(別紙5)
司法制度改革審議会 平成12年3月14日 小島武司 |
トータルシステムの中の法学教育
中等教育-法学部教育- -司法試験-司法修習-継続教育
①法学部教育における法曹養成機能の衰退(あるいは喪失)-代替ルートとしての司法試験受験予備校
②大学院重点化政策(一般的トレンド)-専門大学院(実学の方向)-法科大学院(法曹資格との連結→司法制度改革審議会)
③法学教育の活性化とその限界-中等教育のあり方、司法修習・継続教育との役割分担 このような流れの中で、法科大学院の創設という現状打開策が採られようとしていることには、充分な合理性がある。すなわち、学部教育に中心点をおくプロフェッショナルスクールを構想するならば、人間的成熟という点で不充分な18歳の時点で進路決定をさせることになり、自主的な進路決定の契機が後退し、また、法学部における4年の学習年限は法曹に必要な資質および能力を育むのには不充分である。
①高度専門職業人養成に特化した大学院の目標としては、法律隣接職種または企業法務、行政職などの職種の人材養成も視野に入れる必要があるが、まずは狭義の法曹の養成に焦点を合わせて検討するのが適切である。
②制度設計にあたっては、あるべき法曹像を探求し、それに適合した人材養成を検討すべきである。あるべき法曹像としては、「国民生活上の医師」ないし中立的原則に即したソシアルコントロールの専門家としての自覚と資質を備えた人材が想定される。具体的には、地域に密着した日常的な法的サービスを着実に提供できる人材、先端的ないし国際的な法律問題に効果的に対処できる人材、法的制度に広い角度から政策的評価を加え創造的発展を担える人材である。
このような人材が兼ね備えるべき資質ないし能力は、以下のとおりである。
ⅰ)豊かな教養、人間性、倫理観(人権感覚)
ⅱ)バランスのとれた問題発見解決能力
ⅲ)的確な法的、論理的または政策的分析力、思考力
ⅳ)交渉における説得・調整の能力
ⅴ)口頭や文書による伝達表現能力ないしコミュニケーション能力
ⅵ)公共奉仕の精神、高い倫理性
③法曹養成のシステム全体の中で、大学による法学教育がどのような役割を果たすべきかは、そのリソースなどを考慮にいれて、慎重に検討されなければならない。
①あるべき法曹像に合わせてカリキュラムの編成をおこなう必要があるが、依頼者層(企業組織、一般市民、無資力者など)、活動分野(訴訟、ADR、相対交渉、予防司法、法令遵守、法的策定)、業務方針(リーガル・クリニック、リーガル・エイド、企業法務)などに応じて法曹像が多様であることから、各大学院ごとに個性的な選択の余地を認めるべきである。しかし同時に、コアカリキュラムの共通化が一定の水準において行われるべきであり、ミニマム・スタンダードともいうべきものを設定することが望ましい。
②教育方法を刷新し多様な教育方法の組合せにより充実した教育が鋭意推進される必要があり、教育の現場に活力をもたらすために双方向的な交流が核とならなければならない。とりわけコアとなる基本法律科目においては、判例など具体的な素材を用いて主体的に試行錯誤の中で思索を深めていくソクラティック・メソッドの活用が不可欠である。このためには、小人数からなる教育が必要であり、その上限は数十人ないし百人程度となろう。なお、講義方式の授業は効率的に法律を理解するのに役立つものであり、一定の範囲で併用されようが、その伝統的な形態は改善される必要がある。
③法理と実務の乖離という現象を克服するために、実定法に関する授業は、法が現実に機能する現場である実務という文脈を意識し、実践的な性格をもつべきである。このためには、実務家と学者の共同によるティーム・ティーチングも考慮に値する。さらに、法理論の再構築や具体的事例を含む教材の開発のためのプロジェクトが組織されるべきである。
