司法制度改革審議会

第40回司法制度改革審議会議事次第



日 時:平成12年12月1日(金) 13:30~16:40

場 所:司法制度改革審議会審議室

出席者(委 員)

佐藤幸治会長、竹下守夫会長代理、石井宏治、井上正仁、髙木 剛、鳥居泰彦、中坊公平、藤田耕三、水原敏博、山本 勝、吉岡初子

(説明者)
菅野和夫東京大学大学院法学政治学研究科教授

(事務局)
樋渡利秋事務局長

1.開 会
2.労働関係事件について
  菅野和夫東京大学法学部教授からのヒアリング
3.閉 会


【佐藤会長】それでは、ただいまより第40回会議を開会いたします。
 本日は、労働関係事件に関しまして、菅野和夫東京大学大学院法学政治学研究科教授からお話をお聞きして、更に髙木委員からもレポートをちょうだいしまして、意見交換を行うということにしたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
 それでは、早速菅野教授からお話をお聞きすることにしたいと思います。
 菅野教授を御紹介いたしますと、昭和41年3月に東京大学法学部を御卒業されまして、司法修習を終えられてから、東京大学法学部助手、東京大学法学部助教授を経られまして、昭和55年11月に東京大学法学部教授になられ、平成3年4月からは現在の東京大学大学院法学政治学研究科教授をなさっておられます。また、この間、平成8年10月からは中央労働委員会の公益委員、平成9年4月からは中央労働基準審議会会長をなさっておられます。
 菅野教授にはお忙しいところ、本当に今日はありがとうございます。
 なお、菅野教授の御予定の関係で、午後2時40分ころにはここを御出発なさらなければならないということでございますので、最初に30分ないし40分くらいお話しいただきまして、その後残りの時間を質疑応答ということにさせていただければと思っております。
 それでは、早速ですけれども、どうぞよろしくお願いいたします。

【菅野氏】菅野でございます。今日の私の話は、原稿がお手元にございますので、それを御覧いただきたいと存じます。時間の関係もありますので、まずこれに沿って申し上げて、時間があれば補足するなり、御質問をお受けするなりしたいと思います。

 まず、司法制度改革審議会の皆様が司法制度改革という国の重要課題に精力的に取り組んでおられることに対し、心からの敬意を表したいと存じます。本日は、この司法制度改革の各論として、労働関係事件の問題を取り上げていただいたことを、私としては大変有り難く存じております。

 最初に申し上げたいのは、労働事件裁判の改革は、司法制度改革の課題の一部であるとともに、労使紛争解決制度の改革という大きな労働政策課題の一部であるということであります。

 雇用労働者は約5,300 万人、働く国民の8割強を占めておりまして、現代社会は雇用社会と称されるわけです。労使紛争解決制度の改革は、国際的な企業競争のし烈化、労働力の高齢化、労働者の価値観や働き方の多様化、それらに伴う雇用システムや労働市場の変化などの雇用社会の構造的変化の中から生じている課題でありまして、現代の労働政策の最重要課題の一つとして、労働行政機関の紛争解決サービスの整備、労働委員会制度の改革、企業内苦情処理制度の整備などに及んで議論がなされているものであります。

 労働関係裁判は、労使紛争解決制度のかなめでありまして、それが十分機能するように改善されることは、労使紛争解決制度の改革にとっても、重要な課題であります。労働政策は、これまで労働省内の審議会等で立案されてきましたので、裁判制度の問題を論じることは困難であったわけですが、今回の司法制度改革の論議は、労働関係事件、裁判の在り方を論じる好個の機会であると思うわけであります。

 労使紛争の傾向としましては、1980年代以降、組合と使用者間の集団的労使紛争が減少傾向にある反面、個々の労働者が使用者に対し苦情や権利主張を提起する個別的労使紛争が、1990年代に大幅に増加しています。これは、先ほど述べました雇用社会の構造的変化を背景に、雇用労働者の労働生活において、解雇、退職誘導、賃金不払、賃金・労働時間制度の変更、雇用調整、男女の機会均等、等々の様々な問題が生じていることを反映しております。

 このような傾向の中で、労働関係訴訟も相当程度増加しておりますが、いまだ地裁年間新受の民事訴訟は仮処分を含めても年間2,700 件程度でありまして、諸外国との比較においても、各種公的・私的な機関・団体に来る相談件数との比較においても、極めて少ないわけであります。この辺の統計的な数字は、もし、御質問があればお答えしたいと思います。

 我が国では、これまで裁判所に来る労働関係事件は極めて少なく、裁判所は労使紛争解決については、ごく限られた機能しか果たしてこなかったと見ることができようかと思います。しかし、裁判所は、雇用労使関係のルールを具体化し明確にするという重要な機能を果たしてきたものでありまして、これまでも労働関係事件の裁判が重要な問題でなかったというわけではありません。そして、雇用社会の構造的変化を背景とした個別的労使紛争の増加傾向の中では、司法の従来の機能限定という状況を改革することが重要な課題となると私は思います。

 従来は、大部分の労使紛争は、長期的雇用関係を基盤とした企業共同体のメカニズムの中で未然に防止され、あるいは非公式に解決されてきたと見られます。しかし、企業共同体の中で解決されない紛争も相当数存在してきたのでありまして、これらはごく一部しか裁判所に持ち込まれてこなかったと見られます。それはなぜかということであります。

 我が国では、ドイツ、フランス、イギリス、北欧諸国等々、その他多数の国々の労働裁判所のように、司法を労働関係事件について専門化することをせず、アメリカに代表されるように、通常の裁判所が権利義務紛争の一環としてこれを引き受けることとし、ただし、集団的労使関係のルールと紛争の調整を中心として、専門的行政機関を設置するというシステムを取ってまいりました。こうして、組合と使用者間の集団的労使紛争は労働委員会へ、労働者・使用者間の個別的労働関係を中心とした権利義務問題は通常裁判所へという役割分担が行われてきたわけです。

 しかし、通常の裁判所については、司法の容量、裁判所へのアクセス、訴訟提起へのインセンティブなどにおいて、アメリカに比すればはるかに機能が限定的であったと思われます。雇用労働者が裁判所を気軽に利用して労働関係上の権利を実現したり、紛争を解決することを誘導する体制は取られてこなかったと言えようかと思います。

 代わりに我が国では、各種の行政機関が紛争解決機能を大幅に担いまして、行政中心の紛争解決システムが取られてきたと私は見ています。つまり、集団的紛争は主として労働委員会へ、労働立法の違反を巡る紛争は主として労働基準監督署や女性少年室などの労働行政機関へと持ち込まれまして、雇用契約上の権利義務問題のごく一部のみが裁判所に持ち込まれるという状況だったと言えます。近年における個別労働紛争の増加も、都道府県の労政主管事務所とか、労働基準監督署などの行政機関がいち早く対応しております。

 以上のように、裁判所は、労使紛争解決については限定的機能しか果たしてこなかったのでありますが、労働関係事件裁判は、やはり労使紛争解決制度のかなめとして重要であると思います。

 まず、労働関係事件裁判は、労使紛争の解決機能のみならず、雇用社会の法的ルールを明確化し、具体化するという重要な機能を持っています。そして、我が国の裁判所は、この労働立法の内容を明確化するのみならず、立法が規制していない雇用契約上の諸問題について、基本的で重要なルールを定立してきました。企業の雇用労使関係も労働行政機関も、裁判所の定立したルールに従って活動するのでありまして、裁判所は雇用社会における法治のかなめとしての役割を担っているのであります。

 また、今後の雇用社会においては、激しい市場競争の下で、企業が事業の合理化や再編成を重ねていく中で、雇用システムは大幅に修正され、雇用の不安定化、労働者間の競争の強化、労働移動の増加、価値観や働き方の多様化などが進展すると予測されます。

 したがって、企業共同体による紛争の予防・解決機能は弱まりまして、紛争は顕在化し、かつ企業外のサービスを求めていくと見られます。したがって、労働行政機関等によるADRとしての紛争解決サービスを強化するとともに、「国民により利用しやすい司法」の観点から、司法の労使紛争解決機能を強化する必要があると私は考えます。法治国家の実質化に向けて「この国のかたちを整える」、これは中間報告に出てくる言葉ですが、そういうためにも、行政に頼り過ぎる紛争解決システムに手を入れて、司法が相当の役割を果たす形に整えるべきではないかと考えております。

 近年において、経済社会の変化に対応して、労使紛争解決について行政機関と司法機関(準司法機関)の双方を整備してきたモデルとしては、イギリスの助言あっせん仲裁局、ACASと私たちは言っていますが、ACASと雇用審判所の組合せのモデルがあります。

 次に、発達した産業社会を有する国の大多数においては、労働関係事件を専門とする裁判所ないしは行政機関が存在いたします。このこと自体、労働関係事件については国際的に広く認められた一定の専門性があることを示していると思います。言い換えますと、労働関係事件の裁判については、通常の民事事件とは相当に異なる対応が行われているのであります。

 まず、判定の手続について見ますと、労働関係事件は、経済的資力に乏しい労働者が優越的な企業を相手に生活をかけて争うケースが多いので、簡易・迅速・低廉な手続を要請されます。労使紛争におけるADRの必要性・重要性も、主としてここに発すると言えようかと思います。

 かくして、アメリカの大企業のように企業内の苦情処理手続が発達したり、先ほど言いましたイギリスのACASという機関のように、企業外に出た労使紛争の相談・あっせんを行う行政機関が活況を呈する。労働関係を専門とする裁判所においても、和解ないし調停前置主義が取られ、和解が成就しない紛争については、集中的で簡易な手続による判定が心がけられます。例えば、手続は裁判長の主導下でインフォーマルに集中的に行われ、複雑な事件でない限り1、2回の期日の後、即日に判定結果を言い渡す。理由書は後日送付するなどの工夫が行われます。

 次に、労働関係事件の判断については、特許訴訟とか医療過誤訴訟などとも異なる専門性が認められてきたと思います。

 集団的労使関係における法的問題は、労使による集団的労働条件の形成・運用と労使関係のルールを巡るものでありまして、集団的・継続的・利益調整的性格を帯びます。諸外国でも我が国でも専門的な行政機関があるゆえんでありまして、アメリカのNLRBという機関、あるいはFMCSという機関等があります。

 これに対して、労働者個人と企業との個別的労使紛争は、一見、雇用契約上の権利義務の問題にすぎないようでありますが、企業の組織的雇用人事管理の中で生じる問題でありまして、企業や労使がつくり上げた雇用人事管理の仕組みと実情の理解を必要とされます。そして、紛争を裁断すべき規範も、産業別ないし企業内の労使が形成し、運用している集団的な自治規範でありまして、労働協約、労使協定、あるいは労働立法もそういう性格を帯びることが多いわけです。

 かくして、労働関係事件については、判断を行う者についても、法律専門家としての職業裁判官のほかに、雇用労使関係について知識経験を重ねた労使が参加する制度が取られます。これが労働裁判所における労使裁判官の関与する参審制であります。労使紛争解決の行政機関においても、雇用労使関係を専門とする法律家、行政官、労使委員が判断を行い、あるいは判断に関与するわけであります。

 この審議会の中間報告が司法改革として打ち出しています法曹人口の拡大、法曹養成制度の改革、弁護士や裁判所へのアクセスの拡充、民事手続の充実・迅速化、法律扶助制度の拡充、専門的知見を要する事件への的確な対応、国民の訴訟手続への参加、等々の方策は、労働関係事件における司法の役割の強化、より利用しやすい司法の実現という課題にも役立つものであるとして、私は賛意を表したいと思います。中間報告が打ち出した改革の一般的方針に沿って、労働関係事件についてのさらなる課題を指摘いたしますと、次のようなものであると考えております。

 まず、重要なのは、労使紛争に関するADRの整備であります。企業内苦情処理制度、労使団体・弁護士団体等による相談のサービス、行政機関による相談・あっせんサービスなどでありまして、現在、特に行政機関によるサービスの整備について、関係者による大々的な議論がなされておりまして、その成果がいずれ出て、整備が進むものと期待しております。司法制度におけるADRとしては、民事調停においても、労働関係事件への積極的な対応を図るという課題がありまして、これはこれで積極的な取組が望ましいと思っております。

 私がこの審議会で議論していただきたいと思う主要なテーマは、労働関係事件裁判のシステムの在り方であります。

 まず、裁判の手続については、民事通常訴訟は厳格な手続と実際に要する時間・費用において、労働関係事件には重過ぎるという感を持っております。他方、仮処分手続はかなり簡易・迅速に行われておりますが、あくまでもこれは本案訴訟を前提とした保全訴訟という枠があり、手続においても、救済方法においても、限界があると思われます。口頭主義、直接主義、集中的審理等々を加えた、労働関係事件に適した簡易・迅速な手続を樹立できないかという課題がございまして、これはより実務的な検討が必要だと思います。それから、少額訴訟は、未払賃金等の労働債権の請求については、比較的よく機能しているようでありまして、これは上限額の引上げをしていくのがいいのではないかと思います。

 私がかねがね考えてきたのは、労働関係事件の判断について、雇用労使関係について知識・経験を積み重ねた人々が持つ労使紛争の事案に対する洞察力、中間報告の中では「何が事案の真相であるかを見抜く洞察力」という言葉が出てきますが、そういう労使紛争の事案に対する洞察力を活用する仕組みをつくるべきではないかということであります。

 先ほども申しましたように、労働事件・労使紛争は、賃金、労働時間、定年、服務規律、雇用調整、労使協議等々に関する制度・技術・慣行を巡って生起いたします。労働事件の裁判は、これら雇用人事管理や労使関係の制度・技術・慣行を巡って生じている争いを、一定の法規範に従って裁断する作業でありますので、雇用労使関係上のそれら制度・技術・慣行を理解して、初めて法的判断ができるわけです。

