仲裁検討会資料5
(前注)arbitral tribunalの邦訳について,当面「仲裁廷」の語を充てる。
【コメント】
各国の立法例では,仲裁人の数について,当事者が自由に定めることができるとし,当事者の合意がない場合には,1人とするもの,あるいは3人とするものが多いとされている。モデル法(模範法)第10条第(2)項は,後記のとおり,当事者の合意がない場合には3人としている。
仲裁廷の公正,仲裁判断の適正等の観点からは,仲裁廷を3人の合議体とすることが望ましい一方,手続の迅速,費用の抑制等の要請や適格な仲裁人候補者の確保等の難易度等の考慮から,例外を許容しつつ1人を原則とすることも考えられる(後記英国法第15条参照)。
国内の仲裁機関の仲裁規則においては,原則的人数を1人としている例も多いこと(国際商事仲裁協会商事仲裁規則第23条,東京第二弁護士会仲裁センター仲裁及び和解あつせん手続規程第5条等),仲裁費用を抑制することなどを考えると,対象事件の目的の価額が低いものについては1人,高いものについては3人とすることも考えられる。
なお,国内仲裁と国際仲裁とで分けることも考えられないではないが,両者を明確に区別しうるかという問題があろう。
(参考)
- モデル法(模範法)第10条
「(1) 当事者は,自由に仲裁人の数を定めることができる。
(2) かかる定めのないとき,仲裁人は3人とする。」- ドイツ法第1034条第1項及び韓国法第11条も,モデル法(模範法)第10条と同内容の規定である。
- これに対し,英国法では,仲裁人の数は,当事者の合意によるものとし(偶数とする合意は,議長としての追加の仲裁人の任命を要求していると解釈するものとされる。),合意がない場合には1人とする(第15条)。
- 国際商事仲裁協会商事仲裁規則第23条
「当事者が基準日から3週間を経過する日までに仲裁人の数に関する合意を協会に通知しないときは,仲裁人は1人とする。ただし,基準日から4週間を経過する日までに,いずれかの当事者が仲裁人の数を3人とすることを書面により協会に要求し,協会がこれを適当と認めたときは,仲裁人は3人とする。」- 東京第二弁護士会仲裁センター仲裁及び和解あつせん手続規程第5条
「仲裁及び和解あつせんは,1人の仲裁人等により行うものとする。但し,以下のいずれかの場合には,手続の進行の程度を問わず,3人の仲裁人等の合議体により行う。
(1) 当事者双方が求める場合
(2) 仲裁センターが相当と認める場合
(3) 第24条第2項但し書に規定する場合」
(注)第24条第2項但し書は,和解あっせん手続中に仲裁合意が成立し,仲裁手続に移行する場合において,担当あっせん人の意見により,3人の合議体による仲裁手続とすることができる旨の規定である。
(注)仲裁人の選任手続は,当事者が自由に合意して定めることができると解されるが,そのような合意のない場合の補充規定の在り方については,標準的な仲裁人の数を何人とするかの結論を待って検討する必要があろう。
(検討対象事項)
次のような場合が問題となる。
1 法人
2 破産者
(参考)
- 公催仲裁法第792条第3項は,未成年者,成年被後見人,被保佐人,公権の剥奪又は停止中の者について,これを忌避することができるとしている。したがって,これらの者は,当然に仲裁人になりえないものではなく,忌避をまって初めて手続から排除されうるにとどまるとされる。
- モデル法(模範法)第11条第(1)項
「当事者が別段の合意をしていない限り,何人も,その国籍のゆえに仲裁人として行為することを妨げられない。」- 法人については,古い判例には,仲裁人資格を認めたものがある(大阪地判明治44年11月15日新聞752号25頁)が,近時は,これを否定する見解が多いようである。
- 仲裁法試案(平成2年。仲裁研究会策定)第13条は,次のとおり定め,団体が仲裁人として指定された場合,その団体が仲裁人を選定できるものとしている(同試案も,法人等の団体自体に仲裁人資格は認められないことを前提としていると解される。)。
「(1) 仲裁人は自然人でなければならない。
(2) 仲裁契約で法人その他の団体が仲裁人として指定されているときは,その団体は仲裁人を選定する権限を有する。」
