第1回配付資料一覧

資料2

○ 司法制度改革審議会意見書(抜粋)

II 国民の期待に応える司法制度




第2 刑事司法制度の改革

 刑事司法の目的は、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障を全うしつつ、的確に犯罪を認知・検挙し、公正な手続を通じて、事案の真相を明らかにし、適正かつ迅速に刑罰権の実現を図ることにより、社会の秩序を維持し、国民の安全な生活を確保することにある。刑事手続は、その性質上、必然的に被疑者・被告人その他の関係者の権利の制約、制限を伴うものであるが、それは、こうした目的の下で、かつ適正な手続を経ることにより(憲法第31条以下の刑事手続に関する諸規定)、初めて正当化されるものである(すなわち、適正手続の保障の下で実体的真実の発見−事案の真相の解明−が求められているのであり、例えば、両者を相互に排斥し合うものとして位置付けたり、それを前提としていずれか一方のみを強調するような考え方は相当とは言えず、また、それらの要請を抽象的なレベルでのみとらえるだけで、直ちに具体的な制度の在り方が導き出されるものでもない。)。国民が期待するところも、刑事司法がこのような目的を十分かつ適切に果たしていくことにあると考えられる。
 刑事司法には、前記のとおり、今後の自由かつ公正な社会を支えるため、公正な手続を通じて、ルール違反に対する的確なチェック、効果的な制裁を科すことが一層強く求められることとなる。今後、我が国刑事司法を、国民の期待に応えその信頼を確保しうるものとするためには、そうした時代・社会の要請を見定めながら、上述した刑事司法の目的を常に念頭に置いて、関連する諸制度につき、現状の問題点を冷静かつ公正な視点から点検した上、被疑者・被告人の防御権の保障等憲法の人権保障の理念を踏まえ、適切な制度を構築していくことが必要である。
 そうした刑事司法全体の制度設計に当たり、刑事手続に一般の国民の健全な社会常識を直截に反映させうる具体的な仕組みを導入すること(後記Ⅳ「国民的基盤の確立」の第1の1.参照)は、刑事司法に対する国民の信頼を確保し、更にこれを高めていくために、不可欠であると考えられ、このことは司法の国民的基盤を確立するための方策の一環としても重要な意義を有するものと言わなければならない。

1. 刑事裁判の充実・迅速化

 刑事裁判の実情を見ると、通常の事件についてはおおむね迅速に審理がなされているものの、国民が注目する特異重大な事件にあっては、第一審の審理だけでも相当の長期間を要するものが珍しくなく、こうした刑事裁判の遅延は国民の刑事司法全体に対する信頼を傷つける一因ともなっていることから、刑事裁判の充実・迅速化を図るための方策を検討する必要がある。
 特に、一部の刑事事件の訴訟手続に国民参加の制度を新たに導入することとの関係で、その要請は一層顕著なものとなり、国民参加の対象とはならない事件をも含め、関連諸制度の見直しが緊要となる。
 その基本的な方向は、真に争いのある事件につき、当事者の十分な事前準備を前提に、集中審理(連日的開廷)により、裁判所の適切な訴訟指揮の下で、明確化された争点を中心に当事者が活発な主張立証活動を行い、効率的かつ効果的な公判審理の実現を図ることと、そのための人的体制の整備及び手続的見直しを行うことである。

  • 以下のような新たな準備手続を創設すべきである。
    • 第一回公判期日の前から、十分な争点整理を行い、明確な審理の計画を立てられるよう、裁判所の主宰による新たな準備手続を創設すべきである。
    • 充実した争点整理が行われるには、証拠開示の拡充が必要である。そのために、証拠開示の時期・範囲等に関するルールを法令により明確化するとともに、新たな準備手続の中で、必要に応じて、裁判所が開示の要否につき裁定することが可能となるような仕組みを整備すべきである。
  • 公判は原則として連日的に開廷するものとし、その実効性を確保するため必要な措置を講じるべきである。
  • 直接主義・口頭主義の実質化を図るため、関連諸制度の在り方を検討すべきである。
  • 充実・円滑な訴訟運営のため、裁判所の訴訟指揮の実効性を担保する具体的措置を検討すべきである。
  • 公的刑事弁護制度の整備を含め、弁護人が個々の刑事事件に専従できるような体制を確立するとともに、裁判所、検察庁の人的体制をも充実・強化すべきである。

