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資料5
司法改革に関する宣言
国民の権利を十分に保障し、豊かな民主主義社会を発展させるためには、充実した司法の存在が不可欠である。
わが国の司法制度が日本国憲法の施行により一新されて以来四十数年が経過した。
この間、司法をとりまく状況は大きく変化し、とくに経済活動の発展と行政の拡大は、国民生活の向上をもたらした反面、国民に対する人権侵害等さまざまな摩擦を生じさせている。また一般の法的紛争も増加し、その多様化、複雑化が顕著である。国民は、司法があらゆる分野において人権保障機能を発揮するとともに、各種の法的紛争が適正迅速に解決されることを強く期待している。
しかし、わが国の司法の現状をみると、この国民の期待に応えていないばかりか、むしろ国民から遠ざかりつつあるのではないかと憂慮される。今こそ国民主権の下でのあるべき司法、国民に身近な開かれた司法をめざして、わが国の司法を抜本的に改革するときである。それには、司法を人的・物的に拡充するため、司法関係予算を大幅に増額することと、司法の組織・運営に生じている諸問題を国民の視点から是正していくことが何よりも重要である。さらに、国民の司法参加の観点から陪審や参審制度の導入を検討し、法曹一元制度の実現をめざすべきである。
他方、われわれは、弁護士会に自治権能が負託されている趣旨に思いをいたし、人権擁護の使命を十分に果たしているか否かの自省を重ねるとともに、自浄努力を怠ってはならない。当連合会は、これまでに司法制度の改革、改善のため数々の提言を行ってきたが、今や司法改革を実現していくための行動こそ、弁護士と弁護士会に求められている。
当連合会は、国民のための司法を実現するため、国民とともに司法の改革を進める決意である。
以上のとおり宣言する。
1990年(平成2年)5月25日
日本弁護士連合会
提案理由
- 日本国憲法の施行により、人権保障機能を確立するために司法権の独立が強化され、これを軸として装いを新たにした司法は、基本的人権保障の砦として大きな期待を背負って発足した。
初代最高裁判所長官三淵忠彦氏は、「民主的憲法の下にあっては裁判所は真に国民の裁判所になりきらねばならぬ。国民各自が裁判所を信頼し国民の裁判所であると信ずる裁判所にしなければならない」と力強く挨拶した。
この司法改革から四十数年を経た今日、わが国の経済は復興から高度成長への過程をへて国民生活を向上させたが、他方において企業活動による公害、消費者被害、環境破壊など国民に対する人権侵害も増大した。また、行政機能が拡大して国民生活のすみずみにまで及ぶに伴い、国民との問にさまざまな軋轢を生じさせるようになった。
さらに、社会の高度化、国際化の影響や国民の権利意識の変化などから、一般の民事紛争も増加し、その多様化、複雑化が著しい。
- しかし、司法の現状をみると、日本国憲法が掲げた高い理想は大きく後退し、国民の期待に応えていないだけでなく、国民からの距離を拡げつつあるように思われる。
第一に、裁判所が国家の権力行使に対する抑制機能を著しく低下させていることが挙げられる。すなわち、国や行政庁を被告とする訴訟において、裁判が行政追随傾向を強め、国民がこの種の訴訟で救済を受けることがきわめて困難になっており、また、刑事裁判が捜査の追認の場と言ってもよいほど形骸化するに至っている。
行政訴訟については、国等の全部敗訴率(国民の全部勝訴率)が昭和40年代はほぼ10%前後であったのに対し、昭和50年代には5ないし6%になり、昭和60年代に入ると2ないし3%に落ち込んでおり、事件別比較でも、すべての事件で国等の全部勝訴率が年々上昇している(日弁連第12回司法シンポジウムにおける報告)。
