(別紙6)
平成12年4月25日 司法制度改革審議会 |
(2) 論点整理
「臨時司法制度調査会の意見書は、「法曹一元の制度」をわが国においても「一つの望ましい制度」として位置づけた上で、「現段階においては、法曹一元の制度の長所を念頭に置きながら現行制度の改善を図るとともに、右の基盤の培養についても十分の考慮を払うべきである」と提言した。法の支配の理念を共有する法曹が厚い層を成して存在し、相互の信頼と一体感を基礎としつつ、国家社会のさまざまな分野でそれぞれ固有の役割を自覚しながら幅広く活躍することが、司法を支える基盤となるものといえる。そうであるとすれば、法曹一元の問題は、裁判官任用制度に関係しつつも、それに極限し得るものではなく、法曹人口、法曹養成制度、弁護士業務の在り方等を含めて司法(法曹)制度全体の在り方と深くかかわっているというべきであろう。
裁判所は司法の中核に位置するものであり、その直接の担い手たる裁判官の任用制度の在り方は、法曹のなかの圧倒的多数を占め、法曹制度の土台をなす弁護士の在り方とともに、一国の司法の性格を規定する面を持っている。臨時司法制度調査会の趣旨とその後の努力の成果を踏まえ、活力に満ちた我が国社会の裁判官に必要な資質・能力とは何か、そのための人材をどのようにして確保するか、裁判官の独立をいかにして保障するか等について、「国民の視点」に立って幅広く検討することが必要である。」
(1) 任命手続(資料1~2-2)
判事の資格としては、10年以上法曹又は法律学者としての経験が必要とされており(裁判所法42条1項)、判事補となるためには、司法修習を修了した者、すなわち司法試験に合格して司法修習生に採用され、少なくとも1年6月の修習後に二回試験に合格した者であることを要する(同法43条、66条1項、67条1項)。
いずれも最高裁判所の指名した者の名簿によって、内閣が任命することになっている(憲法80条1項、裁判所法40条1項)。これは、内閣が恣意的に情実によりまたは党派的な人事を行うことによって、司法の独立公正を害する危険を防止するため最高裁判所に推薦権を認めることとし、他方、裁判所内部だけで任命することによる司法の独善化を避けるために、内閣に拒否権を留保する趣旨とされている。具体的な手続としては、最高裁判所が人選を行い、任命すべき裁判官の官ごとに名簿を作成して、内閣に送付する。名簿に掲げる者の指名は、司法行政事務であるから、裁判官会議の議による。内閣は、閣議によって任命を決定する(内閣法4条1項)。
なお、判事補は、原則として一人で裁判をすることができないなどの職権に関する制限があるが(裁判所法27条)、5年以上の法曹としての経験のある者について、判事と同等の権限を有するものとする、いわゆる特例判事補の制度がある(判事補の職権の特例に関する法律 昭和23年)。
(2) 裁判官の地位(報酬、昇給、任期、転勤、服務、身分保障等)
裁判官が、法以外の勢力や権力の影響を受けずに独立の立場で裁判が行えるように、裁判官の独立が保障されている(憲法76条3項、78条、79条6項、80条2項、裁判所法48条参照)。
報酬について、定期に相当額が保障され、減額されないとの保障が定められている(憲法79条6項、80条)。任期については、10年とされているが、再任は妨げないとされている(憲法80条1項、裁判所法40条3項)。転勤については、裁判官は、その意思に反して転所されることはない(裁判所法48条)。裁判官の服務規律としては、「職務専念義務」(裁判所法52条2号、3号等)、「守秘義務」(同法75条2項等)、「積極的政治運動の禁止」(同法52条1号)、「信用失墜行為の禁止」(裁判所法49条等)などがある。その他の身分保障として、憲法上一定の手続で罷免される場合を除いては、その意に反して、免官、転官、転所、停職または報酬の減額を受けないものとされており(裁判所法48条)、罷免される場合としては「心身の故障のために職務を執ることができない」場合及び「公の弾劾によ」る場合に限られる。
(3) 弁護士からの任官(資料4-1、4-2)
ア 昭和63年以前の状況
戦前の昭和13年から15年にかけて、約200人の弁護士が判事、検事に任官した。また、戦後施行された裁判所法では、わが国の判事任命資格について、10年間判事補の職にあった者のみならず、10年以上弁護士、検察官、法律学者としての経験を有する者にも認めているが、現行制度発足当時の昭和23から24年にかけて約100人の弁護士が裁判官に任官した。
