司法制度改革審議会

(別紙2)

平成12年4月25日
司法制度改革審議会

法曹養成制度の在り方に関する審議の状況と今後の審議の進め方について

Ⅰ 審議の経過

 当審議会では、昨年12月21日に決定した「司法制度改革に向けて―論点整理―」において、今般の司法制度改革を論じるに当たって立脚すべき3つの視点、すなわち、第1に、「一国の法がこの国の血肉と化し、『この国のかたち』となるため」に、第2に、「国民一人ひとりが、統治客体意識から脱却し、自律的でかつ社会的責任を負った統治主体として、互いに協力しながら自由で公正な社会の構築に参画していく」ようになるために、第3に、法曹が「『国民の社会生活上の医師』の役割」を果たすために、それぞれ何をなすべきかとの視点を設定した。法曹養成制度の在り方に関しては、「21世紀の司法を支えるにふさわしい資質と能力(倫理面を含む)を備えた法曹をどのようにして養成するか」という「課題は、大学(大学院を含む)における法学教育の役割、司法試験制度、司法修習制度、法曹の継続教育の在り方等を中心に、総合的・体系的に検討されなければならない。」とした上で、「『法律家に対する教育の在り方が一国の法制度の根幹を形成する』といわれるように、古典的教養と現代社会に関する広い視野をもち、かつ、『国民の社会生活上の医師』たる専門的職業人としての自覚と資質を備えた人材を育成する上で、大学(大学院)に課された責務は重く、法曹養成のためのプロフェッショナルスクールの設置を含め、法学教育の在り方について抜本的な検討を加えるべきである。」と指摘して、その問題意識を提示した。

 当審議会は、「法曹養成制度の在り方」に関する審議に先立ち、竹下守夫会長代理からのレポートを基に「国民がより利用しやすい司法の実現」及び「国民の期待に応える民事司法の在り方」に関して審議を行い、さらに中坊公平委員からのレポートを基に「弁護士の在り方」に関する審議を行った。「国民がより利用しやすい司法の実現」及び「国民の期待に応える民事司法の在り方」に関するレポートと審議では、民事司法の改革のために人的基盤の大幅な拡充が必要であることが指摘され、さらに「弁護士の在り方」に関するレポートと審議では、法曹(弁護士)人口の大幅な増員が必要であること、弁護士が様々な分野に広く進出することが求められていること、弁護士業務の公益的側面が重視されるべきであることが確認され、以上を踏まえて新しい法曹養成制度の在り方が検討されなければならないことについて合意された。

 これを受けて、当審議会では、「法曹養成制度の在り方」について本年3月2日、3月14日及び4月11日の3回にわたり審議を重ねてきた。  

 まず、3月2日の第14回会議においては、井上正仁委員からの「法曹養成制度改革の課題」についてのレポートを基に意見交換を行った。次いで、3月14日の第15回会議においては、司法試験関係について小津博司法務大臣官房人事課長、司法修習関係について加藤新太郎東京地方裁判所判事、大学法学教育関係について小島武司中央大学法学部教授からそれぞれヒアリングを行い、意見交換を行った。そして、4月11日の第16回会議においては、過去2回の議論の内容を整理しつつ更に意見交換を行った。

Ⅱ 基本認識

 以上のようなこれまでの審議の結果、当審議会では、司法制度の制度的基盤の強化が実を結び、成果をあげるためには、その制度の運営を委ねるに足る質・量ともに豊かな人材(法曹)を得なければならないとの認識に到達した。

 この点について、「論点整理」で指摘したように、我が国の法曹人口は先進諸国との比較において、その総数においても、また司法試験を通じて誕生する新たな参入者数においても、極めて少ない状況にある。加えて今後の法曹需要はますます多様化・高度化することが予想され、これに応えるべく法曹人口の大幅な増加を目指す必要がある。

 また、21世紀の司法を担う法曹に必要な資質としては、豊かな人間性や感受性、幅広い教養と専門的知識、柔軟な思考力、説得・交渉の能力等の基本的資質に加えて、社会や人間関係に対する洞察力、人権感覚、先端的法分野や外国法の知見、国際的視野と語学力等が一層求められてくるとの認識で一致した。

 翻って現在の法曹養成制度がそのような要請に十分に応え得るものとなっているかを考えてみると、現行の司法試験は開かれた制度としての長所を持つものの、合格者数が徐々に増加しているにもかかわらず依然として受験競争が厳しい状態にあり、受験者の受験技術優先の傾向が顕著となってきたこと、これ以上の合格者数増をその質を維持しつつ図ることには大きな困難が伴うこと、等の問題点が認められ、その試験内容や試験方法の改善のみによってそれらの問題点を克服することには限界がある。

 一方、これまでの大学における法学教育は、基礎的教養教育の面でも法学専門教育の面でも必ずしも十分なものとはいえなかった上、学部段階では一定の法的素養を持つ者を社会の様々な分野に送り出すことを主たる目的とし、他方、大学院では研究者の養成を主たる目的としてきたこともあり、法律実務との乖離が指摘されるなど、プロフェッションとしての法曹を養成するという役割を、適切に果たしてきたとは言い難いところがある。しかも、司法試験における競争の激化により、学生が受験予備校に大幅に依存する傾向が著しくなり、「ダブルスクール化」、「大学離れ」と言われる状況を招いており、法曹となるべき者の資質の確保に重大な影響を及ぼすに至っている。

 これらの問題点を克服し、司法・法曹が21世紀のわが国社会において期待される役割を十全に果たすための人的基盤を確立するためには、法曹人口の大幅な増加や弁護士改革など、法曹の在り方に関する基本的な問題との関連に十分に留意しつつ、司法試験という「点」のみによる選抜ではなく法学教育・司法試験・司法修習を有機的に連携させた「プロセス」としての法曹養成制度を新たに整備することが不可欠である。