刑事訴訟をみると、捜査段階においては、逮捕、勾留、捜索差押等の捜査の行き過ぎを抑止する令状主義が空洞化し、公判段階でも、裁判所は自白調書の任意性を安易に認め、伝聞法則の原則と例外を逆転して運用し、違法収集証拠の排除を徹底せず、弁護人の主張立証を制限する等、総じて公判手続が捜査結果を追認する場になっている。その結果、無罪率は年々低下し、昭和63年には0.11%(但し、全部無罪。一部無罪を加えても0.19%)という驚くべき数字が統計結果にあらわれている。
さらに、検察官不足は、副検事による「肩代わり」現象を生むとともに、警察の捜査に対する検察官の抑制機能を低下させている。
わが国の刑事手続の実態は、憲法・刑事訴訟法の定める人権保障の原則が守られておらず、人権保障の国際的水準からも大きく隔たっていると言えよう。
第二に、民事紛争の処理、解決が国民のニーズに応えておらず、とくに民事訴訟の遅延は放置できない状況にある。
その一方で、訴訟運営の効率化を追求するあまり、裁判の適正や当事者の納得がなおざりにされる嫌いがあり、また、簡易裁判所や地方・家庭裁判所支部の統廃合にみられるように国民の利便を無視した合理化が強行されている。
- われわれは、このような司法の機能低下の原因を探るとともに、国民主権の下でのあるべき司法、国民に身近な開かれた司法をめざして抜本的にこれを改革しなければならない。
司法の機能低下の原因の第一に挙げなければならないのは、国家組織のなかで司法が相対的にその規模・容量を縮小させてきたことである。
裁判所予算の変遷をみると、昭和33年は、裁判所予算の国家予算に対する比率は0.83%であったが、最近は0.4%前後に低下している。このような予算上の理由もあってか裁判官の人数は事件数の増加に見合って増員されておらず、しかも最高裁判所は裁判官増員に積極的でないので、過少な人員による裁判運営が常態化している。訴訟遅延や裁判の行き過ぎた効率的運営あるいは裁判所機構の不当な縮小合理化は、まさにその結果である。
法務関係予算も、裁判所予算と同様、国家予算との対比においてその伸び率は高くない。検察官不足は、司法修習生の任官志望者の減少と検事の中途退官者の増加によるが、その主たる原因が検察の職の魅力低下であることは疑いないものの、予算の制約による良好といえない待遇もその一因をなしていることは否めない。
弁護士の態勢も国民の増大する法的需要に応えるためには十分とはいえず、法律扶助制度等の不備もあって、数多くの法的紛争が法的助言・助力を受けることなく放置されている。したがって、司法の人的陣容と物的設備の拡充拡大をはかり、全体としての司法の容量を大きくするため、裁判所予算、法律扶助を含めた法務関係予算を大幅に増額することが重要である.
司法の機能低下の原因の第二は、その組織・運営において生じている歪みであるが、その中でも官僚的司法の問題を挙げなければならない。
裁判所についていえば、司法行政部門が肥大し、個々の裁判官の独立を内部的に弱め、裁判所機構の行政官庁との近似牲を強めるにいたっている。その結果、裁判の画一化や裁判の行政追随傾向さらには刑事訴訟の形骸化といわれる現象が生じ、これらは裁判所と法務省との人事交流によって増大される傾向にある。
これを是正するには、裁判官会議に実質的な司法行政権を確保させるための方策を真剣に考える必要がある。
次に、検察庁については、検察官同一体の原則の強調が、独任官たる検察官の職の魅力を失わせ、人員不足の原因となっているとの指摘があり、その組織原理の再検討が必要であろう。
さらに、民主的司法すなわち国民に身近な開かれた司法を実現するには、わが国の司法制度に最も欠けているといわれる国民の司法参加を大幅に実現することが不可欠で、欧米諸国にならって陪審や参審制度の導入をはかるべきであり、抜本的には法曹一元制度の採用をめざすべきである。
