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労働検討会(第8回)議事録



1 日時
平成14年9月30日(月) 13:30~16:50

2 場所
司法制度改革推進本部事務局共用第4会議室

3 出席者
(委 員)
菅野和夫座長、石嵜信憲、鵜飼良昭、熊谷毅、春日偉知郎、後藤博、髙木剛、村中孝史、矢野弘典、山川隆一、山口幸雄(敬称略)
(事務局)
古口章事務局次長、齋藤友嘉参事官、松永邦男参事官

4 議題
(1)諸外国の労働関係紛争処理制度に関するヒアリング②
 ・ ドイツの制度に関するヒアリング
 ・ イギリスの制度に関するヒアリング
 ・ アメリカの制度に関するヒアリング
(2)その他

5 議事

○菅野座長 時間になりましたので、ただいまから第8回労働検討会を開会いたします。
 本日は御多忙のところ御出席いただきましてありがとうございます。
 まず、本日の配布資料の確認をお願いいたします。

○齋藤参事官 まず、資料46でございますが、これは中間的な論点項目の整理でございます。引き続き御参考までに提出させていただきます。
 資料47は、諸外国の労働関係紛争処理制度に関するヒアリング事項でございます。これは再配付でございます。
 資料48は、諸外国における労働関係紛争処理の概況でございます。データを整理させていただいたものでございます。
 資料49は、毛塚教授のヒアリング資料でございます。
 資料50は、小宮教授のヒアリング資料でございます。
 資料51は、中窪教授のヒアリング資料でございます。
 資料52は、矢野委員から提出された資料でございます。総論の議論に関係した資料でございます。
 あとは参考資料としまして、座席表、司法と弁護士制度を考える会の「司法改革問題意見書」、さらに自由法曹団の意見書(新仲裁法から労働契約の除外を求める)でございます。
 資料は以上でございます。

○菅野座長 それでは、本日の議題に入ります。
 本日は「諸外国の労働関係紛争処理制度に関するヒアリング」の2回目として、ドイツ、イギリス及びアメリカの制度に関するヒアリングを行うことになっています。
 まずヒアリングの進め方について事務局からの御説明をお願いいたします。

○齋藤参事官 本日のヒアリングにつきましては、前回同様にまずヒアリング対象者の方にドイツ、イギリス、アメリカの順にそれぞれ40分程度ずつ御説明をいただいた後、質疑応答や意見交換の時間を1時間程度とりたいと存じます。
 ヒアリング時間等の関係でプレゼンテーションの中ではすべてのヒアリング事項については御説明し切れない部分もあろうかと存じますので、その場合には適宜、質疑の中で触れていただければと存じます。また、資料48はヒアリングの対象といたしております4か国の労働関係訴訟等に関する統計資料で、入手することができたものにつきまして主なものを取りまとめたものでございますので、御参照願います。
 以上でございます。

○菅野座長 それでは、御説明のような形で進めさせていただきたいと思います。
 本日はドイツ、イギリス及びアメリカの紛争処理制度に関するヒアリング対象者として、それぞれ専修大学法学部の毛塚勝利教授、北海学園大学法学部の小宮文人教授、それと遅れておられますが、千葉大学法経学部の中窪裕也教授をお呼びしております。
 本日はお忙しいところを労働検討会のヒアリングにお越しいただきありがとうございます。早速ですが、着席のままで結構ですので、毛塚先生、小宮先生、中窪先生の順にそれぞれ40分程度の御説明をお願いいたします。
 それでは毛塚先生、お願いいたします。

