配付資料

別紙4

国民の司法参加について

法 務 省



1 国民の司法参加の意義・趣旨

(1) 21世紀の我が国においては,社会の複雑・多様化,国際化に加え,規制緩和の進展など社会の様々な変化に伴って,司法の役割は,より一層重要なものになると考えられる。
 そのような状況の下において,主権者たる国民が司法機能の発揮に能動的に参加していくことは,司法機能を充実強化し,国民が利用しやすく,社会の法的ニーズに的確に応えることのできる司法制度を構築するに当たり,重要な意義を有するものである。本審議会の論点整理においても,国民には,「これまでの統治客体意識に伴う国家への過度の依存体質から脱却し,自らのうちに公共意識を醸成し,公的事柄に対する能動的姿勢を強めていくことが求められている」とされているが,国民の司法参加の在り方については,このような主権者たる国民の能動的参加により,司法機能をより一層発揮できるようにするという観点から議論されることが望まれる。

(2) 他方,陪審・参審制度については,メリット・デメリットを含めて様々な特色が指摘されており,また,これを導入することは民事・刑事の訴訟手続等にも大きな影響を及ぼすと考えられる。さらに,これらの制度を採用する諸国において,各国の歴史的・社会的な経験を踏まえつつ,少なからぬ変遷が遂げられてきており,陪審・参審制度の制度の導入の是非を検討するに当たっては,これらの諸国の実情や経験に学ぶ点も少なくない。加えて,これらの制度の導入を検討するに当たっては,我が国の憲法の規定との関係についても配慮する必要がある。

(3) 以下,これらの観点を踏まえ,陪審制度・参審制度の導入の当否を検討する上で具体的に考慮すべき事項について,その概略を述べることとしたい。

2 陪審制度

(1) 陪審制度の特色

 陪審制度の特色については,説明資料にも指摘しているとおり,従来から,次のような様々な指摘がなされている。

 ア 一般人から選ばれた陪審員が司法過程に参加する陪審制度は,国民が司法に能動的に参加することにより,司法に対する国民の理解と信頼を深め,国民にとって,司法をより身近で開かれたものとすることができる。

 イ また,陪審制度の導入は,国民に分かりやすい裁判の実現に資するものとなる。

 ウ 職業裁判官の事実認定については,社会の諸情勢と乖離しているとの批判があり,陪審制度の導入により,社会の実情に沿った事実認定がなされることになる。

 エ 他方,事実認定の精度という点からみれば,特に,社会が複雑・高度化し,各分野での専門性が高まっている今日の状況の下では,事件ごとに抽選という偶然的要素により選出される陪審員による裁判においては,職業裁判官に比べて正確な事実認定が保障されない場合もある。

 オ 刑事陪審において,陪審員に求められているのは,有罪・無罪の判断のみであり,例えば,犯行の背景事情や,犯意の形成過程,犯行の動機・目的,犯行の具体的状況等が詳細に認定されることはないし,陪審員がいかなる事実をいかなる証拠により認定したのかという判断過程も示されないことになる。

 カ 陪審制度の下では,事実審は第一審限りとなり,事実認定に対する不服を理由とする上訴は許されないことになる。実際上も,陪審裁判においては,事実認定の過程・理由は一切明らかにされないから,陪審の事実誤認を理由とする上訴や再審請求は困難となる。

 キ 陪審員となる者は,事件によっては相当の期間,訴訟手続に拘束されることになる上,有利な評決を得る目的での様々な働き掛けにさらされる危険があるなど,そのための国民の負担も大きい。また,陪審員の予断や偏見を排除するために,事件報道を規制することなどの方策が必要となる。