④法科大学院のあり方については、基本設計思想をどのようなものとして把握するかがきわめて大切であり、法曹資格授与に直結することについて社会的に納得が得られるだけの高い水準の統一的内容が保持されることが必要である。このためには、独立の組織である法科大学院の一元的統制のもとに3年間の法学教育がおこなわれることが理想である。このような基本設計思想を具体化するものとしてはいろいろな形態が考えられる。一案としては、法学部3年次4年次ないしは4年次の履修科目を法科大学院2年次3年次のカリキュラムの中に一体として摂取することにより、法科大学院はコンセプトにおいて3年制の姿をもつものと把握される。この制度のもとでは、法学部出身者の相当部分については、法科大学院2年次および3年次の科目の履修を一部免除される結果、2年間ないし2年半による課程修了の可能性が開かれるであろう。なお、この形態の選択にあたっては、キャリアの決定は学生が人間的に成熟した段階でおこなわれるよう配慮すべきである。学部教育と大学院教育の組合せについてその緊密度を異にする諸提案が相当数存在するが、この点は、今後の検討事項である(井上平成12年3月2日報告19ページ以下参照)。
法科大学院3年間の具体的教育内容は、おおむね以下のとおりとなろう。
ⅰ)基本法科目(これに加えて、関連法科目)
ⅱ)基礎法科目、外国法科目(法律外国語)
ⅲ)法曹倫理(独立科目ないしpervasivemethod)
ⅳ)実習科目(リーガル・クリニック、模擬裁判、模擬交渉)
ⅴ)学際科目(法と経済、社会学など)
ⅵ)特別法科目、先端法理論科目
なお、教養科目の多くは、主として学部に配置される。その成績が法科大学院の入学試験において重視されることから、教養科目は、現在の法学部におけるそれと比べて格段に重要なものと位置付けられることになるはずである。もちろん、教養科目については、その教育メソッドなどを含め相当大幅な見直しが必要である。
⑤教員スタッフの充実が重要であり(キー・エレメント)、小人数教育を可能にするため、一般の場合より厳しい対学生比率が必要であり(専門大学院の設置基準参照)、また、実践的な教育をおこなうため、相当数の実務経験者が登用されるべきである。
法曹資格と直結する法学教育の内容は高い水準を保持すべきであり、現行の法学部における2年相当の学習期間では不十分であり、おおむね3年間相当の学習が必要である(この3年間の法学教育をいかなる形でおこなうかについては、前述)。
法学教育の年限は、その長期化によりカバーすべき法領域が拡大し知識の量は増えるが、その反面、社会から隔離されることなどに由来するマイナスも少なくないのであって、長ければ長いほどよいというものではない。未成熟の人間に対し法学教育が長期間なされた場合、頭の固い「法律人間」を生み出すおそれが多分にある。基本的能力の習得後は、社会に出てその現場において経験を積むことが肝要である。法曹としての能力は、現場の経験と継続教育とが互いに融合することで、向上していくものである。
①入学者の実力を重視するという観点から、学部での履修状況や学業成績、ボランティア活動などの社会的経験を重視し、受験技術の巧拙に左右されないものとする工夫が必要である。
②入学者の教育的バックグラウンドの多様化を図るため、他学部出身者の受け入れを積極的におこなうべきである。
③法科大学院はすべての大学法学部の上に設置されるものではないことから、法科大学院はひとつの公器として開放的なものであるべきであり、他大学の出身者(法学部卒、他学部卒)をすすんで受け入れる必要がある。
④実社会における職業経験の重要性に鑑み(なお、職業選択の自由という見地)、社会人の入学が望ましい。この場合、年齢的多様性という要因も働き、教室における討論の活性化に連なるであろう。
⑤なお、全国統一試験の是非については、意見が分かれており、消極論の理由として指摘される点は以下のとおりである。
ⅰ)各大学院独自の入学試験があり、最終的には司法試験が統一的に実施されることを考えると、全国統一試験は屋上屋を重ねるきらいがある。
ⅱ)全国統一試験の導入は、受験指向のメンタリティーを強め、法科大学院の序列化をもたらし、また、受験予備校の台頭を招く一因となりかねない。
ⅲ)私立大学の中には、その独自性の確保という見地から全国統一試験の実施に批判的な空気もある。
①厳格な成績評価などをおこない、入学しやすく卒業しにくい仕組みを設けるならば、持続的なプロセスの中で不適格者は転進の機会を与えられるであろう(onprobationの警告などの措置)。