しかし、昭和30年代を境に、弁護士からの任官者が減少し、判事は、司法研修所終了後直ちに判事補に採用され、判事補として10年在職した者から任命されるのが通例であり、10年の任期を終えた判事補は、大部分が判事に任命されるのが現実となり、わが国の裁判官任用制度は、その運用の実際においてキャリア・システムであった。
イ いわゆる「弁護士任官制度」の導入
昭和63年3月、最高裁判所は、裁判所として社会の高度化、それに伴う紛争の複雑・多様化に対応するためには、裁判官に多様な経験を有する者がいることが望ましいとして、「判事選考要領」(旧要領)を定めて、経験年数15年以上、年齢55歳未満の弁護士から毎年20名程度の判事を採用する、との方針を打ち出し、平成3年9月には、従来の「判事選考要領」を改正して新しく「裁判官選考要領」(新要領)を定め、「5年以上弁護士の職にあり、裁判官として少なくとも5年程度は勤務しうる者であって、年齢55歳位までのもの」を選考対象とし、日弁連を通じて任官希望者を募ることとなった。初任地は、本人の希望、家族状況、充員状況等を考慮して決定し、その後は、同期の裁判官の例に準じて異動を行う。ただし、15年以上弁護士の職にあった者については、本人の希望により、住居地又はその周辺の裁判所を任地とするものとされている。
なお、これまで、このいわゆる弁護士任官制度で裁判官に任官したのは、平成11年11月1日現在で46人である。
1 法曹一元の国の裁判官制度
(1)アメリカ
ア 任用制度
連邦と50の各州がそれぞれ独自の裁判制度を有しており、裁判官の選任方法も様々となっている。
1) 連邦
連邦裁判所の裁判官は、弁護士のほか、検察官、政府職員、ロースクール教授等として一定期間法曹経験がある者から大統領によって任命されている。具体的な手続としては、裁判官の空席が発生した場合に、ホワイトハウスや州選出上院議員の関与により候補者が推薦され、その候補者について、司法省がABAやFBIに照会するなどして調査を行い、ホワイトハウスによる審査を経て、大統領による候補者が指名され、上院による承認を得て大統領による任命が行われることになる。
2) 州
州では様々な任用制度がとられている。通常第一審についてみると、選挙による州が32州あり、このうち候補者が自らの所属政党を明らかにする党派的選挙によるものがイリノイ、ミシシッピ等15州ある。その他、知事の任用によるものが19州でこのうち15の州では裁判官指名委員会の推薦に基づく手続をとっている。選挙による州においても、任期途中に空席が生じた場合には、知事が後任を任命する制度をとっているところも多い。さらには議会の選出によるものが3州ある。州によっては複数の任用方法を併用しているところもある。
独立当初、植民地時代の経験から、政府任命裁判官に対する警戒感が根強く、ジャクソニアン・デモクラシーに代表される草の根民主主義運動の流れの中で、裁判官といえども民主的手続で選任されるべきであるとの信念が培われ、党派的選挙が広範に広がったが、その後、候補者の明確な政治的志向と裁判官の公平性や能力が問題とされて非党派的選挙制度が導入され、さらには複雑化する訴訟手続や高度な専門的知識を要する訴訟事件に対応する裁判官に対する要請への高まりから裁判官指名委員会制度が導入されだした。
イ 任期について、連邦裁判所の裁判官は原則終身であるが、州の通常第一審裁判所では4年から15年の間で任期を設けているところが多い。
ウ 連邦、州を問わず、特定の裁判所の裁判官として任命がなされるため、転勤、昇任といった制度はなく、報酬についても原則として一官一俸給制で年功序列 的な給与の増加はない。
エ 裁判官の評価制度を導入している州があり、州の法律家協会や裁判官指名委員会が、弁護士や訴訟当事者、陪審員経験者等にアンケートを送付するかヒアリングを実施するなどして、裁判官の勤務成績を評価して公表し、裁判官の選挙や住民投票の資料とするなどしている。
(2)イギリス(イングランド及びウェールズ)
ア 任用制度
裁判官として選任される法の専門家は、主として一定年数以上の経験を有するバリスタである。ただし、近年、ソリシタについても高等法院裁判官への任命が認められることとなった。任用制度の特色としては、非常勤裁判官から常勤裁判官への任用の原則化ということがあげられる。任用の実際については、常勤裁判官に昇格するためには、相当期間非常勤裁判官として研修を積み、実績をあげることが必要であり、任用、昇格ともに当該弁護士の活動地域の上級裁判官、幹部職員などによる意見・評価や候補者の面接結果に基づき決定されており、経歴、経験を重視する運用がされている。
高等法院裁判官以上の裁判官については、依然として招聘制が維持されており、大法官を中心とする司法部内の要職者によって決定されている。