○毛塚教授 それでは、「ドイツの労働紛争処理制度」ということで時間の範囲内で御報告させていただきます。報告の順序が前後することがあるかと思いますが、お許しいただきたいと思います。
 簡単なレジュメを用意しておりまして、その順序に沿って御説明したいと思いますが、まず、ドイツにおける労働紛争処理制度の特徴ということで、全体的なことを申し上げておきたいと思います。
 ドイツの紛争処理の特徴として、ここでは公的な紛争処理制度が中心であり、なかんずく司法的な処理システムが中心であることを書いております。御案内のように、紛争処理ということで言いますと、公的なシステム、私的なシステム、また公的なシステムの中にも行政型と司法型がありますし、私的な方法にも労使の自治的なものもありますし、あるいは企業内における使用者が設定するようなものもございます。多様なものがあるわけでありますが、ドイツの場合はそういう多様な紛争処理システムの配置の特色ということで言いますと、公的なシステム、なかんずく労働裁判所を中心にした司法制度がその中心にあり、あるいはそれがほかの紛争処理システムを排除するような形で存在すると言ってもよろしいのではないかと思います。
 また、その制度の特徴として参審判。労使の代表というか、労使から選ばれた非職業裁判官が労働事件の裁判に加わる。こういうところにも特徴があります。
 これは後に簡単に、歴史的な背景と書いてありますが、もともとフランスのConseil de prud’hommesという制度がナポレオン時代にドイツに波及した。前回はフランスの御説明があったと思いますが、ナポレオンが占領したライン川の左岸にそういうものが作られて、それを母体にしてドイツに入ってきたと言われています。ただ、フランスの制度と違いまして、フランスは労使だけで一審の審判所をつくっておりますが、ドイツは職業裁判官を中心にして参審という形をとっています。これはドイツ的な変遷といいますか、もちろん発生史的に見るとフランスに依存するのですが、その後ドイツ的な変容を遂げていったわけです。
 同時に、一審・二審・三審という、単に一審あるいは二審だけの制度として参審が行われているわけではなく、すべての審級を通して参審が行われています。こういうところにも特徴があります。
 それと、労働紛争処理の場合、調整的な紛争処理と判定的な紛争処理システムをどう接合するのかということが大きな課題なわけですが、ドイツの場合はそれを和解弁論という形の手続の中で一貫して調整と判定を行うシステムをとったということがあります。
 ほかのヨーロッパの労働裁判所に比べましても、制度的に見ると完成度が高いといいますか、あるいは精緻な裁判所制度をつくり上げてきたというのでしょうか、労働裁判所の制度としての大きさ、規模、そして手続が最も確立している国ではなかろうかと思います。
 その次に背景ですが、今申し上げましたように、こういう制度ができた背景には、労使の紛争処理制度として生まれたConseil de prud’hommesをベースにしながら、19世紀になりますと、工業部門、商業部門のそれぞれに労使による審判所ができ、それがやがて20世紀になりますと裁判所の方に変遷を遂げるのですが、その過程ではいろいろな議論がありました。とりわけ職業裁判官を入れるのか入れないのか、あるいは弁護士の利用を認めるのか認めないのか、あるいは労使の代表が参審として入るのか。こういうことが議論される中で1926年、ワイマール時代に現在の労働裁判所の原形に当たる労働裁判所法ができるわけです。
 その中では、裁判長が職業裁判官、完全な法曹。職業裁判官は完全な法曹ということを求めるようになりましたし、労使の非職業裁判官はフランスと異なり、直接選挙ではなく団体の推薦によって選ばれる形になります。
 議論としてはもう一つ、弁護士の排除を求めるのか。すなわち弁護士の排除を求めるということは、労働者からすると弁護士を雇うお金がないではないかとか、あるいは経営者の方が弁護士を訴訟代理に充てたときに労働側とすればかなわない。こういう議論があるわけですが、それは労働組合の訴訟代理という労働団体の訴訟代理、労使の訴訟代理を認める中で、必ずしも弁護士の排除がその後の議論の中では貫徹されません。ただし、当初は第一審の段階では弁護士を使うことは認めないということで労使の代表が行うことになっていました。しかし、これは戦後の1953年の労働裁判所法になりますと、やがて訴訟代理も認めるようになります。これは、半面では法律扶助制度が整備されるということもありましたし、労働組合のメンバーであれば団体の代理で行うということもあり、必ずしも一審の弁護士の排除がなくなるわけです。したがって、現在では弁護士の代理、そして労使団体の代理、そして誰もつけないという形で一審の訴訟が行われることになります。
 2つ目に書いている憲法裁判所と専門裁判所ですが、ドイツが先ほど3つの段階、一審から上告審まですべての段階において労働裁判所という固有の制度を持ち、そして参審を実現している背景には、憲法裁判所というものがあり、憲法裁判所のもとにおいて労働裁判所以外の、例えば行政裁判所も社会裁判所も財務裁判所もそのもとに服することになるために、これはほかのヨーロッパの労働裁判所とは違い、上告審まで独立した形態をとっています。ヨーロッパの労働裁判所や審判所は、現在、通常の裁判所に控訴審の段階において連結する連結型が一般なのですが、ドイツはそういう意味で連結型ではなく、上告審まで独立の裁判所という形をとっているのが特徴です。
 次に、労使関係システムの特徴と利益紛争・権利紛争の峻別とありますが、ドイツの場合は御存じのように、大産業別労働組合がつくる団結自治、協約自治と、企業内における従業員代表がつくる労使関係の、いわゆる二元的な労使関係をつくっているわけですが、労働組合が企業内において活動しないということ、団体交渉という枠組みの中で、例えば解雇紛争を解決する、例えば日本の労働組合のように、題が発生したときに団交等々によって解決するということは通常考えられないわけです。そういう意味では労使関係のシステムとして権利紛争と利益紛争が明確に分けられる。同じように従業員代表という制度も法的な制度ですので、そこでも明確に利益紛争と権利紛争が峻別されて規定されている。その結果、あれほど協約自治、労使自治が貫徹するような労使関係のシステムができている国でも、公的な機関である労働裁判所を使うことになっています。御存じのように、ドイツの労働裁判所における年間紛争処理件数は50~60万件で大変な数があるわけですが、その背景にそういうことがあるのではなかろうかと思っています。
 また、労働関係に関する実体法の整備も御案内のように、ドイツは法的な整備が比較的進んでおりますので、そのような紛争処理システムの活用をもたらしていると言えると思います。
 ADRを必要としない背景ということですが、今申し上げたことと関連し、同じことなのですが、一般には調整的解決の必要性があること、あるいは紛争の処理コストが高い、アクセスが困難であるということで、ADRの必要性が議論されているわけですが、労働裁判所という公的紛争処理システムにおいて和解弁論という形で調整的な解決が組み込まれていますし、低廉・迅速な処理を促す措置が施されているということになりますと、ADRを整備する必要性はないし、また今後ともドイツにおいては、少なくとも労働関係においてはADRが役割を果たすことはないと一般に指摘されています。
 また、歴史的にも仲裁に関して言いますと、法的に制限をしてきました。すなわち、労使の自治的な紛争解決制度として労働裁判所ができてきた背景の中に、1対1の関係において力のバランスがない雇用関係において仲裁は基本的に望ましくないということで、労働協約の当事者が認めた協約による仲裁ということであれば例外的に仲裁があるわけですが、それを除きますと、仲裁に関しては労働裁判所法がそれを排除するスタンスをとっているわけです。
 次に労働紛争処理の状況です。最近の統計は事務局の方でつくられたものがあり、私のものは1年古いのですが、資料として付けている部分の図表3-4を見ていただきますと、紛争の処理状況が出ております。90年代は60万件を超えておりましたが、90年代末そして2000年も約57万件になっているかと思います。それでもこの数はかなり大きなものだと思います。ドイツの雇用労働者は約3,000万人ですので、単純計算すると1,000人で20件、50人に1件という形で労働裁判所に係属する形ですので、その数がいかに多いかということがお分かりになると思います。
 たまたま私が1986年に西ドイツの労働事情を書いたときに、当時は1,000人に16件と書いた記憶がありますけれども、そういう意味では現在は少し増えているということになるかと思います。1,000人当たり20件です。
 紛争の内容ですが、図表3-5を見ていただきたいと思います。これも一般に御案内だと思いますが、ドイツでも賃金と解雇が全体の約3分の1ずつという形になっています。そのほかドイツらしい労働事件と思われるものとしては、例えば協約上の格付けがあります。これはドイツの場合、産別協約の中で労働者の賃金の格付けがなされる。そうすると労働者にとってはどういう協約上の格付けかということが、賃金のみならず配置も含めて大きな意味を持ちますので、協約上の格付けの確認、あるいは昇格請求等を求めて裁判で争うということであります。証明書の発行・訂正とありますのは、労働関係の例えば離職票、賃金にかかわる税金票等の証明の記載の訂正、あるいは発行を求める紛争です。
 こういったものがそこでの紛争の内容ですが、先ほど申し上げましたように、全体的に見ますと、解雇と賃金がその中心であることは疑いのないところです。
 さらに、紛争処理方法ということで見ますと、図表3-6にありますように、判決で解決するものは非常に少ないわけです。なお、その他の判決は欠席判決あるいは請求を認める認諾判決、放棄判決で、ほとんどが欠席判決です。そして和解が、一審レベルで見るとほとんど大きなウエートを持ちます。そしてその他の方法というのは、訴えの取り下げです。訴えの取り下げ、和解等で8割方は解決するのが一審の姿ということになります。
 処理期間ですが、一審の解雇事件で大体3か月というのが全体の7割強です。これも図表3-7を見ていただきたいと思いますが、1年以上かかるものは解雇紛争で1.6%になっています。また、二審でも解雇紛争に関して3か月以内が6割弱を占め、1年以上は1割で、比較的速いのですが、ただし、これは全体の和解、取り下げも含めた数ですので、そういうものを除くと一定期間の時間がかかるということで、後でもお話ししますが、ドイツにおいてももう少し迅速な解決をと言われているということはあります。ただし、日本から比べると速いのは間違いないと思います。
 連邦労働裁判所の場合も1年以内でほとんど解決するということで、半数ぐらいは1年以内で判決を出していますが、まあ4割ですか、この数字で見ると6か月以内が3.8%、1年以内が38.6%ですから、半数はいたっていないということでしょう。42.4%が1年以内で判決を下しているということになります。
 さて次に、レジュメの項目は若干整理されておりませんが、紛争処理システムの全体の中で位置付けてお話をということでしたので、それ以外の紛争処理制度はどうなっているのかを、簡単に触れておきたいと思います。
 個別紛争を除きますと、協約上の紛争に関しては協約当事者間が争議に関して調停作業を行う協約をみずから結んでいますので、協約に基づく調停委員会が設置されます。経営組織法上、従業員代表にかかわる紛争に関して言いますと、仲裁委員会があります。これは典型的な利益紛争の解決機関です。
 なお、仲裁委員会の活動につきましては、今日、追加資料という形で配布させていただいた2ページのものがありますが、その1枚目に、これは少し古いのですけれども、企業内の仲裁委員会の活動を紹介しました。これはある調査結果をまとめたものですが、どういうものが企業内の仲裁委員会において解決されるかということが、144ページに書かれた図表を見ていただければおわかりいただけると思います。
 これは、ほとんど経営組織法上のいわゆる従業員代表の関与、共同決定にかかわって合意ができなかったときに仲裁委員会を設置し、そこで裁定を求めるというものの内容です。
 なお、労働裁判所の関係で言いますと、この仲裁委員会の仲裁委員長はほとんど労働裁判所の裁判官が当たっています。ですから、いわば裁判官の副業的に仲裁委員会の委員長があるということで、私がこれを書いた前後の1970年代には、この仲裁費用が非常に高いということで社会的に職業裁判官への批判があったことも記憶にあります。ともあれ仲裁委員会の委員長は職業裁判官がつくことが一般的です。
 したがいまして、労働関係紛争の中の個別紛争に関して言いますと、先ほどからの繰り返しですが、労働裁判所以外の紛争処理のシステムはないと考えてほぼ間違いないと思います。したがって、ドイツは個別紛争の処理を労働裁判所に一元的に集約しているといっていいと思います。
 次に労働裁判所の組織と手続ということで、簡単に見てまいります。
 労働裁判所は先ほど言いましたように3階建てです。連邦組織としては、連邦労働裁判所があり、最近、東側の地域であったエアフルトにカッセルから新しく移転しています。立派な建物、近代的なビルをつくって移ったということであります。そこには大法廷と10の小法廷と書いてありますが、裁判官として職業裁判官が34人ですか、そして名誉職裁判官、労使の裁判官が210人という形になっています。
 なお、大法廷の構成につきましては、先ほどの後ろの図表3-2で第1小法廷から第10小法廷までの管轄が記載されております。第1小法廷は長官が裁判長を務める部分ですけれども、そこは経営組織法関係、労働争議などの集団的な問題。第2小法廷が雇用関係の終了、解消金など。このように専門分野によってある程度小法廷が分けられています。
 なお、連邦労働裁判所の職業裁判官は裁判官選出法に従って選出されるのですが、連邦労働裁判所の裁判官も含めて労働裁判所の管轄は、先ほどは触れませんでしたが、歴史的には法務省か司法省か労働省かという議論がいつもあったのですが、今までのところ連邦社会労働省の所管です。したがいまして、各州の社会労働省を構成する人と連邦議会の議員でつくる、これは政党別に比例的に委員を選び、その委員の中で裁判所選出委員会をつくって職業裁判官を選出することになっています。そして連邦労働裁判所の長官の任命になるわけです。
 州組織は、地区労働裁判所と州の裁判官を管轄するわけですが、その数は州が19だと思います。そして地区が123です。この数字も資料の図表3-1に書いてありますが、裁判所の数としては、通常裁判所以外の中では設置数が最も多いということになっています。そして、職業裁判官の数が1,129人ですから、かなりの数の職業裁判官がそこに配置されていることになります。
 次に、州レベルの労使参審の裁判官の数です。これも私が1988年のときには約1万5千人ぐらいでしたが、全体の最近の統計はありません。ただし、幾つかの裁判所の参審裁判官数からの推定で言いますと、労使の裁判官数は職業裁判官数の、労働者、使用者代表とも約10倍を確保していると思われます。
 イメージを描いていただくために資料の中にコピーをつけていただきました。それは中央労働時報に執筆したもので、労働裁判所の風景というのがあります。これは1992年ぐらいだと思いますが、ルール地方のある町の労働裁判所を訪れてヒアリングをしたときの話ですが、ここには職業裁判官は所長を含めて6人でした。6人の職業裁判官ですが、そこでは労使計120人となっているように、両方合わせて20倍ぐらいの名誉職裁判官を確保しています。同じように、司法制度改革審議会でドイツの裁判所をヒアリングに行かれたときの資料があり、ミュンヘンの労働裁判所の案内が出ておりましたが、そこでの数も職業裁判官が44~45名の中に名誉職裁判官が900人という形ですので、20倍ぐらいの名誉職裁判官を確保していることになります。
 裁判所には、そのほかにRechtspfleger(司法補助官あるいは司法事務官)が配置されています。先ほどの裁判所の風景にも出てきますが、6人の裁判官のほかに、ゲルゼンキルヒェンの小さな裁判所には職員として官吏が3人、そのうちの1人が司法補助官として労働者の訴えに対して訴状の作成を援助するなどのサービスを提供しています。
 次の労働裁判所の管轄事項については先ほどとダブりますので省略しますが、民事関係の紛争では、日本でも注目を集めているような、いわゆる労働者発明、あるいは職務発明に関する事件も労働裁判所の管轄です。
 集団労働紛争では、経営組織法や共同決定法、そして労働協約能力等々に関する紛争を扱っています。
 次に、労働裁判所固有の手続ですが、民事事件一般に比べると労働裁判所固有の手続として幾らか修正を加えているということがあります。特に物の本によりますと、いわゆる職権主義をとっているわけではない。ただし、決定手続は職権主義です。経営組織法、集団労働紛争は職権主義で、個別の事件に関しては弁論主義ですが、いわゆる職権進行主義といいますか、裁判官の方がイニシアチブをもって迅速な訴訟遂行を行う形で、呼び出しや通知、送達などいろいろなところで迅速に行うことになっていますし、やや職権的に、例えば和解弁論で解決できないときには、「次の訴訟弁論のときまでに、これこれの答弁書、そして証拠と証人を」というように、裁判長がかなり訴訟指揮をしていますので、傍目には職権主義的に映るということはあります。ただし職権進行主義ということで、ドイツの方たちは職権主義ではないと言っています。
 口頭主義も徹底していて、労働事件の訴え等に関して書面で行うことは普通なく、書面はつくるのですが、司法事務官がつくってくれます。労働者としては窓口に行けば、その話を聞いてつくってくれる。それも、先ほどの労働裁判所の風景に、日本語に訳した司法補助官による定型訴状書式がありますし、その後にたまたま裁判所でもらったものもありますが、すべて定型的な訴状です。
 迅速な措置ということで言いますと、手続上迅速な措置が図られているわけですが、とりわけ解雇事件に関して言いますと、2週間以内に和解弁論を開きなさいとか、使用者が答弁書を提出しない、あるいは不十分なときには2週間以内に証拠と答弁書を提出しなさいという命令を出す。また、時期に遅れた攻撃方法は認めないという形で、解雇事件等に関して言うとかなり迅速に処理を進めることになっております。
 和解弁論の話ですが、これも具体的なイメージは先ほどのところにも書いてありましたが、午前中いっぱい10分おきぐらいに和解弁論が入っています。そして、和解弁論を極めて事務的に職業裁判官が処理します。和解弁論は労使の裁判官は関与しませんので、職業裁判官のみが和解弁論を行っていくことになっています。
 ドイツについては皆さんよくご存知のことですので詳細は省略をして、御質問のある部分は後で補う形で次に進めさせていただきます。
 解雇事件と差別事件についての特別措置ということでは、先ほど申しましたように、解雇事件については特別に優先的な処理のための規定が61条aというところにあり、迅速な方法を求めていますし、雇用差別に関しては差別に関する損害賠償の請求については3か月以内という形で区切る。あるいは複数の訴訟があったときには一つの裁判所に集約する形で処理する、あるいは訴訟の一元化を図る、こういう形で対応しています。
 決定手続は、集団的な紛争を扱うものですので、労働組合、従業員代表等が申し立てる場合、そして使用者側が申し立てる場合がありますが、その比率は2対1ぐらいで、労働者側を2とすると使用者側が1ぐらいの割合で決定手続を行っています。会社側からの決定手続というのは、例えば、従業員の格付け、配置換えを行う場合です。これらは、従業員代表の共同決定事項ですので、同意が必要ですから、同意が得られないときに従業員代表の同意を求めて裁判を起こすというものです。決定手続は職権主義であると同時に、当事者には費用は一切かかりません。裁判所費用はなしということです。
 仮処分の手続は、統計的に見ますと、年間5,000~6,000ありますが、仮処分の典型は主に集団事件であります。解雇事件で言いますと、ドイツの場合は、労働者が解雇になったときに訴訟期間中に継続雇用を求めることが可能ですので、継続就労請求の仮処分がみられます。逆に、会社の方がその解除を求める仮処分もあります。しかし、一般には集団的事件が主で、例えば従業員代表の共同決定にかかわる事件、あるいは争議の差し止めを求めるなどの形での集団紛争の事件で仮処分が使われることはありますが、一般の解雇事件に関して日本のように仮処分が多く用いられることはありません。
 上訴に関して言いますと、訴訟が多いものですから、控訴・上告ともに一定の制約があります。例えば控訴については、訴額600ユーロ以上、そして解雇事件あるいは裁判所が認めたときになっています。上告は、州の裁判所が上告を認めたときだけ上告できる形で上告の制限をしています。したがって、上訴を認めない決定に関して争う紛争も発生します。
 裁判へのアクセス支援については、先ほど申し上げましたように、定型的な簡易訴状をつくって便宜を図っています。また、司法事務官が作成手続を支援するということがあります。
 訴訟の費用と言いますと、これは低廉化措置として、労働事件に関しては民事事件とはいえ最高で500ユーロという形で裁判所費用に関して上限を設けています。日本円では6万円ですが、かなり抑えています。ただし、弁護士費用はかかるわけです。弁護士費用に関して労働事件は、一審のみ敗訴者負担の原則を排除しています。控訴審以上は敗訴者負担という一般の原則に戻ります。なお、和解については費用は一切かかりませんし、また弁護士費用も和解は低額になっています。
 訴訟代理は、労働団体、経営者団体、労働組合の役員が訴訟を代理することでやってまいりまして、労働組合で言いますと権利保護書記などの人たちが実際に労働訴訟を担当してきました。ただし最近、労働組合のほうも組織の改編や合理化がありまして、最近では権利保護書記も弁護士資格を持つ者がふえてきたと同時に、各産別ではなくDGB(ドイツ労働総同盟)のRechtsschutzという有限会社、権利保護会社に弁護士を置いて、その中で面倒を見ることになっています。今日の追加資料の中へ、ドイツ語そのままでありますが、労働組合が訴訟の支援にどの程度のお金を使っているかということで、最近の組合の資料を入れてあります。上の方は組合費の中で、Unterstutzungsleistungenは7.65%とあります。これは組合費の中に占める支援のための給付ですが、その中身は何かというと、下の例えばストライキ手当等が含まれているわけです。その中に、「○」のついたRechtsschutzとあります。これは手元に新しいものがなかったので古くて申し訳ないのですが、91年のものによりますと、81年から91年でパーセンテージで0.2%、そして86年から88年で0.23%、このぐらいのお金をRechtsschutzに使っています。組合費の中に占める割合です。
 なお、先ほど言いましたDGBの権利保護会社には現在、弁護士が約500人働いているといいます。例えば、追加資料の裏側に、これはNordrhein-WestfalenのDGB-権利保護会社の事務所一覧がありますが、要するにこういうところへ行けば組合所属の弁護士たちが訴訟支援をするという形でサービスをすることになっているわけです。
 訴訟費用に関して少し言いますと、最近、労働組合等の権利保護書記の訴訟代理がやや減っていると思います。その分弁護士の方が増えているかなという印象です。と同時に、フランクフルトの労働裁判を専門にしている弁護士の話ですと、自分が扱っている労働事件の3分の2は訴訟保険でみんな賄っているとのことです。これはRechtsschutzの保険がドイツは比較的発達しておりまして、年間200ユーロですから2万4,000円ぐらいでしょうか。その掛け金を払えば、家賃紛争等を含めて労働事件の紛争に関する訴訟代理をしてもらえることになります。そういうことで、最近では労働組合のメンバーの有無を問わず、訴訟保険で賄うことが増えています。
 なお、その上にIGMetallの広報で、労働組合に入れば訴訟費用をどのぐらい面倒見てくれるかが解雇事件の例として載っていると思います。
 次に労使の非職業裁判官の話ですが、選出については、労働団体の候補者リストに従って任命することになっていますし、権限・義務で言いますと、裁判官と同じです。裁判官としての良心に従って裁判を行うということです。担当の期日・日数は、私が行ったゲルゼンキルヒェンで年間8回ぐらいですし、ミュンヘンの話ですと、年間の割合で6~7回です。連邦労働裁判所ぐらいになりますと、私の知人は非職業裁判官をやっていますが、その方の話では年間で3回ぐらいです。朝から晩まで事件は並びますが、期日としては3回ぐらいという話をしていました。
 報酬はきちんと法律があり、手当がありますけれども、これは名誉職ですのでそれほど高いものではありません。時間当たり4ユーロです。会社の方がお金を出してくれないということですが、賃金カットする場合について言えば、16ユーロぐらい(約2,000円)を出すということです。連邦労働裁判所の非職業裁判官で1日行くと約200ユーロという話をしていました。
 ドイツの労働関係紛争に関する制度の評価について最後にお話ししますと、ドイツの国内で見られる指摘としては、これだけたくさん、そして迅速にやっているように見えても、困難な事件に関しては1年以上かかるということで不満があります。とりわけ大都市では事件数が多いために遅延しがちということで、常に迅速な処理が問題になります。したがって、迅速な処理で解決する最もいい方法として職業裁判官は和解に誘導するので、かなり強権的な和解という形で労働側からは若干反発があります。和解は大体金銭補償が多いものですから、金銭解決中心の解雇事件の解決には一部批判が出てきます。
 他方、経営側からしますと、要するに、アメリカとは違う意味で法化社会という形で、何でも裁判所で解決することに関して若干批判がなされるわけです。具体的な批判というよりはそういう一般的な批判です。また、場合によっては裁判所の判断が労働側に有利だという話をする経営者もいます。これは1997年の経営者団体のヒアリングのときにそういう話をしていました。もっとも、この点はフランスの人と全く反対です。フランスでは一審しか労使は参加していませんので、フランスの経営者団体は、控訴審以上になると労使が入っていないので労働者に有利な判断をするという話をしたのですが、ドイツでは逆に労働裁判所制度に対する一般的批判といいますか、印象論としてやや労働側に有利というのが経営側の判断です。
 法律問題として、これも当たっているかどうかは別として、労働裁判所の判断が極めて法創造的である。要するに法をつくってしまう判断が多過ぎるという批判です。労働法の特色と言えば特色なのですが、よくなされる批判です。これらの批判に対しては、裁判所の方の自己弁明があります。これは要するに、負担が過大過ぎて人的な措置がなかなかできない中で、事件を解決しようと思えば和解の方にしわ寄せがいくということがある。あるいは、裁判官法という形での法形成が多いことに関しては、争議法などでは立法措置をとっていないから、政治の方が責任をとっていないからであって、我々は判断を避けるわけにいかないのだという話をします。
 とりわけ全体的な評価としては、和解弁論と労使参審制について言えば評価が高い。参審制について言いますと、これはレベルが上がるほど高いというのが職業裁判官の評価だという私の印象です。ゲルゼンキルヒェンを訪れたときには、若い職業裁判官などは余り積極的に評価しなかったということもありましたので、今回改めて幾つかの労働裁判所に行って非職業裁判官の評価について聞いたところ、今回は若い職業裁判官の方でも批判的な言動をする人はいなかった。特に控訴審、そして上告審にいくと、労使の参審裁判官に対する評価は高いというのが私の印象です。
 長くなりまして、申し訳ございません。

