司法制度改革審議会

(別紙1)

弁護士制度改革の課題―その2―(レポート骨子)
-弁護士制度改革の論点(各論)-

2000年2月22日

中 坊 公 平

Ⅰ 弁護士改革を論じる視点

1 はじめに

 弁護士改革を論じる三つの視点
 第1は、「近代の幕開け以来、130年にわたってこの国が背負い続けてきた課題、すなわち、一国の法がこの国の血肉と化し、『この国のかたち』となるために一体何をなさなければならないのか」との問題意識に立って、司法改革に臨む視点。
 第2は、「国民一人ひとりが、統治客体意識から脱却し、自律的でかつ社会的責任を負った統治主体として、互いに協力しながら自由で公正な社会の構築に参画していく」ために、司法制度においてどのような改革が必要かという視点。
 第3は、法曹が「“国民の社会生活上の医師”の役割」を果たすためには、司法制度においてどのような改革が必要かという視点。

 前回の報告のまとめ

 前回の報告においては、第1に、司法改革の諸課題は相互に有機的に関連した一体不可分のものであること、弁護士制度の改革は今回の司法改革を「担い手」の面から実行しようとするものであること、弁護士改革は司法改革の他の諸課題の改革と一体として実現されなければならないことを強調した。
 第2に、弁護士制度の現状を踏まえて、それをもたらした歴史的・構造的な原因を論じた。戦前の構造的原因の少なくない部分は戦後も残存し、そのもとので戦後の50年は、弁護士が「官僚による統治の補完物」から「民衆による自治の伴侶」へと転換するための艱難辛苦の道程であった。
 第3に、弁護士制度改革の論点設定を行い、まず、弁護士の「公益性」の意義を明らかにした。弁護士の公益性の「公」とは、「官」を意味するのではなく、公衆・コミュニティを意味する。依頼者たる個人の権利・利益を確保する職務(「基本的人権の擁護」)は同時に公衆の利益の実現(「社会正義の実現」)に奉仕するものでなくてはならず、両者は矛盾するものではない。
 これからの弁護士は、「国民の社会生活上の医師」(「頼もしい権利の護り手」「信頼しうる正義の担い手」)としての役割を果たすことをとおして、「民衆による自治の伴侶」になるべきである。
 第4に、弁護士制度改革は、「弁護士を必要としない社会」の構造的原因の克服と弁護士の自己改革を併行して実行するものであることを指摘した。
 自己改革の要として、弁護士の社会的責務のうち、公衆への奉仕、公務への就任、法曹(弁護士)養成への主体的関与の3つが実践されなければならない。

2戦後50年の経過と最近の動き

 弁護士にとっての戦後50年の歳月は、
 a 戦後も残存した構造的原因によって維持された弁護士を含む司法界の「旧体制」と国民の利益との矛盾・軋轢が増大し顕在化する過程
 b 戦後生まれの新しい弁護士を中心とした弁護士層による、構造的原因を実践によって克服しようとする試みが徐々に根付いていく過程
 c 真の意味で民衆と民主的な社会のための存在であるべく、弁護士層における意識改革が進行する過程
であった。
 1990年以降の日弁連の司法改革運動は、今回の司法改革そのものを準備するとともに、改革後の「市民の司法」の実践を準備するものでもあった。
 弁護士・弁護士会は、今後も自己改革を推し進め、これとあわせて構造的原因そのものに大胆にメスを入れて、これを克服する必要がある。

Ⅱ 弁護士改革の人的側面―司法の担い手としての主体性の拡充―

1 弁護士人口の増加

 良質の弁護士を多数確保することは、司法制度がその本来の機能を果たす前提であり、自由で民主的な社会の基盤である。現在の弁護士数は少なすぎる。弁護士人口を大きく増やすべきである。
 増員が質の低下をもたらさないようにする必要はあるが、「質か量か」ではなく、「質も量も」の発想に立つべきである。そのためにも法曹養成制度の抜本的改革が必要。
 日本社会の将来を見据えた弁護士人口増員の議論は、将来各分野で必要とされる弁護士人口数を想定した上で、それをどのような速度で実現するかという観点に立って行うべきである。
 あるべき弁護士人口を算出する方法としては、下記の方法を含め幾つかあるが、どれも理論的な難点がある。最終的には幾つかの方法による数値(別紙)を総合的に勘案して決めることになる。