イギリスの裁判官の任用の主たるルート、任命手続の具体例(アシスタント・レコーダーの例)については、資料のチャートを参照。
なお、イギリスの非常勤裁判については、弁護士から選任されるレコーダー、アシスタント・レコーダー、非常勤地方判事と、一般市民から選任される無給治安判事とがある。昇格の実際、数、職務の概要、非常勤裁判官制度の概要については、資料を参照。
イ 任期について、非常勤裁判官のレコーダーは通常3年だが、常勤裁判官には任期の定めがなく、定年は70歳である。
ウ 報酬については、一官一報制が採用され、昇給制度はない。
エ 裁判官の評価制度については、大法官府が、裁判官の勤務成績等に関する情報を収集している。大法官府は、裁判官の任命をするに当たって候補者の評判を重視し、任官前後にわたり、他の裁判官や経験のある弁護士に、当該裁判官の適性につきコメントを求める。勤務成績は、例えば、アシスタント・レコーダーからレコーダーへの昇進に影響する。
2 キャリアシステムの国の裁判官制度
(1)ドイツ
ア 任用制度
ドイツでは、いわゆる裁判官、検察官及び弁護士となる者は統一的に養成されている。すなわち、法曹となるには、大学での法学の履修を経て、第一次国家試験に合格した後、2年間の修習が行われ、その後第二次国家試験に合格することが必要である。裁判官の任命資格は、検察官と同様で、ドイツ国籍を保有し、自由民主主義的な憲法体制を保障する意思を有し、職務を遂行できる資格を有すること(大学教育と実務の教育を修了)とされており、裁判官選考委員会の選出に基づき裁判官に任命される。州の裁判官の場合は、3年から5年間の試用裁判官を経て、定年まで身分保障のある終身裁判官となる。なお、連邦の裁判官のうち、連邦憲法裁判所裁判官は連邦議会と連邦参議院により半数ずつ選出され、連邦最高裁判所裁判官は連邦大臣が裁判官選考委員会と共同で決定する。連邦通常裁判所、連邦行政裁判所、連邦財政裁判所、連邦労働裁判所、連邦社会裁判所の裁判官は、裁判官選出委員会(半数は各州の所管省の大臣、半数は連邦議会議員で構成)の選出に基づき連邦の所管大臣が指名し、大統領が任命する。州裁判所の裁判官は、州の所管大臣が任命するが、州によっては裁判官選出委員会の同意が必要であり、裁判官選出委員会の設置されていない州においては裁判官人事委員会の関与するところもある。
イ 任期については、連邦憲法裁判所の裁判官は12年で、定年は68歳である。連邦通常裁判所等の裁判官の定年は65歳である。州裁判所の裁判官は、第二次国家試験合格後、3ないし5年間は試用裁判官として採用され、この期間には身分保障はない。その後終身裁判官に任命されると任期はなく、定年は一般に65歳である。
ウ 給与については、連邦の裁判官は、連邦公務員の給与グループの中に定められている。下のポストであれば、年功序列的に俸給が上昇し、それ以降は、ポストに応じ、ポストが上がるたびに俸給も増加する仕組みになっている。州の裁判官は、年齢を基準とした給与表に従って年功序列的に昇給する。所長以上への昇任は、州裁判官人事委員会が任命権を有する大臣に助言して決定される。
エ 州によって異なるが、裁判所長官、副長官以外のポストは原則として公募であり、州裁判官人事委員会が公募者の中から任命権を有する大臣に助言して決定される。転勤については、試用裁判官については転勤させることが可能であるが、実際には稀である。終身裁判官については転勤させることはできないが、自己の意思で昇進について公募し、異動することがある。
オ 裁判官の評価制度については、裁判所長が所属の裁判官の勤務評定をし、将来の資料とする。当該裁判官は、記録の閲覧権を持ち、自己に不利益な評定については聴聞の機会を与えられる。服務裁判所に不服申立てをして争うことができる。
(2)フランス
ア 任用制度
フランスでの裁判所は、司法権に属する司法裁判所と行政権に属する行政裁判所がある。司法裁判所の裁判官は、検察官と同一の職業集団としての司法官を構成して、司法官として養成され、弁護士とは養成段階から分離されているが、相互理解の観点から司法官養成にも弁護士修習制度や外部修習を取り入れるなどの改革がされている。なお、行政裁判所の裁判官は、行政官であり、国立行政学院の卒業生から行われている。裁判官任用については、司法官試験に合格し、31か月の司法修習を経て任命されるのが通常である。司法修習生から司法官への任官は、原則として、国立司法学院における順位決定試験の成績順に、事前に司法省から公開された採用予定ポストにしたがって具体的に任官ポストが選択される。その他特別のルートとして、弁護士、法学部教授等から任用されるルートもある。
