第25回会議配付資料

(別紙2)

国民の期待に応える刑事司法のあり方について(骨子)

平成12年7月11日
司法制度改革審議会
委 員   山 本 勝
 


(はじめに)
 いわゆる「精密司法」と言われる現行刑事司法のあり方は、現在でも国民から基本的に支持されているものと考えているが、近時の社会構造・国民意識の変化に対応した見直しが必要。
 具体的な論議に当たっては、裏付けとなる事実、統計、諸外国の法制との比較、専門家の知見等を踏まえた慎重な検討が重要。以下の提言は、そういう意味での十分な裏付けに乏しく、適切な論議にどれだけ寄与できるかおぼつかないが、あくまで一つの国民感情の発露として受け止めていただければ幸い。

1.社会の構造変化に対応した刑事司法の充実
 犯罪の凶悪化、国際化、組織化、高度情報化等には著しいものがあり、今後犯罪捜査の困難化がますます進展していくものと思われる。こうした変化に対応した刑事司法の充実を検討することも必要ではないか。
①新たな捜査方法・公判手続の必要性
②証人の保護方策の強化

2.正義感の揺らぎに対応したバランスの回復
 オウムによる前代未聞のテロ犯罪、多発する少年犯罪等とこれらにおける被疑者、被告人の人権擁護、量刑のあり方について、国民は少なからぬ違和感を覚えている。刑事司法のうち処罰の内容等については、人権擁護から適正な処分という方向にウエイトを移していくことも必要ではないか。
①犯罪の重大性に対応した刑のあり方
②少年法のあり方
③検察審査会の判断への強制力付与

3.捜査手続における被疑者保護の拡充・強化
 改めて捜査手続における被疑者保護のあり方の重要さも感じる。真実発見への期待が国民に強く、正義感に立脚した適正な処分が望まれるだけに、これまで以上に適正手続への配慮が重要。
①適正手続という観点からの被疑者保護の拡充・強化
②マスコミ報道のあり方

4.犯罪被害者及びその家族に対する配慮と救済
 刑罰権を国家が独占するというのは近代国家の基本であるが、一方で犯罪被害者等に対する配慮、救済が従来あまりにも顧みられなかったのではないか。最近、社会的関心が高まりを見せるなかで、ようやく犯罪被害者保護法等の制定で一定の措置が講じられることとなったが、いまだ十分とは言えずその充実を検討することが必要ではないか。
①被害者等の刑事手続への参加のあり方
②被害者等への裁判情報提供の拡充
③被害者等への経済的・精神的ケアの充実
④被害者等に配慮した取り調べ・証人尋問、身辺保護

5.刑事裁判の迅速化
 民事・刑事を問わず裁判の迅速化は、我々に課された大きなテーマ。とりわけ特定の複雑重大事件に関して審理の異常な長期化が見られ、被告人の人権保障上の問題を生じさせるとともに、刑事司法に対する国民の信頼を揺るがす結果となっている。刑事手続の合理化とともに、それを担う人的体制の強化も検討することが必要ではないか。  
①刑事手続の合理化
②刑事司法に携わる人的体制の充実・強化

以上

国民の期待に応える刑事司法のあり方について(骨子)

平成12年7月11日
司法制度改革審議会
委 員   山 本 勝
 

(はじめに)

 我が国の刑事司法は「精密司法」と呼ばれ、真実追究を旨とする十分な捜査と慎重な起訴、詳細な公判審理さらには犯罪者の処罰のみならずその更生、社会復帰にも重点を置くという際だった特徴を有しております。こういう刑事司法のあり方は、我が国の国民感情や文化、歴史との密接な関わりのなかで築き上げられたものであり、現在も基本的な支持を失っているわけではないと考えます。したがって、こうした特徴を大きく損なうような制度改革は行うべきでないと思いますが、近時の社会構造・国民意識の変化、とりわけ社会秩序を基礎から支えてきたコミュニティーの解体、社会の倫理観や教育機能の低下などの新たな状況のなかで、真実発見の必要性と人権擁護とのバランスに留意した所要の見直しが求められていると考えます。

