配付資料

裁判官制度の改革についての意見

2001.2.19
吉 岡 初 子


1 基本的視点

 司法制度は、憲法に定められた「国民の基本的人権」を護るためにあります。したがって、司法は国民にとって身近で頼りがいのある存在となり、人権を護る砦として充分に機能することが期待されています。
 しかし、判決に示される裁判官の判断のなかには、国民の立場から理解できない、納得できない内容のものも少なくありません。
 医療過誤訴訟や、変額保険訴訟、労働訴訟など私たちの生活に身近な裁判でも、市民感覚や社会通念からかけ離れた判断が示され、裁判に取り組んだ消費者・市民の信頼感を失わせる結果を招くことがしばしばある事が報告されています。
 国民が信頼できる裁判官制度を確立するためには、「21世紀日本社会における司法を担う高い質の裁判官」(中間報告)を確保することが必要です。ここにいう「高い質の裁判官」について中間報告は、「人間味あふれる、思いやりのある、心の温かい裁判官」「法廷で上から人を見下ろすのではなく、訴訟の当事者の話に熱心に耳を傾け、その心情を一生懸命理解しようと努力するような裁判官」、「何が事案の真相であるかを見抜く洞察力や、事実を的確に認識し、把握し、分析する力を持った裁判官」、「人の意見をよく聴き、広い視野と人権感覚を持って当事者の言い分をよく理解し、なおかつ、予断を持たずに公正な立場で間違いのない判断をしようと努力するような裁判官」といった豊かなイメージを示していますが、こうした裁判官に求められる資質は、豊富な社会経験によって醸成される面が少なくありません。
 したがって、21世紀に求められる高い質の裁判官を多数確保するためには、アメリカに見られるように、法曹資格取得後、一定年数の実務経験を要件とすることを軸とした抜本的な改革が目指される必要があります。このような基本的視点に立って、以下では中間報告で改革が必要とされた給源、任用、人事のそれぞれの点について、早急に実現されるべき改革に関する意見を述べたいと思います。

2 裁判官の給源について

 裁判官の給源については、広く社会的経験を積んだ人材を裁判官に採用するという趣旨から、中間報告において「裁判官の給源の多様化、多元化を図ること」が必要とされています。
 現在、判事の給源の殆どは判事補によって担われています。しかし、司法研修所を卒業してすぐに裁判に携わるという現在の判事補制度は、社会的経験とは無関係の、視野の狭い判事を生み出す結果に繋がることを否定できません。したがって、判事補制度の廃止を視野におきつつ、少なくとも次のような点を検討する必要があります。 ア 特例判事補制度については、そもそもこの制度が判事不足に対応するための暫定措置であったことを考えれば、具体的に期限を定めて廃止の方針を打ち出すことが必要です。

イ 判事補制度自体についても「必要な改革を施すなどして高い質の裁判官を安定的に供給できるための制度の整備を行うこと」(中間報告)が必要とされているのですから、一人前の裁判官として位置付けられている現状をあらため、基本的に裁判は判事が行うと明確にするべきです。

ウ 最高裁判所が提案している、一年程度の期間、法律事務所での弁護士研修をするという方策は、判事補制度の改革案としてはきわめて不十分と言えます。さらに、最高裁の案では、弁護士研修を義務化するのではなく、「留学を含む外部派遣制度のいずれかに参加・・・」としていますので、弁護士研修が必須条件とはなっていません。これまでの審議でも裁判官の身分を持ったままの社会経験や法律事務所で研修として弁護士活動を行うことではお客さん扱いにしかならず、研修としても不十分と認識されています。まして一年間という短期間ではなおさらですが、「留学を含む外部派遣制度のいずれかに参加・・・」すればよいと言うのでは論外です。

エ また、これらの改革を実現するためには、裁判官の数を大幅に増加する必要があります。そして、当然のことですが、司法研修所を出てすぐに任官する判事補を給源とする増員ではなく、社会的経験を積んだ、裁判官としての資質を備えた人員の増員を実現することが重要です。

オ そのためには、弁護士、法律学者などの積極的な判事への任官が促進される条件整備が必要であることは言うまでもありません。とりわけ給源の多様化を実現するために弁護士からの任官が果たすべき役割は非常に大きいと言えます。
  従って、弁護士・弁護士会に課せられた使命は重大と言えましょう。

3 裁判官の任用方法について

(1) 任命に関する基本的視点
  現在の裁判官については、最高裁の意向を意識せざるを得ない状態にあり、そのことが裁判官の司法判断の内容にも影響を与えると言われています。そのことの真偽はともかく、国民からこのような見方がされること自体が、国民の裁判官に対する信頼にも影響していると言えます。
  したがって、裁判官の任命方法についても、「21世紀日本社会における司法を担う高い質の裁判官」を獲得し、「国民の裁判官に対する信頼感を高める観点から、裁判官の任命に関する何らかの工夫を行うこと」(中間報告)が必要です。
  そのためには、国民主権にふさわしい、そして、国民の信頼を高める方向に資する裁判官任命制度でなくてはなりません。また、「そういった方法で選任されている裁判官であるならば信頼できるだろう」と国民が感じるような任命制度であることが必要です。したがって、国民・市民の意見が適切に反映されるような裁判官任命制度が設けられる必要があります。

(2) 市民が参加する推薦委員会
  具体的には、次のような点を踏まえた市民参加型の裁判官推薦委員会を設け、その推薦結果を尊重して任命を行うという制度にすることが必要です。
  最高裁案の「裁判官指名諮問委員会」は、諮問委員会の名称が示すように、最高裁判所の諮問に対して答申することになりますから、制限的で、国民の意向の反映にはほど遠いものとなります。「裁判官指名委員会」または「裁判官推薦委員会」とするべきです。