 (1) 新たな準備手続の創設
 審理の充実・迅速化のためには、早期に事件の争点を明確化することが不可欠であるが、第一回公判期日前の争点整理に関する現行法令の規定は、当事者の打合せを促す程度のものにとどまり、実効性に乏しいことなどから、必ずしも十分に機能していない。
 また、検察官の取調べ請求予定外の証拠の被告人・弁護人側への開示については、これまで、最高裁判例の基準に従った運用がなされてきたが、その基準の内容や開示のためのルールが必ずしも明確でなかったこともあって、開示の要否をめぐって紛糾することがあり、円滑な審理を阻害する要因の一つになっていた。
 そうした現状を踏まえ、公判の充実・迅速化の観点から、次のような方向で具体的な方策を講じるべきである。


 以上のような制度の具体的な在り方を検討するに当たっては、予断排除の原則との関係にも配慮しつつ、当該手続における裁判所の役割・権限(証拠の採否等裁判所の判断の対象範囲や訴訟指揮の実効性担保のための措置等を含む。)や当事者の権利・義務の在り方についても検討されるべきである。また、証拠開示のルールの明確化に当たっては、証拠開示に伴う弊害(証人威迫、罪証隠滅のおそれ、関係者の名誉・プライバシーの侵害のおそれ)の防止が可能となるものとする必要がある。

 (2) 連日的開廷の確保等
 刑事裁判の本来の目的からすれば、公判は可能な限り連日、継続して開廷することが原則と言うべきである。このような連日的開廷は、訴訟手続への国民参加の制度を新たに導入する場合、ほとんど不可欠の前提となる。現在は、刑事訴訟規則において同旨の規定があるものの、実効性に欠けることから、例えば、法律上このことを明示することをも含め、連日的開廷を可能とするための関連諸制度の整備を行うべきである。
 これに加えて、第一審の審理期間を法定化すべきだとの意見もあるが、その要否については、連日的開廷との関係をも考慮しつつ、更に検討すべきである。

 (3) 直接主義・口頭主義の実質化(公判の活性化)
 伝聞法則(他人から伝え聞いたことを内容とする証言を証拠とすることや公判外でなされた話を記録した文書などを公判での証言に代えて用いることを原則として禁止するもの)等の運用の現状については異なった捉え方があるが、運用を誤った結果として書証の取調べが裁判の中心を占めるようなことがあれば、公判審理における直接主義・口頭主義(裁判所自らが、公判廷で証拠や証人を直接調べて評価し、当事者の口頭弁論に基づいて裁判をするという原則)を後退させ、伝聞法則の形骸化を招くこととなりかねない。
 この問題の核心は、争いのある事件につき、直接主義・口頭主義の精神を踏まえ公判廷での審理をどれだけ充実・活性化できるかというところにある。特に、訴訟手続への新たな国民参加の制度を導入することとの関係で、後述する裁判員の実質的な関与を担保するためにも、こうした要請は一層強いものとなる。争いのある事件につき、集中審理の下で、明確化された争点をめぐって当事者が活発に主張・立証を行い、それに基づいて裁判官(及び裁判員の参加する訴訟手続においては裁判員)が心証を得ていくというのが本来の公判の姿であり、それを念頭に置き、関連諸制度の在り方を検討しなければならない。

 (4) 裁判所の訴訟指揮の実効性の確保
 充実しかつ円滑な審理の実現のためには、裁判所と訴訟当事者(検察官、弁護人)が、それぞれ、訴訟運営能力、訴訟活動の質の向上を図りながら、基本的な信頼関係の下に、互いに協力し支え合っていく姿勢を持つ必要があることは当然である。
 それを前提として、裁判所が、充実・円滑な訴訟運営の見地から、必要な場合に、適切かつ実効性のある形で訴訟指揮を行いうるようにすることは重要であり、それを担保するための具体的措置の在り方を検討すべきである。

 (5) 弁護体制等の整備
 連日的開廷による充実かつ集中した審理を実現するためには、以下のとおり、弁護人を含む関係当事者の人的体制を整備すべきである。

 (6) その他(捜査・公判手続の合理化、効率化ないし重点化のために考えられる方策)
 争いのある事件とない事件を区別し、捜査・公判手続の合理化・効率化を図ることは、公判の充実・迅速化(メリハリの効いた審理)の点で意義が認められる。その具体的方策として、英米において採用されているような有罪答弁制度(アレインメント)を導入することには、被告人本人に事件を処分させることの当否や量刑手続の在り方との関係等の問題点があるとの指摘もあり、現行制度(略式請求手続、簡易公判手続)の見直しをも視野に入れつつ、更に検討すべきである。