- 司法改革の対象は、その役割の重要牲からいって裁判所による司法運営のあり方が中心とならざるをえないが、弁護士および弁護士会においても、その質・量の両面において国民の期待にそうよう改めるべき点が少なくない。われわれは、弁護士会に自治権能が与えられている趣旨に思いを致し、人権擁護の使命を十分に果たしているか否かの自省と自浄努力を怠ってはならず、かりそめにも、利己的、職益的発想から改革を拒んだりすることのないようにしなければならない。
- 当連合会は、これまでに司法の制度・運営に関する改善・改革のために多くの提言を行ってきた。法曹一元の実現・司法権の独立や裁判官の独立の擁護・最高裁判所機構改革・司法予算の拡充・訴訟遅延の解消等に関する宣言・決議は、定期・臨時の総会において、繰り返し行われており、その他、刑事訴訟法の運用改善、最高裁判所裁判官の任命の公正確保、司法研修所教育のあり方等に関する決議も行われている。
さらに、過去12回の司法シンポジウムにおいて、司法の制度・運営に関する改善・改革のための論議が重ねられてきた。
これらの提言の内容の多くは、残念ながら未だ実現されるに至っていないが、法曹界の内外において、司法改革の必要を認める世論の形成に与かって大きな力があった。しかし、司法とりわけ裁判所の運営は、世論の高まりとは無関係に国民からの距離をますます大きくする方向へ向かっているように思われる。
弁護士および弁護士会は、国民の人権保障の砦である司法を真に国民のものにするため、今や司法改革の実現に向けて行動に出ることが求められている。当連合会がこの要請に応え、国民とともに司法の改革を進める決意であることを国民の前に明らかにするため、この宣言を提案する。
司法改革に関する宣言(その2)
われわれは、昨年5月25日開催された定期総会において、司法改革に関する宣言を採択した。この宣言において、われわれは、わが国司法の現状が、法的紛争の適正かつ迅速な解決、人権保障、行政権のチェックなどの面においてその機能を十分に果たしていないばかりか、むしろ国民から遠ざかりつつあり、抜本的な改革を要する状態であることを指摘し、国民主権の下でのあるべき司法、国民に身近な開かれた司法をめぎして、国民とともに司法の改革を進めるとの決意を表明した。
以来われわれは、法務省および最高裁判所との協議により司法試験制度と法曹養成制度についての抜本的改革をめざして法曹養成制度等改革協議会を発足させ、また刑事裁判の現状を改革するための刑事弁護センター活動を推進し、さらに司法シンポジウムの討議を経て司法改革に関する組織体制等検討委員会を発足させ、司法改革に向けての継続的かつ積極的な取り組みのための組織体制を整える準備に入り、改革に向けて活動を開始した。この司法改革は、単に裁判制度の改革に止まらず、国民の権利をめぐる実体法、手続法のあり方、さらには弁護士と弁護士会のあり方を含め、広く司法全体を、身近でわかりやすくかつ利用しやすいものとし、国民の参加を拡大するとともに、適正かつ迅速な権利の実現をはかることをめざすものである。ここにおいてわれわれは、弁護士と弁護士会の使命に照らし、われわれ自身が国民の要求に応える姿勢を明確に示すことなくしてわれわれの主張を説得力あるものとすることはできないことを銘記し、弁護士と弁護士会のあり方を改革するとともに、この司法改革の理念を弁護士会のあらゆる活動の中心に据え、国民に訴えていかなければならない。
われわれは、司法改革の必要性を広く世論に訴え、弁護士の日常活動を通じて国民の要求を集約し、課題を策定するとともに、論議を深め、司法改革を推進する組織を設置し、長期的展望に立って、国民とともに、総力をあげ司法改革を実現していく決意である。
以上のとおり宣言する
1991年(平成3年)5月24日
日本弁護士連合会
提案理由
- 昨年の司法改革宣言において、われわれは、今日のわが国の司法の現状と問題点について分析し、これを改革するための基本理念を示した.