 もちろん、刑事司法におきましては、そのありようが社会秩序、人権に直接関わってくるものであるだけに、論議に当たっては裏付けとなる事実、統計、諸外国との法制の比較、専門家の知見等を踏まえた慎重な検討が重要であることは申すまでもありません。そういう意味で、私の以下の提言は十分な裏付けに乏しく、適切な論議にどれだけ寄与できるかおぼつかないわけでありますが、あくまで一つの国民感情の発露として受け止めていただければ幸いであります。

1.社会の構造変化に対応した刑事司法の充実

 コミュニティーの解体、経済不安さらには外国人の増加、情報技術の発達などを背景に犯罪の凶悪化、国際化、組織化、高度情報化等には著しいものがあり、今後犯罪捜査の困難化がますます進展していくものと思われます。社会秩序の維持は紛れもなく国民が刑事司法に寄せる期待の大きな柱であり、この機能を今後とも維持していくために、こうした社会構造の変化に対応した刑事司法の充実を検討することも必要なのでないかと考えます。

①新たな捜査方法・公判手続の必要性

 新たな捜査方法の導入では、昨年国会で成立した組織犯罪対策3法の一つである通信傍受法が記憶に新しいところです。今後さらに犯罪の質的変化に対応していくため、「おとり捜査」「司法取引」「刑事免責」といった課題も出てくるものと思われます。

 ただし、当局の濫用的な権限行使による人権侵害の危険性、正義の実現に取引要素を持ち込むことへの違和感など、先進国のなかで抜きんでて犯罪発生件数の少ない我が国に、海外で発展した手法を安易に取り入れることには抵抗があると思います。しかし一方、犯罪の質的変化にどのように対応していくかという大きな課題があるなかで、タブー視せずにこれらの手法も有力な選択肢の一つとして広く議論されるべきです。またその際、オールオアナッシングではなくて弊害をできるだけ生じさせない制度的工夫と併せて論議するといった建設的な論議のあり方を望みたいと思います。

②証人の保護方策の強化

 社会の変化に伴って、捜査・公判に対する一般国民の協力が得にくくなっているとの話をよく聞きますし、おそらくそうであろうと思います。こうした事態への対処としては、例えば参考人としての出頭を義務化するといった締め付け強化の方向も考えうるでしょうが、前提条件として何より大切なのは、証人の保護方策の強化など一般国民が安心して証人になれる環境の整備であると考えます。

 証言に対しては反対尋問の機会を与えなければならないという裁判手続の本質的な要請があるわけですが、この度の刑事訴訟法改正でビデオによる証人尋問等が導入されたように、証人の負担軽減のための工夫をさらに進める必要があると思います。

 また、犯罪者側からの証人の保護については、現在でも必要に応じてそれなりの措置がとられる場合もあるように聞きますが、さらにそのシステム整備、体制の充実を図るとともに、そのことを広く一般国民に知らしめ、国民の安心感を醸成することが大切と考えます。

2.正義感の揺らぎに対応したバランスの回復

 オウムによる前代未聞のテロ犯罪、多発する少年犯罪とこれらにおける被疑者、被告人の人権擁護、量刑のあり方について、国民が少なからぬ違和感を覚えていることは事実で、刑事司法のうち処罰の内容等については、人権擁護から事件の重大さに対応した適正な処分という方向にウエイトを移して、そのバランスを回復することが必要なのではないでしょうか。もちろん「感情論」という側面もあるでしょうし、慎重に考える必要があることは十分認識しておりますが、多くの国民がその正義感を傷つけられているという現実は正面から受け止める必要があると考えます。

①犯罪の重大性に対応した刑のあり方

 近時、犯罪の凶悪重大さに比して刑が軽いとの被害者側からの不満が報じられる例が多く見られ、現在の法定刑、量刑のあり方について、国民の信頼が揺らいできている恐れがあります。

