仲裁検討会資料6
【コメント】
仲裁廷の管轄(権限)に関しては,後記のモデル法(模範法)第16条第(1)項と同様の規律とすることが考えられるが,仲裁権限最終裁定条項の効力については,学説は賛否両論に分かれる。
もっとも,同条項の効力を認める積極説にあっても,仲裁権限の有無が強行法規違反にかかわる場合にはその制約に服し,また,同条項の有効性に関する限りでは裁判所のコントロールが留保されるとしている(小島武司=猪俣孝史「仲裁手続と訴訟手続との抵触」(現代仲裁法の論点)293頁〈有斐閣,平成10年〉)。
仲裁権限最終裁定条項について規定を設けるべきか否かは別として,考え方について整理をしておきたい。
(参考)
- モデル法(模範法)第16条第(1)項
「仲裁廷は,仲裁合意の存在又は効力に関する異議を含む自己の管轄に関して決定する権限を有する。《以下,略》」- ドイツ法第1040条第(1)項及び韓国法第17条第(1)項も,モデル法(模範法)第16条第(1)項と同様の規定である。
- イギリス法第30条第(1)項も,これに類する規定となっている。
「(1) 両当事者の別段の合意がない限り,仲裁廷は自ら次の事項について判断する権限が存するかどうか決することができる。
(a) 有効な仲裁合意が存在しているかどうか,
(b) 仲裁廷が適切に構成されているかどうか,そして
(c) 如何なる問題が仲裁合意に従って仲裁に付託されているか」- 公催仲裁法第797条
「仲裁人ハ当事者カ仲裁手続ヲ許ス可カラサルコトヲ主張スルトキ殊ニ法律上有効ナル仲裁契約ノ成立セサルコト,仲裁契約カ判断ス可キ争ニ関係セサルコト又ハ仲裁人カ其職務ヲ施行スル権ナキコトヲ主張スルトキト雖モ仲裁手続ヲ続行シ且仲裁判断ヲ為スコトヲ得」- 仲裁権限最終裁定条項に関する各説の主な根拠は,次のとおりである(小島=猪俣前掲書292頁以下)。
(1) 積極説
仲裁権限最終裁定条項は,第1の仲裁契約の有効性についての第2の仲裁契約にほかならず,将来の争いについての仲裁契約となること,仲裁契約は請求全体について国家の裁判所の管轄権限を奪い,仲裁人が判断すべき義務を負うものである以上,第1の仲裁契約の有効性についての争いを第2の仲裁契約によって仲裁人に委ねた場合には,仲裁人が審査すべきものであること,仲裁権限最終裁定条項は,裁判所における訴訟手続が介在することにより仲裁が停滞することを阻止しようとする趣旨であり,仲裁に対する法の信頼の現れであるとみられること,同条項が無効であれば,国家の裁判所による第1の仲裁契約の有効性についての審査が開始されるから,国家の裁判所によるコントロールがまったく除去されてしまうわけではなく,したがって,法治国家の原則に反するものではないこと。
(2) 消極説
仲裁権限の有無について国家の裁判所が仲裁人の判断に拘束されるとすれば,有効な仲裁契約が存しない場合に仲裁判断取消しの訴えを許し,最終的な判定権を国家の裁判所に留保している法の趣旨に反すること,ひいては憲法上の法治国家の原則に反すること。
2 仲裁廷の管轄(権限)の有無についての判断の時期,方法及びその判断に対する司法審査について
仲裁廷の管轄(権限)の有無について,仲裁廷において判断をすべき時期及び方法並びにその判断に対する司法審査の在り方は,それぞれ密接に関連すると思われるが,これらについてどのように考えるか。例えば,次のような考え方はどうか。
(1) 仲裁廷は,その管轄(権限)の有無についての判断を最終的な仲裁判断の中で示し,司法審査に関しても,仲裁判断後の仲裁判断取消しの訴え又は執行許否の裁判における抗弁によってのみ不服を申し立てることができるものとする考え方
(2) 仲裁廷により仲裁判断権限を有するとの判断が中間的判断の形式でされたときは,司法裁判所に対する独立の不服申立てを認めるものとする考え方
(3) 仲裁廷による仲裁判断権限を有するとの判断に対しては,直ちに司法裁判所に対して不服申立てをすることができるものとする考え方
(注) (2)又は(3)の立場でも,仲裁判断権限を有しないとの判断がされたときは,その判断は終局判断となり,(1)と同じ規律となろうか。