【コメント】
モデル法(模範法)第12条第(2)項は,後記のとおり,仲裁人の不偏独立性という観点から忌避事由を規定しており,裁判官の忌避事由である「裁判の公正を妨げる事情」との異同について吟味する必要があると考えられる。
(参考)
- モデル法(模範法)第12条第(2)項1文
「仲裁人は,その不偏又は独立について正当な疑いを生じさせるような事情があるか,当事者の合意した資格を有しないときに限って忌避されうる。」
〈原文〉
An arbitrator may be challenged only if circumstances exist that give rise to justifiable doubts as to his impartiality or independence, or if he does not possess qualifications agreed to by the parties.- ドイツ法第1036条第(2)項1文
「仲裁人にその公正(Unparteilichkeit)又は独立について正当な疑いを生ぜしめる事情が存在するとき又は仲裁人が当事者の定めた要件を満たさないときは,仲裁人を忌避することができる。」- 韓国法第13条
「(1) 仲裁人として選定されることの交渉を受けた者または選定された仲裁人は,自己の公正性や独立性について疑いを生じさせるような事情があるときには,遅滞なくこれを当事者に告知しなければならない。
(2) 仲裁人は,第1項の事情があるかまたは当事者が合意した資格を持っていない事由があるときに限って,忌避されうる。〈以下,略〉」(参考文献)
- 澤田壽夫「仲裁人の独立」(民事手続法学の革新(上)563頁以下〈有斐閣,平成3年〉)
- 貝瀬幸雄「仲裁人の忌避」(現代仲裁法の論点210頁以下〈有斐閣,平成10年〉)
- 飯塚重男「仲裁人の責務執行基準」(前掲現代仲裁法の論点220頁以下)
2 忌避事由開示義務について
仲裁人候補者又は仲裁人は,忌避事由に該当する事由があると思われるときは,当事者に対し,速やかにこれを開示しなければならないものとすることはどうか。
(参考)
- モデル法(模範法)第12条第(1)項
「 仲裁人として選定されうることに関して交渉を受けた者は,自己の不偏独立について正当な疑いを生じさせうるようなあらゆる事情を開示しなければならない。仲裁人は,かかる事情を既に当事者に知らせていない限り,選定された後及び手続中,遅滞なくこれを当事者に開示しなければならない。」- ドイツ法第1036条第(1)項及び韓国法第13条第(1)項も,モデル法(模範法)第12条第(1)項と同様の規定である。
3 忌避手続について
仲裁人の忌避手続について,どのように考えるか。例えば,当事者が忌避手続について合意で定めることができることを前提として,そのような合意がない場合の標準的な手続について規定するものとすることはどうか。
(参考)
- モデル法(模範法)第13条
「(1) 当事者は,本条(3)項の規定に反しない限り,仲裁人の忌避手続を,自由に合意して定めることができる。
(2) かかる合意のないときは,仲裁人を忌避しようとする当事者は,仲裁廷の構成を知った後又は第12条(2)項に定める事情を知った後15日以内に,忌避理由を記載した書面を仲裁廷に提出しなければならない。忌避を申し立てられた仲裁人が辞任するか他方の当事者が忌避に合意しない限り,仲裁廷は忌避の申立につき,決定しなければならない。
(3) 当事者の合意した手続又は本(2)項に定める手続のもとで忌避が認められないときは,忌避を申し立てた当事者は,忌避申立を却下する決定の通知を受けた後30日以内に,第6条に定める裁判所その他の機関に,忌避につき決定するよう申し立てることができ,その決定に対して上訴は提起できない。かかる申立が係属している間,忌避を申し立てられた仲裁人を含む仲裁廷は,仲裁手続を続行し,判断をくだすことができる。」- 韓国法第14条第(1)項ないし第(3)項も,モデル法(模範法)第(1)項ないし第(3)項と同内容の規定であり,ドイツ法第1037条も,ほぼこれに準ずる規定である。