 しかも、その規準となる法規範は、労使の利害を複雑に調整した立法規定、そういう意味で立法規定も複雑になりますが、例えば、労働基準法の中の労働時間に関する規定は、そういうものとなっております。あるいは抽象的な評価規準ですね。特に判例・法理に多いのですが、合理性とか社会的相当性とか経営上の必要性とか等々の言葉を使った総合的判断を要する規範、例えば、整理解雇の4要件の中の基準とか、就業規則変更の法理等でありますが、そういうものが多いわけであります。そこでは、労働者個人に対する解雇や配転や労働条件変更を通して、企業の人事労務政策の是非、労使間及び労労間の集団的な利益調整の是非などが検討の俎上に載せられるのであります。

 要するに、労働事件裁判においては、当該争いを生じさせている雇用人事管理や、労使関係に対する理解が重要でありまして、これについては、私は、法律専門家たる裁判官では必ずしも十分とは言い難く、雇用人事管理や労使関係に関する知識と経験を蓄積している労使実務家の専門的識見を活用することが望ましいと思っております。

 これが、諸外国で労働裁判所が設けられ、労使裁判官が関与している主要な理由であると理解しております。これは、我が国で言えば参審制ないし参与制となりまして、私自身は、裁判所の専門性の強化という観点から参与制度がいいのではないかと、『法曹時報』52巻7号での論文で書きました。これは、事実関係の見方について労使専門家の洞察を参考にしながら、究極の法律問題について法律専門家である職業裁判官が判断を下すのがよい形ではないかと考えたからであります。しかし、これは一介の労働法研究者の見解でありまして、司法制度改革審議会は、国民の司法参加というより広い視野からの検討を加えていただければ幸いと思っております。

 参与制度と言っても、参与員の関与は実質的なものであるべきであると私は考えておりまして、他方、参審制であっても、諸外国の労働裁判所について指摘されるように、労使裁判官は大部分の事件で意見が一致いたします。また、意見が対立しても、職業裁判官がキャスティング・ボートを握るので、運用についてはそれほど違いがないとも考えられます。

 なお、参与員ないし参審裁判官は、労使団体の推薦する名簿から任命するが、中立公正な立場において関与するものとするというのがよいと思っております。もし、それらの参加者の意見ないし責任の明確化を望むというならば、例えば、書面による意見表示を行うこととするなどが考えられるのではないかと思います。

 その他の課題でありますが、まず特別の問題としては、中間報告でも指摘されております労働委員会命令の取消訴訟における五審制の問題があります。これは以前から論じられてきた問題でありまして、労働委員会の関係者は、少なくとも中労委による再審査を経由した命令については審級省略を、と訴えてきたわけであります。昭和57年の労働省労使関係法研究会報告などは、その立場と言ってよかろうかと思います。全国労働委員会連絡協議会というのがございまして、昨年から労働委員会制度の改革の検討を行っておりますが、その中で地労委に対するアンケート調査をいたしましたところ、地労委の多くが審級省略を望むという意見を表明しております。労働委員会における審査体制の在り方との関係における課題であるということは言えるわけでありますが、この点も前向きの御検討をいただければ幸いであります。

 最後に、私は労働法の専門家として言及しておきたいのは、法曹の養成過程及び職業発展過程での労働法の専門教育であります。労働法は、1980年代以降、次々に生起する政策課題に対応して立法の増加・複雑化を重ねておりまして、それらが企業の経営や労働者の生活に大きな影響を及ぼしております。他の法律専門科目も同様のことでありますので、他の法律専門科目の教育と併せて、中間報告で設置が打ち出された法科大学院の一つの任務として自分自身で考えていきたいと思いますが、裁判所、弁護士会等でも研修への取組が望まれるということを最後に申し上げておきたいと思います。

【佐藤会長】どうもありがとうございました。示唆に富む大変興味深いお話でございました。ただいまの菅野教授のお話につきまして、どなたからでも結構でございますので、いかがでしょうか。

【髙木委員】日本は民法の援用みたいなことで、例えば、労働契約法制・法理を考えていくというような法体系になっておりますけれども、一部に、例えば、解雇制限法というのは大方の国でできておりますし、ILOの158 号条約、日本はまだ未批准ですけれども、そういう雇用契約に関する法整備に関しまして、判例を実定法化するという議論があると承知しておるんですが、その辺はどんなふうにお考えでございましょうか。

【菅野氏】労使紛争解決制度の問題は、実体法と不可分でありまして、労働裁判所を持っている国は、労働法典とか、労働契約の基本法を持っているか、少なくとも労働法の基本問題に関する契約法を法律化しているというのが多いと思います。それを運用するのに特別な裁判所が要るのだというので、労働裁判所をつくっている。そのほか、御存じのように、産業の労使が産業の法としての労働協約をつくって、それが労働関係の規範になっている。そういうものの運用のために、労働裁判所がつくられているというケースが典型ではないかと思うわけです。
 我が国の場合は、戦後、労働基準法というのをつくり、労働契約の基本原則を定めた上で、労働基準を定めて、労働行政監督機関を設けたわけです。その監督機関によって刑罰付きの法規を運用するということをしてきたわけですが、その労働契約の問題の多くについては、民法を基礎とした判例法理に結局ゆだねることになって、そういう状態で今まで続いているわけです。解雇とか配転とか出向とか、その他どういう場合に賃金請求権が発生するかとか、いろんな問題は民法と労働基準法の考え方を基本とした判例法理にゆだねられて、立法化がなされていない。判例法理では、かなり労働者に有利な保護を図っているわけですが、何せ不透明であって、例えば、中小企業の労働者には分からないとか、そういう問題があろうかと思います。しかも、世の中が変化してきて、新しい雇用形態、働き方がどんどん増えてきている中で、雇用関係のルールというのがどんどん不明確になっていくという恐れもありますので、実体法の整備というのは大きな課題だと思っております。

【山本委員】今、実体法の整備の問題でお話を伺ったんですが、確かに我が国の場合は判例が、これは4原則みたいにかなり厳格な判例の積み重ねがあったと思うんです。我が国の労働訴訟、特に解雇条件等についての判例というのは、企業側にとってはかなり厳格な、言葉はちょっと悪いかもしれませんけれども、そういう厳しい判例傾向が積み重なってきたと思うんです。ですから、第1次オイル・ショック、第2次オイル・ショック等の波はありましたが、労働慣行というのは、雇用については非常に厳格に、経営者側もそういう判例と同じような親和的な運用をしてきたという感じがいたしているわけです。しかしながら、その厳格な雇用保護というものが、ここへ来て国際競争力の面でなかなか難しい問題となってきている。
 したがって、これからの雇用形態というのは、労働力の流動化とかいった要素も踏まえて、従来とはかなり違った局面が出てくるだろうと思うんです。ですから、労働実体法の問題についても、その辺のところをよく議論した上で、もし法律化されるとすれば、そうした立法態度が必要ではないかと考えておりますが、先生、いかがでございましょうか。

【菅野氏】そのとおりだと思います。簡単に言うと、アメリカは労働契約、雇用関係の規制が少なく、他方ヨーロッパは、それに比べて非常に規制が多いわけです。どっちがいいのかというのは常に議論になるわけであります。ヨーロッパは、規制が多いことによる労働事情の硬直化が構造的な失業の一つの原因になっているのだというのが議論されるわけであります。その辺は、日本の中だけで競争しているのではなく、現実はグローバルな競争の中に置かれている中で、労働市場における雇用を守るにはどうしたらいいかという基本的な問題があるわけでして、そのバランスを取って、しかし、ルールはできるだけ明確にしていくということではないかと思います。

【竹下会長代理】全般にわたって大変示唆に富むお話を伺わせていただいてありがとうございました。
 司法制度改革と直接に結び付く問題としましては、ADRの整備の問題、それから労働関係事件の裁判システムの問題とあるかと思いますが、ADRの方につきましては、個別労使紛争につきその整備が必要であるということを私どもも感じているところでございます。この点について、労働省の方から出していただいた資料によると、本年9月から、個別的労使紛争処理問題検討会議というものが行われて、そこでは労働省案、日経連案、連合案と三つ対立して、なかなか合意が成立するのかどうか疑問を生ずるような状態に見えるのです。
 そこで、どの案がよいかということを直接にお伺いするよりも、我々として、このADRの在り方を考える場合に、どういうところに着目をして、どういう視点からそれぞれの考え方を評価したらよいのかということを、もし教えていただければ大変有り難いと思うのですが、いかがでしょうか。

【菅野氏】今、いろんなところで検討、あるいは議論されている公的なADR、公的な労使紛争解決の仕組みというのは、紆余曲折を経た上で何らかの形にまとまってくると思うのです。その場合に、裁判所以外のADRの役割というのは、まず相談を持ち込んできた人たちに、その人の問題がいかなるものであって、法的にどのような状況にあって、どこに行けばどういう解決が得られるかという情報提供をして、それで相手方との交渉の仕方を教えてあげたりという相談と、もし望むならば、そして相手方もそれを受け入れてくれるならば、簡易な働き掛けないし簡易なあっせんみたいものをやるというサービスだと思います。
 そういう相談と簡易なあっせんのサービスで、個別的労使紛争は恐らく3分の2くらいは解決することが最近の調査で示されているわけです。残ったものが、解決しにくい紛争として、どこかの機関を求めるか、あきらめるかということだと思うのです。
 そういうときに、裁判所に来やすいようにしていただくというのが一番いいのではないかと思うのです。少額訴訟というのは、その手続の枠に乗れば一つだと思うのです。もし民事調停で労働関係の専門家が参画するようなものがあれば、それも一つでしょう。しかし、そういうものでなくて、白黒をはっきりさせたいという紛争や、きちんと権利を実現したいという当事者もかなりあるはずで、それはこれから増えていくと思うのです。そういうものについて、手続を労働事件に合ったように整備していただければと考えております。

【水原委員】労働委員会の審理の充実・迅速ということでお教えていただきたいんですけれども、先日この審議会に配られました最高裁判所事務総局の資料を拝見いたしますと、労働委員会の審理の長期化が大きな問題となっており、それを分析してみると、平成11年における労働委員会の不当労働行為事件の審理に要する平均審理期間は、地労委が2年、中労委が4年半も掛かっている。それから今度は不服の申立てがあるならば裁判所に行くわけでございます。裁判所の審理期間というのは、平均的に言うと割と短いような感じがいたします。どうしてこのADRでの審理と言いましょうか、これがこんなに掛かるんでしょうかということをお教えいただきたいということと、それに対して、積極的に何か解決する方策をお考えであれば、それも御教示いただければと思います。

【菅野氏】藤田先生は都労委に入っておられますので、もっと御存じだと思いますが、労働委員会は御存じのように、労働争議の調整と不当労働行為の救済という二つの大きな機能があるわけです。
 そのうち労働争議の調整は、長年にわたってうまく機能してきたと私は思うのです。大体の紛争を2か月くらいで片づけており、解決率も高いわけです。この労働争議の調整は、建前としては、集団的な労使紛争の調整ということになっているのですが、実際には、最近は、組合と使用者間のがっぷり四つに組んだ集団的労使紛争というのは非常に少なくなって、労働委員会のあっせんの場においても実質的な個別紛争が増えているわけです。組合が代理人になって、言わば個別的な紛争を労働委員会のあっせんに掛けているというのが多いわけです。しかし、そういう事件でも2か月くらいで処理していると思います。
 これに比して、なぜ不当労働行為はそんなに長いのかという疑問なのです。これは私の見方なのですが、民間で労使関係が安定化しまして、主流は第三者機関を煩わせない労使関係が確立した。そうすると、労働委員会に来る労使関係というのは、長年の間にこじれにこじれた労使関係、まず、大企業で残っている少数組合とか、少数組合の中の少数派とか、それから中小において原始的な労使紛争で、両当事者がそもそものイデオロギーからして全然違うというもの、あとは最近で言うとJR紛争ですね。いずれも非常に難しいのです。
 それから、労働委員会というものの性質なのですが、これは労働関係調整法から出発したということもあって、調整の機関なのです。労使の委員も、主として調整の役割を果たしている。こじれ切った労使紛争、あるいは対立の激しい労使関係を事件として迎えた場合には、労使委員の方々はこれは何とかしたいと考えます。そのような事件は命令を出しても解決しないで、ほとんど必ず再審査申立、行訴ということになるわけで、何とかそのような経過にはせずに、対立をほぐして、和解で将来の労使関係を踏まえたルールを樹立したいと念願します。このような考え方で、基本的に和解による解決を図るということでやっていると、その間、審問をやっているような、止めているような形になり、時間がかかるわけです。
 勿論、労働委員会も反省すべき点は多々あると思います。急ぐ事件、典型的な団体交渉拒否事件などは迅速に対応すべきであって、これはできるだけ早くと対応していますが、それでもADRという観点から見たら、迅速性において不十分であることは確かであります。平均処理日数という数字で見ると世間にいばって出せる数字ではないと思っております。労働委員会の連絡協議会でも、その問題意識はこの数年持たれていて、この3、4年間は毎年、総会やシンポジウムで改革を議論しております。そして、昨年の7月に改革のワーキンググループができて、個別的労使紛争について労働委員会がどう対応するかという問題と並んで、不当労働行為の手続についてどうするかという検討をいたしました。
 不当労働行為の手続については、当面、現行法の枠内で運用によってできることは何かということを洗い出しまして、それを今年の11月の総会にかける報告書といたしました。
 労働委員会によっては、例えば、中規模の労働委員会、例えば、北海道とか福岡、そういうところは事件と委員の数とか職員の数とがちょうどマッチしていて、不当労働行為の救済についても、比較的迅速に機能していると見られるところがあるのです。そういうところは、例えば、北海道などでも、現地にすぐに飛んでいって調査をするとかいうことをして、そういうベスト・プラクティスを広めていこうというふうにしているわけです。
 問題は、東京、大阪の労委のように、やたらと事件が多く、現在の職員、公益委員が事件に追われていて、そういうベスト・プラクティスを取り入れて現地調査をしようとしたって、なかなかできないというようなことがあるわけですが、それはそれで改善を図っていこうというのが今の全労委協議会の取組です。
 そういう検討をした中で、現行制度では改善に限度があるので、根本的に考え直さなくちゃいけないという意見も随分出まして、制度の基本的な検討をするワーキンググループを新たに立ち上げることにしまして、それを今年の12月の末に第1回の会合をするように準備しております。これは大体1年くらいで、もっと基本的な議論をするということになっています。全国労働委員会連絡協議会というのは、本来は単なる連絡協力の機関なのですが、そういうところで改革論議をしようというのは、初めてでありまして、労働委員会関係者の中でも、かなり強く問題意識があるということを申し上げておきます。

