第2回配布資料一覧

本東委員提出資料

仲裁合意の承継について

平成14年3月11日
国土交通省中央建設工事紛争審査会事務局
紛争調整官  本 東  信


 標記の件に関する中央建設工事紛争審査会におけるこれまでの実例及び解釈は以下のとおりです。なお、解釈については審査会としての確立した解釈ではなく、小職の私見を含んでいることをご承知おきください。

(1) 当事者の死亡、法人の合併等包括承継の場合

【実例】昭和62年(仲)第6号・第7号併合事件
○請負人が発注者の相続人に対して工事残代金及び追加工事代金の請求を、発注者の相続人が請負人に対して瑕疵及び工事遅延等による損害賠償請求を、それぞれ行った事例

(経過)
・S51.3.4発注者と請負人の間に仲裁合意が成立(請負契約締結と同時)
・S52.7.20工事完成・引渡し、請負代金の一部支払
・S52.8.8発注者が死亡、妻と子が相続
・S55.5月相続人から請負代金の一部支払
・S62.12.11請負人が中央建設工事紛争審査会に対して申請(第6号事件)
・S62.12.24相続人が中央建設工事紛争審査会に対して申請(第7号事件)
・H5.8.24仲裁判断

(注)本件では、相続によって仲裁合意が承継されること自体は争点にならなかったが、発注者の相続人である妻と子は、「発注者の死亡による遺産相続については、家庭裁判所における遺産分割調停により、被相続人の妻が本件建物及びその敷地並びに本件工事請負契約に関する債権債務の一切を相続したものである。したがって、被相続人の子は本件工事請負契約に関する債務の承継人ではないから仲裁合意も承継していない。」と主張した。
 この点について、仲裁判断においては、「この遺産分割協議は第三者である債権者(請負人)には対抗できないから、妻とともに子も法定相続分により本件工事残代金等の支払義務を負うべきものである。」として、子についても仲裁合意の承継を認めた。

(2) 特定承継の場合

【実例】見当たらなかった

【解釈】請負契約上の地位が一括して譲渡された場合については、(当該請負契約の反対当事者は通常その譲渡を承認していると考えられることから)譲受人が仲裁合意を承継する。これに対して、請負契約上の債権(請負代金債権等)だけが譲渡された場合は、別段の約定がなされない限り、仲裁合意が承継されているとは解されない。

(3) 当事者について破産手続や会社更生手続が開始し、破産管財人や更生管財人が就任した場合

【実例】昭和62年(仲)第5号事件
○請負人が破産宣告を受けたため、その破産管財人が発注者に対し請負残代金支払請求を行った事例

(経過)
・S60.6.27発注者と請負人の間に仲裁合意が成立(請負契約締結と同時)
・S61.2月末工事完成・引渡し、請負代金の一部支払
・S61.4.28請負人が破産宣告を受ける
・S62.10.1破産管財人が中央建設工事紛争審査会に対して申請
※申請は破産者である請負人と破産管財人の連名
・H2.10.2仲裁判断

(注)本件では、破産管財人が仲裁合意を承継すること自体は争点にならなかったため、仲裁判断ではこの点には触れていない。

(4) 第三者が紛争に係る権利を差し押さえる等した場合

【実例】昭和51年(仲)第3号事件

○請負人の債権者が、請負人が発注者に対して有する請負残代金債権を差し押えて(民事執行法制定前の)取立命令を取得し、発注者に対し請負残代金支払請求を行った事例

(経過)
・S49.1.11発注者と請負人の間に仲裁合意が成立(請負契約締結と同時)
・S49.10月末工事完成・引渡し、請負代金の一部支払
・S50.7.1請負人の債権者が請負残代金債権を差し押え、取立命令を取得
・S51.10.25差押債権者が中央建設工事紛争審査会に対して申請
・S53.5.16仲裁判断

(注)本件では、直接、差押債権者が仲裁合意を承継するかどうかが争われたわけではないが、建設工事紛争審査会の管轄権に関して、被申請人である発注者から、「建設工事紛争審査会は建設業法第25条第1項にいう『建設工事の請負契約に関する紛争の解決を図る』ことを設置の目的としているところ、右にいう『建設工事の請負契約に関する紛争』とは、注文者と請負人又は元請負人と下請負人間の紛争であって、本件のような請負人の債権者を当事者とする紛争はこれに該当しないから、中央建設工事紛争審査会は本件について管轄権を有しない」との主張が行われた。
 この点について、仲裁判断においては、「本件紛争は申請外株式会社I(注:請負人)と被申請人(注:発注者)との間に締結された建設工事請負代金の支払に関する事案であるから、建設業法第25条にいう『建設工事の請負契約に関する紛争』に該当する。しかして、申請人は右申請外株式会社の債権者であって右契約に基づく工事代金債権を差し押えて取立命令を取得した者であるから、取立権の行使にあたっては債務者である右申請外会社と同一の法律的地位を有するというべきであるところ右契約においては同契約について生じた紛争については、建設業法による建設工事紛争審査会の仲裁に付する旨の約定がある。したがって、申請人は、本件申請について適格を有する。」とした。

(5) その他

1.仲裁合意のある請負契約によって建築された建物が譲渡された場合
 ※例えば、工事完成後、発注者から建物の所有権を譲り受けた者が、瑕疵の修補を求めて請負人を相手取って仲裁申請を行った場合

【実例】見当たらなかった

【解釈】物件の所有権の移転であって、債権債務の移転ではなく、仲裁合意に基づく権利義務が承継されるとは解されない。もっとも、単なる所有権の移転ではなく、請負契約上の地位が一括して移転しているような場合や、請負契約に基づく債権(瑕疵修補請求権)も譲渡されており仲裁合意の移転について当事者間に特段の約定があるような場合には、仲裁合意が承継されると考えられる(上記(2)参照)。なお、建物の譲受人から請負人に対する請求は、下記②のように債権者代位権の行使という形態をとる場合も考えられる。

2.債権者代位権の行使

【実例】ゴルフクラブの会員が債権者代位権を行使して、発注者であるゴルフクラブに代位して請負人を相手取って仲裁申請した事例があるとされているが、詳細は確認できなかった(仲裁判断に至らず、申請が取り下げられた模様)。なお、調停事件では、マンションの区分所有者で構成する管理組合が発注者である分譲業者に代位して請負人を相手取って申請した事例がある(和解により解決)。

(6) 私見

 この問題については判例・学説が分かれており、立法によって明確化することが望ましいと考えられますが、今回の仲裁法改正に盛り込むべきか、あるいは、UNCITRAL模範法に本件に関する規定が新設されるのを待って立法化すべきかについては議論があろうかと考えます。