○菅野座長 ありがとうございました。
 それでは小宮先生、お願いします。

○小宮教授 私からは、ヒアリング資料として11ページのものと、図表と審判書の申立て状と応訴状の2つをコピーしたものを付けてあります。
 時間の関係もあると思いますので、とりあえず書いたものを読みながらお話ししたいと思います。
 レジュメの1から始まるわけですが、まず、労働紛争の特別な裁判所と言っていいと思いますが、そういうものとしての雇用審判所と普通裁判所との関係について若干述べたいと思います。
 イギリスの労使紛争を取り扱う司法制度の特徴は、裁判所の管轄が普通裁判所と雇用審判所の2つに分かれているということです。雇用審判所の管轄事項は、制定法において特に付与された事項に限られています。コモン・ロー上の問題は原則として普通裁判所にしか管轄権がありませんが、1994年以降、雇用に関する損害賠償の争いにつきましても、訴額2万5,000ポンドまでは例外的な取り扱いを認めることになりました。ただ、この点につきましては、損害賠償についてまで管轄させるのは雇用審判所の手続の遅延の原因になるということで疑問が呈されているところであります。イギリスにおいても普通裁判所の一審裁判所はその訴額によって郡裁判所と高等法院に区別されています。前者については、その手続をより簡易化した少額訴訟制度が設けられています。普通裁判所の場合、上訴は郡裁判所または高等法院から控訴院、そしてさらに貴族院という形で三審になっています。
 これに対して、雇用審判所からの上訴は、安全衛生に関するもののほかは雇用控訴審判所という特別な控訴審にかかることになっています。安全衛生に関しては、雇用控訴審判所ではなく、高等法院に対して上訴しなければならないとされています。その場合、普通裁判所の上訴に関しては上訴審は法律問題のみならず事実問題も審査できることになっているのに対して、雇用控訴審判所は法律問題についてしか行うことができないとされています。もっとも法律問題と事実問題の区別については判例上問題があります。判然としない部分があるわけです。このため、雇用控訴審判所への上訴人は次のことを証明しなければならないとされています。
 3つのいずれかということですが、審判所は法律を誤って解釈または適用した、そして特定の結論または事実認定を支持する証拠がない、3番目として、いかなる審判所であっても、そのような判決に至らない判決、または明らかに誤った判決であることを証明しなければならない。
 一般に、上級審はこの控訴に関しては過度の法律主義の回避という形をとって、上訴をなるべく制限する意向を明確にしています。普通裁判所において新証拠の提出は、裁判所での資料の入手が困難であったこと、かつ判決に決定的な影響を与えるかもしれない種類のものであって、かつ信頼できるものでなければならないとされていますが、雇用控訴審判所においては、法律問題の審査に当たって新証拠の提出を例外的な場合に限って認めることがあると指摘されています。
 次に、行政機関の積極的活用ということがあります。イギリスの労働紛争の解決に関しては、その項目ごとに各種の行政機関が関与するように設計されていると言うことができます。特に差別問題についてはEOC、CRE及びDRC。DRCは最近ほかの2つの機関と同様な役割を担うことができるとされたものですが、障害者に関する機関です。
 これらの機関は自ら差別を調査し、差別を発見した場合には警告を発して1か月後に、使用者にその差別行為をやめ、新たな措置を行ったことを委員会その他の関係者に知らせるよう求める差別禁止通告を行う権限が与えられています。これに関して、差し止めを郡裁判所に求めることができる権限も与えられています。
 差別を受けたと考える者が援助を求めた場合には、その事件が根本的な解決を提起するものであるか、またはその者に援助なくして申立てを提起することが困難であるという場合には、助言、紛争解決の援助、弁護士の手配などの援助を与えることができるとされています。
 また、集団的紛争に関しましては、ACAS(助言・斡旋・仲裁局)による斡旋、調停及び仲裁が用意されています。そして、労働組合の登記、選挙、財政支出、役員の罷免、組合員に対する制裁処分などについては認証官という制度が別にあります。
 仲裁、労働争議の調査、組合承認及び情報開示に関しては、CAC(中央仲裁委員会)が用意されています。
 なお、これらの機関は基本的には準司法的な判定権限を有している場合が多い。つまり、認証官とか先ほどの中央仲裁委員会はそのような権限を与えられているわけです。
 個別的紛争に関しては、それが差別に関するものでありましても、先ほどのACASが関与できる仕組みがつくられていることがイギリスの労使紛争解決制度の特徴の1つであると言うことができます。
 すなわち、ACASは紛争当事者が自主的に紛争解決に助言または援助を求める場合のみならず、雇用審判所に申立てが提起された場合、その斡旋官は当事者の一方が求め、またはそうではなくても斡旋が成功する合理的な見込みがある場合には、斡旋によって事件を処理するよう努力しなければならないとされています。
 なお、この斡旋官が斡旋を行うに際して知った事項は、それを伝えた当事者の合意を得なければ審判所において証拠として用いることはできないという形で、そのとき知り得た事実の証拠性を制限しています。
 このように、雇用審判所へ申立てを提起すると、ほとんど自動的にACASによる斡旋作業が行われる仕組みになっているため、事実上斡旋前置的な状態が存すると言うことができると思います。
 これを統計上の数字から見ますと、2001年、2002年にまたがる年度の雇用審判所の申立処理事件は、その申立ての主要な対象争点事項に絞ってみても9万7,386件あります。これは事務局でつくっていただいた表を見ていただくと、あるいは私の資料の中に書いてありますので、後で見ていただきたいと思います。
 その処理状況を見ますと、ACASの斡旋による解決が35%、取り下げが32%、審判所による認容が12%、棄却・却下が10%となっています。しかも審判所への申立てのない事件を含めますと、ACASに係属した事件13万7,500件中ACASの斡旋で解決した事件は41.9%、取り下げを含めると74.5%であるわけです。したがって、ACASが多くの労働紛争の解決の手段となっていることは明らかであると言うことができます。
 もう一つ、労使紛争に関しては民間の機関の活用も挙げられます。法律相談や法律アドバイスを行う機関として、ロー・センターとかシチズンズ・アドバイス・ビュローというものが全国各地に点在しています。特にシチズンズ・アドバイス・ビュローは、ナショナル・アソシエイション・オブ・シチズンズ・アドバイス・ビュローという大きな慈善団体が運営しているもので、労働関係に関し年間63万1,764件の法律相談、アドバイスを行っていると言われています。その資金は72%が政府の助成金、その他EU、あるいは地方自治体及び篤志家の寄附によっています。また最近では、教育技能省が資金援助して若者のボランタリーアドバイザー養成プロジェクトを行ったりしています。
 シチズンズ・アドバイス・ビュローの存在が大きいことは、2000年の調査で審判所への申立人の25.5%がシチズンズ・アドバイス・ビュローによって審判所の情報を得ていることから明らかです。
 次に、ACAS及び審判所と事件の流れについて述べたいと思います。
 ACASはそれ自体が公的な団体で、しかも三者構成の機関でもありませんが、ACASを指導・監督する理事会は議長1名と公労使代表3名からの機関です。ACASによって資金及び職員も賄われているCACは、労使関係の有識者で構成され、労使関係を代表する経験ある者を構成員に含む委員会であって、労使各16名、公益委員11名という形で構成されています。
 ACASの目的は、労働紛争の解決に関する権能を用いて労働関係を改善することであるとされています。ACASはイングランド、ウェールズ、スコットランドにある計7地区に13支部が置かれており、ACASの2001年3月現在の職員は、フルタイム相当で798名とされています。しかし、2000年に発表されたディケンズ教授の論文では、斡旋官のグレードの職員は約300名で、女性が約49名を占めているとされています。2001年/2002年にACASに係属した事件数は13万7,500件です。そうすると、前述の斡旋官の数で十分に対応することは困難であると言うことができます。ディケンズ教授の論文によると、1人当たり年間約330件を抱えると指摘されています。実際のところ、一般に労使を交えた話し合いは例外的にしか行われない。これは斡旋ではそういうことは多いと思いますが、最近では電話での応対が非常に増加していると指摘されています。
 例えば、代理人を伴わない申立人の30%、使用者の16%が斡旋官と会ったと答えています。申立人及び使用者の代理人のそれぞれ3%及び1%が斡旋官に会ったと回答するにとどまっています。申立人でも、斡旋段階で代理人を持たない者は36%にすぎないとされているところから見ると、圧倒的に電話対応が多いことを意味していると言われます。しかも、斡旋官は申立人の簡単な申立状及び使用者側の応訴状に書かれた情報以外の詳細な情報を有していないというのが一般であると解されています。したがって、その意味で果たして一般的に斡旋が評価されているような内容を持っているのかどうかということについては若干の注意が必要であると思われます。
 次に、雇用審判所について述べたいと思います。雇用審判所は利便性、非公式性、迅速性、廉価性を目的として設置されたとされています。この目的は次のような形で制度設計にあらわれていると言うことができます。まず審判所は3か月という短い申立期間制限に服する。2番目として、審判官が職業審判官と労使それぞれから選ばれた素人審判官から構成されていること。3番目は、審判所は一般に審判手数料や相手方の訴訟費用の支払いを命じないということが挙げられます。これと関連して、法律扶助は利用できないものの、当事者と証人は交通費、宿泊費及び賃金喪失分の補てん費を大臣に請求することができるとされています。4番目として、審判所が全国29カ所に置かれており、かつ申立ては各地のジョブセンターなどに常備されている簡単な申立状をその各審判所の事務局に送ればよいとされています。5番目に、審判所は裁判所一般に適用される厳格かつ公式の訴訟手続に縛られないとされています。6番目に、上訴審に法律審でかつ裁判官及び労使の素人審判官から成る審判所と類似の手続に服する雇用控訴審判所を配しているということが挙げられます。なお、審判長の員数は2002年3月現在、フルタイムで113名となっており、前年の例から見てこのほかに300名近いパートタイム審判長と2,900名を超える素人審判員がいるものと推定されています。
 しかし、今述べた目的が十分に達成されているかについては疑問の声もかなりあると言うことができます。例えば利便性や廉価性について言いますと、審判所の手続は本人で遂行することができるように設計されたものと見ることができます。しかし現実には、当事者が弁護士を代理人とする場合も少なくありません。例えば1998年、1999年に労働者が敗訴した事件では弁護士を代理人としていた使用者は27%、労働者は22%とされています。このことは、訴訟に費用がかかることを示唆するばかりでなく、訴訟手続が相当程度公式的になっていることを示唆するものであると思われます。また、審判所も管轄する事項はその歴史とともに増加しており、ブレア労働党政権のもとでの全国最賃法、公益情報開示法、雇用関係法、パートタイム労働者規則などにより大幅に増え、現在では約70を超える種類の事項が対象事項となっています。また、EUの法との関係などから事件も複雑化していると指摘されています。
 このため、訴訟にかかる期間も徐々に長期化するに至っておりまして、約10年前の1990年、1991年の年度には審判所の申立受理から審問までの期間が半年以内の事件の割合は90%であったのに比べまして、2001年、2002年の年度では69%に下がっています。また、審問が3週間にわたることは少なくなく、場合によっては50日に及ぶこともあると審判所のリポートでは述べられています。そして、83%の事案では審問終了後4週間以内に決定が下されているとされています。平均するとおよそ6、7か月ぐらいはかかっているということになるのではなかろうかと思います。ただ、この数字は原告が1名のシングルケースでありまして、同一または類似の申立てが同一使用者に対してなされている場合にはもっと時間がかかると指摘されています。
 なお、今まで一番時間がかかった事件はショップスチュワードの不公正整理解雇が争われた事件でありまして、この事件では1989年10月23日から1992年2月21日までに雇用審判所で断続的に205日の審問期間を要し、雇用控訴審判所で13日の審問期間、さらに控訴院に上訴されてその審問までの期間を合計して3年9か月を要したと言われています。なお、審問は原則として連続開廷で、一定期間続くと2週間程度あけるという方式であると指摘されています。
 このような処理の長期化は審判所の設置目的に反するばかりか、労使の経費負担のみならず、政府の支出の増加にもつながります。特に1990年代初めごろから、合理的な処理時間短縮が重要な問題となってきました。既に1980年に両当事者の訴状及び書面または口頭陳述で審査して敗訴の可能性があり、そうでなければ訴訟費用を命じる旨言い渡す予備審問制度(プレヒアリング・アセスメント)が導入されていましたが、1993年法では一歩進めて訴訟係属の保証金の支払いを義務づける審問前審査(プレヒアリング・レビュー)を導入しています。そして、1996年には不公正解雇に関して両当事者の合意がある場合には、審判所ではなく仲裁に付託する不公正解雇仲裁制度を導入しています。2001年には審判所規則10条に適正な事件処理を最優先目的と定めています。同規則には両当事者の対等化、経費節減、事件の複雑さに比例した処理の仕方、迅速かつ公正な処理の確保が含まれています。
 さらに2002年法、これは今年7月に議会を通ったものですが、ここでは次のような施策を導入しています。ACASでの斡旋官による合意形成を当事者の自由に委ねると斡旋期間を長引かせ、その結果処理期間が延びるので、斡旋期間も限定する規則制定権を大臣に与えた。要するに斡旋期間は初めから決めてしまう制度です。もし延ばすのだったら、延ばすという申請をするということです。
 2番目に、企業内の苦情処理手続を使用者が適用しなかった場合、または労働者が利用しなかった場合。既に1996年法が、例えば不公正解雇、あるいはその他の補償金の裁定を取得した場合に、それに差をつける制度を導入していました。しかしこれを一歩進めて、裁定額を10~50%の範囲で増減させる権限を審判所に与える規則制定権を大臣に与えました。これは、例えば労働者が企業内の手続を通さないで審判所へ行った場合、不公正とされた場合でも、それはきちんと手続を尽くさなかったということで50%の最上限として減額される。こういう発想です。
 3番目として、最低限度の内容を定める法定の懲戒苦情処理手続の作成を義務づける規則制定権を大臣に与えました。つまり、企業内で法定手続を定めることを義務づけたわけです。その規則の条件のもとで法定手続の内容が雇用契約の黙示の条項になる規定を置いたわけです。
 4番目に代理人たる弁護士の行動が原因で訴訟手続が遅延した場合、相手方はその損害を代理人に直接請求できることにしました。その他、政府は賃金に関する規定、労働契約違反、条文整備などこのような技術的な問題はACASの斡旋対象から外すことも提案していました。さらに、斡旋を民間団体にできるようにすることも提案していました。
 とりあえず今回の改正では、当事者またはその代理人の故意的遅延に関する制裁及び企業内で紛争を処理させるようにする訴訟の合意に力点を置いているようです。つまり、遅延についてこのような形で対処する処理の仕方をしています。
 時間が余りございませんので、実はこの後、雇用審判所の手続の流れについて説明する予定でしたが、時間が余りないのでどうしたらよろしいですか。5~6分かかってしまいますが、よろしいですか。