【中坊委員】先生のおっしゃっていただくように、労働関係事件の裁判システムというのができてきて、うまく機能するためには、何にもまして紛争事案に対する洞察力、中間報告で言う「何が事案の真相であるかを見抜く洞察力」、確かにそれが一番かなめであろうと思います。特に集団的労働関係から個別的労働関係に移れば移るほど、事案の真相が何かということを見抜く洞察力がかなめである。これは私自身も若干の労働事件、主として中小企業の使用者側をやっておるんですけれども、そういう事件を通じて、ありとあらゆる状態その他、また、それが刻々と移り変わる世相の中にある。しかもそこにおいて何が一番必要なのかという洞察力が非常に要求されるし、それがもし備われば、おっしゃるように労働事件が日本の裁判所ではこんな少ないんだけれども、外国ではこんな多いという問題も、みんなが解決を求めてくる大変いい制度になると思うんです。
 問題はまさに、洞察力を持った方が仕組みの中にどうして参加してくるかというところがまさに問題である。先生の今のレポートによりますと、それは参与員というものを活用してはどうか。参与員を関与させる。そこから先は陪審か参審か横へ置いておいて、要するに実質的に関与するんだというふうに理解するとして、問題は参与員をどうして選任していくか。この過程がまさに先生のおっしゃるように労使問題に関する知識だけでは駄目であって、経験を持っていないと駄目だということをおっしゃっていると思うんです。私もそのとおりだと思うんです。
 私自身は弁護士会の役員等をいたしまして、現実に中労委、あるいは地労委の公益委員を選ぶような場合、非常に労使というものが対立して、両方とも結局、チェック機能をやって、この候補者でどうだと言っても、労の方があかんと言ったら駄目だとか、そういうようなことに現実としてなっていますね。その拒否権みたいなものが発動される中において、事実上は、非常に公正中立という立場から透明色のある方、逆の言い方をすると、まさに労使の紛争の実態を御存じでない方、自分が実際労使の常識を携えていない方が、現実には選ばれていく。いわんや裁判官は、今のようなキャリア・システムの裁判官であれば、そういう実態は御存じない。そういう人が事実上これに関与していくというところに、今の労働委員会制度にせよ、先生のおっしゃるシステムをつくったところで、一番肝心のどういう人を得るかという人の選び方が問題である。
 少なくとも私は、例えば、先生の5ページのところによりますと、「参与委員ないし参審裁判官は、労使団体の推薦する名簿から任命するが、中立公正な立場において関与する」と、あとは労使の参加の意見を書面で述べるという話になっているんですが、ここら辺りがもう少し工夫される必要があると思う。例えば、私たち仮に弁護士会から現に選ばれていますけれども、そこから我々も推薦されてきたと思うんです。例えば、その人が使用者側の事件をやっています。そうすると、組合側は絶対その人が公益委員になるのは反対ということになる。こういう形が現実にある。だから、現実には、そういうことに関与していない方が大体選ばれていくというのが実情になっていると思うんです。
 そういう点が更に工夫されることによって、いわゆる労使の労働事件をやっていたらだれでも弁護士がよいという意味ではありません。まさにその辺に、私は、今後の必要な論議の核心の部分があるのかなというふうに、先生の今のお話を聞いて感じるんですが、その点に関する先生の御意見をいただきたい。

【菅野氏】地労委の公益委員の任免について、労働法の専門家である弁護士が選ばれないという問題があるということは承知しております。それは制度として、公益委員の任命は労働組合法上、労使委員に拒否権があるので、だれか1人でもバツを下せば駄目だということなのですが、そういう拒否権はどうかなというのが一つあります。
 参与委員の任命の仕方については、これは私もいろいろ考えて『法曹時報』でも、ああでもない、こうではないということを考えて書いたのでありますが、結局は、変な人をリストに載せて、偏ぱな判断を意見書にするということになったらならば、物笑いの種になるというふうに制度の発展過程で淘汰せざるを得ない。その場合に、外国の経験では、労使団体の推薦というふうにしていて、そのリストの中から、裁量的に任命するとせざるをえないのではないか。リストを行政機関がつくるかというのは、恐らく問題があると思うのです。別に私は労使団体にこだわっているわけではないのですが、どこか、人事労務の経験者や、組合の中でも責任を負っていろんな現場で活動してきたような人たちを知っているような機関、団体がリストをつくるほかないと思うのです。裁判所がつくれと言ってもそれは難しいわけで、そういうリストを責任を持ってどこかの団体がつくって、その中から任命すれば、その人たちは自分の出身はあるかもしれないけれども、その事案に即して自分はこうだと思う、公正な判断を出してくれるというふうに育てなくちゃいけないと思うのです。

【中坊委員】そうですね。だから、おっしゃるように、組合側の人であれば使用者側がOKと言わない。使用者側のことをやれば、今度はこっちがOKしないとか、そういう形ではなしに、本当にもっと代表的に、みんながそういう立場を超えて審判するんだよという物の考え方が定着してこないといけない。私は労働事件というものが、先生のおっしゃる知識だけじゃなしに、経験、まさに洞察力を持った人が裁くことにはならないんじゃないかなという気がします。

【藤田委員】 日本の労使紛争の解決の仕方の特色なのですが、労政事務所とか労働基準監督署のような行政機関が、相談、あっせんという形で、非常にたくさんの事件を処理しているという実態がございますね。このような行政機関で処理ができなかった労使の対立が非常に先鋭で深刻な事件が、労働委員会の不当労働行為審査事件とか、裁判所の労働事件に出てくるということになっております。フランスやドイツの労働裁判所でも同じような状況なのか、それとも日本では事前の行政機関で処理しているような、それほど深刻、先鋭な対立のない事件も含めて裁判所に出てきているのかということを伺いたいのが一つです。
 また、それと関係があるんですが、日本の労働委員会は、三者構成となっていますが、実際に労働委員会で事件を処理してみますと、非常に大きなメリットがあると思います。労使双方の実態とか考え方をよく理解できるとか、あるいは和解、あっせんをするときに、信頼関係がありますから、自然にパイプになっていただけるとかいうことで、非常に大きな効果があると思うんです。けれども、不当労働行為として審査して、命令で結論を出すということになりますと、使用者側委員が使用者の立場を離れ、労働者側委員が労働者側の立場を離れて関与するというのが、なかなか難しいように思います。紛争が深刻、かつ先鋭であるだけにですね。
 そういう意味で、陪審でも参審でも同じことと思うんですけれども、よく実態を知っておられるし、経験を積んでおられるんですが、それぞれのお立場という点から、中立的な判断をしていただけるということが可能かという点については、どのようにお考えでしょうか。
 ヨーロッパでは、労使の裁判官だけでまずやってみて、判断が1対1に分かれたときに、職業裁判官が加わって判決するというシステムがありましたけれども、そういうようなシステムが実際に、不当労働行為の審査について可能なのだろうかということなのですが。

【菅野氏】最初の方のは、私はヨーロッパの労働裁判所を回って歩いて調べたわけではありませんので、物の本で推測しているだけなのですが、とにかくドイツの労働裁判所が60万件とも70万件ともいうような事件を処理しているというのは、およそ労働関係の法的問題が起こったらみんな労働裁判所に持っていくということだと思うのです。日本だと行政に持っていくのを、労働裁判所に持っていくという感じではないか。しかも、労使裁判官もいて、労働関係をよく知っているという人たちが迅速にやってくれるというので、どんどん持っていくということではないかと思うわけでありまして、そこは非常に違うと思います。
 世界の中での労使紛争を最も幅広く労働裁判所で解決している典型がドイツと、イスラエルであると言われていますが、労働裁判所の管轄にもいろいろあって、もっと限定している国もたくさんあるわけです。
 イギリスの仕組みというのは、そのちょうど中間で、行政でもACASという機関が簡易・迅速に相談等、あっせん・調停のようなものをやって、大量の事件を処理している。しかも、これは純粋な司法機関か準司法機関かは余りはっきりしないわけですが、雇用審判所というところが、職業裁判官と素人裁判官の協同作業で、何万件の労働事件を簡易・迅速に処理しているというモデルです。
 日本はそうではなくて、集団的な事件は労働委員会へ、簡単な個別的な事件で労働立法が絡むものは行政機関へ、雇用関係の権利・義務の中でもごく一部のものが、絶対に争うのだという人によって裁判所へという状況で、裁判所に来る事件が非常に少ないのだというふうに理解しております。
 それから、労働委員会の三者構成のお話なのですが、労働組合法は労働者委員、使用者委員をそれぞれの利益を代表する委員と定義していまして、その利益を代表する法律上の義務があるという感じなのです。そういう観念でずっと来て、それぞれの利益を代表しながらうまく労使の利害を調整するというふうにして、労使委員が働いてきたという伝統があります。
 しかし、私もわずかな経験ですが、労使委員の方々とお付き合いすると、労使委員の方々は年数を経れば経るほど、中立の感じになってくると思うわけです。だから、端的に労働者側なり使用者側の委員が、自分の立場はこうだけれども、事件の筋としてはこうだというようなことを茶飲み話などで言ってくれるのは、私などは、ああ、そうかと思うわけでして、法の建前上、中立なのだと、あなたの出身は組合かもしれないけれども、中立ですよというふうにすれば、それがヨーロッパの労働裁判所だと思いますが、経験上ほとんどの事件で一致するということになるのではないかと、思っております。

【藤田委員】 適切な人材を得れば心配はないだろうということですね。

【菅野氏】ええ。

【髙木委員】今の労働委員会についての先生のお話の中にも、例の五審制の問題に触れておられて、私は菅野先生が『法曹時報』の中にお書きになっているのを読ましていただいたんですが、日本の不当労働行為制度と、いわゆる民事裁判の感覚、例えば、不当労働行為制度の成立要件とは何かということと裁判における審理にあたっての視点のズレの問題があると思います。不当労働行為は行政命令として不当労働行為の判断を示し、一方、民事訴訟として、例えば、損害賠償などを併置して、その辺の関係がそもそもどういうことなんだという本質的な定義等もきちんとできていない部分を残したまま、例えば、裁判所の方は労働委員会でもっと審査をきちんとやってこい、それができてないんだから五審制になってもしようがないんだという話になっています。そういう本質的な制度の欠陥と言うか矛盾と言うか、そういうものを残したまま、そういう議論をしているような気がしてならないんです。先生のお書きになったものにも、そういうことが指摘されておりまして、昭和57年の労使関係法研究会の報告でも、審級省略とお書きになっておりますが、その辺のところを突っ込んで御議論なさったような中身があの報告にはないものですから、その辺のことはどうなんでしょうかということをお尋ねしたいと思います。

【菅野氏】おっしゃるような根本的な問題、要するに、労働委員会というのは行政機関であって、行政機関が救済を行うというのが不当労働行為の救済システムなわけです。それの要件が労働組合法の7条という非常に漠然とした規範であり規定であるということから、労働委員会は7条を使って判断し、行政的な裁量のある命令を出しているわけです。それが裁判所に行くと、裁判所は権利義務的な目で見ているのです。権利義務の体系の中で不当労働行為の成立とか、救済命令の適法性などを判断してしまうのは不適切だということを、労働委員会の関係者はずっと主張してきたわけです。
 しかし、これはすごく難しい問題で、日本では不当労働行為制度の母国の米国と違って、労働組合法7条が民事的な効力もあると解釈できる法制度になっているものですから、民事的な効力があって、直接裁判所に民事訴訟で救済を求めることができる。そうすると、成立要件で何が違うのだということから始まって、延々と法律論争が始まるわけです。それは、非常に基本的に重要な問題だと考えていますが、私ども労働関係とか労働法を専門とする者の感覚と、いろんな民事事件全般を手掛けておられて、労働法も全体作業のほんの一部として位置づけているという場合の感覚というのは、どうしても違うのです。だから、ここは残念ながら、なかなか埋まらない溝なのかなと思っております。

【髙木委員】お言葉を返すようですが、そうしたら、とにかく最後は裁判所で、裁判官の論理で、あるいは法解釈論でけりを付ける。不当労働行為制度などということは、労働委員会でやりたければやったらよい、あとは裁判所でけりを付けてやるよ、出てきた命令をどんどん取り消してあげるよという現状の解決が、先生のおっしゃったような感覚の延長線上にあるんでしょうか。

【菅野氏】日本はいうまでもなく法治国家で、法の解釈は裁判所がやる、労働委員会としてもそれに従うという建前ですから、簡単に言えば労働委員会とか労働法の学者が裁判所を説得するということに成功していないということなのです。

【佐藤会長】今の菅野さんのおっしゃった審級省略の話ですが、我々の審議会としても前向きに検討してほしいという御希望ですけれども、どういう角度からこの審議会として検討すればよいか、何か御示唆があれば。