 第一に重大犯罪に対する法定刑として、我が国で定められている死刑と無期懲役の間に大きな落差があることが、その大きな原因になっているように感じます。

 無期懲役は運用の幅が大きく、単純に無期だから軽いというわけではないようですが、まさにその運用に委ねられているという点が、個別事例に応じた弾力措置というメリットを有する反面、判決による犯罪抑止効果、社会正義の実現という観点からは問題があると思われます。死刑と無期懲役との間の落差の大きさを解消するために例えば、現行の有期刑の最長期間15年について、その長期化、あるいは終身刑も論議されるべきではないかと思います。そうやって、刑罰の選択肢を広げていくことによって事案に即した適切な刑の選択を行いやすくするという視点も重要だと考えます。

 第二に刑事判決における量刑の問題として「相場主義」との批判を目にします。

 これは、裁判官が量刑において事案の個別性を重視せず、例えば初犯であるとか被害者の人数とかの形式的な基準に頼りすぎており、また検察官もこの相場を前提にした求刑、控訴等の判断を行っているという批判です。仮にこのような傾向が事実あるのだとしたら、そもそも量刑は刑法で明示されている幅のなかでの判断なのですから、事案に則し、国民感情と被害者感情をも踏まえた厳罰の適用をためらうべきではないと考えます。また、こうした「相場主義」に関しても、上記のような意味での重刑の選択肢不足も一つの要因になっているのではないでしょうか。

 なお、仮出獄後の再犯、しかも凶悪事件を引き起こしている事例も少なくないようです。仮出獄の判断がいったいどのようにしてなされているのか、その的確性をどのように担保しているのか、検証してみることも必要ではないでしょうか。また犯罪者や非行少年の更生や社会復帰に必要な保護観察制度は我が国刑事司法を支える優れたシステムだと思いますが、それだけにそれを支える人的体制について、ボランティアともいうべき保護司の方々に大きく依存したままでいいのか疑問であり、これらの方々への支援制度の充実等を検討することも必要ではないかと考えます。

②少年法のあり方

 近時の少年犯罪の凶悪化は極めて深刻な問題です。根本的には社会のあり方自体が問われているのだと考えますが、司法の分野では何をすることが必要なのかという論議が必要です。

 少年法に関して、前国会で事実の的確な把握のために少年審判手続に検察官の立ち会いを認める改正案が提出された経緯がありますが、こうした手続面での改正にとどまらず、そのあり方そのものに関わる抜本的な論議を望みたいと思います。安易に厳罰化を指向することには慎重でなければならないと思いますし、少年の保護育成に重点を置いたその理念や必要性は十分理解できます。しかしながら少なくとも今、少年法の基本的な枠組み、例えば対象とする少年の範囲、刑事罰対象年齢の範囲などについては、同法制定時には予想もつかなかった物質的な豊かさの達成、様々な情報の氾濫、家庭や学校の社会教育機能の低下など構造的な社会変化とこれに伴う少年の意識変化を踏まえた再検討が必要なときにきているのではないでしょうか。

③検察審査会の判断への強制力付与

 検察審査会は、検察官の起訴、不起訴の判断が厳密かつ慎重になされるあまり、

 本来起訴すべき事件が、これを免れることのないようチェックするという重要な機能を持っています。被害者の感情をよりよく受け止めていくという観点からも、この検察審査会のさらなる活用が考えられていいと思います。

 例えば現状では、検察審査会の判断に法的強制力はありませんが、その起訴を求める判断に強制力を付与することを考える余地があるのではないでしょうか。起訴すること自体慎重であるべきですが、審査会では相応の審理が尽くされるものであり、最終的な黒白は裁判手続のなかで決されるものであることを考えると、検察審査会の結論に何の法的拘束力もないことの方が不自然に思われます。

3.捜査手続における被疑者保護の拡充・強化

 近時、一般国民が被疑者となったときの経験談などを見聞きする機会が増えていますが、そこからは捜査というものの苛烈さがひしひしと伝わってきます。刑事司法の最も基本的な課題であり今更の感があるかもしれませんが、被疑者保護の観点からの適正手続の重要さをあらためて感じないわけにはいきません。上記のように真実発見への期待が国民に強く、また正義感に立脚した適正な処分が望まれるだけに、一方で適正手続という面ではこれまで以上に被疑者の人権擁護に配慮をすることによってバランスをとる必要があると考えます。

