司法制度改革審議会

第55回司法制度改革審議会議事録



日 時:平成13年4月10日(金) 13:30~16:55

場 所:司法制度改革審議会審議室

出席者

(委 員(敬称略))
佐藤幸治会長、竹下守夫会長代理、石井宏治、井上正仁、北村敬子、髙木剛、鳥居泰彦、中坊公平、藤田耕三、水原敏博、山本勝、吉岡初子

(事務局)
樋渡利秋事務局長

  1. 開 会
  2. 国民の期待に応える刑事司法の在り方について
  3. 閉 会

【佐藤会長】それでは、時刻がまいりましたので、ただいまから第55回会議を開会いたします。
 本日は、国民の期待に応える刑事司法の在り方について、第53回会議に引き続きまして、意見交換を行いたいと思います。また、前回お話ししましたように、検察官の在り方につきましても、少し時間を取りまして、意見交換を行いたいと考えております。それから、最後に少し時間をちょうだいして、最終意見の取りまとめ方と言いますか、構成の仕方などについても、今日の段階で御意見を承っておければと思っております。いつも時間が5時を回りまして、不評なものですから、できるだけ5時ごろには終わりたいと思っております。
 それでは、早速、国民の期待に応える刑事司法の在り方につきまして、意見交換を行いたいと思います。前回の意見交換の際には、裁判員制度の導入も踏まえて、刑事裁判の充実・迅速化を中心に意見交換を行いました。本日は、既にお話ししておりましたとおり、残りの被疑者・被告人の公的弁護制度の在り方、新たな時代における捜査・公判手続の在り方、さらに、検察審査会制度の在り方につきまして、意見交換を行いたいと思います。
 お手元に、第53回会議の際に使いました審議用レジュメとほぼ同じものを本日もお配りしております。御覧いただきますとお分かりのように、第53回会議における警察庁の佐藤次長からのお話なども踏まえますと、国民の期待に応える刑事司法に関する制度的基盤の在り方を検討する際には、当然、その人的基盤の拡充が前提となりますので、そのことをそのレジュメの冒頭に、これは前回お示ししたものとちょっと違うところですが、冒頭にその趣旨を記載しております。本日も、この審議用レジュメに従いまして、今お話しした項目の順番で意見交換を行いたいと考えております。今お話ししましたように、人的基盤の拡充を前提として、御意見をちょうだいできればと思っております。
 なお、本日もお手元に、法曹三者から提出いただいた資料をお配りしております。これも参考にしながら意見交換をしていただければと思います。本日も御質問にお答えいただける方にそれぞれお見えいただいておりますので、疑問点などについて、意見交換の中で適宜御質問いただければと思います。
 それでは、被疑者・被告人の公的弁護制度の在り方につきまして、まず御意見をいただければと思います。どなたからでも結構でございますので、どうぞよろしくお願いいたします。

【竹下会長代理】 被疑者・被告人の公的弁護制度の在り方の問題は、この審議会で取り上げるべき刑事司法の分野の課題として、極めて重要だと思うわけでございます。具体的制度に関する基本的な考え方というのは、レジュメの1ページの下の方の枠の中に掲げられているものは、中間報告でも挙げられております。しかし、これと関連いたしまして、レジュメの「1.刑事裁判の充実・迅速化」にも、「(1)弁護体制等の整備」という問題点が挙げられてございまして、そこでは、「特定の刑事事件に専従できる弁護体制の整備等」というものが挙げられております。こういう視点からも、公的弁護制度の在り方を考える必要があるだろうと思うわけでございます。公的弁護制度を整備する第1の趣旨が、被疑者・被告人の権利の擁護、あるいは適正手続の維持にあることは確かでございますけれども、国民の期待に応える刑事司法という観点から見ますと、刑事裁判の充実・迅速化という視点を欠くことはできないのではないか。それを実現するためには、いわゆる運営主体において、常勤弁護士と言うか、公設弁護人と言うか、呼び方は何が適切かよく分かりませんけれども、その運営主体が恒常的に弁護士と提携契約その他によって勤務を確保して、一つの事件に集中的に同じ弁護人が対応できるという制度を構築する必要があるのではないかと思います。この点は、特に裁判員制度を導入いたしますと、継続審理がどうしても不可欠になり、弁護人の側も継続して審理をすることに耐えられるような形の制度が必要なのではないかと思いますので、この問題を考える始めに、それだけ意見を申し上げておきたいと思います。

【佐藤会長】中間報告の冒頭のところ、レジュメの四角の中に中間報告の要点を記載しておりますけれども、今、代理がおっしゃったことにも通ずる考え方がそこに書いてあるわけでございます。その辺、読むまでもないかと思いますが、そういうことを前提にして御議論いただければと思います。

【吉岡委員】既に刑事について何回か議論をしておりまして、その中でも当然出ていたことだと思いますが、民事も含めて、裁判の充実・迅速化ということは考えなければいけないと私も考えています。一部の事件で、かなり長期化している例もあり、一般の国民の立場から見ると、納得できないというか、そういう感覚で見ている事例もございますので、そういう意味では、迅速化を図るということは、当然私どもの審議会の中でも議論されなければいけないことだと考えております。
 ただ、迅速化と充実というのは、ある意味では相反する面もございまして、確かに一般から見ると早くしろというのがあるんですけれども、充実が欠けることによって審理の内容が不十分になるということがあるとすると、被疑者・被告人の権利の問題に言及されるという恐れがありますので、その辺のところをどうバランスを取っていくかということを考えなければいけないと思います。やはり人権問題を考えるときには、被害者の人権と同時に被疑者の人権、これも当然考えていくという、それが基本ではないかと思います。
 そういう意味で、では十分に弁護していただけるような体制ができているかと言いますと、弁護士過疎の問題とか、刑事の専門の弁護士さんが多くはないという問題等がありますので、前から議論されている公的弁護人事務所というようなものをつくっていく。これも当然爼上に載せなければいけない問題ですし、議論されてきたと思うんです。
 私、気になりますのは、公的弁護人事務所であるか、常勤の制度になるかということはいろいろ考えられるのですけれども、その弁護人が弁護したり判断したりする場合に、あくまでも独立して自主的、主体的にできるような仕組みになっていないといけないと思います。その辺の中立性をどうやって確保するのか。その辺を少し詰めた議論をする必要があるのではないかと思います。

【竹下会長代理】 私が申し上げたのは、決して充実と対立する意味での迅速ではなく、むしろ継続して公判が開けるように、そのためには弁護人も、公的弁護制度の運営主体に、形はいろいろあると思うのですけれども、言わば常勤のようなタイプの弁護人というものがいて、連日開廷にも十分対応できるような体制が必要だということであります。急ぐだけで審理の中身が手抜きになったのでは困るのだということは、私も全く同じように考えておりますので、そこは御理解いただきたいと思います。

【水原委員】中間報告でも、被疑者段階において公的弁護制度を導入することについては、異論がなかったわけでございます。
 問題は、どういう導入方式を取るのか。それから、制度の運営主体をどうするのか。これはあくまでも公費を投入する制度でございますので、公費を投入するのに見合う弁護活動の適正確保はどういうふうに保たれるのか。これも先ほど来御議論いただいておりますように、弁護士偏在のところがございますが、これについても、全国的に共通に弁護の機会を得られるような制度設計が必要でありましょう。それと、裁判員制度が導入されることになりますと、当然、集中審理にならざるを得ません。その集中審理に対応できるような弁護体制を構築するのにはどうすべきか。以上のような諸点がクリアーされなければいけない問題だと思うんです。
 導入方式ですけれども、いろいろな方式があろうと思いますが、法曹三者からもいろいろ意見が出ておりますけれども、被告人の場合は国選弁護でございます。そういう意味で、被疑者の段階から被告人の段階までの一貫した制度として構築するのが望ましいとなりますと、国選弁護の制度が望まれるのではなかろうかという気がいたします。すなわち、選任・解任は国、これは言うなれば裁判所が行う。これは大方一致するようなところではないかという気がいたします。
 ところで、運営主体でございますけれども、これにつきましては、いろいろな考え方が出ておりますけれども、私としては、国費を投入するからには、中立・公正な運営主体でなければいけないと思います。その中立・公正な運営主体というのが、どういう形のものなのかということにつきましては、これは十分各方面から御議論いただかなければいけないのではないか。これは公益法人にするのか、何法人にするのか、また、ほかの組織にするのかということでございます。選任・解任は国がやるとして、それ以外の常勤の弁護士を雇用したり、契約弁護士を獲得する、それから国費の受入れ、支出、この管理を全部そこで行う。これは、どういう形の主体に任せれば一番国民が納得するかという視点から検討されるべきだろうと思います。
 問題なのは、公費に見合う弁護活動の適正確保のための方策はどうあるべきかということでございます。国民の税金で賄われる制度でありますので、適正で、かつ質の高い弁護サービスが提供されることが望まれると思います。そうしなければ、国民は納得しないんじゃないかと思われます。
 そこで、公的刑事弁護制度の導入に当たりましては、弁護活動の水準・適正の確保のための具体的な方策、これを十分検討しておく必要があろう。どういう形にするのかということは、きちっと決めておかなければ、国民の納得は得られないのではないかと思います。
 これは弁護活動の中立・公正とは別問題でありまして、弁護活動が中立・公正でなければいけないことは、従前からこの審議会でも審議しておりますとおり、個々の弁護士さんが独立して行うべきで、ただ、これが期待に沿うような仕事をしているかいないかということについては、税金投入に見合うものであるのかどうかという別途の判断をする必要があろう。それはやはり運営主体において考えるべきではないかという気がいたします。
 そういうもろもろの諸点を、これからも更に検討していく必要があろうというのが私の考えです。