【菅野氏】これは審級省略をやるかやらないか、簡単に言えばそれだけなのですが、私が「前向きの検討を」というのは、その前提条件とか要件が何か、どのような要件と状況であればできるのかというように考えていただきたいということです。労働委員会の命令が裁判所から言うと争点整理とか証拠の整理において不十分であるという御不満があるのは分かっているわけで、その辺のところは労働委員会として改善すべきは改善するという議論はしておりますが、労働委員会としては非常に丁寧な審理をしているということは確かなのです。合議でも非常に時間を掛けて証拠を引証しながらですね。こんなにやったのに、行訴がまた一審から始まるのかという感覚はあるわけです。対立の激しい労働関係の紛争を、いい加減けりを付けなくちゃいけないのに五審制かという感覚はどうしてもあるわけです。それがあるので、それならば、こうであれば審級省略を認めてよいですよという御検討をお願いしたいのです。

【佐藤会長】まだおありかもしれませんけれども、菅野先生の持ち時間のぎりぎりまでまいりました。何か簡単で、これだけはというのがありましたら。よろしゅうございますか。
 では、どうも今日はありがとうございました。非常に有益なお話を頂きまして。今日だけではありませんので、今後ともよろしくお願いします。

(菅野氏退室)

【佐藤会長】それでは、次に髙木委員からのレポートをお聞きすることにしたいと思います。
 髙木委員にはお忙しいところ、詳細なレポートを用意していただきまして、本当にありがとうございました。

【髙木委員】会長、休憩しませんか。

【佐藤会長】分かりました。では、2時50分に再開することにさせていただきます。では休憩にいたします。

(休 憩)

【佐藤会長】それでは、時間も来ましたので、再開させていただきたいと思います。
 まず、髙木委員から、30~40分の間で、しかるべく御報告いただきたいと思います。

【髙木委員】お時間を頂いてありがとうございます。

 お手元に「労働紛争解決システムの改革について(意見)」というペーパーを用意させていただきました。

 先ほど菅野先生からいろいろ有意義なお話がございましたが、かなりの部分は菅野先生のお話と、若干視点は違うかもしれませんが、項目としてはオーバーラップをしていると思います。

 現在、我々は司法制度改革の議論をしておるわけでございますが、この改革の議論の中で、かねてより労働の問題もいろいろ問題ありと認識しておりますので取り上げていただきたいということをお願いをし、「論点整理」あるいは「中間報告」にも労働のことに触れていただいたわけでございますが、そういう扱いにしていただいたことに感謝申し上げたいと思います。

 「はじめに」のところの1ページ目でございますが、我々の労働紛争解決システムは、率直に言って、労働裁判も含めまして、いろいろ多岐にわたる課題を抱えておるということでございます。それぞれの問題につきましては、後ほど問題点の内容について細かく述べておりますので、いちいちについては後ほど申し上げたいと思います。

 ただ、私自身も労働組合の専従者として30年余を過ごしてきておりますが、こういう仕事を三十何年にわたってやってきた身として、こんな労働紛争の解決システムの現状を招来してきたのは、そういう意味での自分の努力も、私一人がと言うと生意気ですが、トータルで言えば労働組合運動全体が、こういう状況を看過してきたということについて責任を痛感しなければいけないのではないか、それから、法曹三者の皆さんや労働法学者の皆さん、あるいは労使関係に携わる多くの皆さん、それから政治や行政の皆さんも、お互いにまず反省をし、そしてその反省の上に立ち問題点をいかに克服していくか、について真剣に議論をしていかなければならない、ということを強く訴えたいわけでございます。

 もう一つは、これは先ほど山本委員からもございましたけれども、今、産業社会、あるいは雇用社会も大きな転換機にあります。そういう中で、従来よかれと思ってきたルールがかなり揺らいできておりましたりして、取りわけ個別労働紛争が増大しております状況等を踏まえ、一方で、小さな司法の中で統治客体意識しかないという批判のあります一人ひとりの国民、その中でもゆくゆく6,000 万にならんとする雇用労働者が、国の大きな階層を占める固まりとしてあるわけでして、そういう背景のもとで今次司法制度改革を行うわけですが、その大きな輪の中でこの労働紛争解決システムの改革も行っていくべきではないかと思います。これはまさに時代の要請でもあろうかと思います。そういう意味での状況の認識あるいは論議をする背景等について、2ページ以降書いております。

 まず1番目は、当審議会の論点整理、中間報告の脈絡を大事にした感覚で、労働紛争解決システムについても、その改革を論ずるべきではないかということでございます。

 「はじめに」のところに項目だけ列挙しておりましたが、今の日本の労働紛争解決システムが抱えております課題について七つ、八つにわたり、問題の所在を6ページの終わりの方まで書いております。

 これは菅野先生のお話の中にもありましたが、少なくとも裁判所に上がる労働事件の裁判件数というのは、例えば、ドイツは何でもかんでも裁判所に行くというお話もありましたけれども、そういう国による特性を考慮いたしましても、日本では際立って少ない。民事訴訟の中に類別されておりますが、その中でも0.5 %程度、仮処分を入れても二千数百件。国によっていろんな事情がある、それぞれの特性があるということではありますが、労働相談件数等の現状から見ましたときに、二千数百件というのはいかにも小さい。逆に言えば、泣き寝入りがいっぱいあるんじゃないか。このことについては、否定をされる方は余りおられないんじゃないかなと思っております。

 それから、日本には労働紛争の特性、専門性とかいろいろ言い方もありますが、特性とか特異性というものを認識した紛争解決システムが長い間構築されてこなかったという問題があります。個別紛争という世界と集団紛争、そういう類別もありますし、権利紛争、利益紛争という類別もありますが、これも菅野先生のお話にありましたが、その中で、例えば、労働事件裁判は、扱う領域という意味で、そう広い領域を扱ってきているわけではありません。例えば、雇用等に関しまして、解雇、転勤、配転、就業規則変更等々、こういうものについては規範的要件と言うんでしょうか、正当な理由、やむを得ない理由、客観的合理的理由云々の、そういう規範的要件についての価値判断が求められるわけでございますが、これらの判断は企業社会の風土、土壌、その後ちょっと妙な言葉を使っていますが、「それらを律する目に見えない企業の『葉隠的な働き方に関するルール・掟』」といったものにも精通した方に判断していただく必要があるんだろうと思います。

 例えば、同じような解雇事件でも、50人の中小企業の中で起こる解雇事件と、1,000 人の企業の中で起こる解雇事件とは、目に見えないと言いますか、長い間企業の風土になっておる感覚の違いによって、その意味合い、程度がかなり違う。だけれども、その違いをお感じになることなく、司法判断を下される。

 ちなみにこの葉隠的云々というのは、今は亡き山本七平さんが日本の資本主義社会の何とかという本の中でこういう表現を使っております。この葉隠というのは、御存じのように、佐賀の鍋島藩の武士道等に関する家訓的なものだろうと思いますが、例えば、良好な労使関係、労使関係の成熟などというお話がありますが、良好な労使関係というのは、山本七平さんいわく、目に見えない葉隠の枠内に労働組合運動が収まっておれば良好だということになる、一歩枠外に出ると、いわゆる摩擦的な労使関係になる、平たく言えば、労働組合のリーダーは、その葉隠の枠内で動いているうちはいい子だと、そういうような意味合いで使われたり、その本の中ではそんな捉え方をしておったと思いました。

 そんなようなことで、こういう葉隠的な働き方に関するルール、「掟」というと言葉はちょっとよくないかもしれませんが、そういう感覚に接する機会のない裁判官の方に、一部は弁護士さんにもそういう感覚のない方もおられますが、そういう方々に判断をされている実態が、いろいろ裁判の内容等についての批判を招いているのではないかと思います。

 ヨーロッパ等では、労使の非職業裁判官が参加する仕組みの中で、そういう企業の土壌、風土、あるいは慣行、あるいは目に見えない葉隠的なルールを判断の中に持ち込んで、円滑な解決を図ってきておるということではないかなと思います。

 その次の「労働実体法の整備の必要性」ということですが、これも先ほどの菅野先生のお話に対して私は質問申し上げたんですが、日本の労働法、とりわけ労働契約法制と言われるところについては、実定法の中で契約に関しますルールを定めることをほとんどしておらず、多くを判例に依拠してきている。その判例は民法の一般条項等を援用した形で、特に1条だとか90条などが援用されておるわけですが、そういう意味では、裁判所はこういった空間について法創造的な役割も果たしてきており、その中には定着した判例法理があり、それに基づきいろんな判断が行われてきておりますが、どうしても判例ということになりますと、実定法になっていないが故に、社会の認識も低くなりがちですし、それから昨今は、いろいろ社会の、とりわけ産業社会の構造も変わりつつあり、いろいろ判断が、本来判例ができたときの趣旨、あるいは底流にある価値観といったものと離れて判例を運用するというか、援用する感覚のぶれ等があって、判例や判決に問題があるんじゃないかという批判が出るような判断も、まま見られるということも言われたりしております。そういう中で判例の実定法化を是非やっていくべきじゃないかと考えます。

 本席には労働省、あるいは法務省の方もお見えでございまして、ちょっと失礼ですが、労働省は、自分のところの主管行政に純然たる民事法というのは入ってないという御認識でしょうか、労働契約分野の法整備を、率直に言って怠ってきた。また、法務省の方は、労働省との縄張を意識されて、労働契約分野を放置してきたという批判が現にあることは確かでございますので、こういうこともちょっと書かしていただきました。

 そういうことで、ILO158 号条約、160 号勧告もございますが、条約についての批准と、それを受けた解雇制限法などの実定法の整備を急ぐべきではないか。それができてないという問題点の指摘でございます。

 それから、労働紛争解決、最近は大分早くなったという説明が最高裁のペーパー、あるいは法務省のペーパーでも言われておりまして、全体的には早くなっていることはそのとおりだと思いますが、まだまだ10年以上の年月が掛かっている例もございましたりして、生身の労働者が未解決の状態で10年を超えて、あるいは5年を超えて、未解決の状態にさらされるという場合、大方の場合耐えられる話ではございません。

 そういうことですので、途中で和解で、裁判所でも和解しているよというお話がありますが、和解にもいろんな意味がありまして、本来、本当の意味で接点を探った和解であるはずだと思っておりますが、中にはそういう期間の長さに耐え切れず、大きな不満は残るんだけれども和解をせざるを得ないというケースも、たくさん含まれているんじゃないかと推測するわけでございます。救済が遅れれば、救済を拒否しているのに等しいということについても、御認識をいただきたいと思います。

 それから、五審制の問題は先ほどのやりとりにもありましたが、率直に申し上げまして、裁判所の方にお聞きすると、ああいう労働委員会の審査で、審級省略などという話はうんと言うわけにいかぬ、ちゃんと、するものをしてから言ってこいというお話です。勿論、裁判所の方も実態的に五審制があるということは否定なさっているわけじゃございませんし、実際的には五審制をくぐらなきゃいかぬ状態にある人たちの大変さについては御理解いただけると思いますので、これは労働委員会の立場でも、裁判所の立場でも、何とかしようという問題意識を強く持っていただいて、取り組んでいただかなきゃいかぬということでございます。

 これによく似た問題で、これはどちらかというと行政訴訟に関わるお話で、次回以降の話かもしれませんが、例えば、社会保険や労働保険を巡る紛争もいろいろございますが、行政不服審査、その後の行政訴訟手続、それぞれこれらでも結局五審制になっているケースもままありまして、いずれにしても、五審制というのはまさに不正義だろうと思います。そういう立場でこういう認識もしていただきたいと思います。

 労働紛争解決システムとしてのADRの整備につきましては、現在、労働省の方でも、この検討会議が行われておりましたりして、いろんな議論がございます。また、労働省の現在の議論の更に外延にあるADR、これは労使団体なり弁護士会、あるいは弁護団の労働相談、あるいは私的あっせんなどの世界もありまして、いずれにしても、いろんなチャンネルで相談が受けられる、いわゆるチャンネルの多元化、多様化の必要性は高いと思います。

 今、労働省は地方労働局を使って相談・あっせん・調停等を行うという案、日経連は民事調停の中に労働調停と言うべきものを創設して、民事調停の類型の中でやったらどうかという案、それから、連合あるいは全国の労働委員会の協議会は、労働委員会の活用案、東京都の労政事務所あるいは労政の皆さんは、労政事務所を一層活用する案をそれぞれ提起しております。この労政事務所活用案は、その延長線上に労働委員会とのつなぎをよく考えたらどうかというお考えを持っておられるようですが、いずれにいたしましても、公正で迅速で廉価な労働紛争の解決システムという意味で、ADRが各般にわたって整備される必要があるということです。そうすることによって、泣き寝入りが少しでもなくなる、そういう社会へ進んでいけるんじゃないかと思います。

 イギリスやアメリカ、あるいは日本もその類型に属するんだろうと思いますが、企業の中における労使関係、あるいは自主的な紛争解決システム、これは経営協議会であったり、苦情処理システムであったり、そういうものも一定の役割を果たしてきているんですが、最近、その辺がちょっとマンネリ化しているんじゃないかという自覚が、これは労使双方にありまして、近年アメリカでは、特に公序紛争等について、時間と大変多額の訴訟費用、あるいは公序紛争の形を取っておりますが、利益紛争、実態は利益紛争だというものも含めまして、いろいろな労働紛争が起こっています。例えば、アメリカのコカ・コーラが210 億円ですか、人種差別で、損害賠償を課されたことが最近報道されましたが、このように大変なコストが掛かる事件に遭遇したようなこともあったりして、企業の中の一種の自警団的発想で、オンブズパーソン制というのを企業内労使自治の補強システムとして導入しているところが増えていると聞いております。これは日本でも同じような状況が生まれつつありますし、昨今の、例えば、三菱自動車のリコール問題等を見るまでもなく、企業のコンプライアンスと言いますか、そういうものが十分に確保されていない場合の社会の批判というものが、非常に高まっているという認識は、必要なんじゃないかと思います。