2. 被疑者・被告人の公的弁護制度の整備

  • 被疑者に対する公的弁護制度を導入し、被疑者段階と被告人段階とを通じ一貫した弁護体制を整備すべきである。
  • 公的弁護制度の運営主体は、公正中立な機関とし、適切な仕組みにより、その運営のために公的資金を導入すべきである。
  • 弁護人の選任・解任は、現行の被告人の国選弁護制度と同様に裁判所が行うのが適切であるが、それ以外の運営に関する事務は、上記機関が担うものとすべきである。
  • 上記機関は、制度運営について国民に対する責任を有し、全国的に充実した弁護活動を提供しうる態勢を整備すべきである。殊に、訴訟手続への新たな国民参加の制度の実効的実施を支えうる態勢を整備することが緊要である。
  • 上記機関の組織構成、運営方法、同機関に対する監督等の在り方の検討に当たっては、公的資金を投入するにふさわしいものとするため、透明性・説明責任の確保等の要請を十分踏まえるべきである。
  • 公的弁護制度の下でも、個々の事件における弁護活動の自主性・独立性が損なわれてはならず、制度の整備・運営に当たってはこのことに十分配慮すべきである。
  • 弁護士会は、弁護士制度改革の視点を踏まえ、公的弁護制度の整備・運営に積極的に協力するとともに、弁護活動の質の確保について重大な責務を負うことを自覚し、主体的にその態勢を整備すべきである。
  • 障害者や少年など特に助力を必要とする者に対し格別の配慮を払うべきである。
  • 少年審判手続における公的付添人制度についても、積極的な検討が必要である。

 (1) 公的費用による被疑者・被告人の弁護制度(公的弁護制度)

  ア 導入の意義、必要性
 刑事司法の公正さの確保という点からは、被疑者・被告人の権利を適切に保護することが肝要であるが、そのために格別重要な意味を持つのが、弁護人の援助を受ける権利を実効的に担保することである。しかるに、資力が十分でないなどの理由で自ら弁護人を依頼することのできない者については、現行法では、起訴されて被告人となった以後に国選弁護人を付すことが認められているにとどまる。被疑者については、弁護士会の当番弁護士制度や法律扶助協会の任意の扶助事業によって、その空白を埋めるべく努力されてきたが、そのような形での対処には自ずと限界がある(関連して、少年事件の弁護士付添人についても、ほぼ同様の状況にある。)。これに加え、充実しかつ迅速な刑事裁判の実現を可能にする上でも、刑事弁護体制の整備が重要となる。このような観点から、少年事件をも視野に入れつつ、被疑者に対する公的弁護制度を導入し、被疑者段階と被告人段階とを通じ一貫した弁護体制を整備すべきである。

  イ 導入のための具体的制度の在り方
 以下の内容を考え方の基本として、具体的な制度の在り方とその条件につき幅広く検討した上、被疑者段階と被告人段階とを通じ一貫した弁護体制を整備すべきである。

 (2) 少年審判手続における公費による少年の付添人制度(公的付添人制度)
 少年法の改正(平成12年法律第142号)により、検察官が少年審判の手続に関与する場合における少年に対する国選付添人の制度が導入されたが、それ以外の場合の公的付添人制度についても、少年事件の特殊性や公的弁護制度の対象に少年の被疑者をも含める場合のバランスなどを考慮すると、積極的な検討が必要だと考えられる。その検討に当たっては、少年審判手続の構造や家庭裁判所調査官との役割分担、付添人の役割なども考慮される必要がある。

3. 公訴提起の在り方

検察審査会の一定の議決に対し法的拘束力を付与する制度を導入すべきである。

 検察官の起訴独占、検察官への訴追裁量権の付与は、全国的に統一かつ公平な公訴権の行使を確保し、また個々の被疑者の事情に応じた具体的妥当性のある処置を可能にするものであり、今後、国民の期待・信頼に応えうるよう、一層適正な運用が期待される。
 同時に、公訴権行使の在り方に民意をより直截に反映させていくことも重要である。検察審査会の制度は、まさに公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図るために設けられたものであり(検察審査員は選挙権者の中から抽選により選定される。)、国民の司法参加の制度の一つとして重要な意義を有しており、実際にも、これまで、種々の問題点を指摘されながらも、相当の機能を果たしてきた。このような検察審査会制度の機能を更に拡充すべく、被疑者に対する適正手続の保障にも留意しつつ、検察審査会の組織、権限、手続の在り方や起訴、訴訟追行の主体等について十分な検討を行った上で、検察審査会の一定の議決に対し法的拘束力を付与する制度を導入すべきである。

4. 新たな時代における捜査・公判手続の在り方

 我が国の社会・経済が急速な変化を遂げつつある今日、犯罪の動向も複雑化、凶悪化、組織化、国際化の度合いを強めているが、従来の捜査・公判手続の在り方ないし手法ではこれに十分対応し切れず、刑事司法はその機能を十分発揮し難い状況に直面しつつある。そこで、刑事司法がその本来の使命を適切に果たせるよう、人権保障に関する国際的動向も踏まえつつ、新たな時代における捜査・公判手続の在り方を検討しなければならない。