○菅野座長 どうぞ。

○小宮教授 まず表をごらんいただきたいと思います。資料に2つの表をつけていまして、一つは毛塚先生が編した御本の中で山下先生がまとめられた図表です。これは民間企業の手続を通してから斡旋にいく、斡旋にいってから雇用審判所という流れです。イギリスでは多くの企業、特に大企業は90%以上で紛争処理・苦情処理の制度を設けていると言われています。ここに書いてあるように、大企業では典型的な形であると言うことができると思います。
 ただ、その流れの部分では、労働者からACASにいき、Tribunalと書いてありますが、その裏のページについているもの、これはポール・ルイスというリーズ大学の教授のLawof Employmentから取り出したものですが、これを見ていただくと分かるとおり、まず申立てがなされ、使用者側の応訴状が出てくる。これはいずれもACASに渡ります。その段階でACASが斡旋を行うかどうかを決定する形になります。そして、ACASでの斡旋と並んで、申立状を出した方は、応訴状が出てくると、そこに書いてあることについていろいろな文書等を書面で明らかにしてもらうとかディスカバリーという問題もあるわけですから、その段階で相手方に対して一定の要求をしていく。こういう文書が欲しいというような形で既に動いている状況があるわけですから、そういう意味で申立てがその先になされているということは、この図表を見る場合に重要であると考えるわけです。
 とりあえず全体的に見てみますと、解雇の例で言うと、労働者はまず解雇理由書を請求できます。同時に、労働者はジョブ・センター、日本のハローワークのようなものですが、そこに置かれている申立状、これはほかのところにも置いているようで、先ほどのシチズンズ・アドバイス・ビュローなどいろいろなところに置いているようです。それを得て3か月以内に労働者が働いている場所の審判所に申立状を送ります。28日以内にその申立てを登録し、申立状に不備がある場合はその補正を命じる。審判所は、この写しをACASと使用者、被申立人に送る。21日以内に応訴状を使用者が審判所に送り、この応訴状が申立人とACASに送られる。こういう形になっています。この申立状は特に様式が法定されているわけではありませんが、これは2002年法でこの様式と要件を定める規則制定権を大臣に与える形で公式化する権限を付与しました。
 この時点からACASの斡旋が始まることになります。ACASは、先ほど述べたように見込みがあると判断する場合には解決しようとします。当事者が合意すれば口頭でACASの斡旋官との間で確認を行い、ACASから雇用審判所にそれが伝えられます。この処理は通常、斡旋官が当事者にCOT3(様式)を送り、その条件で合意する旨署名する形で行われますが、このCOT3の書面自体は効力要件ではないとされています。
 なお、場合によってはACAS斡旋官の関与なしで和解契約で解決されることがあります。これはバリスターやソリシターの人たち、独立労働組合の認定する組合員、また法律相談センターなどの職員のアドバイスを受けたという書面が必要になるとされています。ただ、2002年法はその書面に反しても、審判所が審問を必要とすることを決定することができるとする規則制定権を大臣に与えました。
 なお関連して言いますと、裁判上の和解は審問日に合意がなされ、審判所は合意がなされた条件で命令を発する形で行われます。
 審判所は当事者の求めにより職権で相手方に対して申立理由、事実、主張を記載した書面の提出を求め、場所と時間を指定してディスカバリーまたは複写を含む閲覧を許可するように命じることができます。したがって、申立人はET3のコピーを得た後、みずから被申立人に対してET3記載事項に関する詳細、その他の書面のディスカバリーを求めることになります。当事者がこの命令に従って書面を提出しない場合には、その当事者の申立状または応訴状の全部または一部を削除することができる権限を与えられています。また審判所は当事者の求めに応じ、または職権で証人の出頭を命じることができます。ディスカバリーまたは閲覧許可の拒否及び出頭拒否は罰金刑の対象とされています。また、当事者の申立てその他の行為がいいかげん、嫌がらせ、濫用的・妨害的、その他不当な場合には審判所は訴訟費用の支払いを命じ、大臣が相手方に支払った交通費などの補てん費用の全額または一部の支払いを命じることができるとされています。
 審問としては、今はこの内容を細かくお話ししませんが、指示審問、審問前審査、中間審問、予備審問の4つの審問が存在すると言われています。その手続については、手続原則が雇用審判所規則に規定されており、「審判所は、それが妥当であると判断する限り、その訴訟における形式を避け、裁判所の訴訟における証拠の許容に関する立法または法原則に拘束されない。審判所は、審判所の出席者および適切と考える証人に対し尋問を行い、また審判所に提起された問題の解明のため最も適切かつ一般的に当該訴訟の公正な取扱いと考えるようなその他の仕方で審問を実施する」とする非常に柔軟な規定が置かれています。
 この原則にのっとり、審判所は訴訟における形式性を避け、適切かつ公正な仕方で審問を進めることが原則となっています。したがって、審判長は頻繁に尋問する審判所もあれば、ほとんど当事者に任せ切りの審判所もあると指摘されています。ただ、雇用控訴審判所は非公式な手続に問題があるとして、一般的な訴訟手続を尊重すべきことを強調しています。雇用審判所長には、雇用控訴審判所長と異なり、慣行手続を統一するための指示権限が今まで与えられていなかったために、いろいろな不統一があると指摘がありました。そこで2002年法はこれを改めることにより審判所の信頼性を増進するため、長官に統一の指示権限を与える規定を定める権限を与えました。
 最後に、この制度の評価についてですが、評価は今述べたところで既に若干の問題点を指摘したわけですが、私に与えられた任務として、労働調停導入、労委命令の司法審査、特別な知識者の関与、特別の訴訟制度という我が国の問題に引きつけてコメントしなければならないのではないかと思いましたので、これについて若干触れさせていただきます。
 イギリスの労使紛争処理に活用されている斡旋は、審判所とリンクさせることによって審判所での訴訟を係属するか否かの当事者の情報源となり、合意に基づく紛争解決につながっているように思われます。確かに裁判と全く別個に審査が行われるというよりは、この方が一定の方向づけができるのではなかろうかと思われます。もっともこれはある意味では紛争の呼び込み的な作用を果たすおそれがあるともとることができます。イギリスの場合のように、その目的が余りにも司法手続の負担の軽減に向けられることになると、これは取り下げや合意形成のための当事者への不当な圧力になるおそれもなくはありません。また、制度的に密接に結びつける場合には、斡旋官の法的知識や技量が重要な問題になるということも課題であると思われます。
 次に、労委命令の審査との関係でイギリスの問題について見てみますと、イギリスでは組合員の解雇や不利益取り扱いについても雇用審判所の管轄事項とされています。我が国のように不当労働行為に団体交渉や支配介入という問題を包括した形では存在しませんが、解雇・不利益取扱いも雇用審判所の管轄事項にあります。この雇用審判所の場合には、法曹一元制のもとで弁護士資格を有する者を審判長としているということ、さらに雇用控訴審判所が三者構成であることもあって、そのために利用者間に非常に信頼関係があるように見えます。
 もう一つは、雇用控訴審判所が原則として審判所の事実認定に介入しない仕組みになっているために、我が国におけるような問題が余り生じていないと言うことができます。このことがどういう意味を持つのかということについてはここでは言及は避けたいと思います。
 次に、専門的な知識・経験者の関与でありますが、イギリスでは多くの労働紛争は専門的な知識・経験を有する労使から選ばれた者が審問に参加し、対等な評決権を与えられている雇用審判所で処理されています。我が国ではしばしば裁判官の判断が概念的過ぎるとの批判もあることから考えると、労働問題に関する専門的な裁判所の設置あるいは参審制を考える上で参考になると思われます。イギリスでも素人審判員の参加には批判がありましたが、法務大臣(大法官)は1972年に次のように述べています。「裁判を判事だけで行うのには限界がある。判事は現代的社会立法から生じる多くの問題を解決するのに十分に適格とはいえない。その理由は、彼が特定の分野の専門家ではないということであり、また素人の専門家の陪席によって国民の信頼が得られるからである」と述べています。
 労働紛争では行為の合理性、正当性、濫用性等の判断が実際の労働関係の場との関係で重要になることが多く、その判定には裁判官のみが適格性があるとは言えないと思われます。この点で我が国では労使の利益代表になるとの危惧もありますが、イギリスではほとんどの決定が全員一致で行われているのであります。もっとも素人の関与がその出身パネルの利益を代表しないことを明確にする必要が常にあることは明らかであります。また、イギリスの労働関係法では、比較的詳細な規定を置いているほか、そのもとでコード・オブ・プラクティス(行為準則)という労使向けの平易かつ詳細な指針を置いていますが、これは審判所の訴訟手続において証拠として用いられるとされており、ある意味では素人審判員の判断のガイダンス的な役割を果たしています。あるいは、先ほど述べた斡旋官のガイドラインにもなっていると理解することができます。
 最後に、固有の訴訟制度との関係ですが、イギリスには労働事件のみならずその紛争の専門的な処理に適した行政審判所も多数置いています。例えば出入国審判所から始まって諸々の審判所が存在します。労働審判所も実は当初は専ら雇用訓練税に関する争いを取り扱っていたわけで、これはいわば通常の行政審判所に近い性格を有していたと見ることができます。しかし現在の雇用審判所は、これらの審判所と性質が異なると見られています。すなわち、行政処分の審査機関ではなく政府の省庁を代表しない三者構成機関であり、斡旋が法定され、手続が非公式で法律問題しか上訴できないなどの特徴を有するからと論じられています。その特質は、審判所制度が使用者と労働者がその違いを平和的に解決するようにするため可能な限りの機会を与えることを意図する制度であるからとされています。将来をにらんだ良好な労使関係、あるいは継続的な雇用関係の形成が不可欠な労働法の特殊性から我が国でも固有の訴訟制度ということも考える余地はあると思います。
 以上です。

