司法制度改革審議会
司法制度改革審議会 第45回議事概要
- 1. 日 時 平成13年1月30日(火) 13:30~17:15
2. 場 所 司法制度改革審議会審議室
3. 出席者
- (委員・50音順、敬称略)
- 石井宏治、井上正仁、北村敬子、佐藤幸治(会長)、竹下守夫(会長代理)、髙木 剛、鳥居泰彦、中坊公平、藤田耕三、水原敏博、山本 勝、吉岡初子
- 4. 議 題
- 「国民の司法参加」について
5. 会議経過
「国民の司法参加」に関し、訴訟手続への新たな参加制度につき、別紙のレジュメ(冒頭、井上委員からの内容説明あり)に従って、委員間で意見交換が行われたところ、主な意見の概要は以下のとおり。
- (1) 制度の意義、趣旨について
- ○ 制度の内容を検討するに当たっては、国民がなぜ訴訟手続へ参加しなければならないのか、その意義を十分考えておく必要がある。
- ○ 国民の司法参加に限ったことではないが、改革の根底には、今後の我が国社会の中で国民が統治客体意識から統治主体意識へ変わっていかなければならないこと、国民が公共空間を意識していかなければならないといった考え方がある。
- ○ 国民が参加することによって期待される効果がある一方で、それによるデメリットもあることを踏まえて、具体的な制度の内容を検討していくべき。
- ○ 現在の裁判制度が悪いと決めつけてしまうのではなく、より良い裁判制度を実現していくという観点から、国民の参加の在り方を検討していくべき。
- ○ 国民が参加して意味があると思われる点は、昨今国民の関心が高まっている量刑判断に一般の国民の意見が反映され得ることと、制度導入に伴って、国民の負担との関連で、裁判の迅速性・効率性の促進につながるのではないかということである。
- (2) 参加する国民の役割、裁判官との役割分担等について
- ○ 事実認定の権限は国民から選ばれた裁判員だけが有することとすべき。職業裁判官が権限を持てば裁判員は誘導されてしまうおそれがある。法令適用は専門性・技術性が高いので職業裁判官に委ねるのがよい。事実認定との関係で言えば、職業裁判官の役割は法律的に判断の対象が何であるかを国民に提示するだけでよい。量刑判断にも国民の参加を認めるべき。
- ○ 専制君主による支配を排除するためということなら理解はできるが、現在の日本において、職業裁判官を事実認定から排除しなければならない理由があるのか。
- ○ 裁判においては正確さ、公平性が最も重要であり、その上で、いかに社会一般の常識的見方を反映させていくかを考えるべき。その意味で職業裁判官と国民が互いに足らざるところを補い合って協働作業を進めていくのがよい。事実認定を国民だけに委ね、職業裁判官を排除するという発想は適当ではない。ただし、法令適用については専門性が高いことから別に考える必要がある。量刑については、国民の意見を反映させられるようにすべき。
- ○ 裁判の正統性の担保をどこに求めていくのかが重要である。国民主権の原理からすれば国民の判断に求めるべきではないか。職業裁判官は、確かに専門家ではあるが、法の専門性・技術性に通じた専門家であり、それに応じた役割分担であってよいのではないか(例えば、裁判員に対する説示や量刑に関し専門家としての意見を述べるなど)。職業裁判官が裁判員にプロとしての影響力を行使するとすれば国民主権の原理にそぐわないことになる。
- ○ 裁判の正統性を国民の判断に求めるという言い方をすれば、裁判にはおよそ全ての事件に国民参加の制度を導入しなければならなくなる。仮に一部の事件を対象とした場合、職業裁判官のみによる裁判は民主的正統性がないということになるのか。
- ○ 中間報告の内容は、国民による裁判、すなわち職業裁判官の影響力を排除し、国民がそれに取って代わってしまうという発想ではなかったはず。裁判への国民参加の途を拓いていくこと、国民と職業裁判官の協働を国民参加の実質性・主体性を確保しながらいかに実現していくかということを述べているものである。当審議会では国民が求める裁判官にふさわしい人材をいかに確保していくかという観点から裁判官改革の議論を進めているが、他方において、その職業裁判官を排除するという発想をするのはおかしい。現在の刑事裁判はおおむね国民の信頼を確保できるほどに機能しているのではないか。それを前提に、より良い裁判を実現していくという見地から国民参加を考えるべき。国民も裁判官が、互いに協力しながら、共に評決権を持って事実を認定していく制度がそれに最もふさわしいといえる。
量刑は、被告人にとっても被害者にとっても、さらに一般の国民にとっても、事実認定に劣らず重大な関心事項であり、この問題についても、先例、刑罰法規の立法趣旨、刑事政策等に通じた職業裁判官と、素朴な正義感等の一般の感覚を持つ国民が互いに協力しながら決定していく姿が望ましい(ただし、憲法との整合性を踏まえ別途検討の必要があるかもしれないが)。