 (1) 新たな時代に対応しうる捜査・公判手続の在り方

  • 刑事免責制度等新たな捜査手法の導入については、憲法の人権保障の趣旨を踏まえながら、今後の我が国の社会・経済の変化やそれに伴う犯罪情勢・動向の変化等に応じた適切な制度の在り方を多角的な見地から検討すべきである。
  • 参考人の協力確保及び参考人保護のための方策についても、同様の視点から検討すべきである。
  • 国際捜査・司法共助制度については、適正手続の保障の下、今後一層拡充・強化すべきである。

  ア 刑事免責制度等の新たな捜査手法の導入

   (ア) 刑事免責制度の導入の是非
 刑事免責制度により供述を確保する捜査方法の導入は、組織的犯罪等への有効な対処方策であると認められる(組織の実態、資金源等についての供述を得る有効な手段となりうる。)。一方で、我が国の国民の法感情、公正感に合致するかなどの問題もあり、直ちに結論を導くことは困難であって、多角的な見地から検討すべき課題である。

   (イ) 参考人の協力確保のための方策、参考人保護のための方策
 刑事司法にとって参考人の協力が欠かせないことは論をまたず、今後の社会の変化の中で参考人の協力を確保するための方策が一層重要となる。現行法上の起訴前証人尋問制度の拡充という方法も視野に入れつつ、種々の観点から十分に検討すべきである。
 他方で、参考人の協力を確保する前提として、協力した参考人には適切な保護が与えられることが必要であり、参考人保護のための方策も併せて検討すべきである。

  イ 国際捜査・司法共助制度の拡充強化
 前述のとおり犯罪の国際化等が今後一層進展し、各国が協調して犯罪の予防及び撲滅へ効果的・効率的に取り組んでいく必要性がつとに指摘されていることを踏まえ、今後、適正手続の保障の下、国際捜査・司法共助制度を一層拡充・強化すべきである。

 (2) 被疑者・被告人の身柄拘束に関連する問題

  • 被疑者・被告人の不適正な身柄拘束を防止・是正するため、今後も、刑事手続全体の中で、制度面、運用面の双方において改革、改善のための検討を続けるべきである。
  • 被疑者の取調べの適正さを確保するため、その取調べ過程・状況につき、取調べの都度、書面による記録を義務付ける制度を導入すべきである。

  ア 被疑者・被告人の身柄拘束に関して指摘されている問題点への対応
 被疑者・被告人の身柄拘束に関しては、代用監獄の在り方、起訴前保釈制度、被疑者と弁護人の接見交通の在り方、令状審査、保釈請求に対する判断の在り方など種々の問題の指摘がある(国際人権規約委員会の勧告等)。そうした指摘をどのように受け止めるかについては、現状についての評価の相違等に起因して様々な考え方がありうることから、直ちに具体的結論を得ることは困難である。しかしながら、我が国の刑事司法が適正手続の保障の下での事案の真相解明を使命とする以上、被疑者・被告人の不適正な身柄拘束が防止・是正されなければならないことは当然である。それらの問題指摘の背景にある原因等を慎重に吟味しながら、今後とも、刑事手続全体の中で、制度面、運用面の双方において改革、改善のための検討を続けるべきである。

  イ 被疑者の取調べの適正さを確保するための措置について
 被疑者の取調べは、それが適正に行われる限りは、真実の発見に寄与するとともに、実際に罪を犯した被疑者が真に自己の犯行を悔いて自白する場合には、その改善更生に役立つものである。
 しかしながら、他方において、被疑者の自白を過度に重視する余り、その取調べが適正さを欠く事例が実際に存在することも否定できない。我が国の刑事司法が適正手続の保障の下での事案の真相解明を使命とする以上、被疑者の取調べが適正を欠くことがあってはならず、それを防止するための方策は当然必要となる。
 そこで、被疑者の取調べ過程・状況について、取調べの都度、書面による記録を義務付ける制度を導入すべきである。制度導入に当たっては、記録の正確性、客観性を担保するために必要な措置(例えば、記録すべき事項を定めて定式的な形で記録させた上、その記録を後日の変更・修正を防止しうるような適切な管理体制の下で保管させるなどの方法が考えられる。)を講じなければならない。
 これに加え、取調べ状況の録音、録画や弁護人の取調べへの立会いが必要だとする意見もあるが、刑事手続全体における被疑者の取調べの機能、役割との関係で慎重な配慮が必要であること等の理由から、現段階でそのような方策の導入の是非について結論を得るのは困難であり、将来的な検討課題ととらえるべきである。
 なお、こうした方策のいかんにかかわらず、前述の被疑者に対する公的弁護制度が確立され、被疑者と弁護人との接見が十分なされることにより、取調べの適正さの確保に資することになるという点は重要であり、そのような意味からも、その充実が図られるべきである。

