髙木氏、小島氏、水口氏、石嵜氏から提出資料に基づき意見陳述がされ、厚生労働省から参考資料14に基づき説明がされた後、個別労働紛争に関する仲裁の特則について、次のような質疑応答及び意見交換がされた。
△仲裁は裁判を受ける権利とも関係するし、執行力等の強力な効力を持つ。極力、当事者が納得をして真意に基づいて手続に入るようにする必要がある。とりわけ個別労使紛争は当事者間の力関係の格差が大きいことが多い。仲裁に入る時点だけでなく、仲裁人・仲裁機関の選定や仲裁手続にも配慮が必要である。
労働協約の場合は認めてよいとする意見もあるが、労働者一人一人が仲裁を選ぶかどうかであり、協約で規定されていても、労働者が紛争発生後に真意に基づく了解をすることが必要である。
△仲裁もADRの一つとして育成し、利用者の選択肢を増やすべきである。ただし、制度はあくまで利用者のためのものであり、簡易・公正かつ納得性の高い解決のための人的・物的基盤整備も考える必要がある。
どういう仲裁人・仲裁機関ができ、どういう結果となるかが予測できない現状では、法律を整備しただけで仲裁が増えるとは思われない。これを前提とすれば、労働分野を別扱いする必要はない。どうしても特則が必要なら、アクセスを禁じるのではなく、不適格な仲裁機関を制限する等の方策を採る方がよい。
△雇用の流動化や、年俸制や成果主義等の個別人事評価が広まっていく傾向にあり、仲裁制度が整備されれば、個々の労働者の苦情・不満を企業の実情を反映して解決する仲裁は活用されていくと思われ、仲裁制度を一律に否定するものではない。しかし、使用者が仲裁合意を採用条件にした場合に、対等な交渉力を持たない労働者の裁判を受ける権利が奪われる危険性は直視すべきである。
制約方法は、検討会資料35のB案(事後合意限定説)が妥当である。C案(解除権説)は、確かに労働者の保護に厚いが、継続的契約である労働契約において、労働者が解除権を自由に行使しうるかに疑問がある。
△企業が円滑に動くためには労使の信頼関係が必要である。賃金や配転に関する紛争のような利益紛争は、裁判よりも仲裁で、迅速にかつ信頼関係を維持する方向で解決する方がダメージが少ない。使用者が一応優位に立つことも、継続的契約関係であることも確かだが、しかし、労働者に不利益である出向も、入社時の合意であっても、真意に基づくと認められれば拘束力が生じるように、入社時の仲裁合意も、当事者が真意に基づいて契約したと評価できるのなら、有効性を認めてよい。何らかの形式を要求し、かつ使用者が説明することによって真意を確保することが必要であろう。
ただし、解雇に関する紛争は、労働関係の継続を前提としない権利義務紛争である点で他の労働紛争と異なる。解雇だけは解除権を認めてよい。この場合、使用者であっても零細企業等、交渉力が強いとはいえない者もいるから、労使双方に解除権を認めるべきである。
○労働紛争の場合に、話し合いが決裂して訴訟を提起する場面であっても、労働者が解除権を行使するのは難しいのか。
△すべてがそうだというわけではないが、雇われる立場としての心理状態を考えると、弊害が生じることが懸念される。
△労働紛争は範囲が広く、労働者が採用時にそのすべてを想定した上で仲裁に合意することは想定できない。
△労働者側が一律に弱い立場というわけではなく、妙な条件の労働契約を提示したら有為な人材を採用できない。教科書的議論を前提とするのは疑問である。
△仲裁の実績が積み重ねられれば変わってくると思うが、現状では、力の強い使用者側に有利になることを危惧する向きは多い。
○人的・物的基盤の整備は法律の問題ではなく、ニーズに応えられる仲裁機関がないことを理由に将来の紛争に関する仲裁合意を無効にするのは妥当ではない。また、交渉力に類型的に格差があることによる弊害は仲裁合意に限らないから、仲裁法でなく労働関係の一般法で整備すべき問題である。
△労働関係は、使用者との関係を崩すと労働者やその家族の生活が成り立たなくなる点で、他の契約関係とは大きく異なる。また、日本の労働関係は、完全雇用制、雇用助成政策等であり、雇用の流動性、解雇自由を前提とするアメリカの労働関係とも異なる。これらの特殊性を踏まえて検討すべきである。
△弁護士会の仲裁センターは、使用者側は評価している。結果が有利だったからではなく、高名な人に仲裁人になってもらえた、話を親身に聞いてもらえた、法解釈で決めるのでなくどういう結論が双方にとってプラスになるかの観点から考えてくれた等が評価の理由と聞いている。要は制度の中身であり、仲裁はだめだと頭から決めつけるのは妥当ではない。
○将来的には労働仲裁が活用される可能性がある、仲裁が望ましい紛争もあるというのは共通認識と思う。紛争発生前の仲裁合意を完全に無効とするのは時期尚早である。しかし、労働契約が消費者契約に比べてもなお従属性が否定できないとすれば、紛争発生前の仲裁合意が真意でない可能性は否定できず、他の契約と同じように合意に拘束されるとするのも妥当ではない。
△仲裁制度が整備されれば紛争解決の仕組みが多元化する、不当な機関は自然淘汰される、迅速な解決等は労働者にとってもメリットであるというのはそのとおりだろうが、だから心配するなと言われても納得できない。
△使用者としても、労使関係の継続を前提とする賃金や出向の紛争は、信頼関係を破壊せずに迅速に解決したいと考えている。また、労働契約継続中に被用者が使用者を相手取って裁判や仲裁を起こすのは、紛争発生後であっても困難であるはずだから、紛争発生後の合意に弊害がないのなら、将来の紛争に関する仲裁合意も、当事者の真意を担保できる形であれば有効にしてよいと考える。
△個別労働紛争の仲裁は、企業の実情に詳しい者の判断を仰げる等の有用性があり、大きな可能性を秘めている。スキームを作るとすれば採用時の事前合意が典型的な形となるであろうから、将来の紛争に関する仲裁合意を全面的に無効として労働仲裁の芽を摘むのは適切ではない。
しかし、労働者の大勢は採用時には弱い立場にあり、仲裁合意の方式のみを規制することで懸念を払拭することはできない。また、個別労働紛争仲裁の発展には機関等のインフラ整備が重要となるが、その点の検討も必要である。
暫定的に、将来の紛争に関する仲裁合意の効力を当面は無効としておき、労働関係についての検討を早急に行うのがよい。
○すぐに結論を出して仲裁法に規定するのでは検討が不十分になるので、当面の暫定的措置とすることには賛成だが、現行法上は将来の紛争に関する仲裁合意も有効なのだから、当面は有効とするが早急に見直すという形はどうか。
△このような議論がされている中で当面有効とするのでは、事前の仲裁合意に対する労働者側の懸念を否定できない。
○労働仲裁をどうするかは、労働紛争解決のシステム全体に関わる問題である。例えば、フランスは労働仲裁を禁止するが、労使双方が関与する労働審判所が実質的には仲裁の役割を担っている。システム全体を見据えた議論をすべきであり、最終的な結論は、労働検討会の議論等も踏まえた上で、しかるべきところで検討していただくのが妥当である。
暫定的措置としては、労働者側の懸念に一応の合理性があるので、暫定的に無効とするのがよい。
□今日の議論を踏まえて、更に引き続き検討することとしたい。