配付資料

別紙2

「労働関係事件への対応強化」について
-検討すべき論点-

平成13年3月19日
委 員   髙木  剛


 「労働関係事件への対応強化」については、中間報告及び第40回審議会(平成12年12月1日)におけるヒアリング、論議等の経過を踏まえ、以下の論点について審議する。

  1. 「労働参審制」の導入
  2. 労働関係訴訟手続の見直し
  3. 民事調停の一環としての「労働調停」スキームの新設
  4. 「労働契約法」等法体系の整備
  5. 集団的労働紛争といわゆる5審制の改善
  6. 労働関係の特性を認識した法曹養成と専門家の育成

以 上


「労働関係事件への対応強化について」(意見)

平成13年3月19日
髙木  剛

 個別労使紛争の増加などに的確に対処していくため、労働関係事件への対応を強化していく必要がある。以下「中間報告」や第40回審議会(平成12年12月1日)における菅野和夫東大教授からのヒアリングや髙木意見書等に関する論議の内容等を踏まえ、いつかの論点について再度意見を提出し、審議に供したい。

1 「労働参審制」の導入

 日本型の国民参加による裁判制度を創設する方向が確認されたことや個別労使紛争が増加していること、また労働関係事件の特性などを勘案し、わが国においても「労働参審制」を導入することは、時宜に適ったものと考える。
 「労働参審制」は、ヨーロッパ各国等で広く行われており、そのしくみは国毎に異なる面があるが、制度を設けている主旨は、いずれも労働や労使関係の実情を熟知し、また公正な労使慣行やその判断の妥当性等に精通している労使の専門家を活用するしくみという点にある。
 このヨーロッパの「労働参審制」に参審する労使の参審員は、単なる労使の利益代表としてではなく、法律と良心に忠実で中立・公正な立場で参加し、裁判官と共に(一部の国では労使参審員だけで)審理評決を行っており、公正な雇用労働社会の形成という視点に沿い、相当の責任を果たしていると評価されている。
 さらに、ヨーロッパ各国の「労働参審制」においては、制度あるいはその運用の中にいわゆる和解前置的なルールが組み込まれており(イギリスの場合は、ADR機関であるACASと雇用審判所の密接な連携というしくみ)、過半の事件が和解によって迅速に解決されている。
 この「労働参審制」を日本に導入する場合、どんな形が良いのか、また、参審員の選び方や審理・評決への係り方等について、日本の雇用社会や産業社会に適合させ易い姿・形・方法はどんなものかという観点も踏まえ検討を行えば良く、検討に当たっては労働関係紛争解決システムを総合的に整備することは労働者に限らず使用者にとっても有益であることを銘記すべきである。
 加えて「労働参審制」を行う場としては、労働裁判所や雇用審判所のような専門裁判所の設置にはこだわらず、現行の地裁のなかで「労働参審制」裁判を行えば良い。上訴については、二審、三審も「労働参審制」を採用している国と一審のみにとどめている国の両タイプがあり、日本においては取り敢えずは一審に「労働参審制」を導入することでスタートすれば良いのではないかと考える。
 なお、「労働参審制」には、参審員が評決権を持つことに関して憲法解釈上の問題があることなどを指摘し、評決権を与えず意見を陳述する形の参与制とすべきという主張もあるが、刑事裁判において、評決権を持つ「裁判員制」を導入することなどを考慮すれば、労働事件に労働問題に豊富な経験と知識を持つ労使の専門家を活用する制度として、「労働参審制」を採用することに大きな問題点はないと思料する。

2 労働関係訴訟手続の見直し

 労働事件の場合、雇用関係の継続性に関する配慮が必要であり、また、訴訟の遅延は紛争解決の意義を著しく減殺することに留意すべきである。そして、訴訟手続は、労働を巡る紛争の最終的かつ公権的解決方法として唯一の存在であり、労働を巡る紛争解決のために存在する様々な複線的なシステムの扇の要とも言うべき存在であって、訴訟手続が公正かつ迅速に機能することは、労働を巡る紛争解決のための様々なシステムが健全に機能するために必要不可欠なことである。ついては、労働関係事件の訴訟手続について次のとおり見直しを行なうべきであると思料する。
  1.  解雇事件については、一定の期間内での解決に努力することを裁判所及び当事者に義務づけるべきである。
  2.  労働事件、特に個別的労働事件は、解雇や賃金不払事件に象徴されるように、迅速な解決が求められているため、主張の整理や証拠収集、証拠調べについて短期的に集中的に行う必要がある。
     従って、このような事件については、直接主義・口頭主義を徹底し、さらに集中審理をも加えた簡易迅速な訴訟手続の整備がなされるべきである。
     そして、この簡易迅速な訴訟手続においては、第一回期日前に就業規則、賃金規定、退職金規定、労働協約、辞令、賃金台帳その他裁判所において相当と判断する基礎的資料を証拠提出させる等、証拠収集手続の充実がはかられるべきである。
  3. (3) 少額訴訟手続制度については、利用可能訴額の上限(現行30万円)を大幅に緩和し、この手続を利用できる範囲を拡大するべきである。
  4. (4) 労働事件全般について、最高裁判所及び法務省から、終期を見通した計画性ある主張立証活動すなわち『計画審理』を促進することが必要であり、そのためには審理期間を法定したり期限を守らない当事者の訴訟活動を制限する失権効等の制度化が必要である旨の提案がなされており、これについての検討がなされる必要がある。但し、その際には、『計画審理』の弊害を防止する方策、具体的には、証拠の遍在に起因するやむを得ざる主張立証の遅延に関する救済策等についても、同時に検討されるべきである。
  5. (5) 国民が労働事件について訴訟手続を利用しやすくするため、法律扶助制度の充実、及び、訴訟費用負担の軽減がなされるべきである。