5. 犯罪者の改善更生、被害者等の保護

  • 刑事司法が犯罪者の改善更生に果たしてきた役割は重要であり、犯罪者の矯正処遇、更生保護に関わる制度及び人的体制の充実には十分な配慮を払うべきである。
  • 刑事手続の中で被害者等の保護・救済に十分な配慮をしていくべきであり、そのために必要な検討を行うべきである。併せて、被害者等への精神的、経済的ケアをも含めて幅広い社会的な支援体制を整備することが必要である。

 我が国の刑事司法は、犯罪者が社会復帰を果たし、再び犯罪を犯さないようにその改善更生を図っていく上でも、重要な役割を果たしている。それは、当該犯罪者自身の福利に役立つのみならず、社会の平穏な秩序を維持し、国民生活の安全を確保することにも寄与するものである。今後の社会においても、こうした役割は更に重要性を増すものと考えられ、犯罪者の矯正処遇、更生保護に関わる制度及び人的体制の充実には十分な配慮を払うべきである。
 更生保護においては、保護司が、保護観察官とともに、重要な役割を果たしてきたが、民間ボランティアとして無報酬で更生保護関係の事務に従事するという点で、刑事司法への国民参加の制度としての意味をも有している。しかし、保護司の高齢化など適任者を確保することの困難さ等が指摘されており、この制度を更に充実させるため、実費弁償の在り方を含め、国民の幅広い層から保護司の適任者を確保するための方策を検討すべきである。
 一方、刑事司法においては、従来、被害者の権利保護という視点が乏しかった面があるが、近時、この問題に対する社会的関心が大きな高まりを見せ、被害者やその遺族に対する一層の配慮と保護の必要性が改めて認識され、そのための諸施策が講じられつつある(犯罪被害者対策関係省庁連絡会議の設置、いわゆる犯罪被害者保護に関する二法の成立など)。刑事手続の中で被害者等の保護・救済に十分な配慮をしていくことは、刑事司法に対する国民の信頼を確保する上でも重要であり、今後も一層の充実を図るため、必要な検討を行うべきである。この問題については、刑事司法の分野のみにとどまらず、被害者等への精神的、経済的ケアをも含めて、幅広い社会的な支援体制を整備することが必要である。

IV 国民的基盤の確立




 21世紀の我が国社会において、国民は、これまでの統治客体意識に伴う国家への過度の依存体質から脱却し、自らのうちに公共意識を醸成し、公共的事柄に対する能動的姿勢を強めていくことが求められている。国民主権に基づく統治構造の一翼を担う司法の分野においても、国民が、自律性と責任感を持ちつつ、広くその運用全般について、多様な形で参加することが期待される。国民が法曹とともに司法の運営に広く関与するようになれば、司法と国民との接地面が太く広くなり、司法に対する国民の理解が進み、司法ないし裁判の過程が国民に分かりやすくなる。その結果、司法の国民的基盤はより強固なものとして確立されることになる。
 国民が司法に参加する場面において、法律専門家である法曹と参加する国民は、相互の信頼関係の下で、十分かつ適切なコミュニケーションをとりながら協働していくことが求められる。司法制度を支える法曹の在り方を見直し、国民の期待・信頼に応えうる法曹を育て、確保していくことが必要である。国民の側も積極的に法曹との豊かなコミュニケーションの場を形成・維持するように努め、国民のための司法を国民自らが実現し支えていくことが求められる。
 そもそも、司法がその機能を十全に果たすためには、国民からの幅広い支持と理解を得て、その国民的基盤が確立されることが不可欠であり、国民の司法参加の拡充による国民的基盤の確立は、今般の司法制度改革の三本柱の一つとして位置付けることができる。
 また、司法参加の場面で求められる上記のような法曹と国民との十分かつ適切なコミュニケーションを実現するためには、司法を一般の国民に分かりやすくすること、司法教育を充実させること、さらに、司法に関する情報公開を推進し、司法の国民に対する透明性を向上させることなどの条件整備が必要である。

第1 国民的基盤の確立(国民の司法参加)

