司法制度改革審議会

別紙3

行政事件訴訟法の改正の方向について

山村 恒年
弁護士・法学博士・元神戸大学教授
日弁連行政事件訴訟法等改正協議会委員長


一 現行法の問題点

1 現行法の不十分性
 現行の行政事件訴訟法が国民の利益・救済、違法な行政作用の是正としては、次の点で不十分にしか機能していない。
(1)訴訟類型が現代の多様な行政紛争の解決、行政の是正手段として適応し得ない。
(2)処分性、原告適格、被告適格などの訴訟要件の制限的解釈による運用で、憲法の「裁判を受ける権利」が形骸化していること。
(3)本案の審理についても、行政裁量に対する司法の敬譲による考え方から、勝訴率は一〇%前後にすぎない。ドイツ・フランスの二〇%以上に比べて少ない。
(4)訴訟提起件数も一審地裁レベルで年間一八〇〇件前後にすぎない。ドイツの二二万件と比べると極端に少ない。

2 行政紛争の増大(年間二〇万件以上)

3 政策志向型紛争の増大(環境行政訴訟など)

4 法の支配の徹底の必要性(行政立法・行政計画の適法性確保)

5 救済制度の不十分さがもたらす社会の歪み(政治家との密着など)

6 裁判官の専門性の欠如と多忙

二 法制度改正の視点

1 法改正は次の視点から考えるべきである。
(1)行政作用過程の全体について法の支配を徹底させ、行政の説明責任を担保する。
(2)市民に利用しやすい制度にする。
  訟提起のための訴状は書面であればFAXでも可とする。内容が不十分でも釈明で明確にすれば足りることにする。。
(3)憲法上の市民の「裁判を受ける権利」を実質的に保障するため、訴訟対象や原告適格など訴訟要件の範囲を拡大する。
(4)多様な訴訟類型の導入
  義務づけ訴訟(差止訴訟、給付訴訟)、行政立法取消訴訟なども規定する。 
(5)裁量統制基準の明確化
  裁量は、法の支配の例外であるが、それを狭くするため、判断余地と用語を改め、その手続的、実体的要件を明確化する。
(6)原告のための違法の職権審理
  原告が主張していない違法理由でも裁判所が職権で調べ、それを口頭弁論で議論にさらすことにより審理を早くし、素人でも容易に救済を受けられる制度にする。
(7)素人参審員もしくは陪審員の導入
  裁判に一般市民の感覚を取り入れるため、事実認定について素人参審員もしくは陪審員の意見を聞く制度を導入する。
(8)個別法・特別法の制定と改正
  1. 個別法による不服審査前置主義を廃止し、選択主義にする。
  2. 環境、開発、消費者行政作用については個別法に市民訴訟の規定を導入し、誰でも訴訟できるようにする。

三 行政事件訴訟法改正案の概要と考え方

1 市民が利用しやすい多様な訴訟のチヤンネル(類型)の拡大
(1)義務づけの訴えの明文化
  現行法は「取消訴訟中心主義」である。しかしアメリカやドイツでは義務づけや差止訴 訟が認められている。この方が直裁的で使いやすい。解釈上は認められると解されはい る。しかし、判例の要件は極めて厳格で希にしか認めない。勝訴例もない。
(2)行政立法取消の訴え
  アメリカでは、行政立法はルールメイキングとして、訴訟の対象となっている。フランスでも同様である。日本では政令・省令(規則)、告示(環境基準、地域指定等)は、行政が決める点で法の支配の例外となっている。これが民主主義の「骨抜き」となっている。「法の支配」を徹底するため、これらの取消訴訟の対象とすべきである。
  その前提として行政手続法を改正し、現在の行政立法作成に関してのパブリックコメントを法制化すべきである。