1 外国の「弁護士-国民人口」比率との比較による方法
2 国内における「弁護士-住民人口」比率との比較による方法
3 需要から導く方法
各種アンケート結果から導く方法
当番弁護士の完全実施に必要な数
その他

 暫定的な意見として、5~6万人程度の弁護士人口を目指す。
 年間の新規参入数は法曹養成制度の全体としての養成能力に依存する。

2 公益性に基づく社会的責務の実践

2-1 弁護士像をめぐる論点

 弁護士は三つの顔を持っている。
 一つ目は、依頼者の権利・利益を擁護する者の顔―弁護士の当事者性。
 二つ目は、公衆の利益に関わる活動をする者の顔―弁護士の公益性。
 三つ目は、市民として生活のために事業を営む者の顔―弁護士の事業者性。
 当事者性・公益性・事業者性の三つの要素をどう位置づけどう調和させるか。
 弁護士像に関する二つの考え方。
 一つは、当事者性・事業者性を中心において、公益性を希薄化させる考え方。
 もう一つは、当事者性・公益性をともに追求しつつ、そのこととの関係で事業者性に一定の制約が生ずることを是認する考え方。
 市民や社会が求めているのは後者であり、弁護士はこの道を進まなければならない。

2-2 弁護士の公益性

 弁護士の公益性の「公」とは、「官」ではなく、公衆を意味する。個人(「私」)や地域社会・コミュニティ(「公」)の側にいて、それらの自由と民主主義のために公権力(「官」)と対峙する弁護士像。
 これからの弁護士には、当事者性(「頼もしい権利の護り手」)と公益性(「信頼しうる正義の担い手」)を統一することが求められる。弁護士は「民衆による自治の伴侶」として社会に根付いた存在とならなければならない。
 自由で民主主義的な社会の形成に参画するに相応しい法律家とは、その活動のうちに公益性を具現できる自由なプロフェッションである。この自由は「官」からの自由である。公衆あるいは公益からの自由ではない。
 社会に対する責任を全うする上で、弁護士の事業者性は制約されざるをえない。
 弁護士法の劈頭に下記の規定を掲げることを提案したい。


弁護士法第1条2項の改正私案
第1条 弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。
2 弁護士は、前項の使命に基づき、その職務の誠実な遂行をとおして社会的責務を履践するとともに、
 公衆の利益の増進、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。

2-3 社会的責務の明確化

 今回の司法改革の課題から導かれる弁護士の三つの社会的責務。
  a 公衆への奉仕
  b 公務への就任
  c 後継者の養成
 以上を社会的責務と称するのは、第1に、採算性・収益性などのいわばビジネスの観点でこれらの職務への就任やその遂行を考えてはならず、第2に、それは個々の弁護士の権限・特権ではなく、もとより放棄も許されないものであることによる。
 裁判官の職務への就任に関して、下記のとおり、弁護士法の改正を提案したい。


弁護士法第24条の2の新設
 「(裁判官推薦にかかる義務)
24条の2 日本弁護士連合会は、裁判所法に定める下級裁判所裁判官の推薦にかかる委員会(以下、推薦委員会という)が推薦を求める数の裁判官候補者を推薦する義務を負う。
 推薦委員会から裁判所法に定める下級裁判所裁判官指名名簿に登載するための推薦を受けた弁護士は、正当な理由なく裁判官に任命されることを拒むことができない。
 前項の正当な理由の有無は、当該弁護士の所属する弁護士会がこれを審査する。日本弁護士連合会は、この審査結果を推薦委員会に報告しなければならない。」