【吉岡委員】私も水原さんのおっしゃることはよく理解できるのですが、確かに国選弁護人と同じ考え方でいけば、当然費用は税金で賄うということになりますので、税金に見合うだけのきちんとした活動をするかどうかというのはチェックの対象になると思いますし、公費というのは、適正に使われなければいけない。これは当然だと思います。
 ただ、税金なんだから国民全体のものだという考え方と、予算の取り方で、法務省なり最高裁なりが所管省庁となりますから、そこが管理するというのが一般的な行政のやり方だと思います。その場合、例えば、法務省で管理をするのが本当に適正な弁護につながり得るかどうか。その辺を考えるとき、できるだけ行政が直接という考え方ではない方が、より公正・中立になると考えています。例えば、民事の場合には、法律扶助協会という組織があって、その組織自体はいろいろな立場の人が入って運営していくという形になっております。そういうことからいうと、経費の場合も法律扶助協会、それに類したような第三者が関与し、チェックできる、そういう組織によって運営されるということがより中立・公正につながるのではないかと考えます。
水原委員がおっしゃったのとは、もしかすると私が勘違いしているかもしれませんけれども、公費に見合う弁護活動というのが、そういう意味ではないかもしれませんけど、そこそこ見合う程度でもってそれ以上やってはいけないということになったとしたら問題なので、多分水原委員はそういう意味でおっしゃったのではないと思いますけれども、国選弁護人の場合であってもそうですが、十分な弁護をするということでないといけないと思います。
 もう一つ、水原委員のおっしゃっていることで分からなかったのは、国選弁護人であっても、今回考えている公的刑事弁護人であってもそうなんですけれども、弁護士であるということは、今、日弁連に所属している弁護士と違う組織ではない、全く同じと考えてよろしいわけですね。

【水原委員】先ほど私が申し上げたことで誤解があるようでございます。私は、適正で質の高い弁護サービスが受けられるようにしなければならない。それを充足してないなら、問題がありますねということを申し上げたんです。

【佐藤会長】中立・公正な運営主体という点では、お二人とも同じ考え方でございますね。

【井上委員】皆さんが言っていることはそれほど違っていない。重点の置きどころは違えども、同じことをおっしゃっているのではないかという感じがします。
 水原先生がおっしゃった選任・解任の点は、問題は二つあって、一つは、訴訟法上、弁護人としての資格を与えるための行為をどこが行うのか。これは、国選型ですと裁判所ということになる。それと違う型は、基本的には私選と同じで、公費が入った組織体と個別の契約を結ぶ。法律扶助をそのまま延ばせば、そういうふうになると思うのですけれども、どちらが適切かというと、今回の趣旨から見ますと、訴訟法上の効果が生ずるのは国選型の方がいいように思うのですが、その問題と、実際にどういうふうな仕組みで動かしていくのかとは別ではないか。
 現在の国選弁護人は、単位弁護士会が事実上、国選弁護を引受けてもいいと登録した人の中から個別に推薦をし、それに基づいて裁判所が選任するという形を取っているのですが、今度の場合、特に裁判員制度の導入ということもありますし、またそれ以外の事件でも、できるだけ充実し、集中して、直接主義、口頭主義が活かせるような形で公判をやっていくべきだというのが我々のほぼ共通した理解ですので、それに耐え得るようなものということになりますと、個別に選任していくというだけでは限界があるのではないか。
 弁護士会のペーパーでは、国選弁護人の報酬を増額し、実費も補償すればできるとされているのですが、そういった報酬も公費から出る限り、自ずとそれなりの限界があるかと思います。また、弁護士事務所の法人化によって対応するにも、恐らく時間が掛かりますし、限度がある。
 そうなってくると、今、現実にそうなのですけれども、殉教者的で、ほかの生活は投げおいてでも刑事事件に心血を注ぐという弁護士さんしか、公判の集中といったことには対応が恐らくできないのではないか。
 しかし、そうなりますと、特に裁判員制度などは、すぐには実現できないということになります。やはり、一国の制度として責任を持って弁護を提供できるような体制を取るべきで、運営主体の構成とかそれをどこに置くかは一応別にして、そういうものがあって、そこに常勤の弁護士がおり、それにプラスして、個別の契約だとか、あるいは特定の事務所と契約する。そういうのを幾つか組み合わせて体制を組んでいくというのが最もいいのではないでしょうか。
 弁護士偏在の問題も、そういうふうにして対応しないと、単位弁護士会の会員が30人とか40人のところで、限られた数の弁護士さんの犠牲でやっていくというのは、制度としてはよろしくないのではないかと思うのです。
そういう意味で、私個人の意見としては、公設弁護人事務所的なもの、それは場合によっては法律扶助協会を発展させたものでもいいのですけれども、そういうものを基本に考えていくのがいいのではないかなと思っています。
 むろん、何人かの方が言われたように、個別の弁護活動の自主性、独立性は大切で、それに行政機関、国の機関が干渉するということがあってはならない。これは、我々の中間報告でも書いてありますが、その辺を制度としてどう担保していくかということ、同時に、それとはちょっと違うディメンションの問題だと思うのですけれど、公費を投入することに伴うアカウンタビリティーといいますか、国とか国家機関とかに対するアカウンタビリティーというよりは、国民に対するアカウンタビリティーだと思うのですが、それをどう確保するか。それにはいろんな在り方があると思うのですが、その辺をどう制度として工夫して組んでいくのかということではないかと思うのです。

【佐藤会長】昨年アメリカに視察したときに公設事務所に行ったわけですが、今おっしゃったことと似た印象をもったのですが、アメリカの制度運営の仕方との比較でいうとどうでしょうか。

【井上委員】いろんな形がありまして、民間団体にお金を出して、そこでやってもらう。ニューヨーク市などはそういう型なのですけれども、それとは異なり、州なら州で公的な組織をつくり、公設弁護人というのを公的な存在として設けてやっていくというやり方がむしろ多い。その場合も、管理主体はかなり独立性の高い機関としてあります。日本の今の制度で公金の定常的な流れとしては、どこかの省庁を窓口として公金が流れていくという仕組みになっていますので、そういうお金を出す窓口は行政官庁にする必要があるように思うのですが、それと運営主体の中立性のようなものをどうやって担保していくのか、その辺の工夫の仕方かなと思います。

【水原委員】公設弁護人事務所というのと、中立・公正な運営主体、公益法人的なそれとは、違うということをはっきりさせておかなければいけないなという気がいたします。公設弁護人事務所というのは、今まで弁護士会が一生懸命に弁護士の偏在を解消するために費用を出してつくっておられているわけです。それと私が申し上げた中立・公正な運営主体というのは違うんであって、今までの公設弁護人事務所というのは、あくまでも弁護士会がおつくりになった。ところが、ヨーイドンでスタートする裁判員を導入する制度が発足するとなりますと、弁護士会でおつくりになられることは、それはそれとして結構なことだと思いますが、全部が全部そういうふうに賄い切れないとするならば、中立・公正な公益法人的なもので、全国的規模で組織運営ができるような組織を考えてやるべきではないか。その点はちょっと混同してはならないように思います。

【井上委員】私が申し上げたのは、そういう意味の公設弁護人事務所ではありません。現在弁護士会がなさっているのは、正確には「公設弁護事務所」だと思うのですが、それと同じ意味で申し上げているのではなくて、公益法人になるかどうかは別として、公的な組織をイメージして言っているのです。アメリカの場合は、それを「公設弁護人事務所」と呼んでいる。それはパブリックな存在としてのものをそう呼んでいるということで、言葉の使い方がちょっと紛らわしいのですけれども、違う性質のものです。

【水原委員】今の弁護士会でつくっているのとは違う趣旨だということですか。

【井上委員】今、弁護士会がなさっているのは、弁護士会独自の御努力で設けているもので、「公設」というのも弁護士会の集めた費用でやっておられるという意味での公設だと思うのですが、それとは違います。

