの全国組合組織にデファンスールという、弁護人と訳したらいいのでしょうか、法律的な援助・相談、場合によっては代理・補佐をする専門家が養成されていて、CFDTは全国に1,000人ぐらい抱えているということを言っていました。そういう人たちも審判官に選ばれることがあるという話です。だから、一定の経験を積んでいる人が選ばれるということですね。ただ、そうではない場合ももちろんありますし、ある程度の素養がある人でも継続的な研修が必要ということで、労働法典上は5年ごとの選挙で任期5年ですが、その5年の間にのべで6週間、1年につき2週間の研修期間が法律上与えられていて、使用者側はその期間については有給扱いにしなければいけないということになっています。

○石嵜委員 労働審判所の基本的性格で、簡易、迅速、安いの3つですね。イギリスの雇用審判所もこの3つ。ただ、私はイギリスから帰ってきたばかりなのですが、基本的にいわゆる雇用審判所は遅くて高くて、そして証拠資料を弁護士がたくさん持ってきて、というのが今はイギリスの方で定着していて、改革の議論がされているのですが、フランスの方も11.2カ月ですね。弁護士がつくのが5割。こういう状況下でこの基本的性格に対する一般的な評価はどうなっているかご存じですか。

○浜村教授 やはり長いという感じですね。11.2カ月で長過ぎるからもっと短くしろという意見は前からあります。
 ジョスパン首相の社会党政権が登場する前、私がフランスにいたときにはシラク派のジュッぺが首相だったのですが、あのときに民事訴訟法の改革の動きがあって、すべての労働事件について弁護士をつけることを強制すべきであるという議論がありました。結局、総選挙で政権が交代しジョスパンが首相になりましたからいつのまにか消えてしまいました。
 それでは審理の長期化について実際上の工夫がなされていないのかということになりますと、先ほど言いましたように訴えを提起して調停期日が設定されるのが4~8週間、調停が解決しなくて判決部に移送され、開廷期日が設定されるのはそこからさらに4カ月から8カ月ということで、この部分が審理の長期化の大きな原因となっています。そこで、リヨンの労働審判所は、労働審判所と当事者である使用者と労働者との間で協定をする。つまり、例えば最大限4週間で事件が終わるために手続進行に協力するという協定を締結して、それでなるべく短くしようという試みをやっている。
 ただ、期日が設定されて審理がなされた場合には、審理それ自体が何日もかかるということはないようです。よほどの限界訴訟でない限りは審理自体が長引くということはあまりない印象があります。

○石嵜委員 形式ですがETの場合、申立書を簡単にできる、こちらも口頭でやる。しかしそれ自体が、結局は後で弁護士がついたら、何が争点かわからなくて、そこからまたやり直さなければいけない。したがって、申立書が簡易にされていること自体が迅速性を失わせているのではないかという議論も出ているものですから、そういう意味での議論もあるのかどうか。
 それと、弁護士はこんなに証拠を出していますよね。それは弁護士の金銭、収入の問題なのかどうか知りませんけれど、非常に弁護士の存在そのものが議論されていますので、その辺をお聞きしたい。

○浜村教授 私が聞き取り調査などをしたときには、そういう印象は余り受けなかったですけれども。

○鵜飼委員 私もETに行ったときは記録が薄くて、日本の我々がやっている事件に比べてえらい記録が薄いなという感じを持ったのですけれども。低廉と簡易の部分ですけれども、訴え提起の費用については特別な配慮はされているかどうかということについてはいかがですか。

○浜村教授 無料ですね。送達料とか通知料とかそういうものだけですね。

○鵜飼委員 印紙は必要ないということですか。

○浜村教授 必要ないです。

○矢野委員 労使それぞれ7,300人となると大変な人数ですが、どのような人たちが選ばれているのでしょうか。

○浜村教授 先ほど言いましたように、候補者となるのは組合もしくは使用者団体が提出するリストに載っている者ですから、当然組合関係と使用者団体、フランスで言うと一番大きいのはMEDEF関係ですね、候補者が実際にどのようにして候補者リストに載るのかはわかりませんけど、それぞれの地域ごとに候補者リストに掲載されて、労働者側の場合については先ほどいったような経験や知識を持っているような活動家、使用者側については経営者団体の活動に関わっている経営者や管理職またはそのOBが候補者となっているようです。

○矢野委員 フルタイムなのでしょうか、それとも。

○浜村教授 パートタイムですね。

○矢野委員 本業を持っていて案件を幾つか担当して、そしてその間サービスするということなのでしょうね。

○浜村教授 そうですね。パートタイムということで職業を現に持っている現役の方が少なくない。例えば労働審判官についてはその職務を遂行するために必要な時間を与えることが使用者に義務づけられていますし、賃金も減額してはならないということで、パリの労働審判官の場合には実際に職務遂行に費やす時間が1か月当たり10時間から30時間くらいのようです。

○矢野委員 その程度の時間になるわけですね。では年齢層も割合幅広そうですね。

○浜村教授 広いですね。

○矢野委員 若い人から年配の方まで。

○浜村教授 若い人もいますし、年配の人もいます。リヨン労働審判所の副所長は労働者側審判官でしたが、年齢は30代後半くらいで金髪が肩までたれジーパンをはいて、ロック系のミュージシャンみたいでした。

○髙木委員 先ほど審判官の投票率のお話が出てきましたが、有権者が、先生の御本によると、例えば労働側で言えば1,500万人弱。そして投票率が三十数%で、各団体ごとの得票率みたいなものをみてみますと、例えばCGTで170万票ぐらいとっているわけですね。FOでも90万、私のうろ覚えの数字ですけれども。私どもがお付き合いをしているフランスの労働組合との関係で言えば、それでも組織人員の中で考えるとそこそことっているのだなというのが率直な印象です。フランスの労働組合の組織率はそう高くありませんが、恐らく企業が出される名簿の中には労働組合に参加をしていない人たち、そういう人たちが有権者であるということをどこまで自覚してあり、投票に行ってもらうための選挙広報なるものがどういうレベルで行われているかによって、投票率問題は分析しなければいけないのではないかという印象が1つありました。それと1つお尋ねしたいのは、図表1の下段の部分、この企業内紛争処理制度と言われているところで、どのぐらいの紛議が処理されていて、そういうことの兼ね合いで労働裁判所に上がっていくのはどの程度のこなれ方をした、あるいはどの程度のもめ方をしたものが上がってきているのか。例えばドイツの労働裁判所も、1回目は職業裁判官による和解で、基本的には和解前置的な運用になっているのだろうと思います。ドイツで言う労働裁判所の和解的な機能を、フランスではこの企業内紛争処理制度のところが一部果たしているということはないのか、その辺はいかがでしょうか。

○浜村教授 従業員被選出代表として従業員代表委員と企業委員会があって、他方組合代表として組合代表委員がいる。特に従業員被選出代表委員としての企業委員会と従業員代表委員は直接労働者が投票して選出しますから、労使双方の信頼感が組合代表委員より高いようです。その限りでこの2つの従業員代表が実際上労働者側からの苦情を管理職や企業長に申し立てて、実際の解決を図る場合が少なくない。しかし、日本の場合もそうですが、企業内の苦情処理制度が実際どの程度機能しているかよく分かりません。公式の統計データもありませんし、組合中央の役員の方に聞いてもよく分からないところがあって、実際の事業所レベルに聞き取り調査にいかないとはっきりしないようです。
 個人的な推測ですが、大手の企業の場合には、こうした労働者代表制度がきちんと整備化されていますから、そのレベルで解決される場合が少なくないと思いますけれども、中小零細企業の場合にはそうした制度が整備化されておらず、直接個々の労働者が労働審判所の窓口にくることになろうかと思います。一応紛争解決のルートとしては従業員被選出代表や組合代表による企業内苦情処理、それから労働審判所の調停部による和解、それがだめな場合には判決部という具合に段階が設けられているのですが、多くの紛争は必ずしもそうした段階を踏んで解決されているわけではありません。ただ、調停率が低い原因の一つとして、企業内労働者代表機関による労使間での調整的解決がすでになされて和解の余地がなくなっているから調停の試みがほとんど行われないまま判決部に回ってくるということが指摘されていますから、そのかぎりでは、企業内機関が和解的解決を一定程度行っているといえます。