 我が国において、昭和3年から同18年までの間、刑事訴訟事件の一部について陪審制度(ただし、陪審の答申は裁判所を拘束しない。)が実施されていた。現行の司法参加に関する制度を見ると、調停委員、司法委員、検察審査会等の制度があり、これまで相当の機能を果たしてきたものの、司法全体としては、国民がその運営に対し参加しうる場面はかなり限定的である上、参加の場面で国民に与えられている権限もまた限定的であると言える(なお、裁判所法第3条第3項参照)。司法への国民の主体的参加を得て、司法の国民的基盤をより強固なものとして確立するため、以下のとおり、これら現行の参加制度の改革を含め、裁判手続、裁判官の選任過程並びに裁判所、検察庁及び弁護士会の運営など様々な場面における適切な参加の仕組みを整備する必要がある。

1. 刑事訴訟手続への新たな参加制度の導入

刑事訴訟手続において、広く一般の国民が、裁判官とともに責任を分担しつつ協働し、裁判内容の決定に主体的、実質的に関与することができる新たな制度を導入すべきである。

 訴訟手続は司法の中核をなすものであり、訴訟手続への一般の国民の参加は、司法の国民的基盤を確立するための方策として、とりわけ重要な意義を有する。 すなわち、一般の国民が、裁判の過程に参加し、裁判内容に国民の健全な社会常識がより反映されるようになることによって、国民の司法に対する理解・支持が深まり、司法はより強固な国民的基盤を得ることができるようになる。このような見地から、差し当たり刑事訴訟手続について、下記(1)ないし(4)を基本的な方向性とし、広く一般の国民が、裁判官とともに責任を分担しつつ協働し、裁判内容の決定に主体的、実質的に関与することができる新たな制度を導入すべきである(参加する国民を仮に「裁判員」と称する。)。
 具体的な制度設計においては、憲法(第六章司法に関する規定、裁判を受ける権利、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利、適正手続の保障など)の趣旨を十分に踏まえ、これに適合したものとしなければならないことは言うまでもない。
 また、この制度が所期の機能を発揮していくためには、国民の積極的な支持と協力が不可欠となるので、制度設計の段階から、国民に対し十分な情報を提供し、その意見に十分耳を傾ける必要がある。実施段階でも、制度の意義・趣旨の周知徹底、司法教育の充実など制度を円滑に導入するための環境整備を行わなければならない。実施後においても、当初の制度を固定的にとらえることなく、その運用状況を不断に検証し、国民的基盤の確立の重要性を踏まえ、幅広い観点から、必要に応じ、柔軟に制度の見直しを行っていくべきである。
 なお、刑事訴訟手続以外の裁判手続への導入については、刑事訴訟手続への新制度の導入、運用の状況を見ながら、将来的な課題として検討すべきである。

 (1) 基本的構造

  • 裁判官と裁判員は、共に評議し、有罪・無罪の決定及び刑の量定を行うこととすべきである。裁判員は、評議において、裁判官と基本的に対等の権限を有し、審理の過程においては、証人等に対する質問権など適当な権限を有することとすべきである。
  • 一つの裁判体を構成する裁判官と裁判員の数及び評決の方法については、裁判員の主体的・実質的関与を確保するという要請、評議の実効性を確保するという要請等を踏まえ、この制度の対象となる事件の重大性の程度や国民にとっての意義・負担等をも考慮の上、適切な在り方を定めるべきである。
  • ただし、少なくとも裁判官又は裁判員のみによる多数で被告人に不利な決定をすることはできないようにすべきである。

  ア 裁判官と裁判員との役割分担の在り方
 裁判員が関与する意義は、裁判官と裁判員が責任を分担しつつ、法律専門家である裁判官と非法律家である裁判員とが相互のコミュニケーションを通じてそれぞれの知識・経験を共有し、その成果を裁判内容に反映させるという点にある。このような意義は、犯罪事実の認定ないし有罪・無罪の判定の場面にとどまらず、それと同様に国民の関心が高い刑の量定の場面にも妥当するので、いずれにも、裁判員が関与し、健全な社会常識を反映させることとすべきである。また、裁判官と裁判員との相互コミュニケーションによる知識・経験の共有というプロセスに意義があるのであるから、裁判官と裁判員は、共に評議し、有罪・無罪の決定及び刑の量定を行うこととすべきである(ただし、法律問題、訴訟手続上の問題等専門性・技術性が高いと思われる事項に裁判員が関与するか否かについては、更なる検討が必要である。)。
 裁判員が裁判官とともに責任を分担しつつ裁判内容の決定に主体的・実質的に関与することを確保するため、裁判員は、評議においても、裁判官と基本的に対等の権限を有するものとするほか、審理の過程において、証人等に対する質問権など適当な権限を与えられるべきである。