今日のわが国の司法は、日本国憲法の期待した人権保障機能を十分に果たしているとはいえない。行政訴訟における行政追随といわれる判決傾向、刑事訴訟における警察の捜査に対する検察官および裁判官による抑制機能の後退、民事訴訟における適正を欠く判決や訴訟の遅延など、国民の司法に対する期待を裏切る状況が続いている。
上記司法改革宣言の提案理由は、このような状況を指して「司法の機能低下」と呼び、その原因として次の二つを掲げている。
その第一は、国家組織のなかで司法が相対的にその規模・容量を縮小してきたことである。裁判官や検察官は十分に国民の期待に応えうる人員が確保されておらず、弁護士側の態勢も国民の増大する法的需要に応えるためには十分とはいえない。法律扶助制度の現状は先進諸国のそれに遥かに及ばない状況にある。
その第二は、裁判所および検察庁が官僚司法体制をとっているために、その組織・運営において歪みが生じてきていることである。行き過ぎた官僚的統制は組織の硬直化や国民生活からの隔絶を招いている。
上記司法改革宣言は、このような司法の現状をふまえ、今こそ国民主権の下でのあるべき司法、国民に身近で開かれた司法をめざしてわが国の司法を抜本的に改革すべきであると述べ、司法関係予算の大幅な増額および司法の組織・運営に生じている諸問題を国民の視点から是正していくこと、さらには国民の司法参加や法曹一元の実現をはかることを課題として掲げている。
- 昨年11月に開催された第13回司法シンポジウムにおいては、以上の問題意識の上に立って、司法の現状を総括したうえで、その原因を分析することからさらにすすんで改革の具体的課題について、論議がなされた。
シンポジウムで議論された改革の具体的課題を例示すれば、以下のようなものが挙げられる。
①最高裁判所裁判官の任命方式の改革・弁護士会からの推薦方法の改革
かつて日弁連が提案した最高裁裁判官任命諮問委員会制度の再検討をなし、また国会における最高裁判事候補者に対する聴聞会制度の検討をし、さらに弁護士会から最高裁判事候補者を推薦する際の手続をより開かれた民主的なものとすること。
②弁護士からの裁判官任官
全会員に対して実施したアンケートの結果をふまえた、任官のための条件の緩和および弁護士会が任官者の推薦およびバックアップを含めより積極的にこれに関与するためのルールづくり。
③司法関係予算の拡大
裁判所の人的・物的設備の充実ならびに法律扶助や国選弁護の拡充など。
④国民の司法参加
陪審制、参審制など国民の司法参加の制度の導入。
- 以上のような裁判所および裁判官制度の改革は、司法改革の中心的課題の一つであるが、司法改革の課題はそれに止まるものではない。
司法を通じての国民の権利の実現という観点からみたときは、国民の権利が裁判の場においてより実現しやすくなるような実体法の制定・改正(たとえば当事者適格の拡大、訴訟費用の軽減、挙証責任の転換など)、刑事訴訟法、民事訴訟法等をはじめとする手続法の改正、さらには国民の司法へのアクセスを実効的に保障する立場にある弁護士および弁護士会のあり方の改革(たとえば法律相談や法律扶助事業の抜本的拡大と運用改善など)を含め、広い意味での司法全体を通じて前記の改革の理念をふまえての再検討が必要といえよう。
その際の改革の視点を整理すると以下のようになろう。
①適正かつ迅速な国民の権利の実現をめざすこと
②司法を国民が身近に感じるようにすること
③司法を国民にわかりやすく利用しやすいものとすること―利用の範囲をひろげ、より負担を小さくし、手続をわかりやすく、利用しやすくすること
④司法への国民の参加を拡大すること
- このように広く司法改革をとらえるとすれば、それは弁護士会の活動の全分野に関連するものといえよう。したがって日弁連の全委員会において、各委員会の課題を日弁連全体の活動との関係できちんと位置づけ、受身の姿勢ではなく、より積極的な姿勢をもって、会員全員の共通の課題として司法改革の実現をめざすという共通認識をもつ必要があろう。
その際、まずわれわれ弁護士および弁護士会のあり方について真摯に検討を加え、われわれ自身が上記の改革の視点にてらし、日常活動を通じて国民の要求にみずから積極的に応える姿勢を示さなければならない。たとえば全国各地の弁護士会で実施されつつある刑事弁護活動に関する「当番弁護士制度」などはその先駆けと評価されよう。このような実績を国民の目に見える形で積み上げていくことにより、司法改革の理念は、国民に説得力あるものとなるのであり、地道にできることから一歩づつ進め、かつ常にこれを国民にアピールしていくことが求められているといえよう。
