司法制度改革審議会
司法制度改革審議会 第54回議事概要
- 1 日時 平成13年4月6日(金) 13:30~17:35
2 場所 司法制度改革審議会審議室
3 出席者
- (委員、敬称略)
佐藤幸治会長、竹下守夫会長代理、石井宏治、井上正仁、北村敬子、曽野綾子、髙木 剛、中坊公平、藤田耕三、水原敏博、山本 勝、吉岡初子
(事務局)
樋渡利秋事務局長
- 4 議題
- 「利用しやすい司法制度」及び「国民の期待に応える民事司法の在り方」について
5 会議経過
(1)竹下会長代理から、これまでの審議等を踏まえて作成した「『利用しやすく国民の期待に応える民事司法』について-検討用たたき台-」(別紙1(骨子)、別紙2(本文))について説明がなされ、これに基づき意見交換が行われた。その主な内容は以下のとおり。なお、吉岡委員から意見書(別紙3)の提出があった。
【弁護士費用の敗訴者負担(訴訟費用化)】
- 我が国では、当事者同士が対等な関係にない事件などで、証拠収集手続が不十分なため、勝訴の見込みの立たない事件が多い。敗訴者負担の導入により、訴訟提起が抑制されるおそれがある。裁判所へのアクセス拡充の視点から、中間報告の記述を全面的に見直すべき。
- 弁護士費用は、訴訟の必要経費というべきだから、適切な範囲については、訴訟費用に含め、民訴法61条の敗訴者負担原則を適用することが合理的。各自負担では、原告勝訴の場合には権利の切り詰めになり、被告勝訴の場合には、根拠のない訴えを提起されて損失のみ残るという不合理が生ずる。
- 各自負担では、権利の完全な実現が望めないことから、十分勝ち目のある訴訟でも、弁護士費用を相手方から回収できないために、訴訟提起を断念する例も多いと聞く。敗訴者負担で予想される問題点については、予め類型的に除外したり、裁判所の裁量の余地を残したりする等により対処すべき。
- 弁護士費用は、裁判にかかる費用の多くを占める。審議会の民事訴訟利用者調査でも、費用と時間が訴訟提起を躊躇する主要な理由とされている。利用者の費用負担軽減の観点から、一部を敗訴者に負担させるべき。
- 訴訟促進という見地から、訴訟費用保険の普及や証拠開示などの制度整備がどうなるか見極めた上で、これらとセットで検討すべき問題。
- 弁護士費用は、結局誰かが負担せざるを得ないので、誰に負担させることが最も適当かという問題。裁判の当否は別問題として、敗訴者負担は合理的。
- 裁判に勝てば、弁護士費用は相手方から回収できるというのが、一般常識に適うのではないか。原則を貫いた場合に酷となる場合もあるので、合理的な説明のつく類型については除外したり、適正な負担額はどの程度か議論すべき。
- 訴訟では、双方に理がある場合もある。弁護士費用のうち適当な部分のみ敗訴者負担としておき、不都合があれば修正できるようにすればよい。訴訟提起を抑制することを目的に、狙い撃ちにしようという意図で、本件を論じていた委員はいないはずである。
- 訴訟制度には客観性が必要であり、個人は弱者、企業は強者などと安易に決め付けてはならない。弱者への配慮は、本来別の方法で対応すべき問題。
- 知的財産が侵害された場合に、中小企業では、弁護士費用の重さから泣き寝入りしてしまうことがある。
- 平成9年の民訴費用制度等研究会では、「将来的には弁護士費用の一部の敗訴者負担制度を導入することが望ましいとする意見が、学者委員を中心に多数を占めた」ものの、法律扶助、弁護士業務態勢、弁護士人口増加など他の制度との関連や、国民の一般的な意識の調査・検討作業も不可欠なため、「現時点で直ちに実現に向けての立法作業に着手すべきであるとの意見は少数」であり、「将来の重要課題として今後も検討を進めるべきである」とされた。現段階で、導入を決めるのでなく、そこで挙げられた要件が整っているか吟味すべき。
- 中間報告の段階では、裁判は勝つためにやるのだから、敗訴者負担は筋が通っており、弊害は例外措置で対応すればよいと考えていたが、中間報告公表後、予想外に数多くの反対意見が寄せられた。いわゆる市民の事件を多く扱う弁護士は、ほぼ全員が反対と聞く。利用しやすい司法という見地からの検討という中間報告の本来の趣旨が伝わっていないと思われる。敗訴者負担が「基本」で各自負担が「例外」という表現が誤解を招いているのではないか。