2 取消訴訟の入口要件の拡張
(1)対象 ― 処分性の拡大(三条)
  相手方の同意に基づかない、法に基づく一方的な行政権限の行使を対象(不特定多数の者に対する地域指定などの一般処分も含む)とする。フランスの越権訴訟の対象も行政の行う一方的行為とされている。アメリカでも同様である。
  これにより「法の支配」が徹底される。訴訟対象は、法令違反が審査可能なものであればよいからである。
(2)原告適格(九条)
  判例は、これを「当該処分を定めた行政法規が個々人の個別的利益として保護すべきものとしている利益」に限定している。これは、行政裁判を受ける権利を個別法や行政立法で定めるカタログの利益に限定するものである。原告適格を「個別法規の留保」に限定することは、憲法三二条の「裁判を受ける権利」を不当に侵害することとなる。
  司法による行政のコントロールを広げる「法の支配」からも原告適格は拡張されるべきである。そこで、アメリカ行政手続法の原告適格 判例法で認められている「現実の損害(injury in fact)」と同様に、自己およびそれと共通する公共の利益について訴訟追行上の現実の損害のおそれのあること、すなわち「現実の利益」で足りるとした。したがって、抽象的なおそれでは足りない。運賃値上げ認可取消訴訟では定期券や回数券を買っている者は現実の利益を有する。
(3)取消理由の制限(一〇条)
  ここでの「法律上の利益」も原告適格に合わせて「自己の利益もしくは一般公共の利益」に広げる。これは本案審理の要件である。従って、他人の利益にのみ関する違法理由は制限される。一般公共利益保護の規定違反のみの主張も制限されない。
(4)被告適格(一一条)
  現行法では、法規上被告行政庁の特定は弁護士でも困難で、被告を間違えて却下されるケースが多いので、処分を分担した機関や上級行政庁に被告が誰かについて教示をもとめることができるようにする。
  教示が誤っていても、教示どおり被告にすれば適法とすることとする。
(5)管轄(一二条)
  行政庁の所在地が東京である場合が多く、その場合東京地裁が管轄となる。しかし、地方に居住する者には不便であるので、原告の居所の管轄裁判所にも提起できることとする。また、地方裁判所と行政不服裁判所の競合管轄を認め、どちらにでも提起できるようにする。
(6)出訴期間(一四条)
  現行法の三カ月以内は短すぎるので六カ月とし、「重大な違法」がある場合は二年とする。行政事件訴訟特例法時代の出訴期間は六ヶ月であった。
(7)被告を誤った訴えの救済(一五条)
  現行法は、故意または重過失で被告を誤った場合は変更が許されていない。弁護士は通常重過失ありとする例が多いので、裁判所が被告に釈明を認め、誤っているときは原告に変更の申立を求めた上決定で変更する。
(8)民事訴訟と行政訴訟の併行提起
  大阪国際空港差止訴訟最高裁の判決のように行政訴訟でやればともかく、民訴では国の航空管理権を侵害するとされ、行政訴訟でやれば原告適格なしとされ、キャッチボール扱いされたことがある。そこで、民事訴訟と行政訴訟のどちらかで裁判してほしいとして二つの訴訟を併行して提起するすることを可能にする。
(9)第三者の訴訟参加(二二条)
  現行法は、訴訟の結果により「権利を害される第三者」にのみ訴訟参加を認めている。これを「利害関係を有している第三者」に広く参加の機会を広げる。