外国人弁護士問題、民訴法改正問題、法曹人口問題など、われわれをとりまく状況が激動しつつある現在、このような積極的な理念と姿勢を中心に据えていかない限り、これらの問題を正しく解決していくことはできない。
現在求められているのは、このような認識を共通にするための会内の広範な論議であり、われわれはこれを急いで進めていかなければならない。
- 前記の司法シンポジウムにおいては、司法改革の具体的課題からさらに進んで、司法改革を実現していくための組織および運動の課題について議論がなされた。その中で今までの日弁連の活動について、これまでも司法改革の提言・決議がいくつもなされてきたが、これを具体的に実現させていくための持続的、継続的な取り組みが不足していたこと、国民的視野で国民の理解を得る活動が不足していたこと、全会員の課題にしていくための努力が不足していたことなどが指摘された。
このシンポジウムの議論を受けて、司法改革の実現に向けて積極的かつ持続的に取り組んでいくための組織体制等検討委員会が本年4月に発足した。上記委員会は本年末までに各弁護士会と各種委員会の意見を集約して司法改革の課題を選定し、これを実行するためのあらたな組織体制の骨格について答申をする予定である。
また昨年4月に発足した刑事弁護センターは、わが国の現在の刑事手続を抜本的に見直し、制度の改正と運用の改善をはかるとともに、個々の弁護活動の充実をめざして、各弁護人に対する情報の提供、研修の強化など個々の弁護活動に必要な支援を進め、あわせて刑事裁判についての国民の理解をひろげ、国民のより積極的な司法参加の実現をはかることを目的として活発な活動を開始している。
さらに本年2月の三者協議会でその要綱を確定した法曹養成制度等改革協議会は、司法試験制度と法曹養成制度の国民的見地に立った抜本的改革及びこれに関連する事項(国民の立場からみた法律専門職のあり方、司法試験制度・法曹養成制度と大学法学教育の関係、法曹人口を含めて法曹三者のバランスよい後継者確保のための方策、現行制度を含む司法試験制度の運用のあり方及び改善など)等について協議を開始する予定になっているが、これについても日弁連は積極的に取り組むための準備を進めている。
- これらの動きは、すべて司法改革に繋がるものであり、われわれは、司法改革に向けての前進を開始しつつあるといえよう。
すでに司法改革の基本理念については、前述のとおり昨年の司法改革宣言において宣言したところであるが、今回これをあらためて確認するとともに、これを上記のような会内の具体的な取り組みや論議の成果をふまえ、司法改革を推進する組織の設置を含め、さらに一歩進めた内容とし、全国の弁護士と弁護士会が総力をあげ、国民とともにこれを実現していく決意であることを内外に宣言することにより、より着実にこれを実行していくため本宣言を提案する。
司法改革に関する宣言(その3)
われわれは,二度にわたる司法改革宣言を経て,日弁連の各種委員会や各地の弁護士会において様々な分野での改革を検討し,実践してきた。しかし司法改革への道は未だ緒についたばかりであり,今こそ,その飛躍的前進へ向けて,本格的な運動の展開を図らなければならない時期を迎えている。
司法改革は,司法を市民にとって身近で,利用しやすく,納得のできるものにすることを目指すものであり,本来その担い手は市民である。われわれはそのことを常に念頭に置き,市民と連帯し,市民とともに司法改革を実現していかなければならない。そのためには,弁護士及び弁護士会も自身を,市民にとって身近で,利用しやすいものにするべく自己改革をしていかなければならない。
また,市民とともに司法改革を実現していくためには,市民の目に見える大きな目標を提示して,そこに迫る道程を明らかにしていくことが必要である。その目標としては,①全国どこにでも市民の身近なところに裁判所や弁護士が存在し,市民が適切で迅速な権利の実現を容易に得られるような体制を整備すること(弁護士偏在の解消と司法の物的・人的規模の拡充),②陪審や参審など市民が直接司法に参加する制度を検討し導入すること(市民に開かれた司法の促進),③裁判官や検察官は市民の生活に直接触れて来た弁護士から採用していく制度を確立していくこと(法曹一元の実現),等が挙げられる。われわれは,これらの目標を達成するために,日弁連及び各弁護士会の様々な分野における実践を通じて,その成果を積み上げ,集約して市民に提示していかなければならない。