- 当事者の負担が予測可能なものであることが重要。敗訴者負担から除外されるケースも予め明確にしておくべき。なお、多くの意見や署名が寄せられている分野は他にもあるので、本件だけを特別扱いして、中間報告の方針を捨て去るべきではない。
- 弁護士費用の敗訴者負担(訴訟費用化)については、中間報告においても、裁判所へのアクセス拡充策の一環として位置付けられており、指摘される懸念に十分配慮しつつ制度設計するということとされていた。しかしながら、中間報告の表現がやや誤解され、意図しない受け止め方をされた面もある。このため、中間報告の趣旨は基本的に維持しつつ、最終意見の表現振りを更に工夫するという点については、大方の認識は一致しているのではないか。
【裁判所の配置/利用相談窓口】
- 裁判所の配置については、利便性を重視する見地から、不断に見直しを行うべき。
- 司法に関する情報提供窓口として、地方公共団体のほか、全国の商工会議所を活用することも一案ではないか。
【懲罰的損害賠償制度】
- 最高裁判例・多数説でも、懲罰的損害賠償の制度は、我が国の損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれないと判示されており、導入は困難。
- 損害填補を超える賠償により、新たな秩序の形成を図るとの考え方もありうる。労基法114条の付加金制度も参考となる。いずれにせよ、不法行為のやり得にならないような仕組みが必要。
- 懲罰や抑止の機能は、刑事の分野の問題ではないか。受けた損害以上の利得を得られる制度は、国民感情に合わないのではないか。
- 抑止や予防の視点は、刑事以外でもありえない訳ではないが、損害賠償で対応すべきかどうかは議論の余地がある。なお、抑止に関しては、制裁の制度自体の有無よりも、実際に迅速・確実に制裁がなされるかどうかが重要。精神的損害など算定が困難なものについて定額化を検討する等により、実質的に懲罰的色彩を持たせることも考えられる。
- 懲罰的損害賠償やニ・三倍賠償制度の導入が主張される背景には、損害賠償額の認定が低過ぎて、被害者の損害の回復が十分になされていないとの認識がある。慰謝料の認定も著しく低いと思われる。
- 名誉毀損や、知的財産侵害では、損害賠償額が低いという意見が多い。
- 名誉毀損の範囲を広げ過ぎると、憲法が保障する表現の自由との関係で、米国のように成立要件を絞り込まざるを得なくなる可能性にも留意すべき。
- 新民訴法により、損害額については、厳密な立証がなくとも、裁判官の裁量で決定できるという制度改善が行われた。損害賠償額の認定がなお低過ぎるということであれば、その問題として運用の改善を検討すべき。
- 加害者のやり得にならない仕組みは別途必要であるとしても、懲罰的損害賠償制度を直ちに導入することは困難ということについては、大方の認識は一致しているのではないか。
【クラスアクション制度/団体訴権制度】
- 少額多数被害者の救済等の在り方について、クラスアクション制度の導入は当面難しくとも、団体訴権については前向きに検討すべき。従来、個別の実体法で検討を求めても、司法制度全体に関わるという理由で採り上げてもらえなかったが、今後は、実質的な検討が必要。
- 団体訴権は、クラスアクション制度に比べて我が国の法体系に馴染みやすいと考えられるが、どのような訴訟で導入すべきかを一般的に論じることは困難。個別の実体法における導入の可否、導入する場合に適格団体を決定するための客観的要件等については、当該法律の立法過程で、その趣旨・目的に照らして検討すべき。
- 消費者個人や消費者団体の訴えは、法的利益ではなく反射的利益に過ぎないとして却下される場合が多いが、今後は原告適格を広く認めていくべき。
- ドイツの団体訴権は、沿革的には先ず業界団体に認められたものだが、我が国では、適格団体の決め方が極めて難しいのではないか。
- クラスアクション制度については、少額多数被害者の救済のために必要な制度として選定当事者制度を改正し、使いやすくしたはずなので、クラスアクション制度の導入を論ずる前に、現行制度の利用を考えるべき。
- 選定当事者制度の利用実績がないのは、使い勝手がなお悪いからではないか。
