配付資料

「裁判官制度の改革」について

司法制度改革審議会 日弁連プレゼンテーション

2001年2月19日
日本弁護士連合会



1 小さな司法からの脱却と高い質の裁判官獲得へ

   早急に裁判官3000名体制の実現を求める

 1999年7月の審議開始以来、当審議会が論点整理に掲げられた各課題につき、精力的な審議を続けられていることに敬意を表します。
 「裁判官制度の改革」は、当審議会が改革の眼目として掲げる三つの柱のうち「人的基盤の拡充」の頂点にたち、かつ「司法の中核」に位置するものです。
 今般の「裁判官制度の改革」は、司法全般にわたる審議会のこれまでの審議を前提に行われる点で、戦後の司法改革とも、臨時司法制度調査会による改革論議とも異なるのであります。
 そこで、はじめに、今般審議される「裁判官制度の改革」がどのような基礎の上に進めなければならないかをあらためて整理しておきます。
 「中間報告」はまず、「法曹の質と量の拡充」が必要であるとして、次の事項を確認をしております。
 その第一は「新たな法曹養成制度の構築」が審議され、「法曹養成に特化した教育を行うプロフェッショナル・スクールである法科大学院を設ける」ことであります。
 しかるのち、第二は「法曹人口の拡大」が審議され、「法科大学院を含む新たな法曹養成制度の整備の状況等を見定めながら、計画的にできるだけ早期に、年間3,000人程度の新規法曹の確保を目指す」ことがとりまとめられています。
 そのうえで第三は「裁判所、検察庁の人的体制の充実」が確認され、続いて「弁護士制度の改革」が審議されました。
 以上を前提とし、これらの審議の頂点に位置するのが「裁判官制度の改革」であると考えます。
 特に強調したいのは、「中間報告」が、身体にたとえて「司法部門は静脈」ととらえ、「従前の静脈が過小」であったことを前提に、いわゆる小さな司法から脱却し、「その規模及び機能の拡大強化を図ろう」としている点であります。「弁護士はもとより、裁判官及び検察官の大幅な増員を実現することが不可欠」であり、これは裁判官改革の重要な基点であります。

 これから述べます判事補制度改革が必要となる基礎には、裁判官不足の問題があります。増員され、余裕を持った体制で大いに改革がなされなければなりません。
 その目処として、日弁連は、早急に裁判官3000名体制(簡裁判事を除く)を実現し、近い将来さらに実情を調査したうえで増員することを求めます。

2 国民はどのような裁判官を希望していているか

 それはまさに「中間報告」が「国民が求める裁判官像(その資質と能力)」として述べたとおりであります。この内容は私どもの日常感覚とピタリと一致しますし、先日の「民事訴訟利用者調査」における裁判官評価にもあらわれているところです。。
「人間味あふれる、思いやりのある、心の温かい裁判官」
「法廷で上から人を見下ろすのではなく、訴訟の当事者の話に熱心に耳を傾け、その心情を一生懸命理解しようと努力するような裁判官」
「何が事案の真相であるかを見抜く洞察力や、事実を的確に認識し、把握し、分析する力を持った裁判官」
「人の意見をよく聴き、広い視野と人権感覚を持って当事者の言い分をよく理解し、なおかつ、予断を持たずに公正な立場で間違いのない判断をしようと努力するような裁判官」
「かけがえのない人生を生きる人々の喜びや悲しみに対して深く共感し得る豊かな人間性」

 さらに、この表現のなかに含まれていますが、これらの要素は「一定以上の年齢」の裁判官ということを必然的に導くでしょう。私たちが接触する依頼者(個人、企業を問いません)は、法廷でとりわけ単独審の裁判官を見て、「こんなに若い人が裁判官なのですか」といぶかることが多いのです。
 これらの要素を整理すれば、「21世紀日本社会における司法を担う高い質の裁判官を獲得し、これに独立性をもって司法権を行使させる」(中間報告)ということであろうと考えます。

3 裁判官の任用には国民の意思が確実に反映する推薦委員会を

   裁判官の任命手続の改革

 裁判官にふさわしい人材を社会の全体に広く求めるためには、これまでの任用のあり方を根本的に見直し、任官申込をしてきた候補者の適格性を確実に見分ける手続が必要です。しかもこの手続は裁判官の独立性の要請を満たし、かつ説明責任を果たすものでなければなりません。
 日弁連は、そのために、新たに国民代表委員が過半数を占める下級裁判所裁判官推薦委員会を設置することを提唱します。
 この制度は、国民の参加を得るなど国民的な基盤を持つ合議機関が、裁判官の募集活動を担うとともに、国民の視点からあるべき裁判官像とこれに基づく選考基準を設定し、徹底した資料の調査・収集を前提とした信頼性の高い審査方法によって厳正・適切に候補者の資質・能力を審査するものです。
 最高裁の、新聞で伝えられた「裁判官指名諮問委員会」は法曹三者と有識者が、最高裁の決めた名簿登載者に意見を述べるという内容のようですが、これでは委員会自体が候補者の情報を実質的に調査し自ら候補者を選定することとは程遠いものであり、日弁連提案の推薦委員会とは全く異なるものです。