(2) 諸外国の状況
 次に,諸外国の状況について見ると,現在,アメリカ・イギリス両国は陪審制度を採用し,ドイツ・フランス両国は参審制度を採用しているが,これら諸国の陪審・参審制度は,歴史的にみれば,その起源はいずれもイギリスの陪審制に遡ることができる。そして,説明資料に詳細に記載したとおり,イギリス・フランス・ドイツの各国はいずれも,絶対主義の下での権力者の統治に対する対抗手段として,また,アメリカはイギリスの植民地支配に対する対抗手段として,それぞれ陪審制度を導入したものである。
 しかし,その後の歴史的経緯を見ると,アメリカにおいては基本的に陪審制度が維持されているものの,イギリスにおいては,民事陪審の原則廃止・大陪審の廃止(1933年),多数決制の導入(1967年)など陪審制度を限定する方向での見直しが進められ,フランス・ドイツ両国においては,陪審制度について種々の不都合が指摘されるようになったため,陪審制度から参審制度へと移行(フランス:1941年,ドイツ:1923年)して現在に至っている。フランス・ドイツ両国において指摘された陪審制度の不都合としては,①法を適用する職業裁判官が極端に厳格な態度をとるのではないかということをおそれ,証拠が十分であるにもかかわらず,無罪を答申するケースが相次いだこと,②陪審裁判は,その判断に統一性がないこと,③陪審員の証拠の評価に問題があったこと,④陪審員が外部の表面的な事情に影響を受けやすいこと,⑤特に第一次世界大戦敗戦後のドイツにおいて,陪審制度の採用による国家財政の負担が大きかったことなどが挙げられている。
 また,陪審制度を採用しているアメリカ,イギリスにおいても,陪審裁判が行われている事件は極めて限定されている。アメリカにおいては,民事について,連邦地方裁判所において陪審裁判により終局した事件の全終局事件に占める割合は1.7%,刑事について,陪審裁判により終局した事件の全終局事件に占める割合は5.2%である。また,イギリスにおいては,民事について陪審裁判に付されている事件は,高等法院において1%未満,県裁判所において0.1%未満であり,刑事について陪審裁判により処理されている事件は全刑事事件の1%にも満たない。

(3) 陪審制度の導入が刑事訴訟手続等に及ぼす影響
次に,陪審制度を導入するのであれば,以下に述べるとおり,刑事訴訟手続のみならず,刑事実体法をも含めた全面的な変革が不可欠であり,たとえ一部の類型の事件についてのみ陪審制度を採用するにしても,刑事司法全般にわたる見直しが必要となる。
 すなわち,刑事訴訟手続について言えば,陪審制度を導入する場合,英米と同様に,集中審理の実現等により裁判の迅速化を図ることはもとより,陪審員の確保等を含め運営コストの高い陪審裁判の対象事件を絞り込むため,当事者主義を徹底して,司法取引制度及び有罪答弁制度を広範囲に導入するなど陪審員の負担をできるだけ少なくするとともに,偽証罪の実効化,被告人の証人尋問制度の導入等により,陪審員への虚偽供述による悪影響を可能な限り排除するほか,正当な理由のない証人の不出頭,証言拒否等の審理妨害行為等の制裁として,裁判所侮辱罪を導入する等の措置をとる必要がある。
 さらに,立証の中心が証人尋問へと移り,供述調書の比重が低下することは,捜査構造にも影響を及ぼすことが不可避であり,取調べに代わる真相解明・犯罪摘発の手段として,例えば,刑事免責の導入による公判供述の確保,おとり捜査の拡充,通信傍受の拡充等を大幅に行うことが必要となる。
 他方,刑事実体法についても,陪審の下では,陪審が供述調書等を丹念に検討することは困難であり,法廷における証人尋問を中心とする立証には一定の限界があることを踏まえ,故意,過失,目的等の主観的構成要件を厳密に要求する大陸法系の現行刑法を,必ずしもそれを厳密に求めない英米法系のものへと大きく転換する必要があり,例えば,主観的構成要件を緩和し,又は再構成することや,推定規定を設けるなど,間接事実によって要証事実を合理的に推認することができる場合を法的に明らかにすることにより,事実認定に必ずしも習熟していない陪審員の判断を容易にするとともに,事実認定のぶれをできるだけ小さくするよう配意する必要がある。