- 我が国では、当事者を選定するのではなく、被害者全員が原告団を形成し、社会的運動としてアピールしていく慣行があることが、利用不振の理由ではないか。
- クラスアクション制度のように、当事者の選定行為なしに、多数被害の救済訴訟の提起を認めるという考え方は、我が国社会に馴染んでいないのではないか。
- クラスアクション制度については、直ちに導入することは難しく、選定当事者制度の運用状況を見定めつつ、将来の課題として引き続き検討していく必要があること、一方、団体訴権制度については、たたき台記載のように、個別の実体法で検討されるべき問題であることについては、大方の認識は一致しているのではないか。
【民事訴訟の充実・迅速化】
- 人証調べ事件には、現在平均ほぼ20か月を要しているところ、訴訟期間の概ね半減を目標とすべき。
- 「迅速化」の数値目標だけが独り歩きして、「充実」がおろそかになるおそれがある。裁判官の強引な訴訟指揮により、現場検証や証人申請の却下が増えることが懸念される。司法制度改革の全体の枠組みが固まらない現段階で「半減」を打ち出すことには賛成できない。
- 抽象的に充実・迅速化すべきというだけでは、国民の理解は得られない。一つのイメージとして、努力目標を掲げることは必要。
- 個別の事件処理に期限を設ける訳ではなく、「充実」の提案が実現した上での最終的な姿を示すだけである。迅速化目標をベースとして掲げつつ、人的基盤と制度的基盤を設計していくべき。
- 「充実」と「迅速化」は相反すると捉えるのでなく、「充実」させることにより「迅速化」が達成されると考えるべき。
- 社会のテンポが速まっており、審理期間は1年程度を目標とすべき。
- 迅速化の具体的目標を示すことは、新規法曹3000人の目標を示したことと同様に、国民に分かりやすくてよい。
- 証拠収集手段の拡充について、独立証拠調べの導入が提案されているが、実際に抜本的な改善となるかが問題だ。
- ドイツの独立証拠調べでは、証拠保全の要件がなくても、法律上の利益があれば、訴え提起前の書面による鑑定が認められる。我が国では、裁判所の関与を前提に、書面による鑑定以外の方法による証拠調べについても可能とすることができないかについて立法段階で検討すべき。
- 米国ではディスカバリの弊害が指摘され、連邦民事規則が改正される方向と聞く。証拠収集手段の拡充に当たっては、濫用のおそれにも配慮すべき。
- 現行の当事者照会制度には制裁がなく、実効性に欠けるのではないか。
- 民事訴訟では、相手方に有利に事実認定を行うという形での制裁もありうる。なお、当事者照会制度への制裁の導入には、日弁連も反対した経緯がある。
- 法曹人口大幅増加、弁護士の執務態勢の充実強化、裁判官大幅増加、証拠収集手段の拡充など、総合的な施策を具体化していくことと相まって、迅速化についても具体的な目標を設定すべき。司法制度改革全体が一つのプランであり、一つ一つの施策の実現の保証を、他の施策の前提条件として求め出したら、大きな改革の絵は描けない。今日の段階では、「半減」の目標を決めることはできないが、最終意見では、実現のプロセスに十分配慮しながらも、こうした目標は掲げざるを得ないのではないか。
【専門的知見を要する事件への対応強化(専門委員の参加制度など)】
- 専門委員の参加制度について、裁判所の中立・公平等に十分配慮しつつ、専門性の種類に応じて個別に検討し、導入を図るべき。
- 専門家の関与が必要な分野があることは否定できないが、専門家の選び方、関与の仕方によっては、司法判断がブラックボックス化するおそれもある。
- 裁判官の判断が、専門家の判断に依存しすぎるおそれにも留意すべき。
- 専門委員制度は、当事者が知りえないところでは、争点整理の補助、和解の担当・補助、調査・意見陳述や証拠調べへの関与を行わないし、当事者の反論・反証の機会も保障するものであり、導入に問題はないのではないか。
- 専門家には、一般的・教育的機能のほかに、個別事件における専門的判断の補助機能が求められる。後者を導入する要件は、手続の透明、争う機会の保障が満たされること。
- 医事関係事件については、専門委員の参加制度の導入の可否を慎重に検討すべき。
- 専門家団体の協力を得て鑑定人名簿を整備することはよいが、実際の選定の際には、名簿以外の鑑定人からも選べるようにすべき。