選考の基準は、先に述べた「中間報告」の「国民が求める裁判官像」を具体化し、諸外国の実例も真摯に学びながら、策定し公表することが必要です。こうしてこそ、高い質をもって独立して司法権を行使し得る判事の最高裁が行う指名について、透明性、客観性を確保し、説明責任を果たし得る選考をなすことができるからです。判事補についてもこれに準ずるべきでしょう。
 なお、先に述べました「一定の年齢以上」には達しない判事補については、他職経験などを豊富に行うことにより、判事となるにふさわしい法律家に必要な知識、経験等を得させることが前提となります。

選考のための手続として、推薦委員会は、最高裁判所の下にある機関でありますが、その設置先は各高等裁判所所在地としつつ、司法行政上の最高裁判所の指揮命令系統からは独立した機関でなければなりません。最高裁判所は判事及び判事補となるべき者の指名において、推薦委員会の推薦を尊重するものとします。
 判事または判事補になろうとする者は、赴任を希望する地域をその管轄とする高等裁判所所在地に設置されている推薦委員会に申し込み、その審査を受ける公募制・応募制にすべきです。判事の給源に現在のような判事補が含まれる場合も、他の給源からの場合も同様です。

4 人事制度を透明で、客観的なものに

 人事制度の改革は、裁判官の独立に大きな影響を与えます。そのために透明で客観的な人事制度を構築していくことが不可欠です。

任地の決定方式(事実上の命令方式から公募・応募方式へ)
 任地決定も本人の応募によるシステムに変更すべきです。このことはこれまで最高裁のおこなってきた方法とは正反対のものです。裁判官が自らの勤務地を自ら決定することは、裁判官の独立の観点から非常に重要な要素となるのです。過渡的には高裁単位のブロックごとに公募・応募することとします。応募の前提として、広報を徹底し、複数の応募があった場合には、選定機関が、客観的資料をもとに決定します。

報酬は10年一律制へ
 わが国の裁判官報酬制度は諸外国に類を見ない多段階となっていますので、整理すべきものと考えます。裁量の余地をなくすという意味で、判事を10年で1段階、再任後上昇して1段階とするのが妥当でしょう。国民的基盤を持つ公的職務であり、公選制首長、議員と同じく、基本的に一律にすることが原則だと考えます。

人事評価の改革
 裁判官の人事評価を、その独立性をそこなわずに行うためには、最低限次のように整備すべきだと考えます。人事評価は、任地決定、再任、能力開発のために活用されます。


 人事評価は内部外部両側面からが必要です。
 内部評価のみならず、利用者による外部評価につき、裁判官の独立を侵害する危険性を少なくする配慮を行う必要があります。内部評価は裁判官会議がおこない、そこに弁護士会や裁判所利用者の評価を適切に取り込むことが必要でしょう。

最高裁事務総局権限の縮小
 人事を以上のように行えば、最高裁事務総局の権限は自らかなり縮小されます。これに各級裁判所の裁判官会議を組み合わせて、透明性、客観性を担保していきます。

5 特例判事補制度廃止、判事補制度廃止に向かい、それに至る過程で現行判事補制度を改革

 判事補制度の改革
 裁判所法第5条第2項は判事補を裁判官として認め、同法第27条第1項は「判事補は、他の法律に特別の定のある場合を除いて、一人で裁判をすることができない」、第2項は「判事補は、同時に二人以上合議体に加わり、又は裁判長となることができない」と定めています。
 このように定められる判事補の法的性格については、三つをあげることができると思われます。第一は判事の補佐、第二は判事の代行、第三は判事の見習いです。
 裁判所法のこれらの規定は、判事補を判事の見習いと捉えていると思いますが、そのことは判事補を独立した「裁判官」と捉えるには無理があることを示しています。
 日弁連は、判事補は、「判事の補佐」とし、これにふさわしい制度へ転換させるべきであると考えます。「判事の補佐」とは、判事の職権行使を補佐しこれを支える存在として、これを位置付けるものです。「中間報告」の述べる、「高い質の裁判官を獲得し、これに独立性をもって司法権を行使させる」状態に裁判所全体を近づけるために、判事の補佐として判事補を活用することが司法権を強化するゆえんと考えるのです。具体的には調査官、アメリカのロークラークのような職務に就き、判事の仕事の質と能率を高めるために働くわけです。
 判事補の「判事の見習い」(教育訓練の対象)の面は、判事補制度の独自の存在理由とはならず、「判事の補佐」としての職務が、判事としての訓練の場にもなり得るという限りで、これを位置付け得るにすぎません。「子飼い」による判事の養成は、憲法と裁判所法の趣旨に反すると考えます。
 現在の判事補は、特例判事補を含め、「判事の代行」ということになりますが、憲法の裁判官独立の側面と矛盾しますし、代行性が極端に肥大化した特例判事補は、廃止されなければなりません。

