(別紙2)
平成12年5月16日 司法制度改革審議会 委員 山本 勝 |
以上
平成12年5月16日 司法制度改革審議会 委員 山本 勝 |
かつての臨時司法制度調査会の答申は、法曹三者間の理念面での対立があって、具体的成果を得るに至らなかったわけですが、これにより、一般国民や企業といったユーザーのための司法の見直しが、ほとんど顧みられないまま、過去何十年にわたって放置されてきたわけです。
この反省に立ち、今回の司法制度改革審議会は、司法のユーザーの目線から、司法制度を見つめ直すことに最大の眼目が置かれていると認識しております。とりわけ今、我が国社会は、規制緩和の進展による自己責任・自助努力の必要性、あるいは経済活動における国際性やスピード感の高まりなどから、司法の重要性が否応なく高まってきているわけであります。
本審議会におきましては、こうした情勢に対応した司法制度の議論を進めていくことが、ことに重要であり、活きた経済活動や市民生活のニーズに応え切れていない、現行司法制度の機能面の改革に、大いに力を注いでいく必要があると考えております。
私は、現在の我が国の民事裁判に基本的な信頼が失なわれているわけではないと考えていますが、ユーザーにとって欠けている機能、不足している機能は多く、これらの充足を積極的に求めていくという観点から、以下の各項目の改善策を提案したいと思います。
このためまず、裁判所へのアクセスの拡充の第一歩といたしまして、弁護士改革の必要性を申し上げたいと存じます。具体的には、弁護士の大幅な増員という人的基盤の拡充をベースとしまして、弁護士情報の開示、弁護士事務所形態の見直し、企業法務、隣接法律専門職種への法律事務の開放等々でありますが、「弁護士改革」は改めて取り上げられることが予定されておりますので、深く立ち入ることは避けます。ただここでは、経済界が求めている弁護士改革の要は、大幅増員や自由化のもたらす「競争」を通じた弁護士の法的サービスの向上であることを強調しておきたいと存じます。弁護士は、「国民の社会生活上の医師」であると同時に、経済活動の国際性、専門性の高まりの中で、ますますニーズの高まっている法的ビジネスの担い手でもあることに留意すべきです。
以下におきましても必要に応じ、弁護士改革にも触れることをご了承願いたいと思います。
さて、法的紛争に直面した国民が、まず知りたいと思うことは、どこにどのような紛争解決手続が存在し、それらにかかる費用や時間はどの程度であるか、という「紛争解決手続のメニュー」であります。これからは「情報」が、国民生活の大きなよりどころです。これらのメニュー情報の充実が、紛争に伴う国民一人一人の不安やエネルギーの浪費を軽減する大きな力になるものと考えます。そのためにはまず、弁護士あるいは弁護士会が紛争処理方法に関して、総合的な情報提供・相談窓口としてより一層機能を発揮することが期待されます。
これに加えて裁判所自身による相談窓口の充実強化が望まれます。現在家庭裁判所の家事相談等よく機能している例をさらに進めて、総合的相談窓口を例えば全地裁に設置し、裁判手続のみならず、裁判外の紛争処理手続(ADR)も含めたメニューを集約し、相談に応じることが有効と考えます。また、集約した情報は、インターネット、パンフレット等の媒体を通じて広く提供を行うことも必要であると思います。
(裁判例、及び係属中の裁判に関する情報提供の充実)
裁判所が、裁判例や係属中の裁判に関する情報を積極的に提供することも、紛争防止や解決にとって重要であります。その際、出版物だけでなくインターネットの活用も有効な手段です。
すでに、最高裁のホームページを通じて、東京、大阪の各高等裁判所、東京、大阪及び名古屋の各地方裁判所を中心に知的財産権関係民事・行政事件の判決が「速報」として提供され、また、先例価値のある最高裁判決が公開されており、こうした判決情報の公開がさらに拡大されていくことが望ましいと存じます。裁判所が広く開示を行えば、自然発生的にそれを容易に検索するようなシステムの構築もビジネスとして現れてくることが期待できます。
判決のみならず、現在係属中の裁判の情報についても、マスコミ報道やキーワードに基づく問い合わせ(例えば、次回期日)に、裁判所の窓口で対応できるようにすべきであります。
次いで、国民の裁判へのアクセス向上の観点から、裁判に要する費用負担の軽減が課題となります。裁判費用のかなりの部分は弁護士費用であり、弁護士の競争を通じた合理化・透明化が何よりも必要であると考えております。