○村中委員 フランスの労使関係がいまひとつ分かっておりません。髙木委員がおっしゃったことですけれども、選挙にあたり、労働者については使用者側から労働者の名簿を出して、それで選挙人を確定するということですか。

○浜村教授 選挙人の名簿は使用者の提出した労働者名簿に基づき市町村が作成します。

○村中委員 そうです。その場合、使用者というのは例えば経営者団体に登録している使用者に限定されるのでしょうか。

○浜村教授 いえそんなことはありません。労働者を雇用しているすべての企業の使用者が労働者名簿を提出する義務があります。労働法典で選挙人要件が定められていて、満16歳以上で選挙違反をしていないというような資格をみたしている労働者はすべて投票権を持ちますから、それぞれの企業の使用者が提出した労働者名簿に基づいて選挙人の登録が行われます。

○村中委員 そうすると、1人とか2人とか非常に小規模なところまで含めて全部把握されているということですか。

○浜村教授 制度上は把握されていないとだめです。実際にすべての使用者が労働者名簿を出しているかどうかわかりませんが、法制度上は選挙人資格を有するすべての労働者が名簿に記載されることになります。

○村中委員 例えば経営者の団体と労働組合とがなれあいで労働審判所の審判官を選出させているというような状況ではないわけですね。それに対する批判があってこの上訴率につながっているといった議論はありますか。

○浜村教授 そうしたことは聞いたことがないですね。ただ、実際問題、もし村中委員がおっしゃるようなことをやろうとするならば、それぞれの労働審判所の管轄区域ごとの組合団体なり使用者団体が談合して候補者リストを提出してそれ以外の候補者を出させないということになろうかと思いますが、それは実際には不可能だと思います。フランスの場合には全国レベルで代表的な組合組織が5つに分かれていますし、それ以外の独立系の組合組織があり、これらに等しく候補者リストを提出する権利が認められていますし、使用者側もMEDEF以外にも中小企業の団体があったりしますから、余りそういう状況は考えられないと思います。

○村中委員 労働審判所の正統性が問題になって、こういう上訴率につながっているということはないのですね。

○浜村教授 基本的な疑義はむしろ。

○村中委員 法律的な知識というところが問題ですか。

○浜村教授 労働審判官は経営者とか労働者で、労働関係についての専門的な知識とか経験があるとしても、司法試験という専門的な資格試験に受かったわけではありませんし、立候補するときにもそうした要件が課せられていませんから、とにかく全くの法律の素人でも選出されたら審判官になれるわけですね。そういう人たちがいきなり審判官、裁判官になったときに、5年間でたった6週間、1年間で2週間の研修だけで専門的な法律判断がちゃんとできるようになるのかというと、誰が見てもそれはちょっとということになりますね。

○鵜飼委員 それでも結局、例えば解雇事件などを考えますと、状況が非常に複雑化していますし、なかなか判断が難しいケースも増えていると思いますが、それでも90%以上が労使の審判官が意見が一致する。上訴率は非常に高いのですけれども、例えば取り消しが30%ぐらいですよね。逆に言うと、多いとも言えるし少ないとも言える面があるのですが、何か判断基準といいましょうか、法令できちんと解雇についての有効か無効かの判断基準が明確になっているのか、あるいはそうではなくて、労使のそういう判断基準はかなり共通のものとしてあるのか。もし、そういう審判官の判断が法律に反しているとかそういうことになると、それは社会的な問題になりかねないと思うのですが、その辺についてはどのようなお考えをお持ちですか。

○浜村教授 解雇については、日本と異なり労働法典で「現実にして重大な事由」という実体的要件を充たしていなければ違法とされますし、手続的にも、個別解雇については解雇理由の明示と労働者に弁明の機会を与えることが義務づけられ、集団的経済的解雇については、従業員被選出代表との間の手続を踏むことが必要ですから、その意味では判断基準が明確に定められています。ただ、どんなに具体的に定めても、限界事例というものが生じますから、そうした事案の判断について異論や疑義が出てくることになるのです。しかし、そうした疑念が出されたり、職業裁判官を関与させるという声が一貫してあげられているにせよ、労使の審判官だけで構成されるという労働審判所の基本的部分が大きく揺らいでいるというところまでの批判にはなっていないという印象があります。

○山口委員 証拠調べとの関係ですが、裁定裁判官による再審理が行われる場合はある程度やられるというのは分かるのですが、そこに至らない場合はどの程度の証拠調べがされるのでしょうか。

○浜村教授 先ほどの話では特に触れなかったのですが、報告審判官制度というものがありまして、たとえば調停部で調停が成立しなかった場合に判決部に移送されそこで審理されるわけですが、審理を迅速適切に進めるために、予審を専ら行う審判官として報告審判官が任命されることがあります。1名または労使双方で2名の審判官が任命されるのですが、彼らは判決を下す際に必要とされる証拠の収拾や当事者や関係者の事情聴取、ときには企業に出かけて調査などを行います。フランスの一般の民事訴訟ではまれだと言われるのですが、証人喚問を行ったりもします。そして、その結果を報告書として判決部に提出し、事件の解決案をその中で提示したりもします。

○山口委員 判決になった場合に、具体的な事実認定なり判決の理由はどの程度書かれているのか、お分かりになれば教えてほしいのですが。

○浜村教授 判決理由は必ず本案判決はもちろんのこと、急速審理部の決定にも書かれています。事実関係を書いて判決理由を書き、最後に主文として結論を書くという形式で作成されていますが、ただ、日本の地裁の判決と比べてちょっと短いなという印象があります。とくに破毀院社会部の判決はかなり短いものが多いです。

○菅野座長 よろしいでしょうか。予定した時間も過ぎましたが、浜村先生、お忙しい中どうもありがとうございました。
 それでは、ただいまから10分間休憩いたします。

(休  憩)

○菅野座長 それでは再開させていただきたいと思います。
 次は検討すべき論点の中間的な整理について、前回の御議論を踏まえまして、事務局にたたき台の改訂版を作成していただきました。また、今後の検討スケジュールについても前回の議論を踏まえて、おおよそのイメージをもう少し具体的に整理していただきました。事務局の方からたたき台の改訂版等について御説明をお願いしたいと思います。

○齊藤参事官 御説明申し上げます。前回の御議論を踏まえまして、事務局におきまして検討すべき論点項目の中間的な整理のたたき台について何点か修正いたしましたので、御説明します。資料43をごらんいただきながらお聞きください。資料43の改訂版では、前回からの修正箇所に下線を付しております。
 まず、1の「労働関係紛争の在り方について」、1ページをごらんください。前回の御議論の中で当検討会での検討と司法制度改革の目的、基本理念との関係について基本的な認識の共有を図る必要があるのではないかとの御意見がありましたので、新たに(1)として、「労働関係事件への総合的な対応強化の意義」という項目を加えました。
 次に、「(2)労働関係紛争の動向等」に関しまして、紛争の動向等を検討する上で今後の経済や社会の変化の在り方、雇用社会において法の果たす役割、さらに労働関係の実体法との関係についても踏まえておく必要があるのではないかとの御意見がありましたので、下線部のような修正を施しております。
 続きまして、「(3)労働関係紛争処理制度(ADRを含む。)の全体像」に関して、そもそもの紛争の予防や自主的な解決の重要性についての御意見がありましたので、「紛争の予防・自主的解決の在り方」という点は、独立の項目を起こして整理してございます。
 次に、2の「導入すべき労働調停の在り方について」ですが、3ページをごらんください。労働調停制度の検討に当たっては、現行の民事調停制度が労働関係紛争では余り活用されていないのではないかということについて、その原因等の検討が必要ではないかとの御意見がありましたので、「(1)労働調停に求められるもの」の中に論点として、下線部のような論点を加えてございます。
 3ページの一番下の下線部ですが、(3)のイのところです。専門家調停委員の報酬の在り方についても検討すべきとの御意見がありましたので、報酬についても追加しておきました。
 さらに、4の「労働関係事件固有の訴訟手続の整備の要否について」ですが、6ページをごらんください。ここの(1)に関しまして、仮処分手続と本案手続の二重構造についての検討の重要性について御指摘がありましたので、論点の1つとして独立の項目としてあります。
 また、労働関係事件について費用負担の在り方と裁判へのアクセスの在り方に関する検討が重要である、との御意見がありましたので、主たる検討は司法アクセス検討会の方で行われることとなると思われますが、労働分野の観点から当検討会でも御検討いただくこと自体は必要なことだと考えられますので、新たに「(3)裁判へのアクセスの在り方」として独立の項目を立てまして、論点事項を幾つか記載してございます。
 中間的な論点整理のたたき台につきましては、以上のような修正を施してあります。
 次に今後の検討スケジュールのたたき台の改訂について御説明します。資料44でございますが、前回、今後の検討スケジュールのたたき台についても御検討いただきましたので、そこでの御議論を踏まえて、当面のスケジュールを追加いたしました。