- ○ 職業裁判官と裁判員の役割分担を考える際に、いずれが事実認定等の能力において優っているかという議論をすることに余り意味はない。能力の面で言えば、いずれもプラス・マイナスの面を有するということではないか。それぞれの特性に応じた役割分担を考えていけばよい。職業裁判官は法律専門家として多くの経験を有し、裁判員は一般社会のものの見方、新鮮な感覚を有し、その双方が互いに話し合いながら、決めていくという姿が適当ではないか。
なお、職業裁判官による裁判員への影響力については、訴訟構造において職権主義をとる場合とそうでない場合とでは相当に異なるのではないか。
- ○ 職業裁判官と裁判員の特性を踏まえてその役割をどう組み合わせていくかということが問題。職業裁判官の裁判員に対する専門的見地からの説明・指導はやはり不可欠であろう。米国の陪審制で、職業裁判官は事実認定の権限を持たず、陪審員への説示をするにとどめられているのは、職業裁判官の役割としてはそこが最も重要と考えられているからではないか。職業裁判官による影響力があるかないかというレベルの問題ではない。各国にはそれぞれの制度の背景となる歴史、成り立ちがあるはず。我が国でも現実に合った役割分担を考えていけばよい。事実認定に関し職業裁判官が裁判員と共に評決権を有するかどうかは別にして、法令適用についてはその専門性・技術性から裁判員には不向きな事項と考えられる。他方、量刑には裁判員の意見を取り入れる必要があると思う。
- ○ 事実認定を裁判員だけに委ねるという考えが、陪審制をイメージしたものであれば、その問題点は、事実認定を陪審員に委ねその結論には理由が付されない、その判断には基本的に上訴も許されないということである。そのような制度を国民が納得するとは思われない。そうした制度は米国社会の中にあってこそ認知され機能しているものであり、我が国にそれを当てはめようとするのは無理がある。
- ○ 事実認定と量刑に職業裁判官と裁判員が共に評決権を持って合議するという制度が望ましいと思うが、憲法との整合性については別途検討されなければならない。合憲と解釈できたとしても、その重要性にかんがみて、憲法に規定を置くということも十分考えられる。
- (3) 裁判体の構成、裁判員の選任方法、評決の方法等について
- ○ 国民参加の主体性・実質性の確保に配慮する一方で、実質的合議を可能とする人数規模にする必要があり、それには自ずと上限があるであろう。
- ○ 国民主権の原理、統治客体意識から統治客体意識への転換ということを基本に据えれば、裁判員が裁判の結果に責任を持つということ、裁判員の多数で決められるようにすることが必要であり、裁判員の方が職業裁判官より圧倒的多数を占める構成であるべき。
- ○ 職業裁判官による裁判員への影響という指摘があったが、影響それ自体が好ましくないという訳ではない。ただし、影響は双方向であるべき。いずれを多くすべきかという点は決めがたいものの、国民と裁判官の協働というためには、双方の人数比が大きくバランスを失するようなものであってはならない。
- ○ 評議の実効性という観点からは裁判体がある程度コンパクトでなければならない。また、職業裁判官と裁判員がそれぞれ主体性を持って協働していくというためには、いずれかが数の上で圧倒的優位を占めるものは妥当ではない。評決の方法においても職業裁判官と裁判員のいずれか一方だけで決められるというものでも困る。
- ○ プロ(専門家)と国民との協働、コミュニケーションを前提としても、今後の社会においてはプロの役割が一層重要となり、その責任も重くなっていくことを考えれば、数の上でプロを国民が上回るというのはおかしい。少なくとも同数にすべきではないか。
- ○ 裁判員の数を多くすれば国民参加の実質性・主体性を確保できるというものではない。評決の在り方や裁判員の理解や判断を容易にするような手続の在り方など種々の方策によって担保されるものである。そうした種々の方策との関連で数の問題を検討していくべきであり、当審議会で確定的な結論を出せる性質の問題ではないと考える。
- ○ 数の問題について具体的結論までとは言わないが、基本的方向性は示す必要がある。
- ○ 中間報告の内容で重要なことは「広く一般の国民」が参加するという点である。その意味で裁判員の選任方法は無作為抽出により、国民各層を公平・平等に代表・反映させられるようにしなければならない。また、裁判体を構成する裁判員の数も相当程度多くする必要がある。諸外国を見ても、職業裁判官より参加する国民の数の方を多くしている例が圧倒的多数である。
- ○ 米国のような多民族国家では確かに国民各層を反映させる必要性は高いが、日本の場合は事情が異なるのではないか。
- ○ 裁判員の選出につき国民各層を反映させるためには、人数をできる限り増やす必要があるし(数十人規模にしろという訳ではないが)、また、統計学的にいえば、単なる無作為抽出ではなく、当該地域社会を構成する年齢層別に無作為抽出を行うという方法も考えられる。
- ○ 裁判員の抽出と世論調査の対象者のサンプリングのようなものとでは性質が異なるのではないか。
- ○ 裁判に職業裁判官と同様の立場で関与するとなれば、裁判員となるためにはある程度のレベルが必要ではないか。例えば、選任委員会のような仕組みを設け、その中に市民代表を入れていく方法などが考えられる。