現在、日弁連と単位弁護士会が定めている報酬基準規程が一つのよりどころとなっておりますが、競争制限的に機能する恐れもなしとせず、むしろ個々の弁護士の情報公開による報酬基準の明確化や相談に応じる際の報酬の合理的説明の徹底が大切と考えます。
(勝訴者の弁護士費用の敗訴者負担制度の導入)
また、勝訴者の弁護士費用を敗訴者負担とすることも検討が必要であります。現在、不法行為については、原告が、請求する賠償額の中に弁護士費用を含め、これが認められることも多くなっているようですが、不法行為以外のケースや被告が勝訴した場合には請求できないという状況にあります。勝訴者の弁護士費用を敗訴者に負担させる制度を導入すれば、正当な理由のある訴訟を提起しやすくなるばかりか、不合理でほとんど根拠のない訴訟を抑制することもできます。
ただし、敗訴者負担を制度化する場合には、公平の観点から原告、被告ともに敗訴した場合の負担を求めるとともに、負担費用を法定することも検討を要するものと考えます。なお、労働訴訟の原告など敗訴者負担が適切でないと考えられるようなケースでは例外扱いも必要と考えます。
(提訴手数料の一部低額化)
裁判に要する主な費用の内、弁護士費用以外のものとして提訴手数料があり、現行の制度はスライド制となっております。このスライド制について、訴訟の活性化のために見直しを求める声もあるようですが、現行スライド制が正当な訴訟を抑制するものになっているとは思われず、基本的に維持すべきものと考えます。
ただし、相続を巡る個人訴訟等、当事者にとって手数料の負担が重いと思われるケースに限っては、さらなる低額化を考慮する余地があると思います。
(訴訟費用確定手続の抜本的な簡素化)
訴訟費用につきましては、制度上、勝訴者が敗訴者から回収できることとなっております。しかし、その確定手続に時間を要するため、わずかな訴訟費用を回収するために煩雑な手続を行っていては費用倒れになることから、実際にはほとんど利用されておりません。そこで、訴訟費用は類型ごとに定額化し、付随請求たる訴訟費用の確定手続も別個に行うのではなく、主たる請求の審理の中で行うことも考えられます。
とりわけ、医療過誤、知的財産権等の専門性の高い訴訟には依然として相当の時間がかかっており、こうした訴訟を手続の適正さを損なうことなくいかに促進するかが、民事裁判の迅速化の中心的課題であると認識しております。
なお、特に重視しております専門性の高い訴訟につきましては、項を改めて述べたいと思います。
多様な訴訟手続を用意することは、簡易な訴訟をスピーディーに処理するとともに複雑・高度な事件に限られた裁判所のリソースを集中させることにより、全体としての効率性を高めることに繋がります。しかし、現行の裁判手続では、訴額90万円以下の簡易裁判所手続、さらにその中の訴額30万円以下を対象とする少額訴訟手続がある他、それ以外の訴訟は、全て同一の手続で処理されております。
このため簡易裁判所の事物管轄を引き上げる、少額訴訟の対象を拡大する等を行うとともに、地裁段階においても、英国のように訴額に応じた複数の裁判手続の導入を図ることを提案したいと思います。
(多様なADRの充実とその利用を促進する仕組みづくり)
一方、ADRは、民事調停、家事調停という裁判所の関与する手続の利用が盛んである反面、その他民間によるものは「(財)交通事故紛争処理センター」を除いてあまり利用されておりません。
ADRは裁判に比べて廉価、迅速であること、特定の専門分野について高度な専門性を備えることができること、利用者のニーズに柔軟かつ機動的に対応できること等様々な利点を有しており、その育成、充実を図るために多面的な施策が必要であります。まず、既述したように「紛争解決手続のメニュー」の情報提供が大切です。そもそも一般国民は、そうした機関の存在すら知らない人が大部分であることを想起する必要があります。
また、訴訟からADRへの移行など訴訟との連携を図り、紛争に応じた柔軟な対応を可能にするとともに、時効中断、執行力など、その利用に対するメリット付与などいろいろなアイデアを集めていくことが大切です。さらに信頼性を高めるため、人材面では、裁判官OB、隣接法律専門職種など幅広い活用を図っていくことが考えられます。