(3) 陪審制度の導入が民事訴訟手続等に及ぼす影響
 また,民事訴訟手続に及ぼす影響について見ると,現行民事訴訟法は,陪審による審理を全く予定していないことから,陪審制度を導入するのであれば,訴訟手続上の個々の制度を部分的に見直すだけでは足りず,陪審制度を採用する英米法諸国の民事訴訟制度を参考にして,現行民事訴訟法を全面的に見直す必要があると考えられる。その場合には,特に,主張の整理手続(プリトライアル手続)と証拠調べ手続(トライアル)を分化すること,時期に遅れた主張・証拠の提出の制限,直接主義・口頭主義の徹底,提出できる証拠の限定,伝聞証拠の制限等が必須の内容となると思われる。
 なお,一部の類型の事件についてのみ陪審制度を導入し,又は陪審制度を選択的なものとする主張もあるが,その場合でも,同様に民事訴訟手続の全面的な見直しが必要となると考えられる。

3 参審制度

(1) 参審制度の特色
 参審制度の特色については,従来から,以下のような様々な指摘がなされている。

 ア 参審制度も,陪審制度と同様,国民が司法に能動的に参加することにより,司法に対する国民の理解と信頼を深め,国民にとって,司法をより身近で開かれたものとすることができる。裁判官と参審員が直接に議論することにより,参審員にとってもより能動的な司法参加が可能になると同時に,裁判官にとっても,そこから多くのものを学ぶことを期待することができる。

 イ 参審制度の在り方については,諸外国においても,一般人を参加させる一般参審,専門家を参加させる専門参審など,様々なタイプのものが存在している。我が国においても,知的財産権関係事件等について専門家の知見を生かす専門参審制度や,労働事件等について当事者の一般的な利益を代表する者を参加させる制度を採用したり,国民の関心の高い分野において参審制度を導入するなど,多様な制度設計をしていくことも可能である。

 ウ 他方,参審制度については,参審員となる国民の負担も大きいことなど,陪審制度と同様の問題が少なくなく,また,参審員の選任の仕方に工夫が必要である。
 特に,参審制度を導入する場合の制度設計として,個別の事件ごとに選挙人名簿を基にして作成された名簿から抽選で9人の参審員が3人の職業裁判官と裁判体を構成するフランスのような制度を導入する場合には,この問題はより大きなものとなる。

(2) 参審制度の導入が訴訟手続等に及ぼす影響
 さらに,参審制度の在り方には多様なものがあるため,これを導入することが訴訟手続に及ぼす影響については一概に言うことはできないが,参審制度の具体的在り方によっては,刑事及び民事の訴訟手続等に少なからぬ影響を及ぼす場合もあることは否定できない。

4 陪審制度・参審制度の導入と憲法上の問題

(1) さらに,我が国の憲法においては,陪審裁判を受ける権利を憲法上規定しているアメリカとは異なって,陪審制度や参審制度を想定していると見られる規定が全く存在しておらず,この点との関係で,これらの制度を採用することについては,以下のように,いくつかの憲法上の問題点が指摘されている。

 ア まず,憲法上,裁判官は,職権行使の独立性を保障され,その良心に従って独立して職権を行い,憲法及び法律にのみ拘束されるものとされている(76条3項)が,陪審制度や参審制度を採用した場合に,職業裁判官の職権行使の独立性との関係が問題となる。特に,陪審制度との関係において,陪審の答申に拘束力を認める制度を採用した場合には,この規定に違反しないかどうかが大きな問題となる。