われわれは,以上のような司法改革に関する基本的な考え方を,日弁連の活動方針の求心的な理念として据えるとともに,市民との連帯,日弁連の各種委員会や各弁護士会の活動の有機的結合を通じて,司法改革に取り組む運動をさらに強化し,その実現を図る決意である。
以上のとおり宣言する。
1994年(平成6年)5月27日
日本弁護士連合会
提案理由
- 当連合会は,1990年(平成2年)と1991年(平成3年)の定期総会において2度にわたり司法改革に関する宣言をした。
当連合会は,1990年(平成2年)には日弁連刑事弁護センターを設置したが,1991年(平成3年)に法律相談事業に関する委員会,1992年(平成4年)に司法改革推進本部,さらに1993年(平成5年)には法律扶助制度改革推進本部を新たに設置し,その他の委員会における活動と併せて,様々な分野における改革を検討し,実践してきた。
ごく最近の例を挙げると以下のとおりとなる。
①裁判所,検察庁に市民感覚を持込み,裁判官,検察官不足に対処するための弁護士任官の推進
②当番弁護士制度の全国的展開,接見交通権の確立などとそれを契機とする刑事司法改革への試み
③裁判所の人的・物的設備の充実や日常業務の運用改善を手始めとする民事裁判の総合的改革への取り組み
④最高裁裁判官の任命手続の改革と国民審査の活性化
⑤法律扶助制度の抜本的改革への取り組み
⑥刑事処遇法案の策定
⑦弁護士報酬等基準規程を市民によりわかり易くするための改正作業
⑧弁護士業務の共同化や弁護士偏在問題に取り組む「弁護士業務改革6ヶ年計画」の策定への着手
⑨法律相談活動の拡充を図るための諸活動
⑩消費者のための製造物責任法の立法化への取り組み
⑪両性の平等,子どもの権利,環境保全等に関する様々な人権侵害に対応するための各種活動
⑫市民に身近な裁判の実現を目指す裁判傍聴運動の全国的な展開への支援
- ところで2度にわたる司法改革宣言は,司法の現状を,現代社会における法的紛争の適正迅速な解決,人権保障,行政権に対するチェックなどの面においてその機能を十分に果たしていないばかりか,むしろ市民から遠ざかりつつあり,抜本的改革を要する状態にあると分析したうえで,改革の対象を,単に裁判制度の改革に止まらず,国民の権利をめぐる実体法,手続法のあり方,さらには弁護士と弁護士会のあり方を含むものと規定した。また裁判所の本来的な機能である人権保障機能及び行政等の権力に対する抑制機能をより一層発揮させるべく,その組織,運営の改善を求めていくことを宣明した。
そして目指すべき基本理念として,司法全体の身近で,わかりやすくかつ利用しやすいものとすること,適正かつ迅速な市民の権利の実現を目指すこと,司法に対する市民の参加を拡大することなどを掲げた。
このような司法の現状分析と司法改革の基本理念からみると,前述のような各分野における多彩な改革への取り組みにもかかわらず,司法改革運動は,未だその緒についたばかりであり,あらためて第三次の司法改革宣言をして,その飛躍的な前進のために,本格的な運動の展開を図ることを,会の内外に強い決意をもって示す必要がある。
ここに本宣言の第1の意義がある。
- 司法改革のための運動を本格化するにあたっては,まず第1に市民との連帯がより一層強化されなければならない。
今回の宣言は,司法改革の担い手は本来市民であることを明記している。このことは国民主権や民主主義の理念からみれば,原理的には当然のことではある。しかし長年にわたり司法が市民から遠ざけられてきた結果,司法に対する市民の関心は,全体的には未だ十分なものとはいえず,まず司法の実態を知ってもらうこと,司法に対する関心を持ってもらうこと自体が司法改革を推進するうえでの課題となっているような実情であることは否定できない。
しかし,だからといってわれわれが市民の立場に立った活動を忘れ,専門家内部の議論と活動にのみ終始しているのであれば,所詮その得られる成果には限界があることはこれまでの経験に照らして明らかである。