2-4 社会的責務の充実した実践のための基盤整備

 公益への奉仕にかかる活動を弁護士の本来的な職務として位置づけ、その充実した実践のための基盤整備を図る必要がある。
  ①法曹養成制度の改革
  ②公務兼職制限規定の撤廃
  ③公務の改革
  ④公益性に基づく社会的責務の実践の支援

3法曹養成制度の改革

3-1 問題の所在

 大学法学教育・司法試験制度を含む現在の法曹養成制度は、よりよい法曹をより多く生み出すという機能を果たしきれていない。
 良質の弁護士を育成する観点から、法学教育、競争試験的に運営されている司法試験、司法研修所の修習内容・体制などのあり方を抜本的に改革する。

3-2 法曹養成制度の改革に関する基本論点

 弁護士および弁護士会は、法曹養成制度の運営の権限を持ちその責務を果たさなければならない。
 弁護士・弁護士会は、ロースクール(法科大学院)が次の要件を満たすように主体的・自覚的に働きかけなければならない。
 第1に、教育の目的を弁護士養成とし、質の高い弁護士、法律家を社会の隅々にまで配置するという社会的要請に応えるものであること。
 第2に、地域社会に奉仕する法律家を輩出するため全国に適切に配置されること。その設立・運営につき地域社会と密接に結びつくこと。
 第3に、現場や事実から出発し、解明された事実関係の中に「あるべき法」・「正義」を見つけて、問題解決を図る姿勢を身につけさせるものであること。
 第4に、カリキュラムは、公衆への奉仕精神や法曹倫理を十分身に付け、高度の学識、分析能力、応用能力、基礎的で実践的な実務的技能を修得させるものであること。
 第5に、入学の門戸は可能な限り開かれたものにすること。

4 活動領域の拡大

 弁護士の活動領域の拡大が必要である。
 報酬のある公職との兼職を禁止する現行弁護士法第30条1項、2項を改正する。
 改正私案は下記の通り。


 弁護士法第30条改正私案
30条 弁護士は、常時勤務を要する公職を兼ねるときは、その職に在る間弁護士の職務をおこなってはならない。ただし、その職に関する法令にこれを禁ずる定めがなく、所属弁護士会の承認を受けた事項に関しては、この限りではない。
 (略)

5関連資格者との協働

 弁護士制度を含む司法制度の改革を前提として、
  ①将来的な方向性として弁護士以外にいかなる関連資格制度が必要か
  ②現に存在ししかるべき社会的役割を果たしている関連資格者をどのように位置づけるべきか
  ③関連資格者に訴訟代理権等の付与など一定の法律事務の取り扱いを認めることの要否・当否及びその要件をいかに考えるか
  ④協働化のあり方はどうすべきか
を調査審議すべきである。

Ⅲ 弁護士改革の制度的側面―弁護士の機能拡充のための制度改革―

1 弁護士へのアクセス障碍の解消

 遠隔地であることや経済的理由をはじめとするさまざまな原因で市民の弁護士に対するアクセスが妨げられている事態を緊急に克服する。

1-1 法律相談活動の充実/法律相談センター・公設(公益)事務所の全国的設置

 主として遠隔地であることや経済的理由によるアクセス障碍を解消するため、法律相談の充実や公設(公益)事務所の設置を進める。
 弁護士・弁護士会の自主的努力によってこれを行うことは当然としても、それには限界があり、また、地域住民への司法サービスの見地からも、国や自治体が一定の財政的負担を行う必要がある。そのための負担のあり方も検討を要する。この点も含め、公設(公益)事務所につき、その目的・運営主体・運営方法・弁護士の関与のあり方などに関して、法律事務処理の特性を踏まえた議論をすべきである。
 また、これらを担う弁護士をいかに育成するかという観点から、大学教育、法曹養成・法曹教育のあり方と関連させて調査審議すべきである。

