司法制度改革審議会

別紙

「国民の期待に応える刑事司法の在り方」に関する審議結果の取りまとめ

平成12年9月26日




(現段階における取りまとめであり、検討が尽くされていない点についてはさらに必要な審議を行うこととする。)

1. 刑事司法に対する国民の期待-その使命・役割-

(1) 「論点整理」において、刑事司法の使命は、
 公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障を全うしつつ、的確に犯罪を認知・検挙し、公正な手続を通じて、事案の真相を明らかにし、適正かつ迅速に刑罰権の実現を図ることにより、社会の秩序を維持し、国民の安全な生活を確保すること

にあることが合意された。
 しかしながら、その理解の仕方については、おおむね以下のような意見があった。
○ 実体的真実の発見(事案の真相の解明)と適正手続の保障という二つの要請の調和・バランスを図ることが重要である。
○ それらの二つの要請を並列的に位置付けて両者の調和を図るとの考え方は相当ではなく、適正手続の保障を大前提としてその下で真実発見が求められているものと解すべきである。
○ 社会の秩序維持、国民の安全な生活の確保というのはむしろ行政目的に属し、刑事司法の使命の重点がその点にあると考えるべきではない。

(2) これに加えて、刑事司法の役割として、犯罪者の改善更生、被害者等の保護も重要であるとの指摘があり、そのこと自体については異論がなかった。

(注) 犯罪被害者の保護・救済に関しては、精神的・経済的ケアも含めて、刑事司法の分野にとどまらない幅広い観点からの検討が必要であるとの意見があった。

2.刑事裁判の充実・迅速化

(1) 弁護体制の整備
 刑事裁判の充実・迅速化を実現するための人的体制の整備の一環として、弁護体制の在り方につき意見交換が行われ、以下のような方向で意見が一致した。
○ 弁護人が個々の刑事事件に専従できるような体制の確立が必要である。
○ そのために、①公的刑事弁護制度(後述)を確立し常勤の弁護士が刑事事件を専門に取り扱うことできるような体制を整備し、②私選弁護についても、法律事務所の法人化等により弁護士の業務態勢の組織化・専門化を進めていくことが不可欠である。
(注) これに併せて、裁判所、検察庁の人的体制の充実・強化も必要となるという点でも異論がなかった。

(2) 第一審の審理期間や公判期日の開廷間隔(上限)の法定について
第一審の審理期間や公判期日の開廷間隔を法定化することは、審理の迅速化につながる有力な方策であるとの指摘があったが、その実効性に対する疑問や被告人側の防御権への影響についての懸念が示された。

(3) 争点整理手続の在り方
 審理の充実・迅速化のためには、早期に事件の争点を明確化することが不可欠であるが、第一回公判期日前の争点整理に関する現行法令の規定は当事者の打合せを促す程度のものにとどまり実効性に乏しいことなどから、必ずしも十分に機能していないという現状を踏まえ、意見交換を行った結果、以下のような方向で改善のための具体的方策が検討されるべきであるということで、大方の意見が一致した。
○ 第一回公判期日前から裁判所が主体的に関与する新たな争点整理手続の仕組みを構築することが必要である。
○ ただし、具体的な制度の在り方を検討するに当たっては、予断排除の原則との関係に慎重な配慮が払われなければならない。
○ 充実した争点整理が行われるよう、(4)に述べるような証拠開示の拡充のための措置を併せて講ずることが必要である。

(4) 証拠開示(主に検察官による証拠開示について)
 検察官の取調べ請求予定以外の証拠の被告人・弁護人側への開示については、これまで、最高裁判例の基準に従った運用がなされてきたが、その基準の内容や開示のためのルールが必ずしも明確でなかったこともあって、開示の要否をめぐって紛糾することがあり、円滑な審理を阻害する要因の一つになっていた。
 こうした現状を踏まえ、公判の充実・迅速化の観点からの証拠開示の在り方について意見交換を行った結果、おおむね以下のような方向で証拠開示を拡充していくことで大方の意見が一致した。
○ 時期・範囲、裁判所の役割等を含めルールを法令により明確化し、その拡充を図る必要がある。そのルールの具体的内容については、さらに立ち入った検討を要する。
○ その検討に当たっては、充実した審理の実現という見地から争点整理と関連付けたものとすること、証拠開示の拡大に伴う弊害(証人威迫・罪証隠滅のおそれ、関係者の名誉・プライバシーの侵害)の防止が可能となるものとすることなどが踏まえられなければならない。

(注) ただし、証拠開示の範囲に関しては、
① 検察側と被告人側の実質的対等の実現・検察官の公益的立場・実体的真実発見にも寄与することなどを根拠として検察官手持ちの証拠を全面的に開示すべきだとの主張があった。
② その一方で、それらの根拠は直ちに全面開示に結び付くものではなく、捜査機関により収集された証拠の中には当該事件との関連性や信用性に乏しいものなども多数含まれているので、これらを全面的に開示するとすれば、関係者等の名誉やプライバシーの侵害など著しい弊害を生ずるおそれがあるとして、全面開示には消極の意見があった。