その意味で,われわれは,司法改革を推進するうえで専門家としての適切な役割を果たす一方で,本来の司法改革の担い手は市民自身であることを常に念頭に置き,世論とわれわれの活動が相互に影響しあうようなダイナミックな動きを創り出していく必要がある。当面,裁判傍聴運動の全国的な展開への支援が課題となっているが,それにとどまらず多彩な取り組みが求められているといえよう。
またこのような関係を創り出していくうえで,われわれ弁護士や弁護士会自身が市民に身近で利用しやすい存在になっているかということを虚心に反省し,自己改革を遂げていく必要がある。このことは,2度にわたる宣言の中で繰り返し触れられていたところであるが,あらためて強調されなければならない。
そのための課題は山積しているが,当面われわれが取り組むべき課題としては,①弁護士報酬を市民にわかり易くするための改正作業,②法律相談活動の拡充,③弁護士業務におけるインフォームドコンセントの徹底,④事務所形態の改善,⑤隣接職種との提携のあり方の検討,⑥弁護士偏在対策としての公設相談所・事務所の検討,⑦刑事・民事当番弁護士,⑧裁判傍聴運動の推進,⑨行政事件に対する取り組みの改善,⑩弁護士会モニターや市民窓口など市民と弁護士会との結びつきの強化,⑪広報活動の拡充などが挙げられよう。
- 次に,司法改革の運動を市民とともに発展させていくためには,司法改革のイメージを鮮明にし,市民の目からみてわかりやすいものとする必要がある。そのためには,われわれが目指す大きな目標を市民に提示して,その実現に向けての道程を明らかにしなければならない。
ところで,これまで,2回の司法改革宣言及び司法シンポジウム等で積み重ねられてきた成果にもとづき,われわれは当面の大きな目標として,宣言の本文で掲げた①弁護士偏在の解消と司法の物的・人的規模の拡充,②司法への市民参加による市民に開かれた司法の促進,③法曹一元制度の実現を提示したい。市民にとって身近で,利用しやすく,納得のできる司法を実現していくためには,これらの目標の達成がいずれも必要不可欠だからである。
しかしながら,それぞれの目標の具体的な内容については,未だ検討事項も多く,市民に十分に理解されているとは言えないのが現状である。われわれは一刻も早く,それぞれの具体的内容を,市民とともに研究・検討して確立していかなければならない。そのためにも,あらためて第三次宣言において,市民にわかりやすい形でこの目標を提示することが,今後さらに司法改革運動を推進していくうえで必要なのである。
- 同時に単なる現状批判や理念の提示に止まらずに,日弁連及び各単位会の様々な分野における実践を通じて,その成果を積み上げ,集約していくということも,司法改革の手法として重要なことである。現在,各地の弁護士会においては司法を市民に身近なものとするための裁判劇の上演や法律相談センターの拡充,市民の人権擁護のための当番弁護士や各種110番活動などが取り組まれている。これらは,すべて司法改革の実践として位置づけられるものであるが,これらをばらばらなものにするのではなく,それぞれの情報を交流したうえで有機的に結合していくことこそが,会内における司法改革の動きを定着させ,われわれの司法改革運動の力量を高めることになる。
また当連合会においても,前述したような様々な分野における取り組みが各種委員会によりなされている。これらが相互の交流を図り,すべての動きが司法改革に結びついているという自覚を高める中で,それぞれの活動が相乗効果を高め合うという関係が期待されている。
また当連合会は,司法試験改革問題(抜本的改革案の策定を含む),法曹人口問題,民事訴訟法改正問題,外国法事務弁護士問題,法律扶助制度の抜本的改革,弁護士偏在問題の解消など,会内合意を得て,緊急に取り組まなければならない課題を多数抱えている。これらの問題への対処の基本にも以上のような司法改革の理念と実践の方法が基礎に据えられなければならない。
このように,司法改革は,当連合会の活動の全分野に関連するものなのであり,このような認識を共通なものにするための会内の広範な論議が期待されている。
以上のとおり,司法改革の運動を本格的に展開し,飛躍的に発展させるための課題を明示し,これを着実に実行していく決意を示したうえで,会内外のさらなる論議を期待して本宣言を提案するものである。