○菅野座長 ありがとうございました。
 それでは中窪先生、お願いします。

○中窪教授 それではアメリカの労働関係紛争処理システムについてお話しさせていただきます。
 この検討会には山川先生がいらっしゃいますので、必要があれば細かな方は後でお聞きいただくことにいたしまして、私は全体的なイメージを入れていただくことを基本的な目標にしてお話しさせていただきたいと思います。
 まず、アメリカの基本的な特徴は、例えばドイツとは違いまして、労働裁判所という特別な労働問題を専門にする裁判所は存在していないということです。その点では我が国と同じように通常の裁判所が労働事件についても訴訟を扱う形になっております。そこはヨーロッパ的なところとまず大きく違うということです。
 第2に、資料に多元的なシステムと書いておりますが、アメリカの労働法あるいは雇用関係法自体が非常に多種多様でありまして、それぞれによって行くところが違う、そこで適用するルールも違うということになっています。この実体法の多様さを反映するような形で、紛争処理システムも多元的な形になっているということです。
 これをもう少し申しますと、一つには、御存じのとおりアメリカは連邦制ですので、裁判所にしても連邦の裁判所と州の裁判所の2つに分かれています。もう一つには、日本でも不当労働行為制度については労働委員会をつくっていますが、その元になったのはアメリカのNLRB(全国労働関係局)と呼ばれる連邦行政委員会です。そういう行政の判断、処理と、いわゆる司法裁判所の手続が併存というか、それぞれにある。その意味でも多元的であります。さらにもう一つ、公的な機関と並ぶ形で、アメリカの場合は私的、プライベートな紛争処理システムが発達しています。その中心がLabor arbitration、労働協約に基づく労働仲裁制度で、これがいわば公的な裁判とは全く違うところで非常に大きな役割を果たしています。この3つの意味で多元的であると考えています。
 それらがどういう形で重ねられるかといいますと、これは事項によるとしか言いようがないわけで、不当労働行為であれば連邦の行政委員会であるNLRB、公的なものが扱う形になります。労働協約であれば、法で言えば連邦法の領域なのですが、実際にはそれぞれの協約で定めている労働仲裁という私的な処理機関が当たります。雇用差別であれば、連邦でEEOCという特別な行政機関があり、これを経ないといけないのですが、実はこれについては各州でもそれぞれに法律をつくり、その処理機関を置いていますので、ここでは連邦と州の重複という現象が起きます。不当労働行為については連邦が専属的になりますのでその限りで州は排除されますが、これが雇用差別では両方が重なり合う形になり、連邦と州でも関係が変わっています。
 賃金・労働時間になりますと、連邦法でFair Labor Standard Act という法律があり、労働長官が訴訟提起することもできるのですが、これについても各州で州独自の時間規制、最低賃金規制を行っていて、これがまた重畳的に適用されることになっています。
 解雇についてはアメリカはもともと、employment at will(解雇自由原則)だったのですが、それについてコモン・ローでさまざまな例外が登場し、損害賠償を認めるケースも増えています。そういう場合、解雇訴訟はコモン・ローであり、基本的に州の裁判所に直接行き、損害賠償の救済を求める形になっています。
 ですから、事項によって多種多様、労災などは省略いたしますが、それぞれによって多元的なシステムが重なり合ったり排除したりしながら存在しているという図式であります。
 そういう中でも私的仲裁の重要性が大きいところがアメリカの特徴だと思います。これは先ほど伝統的な労働協約の下での労働仲裁が基本にあるわけですが、実は最近、個々の労働者との間で雇い入れるに当たって紛争が生じた場合は、行政機関ではなく私的な仲裁を行い合意をさせるケースが増えています。そういうときに個別労働者との間の私的な仲裁は可能なのかという形でありまして、これは最近の大きな問題になっています。
 こういうものの背後にアメリカ労働法の歴史と発展の経緯があるわけで、2で代表的な紛争処理機関について簡単に御説明した後で、そういうことについて少し触れさせていただきたいと考えています。
 次に、2の代表的な紛争処理機関といたしまして、合計で6つ。そのうち(1)と(2)が行政、(3)と(4)が司法、(5)と(6)が私的な制度という形で分けたつもりでありますが、簡単に御紹介したいと思います。
 まず最初がNLRBです。アメリカの労働組合法に当たります全国労働関係法(NLRA)のもとで、不当労働行為制度が置かれているものですから、これについて救済申立を受けて救済命令を出すのがこのNLRBでありまして、日本の労働委員会に当たるところです。これは連邦の機関で、2つめの「・」に書いてありますが、5人のメンバーが大統領に任命される形で、ワシントンDCに本部があります。全国には地方支局があります。
 ここが担当する大きなもう一つの役割として、アメリカの場合、多数決といいますか、交渉単位制で選挙を行って過半数が組合を支持すればそこで団体交渉が行われ、逆に過半数が支持しない場合は団体交渉しないシステムになっておりますので、その選挙を実施することもNLRBの大きな役割です。
 先ほど申しましたように、不当労働行為についてNLRBは独占的・排他的な管轄権を持っています。これは州が勝手にそういうところについて機関を設けたりしてはいけない、あるいは法的なルールを連邦と違うようにすることもできない。連邦法が管轄してそれを体現した組織であるわけです。
 日本で不当労働行為と言うと非常に狭いイメージがあるのですが、アメリカのunfair labor practicesは、御存じのとおり使用者だけではなく組合の行為も規制されています。いわば労使関係について連邦が管轄を有するということで州を排除して1つの法的なルールをつくることがメインでありますので、いわば労使関係に関する一般法がここにあって、それを一元的に解釈適用するのがNLRBであると考えていただきたいと思います。
 日本で言う司法救済は実はありませんで、組合活動を理由に解雇された場合には直接裁判所に訴訟を起こすことができず、NLRBへ行って救済命令をもらうことしかできません。そういう意味で、不当労働行為といってもむしろ労使関係の一般法としてたいへん広いものなのだということを注意していただきたいと思います。
 日本の労働委員会と違いまして、NLRBは争議調整はしておらず、そういう意味では判定救済に特化しています。争議調整については詳しくは申しませんが、FMCSと呼ばれる機関があり、こちらの領域になります。これはもともと連邦労働省の一部であったようですが、戦後独立した機関であり、これが調停員をたくさん置いており、紛争があれば調整を行う形で関与いたします。
 労働協約の期間中は通常ノーストライキ条項でストは禁止されていますが、それが切れるときには通告をして、必ずFMCSが、ここでそろそろストが起きそうだと察知してタイムリーに人を派遣できる体制になっています。もちろん州で独自に争議調整の機関を設けることもありますが、主たるところはFMCSだと思います。争議調整に関しては非常に大きな争議が出ますと、労働長官が調整に乗り出したり、あるいは大統領自らが調停することもあります。以前にプロ野球の選手がストライキをしたときにクリントン大統領が関与して、結局失敗しましたが、そういうこともあります。
 なお、鉄道の労使関係は、特別の法律(鉄道労働法 Railway Labor Act)の対象になっており、NLRAの対象ではありませんので、NLRBも管轄を有しないことになります。鉄道労働法というと鉄道だけに聞こえますが、航空産業も鉄道労働法になりますので、NLRBの管轄外です。
 不当労働行為の申立て(チャージ)は誰でもできます。NLRBの地方支局に申立てを行いますと、支局長が調査をして、大抵は取り下げになったり和解になるのですが、調べて見た結果これは確かに不当労働行為の疑いありということになりますと、ここでcomplaint(救済請求状)を発することになります。これはNLRBのメンバーではなく、ジェネラル・カウンセルといいますが、事務総長が訴追権限を独占しており、これがcomplaintを発しないと審判手続は始まらないという形になっています。事務総長が、これはもう取り扱わないということになりますと、それで以後の手続には全く進めず、それについて司法審査もありません。そういう意味で事務総長は非常に強い権限を持っています。
 実際には事務総長の下働きとして地方支局長がcomplaintを出すわけですが、complaintが出されると、次の段階として審問が開かれます。これはALJ(Administrative Law Judge、行政法審判官)が担当します。ですから、訴追する側は公的なジェネラル・カウンセルであり、これに対して申し立てられた使用者なり組合なりが防禦し反論する形になるわけですが、それについてALJが審問を開いて証拠調べをし、判断を下します。
 多くのケースはその段階で処理されて決着がつくのですが、それに不満な当事者は不服申立をし、それがあればワシントンの5人のメンバーが最終的な判断を下す形になっています。
 もちろんこういう形でNLRBの救済命令が出されたものについて不満な当事者は、連邦控訴裁判所に司法審査を求めることができます。初審は地裁ではなく控訴裁判所になりますけれども、それが最高裁までいく形で、司法審査の手続があります。
 数字は、事務局で御用意いただきました「諸外国における労働関係紛争の処理の概況」の後ろの部分、20ページ以下に件数等を整理していただいております。ラフに申しますと、年間申立が3万ぐらいありますけれども、その段階で和解が成立して是正がなされることもたくさんありますし、逆にそのまま取り下げられてしまって事件にならないときもあります。実際にcomplaintが出されるものは2,000件強、これは事件数で数えるかcomplaintの数で数えるかで若干違いはありますが、ここではとりあえず2,000件強としておきます。命令は、ALJの段階で終わるものと最後のワシントンのボードまでいくものとありますが、合計で1,000件ぐらいの間に命令が出されています。
 手続の遅延は昔から言われているのですが、あまり改善されていません。申立てをしてからcomplaintに行くまで、たしか1980年代は40~50日だったと思います。最新の、といっても1999年のアニュアルレポートですが、それで見ると89日に増えています。ですから、申立てからcomplaintまで3か月かかり、complaintから審問、ヒアリングがなされるのですが、それに168日ですから、またこれで5か月以上かかっています。そのヒアリングが終わった後に決定がなされ、またワシントンでボードに、とフルコース行きますと、申立てからトータルで計算して747日ということですから、2年以上かかることになります。ただ、大多数の事件はそこまでいかずにもっと下の段階で解決していますので、少しミスリーディングではありますけれども、本当に手続をやったときには2年以上かかり、かつそれでも満足できないときには司法審査の裁判手続がありますので、非常に長い時間がかかる可能性もあります。
 ただ、申立てをした当事者としては、これは全部公的なところがやってくれますから、自分でやる必要がないという意味での楽さはあるのですが、逆に事務総長が取り上げてくれるかどうかという点についてはコントロールできないところがあります。
 NLRBについてはこのくらいにいたしまして、次にEEOCです。これも連邦の機関です。御存じのとおり、1960年代のアメリカは雇用差別禁止立法がいろいろできました。その中でも中心はタイトルセブンと呼ばれますが、1964年公民権法の雇用に関する第7編の中で人種、性、宗教、出身国に基づく差別を禁止したということで、こういうケースをEEOCが扱います。また1967年に年齢差別禁止法ができまして、これについてもEEOCが担当しています。それから、いわゆる障害者に対する差別の禁止として、1990年にADA(Americans with Disabilities Act、障害を持つアメリカ人法)ができ、これについてもEEOCが担当します。
 マイナーですけれども、EPAと呼ばれる、男女同一賃金を定めた1963年の法律というほどもない1つの規定ですが、これについてもEEOCが扱います。
 これについては、私のレジュメが3ページまであり、その後は山川先生の本から統計資料を引っ張ってきたものがありますが、その後に、Charge StatisticsがEEOCの英文の資料であるかと思います。
 ここにありますように、2001年度で申しますと、年間8万840件の申立てがなされました。その内訳としましては、やはりタイトルセブンの人種、性、出身国、宗教ということになりますが、中でも人種と性が非常に多いということですね。
 その下のほうに年齢という項目がありますが、これも1万7,000件ですから随分多い。それから障害についても1万6,000件あります。ですから、人種、性別、年齢、障害というあたりの差別がメインであります。
 EEOCは連邦の機関ですけれども、ほとんどの州で州独自の雇用差別禁止立法をつくっており、そのための行政機関が大抵ありますので、その権限の調整のためにまずは州の方に申立てをして、そちらで60日間行う。それでもだめな場合に初めてEEOCに申立てができる形に調整しています。
 EEOC自体はワシントンにあり、メンバーが5人。それとは別に事務総長がおり、そういう意味ではNLRBとよく似ているのですが、性格は全く違います。というのは、NLRBの場合はみずから判断をして救済命令を発するところに非常に大きな特徴があったのですが、EEOCはそういう権限を持っておりません。ですから、申立てを受けて調査をして、これは違法と思われるから是正せよというような形で解決を図るのですが、どうしても聞かない場合に、それでは救済命令を出すということができるかというと、これはできません。救済は連邦裁判所に裁判を起こして判決という形で求めなければいけないのですが、EEOCとしてできるのは、1つには、非常に悪質で放置できないという場合には、その訴訟をEEOCみずから起こすことが1つの選択肢としてあります。
 しかし、たくさんの事件がありますので、全部そういうことをしていては費用ももちませんので、結局、大多数の事件については違法の疑いが強いけれどもEEOCとしては扱えないので自分で訴訟を起こしてくださいという形で、right to sue letter(訴権付与状)の通知を申立人に出し、本人に訴訟を起こさせることになります。
 非常に重要なケースについてはみずから訴訟を起こしますが、例の三菱自動車のセクハラの事件などはEEOCがみずから訴訟を起こしたわけで、それが重要で大きな事件であると判断されたのですが、そういうものは例外に当たります。
 先ほど年間8万件と申しましたが、これはEEOCのホームページからとったのですが、別の資料を見た限りでは、その年度に終結したケースとしては、申立よりも若干多くて9万件が終結している形になっています。ところが、そのうち5万件は、調べてみたけれども理由がないということですので、半分以上はいわばたちどころに却下されるようなケースです。
 また、行政的終結が1万8,000件、約2万件弱で、これは恐らく申立人が出てこないというような形でやむなく終結したのだと思いますが、そういうものは圧倒的に多いわけです。
 和解が成立したとかで取り下げたのが1万件ぐらいで、結局、これは違法だけれど和解が成立しないといいますか、自主的に是正しないのはほぼ9,000件弱です。ですから、実際にEEOCがみずから訴訟を起こすのは400件余りですが、これは8万分の400というのではなくて、9,000件のうちの400件について起こしているというのが、より現実的な図式であろうと思います。
 あとはもちろん普通の訴訟になるものですから、一審、二審、最高裁という形で訴訟が進み、最高裁の判決もたくさん出ているわけですが、必ずEEOCを通して、まずはそこで調整の試みを行い、そこで処理しきれなかったものは裁判になるという構造になっています。
 次に、裁判所が司法として紛争処理に当たります。連邦裁判所と州裁判所の話は非常に一般的なことになるので私の能力を超えますけれども、御存じのとおりアメリカの場合、連邦裁判所は一つにはフェデラル・クエスチョン、連邦法の解釈適用の問題について管轄権を持っています。もう一つは、ディバーシティといいますが州籍相違、当事者がある州の人と別の州の人というふうに異なる訴訟について、これはどちらかの州でやると偏るおそれがあるので連邦裁判所に訴訟を起こせます。その場合には適用されるのはどこかの州法になるという点が、フェデラル・クエスチョンとは違います。普通は連邦法の問題について連邦裁判所が担当する方が多いわけです。
 これについて、事務局から御用意いただいた先ほどのNLRBの前の部分に、アメリカの労働裁判について連邦地方裁判所、連邦控訴裁判所のそれぞれ、労働事件で言うと2001年の新規受入が3万7,000件、連邦控訴裁判所は4,382件という数字が出ています。参考として、一般民事事件は連邦地方裁判所は25万件、そのうち3万7,000件が雇用関係になります。
 また、私の資料の後ろの方に、毛塚先生が編者になって各国の比較をされた本の中で山川先生が示された数字も入っています。73ページに連邦地方裁判所における民事事件の総数と個別労働関係上の事件がありますが、労働関係事件、特に個別的労働関係事件の比率は昔は非常に小さかったのですが、その増え方が著しいことがわかるかと思います。
 その次のページに1992年以降、これは統計が違うのでつながりませんが、75ページの図表2-3に、この後も民事事件の総数と個別労働事件の件数が出ています。やはり個別事件の増え方が著しく、今では4万件近いということです。なお、左の方に年間のNLRBの申立件数が、これは使用者と労働者と両方ですが、不当労働行為の件数が出ています。
 先ほど事務局から御用意いただいた方の連邦地方裁判所の件数、2001年に3万7,419件という17ページの表があります。ごらんになってわかりますように、その内わけは、雇用に関する公民権関係と書いてありますが、わかりやすく言えば雇用差別の問題が半数以上を占めております。連邦地方裁判所では差別問題が多いということです。資料に出ているのはあとは大した件数ではありません。先ほどのNLRBの救済命令の取り消しなども入っていると思いますし、ほかにも連邦制定法がいろいろありますけれども、何といっても差別が多いことがわかるかと思います。