 いろんなADRですが、最後は司法判断のところにつなげられる必要があるという点は、常に強く認識をしておかなければいけないことではないかということです。

 本人訴訟の難しさ、あるいは裁判所・弁護士へのアクセスの改善、この辺につきましては、民事全般にも関わる話でございますが、いろんな工夫が要るんだろうということでございます。

 先ほど来、裁判官のお話を申し上げましたが、弁護士さんについても、よく弁護士過疎というお話がありますが、東京・大阪等、労働専門部、あるいは労働集中部を持っておられる裁判所の所在地等はさほどではないかもしれませんが、それ以外の地域では、労働分野で仕事をしていただける弁護士さんを探すのが大変だという実態がございます。私どもも全国に組織を持っておりますが、地域によっては、弁護士さんを探すのに往生するときもありましたりして、弁護士さんの皆さんについても、労働事件は余り金にならぬからという面もあるかもしれませんが、もう少し労働事件にも前向きの対応のほどをよろしくお願いをしたいということでございます。

 これは以前も申し上げましたが、司法試験、司法修習における労働法、行政法の扱いの問題、労働法、行政法を試験科目にしなくても、別途勉強してくださったらいいじゃないかという面もあるかと思いますが、やはり試験にあるとないとでは大分違うんだろうと思います。

 そういう中で、日本の裁判外紛争解決システム以下、裁判システムに至りますまで、制度の概要が7ページ以降書いてありますが、時間の関係もありますので、参照いただきたいと思います。

 次に、12ページ以下、「欧米の労働紛争解決システムから見た労働紛争解決システムの特質」ということで、とりあえずイギリス、アメリカ、ドイツ、フランスについて、いろんな方からお話を聞いたり、資料を見たりして、まさに実態を知らぬままの受け売りですので、質問されても困る話がいっぱい書いてありますけれども、一応整理をしてみました。

 その次の15ページ以下、「比較法的検討からみた日本の労働紛争解決システムの問題点」ということで、少しですが触れております。

 この「比較的検討が示唆するもの」ということでございますが、ヨーロッパでは、オランダがちょっと違うようなんですが、それ以外は労働裁判所、あるいは労働審判所、雇用審判所と言われる仕組みを、オランダ以外はみんな持っておるようでございますし、アジア等にもそういう仕組みを持っている国が幾つかあるようでございます。

 そういう仕組みを一方で持ちつつ、これは菅野先生もお触れになっておられましたが、イギリスではACASという、一種の相談と言いますか、あっせん・調停をやる、それと雇用審判所が、まさに密接な車の両輪のごとき連携の体制を取っております。こういうのもございますが、いずれにいたしましても、労使関係等の、あるいは雇用の問題につきましても、雇用を完全に切る解決を求めるのか、雇用をつなぐ解決を求めるのか。とりわけ雇用をつなぐ解決という意味では、和解なり調停といった手段も用意されておる必要があるわけで、そういうものと労働裁判の特性に応じた判断をしていただける労働に関する司法機関、この両方がうまく連携し合える仕組みというのが必要で、日本はそういう仕組みが、裁判の実態の中には和解に重きを置く運用の部分もあるとは言われておりますが、少なくとも仕組みとしてはそういうものはございませんということだろうと思います。

 次に16ページ以降、これも菅野さんのお話にございましたが、「労働紛争解決制度を考えるにあたっての留意点」ということで、労働紛争の特性、これは専門性という言われ方がありましたり、特異性という言い方がありましたりして、ほぼそういう言葉と同義で、ここでは特性という言葉を使わせていただいております。

 紛争というのは、非常に多様で、かつ多面的だということでございます。例えば、個別労使紛争はいろんな分野にわたってあるわけですが、これにつきましても、権利紛争のような姿で見られますが、その内実は利益紛争であったりするという面なり、それから雇用関係というのは非対等な当事者間の関係でございますから、時にはその切断、あるいは契約内容の変更等について、一方当事者の恣意というものが関わってくる問題もございます。

 それから、個別だとは言うけれども、その個別紛争の処理が全体的な企業の構成員に前例としていろんな影響を与えるという意味で、いわゆる集団性というんでしょうか、そういうものにも関わっているわけでございます。その集団性というものの背景には、そこで出された前例が、ほかのものの条件にも援用されるという面もあるということでございます。

 紛争自体も多様なんですが、背景とする目的も多様です。例えば、同じ解雇の問題を処理するにしても、例えば、職場復帰を求めることに力点を置いても、大体日本の場合は、裁判を起こしたら、特に中小企業等の場合は、職場復帰というのはなかなか難しゅうございます。裁判ざたに及んだ奴をいつまでも雇用しておけるかということのようです。この問題は、1件の解雇の有効、無効だけではなくて、そういう人たちが次に再就職の場を求める際にも、どこどこで裁判を起こした男らしいぜという噂が流れるだけで、彼の再就職は同一地域では大変難しいということもございます。いずれにしても、職場復帰を求めるもの、あるいは、こういう解雇はあってはならないということで、自分のことよりは、こういうものを二度と起こしてもらっては困るという、権利の確立みたいなスタンスで闘われる裁判もありますし、どうせ裁判を起こして、雇用の継続が難しいのであれば、お金でけりをつけてしまおうという対応になる訳です。目的につきましても、例えば、今申し上げたような多様性を持っておるということです。

 非対等性の問題、あるいは非相互互換性というんでしょうか、雇用する者と雇用される側の互換性というのはないわけでございます。そういう意味で、対等性を欠くが故に、例えば、証拠の収集の問題等につきましても、非対等制を意識した工夫が必要ですし、当事者主義だと言われても、なかなかその趣旨が、いい意味で貫徹できることばかりではない。その中でもとりわけ労働事件は利益調整的判断が占めるウェートが多いという特性も持っておると思います。こういった面は、雇用労使関係の実務に対して十分な理解がないと、往々にして判断が間違うということがあります。

 紛争の集団性・代表性、それから法形成機能みたいなものが紛争の処理を通じてなされるケースも多くあります。先ほどの葉隠ではありませんが、そういうものに対する影響のみならず、日本の雇用関係全般、あるいは労使関係全般に、一つの事件が大きな影響を与える。例えば、パートタイマーの雇用契約、あるいは労働条件の設定に関します事件として丸子警報機事件というのがございますが、たった一つの事件ですが、与えた影響は非常に大きいものがございます。

 そういう意味では、紛争解決、これは手続・制度ともに、専門性と独自性みたいなものが要求されるんだろうと思います。独自の手続の必要性、これは非対等性、あるいはどうしても一人ひとりの労働者、とりわけ個別労働事件では、司法弱者という面もございますので、その辺の司法弱者にも配慮した手続が必要ではないかということでございます。そういう意味で、手続につきましても、先ほど来申し上げました特性に応じた手続の整理が、あるいは手続に関するいろんな工夫が必要だと思います。

 解雇の問題、あるいは労働条件変更の問題、いずれにしても、長く掛かったら救済にならないという面に是非留意をしていかなければならない。

 先ほど広義の多様性ということを申し上げましたが、紛争解決手続の中には、そういう多様性をきちんと受け止めていくために、調整手続が必要でしょうし、定型的な紛争には簡易な労働裁判手続というのも要るのではないかと思います。

 そういうものと他のADRとのシステムとしての整合性みたいなものも、当然整理が必要です。

 それから「専門的識見をもつ人材の必要性」。これは裁判におきましては、裁判官の皆さん、あるいは裁判官のお仕事をサポートしていただく裁判所の事務官と言いますか、補佐官と言いますか、そういう方々、あるいは弁護士の皆さん、あるいは各種ADRに関わられる皆さん方の専門的経験及び識見と言うんでしょうか、それの大切さを訴えたいわけでございます。

 実際に、裁判なり、準司法手続機関としての中央労働委員会の不当労働行為の審査なりの中で、いろんな紛争の解決に当たっての判断がなされてきまして、そういう判断が日本の労働市場や雇用システムの在り方を規定してきていること、また、例えば、JR事件に見られるように、裁判所が労働委員会の救済命令を次々と取り消すことがありますが、今日そういうことが労使関係システムそのもののありように大きな影響を与えているということ。

 これにつきましては、一番最後に1枚だけ新聞のコピーを付けさせていただきましたが、11月8日、東京高裁がJR不採用事件について、中労委の控訴を棄却ということになりました。この判決を巡りまして、つい1か月くらい前まで中労委の会長をされておられました花見忠先生が、『論壇』にこういう記事を書いておられます。これは、私ども労働委員会に関わっておりまして、私も10月に中労委の委員を辞めたわけですけれども、こういう事件にも関わってきた一人として、半分分かるし、半分はちょっと違うんじゃないのと感じながら読ませてもらいました。この記事自体については2通りの意見がありますが、ここでは、その記事の4段目の真ん中くらいに「これは、労使関係論からすれば、きわめて重大な意味を含んでいる。つまり、団結権の論理を経営の論理によって否定することを、労働組合はせまられているということである」という、この辺につきましては、同様の感覚を持つ部分が私自身にはございます。中には、これは21世紀にまた違った意味での団結権の形があり得るんだという意味では、ほう芽だと読むべきだという御意見の方もおられますが、とりあえず御参考までに添付をしておきました。

 諸外国におきましては、先ほど来の話になりますが、労働審判所、労働裁判所、その中に労使参審制等がございますので、そのことの意味は十分我々も認識していく必要があるのではないか。

 それから、専門性ということで、労働事件の世界は専門性などはないんだという御意見がありますが、最近は確かに時代の要請かもしれませんが、労使関係法は、最近は余り大きく変わっておりませんが、雇用関係法の世界、あるいは労働市場、あるいは職業安定に関する世界や労働基準の分野等は、非常に多くの法律改正、あるいは新規の法制定が行われておりまして、例えば、労働時間法制の中の労働時間の弾力化等は、私ども何十年この仕事に関わっている者でも読むのに苦労するくらいいろんな類型が用意されております。どこかにこういうことがあったなくらいのことは承知いたしておりますが、具体的な事件に当たってはきちんと法律を見ながら議論しないと対応できないような、そんな複雑かつ専門的なものもたくさん出てきております。

 また、技術的専門性が求められる過労死等の労災適用の問題に関わる領域等々もございまして、これもこういう場で申し上げたら差し障りがあるかもしれませんが、この辺の法律を、裁判官の方も、それから弁護人として関与された弁護士の方も、お二人とも御存じないまま判決が書かれたりした例もあったということも聞いておりまして、そういう意味での裁判の内容に関する批判が最近は散見されるわけでございます。

 そういう中で、どういうふうに解決したらいいのかということでございますが、20ページ以下、まず第一には、裁判制度、あるいは裁判手続の両面に関わるわけですが、労働裁判所的な場の設定と、その場に非職業裁判官が参審するということを、日本でも採用すべきではないかという点でございます。

 それから、陪審制につきましては、労働事件の中には、雇用差別訴訟や不当労働行為訴訟など、いわゆる公序紛争と言われるものも含まれておりますので、こういうものについては、原告の選択により、陪審裁判という形もあり得ていいんじゃないかということも、21ページの上の方に書かしていただきました。

 ただし、この陪審・参審問題では、国民の司法参加の論議でも、中間報告の記載のように、今後の議論の余地が残っておりますので、私のペーパーの中では、具体的にはどんな陪審・参審にしていただいたらいいとかいうことを書き込むのはいかがかと思いましたので、その辺は具体的なイメージを書き込むことを差し控えさせていただいております。またしかるべきそういう議論の時間帯がまいりましたら、その時に意見を言わしてほしいと思います。

 あとは裁判手続の改革ということで、上の方と内容が重複しますが、簡易裁判手続と言いますか、また、少額訴訟手続の訴額の上限アップの議論は別途の場でもございますけれども、少額訴訟の中で労働事件も2割くらい占めると言われておりますので、訴額も上げていただいたりとかも必要だと考えています。

 それから、民事調停ということで日経連が主張されている労働調停についても、私自身は、労働紛争解決のチャンネルの多元化という視点から検討されるのに反対ということではございません。調停の場に労使の経験者、社会保険労務士等が関われるような考慮も必要ではないかということでございます。

 それから、中間報告に掲げられた、特に民事司法の改革の分につきましては、多くは労働事件訴訟にも関わるものがございます。これにつきましては、法務省の方のペーパーの3ページに具体的に掲げられておりますが、私のペーパーでは「全く異論なく」などと書いておきました。細かい点では一部異論があるんですが、おおむね異論なくくらいの感じで、早期の実現が図られるべきではないかなと思います。

 いずれにしても、迅速化、あるいは人的体制の問題、それから、非対等性の中で、当事者主義というばかりではかないませんというところも、少しは改善すべきではないかと思います。

 それから、上訴制限のことについてはあえて触れておりませんが、一審判決で労働者が勝訴した場合、特に雇用の関係については、裁判をやりながら職探し、あるいは違うところに就職してから裁判をやるというのも結構しんどいものですから、そういう意味での判決確定までの雇用継続義務等を制度的に担保する必要があるのではないかと考えています。

 それから、労働組合訴権というのがフランスではかなり広く認められておるようでございます。この労働組合訴権についても、団体訴権等の議論の中で、是非一度、検討いただきたいとお願いしておきます。

 それから、「利用しやすい裁判所」ということで、特に裁判所の窓口で、ドイツではレヒツ・フレーガーと言うんでしょうか、こういう方々がいろいろ相談に乗っていただけるということもお聞きしております。それから、先ほど来申し上げております司法弱者という労働者の一般的に持つ立場、側面、そういう意味では労働事件の裁判費用の問題、あるいは一審の訴訟代理には弁護士以外の組合法律専門家や社会保険労務士の訴訟代理、この点については訴訟代理まで言っていいのかどうか分かりませんが、そういう意味でのサポートの問題も考えていかなければなりません。それから、法律扶助制度、欧米諸国では労働事件についての扶助は、かなり広範に行われていると聞いております。