(5) 裁判所の訴訟指揮権の実効性を確保するための方策について
 裁判所が適正な訴訟運営のため必要な場合に適切かつ実効性のある形で訴訟指揮権を行使できることは重要なことであり、そのために、少なくとも、訴訟当事者(検察官・弁護人)と裁判所が、基本的な信頼関係の下に、互いに協力し支え合っていく姿勢を持つことが不可欠の前提であり、また、当事者の訴訟活動の質や裁判官の訴訟運営能力の向上を図っていく必要もあるという点では、異論がなかった。
 ただし、具体的な方策として、例えば、法廷侮辱罪のような制裁措置を設けることについては、これを疑問視する意見が複数示された。

(6) 直接主義・口頭主義の実質化(公判の活性化)のための方策
 書証の取調べが中心の裁判は公判審理における直接主義・口頭主義を衰弱させ伝聞法則を形骸化させるとの問題提起があり、意見交換がなされた結果、次のような方向で共通の認識が得られた。
 すなわち、伝聞法則等の運用の現状については異なった捉え方があるところであるが、問題の核心は、争いのある事件につき、直接主義・口頭主義の精神を踏まえ公判廷での審理をどれだけ充実・活性化できるかというところにあり、そうした争いのある事件につき、集中審理の下で、明確化された争点をめぐって当事者が活発に主張・立証を行い、それに基づいて裁判官が心証を得ていくというのが本来の公判の在り方である。

(7) 争いのある事件とない事件の区別(捜査・公判手続の合理化・効率化ないし重点化のために考えられる方策) 
 争いのある事件とない事件を区別し、捜査・公判手続の合理化・効率化を図ることは、公判の充実・迅速化(メリハリの効いた審理)の点で意義が認められるということには、異論がなかった。
 その具体的方策として、英米において採用されているような有罪答弁制度(アレインメント)を導入することには、被告人本人に事件を処分させることの当否や量刑手続の在り方との関係等の問題点があるとの指摘もあり、現行制度(略式請求手続、簡易公判手続)の見直しをも視野に入れつつ、さらなる検討が必要であるとの意見が大勢であった。

3. 被疑者・被告人の公的弁護制度の在り方

(1) 公的費用による被疑者弁護制度について

ア 導入の意義・必要性
 被疑者・被告人の公的弁護制度については、論点整理において、

刑事司法の公正さの確保という点からは、被疑者・被告人の権利を適切に保護することが肝要であるが、そのために格別重要な意味を持つのが、弁護人の援助を受ける権利を実効的に担保することである。(中略)これに加え…適正・迅速な刑事裁判の実現を可能にする上でも、刑事弁護体制の整備が重要となる。このような観点から、少年事件をも視野に入れつつ、被疑者・被告人に対する公的弁護制度の整備とその条件につき幅広く検討することが必要である。

としていたところであるが、その後の審議会での意見交換においても、制度導入の意義・必要性が改めて確認された。

イ 導入のための具体的制度の在り方
 以下のような方向で、大方の意見の一致が見られた。
① 被疑者段階と被告人段階とを通じ一貫した弁護体制を整備すること
② 運営主体やその組織構成、運営主体に対する監督などの検討に当たっては、公的資金を投入するにふさわしいものとするとともに、個々の弁護活動の自主性・独立性が損なわれないようにすること
③ 弁護士会は、弁護活動の質の確保について重大な責務を負うことを自覚し、主体的にその態勢を整備すること
④ 全国的に充実した弁護活動を提供し得るような態勢を整備すること
⑤ 障害者や少年など特に助力を必要とする者に対し格別の配慮を払うべきこと

(注)なお、②及び③に関して、次のような意見があった。
○ 運営主体は公正・中立な組織でなければならない。
○ 公的資金を導入することに伴って経理面、組織面へのチェックは当然必要となる。
○ 弁護活動の水準・適正の確保については弁護士会の弁護士自治に委ねられるべきである。
○ 弁護活動の水準・適正を保つための準則を設ける必要があり、また、その準則に国民の声を反映させるとともに、その遵守状況のチェックにつき国民が参加できるような仕組みも整備しなければならない。

(2) 少年審判手続における公的付添人制度
 少年事件の特殊性や公的弁護制度の対象に少年の被疑者を含んだ場合とのバランスなどを考慮すると、少年審判手続への公的付添人制度の導入について積極的に検討すべきであるとの点で大方の意見が一致した。
 なお、この問題の検討に当たっては、少年審判手続の構造や家裁調査官との役割分担、付添人の役割なども考慮する必要があるとの指摘があった。