 ただし連邦の法律自体が増えていることは確かです。Fair Labor Standards Act(公正労働基準法)、これは1983年にできた最低賃金と労働時間を規制する連邦法で、それがかつてはほとんど唯一と言っていいぐらいのものでありましたけれども、最近では法律が増えています。年金に関する保護を定めた法律であるERISAや、大量レイオフや工場閉鎖のときに60日前の予告を義務づけた法律WARNがあります。FMLAは育児介護休業や本人の病休、妊娠出産の場合の休暇を合体させたようなユニークな法律で、休暇立法が初めて連邦法でできたのですが、そういう労働立法が増えており、そういうものが「その他の労働関係」に入っているものと思います。
 とにかく、こういう形で連邦裁判所に出てくる事件、特に差別関係の訴訟が非常に増えているということです。
 救済の内容は、それぞれの法律によって違ってくるのは当然の話です。タイトルセブンで言いますと、例えば解雇されたのであれば昔はバックペイつきの復職をさせるのが普通の救済でしたが、1991年公民権法と言ったりしますけれども、1991年に重要な法改正がなされ、初めてタイトルセブンおよびADAについて、損害賠償の救済が認められるようになりました。特に懲罰的損害賠償も認められ、かつてはセクハラ等については余り有効な救済がないということで問題になっていたのですが、これは悪質・意図的なケースに限られますけれども、そういうときには懲罰的賠償ができることになっています。ただ、これは法律上上限が30万ドルです。これは企業規模で最大のところで30万ドルで、小さいところでは5万ドルというようなところもありますので、懲罰的といっても随分小さいわけです。かつてに比べれば賠償が広がったのですが、天井がついているということで、そのことの当否についてなお議論がなされています。
 年齢差別はFLSAと同じような構造になっていますから、こちらの救済もまた独特で、日本の労基法の付加金に当たるようなliquidated damagesがあります。定額賠償金が本当の訳でしょうが、付加金に近いものですから同じ額を2倍払わせるという意味で、私は付加賠償金と訳していますが、懲罰賠償ではなくてそういう別のものがあるわけです。
 また、アメリカの場合、行政機関が被害者にかわって訴訟するケースもあります。先ほどEEOCのことを申し上げたのですが、FLSAについても労働長官が訴訟を起こす手続もあります。「法の実現における私人の役割」という本がありますが、そういう中でもアメリカの特徴として指摘されているところです。
 先を急ぎますが、次の州裁判所は、各州の裁判所になりますので、それぞれのシステムになります。労働関係でここが担当するものとしては、1つには、州の労働立法についての訴訟です。賃金・労働時間について違反があれば州の裁判所にいきますし、雇用差別についてもそこにいくということです。ほかにもいろいろなものがあると思います。連邦と重畳する場合もありますが、連邦法とは違う独自の規制があったり、あるいは連邦法と異なる救済がなされる点で意義があります。
 私の資料の先ほどのEEOCの後ろの方に、英文で申し訳ないのですが、3つの記事があります。そのうちArbitrationとWrongful Dischargeのうしろ3つ目にSexual Harassmentと書いたBNAのHuman Resources Reportの8月19日付の記事がありますが、これはミシガン州の裁判所でセクハラを受けた被害者の女性に2,100万ドルの賠償を陪審が出したのですが、これを支持したという判決の記事です。その2つ目のパラグラフの一番下に、Michigan Civil Rights Actと出ていますが、この訴訟はミシガン州の公民権法に基づいて訴訟が起こされ、それに基づいて一審の陪審がこれだけの額の損害賠償を命じたということです。もともと原告は1億4,000万ドルを請求したのに15%しか認められなかったということですが、それでも非常に巨額なものです。先ほど30万ドルの上限と申しましたが、これは連邦法で州の法ではありませんので、青天井の賠償がこういう形で認められる可能性があります。そうすると州法でいった方が有利だということにもなり得るわけです。
 もう1つは、制定法ではなく、いわゆるコモン・ローです。契約や不法行為はルイジアナ州以外はコモン・ローになっていますが、この訴訟も実は州裁判所で扱うことになります。雇用契約の場合、アメリカは伝統的にemployment at willということで、今でも原則はat willで解雇自由が大原則です。そういう意味で、労働者としては解雇訴訟はやっても仕方がなかったのですが、1970年代末から80年代にかけて解雇訴訟が増えて、その中で解雇自由原則の例外が認められるようになりました。大きく分けて2つありまして、1つは契約上合理的理由のない解雇はしないという約束があると、それについてこの解雇は不当だから契約違反であるという形の訴訟です。
 しかし、よりインパクトが大きいのはもう1つのパブリック・ポリシーの問題で、これは不法行為になります。例えば、最近は日本でも問題になっていますが、官庁に虚偽報告をするよう上司が命じたのを拒否した。そうすると「おまえは首だ」と言われた。昔であればそういう解雇も仕方がないということで訴訟しても勝ち目はなかったのですが、これについて、そういう解雇を認めてはパブリック・ポリシーに反する、それは不法行為に当たるという形で救済を認める法理が発展しました。全部ではありませんが、かなり多くの州で採用されています。この場合には、精神的損害の賠償や懲罰的賠償も可能になりますので、数百万ドル、数千万ドルという賠償も可能になります。契約法理の場合は精神的損害や懲罰的賠償は不可能なので、その点は額も抑えられるのですが、不法行為のパブリック・ポリシー違反の解雇は非常に大きなインパクトがあります。
 特に先ほどのような巨額の賠償が新聞報道されると我も我もという感じで、悪くいえば宝くじのような形で訴訟が起こります。その大多数は泡沫で認められていないのですが、一部でも認められて巨額の賠償を得ると、それが刺激になってまた訴訟が出てくるという現象が起きています。ですから成功するのは少数で、しかもこの額の半分ぐらいは成功報酬で弁護士が持っていきますから、本人に渡る額は非常に少なく、社会的に見て効率がよくないといいますか、決して正義にかなっていないのではないかという批判もあります。しかしそれが現実であり、こういう裁判が特に増えています。先ほどいろいろな形で訴訟が増えていると言いましたが、法理の変化の反映という面も非常に大きくあるわけです。
 以上が裁判所です。
 私的な手続に入りますと、(5)は労働協約上の仲裁です。労使で団体交渉して労働協約を結びますと、アメリカの労働協約は包括的な労働条件を決めて3~4年間の労働条件を非常に詳細に決めています。解雇自由と申しましたが、協約の中では正当事由条項といいますが、正当な事由のない解雇をしてはいけないということが書いてあります。協約によっていわば包括的な形で労働者の権利がそこに記されるわけです。
 そういう形で労働協約はアメリカでは非常に重要なのですが、これについて紛争が生じた場合には、通常の裁判所ではなく、自主的な苦情仲裁手続で解決するのが大多数の協約の規定です。例えば賃金がおかしいとか、変な解雇をされたという場合には、まずは苦情申立をして、例えば一番下の現場レベルで組合の代表者と使用者の代表との間で話し合いをする。そこでも解決がつかない場合は全工場レベルで第2段階の話をする。それでもだめな場合には全社レベルで、社長と組合の全国委員長とで話をするということで、何段階かの苦情手続があります。
 しかしそれでもだめな場合には、最終的に仲裁という形で、それでは仲裁人に決めてもらおうという形で手続が始まります。これは自主的で平和的な紛争解決手続といいますが、そういうものがなかった場合にはストライキにいってしまうわけですが、ストにかわる平和的な紛争解決手段ということです。実際上、ノーストライキ条項と一体になっているケースが多いわけで、実は最高裁の法理でも、これらは表裏一体のものであることが強調されています。
 ただ、仲裁については個人と組合という問題があります。個人としてはこういう解雇はどうしても認められないので当然仲裁を要求するということが主張としてありますけれども、組合としては苦情はある程度やってみるが全部仲裁にいくと時間もお金もかかるので選別しなければいけない。仲裁の申立は組合か使用者かということで、個々の労働者は申立ができないというのが普通なのですが、そこで個々の労働者との間の齟齬、不満が出てきます。それについて組合の公正代表義務という概念があり、それに反しない限りは組合の判断が尊重されるということですが、差別や個人的な敵意によって取り上げてもらえなかったという場合には公正代表業務違反として損害賠償が命じられることもあります。一方で個々人にとっては不満な解決に終わる可能性もありますが、他方で仲裁にもっていくと決まると、1人ではなく組合がサポートをしてくれますので、大いに助かる面もあるわけです。
 仲裁を行う仲裁人は労使関係の専門家と言われていますが、多いのは大学の先生で、労働法もありますし労使関係論や労働経済、あるいは心理学や社会学の人もおりますが、何らかの形の専門家です。あるいは大企業を引退した組合OB、使用者側のOBもいます。それからフルタイムの仲裁人もいて、そういうことが上手でそれで食べている人もいるようです。中には牧師もいるようですし、退職した公務員もいます。公務員といってもNLRBやFMCSが多いと思いますが、とにかく労使関係の分野で経験のある人ということです。
 大きな使用者、企業では特定の人にお願いする形で選んでいることもありますが、大多数はそうではなく、アドホックな形です。何か事件がある場合には、AAA(American Arbitration Association、全米仲裁協会)という仲裁人の団体があります。ここに仲裁人のリストを下さいという形で請求し、AAAでは普段から審査をして、この人は仲裁人として適格性があるという一定の基準に合った人をリストアップしておいて提供するというサービスをします。先ほどのFMCSも同じようなサービスをしており、仲裁人のリストをもらえます。普通は複数の例えば7人のリストをもらい、それで労使がそれぞれ1人ずつ消していって残った人が仲裁人になるという形が多いようです。
 FMCSのホームページで見たところによりますと、現在1,350人が適格な仲裁人としてリストに載っているようです。それについてFMCSでは審査委員会を設けてきちんと適格性があるかどうかを確認しているようです。もちろん先ほどのAAAにしてもFMCSにしても、倫理綱領や最低限の基準を決めて、それに従った仲裁を命じるわけです。
 仲裁人の判断については、すべてではありませんが、重要な例については判例集のように出版していて参照できるような形になっています。そういう意味でこの労働仲裁は高度に制度化されたものです。
 この1つの特徴は簡易迅速さで、いろいろな数字がありますが、仲裁を申立ててから裁定までの期間は平均で8か月という数字を私は聞いたことがあります。ヒアリングは通常1日だけで終わります。前に1度だけ見たことがありますが、こういうような会議室で労働者側、使用者側があり、真ん中に仲裁人がいて、非常にインフォーマルな形で手続が行われます。訴訟と違って面倒な事前の手続や書面は要りません。特に組合側に関しては弁護士がつかないケースが珍しくなく、結構多いということです。
 救済についても柔軟なところに特徴があります。解雇であれば普通はバックペイつきの復職が原則ですが、確かによくない行為があったけれども解雇まではちょっとひどいだろうという場合には、バックペイなしの復職にするといった形の救済も可能です。
 仲裁について一番重要なのは終局性です。協約上にはfinal and bindingと書いていますが、この判断が終局的なものとして労使を拘束すると言います。もちろんそうはいっても、裁定に不満な側が訴訟を起こすということはあり得ます。しかし、1960年の連邦最高裁のスティールワーカーズ三部作と言われる判決によって、協約の解釈適用については仲裁人の判断を尊重する、裁判所としてはどうもおかしいと思ってもそれは関知しないということで、裁判所があれこれ言わずに仲裁によって終局的に解決することが確立されました。これが仲裁の大きなメリットであり、一審、二審、最高裁という形で訴訟が延々と続く心配がないわけです。
 もちろん事後的な審査は排除されますが、そもそも仲裁に応じないということを言った場合には訴訟は可能です。そういう場合には仲裁に応じなさいという形の裁判所の命令が出て、仲裁が出されると今度はそれに従いなさいという形のエンフォースがなされますが、中身についてはノータッチが大原則です。これについて使用者側はときどき仲裁人の判断は甘過ぎるという形で訴訟を起こしています。今でも最高裁までいくケースはあります。最近の例では、2000年のイースタン・アソシエーティッド・コーポレーションという事件でも、マリファナの検査で陽性に2回引っかかったトラック運転手がおり、しかも前の検査で引っかかったので執行猶予のような形で保護観察していたときにまた引っかかったので、使用者が解雇しました。しかし仲裁人がまだ情状の余地があるというので解雇を認めなかったので、これはパブリック・ポリシーに反するのではないかという訴訟を起こして最高裁までいったのですが、最高裁はやはり仲裁人の判断を尊重するという形で支持をしています。ですから、それほど厳しいシステムだということです。
 法律上の権利は別と書いてありますが、あくまでも協約上の条項の解釈適用が仲裁人の範囲であり、タイトルセブン違反やその他の法律上の規定違反の問題が見逃されたような場合には別に訴訟を起こせるという形で限界があります。
 (6)は個別被用者との仲裁。現在の大問題ですが、これは組合ではなく個々の労働者との間で、たとえば採用に当たってすべての雇用上の紛争について仲裁で処理することを約束させるわけです。先ほど申しましたように、いろいろな形の連邦あるいは州の労働立法が増えてきて、使用者にとってそれだけ訴訟の可能性が出てきているわけです。コモン・ローでもいろいろな形の契約違反や不法行為が出てきて、昔はそうでもなかったのですが、最近は訴訟が増えてきてEEOCにいったり、あるいは陪審にいったりということで大変です。それを一括的に仲裁で処理しようという意識が背景にあるわけです。
 この事前の手続として、社内で苦情手続を整備したり、あるいは社内・社外のメディエーションをつけたりもします。これは菅野先生が論文を書かれておりますが、社内のオンブズパーソンという形で、社内に裁定を下す人を置くケースもあります。いろいろなADRの試みがありますが、結局モデルとしては先ほどの協約仲裁の個別版のような形で仲裁人に最終的な紛争処理をしてもらう、仲裁裁定を出してもらうことが多いわけです。
 ところが、これについては公正さをめぐるいろいろな問題が出ているので人によって評価が分かれています。つまり、組合の場合は何といっても組合のノウハウもありますし、力もありますが、一人一人の労働者は仲裁の場に行ったからといって、どれだけ使用者とわたり合えるのか、情報も一方的であるし、経験も違うではないか、資力も違う。そういうところでフェアにやれるのかということが問題になります。これについて、先ほどの仲裁人団体AAAでは、特別の規則とデュー・プロセスの基準を定めて対処しています。これについては山川先生の論文の後ろの方に翻訳が出ていますが、そういう形で対処しています。
 個別仲裁についてはAAAのほかに、FMCSは行っていないようですが、別の民間団体としてJAMS End Disputeという団体もあるようで、ここも仲裁人を派遣していますが、そこでもこの基準を定めています。
 これについて1990年代に非常に大きな議論がありまして、雇い入れのときにすべての紛争を仲裁で解決すると約束させた場合、それが本当に拘束力ありと認められるのか。人によっては、現代のイエロー・ドッグ・コントラクトであるということで、労働者にとって押しつけられた契約の効力を否定すべきだという議論も根強くあるのですが、連邦最高裁の判決はそういう約束の拘束力を認める方向に動いています。1991年のGilmer事件の判決で、基本的にこれでデュー・プロセス上も問題ないことを最高裁としても言ったのですが、実はこれは個別契約ではなく、ニューヨークの証券取引所のディーラーであり、そこの登録の規程の中でそれを約束したということで労使間のものではなかったものですから、若干特殊性がありました。しかし、労働契約の中でやったらどうかということにつきまして、2001年にCircuit Cityの判決が出されました。これは連邦仲裁法という1925年の法律の除外規定の解釈という非常にテクニカルなケースですが、その結論だけを申しますと、個別契約の中で約束がなされても、それは拘束力があるという形で処理がなされています。
 裁判所としてもたくさんの労働紛争が出てきて大変です。そういう中でできるだけ仲裁によって処理をしてもらうというのが結構なことだという価値判断がどこかにあるのではないかと、私は思っています。
 基本的にそういうことで個別仲裁合意もオーケーなのですが、実際にはいろいろなハードルがあってまだ決着がついていないというか、ここの部分は決着したのですが、他にハードルがたくさんあります。例えば強迫や非良心性などの問題があります。先ほどのセクハラの記事の2つ前の最初の記事にArbitrationという6月10日の記事があります。これは連邦最高裁で仲裁の拘束力を認められたCircuit Cityの事件について下級審に差し戻されたのですが、そこで先ほどの連邦仲裁法上の問題ではなく、いわば非良心性等の一般の契約上の瑕疵を原因として争ったものについて、その問題がクリアされていないという判断がなされたもので、最高裁は使用者側の上告を認めませんでした。そういう契約上の効力の問題はやはり残っています。
 いろいろな条項にもよりますが、例えば申立期間を不当に短くした場合はどうか、あるいは労働者側にコストを負担させるのはどこまでいいのかなど多種多様な主張がなされて、労働者側としてはあくまでもこの拘束力を否定するためにさまざまな申立てをしている段階です。基本的方向としてはオーケーになったのですけれども、個別のケースではまだハードルがあるということです。
 もう一つ、今年になって出されたWaffle Houseという事件の連邦最高裁の判決は、個人の労働者としてはそういう形で仲裁で我慢しなければいけないにしても、EEOCがタイトルセブン違反であるということで、その人についてバックペイを求めることは法律上の権限ですから、私的な仲裁によって影響されないという判断が出されていて、また新たな波紋を呼んでいるわけです。
 この辺はまさにホットなところですけれども、しかし大きな流れとしては個別労働者との事前の仲裁合意があって、これに基づいて処理がなされる方向にいくのだろうと思います。
 長くなりましたので、最後のアメリカ労働法の歴史的文脈について、簡単に説明したいと思います。