イ 任期については、憲法院(9年)を除いて任期はなく、定年は下級司法裁判所判事の定年は65歳である。
ウ 司法官の任命・昇進は、司法大臣及び司法官職高等評議会が関与して行われる。昇進は、勤務評定表に基づく昇進名簿への搭載を通じて実施される。昇進名簿への搭載を推薦された司法官の氏名は事前に公開され、推薦にもれた司法官は異議申立てを行うことができる。司法官職高等評議会は、人事異動についての意見を述べる際にその経過を考慮することができる。
エ 法定の条件の下でなければ転勤を命ぜられることはなく、たとえ昇進であっても、その意に反して新たな職務に就かされることはない。いわゆる職階制がとられており、大審院部長裁判官、同首席裁判官等に任命されるためには最低7年間の、控訴院裁判官等に任命されるためには最低17年間の実務経験が必要とされる。
オ 報酬については、階級及びグループに従って定められる。小審裁判所判事等の第2階級は10ランク、控訴院判事等の第1階級は12ランク、破棄院判事等の特別階級は10ランクに分けられている。
カ 裁判官の評価制度については、裁判官の任命と懲戒処分に関与する大統領の憲法上の諮問機関として司法官職高等評議会が設置されている。裁判官の昇進については、法律上規定された委員と選挙によって選任される司法官により構成される昇進委員会が、毎年適性リストと昇進表を作成している。
(1) 明治31年、弁護士植村俊平が国家学会において「将来ハ判事ノ数ヲ減シ新任ノ判事ハ必ラス弁護士ヨリ採用スルコトニ改メタキナリ」との演説がわが国において最初に「法曹一元」を論じたものとされている。
その後、明治37年には、日本弁護士協会評議員会が、裁判所構成法を改正して、3年以上帝国大学法科の教授をした者及び3年以上弁護士をした者に限り司法官の資格を与えるとする提案をし、明治40年には、日本弁護士協会臨時総会において「司法官ハ総テ弁護士中ヨリ採用スルコト」との決議を行った。当時、弁護士試験と判事及び検事登用試験とは区別されており、判事又は検事となる資格のある者には弁護士資格が認められたが、その逆は認められておらず、判事又は検事に任用されるためには司法官試補としての修習が必要であったが、弁護士にはこれに対応する制度はなかった。さらに、帝国大学の法学部法律学科卒業者に弁護士資格が付与されていた。
(2) 大正12年になり、判事及び検事の登用試験と弁護士試験とは、高等試験司法科の試験に統一されるとともに、官学の特権も廃止された。その後、昭和11年には、司法官試補に対応する弁護士試補の制度が導入され、弁護士となる者についても、修習過程が要求されるようになった。
その後、法曹一元論に関しては、「裁判というものは、社会の実相について豊富な知識を有する者にして始めて行いうるものであって、英国におけるように、裁判官は弁護士としての豊富な経験を有する者から選任することが理想的な姿である」という趣旨が強く押し出されるようになった。
昭和13年、弁護士出身の議員提出にかかる法律案として、判事はすべて弁護士として実務に従事した者から任用することを内容とする裁判所構成法改正法律案が第73回帝国議会に提出され、衆議院で可決されて貴族院に送付されたものもあったが、成立に至らなかった。翌年の第74回帝国議会に、再度提出されたが、前年と同様に、衆議院で可決されたものもあったが、成立に至らなかった。
(3) 戦後、昭和20年11月に、司法省に司法制度改正審議会が設置され、判事、検事の任用資格について審議がなされたが、判事、検事の任用資格に付いては概ね現行の制度を維持する旨の案が可決され、判事又は検事に任ぜられるには一定年限弁護士として実務に従事したることを要するものとする旨の案は否決された。その後、昭和21年6月に司法省に設置された臨時司法制度改正準備協議会が設置され、翌7月には内閣に臨時法制調査会、司法省に司法法制審議会が設置され、昭和22年の裁判所法等の成立へとつながっていくが、裁判所法によって司法修習制度が新設され、従来の司法官試補と弁護士試補とは合体した形となって、養成段階である出発点における法曹一元が実現された。また、先にみたとおり、弁護士から裁判官及び検察官の任用も戦後の一時期において、ある程度積極的に推進された。
ところで、前記のとおり、判事任命資格について法曹として10年以上の経歴を有することを必要とする裁判所法の規定ではあるが、その運用の実際においては、判事補が判事の主要な給源となるに至って事実上キャリアシステムがとられるようになり、そこで、このようないわゆるキャリアシステムに対するものとして、裁判官の給源を在野法曹に求めるべきであるという意義における法曹一元が、特に弁護士会から強い念願として叫ばれることになった。