- 弁護士実務からみた現実問題としては、反対尋問や検証を公の場でやることを徹底すると、鑑定人となる専門家が嫌がり、なり手がいなくなる。
- 専門家の立場に立つと、鑑定書など文書で意見は出せても、その場で発言させられることには躊躇するということは、理解できる。
- 鑑定制度の改善のための医事・建築関係の訴訟委員会は、最高裁事務総局にではなく、第三者機関のような形で設置することも考えられないか。
- 行政庁などに置くのは不適切であり、裁判所に置くべき。最高裁とは別に地域レベルでも委員会を置くことを妨げる趣旨ではない。
- 分野によっては、鑑定制度の改善以前の問題として、専門家による鑑定書そのものの中立公平が疑われている実態がある。
- 実体の方が変わるのを待つだけでなく、司法制度の方から働きかけていくことも重要。
- 専門的知見を要する事件では、何らかの形で専門家の協力を得ないと判断できないことは事実。現状には問題があり、これに対処しなければならない。このため、専門委員の参加制度も含め、専門家の選び方、関与の仕方等につき、当事者の手続保障等に配慮しつつ具体的に工夫していくべきであり、そのような視点に立って、最終報告の表現振りを検討していくことについては、大方の認識は一致しているのではないか。
【知的財産権関係事件(東京・大阪両地裁への専属管轄化など)】
- 知的財産権の国際戦略的重要性、利用者である経済界の強いニーズにかんがみ、少なくとも特許・実用新案関係訴訟については、東京・大阪両地裁に専属管轄権とした上で、当事者の利益を害する特段の事情がある場合には、他の裁判所への移送や他の裁判所の自庁処理、あるいは合意管轄による他の裁判所への係属を認めるべき。
- 知的財産権関係事件は、技術的専門性が司法判断に不可欠な訴訟の典型である。
- 特許と実用新案は、知的財産権の中でも技術的専門性が高い。両地裁への集中度が80%を超えており、他の地裁に比べ体制整備による迅速化傾向が顕著である。
- 地方でもベンチャー企業が増えてきている。専属管轄を基本とする場合でも、一部の不便になる人のために、巡回裁判所のような仕組みを工夫してはどうか。
- 専属管轄化は、司法の人的基盤を拡充し、地方でも法曹へのニーズが満たされていくという大きな流れに反する面もある。
- 知的財産権の国家戦略としての重要性・緊急性を踏まえ、人材を集中投入する必要がある。もちろん将来において、法曹人口増により地方にも専門弁護士が増えれば、専属管轄を見直す余地もありうることは否定しない。
- 専門委員の参加制度について、仮に医事関係事件などで速やかな導入が困難であるとしても、国際的な問題でもある知的財産権関係事件に関しては、早急に導入すべき。
- 知的財産権については、その専門性、緊急性等にかんがみ、たたき台記載のような方向性で検討すべきことについては、大方の認識は一致しているのではないか。
【労働関係事件】
- 労働調停制度だけが実現し、「労働参審制」が見通しなく先送りされることには到底賛成できず、再考願いたい。諸外国でも、労使が関与する裁判が機能している。労働関係訴訟の裁判の内容に国民が納得し、信頼できるようになるためには、現場の感覚を取り入れることが重要。
- 労働調停は、紛争処理の多元化という文脈において評価できるが、そもそもADRの充実は、裁判が機能することが前提。労働調停のみを導入し、ここだけに人材を集中させることになれば、むしろ問題が多い。
- 「労働参審制」の導入については、審議会で合意を得ることは困難ではないか。労働関係事件固有の訴訟手続の整備、ADRとの関係整理をも含め、関係機関において望ましい制度を引き続き検討すべき。
- 労働調停の経験を積み重ねることにより、労使関係者の関与に関する中立公平性についての不信感を払拭することが先決ではないか。
- 「労働参審制」でなくとも、労働問題の専門家が専門委員として審理に参加することも考えられるのではないか。
- いわゆる「労働参審制」の取扱いに関する最終意見の表現振りについては、引き続き検討すべき。
(2)次回会議(第55回)は、4月10日(火)13:30から開催し、「国民の期待に応える刑事司法の在り方」等について意見交換を行うこととされた。
以 上
(文責 司法制度改革審議会事務局)
-速報のため、事後修正の可能性あり-