【鳥居委員】御議論を聞いていて頭が整
理し切れないんで、個人の弁護士さん、個人のお医者さん、これは法人格を持たないけれども、国家資格を持った方ですね。我々が既に中間報告までにこぎつけてきた弁護士事務所法人化というときの法人は、どういう法人なんでしょうか。

【竹下会長代理】それは「弁護士法人」という特別の法人です。

【鳥居委員】弁護士法人という法人は想定していますね。分かりました。

【竹下会長代理】それは、ここで言っている運営主体としての法人とは別です。

【鳥居委員】それで、国選弁護人になってくださいというお願いをするときには、個人の弁護士さんにお願いすることもあり、弁護士法人にお願いすることもあり得るわけですね。

【竹下会長代理】国選弁護人は、個人の弁護士さんではないでしょうか。

【佐藤会長】将来的にはどうなりますか。

【井上委員】将来的にはあり得るかもしれません。現在は個人の弁護士さんを弁護人に選任するという考え方です。刑事訴訟法にも、弁護士の中から選任するとなっています。

【鳥居委員】そこにこだわると、せっかくつくった弁護士法人という新しい制度がもったいない、余り機能しないということが考えられるんです。むしろ弁護士法人というのも法人、「人」なんだから、一人の弁護士さんに頼むのと同じように何々弁護士法人に国選弁護をお願いするということをもっと自由にやれるようにすることを考えるかどうかというのはとても大事なポイントだと思うんです。

【井上委員】理論的には、弁護士法人が法人として責任を持つということは十分あり得ると思います。ただ、そのために法律の改正が必要なのか、あるいは解釈で賄えるのか、そこはまだこれからの問題だと思うのです。今までは、法人というのがなかったものですから、個人の弁護士を弁護人に選任するという考え方だったわけです。 その問題と、公的な組織体を設けて、そこから特定の事件の弁護人を出してもらうというのとは、違う問題です。

【鳥居委員】その公的な仕組みをつくるとき、弁護士としての力を提供するのは、個人の弁護士でもいい、弁護士法人でもいいとするのかどうかも、実はまだ議論されていない。

【井上委員】それは先の問題です。三つくらいの形態があって、運営主体に雇用されている常勤の弁護士が担当するか、あるいはその組織として弁護を担当するという場合と、個人で開業している弁護士に委嘱するという場合、それに、特定の弁護士法人との契約により、一定の数の事件をやってもらうという場合と、3通りあり得ると思うのです。

【佐藤会長】肝心なのは、集中的にやらないといけませんから、弁護活動が集中できるような体制を整える。そうすると、法人に頼んで、法人として責任を持って集中いただくということだってあり得ると。

【鳥居委員】東京にその弁護士法人はあるんだけれども、その弁護士法人が北海道に公設される公的な弁護人の仕組みのところに人を定期的に派遣するということが可能になる。

【井上委員】そういう契約関係もあり得ると思います。それは契約上そうするということなのですけれども、刑事訴訟法の面でも選任の効果を法人に及ぼすことができるかどうかは、また別の問題だと思います。

【竹下会長代理】今の鳥居先生の問題提起ですが、今後弁護士法人ができたときに、刑事事件の国選弁護も弁護士法人として受けるのか、それとも、国選弁護人は個々の弁護士なのかというのは、現在既に法案が出ているわけですから、法務省なり日弁連なりに聞いてみた方がよいのではないでしょうか。

【法務省(甲斐刑事局参事官)】今年の3月に弁護士法の改正法案が国会に提出されておりまして、これは今御議論されておりますように、弁護士法人というものを新たに認めるというものでございます。まだ審議に至っておりませんで、これから国会で審議されるであろうという段階でございます。
 これは刑事局でつくっている法律ではないので、詳しくは私どもも知らないのですけれども、お聞きしているところでは、法人化するものを認めて、その中で社員である弁護士が具体的な実際の事件を取り扱っていくという形態のものも認めていくというものです。
 ただ、刑事事件に関しましては、例えば、裁判所の中で証人尋問をやるとか、被疑者段階、捜査段階で弁護活動をするということは、まさに個人の形で行いますので、それは弁護士法人としてやるということではなくて、個人の弁護士さんが弁護人として活動するということに、法律上そういうふうに書き分けておりますので、今のところの弁護士法の改正法案の中ではそういう仕切りになっております。

【竹下会長代理】民事の訴訟外の業務などとちょっと違うと思うのです。

【佐藤会長】将来、いろいろ工夫の余地があるのかもしれませんね。

【髙木委員】中立・公正という議論についての印象ですが、何となく中立・公正というのは、何に対して中立なのか、何に対して公正なのかという点がないままに、大変響きのよい言葉として語られているような気がするんです。
 要は、中間報告に書いてありますように、被疑者が弁護士の援助を受ける権利を実効的に担保してもらうということなんで、被疑者にとりましては、勿論、刑事事件の捜査のルールに沿ってということなんでしょうが、弁護士の的確な、具体的には良質かつ手抜きのない援助を受けられるということが大切なのです。
 そういう意味では、運営主体なるものも、例えば、法務省の関わる形での運営主体というのは、法務省が検察庁というのを包含されているのか別なのか、その理解の仕方は別にしまして、そうしたところからは当然のこととして、少なくともだれが被疑者の弁護をするか、具体的な弁護活動をする人を選任する意味では、当然そういうところから独立をしている必要があります。
 今のお話も含めまして、ある運営主体、あるいはそれに連なるプールに、弁護士さん、あるいは弁護士法人が登録されていて、そこからしか供給が受けられないんだとなりますと、まさに国定弁護人みたいなニュアンスになる。金が国から出ているからそれを前提にしろという議論は、私はちょっと違うんじゃないかと思います。
 そういう意味では、公的なプールもあってもよろしい。それから、いわゆる弁護士法人であってもいい。場合によっては、個人で法律事務所をやっておられる方も今後も残るとすれば、そういう方も含めて弁護士の選任のチャンネルは非常に多元であっていいし、勿論、今まで議論がなかったと思いますが、当然被疑者段階でも私選で選ばれる人も当然あるわけでしょうから、そういう中でプールの中に限定するということでない方がいいんじゃないかと思います。
 説明責任等についても、これは政府とか裁判所、法務省にする説明責任ではないはずで、これは井上先生が言われたように、国民に対して納得させる問題だと思います。
 だから、中立というのも、弁護士の的確な援助を被疑者が受けるということについて中立であるべきだということではないかなという感じがします。

【井上委員】運営主体ないしそういう組織体に供給源を限ってしまうということまで、私も申し上げたつもりはないのです。ただこれからの被疑者・被告人を通じての公的な弁護体制を責任を持って運営していく制度としては、そういう核がないと、現実問題として駄目だろうということを申し上げたのです。
 もっとも、裁判所が被疑者の段階を含めて、今と同じように、弁護士会の推薦なり、あるいは特定の事務所に直にでもいいのですけれども、個別に頼むというやり方があり得るとして、一つ考えないといけないのは、裁判所としては、公判段階ですと訴訟活動をやりますので弁護人の活動状況が分かるのですけれども、被疑者段階では裁判所が乗り出していく場面がないので、報酬の算定などに困難がある。そこのところをどうやっていくのかという問題は、一つ考えないといけないと思います。その問題があるものですから、現実的にやりやすいのは、運営主体というものを、髙木さんがおっしゃったような意味の中立性のあるものにして、そこからお金が流れていく。そこが個別に契約するなり、常勤の人にやらせるなり、そういう方が現実問題として、国が管理するという意味ではなくて、責任のとれるという意味で適切かなと思うのです。
 もう一つは、公費を出すための窓口という意味での監督官庁、これはどこかにつくらざるを得ない。それは、法務省にするということも考え得るし、ほかの省庁も考え得ると思うのです。その上で、御心配になっているような点を制度としてどう担保するのか、そういう問題かなと思います。

【髙木委員】法務省を所管官庁にして、予算はそこで取ってもらう、それはそれでいいんです。要は、実際の人選だとか派遣の具体的なチャンネルに法務省の影響を強く受けるような形の機関がなったら、疑念もあるんじゃないかと思うんです。

【井上委員】そこは別に異論はないです。

【佐藤会長】アメリカの場合ですと、常勤の弁護士だけではなくて、個別契約の弁護士と、両方を抱えているような感じを持ったんですが。

【井上委員】三つの種類を使っているところから、常勤の弁護士にかなり一元化されているところまでいろんな形態があります。それぞれの地域の事情によって異なっているのです。
 我々としては、できるだけちゃんと公的弁護を提供できる体制を組むということが重要なのであって、その意味では、選択肢を最初から狭めない方がいい。ただ、どこかに責任の主体というものはつくっておかないと、非常に無責任なものになってしまうと思うのです。

【髙木委員】質問があるんですが、どなたにお聞きしたらいいか。逮捕されますね。令状は裁判所が出されますね。裁判所は、だれが、今、どこで何の嫌疑で調べられているかということは分かっておられるわけですね。