①適正手続という観点からの被疑者保護の拡充・強化

 現在、被告人については国選弁護人が付されることとなっていますが、被疑者段階については、そうした公的弁護制度が一切なく、弁護士会の「当番弁護士」の努力等によってかろうじて一定の被疑者保護が図られているのみであります。

 真実追究に重点を置く我が国刑事司法は、捜査における被疑者の取り調べのウエイトが大きく、被疑者段階での弁護活動の重要さは容易に推測できるところであり、何らかの形で被疑者・被告人を通じて一貫した公的弁護制度の確立を急ぐべきと考えます。その具体的な方法としては国の監督の下での新たな運営主体による登録弁護士や常勤弁護士等の活用やアメリカ流の公設弁護士事務所の設置等が考えられるところですが、税金を投入する以上、これに基づく弁護活動の適正さを担保するため一定のチェックをかけうる形とすること、あるいは資力のある被疑者について適正な自己負担を求めることなどを考慮した制度設計が重要であると考えます。

 次に、取り調べ過程について一定の透明化を進めることが重要だと考えます。これについては、一方で取り調べ機能への阻害という要因も考慮する必要があり、例えば取り調べに対する弁護人の立ち会いという方法は、その意味で適切かどうか疑問があります。取り調べの機能を大きく阻害せずに透明化の実を挙げる方法としては、まずは、今申し上げました被疑者段階からの公的弁護の確立を前提に、弁護人と被疑者との間の十分な接見交通を確保することが重要と考えております。この接見交通権については一昔前と異なり、現在運用面でかなり使い勝手のよいものになっているようですが、現状で十分なのかあるいはルールをもっと明確化する必要はないのか等検討する必要があると思います。

 加えて取り調べの日時等の記録も有効であろうと思いますが、さらなる透明化の方法として録音、録画という手段も考えられるようです。これらについては、取り調べられる本人の意識の問題、第三者を含めたプライバシー侵害とならないような公判での用い方などクリアーすべき問題もある一方で、調書の信頼性を担保し、公判での安易な調書の否認をなくすという捜査側にとってのメリットもあると思われ、論議を深める必要はあろうかと考えます。

 最後ですが、被疑者の勾留をいつまで続けるのか、被告人の保釈を認めるのかの判断に関して、時に捜査の便宜を重視した運用を感じるとの指摘も耳にしますので、犯罪の軽重や被疑者・被告人の社会的環境も配慮したきめの細かい運用を望みたいと思います。

②マスコミ報道のありかた

 次に被疑者に対するマスコミ報道のあり方についてです。現在のマスコミ報道のあり方は、報道の自由の名の下に、被疑者のプライバシー、名誉を著しく傷つけるものとなっています。仮に犯罪の発生やその内容に関する報道の必要性はあるとしても、あえて氏名や写真を報道する必要はあるのでしょうか。ましてや逮捕連行の場面、家宅捜査の場面などについてはさらに疑問です。少年法に関する論議の一環として、記事等の掲載の禁止に関する規定などとも関連して報道のあり方が論議になっておりますが、一方で、成人については同様な問題意識での論議はあまり見かけません。成人被疑者について、どのような形でプライバシー保護を図るのか、被害者に関する報道のあり方を含めて、真剣な論議が必要だと考えます。 

4.犯罪被害者及びその家族に対する配慮と救済

 個人の復讐を禁じ、刑罰権を国家が独占するというのはいわば近代国家の基本であると認識しておりますが、であるからこそ被害者及びその家族に対しては本来、国家としてのきめの細かい配慮が求められている筈であります。ところが従来我が国において犯罪被害者等は、基本的に訴訟の埒外に置かれ、必要があれば証人になるに過ぎないという扱いしかされないなど、被害者等への配慮、救済があまりにも顧みられなかったと言わざるをえません。最近社会的関心が高まりを見せるなかで、ようやく犯罪被害者保護法等の制定で一定の措置が講じられることとなりましたが、いまだ十分とは言えずその充実を検討することが必要だと考えます。