2 臨時司法制度調査会における議論状況
(1) 臨時司法制度調査会設置法の趣旨
国会での趣旨説明によれば、訴訟事件数の増加、内容の複雑化に伴い、訴訟遅延の現象が看過できない状態にあるが、裁判官志望者数が漸減傾向にあり、裁判官の数を確保することが困難な実情にあり、この事態を打開するために、抜本的な対策を早急に樹立することが急務であるとして、裁判官及び検察官の任用制度及び給与制度、並びに法曹一元の制度に関して調査審議することが目的とされた。
(2) 調査会設置法にいう法曹一元の概念(資料7-1)
調査会設置法は、法曹一元を「裁判官は弁護士となる資格を有する者で裁判官としての職務以外の法律に関する職務に従事したもののうちから任命することを原則とする制度」と定義したが、調査会では、「法曹一元」という用語は、多義的であるが、次のように大別できるとしている。
① 裁判官及び検察官は弁護士からも任用し、その間の交流を円滑に行うこと、 あるいは裁判官は弁護士、検察官からもできる限り任用すること。
② 裁判官、検察官及び弁護士が司法制度のにない手としての共同の使命を自覚し、相互に他の職務を理解し、尊重し合うとともに、これらの三者が親密感、一体感をもち、三者一体となって司法制度の適正な運営に協力すること。
③ 裁判官、検察官及び弁護士の養成の第一段階を統一的に行うこと(いわゆる出発点における法曹一元)。
④ 裁判官又は裁判官及び検察官の給源をもっぱら弁護士の経験がある者に求めること、あるいは裁判官の給源をもっぱら弁護士、検察官等の経験がある者に求めること。
このうち、①は運用の問題であり、②は精神面ないし理念の面に関するもの、③は戦後司法修習制度の確立によりその実現を見たとして、制度上の問題としては④の意義における法曹一元のみが考えられた。
(3) 現行(当時)の裁判官制度に対する批判と再批判(資料7-3)
批判のうち、現行制度又はその運用自体に対するものとして、憲法の予定する裁判官の地位、職責に合致する裁判官の理想像と現実のいわゆる司法官僚的裁判官の姿との間には大きなずれがあるなどがあり、現行制度により任用される裁判官の行う裁判に関するものとしては、ともすれば技術性、形式論理性、法的安定性に必要以上の関心が払われやすく、弾力的な円熟した法解釈、老練な達識による裁判を期待できない、裁判官は、社会の実情を知らず、その経験は当事者が整理したものに接触することに限られるので、事案の真相を把握する力が養われにくいなどの指摘がされた。
これに対する再批判としては、公正中立な立場で判断するための訓練という点では、現在のキャリアの裁判官がすぐれている、安定性のある判断を行う能力は、キャリア裁判官の方が身につけやすい、現行制度は、裁判官の公平、廉潔という美徳を保つのに適している、全国に一定水準の素質、能力のある裁判官を公平に配置するためには、現行制度がすぐれているなどの指摘がされた。
(4) 法曹一元制度の類型・内容(日弁連要綱、日法協要綱)(資料7-1)
設置法にいう法曹一元の制度に包摂される制度の主張として、調査を行うこととされたのは、次の2つであった。
ひとつは、日弁連が昭和29年にまとめた「法曹一元要綱」(日弁連要綱)であり、判事のみならず検事もまた相当期間弁護士の経験のある者の中から選任すべきものとし、したがって、弁護士が判検事の母体となることから、その任命は日弁連の推薦に基づくものとし、また司法研修所は弁護士の研修所として日弁連の下に置くべきことを骨子としている。
もうひとつは、日本法律家協会が昭和36年にまとめた「法曹一元を実現する具体的要綱」(日法協要綱)であり、裁判官を、弁護士のみならず検察官その他法律に関する職務につき豊かな経験を有する法曹有資格者から選任するものとし、法曹三者等から成る新しい法曹団体を設立して、これに法曹一元の実をあげる上での推進的役割を期待し、また司法研修所の運営等、法曹の養成の任にもあたらせることとすると共に、更に、新制度実施までに準備期間を設け、その間に裁判官・検察官・弁護士の執務態勢について相当の改革を行うことを骨子としている。
これら要綱の規定にある理念としては、前者では司法の民主化が、後者では当事者経験を基礎とする長老裁判制が目指されているとみられる。
(5) 法曹一元制度の長所と短所に関する議論の紹介(資料7-4)