【井上委員】令状を出した段階では分からないです。令状の執行がされて、被疑者が実際に身柄が拘束されたのかどうかは裁判所には分からないのです。

【髙木委員】令状を出した、裁判所は結構ですと言われた。執行して調べて。

【井上委員】勾留請求が来れば身柄も付いてきますので、そこでは分かりますが。

【髙木委員】勾留についても令状を出すわけでしょう。

【井上委員】そうです。

【髙木委員】裁判所は、調べの実態にまで当然関与していないわけなんですが、調べられているということは裁判所は分かっているわけですね。

【井上委員】調べられているというか、身柄拘束をされているということは分かるわけです。勾留状を出せば、そこから普通は10日間身柄拘束が続くだろうということも分かる。

【髙木委員】今のお話を聞くと、被告のときと同様に、裁判所が主体になり得ることだってあり得るんじゃないか。ただ、警察でも調べが終わって、帰っていいよと、放された報告は裁判所に行くんですか。

【最高裁(合田事務総局刑事局第一課長)】勾留された被疑者が捜査機関の判断で途中で釈放された場合は、裁判所の方には通知はまいりませんので、どの時点で釈放されているのかというのは裁判所の方では分かりません。

【髙木委員】そうすると、3日で終わっているのに、10日の期間を切ってあって、あと7日は調べているのか裁判所の方では分からないんですか。

【最高裁(合田第一課長)】最初に勾留をした段階ですと、勾留請求の日から10日間が身柄拘束できる最大限の期間でございますので、あとはその10日の中で実際に身柄拘束が継続されているかどうかということについては、裁判所には連絡が来ないというのが実態でございます。

【髙木委員】引っ張っていいということだけ許可するだけですか。

【最高裁(合田第一課長)】逮捕されている人について、最初の勾留請求ですと勾留請求の日から10日間身柄拘束をしてもかまわないという判断をしているということでございます。

【髙木委員】分かりました。

【鳥居委員】拘束しないで、自主的に出頭を求めて、それを繰り返して取り調べるという段階で、自分は本当は弁護人を付けたいんだけれども、金もなければ知っている弁護士もいないという人は、どうすればいいんですか。

【井上委員】それは、この公的被疑者弁護制度の対象をどこまで広げるかという問題でして、現行の制度でも、公判段階の国選弁護は別に身柄拘束を要件にしておりませんので、そこまで広げるということも論理的にはあり得ると思われます。ただ、現実問題として、それでは広過ぎるかもしれない。そうだとすれば、身柄を拘束された者に限る、あるいは更に絞れば、かなり重大な事件で身柄を拘束された者ということになる。そこは立法政策の問題で、広狭いろいろあり得ると思うのです。
 一番広い考え方でいけば、在宅の被疑者で捜査の対象になっており、訴追されるかもしれないという場合に、請求により、あるいは一定の事由があれば、公的な刑事弁護を受けられるという仕組みにすることも可能ではあると思いますが。

【中坊委員】可能というよりも、どちらかと言えばそれが原則だと思うんです。だから、それをどこまで立法政策上で絞るか絞らないかというのは別問題としても、基本的に言えば、被疑者という段階は強制捜査であろうが、任意捜査であろうが、被疑者という立場は変わらないわけですから、それに対して公的弁護をすることによって、いわゆる刑罰権行使の公正さを担保しようというところに、被疑者の公選弁護の意義があるわけですから、そういう意味で言えば、別に任意捜査であっても、国選弁護が付くわけですから、それは一応原則はそうだろう。それで立法政策上広過ぎるんではないかということはあり得たとしても、一応それが原則ではないかと私は思っているんです。

【井上委員】そこは、どっちから物を見るかという問題でしょう。中坊先生の言われるような場合についても、自分で付けられない事情がある場合には付けると言うのか、それとも公的に付けるのが原則で、しかし、付けられる資力がある人は自分で付けなさい、と言うのか。どういう角度から攻めていくかによって、言い方が違ってくるという話でしょう。

【中坊委員】私も中立・公正という言葉に髙木さんと同様にやや抵抗を感じるので、中立というと、被疑者の立場に立ってやること自体が中立ではないんじゃないかという意味では決定していないわけです。まさに弁護活動の自主性、独立性が損なわれないようにすることが弁護体制の中で極めて重要なことの一つではないかということです。

【佐藤会長】具体的な細かい制度設計をどうするかは、立法のときにいろいろあるとして、基本的な考え方、構造としてはどうなんでしょうか。

【中坊委員】若干問題が残っているとすれば、運営主体をどこにするのかということは必ずしも一致していないと、非常に具体的に吉岡さんのおっしゃるように法律扶助協会がどうかという御意見もありましたし、私は率直に言えば、弁護士会でいいじゃないですかと言いたいんです。そう言えば私の立場になってしまいますが、今も被告人についてはそうなんだから。
 私も別に、それを絶対にそうであらねばならない、今ここで侃々諤々やって決めなければならないということではなく、もう少し考えればいいと思います。基本的なところが損なわれないようにはする必要があるから、全く立場の違う、例えば、法務省が管轄していますとか、裁判所にしようとか、行政機関が持つんだということはおかしいですよということだけははっきりしているけれども、同時に公的資金が使われるんだから、私は弁護士会でいいと思うけれども、いまいち体制不十分だなと言われたら、今のままでは私もそれほど強くは主張できない。
 しかし、私は本当は弁護士会はかくあるべきだと思います。そこまで言えば私の持論ですけれども、弁護士会もこれからまさに変わらなければいけない。殊に公的責務というのを帯びて、弁護士がもっと変わっていかないといけないということを前提にして、そして自治を持って、日弁連というのも、私から言えば、今の日弁連ではなしに、我々の司法制度改革で考えている日弁連というのは、もっと公的な性格と指導性も持たないといけないと思いますので、私は弁護士会がおやりになるのが一番いいと思うんだけれども、今は余り強くも言いません。

【井上委員】そういうのも一つの可能性ではあると思うのですが、私はむしろ、全弁護士の強制加入団体ないし自治の団体としての弁護士会と公的な刑事弁護を担当する運営組織体とは、分けた方がいいのではないかと思います。自治の団体としては、倫理の維持だとか、適正さの水準の設定だとか、そういうことを当然おやりになるだろう。私選弁護や民事についても当然やらないといけないことですから。そういう責任主体としてある。
 これに対し、公的な資金を使って、私は常勤弁護士が核になるのがいいと思っているのですけれども、そういう人を抱え、必要に応じ個別の弁護士とも契約し、サポート・スタッフなどもきちっと擁して、組織的に刑事弁護を担っていく責任主体というのは、別の方がいいと思います。
 アメリカなどの例を見ましても、弁護士会ないし弁護士協会のようなところが直接やっているという形ではありませんし、そういった方が責任がちゃんと分担されていいように思っているのです。中坊先生のおっしゃるような型もあり得るとは思いますが。

【山本委員】中坊先生がおっしゃるのは、将来はそうあるべきかもしれませんけれども、当面は中間報告の取りまとめの内容が極めて穏当ではないかと私は思っております。

【竹下会長代理 運営主体を具体的にどういう形態の、いかなる法人にするかは、ここで決める必要はないと思っているのですけれども、その運営主体がどうあるべきかということを考える場合のファクターとして、一つは、吉岡委員や中坊委員が言っておられる、個々の弁護活動の自主性、独立性というものが保障されるものではなくてはならないということがあります。
 それから、機関そのものとして中立・公正なものではなければいけない。その中立・公正は括弧に入れたおいた方がいいかもしれません。
 もう一つは、常勤弁護士というものを用意できるような主体であることが望ましい。
 その辺りが基本的なファクターになるのではないでしょうか。

【北村委員】それにもう一つ、アカウンタビリティーの問題が出ていましたけれども、それが履行されているかどうかをチェックする機関というか、何かをつくっておくということが必要だと思います。

【藤田委員】対立があってその中間という趣旨の語感になるんですけれども、弁護活動に掣肘を加えるということは勿論考えていないわけで、公的な資金を投入する以上、それを運営する運営主体の組織とか、あるいは運用が国民の批判を招かないように公正でなければいけないという趣旨で言っていることで、どうも中立という言葉が誤解を生んでいるような感じがします。そういう意味では民事法律扶助の前例もありますけれども、井上先生がおっしゃっているような形がいいのかなと思います。そういう趣旨で公正ということなのではないか。その範囲内においてはほぼコンセンサスができているのではないかと思います。

【佐藤会長】私も全くそう思っていまして、具体的な制度設計のところではいろいろまだ検討すべき点はあると思いますけれども、この問題について大体皆さんお考えになっているのは一緒じゃないでしょうか。
 では、この問題はその程度にさせていただきまして、次の「新たな時代における捜査・公判手続の在り方」について。