【コメント】
(1)の考え方の変形として,仲裁廷において仲裁判断権限の有無について,いつでも判断することができることを前提として,仲裁判断取消しの訴え等のほかに不服申立てを認めないとする考え方もありうる。
(2)の立場は,仲裁判断権限の有無についての判断が中間的判断以外の形式でされた場合には,これに対する不服申立てを認めず,仲裁廷が仲裁手続を続行することを前提としている。仲裁判断権限の有無が中間的判断の形式でされた場合にも,仲裁廷は,仲裁手続を続行することができるとすることでよいかも問題となる。
(3)の立場では,仲裁判断権限の判断の形式について限定を付する必要はないか,例えば,仲裁廷は中間的判断の形式によるべきであるとの考え方もありうるであろう。また,この場合にも,仲裁廷は,仲裁手続を続行することができるとすることでよいかも問題となる。
また,(2)及び(3)の各立場では,司法裁判所の判断に対する不服申立てを許容すべきか否かも問題となる。
(参考)
- モデル法(模範法)第16条第(2)項,第(3)項
「(2) 仲裁廷が管轄を有しないとの主張は,答弁提出前になされなければならない。当事者は,仲裁人を選定し,又は仲裁人の選定に参加したとの事実によって,かかる主張をすることを妨げられない。仲裁廷がその権限の範囲をこえているとの主張は,その権限の範囲外であると主張される事項が仲裁手続中提起された後速やかに行われなければならない。仲裁廷は,いずれの場合にも,遅延に正当な理由ありと認めるときは,時機に遅れた主張を許すことができる。
(3) 仲裁廷は,本条(2)項に定める主張について,先決問題として,又は本案に関する判断において決定することができる。仲裁廷が自ら管轄を有する旨を先決問題として決定したときは,いずれの当事者も,その決定の通知受領後30日以内に,第6条に定める裁判所に対し,その点につき決定するよう申し立てることができ,その決定に対して上訴は提起できない。かかる申立の係属している間,仲裁廷は,仲裁手続を続行し,判断を下すことができる。」- ドイツ法第1040条第(2)項及び第(3)項並びに韓国法第17条第(2)項ないし第(7)項もモデル法(模範法)第16条第(2)項及び第(3)項にほぼ準じる内容となっている。
- ただし,ドイツ法第1040条第(3)項1文は,仲裁廷がみずから管轄(権限)を有すると判断した場合には,原則として中間判断によって判断するものとしている。
また,司法裁判所の判断に対する不服申立てについては,次のとおり規定されている(第1062条第(1)項,第1065条第(1)項)。
第1062条第(1)項
「仲裁契約中に掲げられた高等裁判所,又はそうした記載がない場合には仲裁地がその管轄区域内にある高等裁判所は,以下の申立てに関する裁判について管轄権を有する。
1 《略》
2 仲裁手続の許可若しくは不許可の確定(第1032条)又は中間判断において自己の管轄権を肯定する仲裁裁判所の判断(第1040条)」
第1065条第(1)項
「連邦裁判所への特別抗告は,第1062条第(1)項第2号及び第4号に掲げる裁判について,これが終局判決によるものであり,これに対して上告がなされる場合に行われるものとする。《以下,略》」- イギリス法第31条も,前掲モデル法(模範法)第16条に類する内容であるが,第32条は,裁判所が,当事者の申立てに基づき,仲裁廷の事物管轄に関するあらゆる問題について判断することができるとしている。
(前注) 後記のとおり,モデル法(模範法)第17条は,interim measure of protection なる語を用いている。これは,その策定時点では,仲裁手続中に紛争の対象物が変形したり損なわれたりするおそれがある場合に出される保全措置を意味するものとされており(澤田壽夫「UNCITRAL国際商事仲裁模範法3」〈JCAジャーナル昭和62年11月号〉4頁),当面,「暫定(的)保全措置」の訳を充てることとする。
仲裁廷による暫定的保全措置について,どのように考えるか。
(検討対象事項)
1 措置の内容(どのような措置を想定するのか。司法裁判所の保全処分との関係についても,留意すべきではないか。)