 今後、当面は諸外国の制度に関するヒアリングを行うとともに、これと並行して論点整理の総論部分についての検討を合計3回程度行い、並行して各論の検討順序についても御検討いただいた後、第11回検討会あたりから各論の議論に入っていくようなスケジュール案としてあります。
 第11回検討会あたりから各論の議論に入っていくにつきましては、あらかじめ各論についての全体的なスケジュールも確定させた上で各論の議論をスタートさせる、このような考え方でおりますので、各論の検討スケジュールについても適宜御意見をいただきながら詰めていきたいと考えています。
 なお、今日配布させていただいております中間的な論点整理では、前の案のように、「想定される論点」という文言は省いております。中間的な論点整理としてそろそろ確定するという見込みでおりますので、「想定される論点」という文言はもう不要であろうと考えられましたため除いてあります。
 説明は以上でございます。御議論いただければと思います。

○菅野座長 ありがとうございます。
 御説明いただきましたように、論点項目の中間的整理は前回の御議論を反映させて修正したものでありまして、こういうところかなと思っておりますが、なお御注意、御指摘がありましたらいただきたいと思います。
 スケジュールのたたき台をごらんいただくと、今日あたりからこの論点項目についての議論も開始して、次回は3つの国をヒアリングしますのでこれで大体終わると思いますが、9回、10回で総論部分の議論を行って、各論の検討順序についても考え方をつくって、できれば12月の11回ぐらいからは各論の検討に移れればと思っています。したがいまして、このスケジュールについても御意見をいただきたいと思います。
 どうぞ論点からでもお願いいたします。

○鵜飼委員 6ページの、裁判へのアクセスの在り方について項目に入れていただいたのは非常にありがたいと思います。ただ、今は司法アクセス検討会の方でかなり検討が進んでいると聞いておりますが、ヨーロッパ等では労働裁判については特にアクセスを容易にするようにということでいろいろな工夫がされているわけですが、司法アクセス検討会の絡みで、日程的に労働裁判について特に議論しなければいけないテーマについては、向こうとの日程との調整とかそういうものがあるのかなとは思うのですが、特に訴訟費用については既に司法アクセス検討会でかなり議論がされているやに聞いておりますが、ヨーロッパ等では労働裁判については例外扱いとしてほとんど無料とか定額という形で取り扱っているケースが多いと思いますし、我が国においてもその必要性が高いとは思いますので、それについての司法アクセス検討会の検討状況と、それとの関連について御説明いただければと思います。

○齊藤参事官 訴え提起の手数料につきましては、司法アクセス検討会の方でまさに検討しておりまして、この課題につきましては、平成15年の通常国会に法案提出を目指して今、本格的な検討をしています。実際に司法アクセス検討会の日程としましては、9月から10月半ばにかけての検討でほぼ集約しようという動きになっているようでございます。
 司法アクセス検討会の方で訴え提起の手数料について検討している視点は、日本の民事訴訟制度を一元的にとらえて訴訟費用の在り方を改善するという観点で検討されていると思いますので、特定の領域の訴訟についてだけの特別な配慮は、司法アクセス検討会の方でも具体的には検討されていない様子でございます。
 したがいまして、労働関係事件についてはできるだけ低額の費用で提訴できればそれにこしたことはないということなのかもしれませんが、そういう視点だけで提訴手数料の在り方全体の構造にどこまで反映して検討してもらえるかという点については、なかなか難しい問題が多々含まれているような状況かと思います。

○鵜飼委員 全体的な制度設計で一般的な事件についての訴訟費用の取扱いを決めるということはよく分かるのですが、労働事件については、例えば解雇事件を例にとりますと、本案訴訟で数万円程度の印紙が必要になってくるという計算になるわけですね。果たして解雇された労働者にとってその印紙の負担は、裁判を起こすか起こさないかという段階で非常に大きな重みになってくるのではないかという感じがいたしますので、特に労働事件等については特別な扱いが必要ではないかと私は思います。そういうメッセージなり意見集約をもしこの検討会でできればいいのではないか。要するに労働事件についてよりアクセスしやすく、かつ紛争が法律的な処理によって行われることに道を開くことになるのではないかと考えますので、できれば検討会でその点についての議論をしていただきたいと思います。

○齊藤参事官 まず、その点をこの労働検討会で十分検討するべきだということでしょうか。

○鵜飼委員 そうです。

○齊藤参事官 実際に、確かに労働事件という領域で特別な提訴手数料の制度を実現するのは、日本の提訴手数料の制度の在り方との整合性とか、労働事件だけ特別に低廉な手数料を制度化することの社会的なコンセンサスも十分得られた上でないと、ある意味で実現は困難かという気もしますので、むしろそういうところをじっくり検討しなければいけないのかなと、そういう印象もあるのですが。

○鵜飼委員 現実に個別労働紛争が非常に増えているということは客観的な事実としてございますし、その中で労働裁判件数が諸外国に比べて日本は非常に少ないという現実もあると思います。司法制度改革審議会でその辺が議論され、そしていかに労働裁判をアクセスできるようなものにしていくのかという点は審議会でも十分議論されたのではないかと思いますし、そういう意味でコンセンサスという点で言いますと、私は十分あるのではないかと思っておりますが。

○齊藤参事官 それからもう1つ、弁護士報酬のことですが、こちらもまさに司法アクセス検討会の方で検討している課題でございますが、こちらは平成16年の通常国会に法案提出を目指して検討しておりますので、労働検討会の方で一定の検討を踏まえて要望なり考え方なりをあちらの検討会に提供して全体の検討に含めてもらう、これは可能なのではないかと考えています。
 弁護士報酬の敗訴者負担の問題は、訴え提起を不当に萎縮しないような配慮を十分講じた上で制度を導入すべきだとされていますから、まさに労働事件についての取り扱いも視野に入れて、どのような取り扱いにするのかということも含めて検討していくべき課題だと思いますので、こちらはそういう対応が可能ではないかと考えています。
 当面はこのような説明でよろしいでしょうか。

○髙木委員 今言われたことだろうと思うのですが、特に例えば弁護士費用の敗訴者負担問題などは審議会でもえらくもめたわけですね。裁判に及ぶ動機が、例えば行政事件なり消費者裁判などはある種の政策形成効果みたいなものを意図して裁判に及ぶ世界もあったり、そういう意味では労働事件についても、鵜飼委員が言われたような側面で議論もありましたし、他の検討会で一般論でやられる世界と、労働のスコープで見たときにこれはこういう労働特有のものということが言えるのかどうかをきちんと検証しなければいけませんが、そういうスコープも要るのではないかというところを、どのように連携というかキャッチボールしていくのでしょうか。そういう検討会の相互の関連性のところについて、例えば他省庁と調整していただいたりするようなことも要るのではないかと思います。この間も仲裁の関係の中間報告、あるいは一般論としての仲裁の議論をどうしていくかというお話で、労働の世界でも仲裁という世界がありますので、我々が労働を考えるときに、そういうルールにしていっていただいたときにいわゆる齟齬なり葛藤を起こすようなところはないのかというのは、この検討会としては見ておく必要があるのではないかと思います。主たる課題は4つでしょうが、他の検討会との連携というのでしょうか、そういうところもぜひ時々は見ておいていただきたいし、またこの場で議論する必要があれば議論をしたらいいのではないかと思います。