【髙木委員】少年の付添人、あれも同じ範疇でということでいいわけですね。

【佐藤会長】はい。中間報告にもちゃんと入れております。
 では、今申しました「新たな時代における捜査・公判手続の在り方」について、少し御議論していただきたいと思います。

【髙木委員】例の可視化の話で、中間報告では文書で記録をということなんですが、つくられた記録がいかに客観的に、実態というか、事実に合わしてつくられているかということをどうやって保障するんですか。その保障のない記録というのは、ここで言う可視化とか客観化というものになり得ないんじゃないか。そこのところについて、この間の警察庁の佐藤次長も、ビデオや録音は、余りアクティブに分かったという感じの御返事ではなかったので、記録を残すんであれば、その記録が間違いなく、そのとおりにつくられた記録であるかどうかというのを何で担保するのかという議論をした上でないと、この議論は絵空事になってしまう。絵空事というのは言い過ぎかもしれませんけれども。法務省の方もおいでになっているので、その辺をどういうふうにお考えなのか、お聞かせいただけたらと思うんです。

【井上委員】弁護士会のペーパーでも、それだけでは不十分だけれども一応の保障にはなるだろうとされていますね。そして、三者とも共通しているのは、リアルタイムで、取調べの都度記録をつくっていくということです。記録すべき事項を定めるということは、裁判所のペーパーに出ていますし、弁護士会は第三者による作成ということも考えたらどうかということを言われていますね。

【竹下会長代理】私は刑事の専門家ではないのですけれども、今の問題で、今度は被疑者段階から弁護人が付くということが多くなってくるわけで、そうすると当然接見交通ということも多く行われることになると思われます。我々の審議会としては、接見交通についても、捜査に著しい支障がある場合は別として、そうでなければかなり自由化していくべきではないかという考え方を取っています。
 そうすると、弁護人が接見をしていれば、いつ、どういう取調べが行われたのかということもある程度は分かるのではないでしょうか。間接的かもしれないですけれども、記録の正確性の一つの担保にはなり得ると思います。

【水原委員】取調べの可視化、可視化という言葉は私は好きじゃないんですけれども、これは何のために議論しなければいけないのかということを考えてみますと、取調べの適正が確保されているかどうか、確保するためにはどうしたらいいか、こういうことが議論の出発点だと思うんです。取調べの適正が確保されなければいけないことは、調べを受ける者の人権の保障の上において極めて重要であることは言うまでもございません。それで、黙秘権の告知をしなければいけません。深夜における取調べは許しません。強制・拷問に基づく自白は証拠になりません。憲法上も保障され、かつ訴訟規定に規定されておるとおりでございます。非常に保護されております。
 さはさりながら、中には問題事例が出ていることは残念至極ですけれども、否定し得ません。そこで、取調べの適正が確保されているかどうかは、先ほど代理がおっしゃったように二つの視点から考えるべきだと思います。
 一つは、調べの状況を、どういう方法を取れば後日検証することができるかということ。
 それと相まって、今、我々がここで議論しておるように、被疑者の公的刑事弁護制度を設けようということでございます。
 弁護人はどんどん接見ができるわけでございます。接見禁止決定がなされても、弁護人は取調べに支障がない限りは、自由に被疑者と接見交通が認められているわけでございますから、弁護人が意欲的に接見しようと思ったならば、どんどん接見できるわけでございます。最近の例で言うならば、20日の勾留のうち十何日間弁護士が接見をした事例があるそうでございますが、そうなりますと、どういう段階でどういうふうに調べを受けているかというのは、立会人なくして被疑者から聞くことができるわけでございます。
 そういうことで、公的弁護人制度が発足し、接見の条件がずっと緩和されている現状においたならば、そういう方法においても適正確保というのがなされるでありましょう。
 その二つが合わさって、どの程度調べの状況を記録化するかという問題なんです。この問題は、私は可視化の問題だけということで取り上げるのではなくて、刑事訴訟の目的は何かというところから出発しなければならないと思います。
 我々が議論したところでは、バランスとか調和を保つということではいろいろ問題があるという発言がございましたけれども、ともかくも捜査機関は公益の代表者として犯罪について事案の真相は何か、そして、証拠を集めて、処罰するものは処罰する。その調べの過程においては、いろいろな人権保障の観点も考えなければいけない。国民と言いましても、被害者である国民もあるし、参考人として出廷する国民もありますし、一般の国民、すなわち事件とは関係ないけれども、治安の恩恵に浴する国民の立場もございます。勿論、被疑者・被告人というのは人権を擁護されなければなりません。その擁護をやりながら、なおかつ一般国民の求める、真相は何かということを解明するためには、諸外国のように取調べ以外の方法で自白を得る手段が整備されておれば、取調べに頼らなくていいことになろうと思います。例えば、おとり捜査にしても、通信傍受にしましても、それから司法取引、そういうものがちゃんと認められて、そういう捜査構造自体から被疑者に自白を求めるような制度が完備されている国があります。また、諸外国では、勾留期間が無制限の場合もございますし、それから、60日とか80日というのもございます。
 日本の場合は、そういう捜査手段が非常に制限されておるし、なおかつ、国民並びに被害者からは、真相を明らかにして早急に真犯人を処罰してほしいという強い要求があるわけです。
 そういうときに、何が真相を明らかにする手段かと言いますと、取調べしかないんです。取調べしかないというのは極論ですけれども、取調べが極めて重要なものであることは間違いございません。この取調べは現実にやった者でなければ分からない。
 前々回、警察庁の佐藤次長が本当に胸詰まる思いでお話になったと思いますが、一線の捜査官が本当に真犯人の自白を得るときには、条理を尽くして、人間関係を醸成しながら、ようやくにして語らせる。そして更生させるんだと。こういう努力があって始めてできるんですけれども、それが外から見られるような状況、外から後に検証できるような方法でやろうとするならば、真に行った者、真に改心してしゃべる者はそれでよろしいかも分かりませんけれども、本当はやっているけれども、組織を防衛しなければならない、あるいは、他人に対する迷惑が掛かっちゃいけないということで徹底抗戦をする者がおります。この者に本当に真の供述をしてもらう、更生してもらうためには、条理を尽くして、いろいろな角度から、生い立ちから聞き、交遊関係を聞き、趣味を聞き、犯行時の辛かっただろうという気持ちを、その立場に立っていろいろと話をする。こういう状況がなければ、なかなか人間というのは本当のことをしゃべらないものなんです。中坊先生は十二分に御経験なさっていることだと思いますが、人というのは大うそつきなものです。そんな正直にぽんと話をするものじゃないんです。
 そういうときに、本当に自白をする者はどういう状況でもしゃべります。だけれども、本当はやっているけれども、後でいろいろなことを言われたら困るという場合には、それが録音・録画されておるとなると、要するに、青天白日の下で調べを受けているようなものですから、後日仲間に全部知られるわけです。そうなりますと、おれはこれだけ頑張ったぞということを言うために、演出のために、真相を曲げるために、録画・録取をしてほしいと申し出るのが普通でございましょう。本当に改心してしゃべるとする場合には、録画・録取を取ってくださいという申出はしないはずです。調書をきちんと取ってもらえば、それでよろしいわけでございます。
 そういう状況で真実を明らかにする方法しかない日本の刑事訴訟制度の下におきましては、取調官に問題があってはならないことは言うまでもございませんけれども、そういうことがないように努めると同時に、取調べの状況につきましては、先ほど井上委員がおっしゃった程度のリアルタイムな状況の記録で十分だろう。それと、先ほど言いました接見交通の自由の問題と合わせて保障されるものではないかと気がします。