1-2弁護士報酬

 報酬制度のわかりにくさを解消するために諸般の工夫をする。
 それとともに、司法制度が全体として利用者・依頼者のニーズに応えているか否か、これからの社会における司法制度のあるべき機能とそれに対する市民の関わり方や関連諸制度(懲罰賠償制度、訴訟費用の負担、法律扶助、権利保護保険等)のあり方などと関連させて、総合的にこれを検討すべきである。

1-3 弁護士情報の公開

 諸外国における弁護士広告解禁の歴史と現状、弁護士広告の解禁が弁護士・弁護士業務のあり方にもたらした影響の積極面と消極面について、特に、米国の経験を正確に踏まえながら検討すべきである。弁護士評価制度とその公表方法等についても、諸外国の例も参考にしつつ審議すべきである。

1-4 職務の質の向上・弁護士執務体制の強化

 法律事務所の共同化・法人化・専門化・国際化・総合化に必要な施策の調査審議。
 その他職務の質の向上に必要な諸施策の調査審議。

1-5 弁護士自治の強化と弁護士倫理の確立

 弁護士倫理の確立は、法律事務の質の向上の一環であり、弁護士自治の課題である。
 弁護士会は、そのために
  ①法曹養成および継続教育における倫理教育の比重を高めかつその教育技法を発展させること
  ②苦情処理を適正化すること
  ③綱紀・懲戒手続を透明化および迅速化すること
  ④公益への奉仕にかかる活動を推進すること
などに取り組まなければならない。
 弁護士会の運営に関して、市民の意見を反映させる方策を検討すべきである。

2関連制度の改革

 弁護士が「国民の社会生活上の医師」(「頼もしい権利の護り手」「信頼しうる正義の担い手」)としての役割を十全に果たすためには、実体法・手続法(例えば、実効的な証拠開示制度は、迅速かつ充実した審理と適正な裁判を実現するために必要な制度である)の改革が必要である。そのための調査審議をすべきである。


【別紙】

 弁護士人口算出の方法
 外国の「弁護士-国民人口」比率との比較による方法
フランス並み6万5203名
ドイツ並み15万767名
イギリス並み19万6419名
アメリカ並み43万8078名
 国内における「弁護士-住民人口」比率との比較による方法
 全国津々浦々における弁護士へのアクセスの機会均等を実現するという視点から、国内における「弁護士-住民人口」比率のうちから「モデル値」を設定し、その値が全国的に満たされるにはどの程度の弁護士数を必要とするかを算出する方法。
「モデル値」を「弁護士-日本国民人口」とする場合2万4291名
「モデル値」を「弁護士-大阪住民人口」とする場合3万8355名
「モデル値」を「弁護士-東京住民人口」とする場合8万2564名
 需要から導く方法
 何らかの数値的な法的需要を設定して、その法的需要を満たすに必要な弁護士数を算出する方法である。
各種アンケート結果から導く方法
 
改革協アンケート及び法律扶助アンケートの結果を踏まえ、年間200万件が日本の1年間の法律問題総数とし、弁護士一人が年間に受ける新件(法律相談含む)を50件とする。
4万名
当番弁護士の完全実施に必要な数5万名
因みに、わが国には、関連資格者が、
  司法書士約1万7000名
  弁理士約4000名
  税理士約6万3000名
  行政書士約3万5000名
  社会保険労務士約2万5000名
  関連資格者数合計14万4000名
が存在する。
 均衡点と均衡数について
弁護士人口は、ある年の新規参入数と死亡・転身・引退などによる退出数との差の分しか増加しない。絶えず新規参入数を増加しない限り、一定の時期から弁護士人口は増減なしの状態となる。この増減なしになる時期を均衡点といい、その時期の数値を均衡数という。均衡点は、新規参入数を一定とする限り、弁護士が平均してどのくらいの期間稼働するかによって決せられることになる。