4. 新たな時代における捜査・公判手続の在り方

(1) 新たな時代に対応し得る捜査・公判手続の在り方(具体的方策)

ア 刑事免責制度等の新たな捜査手法の導入
 (ア) 刑事免責制度の導入の是非
  組織犯罪等への有効な対処方策であると認められる一方で、国民の法感情、公正感に合致するかなどの点について慎重な意見もあり、さらに検討が必要な問題であるとの認識が大勢であった。

 (イ) 参考人の協力を確保するための方策、参考人保護のための方策
  刑事司法にとって参考人の協力が欠かせないことは論をまたず、今後の社会の変化の中で参考人の協力を確保するための方策が一層重要となるとの点では特段の異論がなかった。
  そのための方策として、捜査段階における参考人の出頭強制制度の導入なども提案されているが、そうした手法がはたして我が国になじむものかどうか定かでなく、現行法上の起訴前証人尋問制度の拡充という方法も視野に入れつつ、今後、種々の観点から十分な検討がなされるべき課題であるとの意見があった。
  他方で、参考人の協力を確保する前提として、協力した参考人には適切な保護が与えられることが必要であり、参考人保護のための方策も併せて検討されるべきであるとの意見があった。

イ 国際捜査・司法共助制度の拡充強化
 犯罪の国際化等を踏まえ、適正手続の保障の下、捜査・司法共助制度の一層の拡充・強化を図っていくことが不可欠であるという点に異論はなかった。

(2) 被疑者・被告人の身柄拘束に関連する問題

ア 被疑者・被告人の身柄拘束に関連して指摘されている問題点(代用監獄の在り方、起訴前保釈制度、被疑者と弁護人の接見交通の在り方、令状審査・保釈請求に対する判断の在り方)への対応
 被疑者・被告人の身柄拘束に関して指摘されている問題点については、現状の評価についても種々の異なった見方があり、個々の論点につき結論を得ることは困難であった。

(注) 例えば、国際人権規約委員会の勧告の受止め方につき、これを全面的に尊重してその実現を図るべきとの意見があった一方で、個別的な勧告の実現という視点ではなく、我が国の刑事手続全体の仕組みの中で人権規約をどのように遵守していくかという観点から考えるべきとの意見があった。また、令状審査・保釈許否の判断の実情の評価の仕方についても意見が分かれた。

 しかしながら、我が国の刑事司法が適正手続の保障の下での事案の真相解明を使命とする以上、被疑者・被告人の不適正な身柄拘束が防止・是正されなければならないことは当然であり、今後とも、刑事手続全体の中で、制度面・運用面の双方において改革・改善のための検討が続けられていくべきであるという点では、異論がなかった。

イ 被疑者の取調べの適正を確保するための措置について
 被疑者の取調べの意義・役割については、それが適正に行われる限りは、真実の発見に寄与するとともに、実際に罪を犯した被疑者が真に自己の犯行を悔いて自白する場合にはその改善更生に役立つという意見があり、そのこと自体については特段の異論はなかった。
 他方において、被疑者の自白を過度に重視する余りその取調べが適正さを欠く事例が実際に存在することにつき種々懸念を示す意見があり、我が国の刑事司法が適正手続の保障の下での事案の真相解明を使命とする以上、被疑者の取調べが適正を欠くことはあってはならず、それを防止するための方策は当然必要となるという点において、大方の意見が一致した。
 その具体的な方策として、取調べ過程・状況の書面による記録を義務付けることについては、最低限必要な措置であり、記録の正確性・客観性を担保できるような制度的工夫が施されるよう、さらなる検討が必要とされるという点では、特段の異論はなかった。
 さらに、このような書面による記録の義務付けでは不十分であるとして、取調状況の録音・録画や弁護人の取調べへの立会いを認めるべきとの意見があったが、被疑者の取調べの機能の捉え方・重点の置き方の違いからそれらに消極的な意見もあり、結論を得るに至らなかった。
 なお、被疑者に対する公的弁護制度が確立され、被疑者と弁護人との接見が十分なされることにより、取調べの適正さの確保に資することになるという点も重要であるとの意見があった。

(3) 検察官の起訴独占・訴追裁量権の在り方
 国民の期待に応える公訴権行使の在り方について意見交換を行った結果、おおむね以下のような方向で、大方の意見が一致した。
○ 検察官の起訴独占、検察官への訴追裁量権の付与は、全国的に統一かつ公平な公訴権の行使を確保し、また個々の被疑者の事情に応じた具体的妥当性のある処置を可能にするものであるが、他方において、検察官による公訴権行使に民意を反映させていくことも重要である。
○ そこで、検察審査会制度について、その組織・権限や運営の在り方を吟味しつつ、議決への法的拘束力の付与を含めた検察審査会の機能強化を検討することは意義のあるものと考えられる。
○ 検察審査会制度の整備については、国民の司法参加という観点からの検討も必要である。 

以 上