給源としての改革
 判事補は判事の給源、つまり判事の任命資格としての10年以上の在職期間の「職」にあたらないものと扱うべきです。つまり10年間判事補の職にあっただけでは判事の任命資格は得られないものとすべきです。
 この改革が実現して、判事補の身分を離れて、弁護士、検察官の職務に5年従事し、先に述べたあと5年は調査官的な職務に従事すれば、これを通算して10年の在職期間と扱い、本人の希望があれば推薦委員会に判事になる応募をすることになります。
 この改革途上でも、判事補であった期間は、5年を超えない限度で判事任命資格である10年以上の在職期間に算入することができることにすればいいと考えられます。この改革途上では、判事補は現行に準じて裁判官機能も果たすことになります。

特例判事補を確実に廃止すべきである
 同制度は、判事補の「判事の代行」的側面を肥大化させたものです。
 給源の多様化、多元化を阻む最大の隘路は特例判事補制度の存在であります。「当分の間」として始まった制度が53年間継続され、更に強化されました。しかも実態は、特例判事補になる旨の申請も応募もないまま、自動的に特例判事補指名が最高裁によってなされるのですから、高い質の裁判官をつくるべき人事行政としては、あまりにもご都合主義と言わなければなりません。このような運用実態から脱却し、今般の改革でこの制度が年限を決めて廃止されなければならないと考えます。

判事補制度の廃止へ
 判事補の裁判所法上の地位は、憲法の要求する独立した裁判官との間には、埋めがたい溝、矛盾があることを示しております。
 そのために、先に述べました判事補制度の改革を提案するわけですが、「法の支配」を確立するためにはこの矛盾を抜本的に解決することが必要です。この矛盾の解決の抜本的方策は、判事補の採用を停止することが一番簡明であります。いわゆる判事補制度の廃止であります。

6 目途と弁護士任官の再構築


 給源の多様化、多元化を実現できるのは、法曹の中で最大の人口を擁し、今後とも豊富な人材を提供できる弁護士(弁護士会)をおいてほかにはないと考えます。日弁連は、去る1月23日の「弁護士のあり方」プレゼンテーションにおいて、「弁護士制度の改革」として「公益性に基づく社会的責務の実践等」を具体的に提起しました。
 これまで弁護士の任官が個々の弁護士の意向・判断任せになりがちであったのを改め、今後は、弁護士任官を弁護士会が主導性と責任をもって運営する、いわば裁判官に「なってもらいたい人」を送りだす制度へと発展させます。
 わが国の弁護士は、判事補制度廃止の方向が示され、官僚裁判官制度が改革される可能性が示されるならば、この新しい弁護士任官の意義を理解し、必ず真摯にこれを受けとめるでありましょう。市民に開かれた信頼性の高い方法で適格者として選考された者に、その事実と誠意と情熱を持ってそのプロフェッショナリズムに働きかければ、少なくない者が、様々な障害を乗り越えて任官の決意をすると考えられます。
 日弁連は、特例判事補の指定を2005年から停止し、2009年に特例判事補を廃止し、その5年後から判事補の採用を停止し、10年かけて判事補の存在をなくすことを目処に、これらを実現させたいと考えます。
 そのために、弁護士任官を新しい地平で再構築したいと考え、現在その具体化を開始しました。

7 弁護士会の自省と高い質の裁判官を作り上げるための不退転の決意

 日弁連は、「21世紀日本社会における司法を担う高い質の裁判官を獲得し、これに独立性をもって司法権を行使させる」(中間報告)ために、大きな決意をもって従来の方針を転換いたしました。
 現在のような、多様性も多元性もなく、したがって独立性にかけ、透明性、客観性、説明責任などが担保されていない裁判官制度を作り上げてきた第一責任者ではないにしろ、日弁連は「高い質の裁判官を獲得し、これに独立性をもって司法権を行使させる」課題を自らのものとして取り組んでこなかったことを、率直に反省するものであります。
 同時に、日弁連は、裁判官改革が現場の混乱なしに進まなければならないと考えています。
 そのために、
 最高裁判所におかれては、弁護士任官者をつかさどる部署を高裁ごとに作り、事務総局の人事行政から独立した取扱いをしていただくことを特に要請したいと思います。
 日弁連は、これらの課題を不退転の決意を持って実施してまいりたいと考えます。