 この点で、法曹養成に特化した教育を行うプロフェッショナル・スクールとしての「法科大学院」(仮称。以下同じ)の設置に関する構想が各大学から相次いで公表され、大学関係者や法曹関係者の間で活発な議論が展開されているが、この法科大学院構想は、上記のような新たな法曹養成制度の核となるものとして、有力な方策であると考えられる。そして、そのような方向を採用するとした場合には、当然、司法試験を含む法曹資格付与の在り方も、法科大学院における教育に適切に対応したものとし、プロセスを重視した法曹養成制度としての一貫性を確保する必要があろう。また、法曹として実務に携わる前に実務修習を行うことの意義は十分に認められることから、少なくとも実務修習は法科大学院における教育とは別に実施するものとすべきであるという点でも基本的に異論はなかった。

 さらに、法科大学院が法曹養成という重要な社会的責任を適切に果たすために必要な人的・財政的基盤の抜本的整備については、国、地方公共団体、法曹三者及びその他の関連機関が適切かつ十分な支援を行う必要があることでも、認識は一致した。

Ⅲ 今後の審議の進め方

 ただ、現在、各大学や法曹関係者の間で議論されている法科大学院の構想には様々のものがあり、その設置形態や法学部での教育との関係、入学者選抜の方法、教育内容・方法、教育体制、司法試験・司法修習との関係等、具体的に詰めるべき点はなお少なくない。そこで、これらの点につき具体的な内容を専門的・技術的な面を含め十分に検討した上で、当審議会としても、法科大学院構想について、その実現可能性や妥当性を判断する必要がある。

 しかしながら、その検討の前提となるこれらの専門的・技術的細目のすべてを当審議会で審議することは、限られた期間内において司法制度全般にわたる多岐の事項を審議する責務を課せられた当審議会にとっては、極めて困難である。

 そこで、法科大学院における法曹養成教育の在り方やその制度設計に関する具体的事項については、司法制度改革審議会設置法(平成11年法律第68号)第6条第1項の定めるところにより、文部省において大学関係者及び法曹三者の参画の下に適切な場を設けて、専門的・技術的見地から検討を行った上、その結果を本年9月頃までに資料として提出することを依頼し、その検討結果をも踏まえて、当審議会として、法曹養成制度の在り方につき、国民的見地から更に審議を行い、判断を下すこととしたい。

 なお、その専門的・技術的見地からの検討に当たっては、これまでの当審議会における審議で明らかとなった別紙のような基本的考え方に留意するとともに、当審議会の求めに応じて検討状況を随時報告し、当審議会での審議の状況を反映しながら検討を進めるよう求めるものとする。

以 上


(別紙)

法科大学院(仮称)に関する検討に当たっての基本的考え方

(1) 目的
 司法・法曹が21世紀のわが国社会において期待される役割を十全に果たすための人的基盤を確立することを目的として、大学学部教育・司法試験・司法修習などと連携を有する基幹的な高度専門教育機関(いわゆる法科大学院)の設置を検討するものとする。

(2) 法科大学院における教育理念
 法科大学院における新たな法曹養成教育の在り方については、理論的教育と実務的教育を架橋するものとして、以下の基本的理念が統合的に実現されるよう検討がなされなければならない。
① 法科大学院における教育は、法の支配の担い手であり、「国民の社会生活上の医師」としての役割を期待される法曹に共通して必要とされる専門的資質・能力の習得と、かけがえのない人生を生きる人々の喜びや悲しみに対して深く共感しうる豊かな人間性の涵養・向上を図るものでなければならない。
② 法科大学院における教育は、専門的な法知識を確実に習得させるとともに、それを批判的に検討し、また発展させていく創造的な思考力、あるいは事実に即して具体的な法的問題を解決していくために必要な法的分析能力や法的議論の能力等を育成するものでなければならない。
③ 法科大学院における教育は、先端的な法領域について基本的な理解を得させ、また、社会に生起する様々な問題に対して広い関心を持たせ、人間や社会の在り方に関する思索や実際的な見聞・体験を基礎として、法曹としての責任感や倫理観が涵養されるよう努めるとともに、さらに実際に社会への貢献を行うための機会を提供しうるものでなければならない。

(3) 法科大学院の制度設計に当たって留意すべき事項
 法科大学院の制度設計に当たっては、公平性、開放性、多様性を旨とし、上記のような教育理念の実現を図るとともに、以下の点に留意しなければならない。
① 法科大学院の設置については、適正な教育水準の確保を条件として、関係者の自発的創意を基本にしつつ、全国的に適正な配置となるよう配慮すること
② 法科大学院における教育内容については、学部での法学教育との関係を明確にすること
③ 新しい社会のニーズに応える幅広くかつ高度の専門的教育を行うとともに、実務との融合をも図る教育内容とすること
④ 法科大学院における教育は、少なくとも実務修習を別に実施することを前提としつつ、司法試験及び司法修習との有機的な連携を図るものとすること
⑤ 以上のような教育を効果的に行い、かつ社会的責任を伴う高度専門職業人を養成するという意味からも、教員につき実務法曹や実務経験者等の適切な参加を得るなど、実務との密接な連携を図り、さらには実社会との交流が広く行われるよう配慮すること 
⑥ 入学者選抜については、他学部・他大学の出身者や社会人等の受入れにも十分配慮し、オープンで公平なものとすること
⑦ 資力のない人や社会人、法科大学院が設置される地域以外の地域の居住者等にも法曹となる機会を実効的に保障できるよう配慮すること
⑧ 法科大学院における適正な運営の確保及びその教育水準の維持・向上を図るため、公正かつ透明な評価システムを構築するなど、必要な制度的措置を講じること