その中で、これまでの裁判実務における作業を分析し,可能なものについては、予め類型ごとに標準的な審理期間を示したり、それを参考に予め複数の期日や書面の提出期限を指定したりするなど、両当事者の予測可能性を保ちつつ、裁判官の訴訟指揮権を積極的に活用する工夫をしていくことが必要なのではないかと思います。
なお、民事訴訟の活性化のため、民事訴訟手続等に関して、米国流のディスカバリー、クラスアクション、懲罰的賠償の導入論も言われているようですが、基本的には上述のように、新民事訴訟法により文書提出命令の拡充、当事者照会制度の導入、選定当事者制度の拡充などが行われ、現在はそれに対応した実務の定着を図ることが重要であると考えております。また、これらの制度は、米国において特に肥大化したものであり、最近でも、日本企業が割り切れない和解を選択せざるを得ない原因となる等多くの苦い経験をしてきており、これらの導入の可否については極めて慎重な論議が必要であります。
また、裁判官が専門部などにおいて専門事件に長期専念できるような人事ローテーションの工夫など、裁判官自身の専門性を向上させる施策も考えていく必要があると考えます。
専門事件で不可欠な専門家の知見の活用形態は、様々なものがありますが、その中で、まず、現在幅広く活用され、専門事件にとって不可欠な存在となっている鑑定人に関しては、鑑定人が決まるまでに相当な時間を要しているという問題があります。
その解決のためには、第一に、組織的にその数を十分確保することが必要です。例えば、人材を広く全国に求め、名簿を整備し、ネットワークを確立することが必要です。また、鑑定人のなり手が少ない要因の一つである直接の尋問にさらされる負担を軽減するため、例えば、予め尋問事項を出してもらい、裁判官を通じた尋問を行うことが考えられます。さらにインセンティブとして、例えば、鑑定人としての実績について名誉称号を考えるなども必要ではないかと思います。
(弁護士と専門家の協働の促進)
企業経営において専門性の高い法的問題が急増しており、現在のゼネラリスト中心の弁護士だけではもはや対応できなくなっているというのが実状であります。弁護士改革を通じた将来的な弁護士の専門性強化には大いに期待しておりますが、当面の改革としては、隣接法律専門職種の専門性、知見を訴訟やADRで活用することが重要であります。
企業のニーズとしましては、総合的な法律判断のプロである弁護士と専門家がチームとして機能することが望ましく(総合事務所化)、そのための障害となっている弁護士法の見直しを要望したいと思います。
さらに、隣接法律専門職種に対して情報の開示と研修強化を前提に、当該専門分野に関する訴訟代理権を付与するといった手当も前向きに考える必要があります。
(専門家が裁判官を補助できる仕組みの強化)
一方、裁判官の専門性を補う方策として、専門家を早い段階から手続に取り込んで活用する必要があります。このため現在、裁判官の補助者として機能発揮している調査官制度、司法委員制度、専門調停制度の拡充が考えられます。
次に、専門家がジャッジに加わる専門参審制の導入が考えられます。参審制に関しましては、あくまで諮問機関にとどまるのか、評決権を有する形にするのか制度の工夫が必要になると考えます。
いずれにせよ、専門家の裁判手続での活用に関しては、ある特定の形態に特化するのではなく、事案の性質に応じた多様な活用システムが用意されることが望ましいと思います。
まず、民事執行の人的体制につきましては、バブル経済の崩壊に伴う事件数の増大に対処し、執行官の増員等の強化策が図られてきており、一定の成果を上げているとのことであり、まず、その方向でのさらなる充実を望みたいと思います。
次に、円滑な民事執行の障害となってきた財産の隠匿や不法占拠などにつきましては、これまでも判例の蓄積、民事執行法の改正など様々な努力がなされてきましたが、最終的には立法措置が不可欠と考えます。
財産の隠匿に対しては、独、仏、英の制度を参考に、裁判所が敗訴者に自己の財産状況を開示するよう命じる「財産状況申告命令」や、雇用主や銀行等第三者に対して敗訴者の財産に関連する情報の提供を求める「財産照会手続」を創設すべきです。また、現行制度では、敗訴者が判決に従わない場合に一定の金銭の支払いを命じる間接強制は、直接の執行が不可能な場合にのみ認められていますが、少額事件のように、直接の執行をすると費用倒れになることもあるなど問題があり、間接強制の適用範囲の拡大が必要と思います。
さらに、執行妨害の道具とされてきた短期賃借権の廃止なども行うべきであります。
以上