 それから、調停・和解前置主義、これも内容は今までるる申し上げたことと重複をいたしております。

 それから、ワンストップサービス的な機能も、労働事件についても強く求められていること等でございます。

 現在、労働省の検討会議で検討されていますことで、労働省の労働局活用案は、率直に申し上げまして、労使の委員、あるいは一部の法律学者の先生方から、特に労働基準監督官という、法による臨検という権限を持つ人たちが所属する組織による相談・あっせん・調停ということはいいのかという主張が出ておりまして、そのことは前の方に記載をいたしておきましたけれども、いずれにしても、この問題は、来年度予算等に関わる面も含めて、現在、検討会議で御検討中ですが、ここで私の立場ですと、連合が出しております案の方がいいですよということは、一言は申し上げておかないといけないわけですけれども、労働省の検討会議で検討中でもありますので、余り立ち入って申し上げることをいたしておりません。

 それから、最後に、五審制の問題で重ねてになりますが、5回も関所を通らされる者の身になって、何とか知恵はないのかということについて、お互いに、特に裁判所の方に訴えたいわけですが、では、労働委員会に何をしろというのか。公取の判断についての異議は高裁提訴でよいというルールのようでございますが、お聞きしたら公取の審決は、判事の方が出向されており、ちゃんとそういうレベルで審決が書かれているんで、だから高裁でいいということになっているんだという説明がなされています。労働委員会と裁判所の連携という意味で、いろいろ工夫をしていただくという方法、勿論、労働委員会の方の審理の厳格化と言いますか、そういう要請もあるんでしょうが、いずれにしても、両方でお互いにああだ、こうだという話では全然問題の解決にならないわけで、どちらがどうだということはともかくといたしまして、早急に何とかするんだということにしてもらいませんと、かないません。

 この点については、先ほど最後に菅野先生に御質問したところで、そもそも制度の本質がかみ合っていないんじゃないかというところも、一度御専門の方々に検討していただきたいということでございます。

 頂いた時間をオーバーしまして申し訳ございませんが、以上でございます。よろしくお願いいたします。

【佐藤会長】詳細なお話を賜りまして、どうもありがとうございました。
 先ほどの菅野教授からのお話、質疑応答、それからただいまの髙木委員のレポートに基づきまして、委員の皆様の意見交換を行いたいと思います。今の髙木委員の御報告について、御質問あるいは御意見もおありかと思いますけれども、意見交換の中でそれもしていただければと考える次第です。
 なお、前回の審議会の際にお配りした労働関係事件の資料も、本日、同じものを席上にお配りしておりますので、その資料も参考にしながら、意見交換を進めればと思っております。
 本日、この参考資料につきまして、御質問等がありましたら、御質問にお答えいただけるように、関係機関の方にお見えいただいております。御遠慮なく御質問いただければと考えます。
 それでは、意見交換の方、よろしくお願いします。

【竹下会長代理】労働事件の訴訟の方の話でございますが、裁判主体の方に、労使の慣行とか、あるいはその他の労使関係の実情に通じた者が参加をすべきだという点は私もよく分かるのでございますが、今日の髙木委員のお話の中にも出てきましたし、ほかでも聞くのですけれども、訴訟手続について特別の手続を設けるべきであると言われておりますね。その内容なのですけれども、具体的には、どういう点を一般の訴訟と変えたらよいのかというところが、今ひとつイメージがわかないのです。今もおっしゃられたように、和解ないし調停前置というのを考えろというのが一つございます。これも確かに和解なり調停なりがうまくいって、早期に解決できれば、労働者にとっては非常によいということになると思うのですけれども、結局合意に達しないということになると、それだけ救済が遅延するわけですね。ですから、それを前置にするのがよいのか、むしろ裁判所の裁量で、これは和解でいきそうだというときには和解にしてもらう、あるいは調停でやれそうなら調停にするという考え方の方がよいのではないかというのが一つ。
 もう一つは、手続を簡略化せよとおっしゃるのですが、今度、当審議会で少額訴訟手続の上限を90万円まで上げろという提言をすることになりましたから、90万円までの金銭請求ならば簡易・迅速にいくわけでございます。金銭請求以外の事件についても、例えば、少額訴訟のような手続にして、原則1回の期日で審理を終結して判決するということにすれば、早くなることは間違いないと思うのですけれども、それで労働紛争の実態から言って、間違いのない裁判になるのだろうか。仮に裁判官の側に労使の代表のような方が何らかの形で関与するにしても、原則として1回の期日で終結するということが、果たして労使紛争の実態にふさわしいのだろうかという気がするのですが、その点についてはいかがでしょうか。

【髙木委員】最大の視点は迅速性だと思います。そういう意味で、期日の設定の仕方、例えば、ドイツ辺りでは2週間以内に期日をきちっとしろとか、判決が出た後の応訴のための判断期間は1週間にするとか、ともかく解決を早くやろうという工夫がいろいろ行われていると思うんです。
 和解について前置がいいのか、裁判所の判断がいいのかというのは、両論あるんだろうと思いますが、これは確かにおっしゃられるように和解だ調停だと言って、そのために事情を聞くためにものすごく暇を食って、それでうまくいかなかったら、裁判だというのではいかがかと思いますから、和解なりを前置するなら、これはかなりシビアに、例えば、1回でけりがつかなかったら、裁判でやりますというようなルールを迅速化という視点から整理する必要があります。結果的にどちらの主張が通ったか通らぬか、不満だったら、特に公序紛争などはものすごくいろんなことがあって、そのときは多分上訴の話になってくるんだろうと思うんですが。
 ただ、ドイツ辺りでも、まず1回目に行われる和解だか調停だかで、7割近くはけりがついて、あとはその後の和解、あるいは取下げもあり、実際に2回目の具体的な裁判に応ずるというのは1割くらいだと言われています。その中で解決に至らないケースがあって、上訴されるのが数%ということで聞いておりまして、その上訴されるものは、ドイツでも物すごい長い期間が掛かるものは掛かっているようですけれども、そういう道が次のステップで用意されておれば、特に一審は物すごい迅速化、スピードを一番の主眼に考えて、そういう手続にしていっていただくことが必要ではないかと思います。勿論、乱暴なところがあったらそれを回避する工夫をできるだけするということはそのとおりだと思うんです。
 そういう意味では、簡略化の問題も、当事者主義だけではうまくいかないだろうと思われる面もあり、若干職権主義的な、証拠の遍在の問題やら何やらもいろいろ整理いただき、裁判官の方の運用の仕方によって、乱暴になっては勿論いかぬので、その辺いろいろ工夫はしていただかなければいけないと思いますが、ともかく迅速性というのが一番ではないかなと考えています。

【竹下会長代理】ドイツの場合は、御一緒に実情調査に参りましたけれども、和解で話がつかなかったようなものでも、大体1回の期日で一審で終結だということだったですね。そのくらいのことを目指したような手続にすべきだということなのでしょうか。

【髙木委員】1、2回くらいで、大方の事件はけりがつくと思います。その際に労使委員の間の意見対立もほとんどないということを聞いて参りましたし、いろんな文献を見ましても、そんな対立は多くないということが言われております。
 一番心配なのは、和解前置だとか何とか私も書いておりますが、それで引っ張られてずるずる行っていくのは問題だと思います。実際にはそういうことが引っ張られた和解では非常に和解の内容が悪くなる。

【竹下会長代理】ありがとうございました。

【山本委員】さっきも菅野先生からのお話の中で、労働委員会に相当時間が掛かっていると。実は、こじれにこじれたものが来ているんだという話ですね。それで労働委員会の構成というのは、労使委員と公益委員ですね。現実はこれがうまく機能していないという実態は厳然としてあると思うんです。そういう状況をそのままにして、裁判のやり方を変える。例えば、専門参審なり、労働裁判所なり、話は同じことになるんじゃないか。確かにドイツ辺りでは1日くらいでやってしまうようですけれども、日本で抱えている労働事件というのは、本質的にかなりこじれた、あるいは先鋭的な対立になっているもので、そういうことからすると、こういう労働委員会の現状を放置したまま、いきなり裁判制度に大きな変更を加えるというのは、果たしていいのかなという感じがします。
 それから、髙木さんの問題意識は、日本の裁判所の敷居が高いから、欧米に比べて非常に労働事件が少ないとおっしゃっているんですけれども、やはり日本の労使慣行と言いますか、戦後ずっとつくってきた、例えば、企業内組合だとか、終身雇用だとか、非常にアットホームな点があって、そうしたこともあると思うんです。しかし、それが行き過ぎて、少し社会の停滞を招いている。新しい生き生きとした働きがいとか、職業の選択だとか、そういったように世の中変わっていかざるを得ないという状況がある中で、おっしゃられるような労働契約法、今までの判例傾向が少し揺らいできたから、ここで法律で縛るとか、そういうのは慎重に考える必要があるんじゃないか。現実に国際競争に伍していくためには、職業観も変えていくべきです。現実に若い人たちは変わった職業選択の意識を持っています。そういう新しい芽と言いますか、社会の変化と言いますか、そういうことを十分我々は考慮する必要があるんじゃないか、そんな感じがしておるんです。
 それから、訴訟の非対称性ということですが、確かに経営側と労働者の訴訟ということですからあれですけれども、やはり労働法というのは、団結権なり、弱者救済のための仕組みをほかに持っているわけですから、そういう仕組みを余り訴訟の場にストレートに持ち込むのはいかがかなという感じがいたしております。意見としては当たっていないところが多いかもしれませんけれども、そんな感じがいたしております。

【髙木委員】あえて論争するという気はありませんが、山本さんの発想の延長線上は、労働事件を小さな司法の中に封じ込めようとする発想だと私は思うんです。

【山本委員】民事調停という制度がある。どうしてそこに行かないんですか。

【髙木委員】私はそれをやっていいと言っている。

【山本委員】やっていいんじゃなくて、現実に使われていないでしょう。

【髙木委員】そういうスキームを具体化し、使っていこうとする努力をだれもしていないから使われようがないということでしょう。

【山本委員】調停の場所というのは敷居が高いわけですか。

【髙木委員】現に今調停で、民事調停の中で労働調停というのはどれくらいあると思っているんですか。

【山本委員】それはなぜないんですか。だれかが抑えているわけじゃないんでしょう。

【髙木委員】抑えているわけじゃないでしょう。別に多元化して多様化するのは全然反対しない。民事調停の一類型として労働調停の仕組みもつくったらいいと私は言っておるんです。
 労働委員会を変えることが先だというのは、今の労働委員会は制度の不備だと私は思っているんですが、集団的労使関係、今、個別紛争も合同労組の中に個人加盟したものが組合の名前で上がってきて、集団的労使紛争の姿をして労働委員会に上がってくるわけです。もう一つは、これは裁判にも通じますが、そういうところへ問題を上げてくるのは、人格訴訟というか、名誉だとか権利だとか、そういうものに非常にこだわる事件を上げてきて、一般的に個別紛争というものを受けるチャンネルがまだまだ機能していないということもあるんでしょうが、そういう意味では、労働委員会を変えることが先だという論理も、私もすべてを否定しませんが、その変える努力をだれがどうするんだということの議論もないままに、それができないならこっちは駄目だという議論の仕方は現実的ではないんじゃないか。
 そういう意味では個別紛争はどんどん増えてくるというのを踏まえて、労働委員会も使い、民事調停も使い、やっていけばいいんだろうと思うんです。それから、労働局が持っている権能の中で、ただ、労働局に調停までやってもらうのはいかがかなという意見などもあります。労政事務所も地域によってはかなり機能していますから、そういう意味ではフルセットでやったらいいんだろうと思うんです。
 結局、その中で何がより機能的なのかというのは、それぞれ利用者がおのずと選択をしていく中で、競争原理が働いてくると思うんです。何で民事調停を使わぬのだと言われてもよく分かりませんけれども、そういう制度の波及力というか伝播力みたいなものとポピュラリティーみたいなものが関わってくるんじゃないかと思っています。

【山本委員】私が申し上げているのは、日本の労働裁判の制度に基本的な欠陥があって、したがって、そういうことになっているということではないんじゃないか。いろんな理由から、例えば、民事調停を使おうと思えば使えるのに、そういうのが使われていないというのは、やはり仕組みの問題だけではなくて、意識の問題だとか、日本の労使慣行の問題だとか、そういうもっといろんな要因が絡まってくるんじゃないかということを申し上げたかったわけです。

【髙木委員】裁判所の人に、民事調停と労働の関係はどういう実態になっているのか聞いていただきたい。

【佐藤会長】では、せっかくお見えですので。

【最高裁(安浪行政局第一課長兼第三課長)】 最高裁事務総局行政局の安浪でございます。
 今の点でございますけれども、民事調停の中で労働調停がどれだけ占めているかという具体的な統計データを持ち合わせておりません。ただ、東京簡裁の民事調停事件の中、大体これは1万件くらい東京簡裁に民事調停事件の申立てがあるようなんですけれども、その中で労働事件のようなものは、大体百数十件で、1%くらいだと言われております。
 したがいまして、同じ簡裁でやっております少額訴訟の方が大体2割くらいを占めているというところから見ると、民事調停の中で労働事件が余り入ってきていないということは、おっしゃるとおりだと思います。
 その要因も、多分いろいろあるんだろうと思うんですけれども、調停はやはり話合いで解決するというのが本質でございますし、それがポイントです。ところが、いろいろ企業内でも話合いが行われておりますし、労働基準監督署だとか労政事務所でも話合いが行われていると。そこで話合いができなかったものを、もう一度話合いの場である調停に持っていくのかどうかという、そこのところが今まで余り使われてこなかったところだと見ております。ただ、労働事件を調停で解決していくというのは大事なことだと思っておりますので、そちらの方に力を入れていこうと思っております。