②段階的なハードルを設けることにより、教育の到達度を確認することが考えられる(ドイツにおけるクライネ・シャイネ)。
③教員スタッフに対する教育支援態勢(TAなど)を整備する必要がある。
④学生の学習環境の整備のため財政支援を国公立・私立を問わず積極的におこなう。
⑤各大学院における厳格な成績評価が確実におこなわれることを担保するために、客観性および透明性を確保する方策を講じる必要がある。
⑥法科大学院の認定(アクレディテイション)のための第三者評価機関を設けることにより、法科大学院の教育のミニマム・スタンダードを大綱的に定めることが望ましい(ABA、AALS参照)。
法科大学院はプロセス重視の視点に立ってその修了を法曹資格と直結するという意図のもとに構想されているものであり、司法試験は、受験対策に煩わされず、じっくり学習できる条件を整備するため、法学教育のプロセスに即応した内実のものでなければならない。
このためには、司法試験の合格率が8割前後(平均)となることが望ましい。
広く社会各層から多様な学生を受け入れる開放性は、健全な法科大学院にとって重要な要素であるばかりでなく、法曹資格取得の機会の均等を保障するために必要な制度的前提である。
①経済的に恵まれない学生については、奨学金の充実、学資融資態勢の整備などの配慮が不可欠である。
②昼夜開講制、夜間大学院など柔軟な制度を用意することは、働きながら学習する社会人に学習機会を開くのに役立つ。通信制大学院の可能性は、情報技術の発展をにらんで検討されるべきであろう。
③法科大学院の設置については、法的サービスの偏在の是正の必要などに鑑み、一定の範囲で地域的バランスを考慮に入れることが検討に値する。
④各国弁護士の国際的相互乗入れ(外国法事務弁護士、リーガル・コンサルタントなど)、国際商事仲裁の発展、国際機関内の法律専門職の増加などにみられるように、法曹活動が国境を越えたグローバルな性格を強めつつあることなどを考慮すると、海外からの留学生に学習機会を提供することも、国際協力の一環として検討すべき課題である。
法曹としての統一的実務教育は、法学教育の円滑な実施および法科大学院のリソースの制約からして、別途司法研修所においておこなわれることが望ましい。
①司法修習の期間は、1年程度となろう。
②司法修習の内容については、改善の余地がある。
③継続教育(継続教育の強制の動き)については、裁判所、検察庁、弁護士会のほか、法科大学院が適切な形でかかわることが検討に値する。
今回の法学教育改革の課題は、近代的司法制度構築の第2世紀にあたると同時に、新千年紀の社会にふさわしい新たな司法制度構築の始まりであるという歴史的認識が共有される必要がある。この歴史的転換期において、現状を打開する途は、唯一法科大学院の創設をおいてほかにないのである。
法学教育の現場、規制緩和による経済の活性化を求める企業社会、そして、消費者被害の救済などを願う一般社会が、等しくよき法律家の養成に期待を寄せている。これに加えて、国際社会への法的貢献の要請も、より切実なものとなっている。柔軟で節度ある法の支配は公正で活力ある未来社会にとって欠くことのできないものであり、質的量的に充分な法律家なくしては、その実現はきわめて難しい。
法学教育改革は、大学にとって重い課題であり、充分な自己反省と物心両面の努力のうえに立ってはじめて達成できるものである。各大学は、その公共的使命を自覚して、自らの利益に拘泥することなく、身を切る思いで改革の推進に全力を投入しなければならない。これらは、大学人全体が教育の現状について「真摯に反省す」るところから生まれる。
法学教育をプロセスとして活性化させるものは、知的探求の感動と喜び、そして心の内奥からわきあがる人間的共感であり、教室における厳しい討論からクールヘッドとウォームハートを併せもった法曹が生まれてくるであろう。こうした教育の背後には、知的好奇心を刺激する波瀾万丈の学問的スペクタクルが存在し、多彩な理論がドラマティックに展開し、若い魂がときめきに震えるような変転が実感されなければならない。法学教育がその魅力を失っているとすれば、そこには、単なる教育の問題を超えて、根源的な倫理性に支えられた学問的営為の衰退があることに思いをいたすべきであろう。