【中坊委員】余り水原さんが詳しく力説されるんで、私も多少経験で言わないといけないと思いますのは、基本的に権力を持って行う捜査というのがどれほど苛烈なものであって、単に人権を侵害しやすいというだけではなしに、真実そのものを歪めてしまう可能性を持っていることを忘れてはならないのです。多くのケースでうその自白をしてしまっているというのが現実ですよ。私も刑事事件の経験は少ない。少ない中でも現実に私も直面しております。
 金の密輸事件というのがありまして、順番に密輸入された金を買ったとして、流通過程で関わった人たちが取り調べられ、しまいに日本の大手の会社が起訴される金の密輸事件でありました。
 私自身は被疑者の弁護人として、その被疑者に会いにいきました。簡単なんです。金というのは入れ歯の金もあるし、いろんな金が入ってくるから、密輸金が主であったとしても、金の流通過程の中において、それ以外の金もいろいろ入ってくるんです。延べ棒なら延べ棒の中は、全部が全部密輸金だとは言い切れない。そのことは客観的な事実なのです。それなのに全部密輸金と言ったのではこの次だれが逮捕されるか分からない。
 私も現に弁護人になって被疑者に会いに行って、あんた、そうやろ。そうです。あなたほんまのこと言いなよ、そうしたらその先だれも逮捕されない、捜査の対象にならないと、私はそれを言いました。現実に2回やったんですけれども、行くまでは私とそう言っています。一緒に留置場に行ってその人に会ったら、先生駄目です、そのとおりです、全部密輸金でしたと。違うと言ったじゃないかと言ったら、私の目の前で泣き出すんです。泣き出したらどうしようもないです。
 その次に、また同じような立場の人がいて、また同じようなことを私には言うておいて、いざ留置場に入ったら、全部密輸金ですと言い切ってしまう。その事件は最後まで、大手の有名な会社ですが、そこまで全部密輸金として起訴されるんです。そして一定の段階に来て、みんなが、あれはうその自白でしたと言うわけです。結局、判決はうその自白だったということで無罪になって判決は確定しているんです。
 水原さんも確信があるのかもしれないけれども、私は刑事事件などは余りしていない弁護士です。それでも自分の目の当たりでうその自白がこのようにして、公然とさせられていく。その被告人に、ある程度親しくなる。お前何であのときあんなこと言うたんやと言うでしょう。その人は、先生、その話はせんといてくださいと言うんです。何で黙秘権というものが与えられ、無罪の推定まであり、何故これほど憲法上規定されているかというのは、もっともっと悲しい悲惨な事例の積み重ねがあったからなのです。だからこそ死刑の再審無罪事件が発生したりするんです。
 検察官の立場では分かりますよ。しかし同時に、相対立する弁護人の立場になれば、今おっしゃっていることは、全く架空にしか聞こえないところもあるんです。
 我々はこの中間報告の中で、一方に偏しないで、真実を発見し、しかも公正な手続が必要だということを言おうとしている趣旨ですから、そこだけは損なってしまうと、大変な過ちを犯す。だから私も、本件の場合に何とかして取調べに可視的な手続を入れることによって、少しでもそういうものをなくしていこうと言っているわけです。
 しかもそういう人たちは、私の体験した事件の場合は社会的に身分のある人でしょう。起訴されることによって新聞に載るでしょう。どれほど大きな被害を受けて、泣いて、そして無罪になるまでの間に何年間か時間が掛かっているんです。非常に痛ましい事件が、私のように余り刑事事件をしない弁護士でも如実に体験したことがあるんですから、その意味における権力に基づく捜査というものがいかなるものかを考えていただきたい。
 正直言って、その人は余り長いこと私と付き合いません。そういうこともあるんです。

【水原委員】捜査機関が権力を持っていることはまさに中坊委員のおっしゃるとおりです。そこで今日も検察官の在り方についていろいろ意見を述べたいと思っていますけれども、うその自白をさせるのが現実だと、これは一般だというふうに取られると、大変私は残念で仕方がありません。そういう例があったでしょう。また、現実にあったことは間違いございません。これは謙虚に反省しなければいけないところで、常にそういう事件が出たときには、内部でも極めて厳しく検討し、反省し、改善策を考えてきているところでございます。
 現実に私自身がうその自白をさせたことがございます。これは古い話でございますけれども、旅館を経営しているおかみさんが、旅館を担保に借金いたしました。その借金の返済ができなくなった。そこで若い愛人がいたんで、彼と一緒に共謀して、借金の返済をするからということで債権者をおびき出して、実印と登記済権利証を持って来させて、山中で愛人が債権者をバールで殴って、失神した被害者を、穴を掘って土の中に埋めたという事件です。
 ところが、息を吹き返して被害者が生還した。この二人はすぐ逮捕されまして、愛人はすぐに自白を始めました。その概要は、犯行現場まで、おかみさんに殺せと言われたということはなく、自動車がエンコしたから直そうと思ったら、そこへ被害者も一緒に出てきた、そうすると、おかみさんがバールを持ってきて、これでやれと言われました。そこで仕方なくバールで殴打して殺しました。そうすると、今度はおかみさんがスコップを持ってきて、ここを掘って埋めろと指示されたので、そのとおりにしました。これは全部おかみさんの指示でございまして、犯行現場でおかみさんから指示されるまでは債権者を殺害することは全く知りませんでした。これが詳細な調書になってできているわけです。私は、おかみさんが殺害については全く関与しておらず、車の中で震えていただけで、愛人がすべて一人でやったものですと否認していたため、15日目か16日目におかみさんを調べることになりました。
 それで調べまして、あなたがスコップでここを掘れと言ったんだろう。違います。本当は言ったんでしょうと何回かやっているうちに、私がスコップを渡しましたと自白したのです。だけれども、全くぴんと来ない。それを何度か繰り返しましたときに、あなたの言っていることは間違いない、信じよう、しかし、ほかに大きなことを隠しておりますねと言いましたら、20分くらい大声を出して泣き始めました。そして本当は何日も前から二人で、どういう方法で殺すかということを協議し、事前にスコップもバールも二人でそろえて、債権者をおびき出して殺害し、印鑑、権利証を取ったのですと自白しました。
 だから、仮に現場で愛人にここを掘れと言った旨の供述を取り、現場共謀の案件として起訴しても有罪になることは間違いないんですけれども、真相は明らかになりません。そのように、私はスコップを差し出してもいない被疑者に、差し出したと、虚偽の自白をさせた経験があるわけです。だけれども、それだけでとどまって良いかというと、警察官も検察官も、そんな自白の裏付けが取れないような調べはまずやっておりません。裏付けを取らなかったために、再審無罪になったり、あるいは一審無罪になったりした事件が出ております。裏付けのない自白は証拠にならないんですから。先ほどの事件に戻りますが、そこで自白に基づいて、被疑者の自宅を再度捜索したところ、強奪した実印は、被疑者宅の人形の袂の中に縫い込まれてあったし、凶器のバールは、たんすの一番下の引き出しの中から自白どおり全部出てきました。
 そういうことで、確かに権力の座にあるものが虚偽の自白をさせることはできます。できますけれども、真実の自白でなければ何の役にも立たないことはみんな分かって一生懸命に調べていることなんです。だから、中に虚偽自白を見抜けず起訴をしたという事案があったことは極めて申し訳ないし、遺憾そのものですけれども、多くの場合はそういうふうに真相を明らかにするために供述というものがいかに大事であるかということを申し上げておきます。

【髙木委員】水原さんの御苦労話もよく分かるわけですが、いろいろ遺憾なことがあったということも肯定された上でのお話ですが、そういうことがあったんなら、できるだけそういうことがないようにしましょうという知恵なり工夫は、当然考えられてしかるべきだと思います。法務省の方から3月27日付で出していただいた審議資料の5ページの一番上の方に、5行書いておられまして、書面を作成することによって記録の正確性、客観性を担保することができると考えると書いておられるんだけれども、これでは担保になりませんという疑念がどうしても残りますということを申し上げているんです。この記録はどなたがおつくりになるんですか。どなたがタイミングをそう大きく外さずに、正確な記録ですよということをチェックというか見られるんでしょうか。そのようなチェックや検証の過程なり手続、段取りがないまま、記録をつくればその記録は間違いないものだから信じろということになるんでしょうか。これで今まであった遺憾なことが本当に根絶できるんでしょうか。
 人間のことですから、100 %根絶ということはないのかもしれませんが、少しでもそういうことを捜査のやり方を改善していくことによって起こさないようにしていきましょうということなんで、中間報告に、記録の正確性、客観性が担保できるような制度的工夫と書いてあるんですが、これは工夫でも何でもなくて、記録をしますとだけ書いてある。これでは正確性、客観性が担保できるような制度的工夫についての回答になっていないと思っているんです。
 具体的にどういう方法がいいのかは、いろいろ御検討いただくということかもしれませんが、ここで調べられた本人の捺印などを取れと言っても、今の自白調書でもみんな捺印を押されているわけですから、留置場と取調室を往復する中で非常に過酷な調べを受ける過程のことですし、そういう意味では私は一番ビデオがいいんだと思うんですけれども、本人が撮られるのはいやだという人も中にはおるかもしれませんので、そういう人にまで強要する必要はないでしょう。
 現に捜査当局の皆さんも、自分たちの捜査の必要性か、あとの公判対策を考えてその必要性のためか、現に都合のいいときには、録音を取られたり、ビデオを撮られたりすることもあると聞いています。どのくらいの頻度であるのか知りませんが、少なくとも全くなくはないということも1、2聞いておりますんで、そういう意味ではこういうテクノロジーを使って何がいけないんだということです。
 イギリスの警察で使っておられる機器は日本製が非常に多いと聞いておりますが、機材はすぐ手配できると思います。文書で記録をとるということだけでは、そう進んだことにならないのではないかということを重ねて訴えたいと思います。