○菅野座長 申し訳ありません。短くされるか、あるいは休憩後に質問に答える形でお願い致します。

○中窪教授 それでは後でやらせていただきましょうか。

○菅野座長 それでは、ここで10分間休憩いたします。

(休  憩)

○菅野座長 それでは再開させていただきます。実は予定では4時半までとしていたようですが、少し延長をさせていただいて最大限4時50分には完全に終了することにいたしたいと思います。4時45分まで質問時間にいたしたいと思います。残り5分ほどは、今後の進め方についての御相談等がございます。
 それでは御質問いただきたいのですが、中窪先生、2~3分で最後のしめくくりをお願いいたします。

○中窪教授 それでは、最後のところを簡単に申し上げたいと思います。
 アメリカ労働法の歴史的文脈と申しますのは、何度も言いますように、アメリカは解雇自由原則がありまして、解雇が自由ということは、つまり雇用関係上の権利はあってもすぐに解雇できるわけですから、ほとんどないのが基本的な形になるわけです。そういう中で歴史的に見ましても、州や連邦の労働立法については最高裁が契約の自由を楯に違憲という形で阻害したものですから、アメリカの場合は労働法がたいへん過酷な基盤の上に立っているわけです。そういうときにアメリカ労働法のアプローチは、それを変えるというのではなく、その中にいわば違う世界をつくっていく形をとりました。
 ニューディールで団体交渉立法ができましたけれども、これは実は労働協約を結ばせてその中で自分たちで権利をつくり、紛争を解決していきなさいというものです。いわば外の真空の世界と労働協約の理性の世界の2つを対比するというのがアメリカのニューディール労働立法の一番基本的な原則だと私は考えています。そういう中で労働協約は、自分たちで労働条件を決め、協約上の権利を確保し、それについてエンフォースまで組み込まれている自己完結的な世界です。
 ところが、それが特に最近、組合の組織率が減って全体で15%、民間では1割あるかないかというところですので、大多数の人にとっては遠い世界になってしまった。他方で、アメリカの場合には雇用差別が大問題としてありますので、1960年代以降は個々人に差別されない権利を与える立法が増え、それからついにコモン・ローでもいわば法律上の権利が初めてここで認められた。
 アメリカは訴訟社会と言いますが、こと労働問題に関しては、昔は権利がない状態で訴訟しても仕方がなかったので訴訟は少なかったわけです。他方、協約上の権利については訴訟は要りません。そういう意味で近年の法律化、訴訟社会化、特に損害賠償によって多額の賠償を得て半分ぐらいは弁護士がとっていくというモデルが出てきたものですから、これで本当にいいのか、それよりは仲裁で解決すべきではないか、という声が強くなってくるわけです。ですから、1つの理想状態として協約上の労働仲裁があったとしますと、これを個人の世界で実現しようという善意の意図が一方であり、他方で、しかし本当に集団的な労働協約と同じようにそれがフェアなものとなり得るのかという疑問が出されている。そういう現状だと申し上げていいかと思います。
 最後に1つだけ、先ほどの記事のうち2つ目にWrongful Dischargeがありましたが、これはウィスコンシン州でパブリック・ポリシーの例外に当たるから解雇は不当だということで訴訟を起こしたのですが、この解雇は女性の夫が警察官で、酒酔い運転の車を止めたところ、それが上司の奥さんであった。その腹いせに解雇されたケースで、これはパブリック・ポリシーの例外に当たらない、解雇は有効であるという判断がなされています。アメリカのemployment at willがいかに過酷なものであるかということをぜひお知りいただきたくてここに掲載しましたので、よかったらお読みください。
 以上です。

○菅野座長 ありがとうございます。
 それでは、どうぞ御質問をいただきたいと思います。

○春日委員 職業裁判官と非職業裁判官が合議体で審理する点について伺いたいのですが、特にドイツとイギリスがその対象になると思います。例えばドイツの労働裁判所では名誉裁判官、イギリスのET審判所ではET審判官が審理に関与するということですが、どの程度審理に積極的に関与しているのか。例えば具体的な場面で申しますと、事実認定の場面とか、あるいは合議の場面、判決起棄とか幾つかの段階があると思いますが、それぞれの段階で非職業裁判官がどの程度積極的に関与しているのか。逆に言いますと、職業裁判官があらゆる面で主導権を握って手続を進めているという傾向があるのかないのかということをお伺いしたいと思います。
 それに関連しての質問ですが、例えばドイツでは最初に和解弁論の段階があって、そこで職業裁判官のみが和解の勧試をするということで、しかもお伺いしていると、あるいはレジュメを拝見しますと、かなり職権主義的といいますか、これは恐らく日本の裁判官と弁護士との力関係とはかなり違うのだろうと思うのですが、裁判官が社会的にも地位が高くて、弁護士に対してある種の強引な和解勧奨をするということがあるのではないかと、民事事件では一般的にあると言われていたりするものですから、その辺の関係をお伺いしたいと思います。
 以上です。