①被害者等の刑事手続への参加のあり方

 まず、刑事手続の遂行に被害者等自らの積極的な参加を求めるべきかどうかという基本問題があろうかと思います。諸外国の立法例では私人訴追のような被害者等のイニシアティブを大きく容認する制度もあるとのことです。「国家による訴追権の独占」は当然のこととして長い間認識していた私にとってちょっとした驚きでありましたが、復讐の容認に近いような違和感は拭えず、やはり検察のイニシアティブを維持することを前提として、そこに被害者等の気持ちを反映できるシステムを積み重ねていくということが現実的なアプローチであり、国民の意識にも合致しているのではないでしょうか。この意味で、先の国会で成立した犯罪被害者保護法の「意見陳述権」は、その一つの方法として評価できます。

 参加の論議に関連して、かつて我が国でも認められていた付帯私訴を復活させるべきとの主張もなされております。これは犯罪者に損害賠償を求める民事訴訟の効率化という意味もありますが、むしろ刑事手続への被害者等の参加の一つの形として位置づけられている側面が強いようです。こうした方法論を含め、被害者等の陳述のルール、及び法廷秩序維持に関する裁判官の権限、責任を明確化する等弊害が生じないようにするための措置も考えながら、被害者等の刑事手続への参加のあり方について前向きな論議が必要だと考えます。

②被害者等への裁判情報提供の拡充

 犯罪被害者等が何より求めているのは、事件の真相を知ることであり、その意味で被害者等への裁判情報の提供は重要です。こうした点を考慮して昨年から検察庁により被害者等通知制度が実施されており、さらに犯罪被害者保護法では、裁判傍聴への配慮に加え、訴訟記録の閲覧・謄写ができる道を開くなど、制度面での配慮も一歩前進しております。

 ただし訴訟記録の閲覧・謄写については「正当な理由」を条件としておりますので、その扱いとして、民事訴訟の資料にするなどの実際的な理由に限定することなく、ただ真実を知りたいと言う被害者等の真摯な感情にも十分配慮した運用を望みたいと思います。また、制度的な整備を待つまでもなく裁判の進行状況、裁判日時、加害者動向等に関して、今後出来る限り当局による情報提供の充実を図るべきと考えます。

③被害者等への経済的・精神的ケアの充実

 犯罪被害者等への国家による補償制度は、犯罪被害者等給付金がありますが、支給の要件が厳しく、支給金額も十分でないとの声が強いようです。税金の使途に関する問題であることから評価の難しいところですが、加害者に関する国選弁護人や保護矯正に投ぜられる税金の額を考えると、同列に論じることはできないとは思っても、あまりにアンバランスであると感じざるを得ません。

 また地下鉄サリン事件等を契機に、犯罪による直接的な被害にとどまらず二次的被害ともいうべき精神的被害の問題の深刻さが新たに認識されてきております。犯罪被害というのは予想することができず、もちろん保険で予めカバーできる性格のものではありません。そのような突然の悲劇に見舞われた人に対して、経済的な支援は勿論のこと、精神的被害についても心理学の専門家や民間のボランティア組織と連携した精神的ケアのシステムを充実させていくことに関しては国民のコンセンサスも十分得られるものと考えます。   

④被害者等に配慮した取り調べ・証人尋問、身辺保護

 そのほか、刑事手続上の様々な配慮が必要です。この点についても、犯罪被害者保護の観点から刑事訴訟法が改正され、証人となる場合の付添人、被告との隔離措置、映像による証言などが取り入れられており、評価できます。さらに取り調べ回数・時間、取り調べ官の態度などに関する不満など課題は残されており、少しでも被害者の負担軽減につながる措置の工夫が必要であります。なお、証人保護のところでも言及いたしましたが、加害者側からの報復に備えた身辺保護のシステム、体制の充実が望まれます。

5.刑事裁判の迅速化

 次に刑事裁判の迅速化について申し上げます。民事・刑事を問わず裁判の迅速化は、我々に課された大きなテーマであり、昨年末の「論点整理」におきましても、刑事裁判の迅速化が掲げられております。