ア その一端を紹介すると、まず、裁判官の任用制度のいわゆる民主化の点について、法曹一元の制度の採用を可とする立場からは、裁判官の任用制度が国民的基盤の上に立っていないという弊を是正するためには、国民とより直接のつながりをもつ弁護士を裁判官に選任する制度が有効であるなどの意見が述べられ、これに対し、反対の立場からは、司法の民主化が何を意味するのか不明である、弁護士から裁判官を採用すれば、裁判に対する国民の信頼の問題が氷解するとは考えられず、要は、裁判官その人の教養と人格いかんであるなどの意見が述べられた。
イ 次に、弁護士経験による利点に関しては、法曹一元の制度の採用を可とする立場から、実社会に直接接触して、生きた社会の実態を知り、豊富な社会的経験を有する弁護士が裁判官になることにより、真相に適した裁判が行われるようになる、弁護士から裁判官を採用することにより、広い視野を有する裁判官を得ることができるなどの意見が述べられ、これに対し、反対の立場からは、弁護士のみが社会常識に富むとすることは独断であり、弁護士の経験のみが裁判官に必要な経験とはいえない、弁護士の経験といえども間接的なものにすぎない、弁護士の経験にはともすれば裁判官に要請される廉潔、公正ということと矛盾する面があるなどの意見が述べられた。
ウ さらに、その他の点に関して、法曹一元の制度の採用を可とすべきとする立場からは、法曹一元制度が実現されれば、在野法曹が司法の運営に責任を持つことが制度的に明確になる、在朝在野の法曹の対立感の一掃、裁判所に対する法曹全体の協力体制が必要であるが、そのためには法曹一元の制度を確立する必要があるなどの意見が述べられた。これに対し、反対の立場からは、英米における法曹一元の制度は、それぞれに特有な歴史的及び社会的背景の下に自然にできあがったものであって、一挙に法律で作ったものでもなければ、作りうるものでもない、英米のような判例法主義の下に成立した制度は、わが国のような成文法主義の国で直ちにこれに追随することはできない、法曹中の長老が裁判をすることによる効果をあげるためには、法曹全体、ことに弁護士全体の中に一体感及び国民の信頼感が存在することが必要であるが、そのような社会的背景が欠けているなどの意見が述べられた。
(6) 法曹一元制度が実現されるための前提条件(資料7-5)
臨司において、法曹一元の制度が実現されるための前提条件として指摘された点及びその理由として述べられたものは資料8-4のとおりである。そこでは、法曹人口の飛躍的増加、弁護士の地域的分布の平均化、弁護士に対する国民の信頼度の向上などが指摘されている。これらのうち、法曹人口が飛躍的に増加すること、弁護士の地域的分布が平均化すること、法曹、特に弁護士の質が向上し、これに対する国民の信頼感、親近感が増大すること等が必要であるという点については、ほとんど異論が見られなかった。
(7) 法曹一元制度の実現可能性についての見とおし(資料7-6)
法曹人口の増加は、司法試験制度の改善により、将来性に富む人材を多数合格させることにすれば、漸次その実現を図ることが可能であるなどとして、法曹一元の制度が実現される可能性があるとする見解と、法曹人口が全国的に増加することは、国民の法的意識の変化や国民の経済力が伸張しない限り期待できない、仮に全体的な法曹人口の増大が可能となっても解消の見とおしは困難であるなどとして、近い将来における基盤の整備を期待することは困難であり、法曹一元の制度を実現しうることとなる可能性を予測することはできないという見解に分かれた。
(8) 一元の制度の採否についての結論(資料7-7、7-8)
ア 審議の過程において示された見解の要約は、資料8-6のとおりである。
(甲説)直ちに法曹一元の制度の採用を決定して、基本的立場を確立することが必要であるが、現段階では、実現されるための基盤となる諸条件がいまだ完全には整備されていないから、一定の期間を置いて整備することに努めるべきである。
(乙説) 法曹一元の制度は、わが国司法制度の将来にとって望ましいが、実現されるための基盤となる諸条件はいまだ整備されておらず、近い将来においてそれが整備されるものと予測することも困難である。現在この制度の採用を決定すること又は将来の基盤整備を予定して、あらかじめ決定することは不可能であり、現段階では、まず法曹一元の制度の理想を志向し、その実現のための基盤を培養するに適した施策を講ずることとすべきである。
(丙説) 法曹一元の制度は、すぐれた制度の一であるが、実現のための基盤は整備されておらず、近い将来において整備されるものと予測することも困難であり、制度採用を決定することはできない。現行の裁判官任用制度も、その運用によろしきを得るときは、一つのすぐれた制度であるが、なお改善すべき点があるから、法曹一元の制度のすぐれた点をも考慮しながら、現行制度の改善を図ることとすべきである。