【日弁連(鵜飼弁護士-司法改革実現本部事務局員)】 まず、一番大きな問題は解雇事件なんですが、解雇された方で組合の支援のない個人の労働者は、やはり限度は6か月くらいです。6か月以上、1年くらい経ちますと、とても裁判を維持することはできない。したがって、現在使われているのは仮処分なんです。
 仮処分というのは、緊急性、暫定性、付随性がその特質と言われていまして、著しい損害、又は急迫する危険の存在が必要とされる特別な手続です。したがって、書面審理が原則になります。迅速性はあるんですが、書面審理になりますので、口頭主義、直接主義の面から、人証に対する尋問や弾劾していくという手続は全く取られない。
 ヨーロッパなどの諸国では、解雇事件などについては、緊急性がある、しかし、証拠が偏在しており真実発見のための審理が必要とされる、先ほど竹下先生がおっしゃったような緊急性と権利の実現という二つの要請をかみ合わせた制度として、例えば、各国に労働裁判手続があります。それは集中的に1回か2回の公開審理を行う。その前に証拠開示や求釈明などで争点整理と証拠収集を行ったうえで、集中的に人証調べなどの審理を行う。そういうふうな簡易・迅速で、かつ権利の実現に資するような手続を設けていますが、日本では、仮処分制度で代替しております。もともと仮処分制度というのは、そういう暫定的な特別な制度ですから、経験10年未満の、場合によっては5年未満の判事補が担当することが多いのです。
 そういう書面審理で本当に真実の発見と権利の実現ができるかという点では、非常に危ぐを持っておりまして、現実的に当事者の申立件数の20%くらいしか認容率がございませんで、大体65%以上は和解又は取下げになっています。これも満足的な和解ではなくて、かなり期間が制限される、そして、結論についても非常に不満であるという中でのやむを得ざる和解が相当あるのが現状です。

【竹下会長代理】私は、実際のことは知らないのですけれども、労働仮処分だと、原則的に債務者についても、口頭弁論ないしは口頭による審尋をしているのではないですか。

【日弁連(鵜飼弁護士)】 ありません。現在は99%、ほぼ100 %といっていい程、審尋はやっておりません。

【最高裁(安浪行政局課長)】 いや、そんなことはないと思います。企業の方の債務者審尋はやっています。

【日弁連(鵜飼弁護士)】 債務者審尋はやっておりますが、それも書面審理です。書面審理が原則で、審尋はやっておりますが、口頭弁論を開いての証拠調べとか人証調べはやっておりません。

【竹下会長代理】人証調べは別ですけれども、法律の規定の上では、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければならないのが原則になっておりますね。だから、その限度のことはやっているわけですね。

【日弁連(鵜飼弁護士)】 口頭弁論はやっておりません。

【竹下会長代理】口頭弁論は別として、口頭審尋はやっている。

【日弁連(鵜飼弁護士)】 口頭審尋という、その審尋の意味ですけれども、要するに、口頭主義、直接主義という意味での審尋ではないです。

【最高裁(安浪行政局課長)】 審尋の期日に企業の方の弁護士さん、それから人事担当者と言いましょうか、そういう方も同席して、勿論、基本となるものはペーパーで出しますけれども、その場で双方の言い分は聞いております。

【竹下会長代理】結構です。

【日弁連(鵜飼弁護士)】 証拠提出命令とか証拠の送付嘱託とか、人証調べの手続は一切やっておりません。

【藤田委員】 労働委員会では、現状を改革しなければならないということについても非常に問題意識を持っていることは、先ほど菅野先生がおっしゃったとおりで、11月8、9、10日に全国労働委員会連絡協議会の総会があったんですが、その席上でもこの問題が取り上げられました。
 菅野先生がおっしゃったように、団体交渉拒否の事件で、1年、2年経ってから、団体交渉を命じるという救済命令を出してもあまり意味がないわけですので、少なくとも半年くらいの間に団体交渉拒否については結論を出さなきゃいけないのじゃないかということも内部では話し合っております。そうなると仮処分手続的な運営ということにならざるを得ないと思うんですが、その障害がどこにあるかと言いますと、地方労働委員会の委員、公益委員は全員非常勤です。それぞれ学者とか弁護士とか、別に本業を持っておりますので、私の例で言いますと、週1日くらいの週もありますけれども、4日くらい行かなきゃならない週もあるということで、全精力の3分の1は都労委に取られているんですが、そういう専従できないという障害があります。
 もう一つは、期日を入れるのが裁判所と同じようなことになっているんです。1か月半とか2か月先になる。これはいろんな要因もありますけれども、一つは、代理人の弁護士の期日が入らないということです。私はできるだけ3週間くらい先に入れるようにするんですが、まず、なかなか入らない。弁護士へのアクセスとか、それから弁護士の執務体制の問題との絡みもあるんですけれども、そういうことが一つの障害になっているということで、それを何とかしなければならない。そのためには、審理期日を一括して何期日か確保して入れるということをやったらどうかという提言もあります。
 それから、労働委員会が労使双方から信頼されなければならないわけですが、端的に言って、使用者側から余り信頼されていないということがあります。日経連の意見書を見ても、要するに、どうも労働者側に軸足があるんじゃないかという見方です。救済命令の7割は裁判所で取り消されている。個別的労使関係の事件を労働委員会にやらせるのに経営者側が反対するというのは、そういう意識も一つの要因としてあると思います。それが当たっているのか当たっていないかは別といたしまして、そういう意識からいろいろな問題が生じています。
 労働事件は、直接裁判所に出訴することもできます。また、労働委員会に係属している同じ事件が、同時に裁判所にも係属しているという例がかなりあります。そうしますと、当初から裁判所に民事訴訟として出てきた事件と、労働委員会の救済命令の取消訴訟という行政訴訟で裁判所が判断する事件とで、同じ事件が二つの形でくることもあり得ることになります。そうすると、その間に矛盾のないように判断しなければ、整合性が取れない。ジュディシャル・レビューというシステムのつくり方をする限りにおいて、やはり裁判所の視点で判断するということにならざるを得ない。そこにギャップがあるということだと思います。
 労働事件が事実上五審制になっていることをもし改善するとすれば、裁判所が今までやってきた迅速化の方策は、早期における徹底した争点整理と集中審理のやり方です。労働委員会の審理でも、審理をスピードアップするためには、この二つの方策をやる以外に方法はないんです。
 しかし、先ほど述べたいろんな障害があって、なかなか集中審理ができないという点がございます。
 しかし、何とか手続を改善して、少なくとも半年か1年くらいのうちに、労働委員会としての結論を出して、それを司法審査の手続にのせるということに、少しでも近づけなければならないというふうに思います。
 そういう視点から考えますと、やはり労働委員会の方の手続を改善していくのが本筋で、裁判手続での一審省略とか、実質的証拠の原則の採用という提案もありますけれども、内部で議論しているときには、それはやはり難しいんじゃないかということを、私個人の意見ですが申し上げております。やはり実質的証拠の原則とか、一審省略というのは、電波監理審議会とか独禁法とか、あるいは公害等調整委員会の鉱区禁止地域の指定のように、法律家のまったく専門外の分野の事件について適用されている。それに比べて労働事件というのは、事実認定にしても通常の事件と性質が違うということではありません。また、仮に一審を省略して、いきなり高裁に持っていくということが当事者にとってプラスになるのかというと、これも問題なのかなという気がいたします。

【佐藤会長】ただいま藤田委員から大分結論めいた御意見をちょうだいしましたけれども、髙木委員、何かリアクションなさることがありますか。

【髙木委員】藤田さんは労働委員会のことはよく御存じなんですが、いつまでも五審をやれということですか。

【藤田委員】 だから、改善しようということです。

【髙木委員】どう改善するんですか。だれがどういう努力をしてくれるんですか。

【藤田委員】 今申し上げたように、例えば、団交拒否の事件などは半年以内に解決するような方策を考えるとかいうことです。それはやはり代理人の弁護士の人の協力を得なければできませんけれどもね。

【髙木委員】だから団交拒否で12年も掛かったとぼけた話もあるわけだし、そういう現状をみんな知りながら、それは特異なケースだということで済ませてしまう。努力をしたけれども、やはり五審になっても仕方ない、ということで問題解決に積極的にアプローチしない。5回も関所をくぐらせるというのをおかしいと思わないのかと申し上げれば、それは今のルールだからしようがないんだということで放置してよいのでしょうか。

【藤田委員】 制度をつくったときには今のような状況を考えていたわけじゃなくて、行政的な救済ですから、半年とか1年とか、どの程度の期間を考えていたか分かりませんが、そのくらいの期間で結論が出て、それを裁判所が審査するということを考えてつくった制度だと思うんです。
 ですから、今、地方分権一括法で労働委員会の事務が自治事務になりましたので、中労委の再審査制度がそのまま維持されるべきかどうかという議論もあるんです。現在は、今の状況を改善していくのにはどうしたらいいかということを労働委員会側も模索している段階なんです。今、髙木さんが言われているように現状での事実上五審制とか。団交問題で十何年かかるという事案のことは知りませんけれども、2、3年掛かっても意味ないですね。

【髙木委員】意味ないです。

【藤田委員】 ですから、いろんな運営の改善をやっていかなきゃならない。それは今司法改革で民事司法の使い勝手のいいやり方についていろんな改善策を考えていますが、それとも関係があるんです。弁護士の執務体制にも関係があります。
 そういうことも含めて考えて、今の労働委員会制度と、それから労働裁判制度とをどういうふうに運営していくかということを考えなければいけないし、労働委員会の方はかなりの危機意識を持ってやっています。

【髙木委員】労働委員会の内部での議論は私も承知しておりますけれども、それでは裁判所の方はどういう努力をしてくれるのか。我々はちっとも悪くないとおっしゃっておられる。今日の最高裁のペーパーは、まさにそういうことだったわけです。悪いのはみんな労働委員会の方だと切り返しておられる。

【竹下会長代理】そういうわけでもないでしょう。

【髙木委員】それは水掛け論だからいいんですが、5回も関所をくぐるのはいいんですかと重ねて申し上げたい。行政委員会と裁判とは違うというんですが、実際に問われているのは同じ紛争なのです。もし、そういう仕組みが今の制度で五審制が必然的にあるしたら、私、こういう過激な言葉で言っていいのかどうか分からぬけれども、労働委員会制度の在り方、あるいは行政命令と言うか、行政の裁量行為みたいなものとの関係で出てくる審査と裁判の関係全般に関わる話ですね。

【藤田委員】 もう一つ申し上げたいのは、労働委員会の考えていることと、裁判所の考えていることとの間でギャップがあるということです。労働委員会の方は、こうやって考えてきて、こういうような救済命令を出すのがいいと思うんだけれども、そんな命令は出せないんだという裁判所の判断があると、労使関係を実質知っている我々がこういう判断をしたのに、裁判所がどうしてそんなことを言うんだという思いがあるんですけれども、さっき言ったように裁判所としては、同じ事件が裁判所に出てき得るし、現に出てきているんです。両方並行して進んでいる事件を私も今何件か持っていますけれども、そういうことを考えると、通常やっている裁判所の訴訟指揮で争点を整理するし、救済命令の内容も法律的な判断でやる、法律の枠内でやるということになります。比較すれば労働委員会の方が、現実の労働関係の方に目が向いていますから、議論が広がる方向に行く。裁判所は法律的にはこの範囲に限定される、法律的に厳しく見るというところの食い違いがあります。しかし、そういうところは、しようがないと言えばしようがない。もともと二つの制度が指向しているところがぴったり一致していないものを、司法審査という形で統一する今のような制度を組み立てたわけですから、そこのところのギャップは、制度として当然出てくるはずのギャップなんです。ですが、それをどうやって実務上そんなに不都合な結果が生じないようにやっていくかというのが、実務の運用だと思うんですが、これはかなり難しい話で、いろいろ労働委員会としても知恵を絞っているわけですけれども、裁判所の方でも考えていかなければいけないことだろうと思います。