2 要件(司法裁判所の保全処分における保全の必要性と被保全権利の存在の要件と同様の枠組みとすることが考えられるか。また,申立てによるものとするか。)
3 手続上の要件(申立人の一方的審尋のみでこのような暫定的保全措置を講ずることができるか。)
4 担保の在り方(仲裁廷は,当事者に対し担保の提供を命ずることができるものとするか。また,その手続についてどのように考えるか。)
5 執行力の有無(仲裁廷による暫定的保全措置は,執行力を有するものとすべきか。)
【コメント】
仲裁廷が講じうる暫定的保全措置の内容をどのようなものとするかについて,そのイメージをはっきりさせる必要がある。
まず,措置の相手方については,仲裁廷による暫定的保全措置も仲裁合意に基礎を置くことからすれば,合意の相手方に対してのみ措置を講ずることができるとすべきではないか。
そして,不動産等を対象とする仮差押え,処分禁止の仮処分等登記を要するようなものについては,司法裁判所の保全処分で対応する方が簡便と思われるが,どうか。このように解すると,仲裁廷による暫定的保全措置としてどのようなものが考えられるのか。
この点については,仲裁廷による暫定的保全措置に執行力を付与すべきか否かとも密接に関連すると思われる。
なお,現在,UNCITRAL仲裁作業部会において,仲裁廷による暫定的保全措置に関し,同措置が執行力を有することを前提として,具体的な執行の在り方(手続的要件,拒絶事由等)に関し,モデル法(模範法)の改正が検討されている(仲裁検討会参考資料8参照)。
(参考)
- モデル法(模範法)第17条〔暫定措置を命ずる仲裁廷の権能〕
「当事者が別段の合意をしていない限り,仲裁廷は,当事者の申立により,紛争の対象事項に関し,仲裁廷が必要と認める暫定保全措置をとることをいかなる当事者に対しても命じることができる。仲裁廷は,いかなる当事者に対しても,かかる措置に関して相当な担保を提供することを要求することができる。」
Article 17. Power of arbitral tribunal to order interim measures
Unless otherwise agreed by the parties, the arbitral tribunal may, at the request of a party, order any party to take such interim measure of protection as the arbitral tribunal may consider necessary in respect of the subject-matter of the dispute. The arbitral tribunal may require any party to provide appropriate security in connection with such measure.- ドイツ法第1041条は,次のとおり,仲裁廷の暫定的保全措置の執行力を認めている。
「(1) 当事者が異なる合意をしている場合を除き,仲裁裁判所は,当事者の申立てに基づいて,係争物について必要と認める暫定的又は保全的な措置を命ずることができる。仲裁裁判所は,当事者に対して,このような措置に関連して適当な担保の提供を求めることができる。
(2) 裁判所は,当事者の申立てに基づいて,第1項の措置の執行を許可することができる。ただし,これに相当する仮の権利保護の措置が裁判所に既に申し立てられている場合は,この限りでない。裁判所は,この措置の執行に必要ならば,命令を変更することができる。
(3) 申立てに基づいて,裁判所は,第2項の決定を取り消し又は変更することができる。
(4) 第1項の措置の命令が当初より不当であることが明らかなときは,その執行を求めた当事者は,相手方に対して,この措置の執行又は執行を阻止するためにした担保の提供によって生じた損害を賠償する義務を負う。損害賠償請求権は,係属する仲裁手続において主張することができる。」