  イ 裁判体の構成・評決の方法
 一つの裁判体を構成する裁判官と裁判員の数及び評決の方法については、相互に関連するので、併せて検討する必要があるが、裁判員の主体的・実質的関与を確保するという要請、評議の実効性を確保するという要請等を踏まえ、この制度の対象となる事件の重大性の程度や国民にとっての意義・負担等をも考慮の上、適切な在り方を定めるべきである。
 すなわち、裁判員の主体的・実質的関与を確保するという要請からは、裁判員の意見が評決結果に影響を与えうるようにする必要がある。この関係で、裁判員の数も一つの重要な要素ではあるが、公判審理の進め方や評決方法などとも関連するので、これらと合わせて、裁判員の主体的・実質的関与の確保を図るべきである。
 評議の実効性を確保するという要請からは、裁判体の規模を、実質的内容を伴った結論を導き出すために、裁判官及び裁判員の全員が十分な議論を尽くすことができる程度の員数とする必要がある。その数がどれ程であるかについては、評議の進め方や評決方法とも関連するので、これらの点をも合わせて検討すべきである。
 ただし、裁判官と裁判員とが責任を分担しつつ協働して裁判内容を決定するという制度の趣旨、裁判員の主体的・実質的関与を確保するという要請を考慮すると、少なくとも、裁判官又は裁判員のみによる多数で被告人に不利な決定(有罪の判定など)をすることはできないようにすべきである。

 (2) 裁判員の選任方法・裁判員の義務等

  • 裁判員の選任については、選挙人名簿から無作為抽出した者を母体とし、更に公平な裁判所による公正な裁判を確保できるような適切な仕組みを設けるべきである。裁判員は、具体的事件ごとに選任され、一つの事件を判決に至るまで担当することとすべきである。
  • 裁判所から召喚を受けた裁判員候補者は、出頭義務を負うこととすべきである。

  ア 裁判員の選任方法
 新たな参加制度においては、原則として国民すべてが等しく、司法に参加する機会を与えられ、かつその責任を負うべきであるから、裁判員の選任については、広く国民一般の間から公平に選任が行われるよう、選挙人名簿から無作為抽出した者を母体とすべきである。その上で、裁判員として事件を担当するにふさわしい者を選任するため、公平な裁判所による公正な裁判を確保できるような適切な仕組み(欠格・除斥事由や忌避制度等)を設けるべきである。できるだけ多くの国民が参加する機会を与えられ、裁判員となる者の負担を過当なものにしないため、裁判員は、具体的事件ごとに選任され、一つの事件を判決に至るまで担当した上、それをもって解任されるものとすべきである。

  イ 裁判員の義務等
 裁判員選任の実効性を確保するためには、裁判所から召喚を受けた裁判員候補者は出頭義務を負うこととすべきである。ただし、健康上の理由などやむを得ないと認められる事情により出頭できない場合や、過去の一定期間内に裁判員に選任された場合など一定の場合には、その義務を免除されるものとすべきである。
 裁判員が、裁判官と同様、評議の内容等職務上知ることのできた秘密に関する守秘義務を負うべきことや、裁判員及び裁判員候補者が、それぞれ相当額の旅費・手当等の支給を受けられるようにすべきことは当然である。その他、裁判員の職務の公正さの確保や、裁判員の安全保持などのためにとるべき措置についても更に検討する必要がある。

 (3) 対象となる刑事事件
  • 対象事件は、法定刑の重い重大犯罪とすべきである。
  • 公訴事実に対する被告人の認否による区別は設けないこととすべきである。
  • 被告人が裁判官と裁判員で構成される裁判体による裁判を辞退することは、認めないこととすべきである。

 新たな参加制度の円滑な導入のためには、刑事訴訟事件の一部の事件から始めることが適当である。その範囲については、国民の関心が高く、社会的にも影響の大きい「法定刑の重い重大犯罪」とすべきである。「法定刑の重い重大犯罪」の範囲に関しては、例えば、法定合議事件、あるいは死刑又は無期刑に当たる事件とすることなども考えられるが、事件数等をも考慮の上、なお十分な検討が必要である。
 有罪・無罪の判定にとどまらず、刑の量定にも裁判員が関与することに意義が認められるのであるから、公訴事実に対する被告人の認否による区別を設けないこととすべきである。
 新たな参加制度は、個々の被告人のためというよりは、国民一般にとって、あるいは裁判制度として重要な意義を有するが故に導入するものである以上、訴訟の一方当事者である被告人が、裁判員の参加した裁判体による裁判を受けることを辞退して裁判官のみによる裁判を選択することは、認めないこととすべきである。
 なお、例えば、裁判員に対する危害や脅迫的な働きかけのおそれが考えられるような組織的犯罪やテロ事件など、特殊な事件について、例外的に対象事件から除外できるような仕組みを設けることも検討の余地がある。