○松川次長 今の点は、従来からも何度か御指摘をいただいている点ではありますので、それぞれの役割分担を見据えながらも、適切な形で連携を確保していく必要はあろうかと思っておりますので、事務局としてはいろいろ相談しながらやっていきたいと思っております。

○鵜飼委員 今の点でよろしいでしょうか。仲裁検討会の関係ですが、新しい仲裁法をつくっていく、その場合の対象としては国際取引だけではなくて国内取引も対象にする。そうすると労働契約もその対象になる可能性も十分出てきますね。そうすると、仲裁合意にどういうふうな法的効力を認めるかという点で、労働事件は労働事件特有の問題があると思います。そういう意味では仲裁検討会の議論の進捗状況と、それが国内取引一般に仲裁合意を例外なく認めてしまうということになりますと、労働紛争については大変な弊害が出てくると思いますので、そういう点の関連も十分見極めながら議論しなければいけない。抽象的に言うと、労働関係事件の総合的対応強化が労働検討会の1つの課題だろうと思いますので、その辺も大変な状況を御説明いただいて、適宜に議論して問題提起をしていく必要があるのではないかと思います。

○古口次長 仲裁については現在、類似の問題として消費者保護に関する特別な規定をどのような形で設けたらいいのかということも含めて議論のテーマに挙がっております。意見の募集もしております。
 ただ、仲裁の場合は来年の通常国会に法案として出したいということで、かなりテンポが速いものですから、今のような点についても個別に御意見があるようでしたら寄せていただいて、事実上仲裁の方にお伝えする。この中でのきちんとした時間をとることが、場合によると時間的に難しければ個別の御意見も事実上お伝えすることは十分可能だと思いますので、臨機応変に出していただくということでお願いしたいと思います。

○髙木委員 そう言われるけれども、例えばUNCITRALの話とか、私たちも勉強している暇がないのです。そういう意味では、今懸念しているようなことがあるかないかは、事務局の皆さんもそういう視点で見てほしいんですね。

○古口次長 わかりました。その辺も検討しまして。

○髙木委員 仲裁の異議を申し立てる権利の問題などいろいろなことも議論されているようですが、御専門の方が多いのでそれをチェックしていただいてよいかもしれないですけれども。

○古口次長 わかりました。事務局は事務局として、検討会の担当の者とも協議をして、できるだけ御意見の方向で努力したいと思います。

○菅野座長 ほかにいかがでしょうか。
 もしよろしければ、後からまた御意見を出していただいても結構ですが、こういう中間的な論点項目の整理としてはこのようなことで、なるべく早く議論していってみるということでやりたいと思いますが、よろしいでしょうか。
 それでは、スケジュールについては何かありますでしょうか。スケジュールもこういうことでやってみるということでよろしいでしょうか。
 それでは、こういう予定でやってみるということにいたしまして、早速、資料43の論点項目の中間的な整理のいわば総論部分、「1 労働関係紛争処理の在り方」についての議論を始めていただきたいと思います。
 総論は(1)から(6)まで続いていますが、(1)や(2)、(3)あたり、とりわけ労働関係紛争の今後の動向をどのように予測し、全体の状況を認識するかということと、それを踏まえて労働関係紛争処理制度の全体像をどう考えていくかというあたりを中心に、今日は議論を始めていただければと思いますが、いかがでしょうか。その点についても御意見があればお出しいただきたいと思います。

○鵜飼委員 それでは呼び水的な形で発言させていただきます。今回、事務局の方から送っていただいた文献をざっと読ませていただいて、この10年間は特に先進国で個別紛争が非常に増えているのではないかという感じがいたしております。今後その傾向は続くであろうという感じがします。それは当然、社会的・経済的な要因が背景にあることは間違いないので、この点については大方の認識は共通にできるのではないか。私たち自身も実務を担当しておりまして、労働相談の内容がこの10年間はそれ以前に比べて変わってまいりました。事件数も非常に増えていまして、かつ内容も現在の情勢を反映しているものになっていると思います。
 そういう意味で、これは日本特有の現象ではなく世界的に個別的労働紛争が増大しているといいますか、その辺の背景的なことについての御意見等をお互いに出し合って共通のものにしたらどうかなと思いますが。
 それと、出てきている事件の在り方が10年ぐらい前に比べて非常に変わってきているというか、新しい様相を呈しているという感じがいたしますので、その辺の認識が共通にできたら、それに対応する制度設計についての議論も生産的にできるかという感じがいたします。

○菅野座長 例えば労働関係民事事件の訴訟数は今もそんなに多くないのですが、それでもバブル崩壊後、増えてきた。個別紛争の相談件数も恐らくバブル崩壊後の景気低迷・不況という中で増えてきたので、景気との関係はどうなのか。それらは、仮にいわゆる構造改革がなされ、安定成長が取り戻されたとしても、今後増えていくのか。そういうところも見通しをお持ちの方はお話しいただければと思います。

○矢野委員 短期的に見ると景気は悪いし、企業業績は低下しているし、余剰労働力は増えているし、その結果として失業者が増えているという、今は大変厳しい状況ですね。そういう状況の中では解雇の問題とか企業整理に伴ういろいろな争い、あるいは賃金や退職金の不払い等の問題が増えていくだろうということは予測できるわけです。
 一方、長期的に考えてみますと、働き方の多様化といいますか、これがすごいスピードで進んでいくだろうと思うわけですね。既に今のこういう厳しい経済情勢のもとでも進んでいるわけですが、もっと長期的に見ると一層進むだろうと考えているわけです。そのスピードがそれぞれの立場によって見方は違うと思うのですが、私どもは多分想像以上に速いスピードでいくのだろう、その傾向は日本だけではなく、先生からもお話があったのですが、世界的な傾向だろうと思うんですね。
 そこで、日本経団連としてもいろいろな企業経営者の意見を聞きながら政策づくりをしているのですが、幾つかのポイントを申し上げて御参考に供したいと思います。
 働き方の多様化はどういう現象であるかということですが、1つは、これまでの典型的な働き方は、定期採用された人が決められた事業所、あるいは転勤も含みますけれど、期間の定めなくフルタイムで長い間勤務するということだったと思います。あらゆる制度設計がそれに基づいてつくられてきたわけですね。しかしその働き方そのものが多様化が始まっている。つまり、人事処遇制度も複線化しつつある、起こってくる問題も一律ではないということだと思います。
 そういう典型的な労働パターン以外の働き方はどういうことであるかというと、例えば採用方式です。今も依然として定期採用は一番多いのですが、中途採用、年間を通しての採用、不定期採用がどんどん進んでいるということがあります。それから働く場所です。テレワークとかITの進歩で必ずしも毎日出勤しなくてもいい、結果を出してくれれば在宅勤務でもいいという事例が増えてきています。これはITネットワーク技術の向上で、多分アメリカは10年以上進んでいると思いますが、SOHOと言われている現象が日本でも進んできています。もう1つは雇用期間、就労時間で、パートタイム労働や派遣労働、契約社員がどんどん増えてきているということです。技術者の高度専門能力を持った人たちの場合はプロジェクト単位で雇用されるケースも増えてきています。また、近年つくられた裁量労働制、労働時間を自分で決める働き方も増えてきているということです。
 また、アウトソーシングの形態も増えていて、今まで1つの会社の中で全部やられていた給料計算など、言ってみれば普通のオフィスワークがアウトソーシングという形で外に出て、請負契約というのは物づくりにはたくさんあったのですが、今度はオフィスワークそのものが一種の請負契約というか委託契約みたいな形で外部に出ている。OECDでも、聞いてみますと女性を中心に自営業という就業形態も増えているということですし、いずれにしても、こういう雇用形態あるいは就業形態の変化に伴ういろいろな法律の改正、取り扱いを改めるということが審議会でも論議されているのですが、そうした現象を前向きにとらえて、これからもっと加速するのだという認識を持たないと、私たちが議論する制度設計が後手後手になってしまうのではないかと思います。
 例えば裁量労働制の今の普及率はわずか1%ですから、大したことないではないかと見るのか、そうではなく、せっかくつくった制度の利用価値を高めるためのいろいろな改正も必要であろうし、そういうことを進めることによって時間に束縛されない働き方が増えていくだろう。少ないと見るか、今の状態でも1%あるのでこれからますます増えると見るか、その差は非常に大きいと思います。時間で拘束されない働き方は私はこれからますます増えていくと思います。これが働き方の多様化の事例であると思います。
 どうしてそういう多様化が進んでいるのかということですが、企業の立場から見ると競争力の強化ということですね。企業が元気を出して経済が自律的に回復して成長することによって、それは前のような高度成長にはならないにしても、経済が活性化していくことが雇用を増やし、雇用を安定させるもとになると私どもは思っているわけですから、そのためには日本の国の企業の競争力を高めなければいけません。そういうことが大きな背景のうちの1つにあると思います。
 一方では、働く側の方もニーズが変わってきているのですね。自分のライフステージごとにいろいろな働き方を求める。女性の場合、入社したときは長期雇用であるけれども、結婚して出産のときも働き続けたいといった場合には、短時間正社員の道を求める人もいるし、あるいは一たんはやめているけれどまた戻ってきたときに、しばらく子どもが小さい間はパートなど本当の短時間労働でもいいという人たちもいるでしょうし、働く側のニーズもあって、両方が一致して初めて世の中の仕組みや企業の人事管理制度は変わっていくわけです。
 その2つがあって、さらにその背景としては、世の中全体がソフト化し、サービス化し、情報化し、少子高齢化があって、そういう現象が加速していると思います。ですから、そうした状況の変化は問題の発生そのものを複雑化していくということがあって、今後の個別労働問題を考えるときに、雇用、働き方の多様化を本当に深く認識していく。それによって初めて生きた、優れた仕組みづくりができるのではないかと思います。
 御意見はいろいろあると思いますが、大雑把な御説明ですけれども、皮切りに申し上げさせていただきました。