【佐藤会長】労働委員会と司法審査との関係について、日本の場合、50年経ってもまだぴったりしていないんですね。その問題だと思うんです。

【中坊委員】私は、例えば、今の労働裁判の問題でこうして審議している審議会としては、髙木さんのおっしゃるように、だれが見ても五審制というのは、だれが考えても異常な仕組みではなかろうかという気がすると思うんです。
 いわんや、中労委というのは、私自身は先ほどから言うているように、当事者の代理人として地労委とか中労委、あるいは裁判に関係してきたものですから、裁く立場にはなっていない。私は一貫して使用者側の代理人を続けてきたものですけれども、それにしても、お分かりいただくように、中労委というのは全国で一つしかないんです。全国の事件がそこへ集まる。言うたら高裁以上のもので地労委の審判をする。そういう意味では非常に権威のあるものだと、だれもが基本的には考えるべきものだし、また考えてもおる。
 ところが、その中労委の判断は、東京地裁のそれより劣るということになって、しかも中労委の判断がかくも容易に消されていく。しかも、これは大変失礼な言い方かもしれないけれども、しかも、これが今のキャリアシステムの下における裁判官制度で、しかも専門部制度を取りますと、特定の部だけが労働事件を扱う。そうすると、国労の事件がそうだったでしょうけれども、私たちが聞いておっても、結論が見えていますという非常にいびつな格好になる。今、中労委の判断の後に、地裁の判決があって、こういうような『論壇』に載るような大変な大きな問題を引き起こしている。だから、一つひとつの制度を部分的に見るというのではなしに、まさに我が国の司法制度全体の在り方が、先ほど会長がおっしゃったように、労働問題で関与してくるのかということは、またそれは同時に裁判官制度そのものともみんなが有機的に結合している問題であろうと思うんです。
 そういう意味では、今我々審議会としては、地労委、中労委を含めて、労働委員会という制度と、それから司法システムとを、どう基本的に考えるのか。ただし、現象面が五審制というのは、やはり異常だよという指摘の下に、それではどういう方向で考えていくのかという我々審議会の意見であれば、これはまた問題です。
 髙木さんがおっしゃるように、地労委と中労委をどう直すんですかと言われたって、我が方の審議会の対象外にもなってくるでしょう。だから、基本的には広い意味では入ってくるんでしょうけれども、問題提起と、我々がこの問題をどう考えておるのか。少なくとも労働事件について、これほど諸外国と比較しても異常に少ない。別の言い方をすれば、泣き寝入りしている人が多い。この現象を前にして、そういうことを今、司法システム全体としてどう救済していくのかということは、我々として広い立場から、この審議会としては一つの問題提起をしていかないといけない。
 恐らくその原因は、先ほどからおっしゃるように、まさに司法紛争解決システムと、労働委員会制度とが、藤田さんもおっしゃったように、最初からかみ合っていない部分があった。しかし、現象面としてはおかしいことになってきた。それをどこかで直さないといけないという声をだれかがはっきり、しかも公の立場から出さないといけない。これはまた、裁判所が悪い、こっちが悪いばかり言っているだけでは話にならないので、そういう意味においては、制度の根本的な見直しを含めて考える。しかし、現象面における異常さ、余りにも数が少ないじゃないか。救済を求める数が少な過ぎるじゃないか。
 私は先ほどから言うているように、先ほど菅野さんにも言うたように、労働事件というものの特殊性というのは、まさにこの事案の真相をどう理解するかということです。これは本当に千差万別なんです。先ほどおっしゃるように大企業から零細企業から、個別労働問題から集団から、しかも時代の移り変わりでしょう。まさに洞察する人が審判する立場になっているか、なっていないか。先ほど民事調停の問題も出ましたけれども、だれが関係ない民事調停を出していって、こんな労働問題みたいなものを裁いてもらえると、だれもが思ってないから行かないだけのことであって、まさにそれに的確にする人が存在しているのかどうか。
 そのためには、私が先ほどから言うているように、例えば、地労委の公益委員一つを選ぶにしても、一種の拒否権が制度上あって、みんなが同意しないと駄目。そうすると、私らの見ている範囲で、実態を知らない人が形だけは公正中立だと見えるから、その人を全部選んでいっているんですよ。私らだって、現に選ぶ立場に回って、そう言われたらそうだと。ちょっとでもどっちかに偏ったらそう言われるんですよ。だから、我々としても、推薦するときには全く縁のない人となる。その結果が、その意味では藤田さんも言われるように、制度だけが悪いんじゃなしに、運営にも問題があって、結果的洞察力のない人に審判してもらう。
 我々としては、まさに労使関係というのは基本的に対立しておって、しかも力に非常に差がある。そういうような状況の下における紛争解決をどう我々として処理しないといけないか。そういう意味ではまさに迅速ということが一番大きなあれでしょうし、その意味における前置主義みたいなものも、ある意味で考えられる。我々としては、そういう意味におけるあるべき姿を求めて、こうあるべきではないかということと、それを示唆する結論をこの審議会で出して、我々の最終報告に上げていけばいいんじゃないか。そうじゃないと、この議論をどっちかの立場に立って議論し始めますと、これはおっしゃるように、しかも深刻ですからね、今の現象面は。余りにも少ないという現象面、あるいは五審制。髙木さんが先ほどからるるおっしゃったような大変な弊害が起きておることだけは間違いないんだから、それに対しての何らかの処方せんを、あるいはそれを示唆するようなものを我々の審議会としては出さないといけないと、そういうように私個人は思います。

【髙木委員】今、労働委員会制度と不当労働行為事件を巡る行政命令の取消しを巡る話で、裁判所の物差し、あるいはお役目と、労働委員会の役目が微妙に齟齬を来す可能性があるということは、私たちの大先輩もよく分かっておられたはずなんです。ある時期にそういうことをそれぞれがお気づきになり、これはこの間もある私の先輩から聞いた話ですが、昔は裁判官の皆さんと、例えば、中労委で言えば公益委員の先生が、多分、インフォーマルだったのかもしれませんが、そういう意味でのキャッチボールというか、お互いの意見について、例えば、こういう面があるんだねとか、どういう話をされたか知りせんが、そういう意味で制度の持つある限界性だとか、ボタンを掛け違う可能性だとか、そういうことを承知した上でキャッチボールをされて運用されてきたという歴史があったということを私も聞くわけです。
 ところが、ある時期からそういうキャッチボールの場が一切設けられなくなったといわれています。現在はキャッチボールの場はあるんですか、そして、キャッチボールを通じて問題点の克服をしようとする努力は行われているのですか。裁判所と労働省、法務省が間に入るのかその辺よく分かりませんが、聞いておったら水掛け論です。中坊さんが、そんな難しい話をここでどうこうする話じゃないと言われるし。

【中坊委員】私は今言うキャッチボールのような問題ではないと思うんです。まさに制度そのもの、最初から違うところにあったものが、そういう運営になりかねないということがあるんだから、その制度そのものを我々はいじっていく。しかし、五審制だけはおかしいよと。それでは、どういうふうにするのがいいのかということまでは、我々の審議会としては審議の対象になってくるんじゃないかと、方向づけだけくらいはね。
 だから、我々として、今、髙木さんのおっしゃるように、それでは、中労委の委員と裁判官とが非公式にやって意見交流をしておったということによって解決すべき問題ではないと。もっと制度そのものを直していくという基本的な姿勢がないと、我々の審議会として何をするかということになれば、これからインフォーマルな中労委の委員と裁判官とがね。そういう意味じゃないの。

【髙木委員】インフォーマルにキャッチボールしている問題を、キャッチボールして解決するんじゃなくて、例えば、制度の欠陥をお互いが同じ土俵で議論し合って、では、どういう制度にしたらいいんだという場に、昔はそういう議論も多分あったんじゃないかと思います。

【佐藤会長】髙木委員、一つだけお聞きしたいんですけれども、今日のペーパーの21ページのところに「労働裁判所の設置」とありますが、この労働裁判所はどういう具体的な内容のものなのでしょうか。労働委員会を充実して、司法審査との関係を整理するというアメリカ的な考え方が一つある。そういうお考えもあるやに髙木委員のお話で聞こえたところがあるんです。
 他方、専門的な労働裁判所を設けなくてはならないということもおっしゃっている。そうすると、その両方ともやろうということなのか。制度設計についての髙木委員のお考えは、ドイツ的な型、アメリカ的な型のどちらを目指そうということなのか、その辺を伺えればと思うんです。

【髙木委員】労働裁判所という形態が、簡易裁判所、家庭裁判所もあるわけですから、終審を最高裁にすればという意味で私は設置可能だというふうに考えています。ただ、物理的にどうかとか、あるいはマネージメントというか、アドミニストレーションの重複みたいな世界をどうするかとか、いろんな御議論もあるんでしょうが、例えば参審型の労働裁判が行われる場所をきちんとつくりましょうと申し上げたい。

【竹下会長代理】こういうことでしょうか。労働委員会を通って司法審査に来るのは、集団的労使紛争の問題ですね。ところが、個別労使紛争は、直接裁判所なり調停なりの方に来る。集団的なものでも、直接裁判所に行くこともできるのもある。そういうものに対応するものとして労働裁判所的なものを考える必要があるという趣旨でしょうか。

【佐藤会長】個別的な紛争も労働委員会がやるべきだという主張は入っていないわけですか。

【髙木委員】労働委員会に関し連合が主張しているのは、個別労使紛争についても、ADR的な役割で相談、あっせん、調停、仲裁を労働委員会でやっていいという意見です。裁判所の機能はやはり裁判所で、現在でも労働委員会には行政命令を出す裁量権は与えられていますが、司法判断をする権限はないわけです。
 そういう意味では、労働裁判所の設置というのは、司法判断の場とADRの場をより有機的に連携させつつ、労働事件の特性をレベル高く踏まえた裁判所が必要だという認識に基づくものであり、できたらその中では参審制で、一部陪審制でやってほしいなと思っております。ただ、入れ物論等については、要は実質的にドイツやらフランスやらイギリスでやっておるような形のどれがいいかはこれから議論すればいいと思うんですが、そういう裁判の形態と手続が欲しいというのがここに書いてある意味です。

【鳥居委員】 世の中物すごい勢いで変わっています。例えば、労働省の個別的労働問題に関する花見忠さんの委員会の委員の名簿を見ると、この中にビルサービスの社長も入っています。ビルサービスが誠に象徴的です。この方は労働組合を持っている会社だろうと思いますけれども、労働組合も何にも持たないで、たくさんの人を雇用する産業がどんどん増えているわけです。そういうところで雇われる人たちが、抱え込む労働問題をどこへ持ち込むのかという形で考えなければいけない。
 一方、社長の身になってみたら、何百人という人が一斉に個人個人で訴えてきたときにどうやって受け止めるのかという問題でもあるわけです。

 私はそういう観点から考えると、髙木さんが最後に整理された整理の仕方というのは、まだ、漠然としているけれども、大変よく分かります。

【中坊委員】髙木さんがおっしゃっているような、また会長がおっしゃられて、私もこの審議会としては、そこまで踏み込んだものを審議の対象にしてもいいんじゃないですかと。そういうふうに全部を総括して、我々としてこういう方向づけ、あるいは問題提起を、単に今のように労働省がやってはるとかいうこととは別に、審議会としての、司法全体のシステムという立場からの意見というものも出すべき時期ではないかということを言っているんです。

【藤田委員】 労働委員会と裁判所の住み分けについては、一応理念的には個別的労使紛争は裁判所へ、集団的労使紛争は労働委員会ということになっているんですけれども、髙木委員もおっしゃったけれども、今、東京都の都労委に出てくる不当労働行為の審査申立ての相当部分は実質上個別的労使紛争を合同労組に駆け込んで集団的労使紛争の仮面をかぶって出てきている事件です。実際我々が毎日やっている仕事の大部分というか、3分の2以上は個別的労使紛争なんです。
 それで、労働委員会が個別的労使紛争を担当すべきかどうかという議論があるんですけれども、東京とか大阪のようにたくさん事件が来て、委員が負担過重となっているような都府県は、とても個別的労使紛争までは引き受けられないという意見も出てきます。一方、事件がほとんどない地労委もあるわけですから、そういうところでは担当する余裕もある。
 そういうような状況にあって、今度、地方分権で自治事務になりましたから、それぞれの都道府県が自主的に考えて、条例でやるかやらないか考えればいいという考え方もあります。ですから、労働委員会と裁判所との接点をどう考えるかということを、もしこの審議会で議論するとすれば、労働委員会の方で相当大きな動きがあるということを考慮に入れる必要があると思います。
 それから、さっき髙木さんが言われた球のやり取りがあるかということですが、昔は地方裁判所と地方労働委員会の連絡協議会があったんです。私も裁判官として出たことがあります。しかし、先ほどの問題は、本当に基本的に内在する問題なんです。ですから、双方がそれぞれその問題については言いっぱなしになるというか、これ以上議論してもしようがないからと、もうちょっと技術的な問題の方を取り上げましょうということにもなります。そういうことがあって、今のところ球のやりとりはなくて、労働委員会側が集まってごまめの歯ぎしりで裁判所はけしからぬと言っているだけという状況なんです。

【竹下会長代理】1点だけ伺っておきたいのです。

 髙木委員の御報告の中で、最後の主体の方ですね。労使の代表のような者が参加することが望ましいということでしたね。それは裁判についておっしゃられたのですが、先ほど山本委員から御示唆のあった民事調停について、調停委員を労働側、使用者側の人で調停委員会を構成するということにすれば、現在の民事調停よりは、個別労使紛争などがアクセスしやすいことになるのではないかと思うのですが、その点についてはどういうお考えをお持ちですか。

【髙木委員】今、竹下先生がおっしゃった同趣旨のことを書いておるつもりです。

【竹下会長代理】それも含めてということですか。分かりました。

【髙木委員】だから、民事調停、あるいはその中で労働調停というジャンルをきちっと組み立てられるなら、そういうところにはそういう調停委員会なり調停委員というか、関与する形で組合も出ていっていいし、これは社会保険労務士会の人たちなども、私らもかませろと言っておられるわけです。そういういろんな人たちがそれぞれのできる仕事の能力、レベルに応じて関わっていけばいいんじゃないでしょうか。

【佐藤会長】よろしいでしょうか。
 まだ、御意見もおありだと思いますけれども、本日の意見交換は、時間の関係もありますので、この辺りで終了させていただきたいと思います。髙木委員には本当にありがとうございました。
 本日の意見交換を踏まえまして、年明け後、民事司法のブロックの審議の中で更に検討を進めたいと考えておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。
 局長、配付資料についてお願いします。

【事務局長】 お手元に、この間の11月8日に行われました衆議院法務委員会司法制度改革審議会に関する小委員会の議事録をお配りしております。会長、会長代理が御出席の上、御発言をされておりますので、お読みいただきたいと思います。その他の資料につきましては、特に説明することはございません。

【佐藤会長】どうもありがとうございました。
 それでは、次回の審議会ですけれども、12日火曜日、午後1時半から5時まで、この審議室において行いたいと思います。次回は、前回も申し上げましたけれども、司法の行政に対するチェック機能の在り方につきまして、園部逸夫立命館大学客員教授、藤田宙靖東北大学教授、山村恒年弁護士の3人の先生からそれぞれお話をお聞きして、意見交換をしたいと考えておりますので、よろしくお願いいたします。
 また、この日、最後に少し時間を取りまして、前回の審議会で意見交換をしていただきました平成13年1月以降の審議の進め方について、会長代理とも御相談の上、やや具体的な日程をお示しして、御了解を得たいと考えておりますので、その点もよろしくお願い申し上げます。
 記者会見はいかがいたしましょうか。では、代理と私とで。
 本日はどうもありがとうございました。