4 忌避以外の退任事由について
(1) 仲裁人の退任事由について
仲裁人の退任事由として,忌避以外にどのようなものが考えられるか。また,この点について規定を設けるべきか。
(検討対象事項)
ア 仲裁人の死亡
イ 仲裁人の破産
ウ 仲裁人の後見等の開始
エ 仲裁人契約の解除
オ 仲裁人の職務の不能又は懈怠
カ 仲裁人の辞任
(参考)
- モデル法(模範法)第14条は,仲裁人が法律上又は事実上その任務を行えない場合又はその任務遂行が不当に遅延した場合の仲裁人の自発的辞任又は両当事者の合意による解任を規定する。その条文は,次のとおりである。
「(1) 仲裁人が法律上又は事実上その任務を行うことができなくなったか,その他の理由により不当な遅滞なく行為しないときは,仲裁人が辞任するか当事者が任務の終了を合意するならば,仲裁人の任務は終了する。これらの事由に関して争いがあるときは,いずれの当事者も,第6条に定める裁判所その他の機関に,任務の終了についての決定を申し立てることができ,その決定に対して上訴は提起できない。
(2) 本条又は第13条(2)項のもとで仲裁人が辞任するか一方の当事者が仲裁人の任務の終了に同意したときは,それが本条又は第12条(2)項に定める事由の承認を意味すると解してはならない。」- ドイツ法第1038条及び韓国法第15条も,モデル法(模範法)第14条と同様の規定である。
- 公催仲裁法には,仲裁人の退任に関連する規定として次のようなものがある。
第791条
「仲裁契約ヲ以テ選定シタルニ非サル仲裁人カ死亡シ又ハ其他ノ理由ニ因リ欠缺シ又ハ其職務ノ引受若クハ施行ヲ拒ミタルトキハ其仲裁人ヲ選定シタル当事者ハ相手方ノ催告ニ因リ七日ノ期間内ニ他ノ仲裁人ヲ選定ス可シ此期間ヲ徒過シタルトキハ管轄裁判所ハ其催告ヲ為シタル者ノ申立ニ因リ仲裁人ヲ選定ス可シ」
第792条
「(1) 当事者ハ裁判官ヲ忌避スル権利アルト同一ノ理由及ヒ条件ヲ以テ仲裁人ヲ忌避スルコトヲ得
(2) 此他仲裁契約ヲ以テ選定シタルニ非サル仲裁人カ其責務ノ履行ヲ不当ニ遅延スルトキハ亦之ヲ忌避スルコトヲ得
(3) 未成年者,成年被後見人,被保佐人及ヒ公権ノ剥奪又ハ停止中ノ者ハ之ヲ忌避スルコトヲ得
第793条
「仲裁契約ハ当事者ノ合意ヲ以テ左ノ場合ノ為メ予定ヲ為ササリシトキハ其効力ヲ失フ
第1 契約ニ於テ一定ノ人ヲ仲裁人ニ選定シ其仲裁人中ノ或ル人カ死亡シ又ハ其他ノ理由ニ因リ欠缺シ又ハ其職務ノ引受ヲ拒ミ又ハ仲裁人ノ取結ヒタル契約ヲ解キ又ハ其職務ノ履行ヲ不当ニ遅延シタルトキ
第2 仲裁人カ其意見ノ可否同数ナル旨ヲ当事者に通知シタルトキ」
(2) 仲裁人の職務の不能又は懈怠について
仲裁人の職務の不能又は懈怠が退任事由となるとした場合,その判断手続はいかにあるべきか。
(参考)
- 前掲モデル法(模範法)第14条
(参考)
- モデル法(模範法)には,この点に関する明文規定はない。
- 英国法第29条
「(1) 仲裁人は,その職務行為または不作為が不誠実なものであったということが疎明されない限り,仲裁人としての職務の遂行の際にその行為または不作為について責任を負うものではない。
(2) 前項は仲裁人の雇用者あるいは代理人に対しても仲裁人自身と同様に適用される。
(3) 本条の定めは仲裁人の辞任により仲裁人によって生じた一切の責任については影響を及ぼすものではない(但し第25条参照)。」
同第74条
「(1) 両当事者によって仲裁人の指名または任命を求められた仲裁または他の機関または個人は,その行為または不作為が悪意によると認められない限り,指名または任命行為もしくはそれを行わないことについて責任を負わない。
(2) 仲裁人を指名または任命した仲裁その他の機関もしくは個人は,その指名または任命された仲裁人がその任務を果たさない場合もしくは仲裁人としての行為について(仲裁人の被雇用者または代理機関を含む)責任を負わないものとする。
(3) 上記の各定めは,仲裁その他の機関または個人の被雇者や代理機関に対しても同様に適用される。」
2 その他
その他仲裁人について,論ずべき事項があるか。
(注)仲裁人の報酬については,仲裁費用の問題の一環として後に検討する予定である。