○石嵜委員 今おっしゃったように、マーケットがグローバル化して品質と価格で競争しますので、企業がこの競争に勝たない限りは日本の国自体の議論になってしまう。そういう意味で今のようなお話になるのと、もう1つ今一番思っていますのは、ITという情報通信技術の革新が就労形態にも大きく影響を与えている。まさに在宅勤務やモバイルは、こういうものがきちんとするからこそできるということになるし、だからこそ子どもを育てながら在宅で働けるということにも影響してくる。ですから私は、マーケットから受ける影響と、もう1つは資料でいただいているITの革新が雇用社会にどういう影響を与えるかはきちんとした予測を持っておく必要があるのだろうと思います。
 そういう意味で平成13年度に出ているものは非常に興味深いのですが、本当かいな、こんなノンキなことを言っていていいのかという気があるのです。私は、今までの技術革新は、ある意味ではまだ継続していて、この中で技術革新は必ず余剰人員を生んでいくのです。そういう人たちを職種転換で社員教育、技術訓練をやりながら社内で雇用していける、これが機能しているから長期雇用が維持できたのです。したがって、雇用が長いから企業内でのいろいろなトラブルを企業内で解決できるというシステムだったと思うのです。ところが、これは完全に切断しているような気がしてならないのです。不連続な社会が出てきた中で、職種変更で企業内で雇用していけるだろうか。つまり、40~50代を幾ら職業訓練しても、いわゆる技術革新の中で新しい仕事を見出せるのだろうか。
 確かに中高年にも情報通信技術を使いこなせるかということで、パソコンなら使えるではないかという話です。私は毎日、正直言うと企業とリストラの話ばかりやっているわけですから、このような話ではないような気がするんです。技術革新・IT社会がどういう影響を与えるか。特にブルーカラーではなくホワイトカラーそのものに、です。加えてこれはまさにダウンサイジングを起こすわけですから、業務再設計をやっていけばやはり人が余る。したがって、一時的にアメリカが「雇用なき回復」という形、この形態が日本に来るのかどうかは別として、経済が回復しても雇用は一時的には回復しないのではないか、別の新しい仕事を生み出していかなければならない、そういうことも意識して議論しない限り、今後の雇用社会において、ヒトの問題、トラブルは解決できないのではないか。
 それと、先ほど矢野委員がおっしゃっていますように、私たちから言えば、集団的労務管理から一人一人の個別的労務管理に変わってきているわけですから、とすれば必然的に労働組合との話し合いで解決したという大企業方式はもう通用しないので、一人一人とのぶつかり合いになっていく。そういう社会で今一番思っているのは、これが企業外に出てきて膨大な数字に、つまりイギリスやフランスのようにこういう提訴が10万件を超えたら、どんな制度をつくっても機能しないだろうなという気がします。雇用審判所の議論云々を入れても、です。
 そうすると、こういう社会でイギリスが雇用審判所がもう機能しないということで何をやり出すかというと、もう一度企業内で自主的解決をいかにさせるか。これを国の制度としてもう一回考えようということになっている、イギリス視察でこういう説明を受けてきたのですね。それで労働組合があるかないかは別として、従業員1~2人でも、いわゆる零細企業にもとにかく労働者は、何か不満や言い分があったら使用者に書面を書いてアピールする。そのアピールに対して使用者側が対応できる時間を与える。そしてその間の対応が不満なら、ここはもうひとつよく分からなかったのですが、最初のアピールが人事部長であったら社長にでももう一回アピールを上に上げる。そういうことを全部やってだめだったら、今度はACAS、話し合いで何とかして解決させる。ACASで話し合い、今までは24週という目標値を立てて、ETの方で審問期日を決める。したがって、その間にACASはやらざるを得ない。今後はそうではなくて、ACASの方で何とかならないか、先に徹底的にやらせてしまう。そして仲裁機能も与えようではないか、それでだめだったらそこで初めて雇用審判所に持ってくるようにして、そういう手続をとらず社内でアピールをしないものについては、雇用審判所に来たらその請求が認められたとしても金額的には減らす。つまり、社内手続をとらなければ、賠償金額と言ったらおかしいですけれども、その金額まで減らすというようなシステムで、社内前置主義と呼ばれる形でこういうものを法的に強制していく。社内で、労使でまず何とかしない限り、これから先増えていくものには対応できないのではないかという議論があって、そういう意味では、今の私の話は、うまくまとまらないのですけれども、当事者間に与えるITの影響をもう少しきちんと把握することと、加えて何とか企業内で自主的解決の在り方についてもっと、監督官庁に任せるだけではなくて、法制度としても考えるようなものにしないと、結局どんなものを作っても数につぶされるのではないだろうかという思いがあります。