○毛塚教授 まず職業裁判官と非裁判官の仕事の仕方ですが、一審、二審、三審で印象は全部違いますね。一審段階ですと和解弁論は職業裁判官だけでやりますから、訴訟弁論になって初めて非職業裁判官が登場しますが、そのときにあらかじめ事案の書面を読んでくるか、送ってもらえるかというと、これはないわけです。要するにその当日になって来て、事案を読んで、場合によっては職業裁判官から説明を聞く。ただし、和解弁論も一日に10分おきに10件以上入りますけれども、訴訟弁論の方も一日に30~40分に1本ぐらい入ります。その事案は件数が多いだけに類型的というかルーティング化した紛争が多いということで、必ずしも難しい紛争ではないということです。ですから、当日聞いてもよろしい。その辺の関係で職業裁判官の一審レベルでの評価は人によって若干差があるのですが、私が今回行ったときの話で、合議の現場といいますか、ちょうど第1回の期日に口頭弁論が終わって次回の打ち合わせをするところをのぞかせてもらったのですが、そこは自由に発言し合ってかなり真剣に議論していました。ですから、職業裁判官が説明して後は黙ってウンウンと頷くという印象ではありませんでした。ただ、それはすべてのケースに当たるかどうかはわかりません。ただし、控訴審と最高裁、連邦労働裁判所では、どの方に聞いても職業裁判官の評価としては非常に助かるという話をおっしゃる方が多い。印象が低いのは一審です。前回1997年に聞いたときには若い方は、極端な話、面倒なので要らないという人もいました。今回は聞いた方に関してはそういう意見はなかったですね。
 2つ目の、職業裁判官のイニシアチブの話で、弁護士との関係でステータス云々が高いのではなかろうかと。そうではなくて、和解弁論それ自体が類型的な紛争なものですから、余り問題にならない。日本のように複雑な紛争が多いわけではありませんので、非常に事務的にこなして、要するに第1回の期日から和解で解決できるかどうかという形で職業裁判官が大体の目安、相場を話して、これでいけるかいけないかを確認して退室させ、両方を相談させて戻ってきて、両方がオーケーならそこでおしまい。両方がだめなら次回の期日を決めて次という形でやっていますから、職権的な運用なのですが、それが裁判官のステータス云々の感じとはちょっと別で、事案の性格がそういうふうにしているのだろうと思いました。

○小宮教授 私の方は、1つは私が審問のときに見ていた印象からすると、当然に訴訟の指揮は審判長がやるわけで尋問等をするのですが、その際、素人の審判員が何らかの質問をするということは、私の知る限りでは余りないと思われます。もう一つは、審問のときに審判長が自分のノートで主張等をメモしている。そういうことを審判長もしているんですね。さらに、事実をどれだけ細かく読んでいるかということですが、どうも審判長しか文書を細かく読んでいないということらしいです。ですから、そういう意味で恐らく大局的なところで労使関係に関する助言をすることに限られているのではないかと考えます。
 先ほど法務大臣の言葉を引用しましたが、1つは国民の信頼ということを言っているんですね。労使関係については、イギリスでは従来、1971年法の導入まで、ここで組合の不正、労働者の権利の保護が表面化してくるときですが、それまで裁判所で少なくとも労働者が使用者を訴える局面はせいぜいwrongful dismissalという解雇の問題で、予告手当というレベルの問題でしか出てこない。他方、使用者側が労働組合を訴えるケースは幾らでもあったわけです。そこで労使関係の安定化という形で1971年法が入ってくるのですが、そのために労働者も使えるような労働裁判所がイメージされていて、それによって労使関係の紛争を一定程度減らしていこうという意識がどこかにあったのだろうと思います。そういうことと結びついていて、労働者にも公正をイメージさせるような組織が必要だったのではないかと私は思います。

○石嵜委員 職業裁判官の熟練度、エキスパート性かどうかは別として、日本の場合、東京地裁に労働専門部があったとしても3年ぐらいで配転ということになるわけです。ドイツの場合は基本的に特別裁判所ですから、いったん労働裁判官として就任すれば別の専門の裁判所に配転されることはないのですか。

○毛塚教授 地区の労働裁判所と州の労働裁判所が同じ州ですから、州内において移転の可能性はありますが、基本的に労働裁判所内だけであって、ほかの裁判所に行くことはまずありません。

○石嵜委員 ちょっと俗っぽい話ですけれども、自分が1990年と2000年に労働裁判所に行き、また当地の弁護士とも会ったときに、裁判官でも労働裁判所の裁判官になるのは非常に有能な人というか、いわゆるランクが1つ上というような話があったのですが、こういう話はあるのでしょうか。

○毛塚教授 ランクが上というあたりは私はよくわからないのですが、職業裁判官の採り方は州によって大分違って、意識的に企業内の実務等をよく知っている人、そういう意味では研修も裁判所研修だけで終わりではなく、とりわけ企業内において労務関係その他の経験のある人を意識的にとっている州もありました。ただし、一般的には職業裁判官として訓練を積むということで、そういう人達が労使の参審裁判官がいるために自分たちとしては労働のことがよくわかると言うし、もう一つはアクセプタンス。要するに必ず言うのは一緒にいるから判決のアクセプタンスが非常に広がるという言い方で、特に連邦労働裁判所の裁判官の中で言うと州労働裁判所を経てきた人が多いですから、そういう経験からしてポジティブな評価が高いということですね。
 職業裁判官のグレードで言うと、それはわかりません。ただし、最初から労働裁判所に行くことを選んで来た人ばかりですから、その意味では比較的モチベーションは高いと思います。

○石嵜委員 関連ですが、ソリシターまたはバリスターでの7年以上の経験をして、今度は雇用審判所の裁判長になる。ここでまた将来コモン・ローの裁判所に配転されるということはあるのですか。

○小宮教授 そこはよくわかりませんが、少なくとも7年のソリシターの経験だけで審判所の審判長になるわけですね。ですから恐らく、ほかの裁判所よりもグレードは低いのではないかと思います。ただし控訴審判所に行くと、高等法院の裁判官は資格がなければいけませんから、当然これは動く可能性が予定されていると思います。

○毛塚教授 俗的なことですが、先ほど言いましたように、職業裁判官はほかの裁判所の裁判官に比べて、仲裁関係の副業ができるメリットはかなり大きいので、必然的に希望者は多いと思います。

○髙木委員 イギリスの雇用審判所の決定の執行力というか強行力といいますのは、非常に弱いものだとお聞きしたことがあるのですが、その辺は改善するような方向での議論はあるのですか。

○小宮教授 全くないですね。郡裁判所で執行するしか方法がないということなんですね。それについては、どうも向こうの議論の中ではほとんど見られないですね。それについて改善すべきだという指摘はありますが、それ以上はないようです。少なくとも法案の段階でもそれ以前のドキュメントの中でも出てこないですね。

○髙木委員 執行力が弱ければ幾ら迅速にやってもらっても、救済は実体的にならない。きちんと執行力を得ようとしたら、また別途の手続に移していかなければいけない。結果的に長い時間がかかるという問題につながってくるのではないですか。

○小宮教授 それはあると思います。ただ、それについての議論はイギリスの中では余り見受けられないのが現状だと思います。

○鵜飼委員 ETの判決が確定した場合、執行力はないのですか。

○小宮教授 ETに裁定の執行権限はないのです。

○鵜飼委員 その履行率はどの程度ですか。

○小宮教授 履行率の研究は、残念だけれども今どういうふうになっているか、持っていないんですね。

○毛塚教授 ACASはどうなのですか。

○小宮教授 執行権限はありません。

○毛塚教授 ACASがないので、ETの方へ持っていって、そこで執行力をもらうということではないのですか。

○小宮教授 いえ、ないのです。ですから履行しないもの、例えばETでは再雇用などの命令を出した場合、それに従わなければ賠償金というか補償金で調整するんですね。その補償金はそこで執行されるのかというと、そうではないんです。執行はあくまでも郡裁判所に行かなければいけないのです。

○鵜飼委員 それは日本でも間接的強制といいますか、なす債務についてはそういう間接的強制しかできませんが。

○小宮教授 今言ったのは補償金の問題ですから、イギリスの場合はなす債務が補償金になってしまうんです。だから、全部補償金なんです。

○鵜飼委員 判決で復職命令を出しても履行しない場合は間接的な強制の方法はないということですか。

○小宮教授 そうです。だから、あくまでも補償金の額に調整されるだけなのです。
 その点に少し触れさせていただきたいのですが。

○菅野座長 時間の関係がありますので、先に山口委員のご質問をお願いします。

○山口委員 ドイツの関係で迅速主義のお話がありまして、主張するのが基本的に2週間程度で、あとは全部シャットアウトというやり方がされているようですが、そういうやり方をすることについての当事者あるいは代理人からの不満がないかが1点。
 仮にそういうふうにした場合に、真実発見の要請からするとかえってそれが後退するのではないかという見方もあるかと思うのですが、そこについてはどのような意見になっているのでしょうか。

○毛塚教授 一般的に2週間に制限しているということではなくて、解雇に関する61条のAを見ますと、被告が答弁しないときには裁判長は2週間以内に証拠の提出書と答弁を求める。ですから一般的に制限するのではなく、何も対応しないときにそういう対応をとるということだと思います。

○山口委員 それにしても早い段階で主張なり立証は早くやらせて、基本的な後出しは認めないという審理スタンスなのでしょうか。

○毛塚教授 そうですね。

○山口委員 そのことについては当事者なり代理人も納得しているということでよろしいですか。

○毛塚教授 私の聞いた限りでは、そのことに関して短過ぎて日本で問題になるような形での不満は聞いたことはないのです。というのはドイツの多くの場合、解雇の理由もほとんど法律で決まっているものですから、それにかかわる立証作業も定型化されていることもありますので、それほど難しいことはないのかなという印象を持っていますが。

○菅野座長 まだ御質問もあるかと思いますが、時間の関係がありますので、今日は3つの豊富な内容のヒアリングを受けたということで、ここまでにいたしたいと思います。
 毛塚先生、小宮先生、中窪先生、お忙しい中本当にありがとうございました。
 それでは御退席いただき、私どもの次回の検討会の相談をさせていただきたいと思います。

〔ヒアリング対象者 退席〕

○菅野座長 それでは検討会の今後の日程について事務局からの御説明をお願いします。

○齋藤参事官 次回第9回は10月25日(金)午前10時から12時半までを予定しております。よろしくお願いします。中身は、中間論点整理に従いまして総論の議論をお願いしたいと考えております。

○菅野座長 私の方からの御相談なのですが、次回と次々回で中間的整理の論点項目の中の総論部分、1の「労働関係紛争処理の在り方について」を議論していただき、その次からいわば各論に入ることになっております。1の総論部分はごらんいただくと論点がかなり多いわけです。これを2回で議論して、それを通じて各論の課題の審議の順序や相互関係や審理の仕方などについて、ある程度方向を出していただく必要がありまして、そういう意味で2回の総論の議論は今後の当研究会の審議を実りあるものにするためにかなり重要な意味を持つと思われます。
 そこで、次回と次々回の総論の議論をできるだけ有意義なものにするために私の方から提案をさせていただきます。それは次回の進め方についてですが、次回の進め方は論点項目の中の(1)は一般的なバックグラウンドとして、(2)(3)を一まとめにして、要するに今後の労働関係紛争の動向をどのように見通し、その中で労働関係紛争処理制度の全体像をどのように描き、その中で各処理制度の相互の関係、特に裁判所の役割、裁判制度の役割についてまず1回、皆様の御意見をお伺いしたい。それが1ラウンドですが、次は(4)の労働関係紛争処理における特殊性・専門性の個所、労働関係紛争の特殊性・専門性についてどうお考えか、手続あるいは処理の仕方の特殊性・専門性についてどうお考えになるかについてもう1ラウンド、各委員から御意見をちょうだいして、次回ではこの辺について皆様から一通り御意見をいただいておいた方がいいのではないかと思います。
 そういう提案をさせていただいて、それを踏まえて次々回の進め方を考えさせていただければと思っておりますが、それでよろしいでしょうか。
 もしよろければ、そういうことで次回は各委員に御意見を準備していただきたいと思います。そういうことでよろしいでしょうか。
 それでは、次回の進め方はそのようにさせていただきまます。

○鵜飼委員 仲裁の問題なのですが、仲裁検討会の方で中間的な取りまとめがあって、この前も事務局からいろいろお話をお聞きしましたら、消費者問題についての特則を設けるという議論がされているようです。労働問題について先ほど来、諸外国の制度の報告にありましたように、本当に真意に基づく対等な立場で仲裁合意がされているかどうかということについて、消費者の問題と労働契約の問題は同じ構造だと思いますので、そういう意味では集団的労働関係紛争については労働関係調整法等で、当事者の労働組合と使用者の合意とか労働協約によって処理されることとなっていますが、果たして新仲裁法で、個別紛争についてすべてそれにゆだねることになった場合に、非常に大きな弊害が出てくるのではないかと心配するものですから、個別紛争について、新仲裁法において、消費者の特則と同じような特別な配慮が必要なのではないかと思います。次回、次々回の検討会は既にテーマが決まっておりますから、なかなか時間がないとは思いますが、仲裁制度は非常に大切な制度だと思いますので、その辺を何らかの方法で労働検討会で検討する場がないものか。あるいはそれ以外の方法で何とか労働事件の特殊性について仲裁検討会に対してメッセージを送る方法がないものか、それを検討していただきたいと思います。

○齋藤参事官 仲裁制度と労働事件の関係の問題につきましてはいろいろ問題が提起されてきておりますので、現在、仲裁検討会の担当ラインの方でも問題点の確認と、それにどう対応していくかということについての検討を大分進めていただいています。この検討会でもどう対応するかという点は、一定の御議論をいただくことにするかどうかということも含めて今、労働検討会の担当ラインとしても検討しておりますので、その対応について何らかの配慮をしていくようにしたいと思っております。

○鵜飼委員 よろしくお願いします。

○齋藤参事官 言い忘れましたが、後日、日経連作成の資料(「原点回帰 ダイバーシティ・マネジメントの方向性」)を郵送で委員の先生方皆さんに送付させていただきます。

○菅野座長 ほかにございますか。ないようでしたら本日の検討会はこれで終わります。長時間どうもありがとうございました。