【藤田委員】四十数年前の司法修習生のとき、検察修習で被疑者の取調べというのを4か月間経験いたしました。そのときに、取調べというのは、検事と被疑者の人間と人間とのぶつかり合いであるということを痛感いたしました。3人組のすりが電車の中で現行犯逮捕されたんでありますが、20日間の勾留満期まで私が取り調べまして、3人とも全部否認でありました。否認のまま起訴せざるを得ないということで、指導検事の前へ持っていきましたら、そのうちの一人の被疑者を呼びまして取調べをしたところ、20分間で自白いたしました。現行犯逮捕ですから、勿論3人とも有罪になりましたし、私も被疑者たちが犯行を犯したことは間違いないと思うわけであります。
 一方、弁護士としては、特に刑事事件の経験は非常に乏しいんでありますが、1件経験いたしました。勾留中の被疑者に本当のことしか言っちゃいけないよと何度も言っておりましたら、20日の勾留満期のちょっと前に自白いたしました。被疑者からどうもすみせんと言われたんですけれども、どちらが真実だったのかは私にも分からないのであります。
 捜査の適正が争われたような場合、供述調書の証拠能力、特に信用すべき状況でされたかという特信性が争われたときに、それを検証する資料というものも、裁判所の立場にとっては必要なわけでありまして、そういう意味ではいろいろな方策が考えられるわけであります。
 取調べの可視化という御主張もありますし、先ほど井上委員が御紹介になったリアルタイムで捜査の実態、経過についての資料をつくるというやり方もある。
 いずれにしましても、そういうような捜査の適正を担保する、後になってそれを立証する資料をつくるということが必要なことは、大方の御意見の一致するところと思いますので、その具体的な方策について、どのような方策がいいかということは、理念的、実務的な観点からメリット、デメリットを検討して、具体化する中で決めるというのがよろしいのではないかと考えます。

【佐藤会長】まだ議論は続きそうな感じもありますけれども、途中ですが、3時10分までの休憩を挟んで、継続して議論していただきたいと思います。検察審査会のことも御議論いただかなければいけませんので、その辺もお含み置きいただきたいと思います。
 それでは、10分まで休憩といたします。

(休 憩)

【佐藤会長】それでは、時間も3時10分を過ぎましたので、再開させていただきます。先ほどの捜査・公判手続の在り方のところで、可視化の問題についていろいろ御議論いただいたわけでありますが、そのほかの問題もないかという気もしますのですけれども、いかがでしょうか。

【井上委員】議論が発展していっておりますので発言しにくいのですけれども、1点だけ付け加えさせていただきますと、それだけで十分かどうかという議論はあると思うのですけれども、記録をつくるということ自体、意味はかなりあるだろうと思っております。それは、今のように供述調書という形で残すということではなくて、取調べに関する外形的な事実を、事項を定めて記録させる。しかも、個人のメモとしてつくるというのではなくて、公文書としてつくらせて、それを後で手を加えたりできないように管理をきちんと分けるということをすれば、それだけでも相当の意味があるだろうと思うのです。
 実際イギリスなどでも、身柄管理の記録の一環として、そういうことをやっていると聞いています。取調べに当たっている捜査官とは別系統の部署できちんと管理するということです。そういうことが一つのアイデアとしてあり得るのではないか。少なくとも、まずその辺からやってみるということが必要なのではないかと思います。それで十分かどうかについては御議論があると思う。しかし、いろいろたくらめば不公正なことができるではないかといったことを言い出しますと、テープとかも完全に取っているのか、あるいは手を加えてないのかという議論は出てき得るわけで、そういう議論をし出したら切りがないと思うのです。
 もう一つは、取調べにおいて違法なことや不当なことが行われてはいけないのはもちろんですが、そうではない、許される範囲内で被疑者と人間的なラポールといいますか、そういうものをつくりながら、自白を追及するということでは必ずしもなく、本当のことを言ってもらおうとする。それが取調べの機能だと思うのですが、それが今の日本の刑事司法の中で、重要な意味を持っている。そうであるのに、その機能を阻害しないかというのが、恐らく水原委員が心配されていることだろうと思います。
 そういうこととの見合いで、取調べの適正さをチェックするために、どこまでの方法が必要なのか、また妥当なのか。そういう問題だろうと位置付けているのです。
 結論としては、少なくとも先ほどのようなところからやってみる意味があるし、必要だろうというふうに思っています。

【中坊委員】その適正捜査の関係で、まず別の視点からということですから、一言だけですけれども、前回も佐藤次長にも質問しましたように、勾留後の身柄を留置場に置いておくという代用監獄の問題ですね。これは、まさにこの司法制度改革審議会として、国家の制度としてここをどうあるべきかということから言えば、やはり国際人権規約からも指摘されているように、まさにおかしいということはもう世界で言われておることですから、正面から向き合わないといけない。しかもこの前聞けば、むしろ今は留置場の方がもういっぱいで困るぐらいだということは、やはり拘置所が非常に少ないということを意味しているわけです。そういう問題も、やはり国家の制度としては、世界的な水準から著しく劣っておるということで、これが予算という関係の中でそういうことが実現していない。それが冤罪を生む一つの大きな温床になっているというのは、これはまたあちこちで言われていることですから、そういう点についても我々審議会としても、今すぐどうするかこうするかは別問題として、やはり廃止の方向ということは打ち出していただくのが穏当ではないかというような感じがします。

【水原委員】新たな時代における捜査・公判手続の在り方で、いきなり可視化の問題のところへ飛んだんですけれども、この間佐藤次長のお話でもお分かりのように、今の日本の治安というのは相当危惧される状況にあると思います。外国人犯罪にしろ、言うならば外国人によるピッキングの問題でございましょうか、暴力団によるいろいろな各種不法行為、企業等による組織的な犯罪等々、組織ぐるみでやっておる事件、これが国民を非常に脅かしておるような事情があるだろうと思います。
 それに適切に対応し、真犯人を検挙し、そしてその犯罪の温床を根絶させるような捜査手法が、どういうふうな制度が日本には保障されているんだろうかと見ますと、外国に比べ極めてお粗末至極だと思います。
 先ほども申しましたように、外国ではおとり捜査が相当広範に行われておりますし、傍受も相当広範に行われております。それから、刑事免責制度は実施されておる等々でございますが、それを我が国と比較したならばどうだろうかというと、おとり捜査にしろ、傍受にしろ、これはもう極めて制限されたところでしか認められていない。
 諸外国においては、そういうことで得た証拠、要するに、捜査構造自体で自白を求めるような構造が設定されているわけですが、日本の場合には、そういうものがほとんど認められていない。そこで結局取調べ中心と言いましょうか、取調べが極めて重要な役割を果たしておる。
 片や、先ほども申しましたけれども、一般国民は治安維持への極めて強い要望がございますし、犯罪被害に遭った方々は、表に出てきたものだけじゃなくて、背後にあるものまで徹底的に処罰してほしいという願いがあります。例えば、数年前のオウムの事件にいたしましても、これは警察官と検察官の本当に心血を注いだ取調べの結果、証拠収集の結果、頂上まで突きとめて、現在裁判をやっているわけです。
 これを、表面的な外形的な事実だけで処理すればいいじゃないかと、人権保障の面から言うならそれだけでいいじゃないかと言うのならば、国民にはいろいろな国民があるわけで、被害者である国民、被疑者・被告人である国民、法廷に証人として出てくる国民、それから一般の国民、いろいろな形のものがいるわけでございまして、どの部分だけの者の人権を守ればいいということじゃなくて、全体的に見て安定した秩序の下で生活を享受したい。悪いことをやったならば、必ず検挙されるんだというような組織がなければいけないだろうなと思います。それから、悪いことをしたならば、表に出たものだけではなくて根絶するような、大本まで追及できるようなシステムというものをつくるべきだろうと思います。
 取調べ中心の捜査が駄目だとするならば、それに代わる捜査手法として、おとり捜査の拡充にしろ、刑事免責の問題にしろ、通信傍受の制度にしろ、これを積極的にやっていいかという問題を、本当に真剣に検討しなければならないだろうなと思っております。
 そうなりますと、すぐそういうものは許されないとなるんですけれども、それも駄目、それから調べもほどほどということになりますと、今度は何を変えてもらわなければいけないかといいますと、一般の国民が刑事司法に対する要望、これを変えていただかなければいけない。真相を明らかにして、真犯人を適切に処罰してほしいという国民の一般要望は下ろしていただかなければ、とてもじゃないけれども治安の維持にあたる者としては、耐え得られないことになるんではなかろうかという意味で、今、申し上げたことについて取り上げるか取り上げないかはともかくとして、やはり議論をしておかなければいけないものだと思っています。