4 取消訴訟の実体審理
(10)違法性の審理・記録の提出(二四条) 
  現行法は弁論主義を前提としている。しかし、「法の支配」と「法治主義」を徹底する考え方から、ドイツのように裁判所は、原告が主張していない違法性をも審理できることにする。これなら素人でも訴訟を遂行できる。すなわち、裁判所は、原告の主張する違法理由のみならず、職権でその他の違法理由も審理する。職権で調べた証拠の内容は弁論で明らかにされる。原告が希望すれば、弁論主義で審理も可能とする。
(11)文書提出命令
  文書提出命令は現行民訴法では不十分な点があるので、記録保有行政庁の文書提出、事案の経過の報告義務を課する。
(12)執行停止(二五条、二九条)
  現行の執行不停止原則をドイツと同様に執行停止原則をとり、例外として公租公課等決定の場合は不停止とする。停止の場合も、行政庁の申立により行政に著しい支障の生じる場合は、全部一部の解除を決定できるとする。
(13)内閣総理大臣の異議の廃止(現二七条)
  あまり活用されていないし、違憲の疑いもあるので廃止する。
(14)裁量処分の取消(三〇条)
  訴訟要件をクリアしても、裁量処分については現行法では裁量のゆ越、濫用がある場合に限り処分を取り消せるにすぎない。しかし多くの場合、これが障壁となっている。そこで、裁量処分の要件を手続的要件と実体的要件に分けて規定する。
ア 手続的合理性と公正
  行政手続法に定める手続要件のみならず、裁量の基礎となる事実の認定とその評価について法の趣旨・目的からみて利害関係、専門家の意見聴取等を行って合理的であることの主張・立証を行政庁に義務づける。 
イ 実体合理性と公正
  要件・効果の裁量にあたっては、代替案の比較検討と比較評価、費用便益分析など合理性の主張・立証を行政庁に義務づける。
ウ 主張・立証責任
  行政庁の判断過程の不合理、社会通念と条理違反が認められるときは、当該処分を取り消すものとし、適法性の証明の責任は行政庁とする。

5 取消訴訟の判決と和解
(15)取消判決、違法宣言判決(三〇条の二)
  現行法の九条括弧書きを廃止し、処分または裁決の効果経過後でも違法確認の利益があるときは、裁判所が違法宣言判決をできることとした。同時に給付判決もできるとする。
(16)中間確認判決(三五条の二)
  訴訟要件の存否の中間確認判決をできることとし、これに対し独立に上訴でき、控訴裁判所は控訴の日から六カ月以内に判決しなければならないとする。
(17)和解(三五条の三)
  アメリカやドイツでも和解は一定の範囲で認められている。裁量処分について裁量の範囲内で和解できることする。日本でも行政事件訴訟の和解が年間二〇件程度ある。

6 その他の行政不服訴訟の改正
(1)無効確認の訴えの原告適格(三六条)
  現行法の条文の解釈について一元説(狭い説)と二元説(広い説)とに分かれていたので、途中に「及び」を入れて二元説であることを明確にする。
  また、「現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないもの」を「紛争の根元的解決を求める現実の利益を有する者」として明確にする。
(2)義務づけの訴えの原告適格、被告適格、判決(三七条の二、三,六)
  行政庁の作用は、法で行使を義務づけられて裁量の余地がないものは、義務づけ判決が可能である。裁量についての行政庁の判断は、義務づけ訴訟中の弁論で主張されるから、裁判所は、それを、行政の第一次判断として、その適否を判断すればよい。また、裁量判断が、弁論中で示されない場合は、判決の法解釈を考慮して行政庁が決定する義務があることを判決するものとする。これは、ドイツの指令判決に倣ったものである。義務づけ訴訟は処分することの禁止のみならず、その執行または続行の差し止めも同時に請求することができる。
(3)行政立法取消しの訴え(三七条の四、六)
 被告適格、及び取消判決後の官報への掲載について規定する。
(4)仮命令(三七条 の五)
  作為を求める義務づけの訴えには執行停止はあり得ないし、仮処分もできないので訴訟が長引き、権利利益の実現が不能となり、または著しく困難となるおそれがある場合は、仮命令、仮の地位を定める命令を裁判所が発することができる。これもドイツの制度に倣ったものである。
(5)取消訴訟に関する準用規定(三八条)
  取消訴訟以外の抗告訴訟に取消訴訟の規定の一部を準用する。
(6)行政庁に対する強制金
 義務づけ判決、仮命令を行政庁が履行しないときに強制金を科することを警告し、期間を定め強制金の徴収を執行する。

7 その他の改革事項
 印紙代は、金銭の給付を求めるものは民訴印紙法により、その他のものは、二、〇〇〇円とする。
 複数の原告が同一の処分を争う場合には、住民訴訟並みに一人分とする。これに必要な関係法も改正するものとする。