3 民事調停の一環としての「労働調停」スキームの新設

 労働紛争解決システムの一翼を担うものとして労働紛争ADRの整備充実も急務である。
 労働紛争ADRとしては、国会に上程されつつある地方労働局活用案や労働委員会において個別労使紛争にも対応するという考え方、都道府県労政事務所や弁護士会、労働団体等による労働相談、あっせんなど多種・多元的なチャンネルが想定されており、これに加えて、裁判所が関与する民事調停の一環として「労働調停」のスキームを新設すべきとの主張が日経連等によって唱えられている。
 個別労使紛争が著しく増加するなかで、労働紛争解決に資するADRは、当面は多種・多元的なチャンネルが競合し合い、相互に連携し合うという形で利用者にとってアクセスし易く、速く、安価な解決が得られることがトータルとして保証される状況を作り出すことが肝要である。このような観点に立てば、裁判所における民事調停のなかに「労働調停」ともいうべきスキームが創設されることは、チャンネルの多元化という意義も含め肯定されるべきであり、早急に具体的な検討が行われるべきである。
 なお、新設する「労働調停」については、以下の考え方を基本に組みたてたらどうかと考える。
<労働調停のイメージ>
○ 原則的に地裁で扱うものとし、裁判官が調停委員と共に調停を行う。
○ 調停委員は、雇用・労働や労使関係についての豊富な知識・経験を持つ者や弁護士、社会保険労務士等を中心に選ぶ。
○ 「労働調停」は迅速な解決をはかる(回数や期間を区切る)ものとし、調停成立の見込みがない場合は、別途の解決方法(例えば民事調停法第17条)や、裁判所への回付などを行いうるものとする。なお、「労働調停」を申し立てるかどうかは当事者の判断に委ねられるべきであり、調停前置主義を採用すべきではない。
○ 申立費用は定額制とし、その額は低廉なものとする。
○ 具体的には、労働調停法(仮称)あるいは、民事調停に関する特則等で被申立人の対応義務や手続等について規定する。

4 「労働契約法」等法体系の整備

 わが国の労働法体系は、特に労働契約法制について実体法化が遅れており、裁判所は判例を積み重ねることによって法秩序の形成をはかってきた。
しかし、判例法理に依拠して個別事件の解決をはかるという方法は、企業経営者や雇用労働者等の間に判例法理が十分に理解され浸透しているとは言い難い状況を生み出している面もあり、判例法理の実体法化を求める声は強い。
 また、諸外国のなかには、ILO第158号条約・第160号勧告(「使用者の発意による雇用の終了に関する条約・勧告」)の批准と解雇制限法など労働契約に関する実体法の制定を行っている国もある。
 このような内外の状況を踏まえわが国においても「労働契約法(仮称)」等の法体系の整備について早急に検討を行うよう、本審議会の「最終意見」において関係省庁や関係機関に促すべきである。

5 集団的労働紛争といわゆる5審制の改善

 労働委員会の不当労働行為事件に関する行政命令を発する地方労働委員会、中央労働委員会の二つの過程と、その後の司法審査の三審を合わせるといわゆる5審制となり、命令が確定するまで長い期間を要している。この長期間に及ぶ実態的な5審制を改善する必要があるという状況認識は広く共有されており、本審議会の「最終意見」において、裁判所や労働委員会、関係省庁や関係機関に対し早急に改善の方途について検討を行うことを強く勧告すべきである。

6 労働関係の特性を認識した法曹養成と専門家の育成

 法曹養成課程における労働法、行政法等の専門教育の重要性を認識した対応と、労働紛争や準拠すべき法規範の特性に通暁し、かつ個別的労使紛争の増加に対処しうる数の専門性に裏打ちされた裁判官や弁護士の養成・配置が不可欠である。
 また、労働事件訴訟の増加や「労働調停」の導入などを踏まえ、労働関係事件に対処する裁判官と関係職員の増員を、裁判官・職員の大幅増員のなかで考慮すべきである。
 これらの課題に、早急に取り組むべきである。

以 上