配付資料

裁判官制度の改革について

法務省



 司法制度改革審議会の中間報告においては,裁判官制度の改革について,法曹が相互の信頼と一体感を基礎としつつ,国家社会の様々な分野でそれぞれ固有の役割を自覚しながら幅広く活躍することが,司法を支える基盤となるとの基本的考え方に立脚して,21世紀日本社会における司法を担う高い質の裁判官を獲得し,これに独立性をもって司法権を行使させるため,これを実現するにふさわしい,各種様々な方策を構築すべきであるとした上で,裁判官の給源,任用方法,人事制度の在り方につき検討を進めることとしている。

 本審議会の論点整理に向けたヒアリングにおける法務省の意見の中でも触れたとおり,現在の我が国の裁判官は,全体的にみて,判断者である裁判官に求められる公正さ,中立性,廉潔性といった本質的な要請にこたえ,国民からも大きな信頼を得ていると考えられるが,社会・経済の変化が急速に進む中で,司法が社会の法的ニーズに的確に対応し,国民の期待にこたえていくためには,裁判官の任用・養成等の在り方についても見直しを行っていくことが必要であると考えられる。

1 給源の多様化,多元化

(1) 裁判所法は,判事について,判事補,弁護士,学者等の多様な給源を予定しているが,現実には,判事に任用される者の大部分を判事補が占めており,弁護士,学者等他の分野からの任官者は極めて少数に止まっている。しかしながら,裁判所が,司法の担い手として,社会の多様なニーズに的確に対応し,国民の期待にこたえていくためには,裁判所法が想定しているように,様々な分野の多様な人材が判事として任官することが望ましいことは言うまでもない。このような観点から,弁護士を始めとする判事補以外からの判事任官者をいかに確保し,判事の給源の多様化,多元化を図っていくかを検討していくことが極めて重要であると考えられる。

 これまで,我が国の裁判所において,弁護士等からの判事への任官が進まなかった直接の原因は,裁判所や弁護士会の様々な努力にも関わらず,弁護士から判事に任官しようとする者が極めて少なかったという点にあると思われる。このように弁護士からの任官希望者が少なかった原因とこれに対する有効な方策については,次のように考えることができる。

ア まず,弁護士からの判事任官者が増加するためには,その母体となるものとして,判事となるにふさわしい弁護士が多数輩出されることが第1の条件である。
 そのためには,まずもって,弁護士を始めとする法曹人口を大幅に増加させるとともに,法科大学院の導入による法曹養成制度の改革などにより法曹の質をより一層向上させていくことが必要であると考えられる。同時に,弁護士会においても,弁護士からの任官者の支援体制の整備など様々な努力が行われることが期待されるところである。

イ 次に,現在の弁護士の執務態勢を前提とした場合には,裁判官に任官する場合には,それまで築き上げてきた弁護士としての地位,収入,依頼者との関係等を失うことになるほか,事務所を閉鎖することに伴う煩雑な整理事務も必要となるし,いったん任官した後,再度弁護士業務に復帰することも極めて困難になる。これらの問題も,弁護士が判事に任官する上で大きな障害になっていると考えられる。
 したがって,弁護士からの判事任官者を増加させていくためには,弁護士の執務態勢の在り方も大幅に見直していくことが必要となろう。現在検討中の弁護士事務所の法人化等もこのような要請に資するものと考えられる。

ウ さらに,弁護士から判事への任官が進まない理由としては,訴訟運営,判決書の作成など裁判官に必要とされる職務について,弁護士の職務との間に大きな違いがあることも挙げられよう。また,任官後の執務の面での不安を抱くこともあり得ると思われる。
 そこで,任官者に対する研修等の態勢整備や配置における配慮などにより,弁護士からの任官者が抱くこのような不安を除去するための方策が必要であると考えられる。

エ 大学からの任官者が少なかった点については,大学における教育・研究と法律実務との連携が必ずしも十分でなかった点が挙げられると思われるが,法科大学院構想を始めとする法曹養成制度の改革が進む中で,このような問題点が改善され,判事任官者の増加につながることが期待されよう。