 イ 次に,憲法は,裁判所を構成する裁判官の選任方法,任期,報酬,身分保障等について職業裁判官だけを想定したと見られる規定(78条~80条)を置いている一方,それ以外の裁判所構成員の存在を前提とした規定は置いていない。そこで,職業裁判官とは異なる陪審員・参審員が裁判所の構成員となり,司法権を行使することとなる場合には,これらの規定との関係でも重大な問題が生じる。特に,参審員は,事実認定のみならず,法律判断にも関与し,職業裁判官と全く同様の立場で司法権の行使全般に関わることになることから,このような憲法上の問題はより先鋭なものとなる。参審員に裁判官と同様な評決権を認めたり,その意見に拘束力を認めたりすることについては,上記のような憲法上の規定との関係で困難な問題が生ずることとなる。

(2) これらの点については,陪審制度や参審制度を全面的に違憲とする見解や,陪審の答申に拘束力を認めたり,参審員に評決権を与え又はその意見に拘束力を認めたりする場合には違憲であるとする見解が有力に主張されている。陪審・参審制度の導入を検討する上では,この点について十分に意を用いる必要があり,仮に我が国に陪審制度又は参審制度を導入することとする場合には,将来制度自体の違憲の問題が生じないようにするとの観点から,慎重な検討を行うことが必要になると考えられる。

5 小括

 陪審・参審制度の導入の当否を検討するに当たっては,以上述べたようなこれらの制度の意義と,様々な問題点とを十分に考慮された上で,審議会におかれても,広く国民的見地に立って御検討をいただきたいと考えている。

6 現行司法参加制度の見直し

(1) 調停委員制度,司法委員制度及び参与員制度
 調停委員制度,司法委員制度及び参与委員制度の一層の発展拡充を図る見地から,知的財産権関係事件,医療過誤事件,建築瑕疵事件,その他の専門的知見を要する事件への専門委員制度の導入について,鑑定制度の整備・拡充,裁判所調査官の活用,専門参審制度の導入等との優劣を踏まえつつ,検討すべきであると考える。さらに,司法委員制度の地方裁判所への導入についても検討すべきものと考える。

(2) 検察審査会制度
 検察審査会の議決に一定の拘束力を認めることは,検察官の不起訴の決定に対し,一定の範囲で民意をより反映させるという観点からは意義がある。
 検察審査会の議決に拘束力を認める場合には,その判断の適正さを確保し,被疑者・被告人の権利を保護するために,訴追の公平をどのようにして担保するか,公訴提起という重い責任を負うことになる検察審査会の審査手続や議決の在り方について改めるべき点はないか,リーガルアドバイザーとしての法律家を配置することを含めた検察審査会の体制整備の在り方,検察審査会の議決によって起訴され結果として無罪となった場合の国家賠償責任の在り方などの様々な問題について検討する必要がある。
さらに,いったん,不起訴の判断をした検察官に公訴の提起・訴訟追行をさせることの妥当性も問題となることから,例えば,「起訴相当」の議決に直接公訴提起の効力を認め,指定弁護士において訴訟追行を行う制度(刑事訴訟法268条参照)の導入も含め,これらの手続の在り方について検討することも必要と思われる。
 なお,検察審査会が「起訴相当」又は「不起訴不当」の議決をした事件のうち起訴されたものは,審議会の参考資料27に記載されているように,一部の例外的場合を除くと19.2%であり,平成10年で見れば28.8%であって,起訴されたもののうち9割以上が有罪となっている。

(3) 保護司制度
 保護司は,無報酬で更生保護関係の事務に従事する民間ボランティアであり,保護観察官で十分ではないところを補って,保護観察や矯正施設収容者の環境調整を行い,犯罪者の改善更生に多大な貢献をしている。
 保護司制度の現下の問題点は,適任者確保の困難さとこれに伴う保護司の高齢化にある。これらの問題を解決し,貴重な民間の力を最大限活用していくためには,保護司とともに犯罪者の改善更生に努める保護観察官の増員や保護司の実費弁償金の増額等が必要であり,法務省としても,引き続き,この点についての努力を続けてまいりたいと考えている。