司法制度改革審議会
司法制度改革審議会 第40回会議 議事概要
- 1 日 時 平成12年12月1日(金)13:30~16:40
2 場 所 司法制度改革審議会審議室
3 出席者
- 委 員(敬称略)
佐藤幸治会長、竹下守夫会長代理、石井宏治、井上正仁、髙木 剛、鳥居泰彦、中坊公平、藤田耕三、水原敏博、山本 勝、吉岡初子
説明者
菅野和夫東京大学大学院法学政治学研究科教授
事務局
樋渡利秋事務局長
- 4 議 題
- 「労働関係事件への対応強化」について
5 会議経過
(1)「労働関係事件への対応強化」について、菅野和夫東京大学大学院法学政治学研究科教授から、「司法制度改革と労働関係事件」(別紙1及び別紙2)に基づき説明がなされ、質疑応答が行われた。主な内容は以下のとおり。
- 解雇制限法を制定している国も多い一方、我が国はILO158号条約も批准していない状況にある。労働契約の基本ルールを実定法化することについて、どのように考えるか。
(回答:労働紛争の解決は実体法の在り方とも密接に関連する。我が国では戦後、労働基本法が制定されたが、労働契約の基本ルールは民法を基本とした判例法理の発展に委ねられた。解雇や配転等に関する判例法理の発展は労働者に有利なものもあるが、不透明でわかりにくいことが難点だ。実体法の整備は大きな課題だと考える。)
- 我が国では判例法がかなり厳格(例えば解雇4原則等)で、加えて昨今の国際競争の激化や労働力の流動化もある。そのような事情も十分に議論した上で実定法化を検討していく必要があるのではないか。
(回答:単純に比較して、米国は規制が少なく、欧州は多い。どちらの方向性が良いのかは常に議論になるところで、欧州の規制は硬直化した労働市場の一因とも言われる。バランスをとりながら、ルールを明確化していく必要がある。)
- ADRの整備は個別労使紛争の解決のためにも必要で、労働省も検討会を設けているが、労働省案と日経連案が対立している状況にある。ADRの整備についてどのような立場、視点から考えていくべきと考えるか。
(回答:まずは情報提供と相談、簡単な斡旋等が重要で、これらで労使紛争の2/3くらいは解決できるのではないか。解決しにくい紛争について公的機関が必要となるが、裁判所が一層利用しやすくなることが必要だ。少額訴訟や民事調停の仕組みもあるが、今後は明確な決着を求める傾向も強まると思われるので、訴訟手続を労働事件に適合するように整備していくことも必要だ。)
- 労働委員会の審理の長期化が問題だ。平均して、地方労働委員会で2年、中央労働委員会で4年半ほどかかり、その後に裁判所に持ち込まれるので、裁判所の審理期間が短くても全体として長期化してしまう。労働委員会でなぜこのように時間がかかるのか、また、その解決策は考えられないか。
(回答:労働争議の調整は平均2ヶ月ほどで、解決率も高いが、不当労働行為の救済には時間がかかっているのが実情だ。紛争がこじれると命令を出しても再審査申立てとなってしまい、かと言って和解で解決しようとすると時間がかかる。労働委員会も反省すべき点は多々ある。特に東京、大阪が非常に事件数が多い。全国労働委員会連絡協議会でも改革が議論され、ワーキング・グループもできている。)
- 紛争事案の真相への洞察力を持つ人材をどのように確保するかが重要だ。知識だけでなく経験が大切だが、双方の当事者が同意する人材となると、無色透明な人、実際に関与した経験の無い人ほど選ばれやすい。また、裁判官はキャリア・システムで養成されてきている。人材の確保方策を工夫する必要がある。
(回答:地労委の公益委員については、労使双方の拒否権があり、そのようになってしまう。リストを行政機関が作成することにも限界があり、人事労務や組合の現場の活動によく通じた人や機関がリストを作成していくことも考える必要がある。)
- 海外では、対立の深刻な事案が裁判所に持ち込まれているのか、それほどでなくても裁判所に行っているのか。また、我が国の労働委員会三者構成にはメリットもあると思うが、命令で解決しようとすると立場を離れて判断するのはなかなか難しい。公平中立な判断はどうすれば可能と考えるか。
(回答:ドイツとイスラエルは労働裁判所の管轄が広い典型で、イギリスは中間的で、行政機関であるACASと雇用審判所が事件を処理している。日本は裁判所に持ち込まれる紛争が極端に少ない。労働委員会の三者構成は「利益を代表」とされてはいるが、労使委員は年数を経るほど中立的になってくるとの印象をもっている。法で審問の中立性を明記すればよいのではないか。)
- 不当労働行為とは何ぞやという本質的な定義が明確にされておらず、労働委員会による救済と訴訟手続との関係が理論的に整理されていない。5審制になってもやむを得ないとの認識もあるのではないか。審級省略について突っ込んだ議論がなされたことはこれまでにあるのか。