- ○ 欧州ではそのような委員会方式をとる例はあるが、実効性が上がっているかどうか疑問。選任過程の透明性の問題や実質的な選別のための十分な情報収集ができるかといった問題がある。
- ○ 裁判員の選出については、無作為抽出が基本となるであろうが、能力や公平性を担保する措置は必要である。その意味で、忌避制度等を設けるべきであり(専断的忌避も認めるべき)、さらに、その他にも、裁判員の選出に至る一連の過程で、とり得る措置がないかどうかにつき、別途専門的な検討を要する。
- ○ 「協働」ということからすると、評決の方法について、少なくとも職業裁判官又は裁判員のいずれかだけで有罪認定をできるとするのはおかしい。
- ○ 職業裁判官と裁判員をグループ化しその対立を想定した議論をすることは好ましくない。
- ○ 国民の新鮮な感覚を反映させるという観点からは選任は任期制よりも事件毎の方がよい。
- (4) 対象事件について
- ○ 広く国民参加を考えるなら、対象事件は広くした方がよい。
- ○ 交通事故のような業務上過失致死傷事犯に対する量刑の在り方が国民の高い関心を呼んでいる状況を踏まえると、判断がつきかねるが、やはり国民に相当の負担を課す制度であることを考えれば、例えば「重大事件」というふうに対象を限定せざるを得ないように思われる。ただし、事案によっては裁判員の生命・身体の安全に危険が生じ得るケースも考えられる。そうした事案を対象とするかどうかは別途検討の余地がある。
- ○ 量刑判断にも裁判員の関与を認めるなら、自白・否認の別を問わず対象としなければならない。
- ○ より良い裁判を実現するための制度として考える以上、被告人の選択を認めるというのは筋違い。被告人のための制度ではない。
- ○ 筋としては被告人の選択を認めるべきではないと思うが、最終的に制度を導入するに当たって別途政策的判断の余地はあるかもしれない。
- (5) 公判手続、判決の在り方、上訴について
- ○ 国民の負担との関係で、公判手続は、原則即日結審とし、数日にわたる場合でも連続開廷が可能となるよう、弁護体制等の整備、証拠調べの手続・方法の運用面を含む見直しを検討する必要がある。また、第一回公判前に十分な準備を行うことが可能となるような手続の整備も必要である。
- ○ 国民は裁判に詳細な真相解明機能を期待しており、判決には理由が付されるようにしなければならない。
- ○ 誤判、えん罪の可能性は置くとしても、国民に対する説明責任の見地からも判決には理由を付すべきである。
- ○ 事実認定にも上訴を認めるべきである。そのためにも判決には理由を付すべき(現在のような詳細な書き方には工夫を施す余地はあるかもしれないが)。
- (6) その他(憲法との関係等)
- ○ 憲法との関係については、当審議会として何らかの説明をしておく必要があるのではないか。
- ○ 当審議会は確定的な憲法解釈を示すべき立場にはないが、具体的制度設計を示す上で、憲法との関係について何らかの言及をする必要はあると考える。
- ○ 憲法との関係については例えば次のように考えるのが適当ではないか。すなわち、憲法が裁判所の構成員として身分保障のある裁判官に関する規定のみを定め、他方、国民に裁判を受ける権利を保障していることからすれば、憲法は、刑事訴訟に関しては、被告人は身分保障のある裁判官の裁判によらずに有罪とされることはないことを保障しているのではないか。このことは重く受け止めるべき。しかし、他方、憲法は、最高裁判所の場合と異なり、下級裁判所の構成を直接に定めておらず、身分保障のある裁判官以外の者がその構成員となることをすべて排除しているものとはいえない。国民の司法参加に関する制度が憲法の基本原則に反することなく、かつ裁判を受ける権利の保障の趣旨を損なうものでなければ合憲とする余地がある。例えば、裁判員に評決権を認めても、裁判体の構成、評決方法、上訴審の在り方等の如何によっては、裁判を受ける権利の保障と抵触しない制度を構築することは可能と思う。
当審議会は、制度の合憲・違憲を判定する権限を有するものではないが、提案する参加制度が合憲か否かについて、可及的に違憲と判断されることを回避でき、かつ国民参加の趣旨からしてふさわしい制度を提案するように努めるとの立場に立脚すべき。
- ○ 国民参加の制度が国民の負担を伴うものであることや裁判の公平性に関わるものであることなどからすれば、制度の導入に先立ち、国民に提示し十分説明をした上で最終的に決められるべきものではないか。
- ○ 制度導入に伴うコストを無視した議論は適当ではないのではないか。
6. 今後の審議の進め方
訴訟手続への新たな参加制度については、今後、会長、会長代理が、井上委員の協力を得て、本日の意見交換を踏まえた具体的な制度設計の基本となる案を準備し、本年3月以降の会議において、それを基に改めて審議を行うこととされた。
なお、その際には、国民の司法参加に関するその他の論点(検察審査会の在り方等)についても併せて審議される予定である。
以 上
(文責 司法制度改革審議会事務局)
-速報のため、事後修正の可能性あり-