オ なお,法務省としても,検察官経験者の裁判官任官の促進に向けて努力していきたいと考えている。

(2) 次に,判事となるべき者に,判事となるにふさわしい法律家に必要な知識,経験等を得させるためにどのような工夫をしていくかについて検討することが必要である。
 本審議会の中間報告は,少なくとも,裁判官は法律家としてふさわしい多様で豊かな知識,経験と人間性を備えていることが必要であるとしており,この点が裁判官にとって欠くことのできない極めて重要な資質であることはまさに異論のないところである。裁判官にとって,健全な社会常識と経験に裏打ちされた思考力,洞察力等が強く求められることは言うまでもないところであろう。
 しかしながら,裁判官に求められる資質・能力は,これにとどまらず,極めて多岐にわたるものである。中間報告が「国民が求める裁判官像(その資質と能力)」において挙げている意見等を踏まえて,これを具体的に見ていくと,例えば,具体的訴訟事件において,その手続を主宰し,争点を明確にした上,証拠等を分析して事実を認定し,それを踏まえて法規を適用していく作業を的確に遂行する能力が必要であることは当然であるし,また,当事者の言い分を十分に聞き,これを理解した上で議論,検討を十分に行うとともに,当事者や国民を十分に納得させるだけの妥当な結論と説得力のある理由を示した上で,これを判決書等に的確に表現する能力を備えていることも不可欠であると思われる。さらに,裁判官が中立性,公正性,廉潔性を備えていなければならないことは言を待たないところであり,このことが裁判に対する国民の信頼をまさに支えているということができよう。
 このような資質・能力のうち,法廷の主宰者として必要とされる能力や判決書作成の能力などについては,判事補が裁判所において裁判実務に関わる中で,これを身に付けていくことが十分に可能であると考えられる。しかしながら,他方で,判事補が法律家としてふさわしい多様で豊かな知識,経験と人間性を身に付け,健全な社会常識と経験に裏打ちされた思考力,洞察力等を涵養していくためには,裁判所の外において,現実に展開されている社会・経済事象や,その中で活動し,生活する人々に直接接することにより,社会の動態を自ら体験していくことも大きな意義があると考えられる。このような観点からは,例えば,弁護士事務所において,現実の紛争,事件に関わり,当事者と接する中で,社会の様々な実態に触れていくことは極めて有意義であると思われるし,また,民間企業,行政官庁等において,社会・経済の最前線の動向を知ることや,国外において,グローバル化する国際社会の中で生起している様々な問題に接することなども非常に有効な方策であるということができよう。
 他方,弁護士,学者等から判事に任官しようとする者については,法廷において手続を主宰する能力等をどのようにして身に付けていくかが重要な課題になると思われる。これらの者については,弁護士,学者等の職務を通じて修得した多様な知識や経験を前提として,裁判所における研修や自らの研鑽を通じて,このような裁判官として不可欠な能力を身に付けていくことが必要となろう。

(3) 判事の給源の在り方の問題と関連して,特例判事補制度の在り方も問題となる。特例判事補制度は,本来,判事に十分な人材を得られなかったことから,当分の間,判事補等に5年以上在職した者のうち最高裁判所の指名した者については,判事補の職権の制限を受けないこととされたものであり,その意味では,もともと過渡的な措置として導入されたものであるということができる。したがって,この制度について,判事全体について増員が図られていく中で見直しを行うことは十分にあり得るところであり,その中で,例えば特例判事補の指名を行う時期を再検討することなどが考えられるであろう。
 しかしながら,その一方で,現実の運用においては,特例判事補に指名された者は意欲的かつ真剣にその職務を遂行しており,先に述べたような判事となる者に必要な資質・能力を身に付ける上でも大きな役割を果たしていることも事実である。このような観点から,特例判事補制度を見直す場合には,合議事件への関与の在り方を工夫したり,簡易裁判所での経験を積むことなどにより,判事となる者に必要な資質・能力を身に付けることができるよう配慮していくことが必要であると考えられる。

2 裁判官の任命手続の見直し

(1) 下級裁判所の裁判官に任命されるべき者に求められるのは,一般的にいえば,「中立・公正な判断者たる裁判官にふさわしい法律家としての高い能力と識見を有すること」であり,中間報告が「国民が求める裁判官像(その資質と能力)」において挙げている意見に示された内容も「中立・公正な判断者たる裁判官にふさわしい法律家としての高い能力と識見」に含まれるものと考えられるが,前述のとおり,その具体的要素は極めて多岐にわたっており,その一部をなす中間報告が挙げている内容を見ても,何らかの「具体的な基準」を設定し,それに該当するかどうかという判断プロセスによって判定することには適さないものと考える。
 したがって,基本的には,裁判官に任命されるべき個々人が有する具体的な能力,識見が総合的に見て裁判官に相応しいものであるかどうかということを個別的に判断するというプロセスを経ざるを得ないのではないかと考える。

(2) 憲法第80条第1項は,「下級裁判所の裁判官は,最高裁判所の指名した者の名簿によって,内閣でこれを任命する。」とし,下級裁判所の裁判官の任命につき,内閣に任命権を付与するとともに,司法権の独立の保持の観点から,任命されるべき者についての指名権を最高裁判所に保障している。
 その保障の趣旨に照らせば,国民の代表を含む機関が最高裁判所の指名名簿作成過程に関与するとした場合でも,その制度設計の如何にかかわらず,当該機関が最高裁判所が指名すべき者の範囲を限定したり,当該機関の意見が最高裁判所を拘束するとすることは,憲法上許されないものと解されるのであるから(注),当該機関は,最高裁判所が指名権を行使するに当たり,最高裁判所の求めに応じて意見を述べるというという機能を持つものと位置付けられるものと考える。
 いずれにしても,当該機関は,司法権の独立に密接に関係するものであるから,委員構成を含め,その具体的制度設計を検討するに当たっては,中立性・公正性を欠くことのないよう十分な配慮が必要であると考える。

(注) 憲法上,内閣が指名権・任命権を有することとされている最高裁判所長官・最高裁判所判事の指名・任命について,最高裁判所発足の際に,裁判官任命諮問委員会が内閣総理大臣の所轄の下に設置され,その答申を経て,最高裁判所発足時の最高裁判所長官の指名及び最高裁判所判事の任命が行われたが,佐藤幸治「憲法(第三版)」312頁は,最高裁判所の裁判官の任命について,「かつて任命は裁判官任命諮問委員会の諮問を経なければならないとされたことがあるが,諮問委員会の意見が内閣を拘束する類の制度は憲法上許されないと解される。」とされている。