 統計的に見ますと、大半の事件は迅速な処理がなされていると思われますが、世間の耳目を集めるような特定の複雑重大事件に関しては、審理の異常な長期化が見られます。これは、一方では被告人という不安定な立場が長期間継続することによる人権保障上の問題を生じさせ、また一方では犯罪の風化をもたらし、正義の実現が阻害されることによって刑事司法に対する国民の信頼を揺るがす結果となっています。特異重大事件を中心とする刑事裁判の迅速化のために、刑事手続の合理化とそれを担う人的体制の充実強化が必要だと考えます。

①刑事手続の合理化

 重大事件については、多くの公判を重ね、多数の証人を調べて複雑な事実関係を解明する必要があり、迅速化のためには例えば、毎週複数回の公判を開くといった集中審理を行うことが不可欠であると考えます。

 そのためには、何と言っても後で触れます弁護士の体制整備が大きなポイントになると考えますが、手続面でも改善の余地が大きいようです。例えば、争点整理を中心とした事前の準備が審理の効率化のために重要であることは民事訴訟と同様であろうと思います。現在、刑事訴訟規則で定められていながら殆ど機能していない事前準備について、これを義務づけることなどによって活用を図る努力が必要です。また手続の進行に関する裁判長の訴訟指揮権の明確化・強化の方策の検討が必要だと考えますが、まずは民事においてと同様、裁判長が既に有している訴訟指揮権を毅然として用いるという姿勢が基本であると考えます。なお近時、弁護人の辞任・解任による審理のとん挫という事例が見られましたが、公的弁護制度の導入と併せて私選弁護人についても、刑事弁護活動に関する公的責務のあり方、例えば正当な事由のない辞任の制限なども考えていいのではないかと思います。なお、裁判官の交代に関しても、審理の中断を生じないための配慮がなされるべきと思います。

 裁判の迅速化のための争点整理に関連して、検察官による弁護人への証拠開示の拡充の必要性ということも主張されているようです。現状では検察官が証拠調べ請求をする予定のある証拠については開示義務があるので、問題はそれ以外の検察官手持ち証拠の扱いをどうするかということのようです。

 早期の争点整理に資するという観点からは、開示を積極的に考えていく必要があると思いますが、一方で種々様々なものが含まれている捜査記録の開示によって関係者のプライバシーや名誉が害される恐れもあり、これへの対応策も同時に検討する必要があります。現状では最高裁判例で、裁判長が諸般の事情を勘案して開示を命じることが出来るとされており、この裁判長による開示命令という枠組みのなかでより積極的な判断を求めていくことが現実的ではないかと存じます。

 なお、刑事裁判の合理化に関して主張される「有罪答弁」については、得られる合理化メリットとの比較のうえで、真実発見が後退することへの国民の意識がどうなのかなど論議を深める必要はあろうかと思います。

②刑事司法に携わる人的体制の充実・強化

 集中審理を実施するには、それに対応しうる弁護体制の構築が不可欠であります。この点、先にも述べましたように被疑者段階からの一貫した弁護活動のための公的弁護制度を確立することは、弁護活動の充実のみならず、集中審理への対応の観点からも非常に有益であると考えます。

 また弁護士の業務形態の問題ですが、我が国の弁護士の多くは、個人事務所形態をとるなかで、多くの民事事件を抱え、刑事事件に専念できる体制にはないと感じております。しかも、社会的に反感を呼ぶ重大な刑事事件の弁護を引き受けると、依頼者から敬遠されるような雰囲気もないとは言えません。こうした事態を回避するためには、先に述べました公的弁護制度の充実が不可欠であるとともに、私選弁護の場合でも刑事弁護活動に専念できるよう弁護士事務所の法人化・共同化が重要であると考えます。

 さらに弁護士のみならず、刑事裁判の直接の担い手となる裁判官、検察官及びそれを支える裁判所書記官などの裁判所職員、検察事務官等の検察庁職員の質、能力の向上を一層進めるとともに、その増加を図ることが必要であると思います。

以上