(回答:労働組合法7条は非常に漠然としているが、同時に民事的効力もあって、裁判所に救済を直接求めることもできる構造になっている。裁判所は権利義務の体系の中で民事全体の中のほんの一部分という捉え方で判断してしまう。労働分野、労働法の専門家の捉え方とはかなり違ってきてしまうのが実情だ。審級省略については、やるかやらないかの決断の問題で、あとは要件をどう組み立てるかだ。労働委員会で既にかなり丁寧な審理をやっているのに、裁判所ではまた1審からか、と感じてしまうのも理解できる。)
(2)「労働関係事件への対応強化」について、高木委員からレポートがなされ(別紙3)、質疑応答及び意見交換が行われた。主な内容は以下のとおり。
- 訴訟手続のどういう点を特別にすべきなのか、具体的なイメージが明確にならない。和解・調停の前置ということも考えられるが、紛争解決までのゴールが却って遠のいてしまうので、裁判所の裁量に委せてよいのではないか。また、簡易迅速な手続を別途設けることも考えられるが、それだけだと、複雑な事案では、紛争の実態に相応しい解決が必ずしも得られないのではないか。
- 最大の視点は迅速性だと思う。和解・調停の前置とするなら、期日を1回やってみて解決しなければ訴訟に移行するなどすべきだ。1審も迅速性を主眼にした手続が必要で、職権主義的な考え方も若干入れて、証拠の偏在に対処するようなことも必要だ。大方の事件は1~2回の審理で解決することを目指すべきではないか。
- 労働委員会の処理は時間がかかり過ぎており、労使の代表委員が機能していない。労働委員会の在り方を放置したまま訴訟に関して労働裁判所や参審等を考えても、結局は根付かないのではないか。日本的なアットホームな企業組合や終審雇用が社会の停滞の一因ともなり、新しいシステムを構築していかなければならないときに、企業の裁量にしばりをかけるために労働契約法の実定法化を検討するというのはいかがなものか。
- 労働委員会を変えることが先決だとの考え方もあるが、誰がいつ変えるのかを明確にしないまま、労働委員会が変わらなければ訴訟手続も変えられない、ということではいけない。改革は多元的に進めていくべきだ。
- 民事調停がなかなか利用されないのは、仕組みの問題ではなくて利用者側の意識の問題もあるのではないか。
- 団体交渉拒否の事例で、1~2年経ってから救済命令を出しても余り意味は無い。6ヶ月くらいが限度ではないか。しかし、例えば都労委の公益委員は全員が非常勤で、週4日くらい通うこともあるが、それでも期日指定は1~2ヶ月先になってしまう。弁護士の都合が要因の一つだ。期日の一括指定という工夫もあり得るが、なかなかうまくいかない。全国的には救済命令の7割が裁判所で取り消されているのが現状だ。その中で裁判所に直接出訴されることもあるし、労委と裁判所に並行してかかることもある。整合性をどう確保するかが課題だ。5審制の改善には労働委員会における早期の争点整理と集中審理が不可欠だ。一方、労働事件は特質があると言っても他の事件とそれほど違うわけではないので、実質的証拠の採用と1審省略という考え方は、裁判所の感覚では難しいだろう。高裁と地裁の役割分担や当事者の審級の利益も考えないといけない。ただ、地労委が地方自治法等の改正で自治事務に位置付けられたこともあり、今後も地労委から中労委に上がるのかどうかも要検討とも聞いている。少なくとも運営の改善には努めていく必要がある。弁護士の執務体制とも関連している課題だ。
- 我が国の場合、労働委員会と裁判所の関係が、50年経ってもまだしっくり行っていないということなのではないか。
- やはり5審制というのは尋常ではない。中労委は全国に一つだけで格が高いはずなのに、地裁でひっくり返ってしまう。我が国の司法制度全体の在り方の問題だ。諸外国に比べて件数が極めて少ないのも、裏を返せばそれだけ泣き寝入りが多いということだ。この審議会としては、現象面としておかしいと公に指摘した上で、制度の抜本的な見直しと運用の改善を求めるべきではないか。大きな方向性を示すことがこの審議会の役目だ。
- 労働紛争解決システムとして、ドイツ型とアメリカ型のどちらを目指すのか、よく検討する必要があるのではないか。
- 労働組合が無い職場の労働者の立場も考えることが必要。
- 終審を最高裁判所にすれば、労働裁判所も設置可能ではないか。
- 相談、斡旋、調停くらいは個別的紛争についても労働委員会がやってよいのではないか。司法判断は裁判所だが、実質的に対応できる裁判所の体制の整備も必要だ。
- 集団的紛争の仮面を被って個別的紛争も労働委員会に出されているのが実情である。例えば、東京都労委の70%の事件は実質的に個別的紛争である。個別的紛争の取扱いをどう考えていくかが課題だ。
- 民事調停について、労使から調停委員を出せば、個別労使紛争に関しても利用が増えるのではないか。
(3)以上の審議の結果、「労働関係事件への対応強化」については、年明け後も、民事司法のブロックに関する審議を行う中で更に検討することとされた。
(4) 次回の審議会は、12月12日(火)午後1時30分から開催し、「司法の行政に対するチェック機能の在り方」について、園部逸夫立命館大学客員教授、藤田宙靖東北大学教授及び山村恒年弁護士からのヒアリング等を行うこととされた。
以上
(文責 司法制度改革審議会事務局)
-速報のため、事後修正の可能性あり-