 (4) 公判手続・上訴等
  • 裁判員の主体的・実質的関与を確保するため、公判手続等について、運用上様々な工夫をするとともに、必要に応じ、関係法令の整備を行うべきである。
  • 判決書の内容は、裁判官のみによる裁判の場合と基本的に同様のものとすべきである。
  • 当事者からの事実誤認又は量刑不当を理由とする上訴(控訴)を認めるべきである。

  ア 公判手続
 裁判員が訴訟手続に参加する場合でも、裁判官である裁判長が訴訟手続を主宰し、公判で訴訟指揮を行うことに変わりはない。
 裁判員にとって審理を分かりやすいものとするため、公判は可能な限り連日、継続して開廷し、真の争点に集中した充実した審理が行われることが、何よりも必要である。そのためには、適切な範囲の証拠開示を前提にした争点整理に基づいて有効な審理計画を立てうるような公判準備手続の整備や一つの刑事事件に専従できるような弁護体制の整備が不可欠となる。非法律家である裁判員が公判での証拠調べを通じて十分に心証を形成できるようにするために、口頭主義・直接主義の実質化を図ることも必要となる。これらの要請は、刑事裁判手続一般について基本的に妥当するものではあるが(前記Ⅱ「国民の期待に応える司法制度」の第2の1.参照)、裁判員が参加する手続については、裁判員の主体的・実質的関与を確保する上で、殊のほか重要となる。そのため、裁判官のみによる裁判の場合への波及の可能性をも視野に置きながら、運用上様々な工夫をするとともに、必要に応じ、関係法令の整備を行うべきである。

  イ 判決書
 判決の結論の正当性をそれ自体として示し、また、当事者及び国民一般に説明してその納得や信頼を得るとともに、上訴による救済を可能ないし容易にするため、判決書には実質的な理由が示されることが必要である。裁判員が関与する場合でも、判決書の内容は、裁判官のみによる裁判の場合と基本的に同様のものとし、評議の結果に基づき裁判官が作成することとすべきである。

  ウ 上訴
 裁判員が関与する場合にも誤判や刑の量定についての判断の誤りのおそれがあることを考えると、裁判官のみによる判決の場合と同様、有罪・無罪の判定や量刑についても当事者の控訴を認めるべきである。控訴審の裁判体の構成、審理方式等については、第一審の裁判体の構成等との関係を考慮しながら、更に検討を行う必要がある。

2. その他の分野における参加制度の拡充

国民の司法参加を拡充するため、以下の方策を実施すべきである。
  • 専門委員制度の導入、調停委員、司法委員及び参与員制度の拡充
  • 検察審査会制度の拡充、保護司制度の拡充
  • 裁判官の指名過程に国民の意思を反映させる機関の新設
  • 裁判所、検察庁及び弁護士会の運営について国民の意思をより反映させる仕組みの整備

 司法の国民的基盤をより強固なものとして確立するためには、前記のとおり、司法の様々な場面における適切な参加の仕組みを整備する必要がある。上記刑事訴訟手続への新たな参加制度以外の諸方策の要旨は以下のとおりである(その詳細はそれぞれ関係箇所に記載したとおり)。

 (1) 民事司法制度
 各種専門領域における非法曹の専門家が、専門委員として、その分野の専門技術的見地から、裁判の全部又は一部に関与し、裁判官をサポートする専門委員制度について、選任方法や手続への関与の在り方等の点で裁判所の中立・公平性を損なうことのないよう十分配慮しつつ、それぞれの専門性の種類に応じて、導入の在り方を検討すべきである(前記Ⅱ「国民の期待に応える司法制度」の第1の2.(1)参照)。
 民事・家事調停委員、司法委員及び参与員について、その選任方法の見直しを含め、年齢、職業、知識、経験等において多様な人材を確保するための方策を講じるべきである(同第1の5.(2)参照)。
 家庭関係事件の家庭裁判所への移管に伴い、参与員制度を拡充すべきである(同第1の5.(1)参照)。

 (2) 刑事司法制度
 検察審査会の一定の議決に対し法的拘束力を付与する制度を導入すべきである(同第2の3.参照)。
 国民の幅広い層から保護司の適任者を確保するための方策を検討すべきである(同第2の5.参照)。

 (3) 裁判官制度
 最高裁判所が下級裁判所の裁判官として任命されるべき者を指名する過程に国民の意思を反映させるため、最高裁判所に、その諮問を受け、指名されるべき適任者を選考し、その結果を意見として述べる機関を設置すべきである(前記Ⅲ「司法制度を支える法曹の在り方」の第5の2.参照)。

 (4) その他
 裁判所、検察庁及び弁護士会の運営について国民の意思をより反映させる仕組みを整備すべきである(同第3の6.、第4の2.、第5の4.参照)。