○鵜飼委員 労働側としてこの十数年間、まさに翻弄されてきたというかそういう感じで、そういう意味では裏側になりますが、同じような問題意識を持っていますけれども、矢野委員が先ほどおっしゃったような事実は客観的な事実として、これは進行していますし、今後もますます進行していくであろうと思います。しかし、だからこの十数年間思っていましたのは、日本にこそ雇用社会の中に法とルールをどのように根づかせていくか、その重要性がますます問われているのではないかと思います。経済的な合理性を追求していくのは分かりますが、一方でそれがブレーキなしに進行していくために、今、労働者の相談を受けていく中で、果たしてこれでいいのか、こういうルールなし、法律無視の状態でいいのかと思われる事例がたくさんありまして、そういうケースの一部が裁判になります。
 例えば先ほどの裁量労働制の話にしても、裁量労働制自体は法律で非常に厳しい要件があるのですが、実際上は自主申告制という労働時間の管理が横行していて、社会的な問題になっているのは過労死とか過労自殺ですね。先進国にはあってならはないような、単に法違反ではなくて労働者の人間性そのものが奪われる実態が一方で進行しています。これは、まさに日本社会全体の解決しなければいけない大きな課題ではないかという事態になっています。
 これはこの十数年間に事態が進行していますので、本当に国際的にみてもふさわしい法、ルールを我々が英知を集めてつくり出し、雇用社会の中に確立していくことが今こそ問われているのではないか。そうでないと、企業の競争力といいましても、最終的にはヒトであって、モラルといいましょうか、お互いにルールを守り、人間としてお互いに尊重しながら力を発揮していく社会にしていかなければ、この閉塞状況は打破できないという感じがいたします。我々は病理現象を扱っているというところがありますけれども、余りにもひど過ぎるというのが日常的な相談では実感なわけです。
 そういう意味でイギリスなどヨーロッパは大分前を進んでいるという感じがいたしますが、まず法律違反、ルール違反があるときに、それに対して異議申し立てのできる体制はどうしても必要だと思います。それが日本ではなかなかできないわけです。例えば私たちが労働弁護団でホットライン活動を始めた93年の段階でびっくりしたのは、中高年労働者、ホワイトカラー、管理職の人たちからの相談が非常に殺到いたしまして、その中で管理職ユニオンのようなものができてくるという状況があるわけですが、従来のシステムの中で労働していた人たちが集中的にターゲットにされ、場合によっては大企業の中でも、リンチまがいといいましょうか、人権侵害まがいの退職強要が行われるという事例が、これが現在でも枚挙にいとまがないという状況があります。
 こういうことをやっていたのでは新しい活力はなかなか生み出せないだろう。客観的な事実の進行としては、矢野委員がおっしゃったような事態は、ある意味では不可避な部分があるとは思います。しかしその中でこそ、よるべきルールといいましょうか、あるいは活かすべき人間としての知恵を1つのルール、法律として確立しなければいけない段階に来ている。その場合の法の支配を雇用社会に行き渡らせることができるという意味での司法の役割は、日本はまだ欧米に比べて非常に遅れていますので、まずは司法の役割をもっと強いものにしていかなければいけない。そして、法が雇用社会の中で活かされるものにしていかなければいけない。
 その法そのものも、グローバル化の中で発展していかなければいけないことだろうと思いますが、そういう必要性は日本の現状の中で見ると痛切に感じます。そういう意味ではまず日本は裁判や法というものを活かしていく社会にどのようにしていくかという非常に重要な課題が突きつけられていると思います。
 企業内の自主的な解決能力はまさに車の両輪でありまして、外部の法・ルール違反を是正していくシステムが発達していくことなしには、内部の自主的な解決能力は育たない面があります。そういう意味では、司法制度改革を通じて労働裁判改革等で、外部で法を守らせていく、法の支配を浸透させていく制度的なものを十分につくっていく中で、一方で企業の労使関係の中で自主的に自分たちで解決していく、そのルールをつくっていく。そういうものが、例えばETで言いますと、その手続が整備されているかどうかがETの審理に影響してきて、その手続が整備されている企業においては、その手続を遵守しているかどうかによって、先ほど石嵜委員がおっしゃったような金銭補償額等にも影響してくる。このように企業内と企業外の解決の仕組み、あるいは法の支配の役割がお互いに役割分担しながら進んでいくのではないかと思いますので、私は事態の進行は客観的な事実として認めざるを得ませんが、その中で雇用社会におけるルール、法律をいかに浸透させていくのかという課題が実は今、日本においては非常に大切な課題ではないかと、最近の企業の不祥事等を見ましても、これがいつまでも続いているわけですから、そういう意味ではそういうものをきちんと整備していくことが緊急の課題ではないかと思っています。

○髙木委員 ちょっと抽象的になるかもしれませんが、例えば矢野委員のお話も、国際競争力などいろいろな論議を私どもも理解はしますが、種をまいた者の責任はどうするのかという議論が我々の方から見れば希薄なのです。例えば、派遣労働者はたくさん増えています。派遣労働者をめぐってどういう問題が起きているのか。先ほどのアウトソーシングの話でも、本来労働者供給は原則だめだという社会で、現実にアウトソーシング等において偽装派遣という実態がたくさんある。そういう意味で今年の暮れですか、派遣に関するルールの見直しもありますが、こういう論理でこういう方向へ向かって雇用の問題なり企業の在り方を考えていくのだということを、1つの方向に向かえばそれはそれでそっちに向かう理由はあるのだろうけれども、そのことによって生み出す影の部分、もちろん背に腹はかえられないということかもしれませんが、その辺を例えば使い勝手のよさという論理だけで、あるいはそれは当然、背景にコストを含めたスリム化の問題もあってということなのでしょうが、その間で働く生身の人間がどういう目に遭い、どのようなことを感じ、どのような疑問を持っているかについて、説得力のある説明が行われているかどうか。納得性を得られるようなシステムの用意ができているのか。残念ながらまだそういうところは影の部分が放置されているところが多いので、これが個別労使紛争の非常に大きな背景の1つかなと私は思っております。
 労働秩序が不安定化する要因は何なのかということを1つ1つ吟味してみましたときに、従来、日本の労働秩序が比較的安定していた、その安定を支えていたシステムなり装置が完全に制度疲労を起こしている。ですから、先ほど石嵜委員が言われたように、両面のアプローチがないととてもではないというのは、私どもも同じ認識でおりますけれども、先ほどおっしゃった雇用形態なり就業形態の多様化は、例えば労働組合の立場から言いますと、日本の労働組合にどういうことをもたらしているのか。日本の労働組合は圧倒的に企業別労働組合の形態で、それも正社員というのでしょうか本工、フルタイマーというのでしょうか、こういう人たちをメンバーにしてきた組織で、企業の中でいわゆるフルタイマー、正社員型の雇用がどんどん減れば、メンバーも従来と同じ人たちととらえていたら当然、企業内の組織率は落ちます。甚だしいところに至っては、組織率5%あるかないか、同じ企業に働く人たちの95%は労働組合に参加していない。ないしは労働組合があったらこういう機能を果たすのであろうという代替システムにも乗っていない。ですから、基準法上の三六協定の締結権などはともかくとしまして、個別労使紛争が起こったときにまず第一次的な受け皿になること。職場の管理職の皆さんがそういう役割をするようになるかもしれませんが、少なくとも労働組合は第一次的な受け皿になれていない。これは我々の怠慢もありますから今いろいろな努力をしていますが、組織率が下がると運動の力が落ちたと言われるのだけれど、もし企業別労働組合という組織形態がいけないと言うのなら、我々は違うアプローチをする。けれども企業別労働組合は非常に大切だと経営者の皆さんはおっしゃる。大切だと思うのなら、どういう装置づくりをお互いにするのですかというキャッチボールの世界がないところが、率直に言って問題ではないかと思っているわけです。
 もう1つは、何か変えていくときに、従来のシステムなり価値観のいいところ。これは、こちらのよさをとるならこちらは捨てなければしようがないという面もあるのかもしれません。例えばグローバリズムに対する反省論も最近はあるようですけれども、本当に失ってはならないものまでも日本の社会は少し失い始めているのではないか。とりわけ労働に関する認識とか哲学、コンセプトという世界でそういう気がしてならないのです。自分たちはこういうことをやっていきたいということはどんどんやられる。けれども、そのためにこういう備えをつくりましょう、こういう仕組みを用意しましょうということについて、これもだめ、あれもだめというアプローチが過ぎると、そのうちどこかでいろいろな意味でのハレーションが起きるのではないか。
 そういうことを考えますと、10万件までいくかどうかわかりませんが、私はこれから5年、10年、個別労使紛争を中心に紛争はかなりのテンポで増えるのではないかという認識をしています。そういう意味で、増えたときにどうするのかということは社会的な仕組みとしての用意と、もっと違った意味で、例えば企業の中、労使の中での用意、あるいはコミュニティにかかわった用意も要るのかもしれませんし、そういう感じがしております。
 今日用意していただいた資料の一番最後のページですか、グラフが出ているものですが、推定組織率がずっと落ちてきていまして、最後から2番目の20.7%、これは労働組合が組織されている企業の数が減っている問題ももちろんありますが、企業別労働組合自体が空洞化しているのが組織率低下の最大の原因です。もう1つは、一番最後のページの下段の表、従業員の99人以下については推定組織率1.3%、1,000人以上のところはまだ5割以上を保っていますが、民間だけを見ると18.0%しかいない、公務員も入れて20.7%が昨年6月の調査の結果です。そういうことの背景にもいろいろなことがかかっているのだろうと思います。