(丁説) 法曹一元の制度は、現在のところ、抽象的な理念として主張されているにすぎず、現実の社会的な制度としては、いまだその構想が具体化されるに至っていない。現実の制度としてどのような内容となるのか、望ましいものとなるかどうかは、きわめて疑問であり、現行の裁判官の任用制度を維持しつつ、これに関連する諸制度の欠陥を除去することに努めるべきである。
イ このうち、甲説が法曹一元の制度の採用を決定すべきであるという考え方、乙、丙、丁説が現段階で採用を決定すべきでないという点で共通していたが、乙、丙、丁説の見解に立つ者からは、現段階において、現行の裁判官の任用制度及びこれに関連する制度について、例えば、
① 異なる経験を有する者が裁判官として互いに切磋琢磨する機会を豊富にするため、できる限り、弁護士、検察官、大学教授等の経験をもつ者を裁判官とすることが望ましく、容易にするような施策を講ずること
② 判事補が独立して裁判を行うことを認めている現在の例外的措置について制限を加え、裁判所法制定当初の構想に近づくように努めること
③ 司法試験制度を改善して、将来性に富む素質のすぐれた人材を多数吸収することに努めること
④ 弁護士の質の向上及びその公共的性格の強化に努めること
というような改善を加えるべきことが主張されていた。
ウ さらに検討が重ねられ、法曹一元の制度が英米の例に徴しても一つの望ましい制度であること、およそ制度は円滑に実現されることを必要とするが、法曹一元の制度については、そのために必要な基盤となる諸条件(たとえば法曹人口の飛躍的増加、弁護士の地域的分布の平均化等)が現在まだ整備されていないことについては異論がなかった。諸条件の今後の整備の見とおしについては、意見が分かれ、結局、一定の期間の経過後においてこれが整備されるに至ることを予測しうるには至らなかった。
そこで、いま直ちに法曹一元の制度を採用することができず、基本的には、現行の裁判官の任用制度を維持すべきであるから、現段階においては、法曹一元の制度の長所を念頭に置きながら、現行制度について改善を図るとともに、法曹一元の制度は種々の長所をもった一つの望ましい制度であるから、それが実現されるための基盤を培養することについても、十分の考慮を払うべきものと考えられた。
エ 以上のような次第で、調査会では、全員の一致した意見により、結論として、「法曹一元の制度(臨時司法制度調査会設置法第2条第1項第1号の制度をいう。)は、これが円滑に実現されるならば、わが国においても一つの望ましい制度である。
しかし、この制度が実現されるための基盤となる諸条件は、いまだ整備されていない。
したがって、現段階においては、法曹一元の制度の長所を念頭に置きながら現行制度の改善を図るとともに、右の基盤の培養についても十分の考慮を払うべきである。」と決定された。
3 臨時司法制度調査会以降の状況
(1) 「実現されるための前提条件」の整備状況(資料8-1~8-10)
「実現されるための前提条件」の整備状況が臨司以後どのようになっているかについては、統計等各種客観的データに基づいて具体的に検証していく必要がある。今後資料をより充実させていく必要があるが、現時点で収集したデータで例えば、法曹人口の飛躍的増加や弁護士の地域的分布の平均化等について見てみると、次のとおりである。
ア 法曹人口の飛躍的増加
法曹一元の制度が実現されるためには、法曹全体の人口が現在に比し飛躍的に増加しなければならないとされたが、法曹人口の推移については、総数について、資料9-1関係のとおりである。
イ 弁護士の地域的分布の平均化等
弁護士偏在問題については、資料9-2関係のとおり弁護士が0から4人までの地域は、0-4マップのとおりである。都道府県別の弁護士数及び弁護士1人あたりの人口、臨司当時と現在との比較における弁護士会員の推移、平成元年以降の新規登録弁護士数の推移、弁護士の平均年齢の状況についてはいずれも資料を参照されたい。
(2) 近時の議論の経緯
ア 臨時司法制度調査会の意見が発表されると、当時日弁連においては、この意見に対して、わが国司法制度の根幹に触れる重要問題に調査検討を加えての試みであることを評価しながらも、その内容については、法曹一元の制度に対し、消極的な態度を示したこと、現行制度のうち、民主国家の司法の理念とは相容れない官僚的側面の除去に熱意を欠くのみか、むしろ司法行政等の問題においては、これを強化するかのごとき提案をし、訴訟の促進や裁判手続の合理化を追求するに急なあまり、形式的、便宜的な能率主義にとらわれていることを不満として全面的に批判的な立場を取るに至った。