ア 全国に一つだけの推薦委員会ということでは裁判官の適切な評価はできません。裁判官の評価を適切に行うためには、地域に密着した委員会である必要があります。したがって、本来は都道府県に一つずつ推薦委員会が設けられることが望ましいといえますが、少なくとも高等裁判所所在地に一つ程度の数の委員会が設置される必要があります。

イ 推薦委員会の委員構成は、法曹関係者以外が過半数を占めることが必要不可欠です。そうすることで、法曹関係者の意見だけではなく、市民の意見が実質的に推薦結果に反映することが可能になります。

ウ 推薦委員会に加わる市民委員の選任方法は重要です。市民代表といいながら、実際には法曹関係者の意向に従うだけの市民委員が選任されるようでは推薦委員会は適切に機能しないでしょう。したがって、市民の多様な考え方が推薦委員会に対して公正に反映されるよう、市民委員の選任方法について、工夫を行うことが重要です。

エ 推薦に際しては、アメリカにおける裁判官指名委員会、イギリスにおける募集広告など、諸外国の制度を参考にしながら制度を構築することが必要です。特に、裁判官の評価をするための情報収集の方法は重要です。アメリカのように、さまざまな方法で幅広い観点から情報を収集し、その情報に基づいて裁判官の評価を行う工夫が必要です。

オ また、委員会の推薦結果と異なった任命が行われるようでは、推薦委員会を設置した意味はなくなります。推薦結果を最高裁判所が適切に尊重することが重要です。

カ なお、この裁判官推薦委員会は、裁判官を新しく任命するときだけでなく、10年の任期が終了した再任の際にも再任するか否かについての推薦も行うことが適当でしょう。

(3) 最高裁判所裁判官の任命
  最高裁判所裁判官の任命についても、一般の裁判官と同様に、任命について国民の意見が反映される方法が工夫される必要があります。
  また、最高裁判所裁判官については、国民審査が行われていますが、十分に機能しているとはいえないことは衆目の一致するところです。しかしこの制度は、国民の意思で最高裁判所裁判官を罷免できるという意味で、とても重要な制度です。裁判官についての十分な情報が開示されるよう工夫するとともに、せめて○と×をつける方式にあらためるなどして、国民の意思をより反映できる制度にあらためることが必要です。

4 裁判官の人事制度について

 評価、異動、昇給など、裁判官の人事制度については、最高裁判所事務総局にその権限が集中しすぎているという批判が多いことは周知のとおりであり、そのことが、裁判官の独立した判断に影響を与えているという声もあります。こうした批判が起こらないような人事制度の構築と透明化が不可欠です。人事制度について中間報告が、「裁判官の独立性に対する国民の信頼感を高める観点から、裁判官の人事制度に透明性や客観性を付与する何らかの工夫を行うこと」が必要としているのも、このような趣旨からです。
 したがって、人事制度の改革については、裁判官の独立性が実質的に保障されるような、そして、裁判官が独立した存在として国民から信頼されるような透明性、客観性をもったものにあらためられる必要があります。具体的には次のような点が検討される必要があります。 ア 裁判官の人事評価については、裁判所内部の評価だけに委ねらるのではなく、市民が評価に関与することが必要です。任命のところで述べた、裁判官推薦委員会のような市民代表が参加する機関が、裁判官の人事評価についても関与することなどが考えられるでしょう。
  評価の方法についても、その裁判官の裁判を受けた当事者に対してアンケートをおこなったり、その裁判官が所属する裁判所の地域住民からその裁判官の評価に関する意見を募集するなど、市民の声を評価に反映できる制度設計が必要です。

イ また、裁判所内部での人事評価は、評価される裁判官の独立性との関係で最も緊張関係をもつものです。したがって、評価を通じて裁判官の独立性がおびやかされることのないよう、評価の手続き、内容を透明化することが必要です。
  具体的には諸外国の例も参考にしながら、評価基準、項目を明らかにすること、評価の結果を裁判官本人に開示すること、評価の結果に対して裁判官が意見を述べる機会、そして評価結果に納得がいかなければ不服を申し立てる機会を与えることを保証する第三者機関を設けるなどの改革をはかる必要があります。

ウ 裁判官の転勤のあり方についても改革が必要です。裁判所法では裁判官は本人の意思に反して転勤させられることはないと定められていますが、現実には定期的な転勤が当然とされています。しかも、国や大企業に批判的な判決を出す裁判官は地方の小さな支部に転勤させられるなど、転勤制度が裁判官の独立を脅かしているとの批判もあります。そのことの真偽はともかく、国民からそのような疑いをもたれないよう、転勤制度の在り方を検討し、透明化を図り、公正にする必要があります。
  また、頻繁な転勤は市民の裁判を受ける権利にも大きく影響します。自分の証言を直接聞いてもらった裁判官が途中で転勤してしまうなど、事件の途中に裁判官が交代したことで、裁判の流れが全く変わってしまったという不満は裁判を経験した市民からよく聞かれるところです。
  したがって、転勤については必要最小限にとどめるとともに、裁判官自身が希望した場合はもとより、結審間近な事件や、重大な事件を審理中の場合など状況によっては、利用者の立場を尊重し、転勤時期を延ばす、転勤をさせない等、制度を改める必要があります。

エ 裁判官の報酬制度についてもあらためる必要があります。現在、裁判官の報酬には一般の公務員と同様、とても多くの刻みがありますが、裁判官の独立性を考えるならば、適当とは思えません。せめて簡裁、地裁、高裁、最高裁といった4段階くらいにして、各々の裁判所では基本的に同一といった形にあらためるべきです。