○矢野委員 刺激を受けたのでまた申し上げますと、労働組合も組合員にとって魅力がなくなると組織率が減るのではないかという御心配、これは企業もそうで、いい人が入ってきて、いい人が頑張ってくれないと、競争力などは絵に描いた餅なのですね。多分、日本の企業が今までどおり同じことをやっていたらいい人が来なくなるのではないかと思います。日本の一番の財産はヒトですから、本当に核になる人は長期雇用でいてもらわなければいけない。そのためには会社も処遇制度を変えて、仕事が魅力あるように、処遇もそれについていくようにという制度改革をやらなければいけないと思うのです。そうでないと外資企業にもっていかれてしまって、製造業の空洞化ということが言われていますが、知識労働者の空洞化が起こってきて、日本は産業単位で競争力が急激に低下していくのではないかという心配をしています。
 どうすれば魅力ある会社になれるのかということは経営者にとっても大問題でありまして、髙木委員が心配されておられることは根っこは同じではないかという気がしております。
 工場のラインで働く人たちの比率が減っていて、いわゆる知識労働者、コンピュータを駆使して、情報を駆使して仕事をする人たちが増えると、その労働者の望みは変わってくるわけですね。みんなと一緒に上がっていくというのではなく、自分はこれでやりたいのだ、それにふさわしい報酬も得たいということになってきますし、嫌なことは拘束されたくないということになってきますと、一方、企業の方はそれが優れた専門能力を持っている人なら、例えば4年でも5年でもいてくれればという人も出てくるでしょう。本当はもっと長くいて、忠誠心と生き甲斐をもって仕事をしてほしいという人たちがいなければいけないわけですが、働く人たちの質がとても変わってきているのだということを認めないと、問題解決にならないと思うんです。
 紛争解決のやり方にしましても、企業の中での紛争解決能力を高める努力をしなければいけないんです。これは前も申し上げたのですが、少し低下してしまっているのではないかと思います。何となくうまくやってくれるはずだったと思っていたのがガタが来ていろいろな問題が起こってきていると思うのです。これは組合があろうがなかろうが、みずからの企業の中での解決能力をどう高めたらいいのか。これは私ども自身の問題として、組合の方とも相談しながら、方法を考えてみたいと思っています。
 一方、企業内の解決に努力しても問題が外に出ていく。企業内の解決能力を高めても全体としての紛争件数は増えていくだろうと思うんです。その場合に、なるべくいろいろなところに駆け込んで相談ができるような窓口を広げる。これが個別労働紛争についてのADRをつくったときの思想だったわけですね。ですから、なるべく間口を広げる。労働局もいいだろう、けれどもあっせんまで、地労委もどんどんやってください、これもあっせんまで。労政事務所も結構だ、労使団体もいいということですね。
 しかしもう一歩進んで、国民の信頼感といいますか、専門家がそれに携わって法律に基づいて考えてくれるという信頼感は日本にはあると思うのです。一方で裁判所などに余り行きたくないという気持ちもあるわけですから、そこの兼ね合いが難しいのですが、一方では司法の場がもっと近づきやすいように敷居が低くなって、相談に行きやすいような場にすることも必要だと思います。現に、サラ金や交通事故などで結構利用されていますから、労働問題であってもいいではないかということですね。そうして段階別に日本らしいいろいろな仕組みをつくっていったらいいと思います。
 そのように考えますと、それぞれの役割分担を頭に置いて制度設計をしていくという議論が必要ではないかと思うのですね。

○石嵜委員 私たち使用者側でも過労死・過労自殺を容認しているわけでも何でもなくて、会社と従業員に信頼関係がない限り組織は円滑に動かない。そこは十分わかってやっている。それはそれとして、もう1つ大事なのは、雇用社会における法の役割、法の支配を徹底させたい、これは理念で、逆に理念としてよく分かるのですが、雇用社会はこれだけ変わる。特に、資料にあるようにテレワーク雇用が5年後には445万人出てくる。そのとき、このように変わってきた時代に今の実体法の労働基準法、労働安全衛生法が機能するのか。労働安全衛生法を在宅勤務者やモバイルで働いている人にどう適用するのか。したがって、もし法の支配だとおっしゃるのならば、その社会に応じた法の改正をきちんとしておかないと、誰も法に対する信頼がなくなればそれは意味がないのですね。その意味で、労働基準法、労働安全衛生法という今の個別労働関係を律している法律が、この雇用社会の実態に合っているのか。ここも議論していかないと難しいものがあるのではないかと思います。
 使用者側は、はっきり言うと労働刑法なんて何を言っているのかと……これは髙木委員に怒られてしまいますけれども、経営法曹はそういう意味ではいろいろな形で、労働基準法、労働安全衛生法などの今の実体法と雇用社会が余りにも隔絶している、そして、もっと今後隔絶していくと考えています。したがって、ここをきちんとしない限り、やはり法への信頼は難しいのではないかと思うんです。この辺も雇用社会における法の役割、労働関係の実体法との関係、ここで議論することではないのですが、意識しておかないと難しいのではないかと思っています。

○鵜飼委員 どうも刺激されて私も発言したくなるのですが、石嵜委員は経営サイドで経営側の動機等も十分分かるということでおっしゃるのでしょうが、私は労働事件をやっていくと、これほどの企業がこんなことまでするのかという、ある意味では労働法自体が新しい事態に適応しなければいけない、これは全く異論はないのですが、もっとそれ以前の、人権とか最も基本的な市民法上のルールといいますか、そういうレベルの議論として、そういうところを十分わきまえない事態が余りにも多過ぎると思います。
 これは、企業も性善説で基本的には法律に従って動いていくのだという立場で、それについては大目に見る、きちんと規制しないということであってはならないのであって、現実に起こっている人権侵害と基本的なルール違反に対して、それは内部の自助努力を待つのではなく、外部からきちんとした規制をして最低限のルールについては守ってもらう。その上で初めて新しい時代に適合する労働法体系等を生み出せるのではないかと思いますので、私は、外国のケースでもそうですけれども、基本的なルールについては外部から規制していかなければ、企業自体が自助努力でそういうものを内部化するのは難しい。これは歴史的な一種の法則ではないかと私は思います。
 最近でも、日本を代表する企業が次々と本当に初歩的なルール違反を起こしていますが、こういう悪循環をどこかで断ち切らないといけない。そのためには、法の支配を企業社会の中に貫徹するための裁判の役割、法の役割は非常に大きいものがあって、ADRとかいろいろな役割がありますが、最後は強制的な機能を持つ裁判ではないかと思います。
 今まで、司法制度改革審議会で指摘されていますが、司法の役割が日本において非常に小さかったと、これは間違いない事実だと思います。これをどこまで大きくするかという問題はありますが、少なくとももっと司法が1つの存在感を持って、そこで例えばこういうことをやって裁判になったらこういうことになるという予測可能性が出てきて、そうだとすれば企業内でこういうふうにしていこうという相互の関係が出てくるような形にしていかないと、いつまでたっても基本的な人権侵害やルール違反が絶えないのではないかと思います。
 過労死・過労自殺の問題についても、日本を代表する大企業の中でいわゆるサービス残業と言われているものが横行しているわけです。この中にはもちろん新しい働き方によって裁量労働の形でやるべき部分もあるかもしれませんが、圧倒的大多数は一種のノルマを課されて強制的にその時間は働かざるを得ない状況になって、みずから命を絶つ、あるいは亡くなってしまう、あるいは健康を破壊してしまう事態があるわけで、厚生労働省もこの時間管理についてはかなり厳しく調査に乗り出そうとしているわけですが、こういうことが起こらないようにするために、日本で問われているのは外部からの、特に司法による監視・規制が大事なのではないか。公正な労働基準のようなものをきちんと社会的に確立していきませんと、希望の持てる企業、若者がその会社に入りたいと思うような魅力のある企業にはならないのではないかという気がいたしますので、私は労働事件をやっている立場から労働側の立場として痛感していますので、ぜひその辺は認識していただきたいと思っています。