イ その後、法曹一元の問題は、しばらく休眠ともいえる状態が続いたが、平成2年に、日弁連は、「司法改革に関する宣言」を決議し、法曹一元制度を司法改革運動のなかで実現すべき課題として設定し、平成10年11月には、「司法改革ビジョン」をとりまとめて、法曹一元制度への転換の必要性を課題として設定した。
さらに、社会の複雑・多様化等の進展に伴い、規制緩和等の諸改革が行われる中、自己責任の原則に貫かれた事後監視型社会への転換から、司法機能の充実・強化の必要性を求める声が主張されるようになり、平成10年には、日本経済団体連合会の「司法制度改革についての意見」や自民党司法制度特別調査会報告書が出されるなど、政界や経済界等からも司法制度改革に関する各種の提言が相次いで出されるようになり、法曹一元の問題が検討課題の一つとして取り上げられるようになった。
日本弁護士連合会の法曹一元が官僚裁判官制度の弊害をなくすという点を強調しているのに対し、経済界のそれは、裁判官が幅広い社会・経済事象を理解できることの必要から裁判官以外の職務経験の必要性を強調している。
ウ その後、平成12年2月、日本弁護士連合会が「法曹一元要綱試案」をまとめた。そこでは、法曹一元を「弁護士、検察官、大学の法律学教授又は助教授を、10年以上つとめた者が、地域の民意を反映する独立した機関の厳正な審査にもとづく推薦を受け、昇任・転任制など統制的要素が原則として存在しない裁判所機構のもとに、弁護士の身分を離れ、指名・任命されて任官する制度」としている。
また、中坊公平委員は、当審議会において、平成11年11月の「審議事項に関する試案」や平成12年2月の「弁護士制度改革の課題ーその2ー(レポート骨子)」において、法曹一元は、「弁護士となる資格を有し、裁判官以外の法律職務に相当期間従事した者が、地域の民意を反映する独立した機関の厳正な審査にもとづく推薦を受け、昇任・転任制など統制的要素が原則として存在しない裁判所機構のもとに、弁護士の身分のままで指名・任命されて着任する制度」と主張した。
(1) 法曹一元の意味(概念)の多義性
法曹一元の意義については、臨時司法制度調査会の報告書において整理された4つの意義、そのうち「裁判官又は裁判官及び検察官の給源をもっぱら弁護士の経験がある者に求めること、あるいは裁判官の給源をもっぱら弁護士、検察官等の経験がある者に求めること」という意味における法曹一元の制度に包摂される概念として、臨司では日弁連の「法曹一元要綱」(昭和29年)と日本法律家協会の「法曹一元を実現する具体的要綱」をとりあげて調査対象としたこと、前者が司法の民主化を大目標としているのに対し、後者は当事者経験の重視又は長老裁判制の尊重を基調とするものと見られていることはすでに見たとおりである。近時、矢口元最高裁判所長官が、法曹一元について、裁判官は、弁護士、検察官、大学教員、会社法務部勤務者、行政官を含め法曹資格を有する者の中から、仲間のうちの大先輩である長老格の者から選任するという制度と述べているのは、この日本法律家協会の要綱の考え方に近いものと思われる。また、すでに見たように、アメリカやイギリスもそれぞれ独自の法曹一元制度を有しており、特にアメリカは連邦と州とで異なる制度となっている。
(2) また、視点をかえて、裁判官の給源の範囲をどのように考えるかという観点からみた場合、①弁護士に限るもの(昭和29年日弁連要綱)、②弁護士、検察官のみならず法曹資格者で法律に関する職務に極めて豊かな経験あるものとするもの(昭和36年日本法律家協会など)がある。
(3) さらに、法曹一元の制度の要素としてどこまでのことを考えるかについて、臨時司法制度調査会におけるように、これを裁判官の給源の問題として考えるものから、給源の問題にとどまらず、裁判官の選任過程、人事制度を要素として考慮するもの(平成12年日弁連要綱)や、加えて弁護士資格との関係を要素として考慮するもの(中坊公平案)がある。
2 検討すべき課題
わが国社会のあるべき裁判官像とは何か、そのための人材をどのようにして確保するか等について、「国民の視点」に立って幅広く検討することが必要である。そのような観点から、次の事項が検討すべき課題になると考えられる。
(1) キャリアシステムと法曹一元制度の長所と短所の整理
(2) わが国のキャリアシステムの果たしている役割と問題点
(3) アメリカ、イギリスの法曹一元の制度と機能
(4) わが国社会において求められる法曹の役割と裁判官任用制度
以上