○石嵜委員 私たちは、今の労働時間規制に関するいわゆる好きなことを勝手にやっていいと言っているわけではなくて、今ある部分で時代に合わないものはきちんと改正すべきではないかという話をしているわけです。それともう1つ言わせていただければ、企業だけではなく組織自体が長い間で制度疲労しているということであって、不正の議論は労働組合でも同じではないでしょうか。企業だけに言われると、ここは企業側の弁護士としては一言言っておきたいことです。
 組織というものがそのまま活性化されない限りは、企業だろうが労働組合だろうが、同じ不正は起きると思う、こういうことだと思います。

○山川委員 紛争という観点からすると、皆さんの御意見を伺っていると、不況を脱したとしても紛争は増加するトレンドにある、それをもたらす構造的な原因がいろいろ存在するという点ではおおむね意見が一致されているのではないかという感じがあります。労働需要側の要因では国際競争ということがありますし、労働供給側では労働市場の多様化等があります。つけ加えるとすれば、非典型雇用の増加も含めていわゆる流動化が進んでくると、訴えを起こしやすいといいますか、紛争が表面化しやすい構造になってくると思います。長期雇用システムは、どうしても紛争の表面化には抑制的に働くと思いますが、それが薄れてくるということと、年功処遇のもとでは、長期雇用とも関連して、今我慢しておけば後で得するという構造になっていますけれども、年功処遇が薄れてくるとそれがなくなってくるとどうしても苦情が紛争として表面化しやすくなるなど、いろいろな構造的な要因が労働供給側にもあるのではないか。それらは不況にかかわらず存在する要因ではないかという気がします。もう1つは、先ほどからお話に出ている、いわば外部性の要因もあって、おそらく、法の発展や整備が進んできたり多様化してくると、それも外部的に紛争を増加させる要因におそらくなる。そういう3つの面から、紛争の増加傾向は構造的なものではないかなという感じを抱いています。
 全体としての紛争処理システムのあり方については、現時点ではもちろん分かりませんが、紛争自体をどう見るかというか、法の役割とともに紛争処理システムの役割という観点が基礎として入ってくるのではないかと思います。紛争の意味については、単にトラブルと見るか、あるいは問題を発見して解決するきっかけと見るかということで、両面的な要素があると思いますが、紛争をどのように見るかによって処理システムに対する考え方が違ってくるのだろうと思います。
 つまり、紛争はある意味で望ましくないトラブルですが、他方では、その問題となっている社会においてゆがみのようなものが存在するときに紛争という形であらわれるものだとすれば、問題解決の契機でもあるという見方になる。そうなると紛争処理システムは、権利実現のプロセスであるとともに、問題解決と発見のためのプロセスでもある。紛争処理システムはそういうものとしても位置づける必要があるのではないか。つまり、個々の問題を解決するだけでなく、何がゆがみかは外部的な要因によって変わってくると思いますが、組織全体あるいはいろいろな社会のゆがみを見つけて、それを解決するプロセスとして位置づけることがもしできるとすれば、単に訴訟が多くなったからADRを利用するというだけではなく(アメリカなどはそういう要因が多いと思いますが)、自発的な問題の発見・解決プロセスの一環という位置づけをすることによって、外部的なシステムにせよ、内部的なシステムにせよ、紛争処理システムを整備していくことについて、訴訟の増加という観点とは別個のインセンティブのようなものが出てくるのかなと思っています。非常に抽象的な机上の空論ですけれども、総論的にはそういう位置づけが1つあり得るのではないかと思います。

○菅野座長 ほかにいかがでしょうか。

○村中委員 私も山川委員が言われたように、その原因はどこにあれ、雇用の流動化は紛争数の増加という点では決定的に重要だと思います。どこの国を見ていましても、ほとんどの労働紛争は雇用関係の終了を契機として生じますので、どれだけ終了件数があるかということが紛争数に強く影響します。
 もっとも紛争が裁判という形で顕在化するかどうかということにはまた別の要素が働いていて、日本でも終了件数が増えつつあるのにそれほど裁判にはなっていないのには、日本の労働行政が紛争解決にかなり大きな影響を与えていることがあると思います。労働基準監督署が紛争解決という面でも相当頑張っている部分があるのではないかと、今日のフランスのお話や、ドイツの状況と比較して感じるところです。
 日本では労働基準監督署が労働者から申告を受けて、それに基づき電話を1本入れて、予告手当を払っていないの法律違反ですよと言い、それで解決しているようなケースがドイツやフランスでは裁判所に来ている可能性が大きいと思います。今後も労働行政がこうした対応を続けるのであれば、紛争調整委員会のあっせんにしろ裁判にしろ、そういうところまで出てくる事件数は諸外国に比べると、それほど多くはならないのではないかと、私自身は予測しています。

○山口委員 村中委員の意見と基本的に同じなのですが、紛争が生じた場合にどういう形で解決していくかは、それぞれの国の制度なり伝統なりがあって今の姿になってきていると思います。欧米諸国はそういうものがある意味では裁判という形で解決していくということになっていると思いますが、日本の場合は行政指導その他、いろいろな紛争解決機関が多様化して存在して、必ずしも裁判の場まで持っていかれてはいない、その前の段階で解決されている部分が相当あるのではないかという感じがします。
 雇用の多様化その他で今後とも紛争は増えていくと思うのですが、それがそのまま訴訟事件の増加になっていくかどうかは、見通しは難しいところがあるのかなとも思っています。他方で、国民性も多少は変わってきている部分もありますので、今までのように行政指導の関係で満足していたというか我慢していた部分が満足し切れなくなって裁判所の方へ出てくるということはあり得ると思いますし、そういう形で権利意識もかなり変わってきているような感じもしますので、そういう意味で言えば一定程度の増加はあり得るのかなとは思っているのですが、それが飛躍的になってくるかということになると、そこまではどうかなと思っています。
 紛争処理制度を考える上で紛争予防制度との組み合わせが必要になってくるので、先ほどから、労働実体法をきちんとすべきだとか、あるいは労働関係法をそれぞれの要請に応じて適切に改善案を考えていくべきだというお話がありましたが、そういう時代なり労働の仕方に応じた法的な手当てもあわせてやっていく必要があるでしょうし、紛争解決方法としての裁判と行政指導だけでなく、それ以外にもいろいろな方法も検討してみる。それの事案に応じた紛争解決処理制度を多様化して持っていた方がよいのではないかと思っています。

○菅野座長 時間になりましたので、また次回に議論を続けたいと思います。
 裁判所にどのぐらい到達するかは別として、個別労働関係紛争が増加していく要因、企業の競争の激化、技術革新、働き方の多様化、企業内の紛争処理の仕組みの弱体化といったさまざまな要因があるという予測では共通しておられるようです。また、紛争解決の仕組みとしては、裁判所、行政、企業、さまざまな中間団体等の役割の分担が必要ではないかということでは皆様共通のようにも思いますが、これらもこの次に議論していただきたいと思います。
 さらに、我々が議論している労使紛争解決制度の在り方、裁判制度の在り方は、紛争解決というばかりでなく、雇用社会における法的ルールがいかにあるべきか、いかに実現されるべきかという側面も持っているということが浮かび上がったような気もしますので、この辺はまた次回に議論を続けていただきたいと思います。
 それでは、今日はよろしいでしょうか。
 それでは本日はこれで終わります。長時間どうもありがとうございました。