【吉岡委員】おっしゃっていることは、大変よく分かるんですけれども、傍受とか、おとり捜査とか、その考え方と今おっしゃった取調べは、ちょっと次元が違うのではないかと思います。例えば、傍受の問題などですと、かなり幅広く傍受されるという恐れがあります。それは、企業秘密が漏れるということにもつながりますし、プライバシーが侵害されるということにもつながります。ですから、その辺のところは慎重に考えないと、大変な国民的な問題になるのではないかと思います。
 それは一応別にしまして、取調べを正確に、それで本当に自白させるためにはという、それは御経験から出ていることだろうと思いますが、ただ私ども実際に体験したいろいろな人からも話を伺っています。
 本当に女性にとっては大変重要な問題に痴漢があります。殺人とかそういう問題からすれば軽い問題になるとは思いますが、最近痴漢で逮捕されるという方がとても増えてきました。痴漢の問題が今、社会的に問題だということは確かなことなのですが、痴漢に間違えられて逮捕されてしまった。その人が、警察で取調べを受ける。その場合に、取調べをする担当者が被疑者に対してどういうことを言うかというと、痴漢を認めて、5万円払えばすぐ帰してやる、自白しなかったら、20日間勾留するというようなことをおっしゃる。これは私、一人の人ではなくてほかの方からも聞いているのですけど、そういうふうに言われたときに、一般的には会社に勤めている人が多いので、20日間、あるいは10日間も警察につかまったままになっているとなると、このリストラの時代にすごく自分の身が危ないということがあるので、では5万円で逃げてしまおうかと、実際には自分はやっていないんだけれども、そうしようかという誘惑に駆られるということをおっしゃる方もいます。頑張った方の中には、自分が痴漢だということを、自分の子供たちに信じさせるような結果は嫌だと、だから、やってないんだから最後まで頑張るということで頑張っているという人もいます。
 ですから、一概に逮捕された被疑者が有罪とは限らない。有罪と思われていても無罪の方もいらっしゃる。そういう中で、どういう取調べがされたのかというときに、やはりかなり無理な取調べをしたということを、私たちは聞くことが多いのですが、そうではなくて正当な取調べをしているということであれば、可視化していくということは非常に意味があることだと思うのです。可視化するようにしたからといって、その取調べのビデオをだれでも見られるということにはならないのではないかと思います。やはり関係者が見るということになると思いますから、そういう意味では人権の問題を考えても、可視化の問題というのは看過できる問題ではないと私は考えております。

【山本委員】盗聴だとか、おとり捜査だとか、司法取引だとかという、言わば荒っぽい捜査方法というのは、これからも日本の司法には取り入れるべきではないと思います。したがって、水原先生がおっしゃるように取調べが大事なわけですから、可視化に関しても吉岡さんと私はちょっと違っていて、やはり取調過程にビデオが入ったり、立会人が入ったりすると、確かに取調官と被疑者との人間関係ができにくいとか、そういうこともあると思うんです。
 しかしながら、今のままでいいんだろうかという疑問は私も持っておりまして、そういった意味で法務省が出された記録をきちんとしておくというのは、一つのアイデアだと思うんですが、さっき髙木さんが問題提起された、記録の客観性、あるいは正確性を担保するということは大事なことですね。しかし、せっかく記録を取るんだったら、何かその記録が機能するようなことをやはり考える必要があるんじゃないかというのを、さっきから考えているんですけれども、ちょっとテクニカルな部分がよく分からないので、軽々にこうしたらいいというアイデアを出せないんですけれども、是非そういったことも考えていただければいいんではないかなという気がしております。

【中坊委員】私は、ちょっと視点は違うんですけれども、やはり新しいおとり捜査とか、いろんな話にいく前に、本来の王道である捜査能力をもっとアップするということが今、一番、検察官を含め、この前出た警察官を含め、極めて重要なことだという指摘を、我々が今しないといけない。
 私の担当しました、御承知のように豊田商事の事件にしても、何万人、何千億という被害が発生して、詐欺商法で民事で訴えられて、その後破産宣告になってやっと捜査・起訴でしょう。4年間それが放置されておる。そのために、あれだけ多くの被害者が発生して、警察に持っていっても、それは民事問題だからといって介入しない。検察庁にたまに行っても、全部不起訴です。一件も起訴もしない。そういうような状況の中において、あの豊田商事という大変な、何万人という被害者が出て、何千億という被害が、しかもお年寄りに発生していたわけです。だから、本来まさに捜査というのは、構造的な問題なんだから、ちゃんと調べればできるものが結局はされないまま、小手先だけでやってきた結果、大きな問題も呼んでいるんだから、私はやはりまず何はともあれ、我々審議会としては、検察官、警察官を含め、捜査能力というものについてもっと真剣に考えて努力していただくということが、今、最も求められるということは一言言っておく必要があると思います。

【佐藤会長】今の点は、後で検察官制度の在り方のところで御議論いただきたいと思っております。まさにおっしゃるとおりだと私も思います。
 井上委員どうぞ。

【井上委員】山本委員に対するお答えとして、供述の証拠能力、任意性等が争われたときに、今のままですと、外形的な事実としてどういうことがあったかというのも水掛け論になることが多いのです。この点で、裁判所の方では、公判で争いになったときに、留置場から被疑者を取調室に移したのが何時で、戻ったのが何時で、取調べが始まったのが何時で、だれが調べて、だれが立ち会って、何について調べて、否認なのか自白なのかと、そういったことを一覧にして提出するよう、事後的に検察官に求めるというやり方をしたこともあるのですが、そういう事後的な形ではなくて、リアルタイムで記録したのをきちんと保管しておくということにすれば、少なくともそこのところは客観化される。それすら信用できないと言い出したらおしまいなのですけれども、少なくとも任意性を調べる際の一つの重要な資料にはなるだろう、そういう機能はするだろうと思われるのです。

【山本委員】被疑者に対して、苛烈な捜査が全く起こらないようにということで今、議論しているわけですね。ですから、事後的な話ではなくて、せっかくリアルタイムで記録するんなら、これを現在進行形の形で使えないかということです。

【井上委員】そこは、捜査というのは密行的に、捜査の秘密を保ちながらやっていかないといけないという要請がもう一方にあるものですから、それとの見合いで、どこまで同時的にチェックできるかというと、なかなか難しいと思いますね。

【佐藤会長】検察審査会の制度について、ちょっと御議論いただきたいので。今の議論についてここでまとめるのは難しいんですけれども、ビデオ撮りもという強い御主張もございましたけれども、先ほど来の御議論を伺っていますと、被疑者公的弁護制度、あるいは接見交通の拡充というコンテクストの中で、記録をリアルタイムでつくっていく、公文書としてつくって、そしてその管理も、井上委員は別系統でというようなことをおっしゃいましたけれども、その管理の仕方もきちっとする、という点については、皆さんは大体一致していらっしゃる。ただ、それ以上にビデオを撮るかどうかという点については、今日この段階ではちょっと。

【髙木委員】ビデオを私は撮ってほしいなと思いますが、少なくともここにあります記録の正確性、客観性を担保することができるという観点から、単にリアルタイムの記録、これはもう疑えば切りがないと言えばそのとおりなんですけれども、逆にそういうことで自白の信用性、あるいは特信性について争いが起きるような、いろんな過去の事件等を見てみましたときにも、そういったものが本当に客観的、正確に記録され、その記録自体がまた争いの種になるということにならない歯止めはやはりしておかなきゃ、何のための議論だったんだということになりかねないんじゃないかなと思います。

【佐藤会長】それについては、公文書としてきちっとつくる、更にその管理の仕方についてもっといろいろ工夫の余地があるんじゃないかということなんです。これも客観性を担保するための一つの方法なんだろうと思うんです。それを越えて更に、ビデオまでやらないと本当にどうなのかということについては、今日この時点ではそこまでやるべきだというのは少し難しいんじゃないかということを申し上げたんです。客観性を担保しなきゃいけないというところは、まさにそのとおりで。

【髙木委員】それは是非、最終意見でそういう客観性をどうやって担保するのか、正確性をどうやって担保するのかという、工夫が必要だということは入れていただくべきじゃないかと思います。

【佐藤会長】そこは、最終意見で。

【中坊委員】それから、さっきも言ったように留置の在り方、身柄の留置の在り方の制度そのものが、物的設備そのものの問題もあるわけですから、そういうところも含めてまとめていただいた方がいいと思います。

【佐藤会長】そうですね。それから、新しい捜査方法の問題も、水原委員の方から御提案があったわけですけれども、その点についてもまさに中坊委員がさっきおっしゃったように、捜査能力をアップするという観点から、まず考えるべき大きな問題があるんじゃないかということで、そこのところは検察官の増員問題などに関連付けて最後のところで少し御議論いただきたいというふうに思っております。

【中坊委員】私の意見は、身柄を留置する設備、施設、その問題もやはり我々の視野には入れておく必要もあると思うんです。

【佐藤会長】はい、そうですね。どうもありがとうございました。そうしたら、次にさっきから申しております検察審査会制度について、少し御議論をいただきたいと思います。法曹三者からレポートを出していただいたわけですけれども、それの比較を一覧表でまとめたのがお手元にあると思うんですが、恐縮ですけれども、井上委員、簡単に御説明していただけますか。

【井上委員】もう時間がありませんので、ごく手短に御説明申し上げます。御説明申し上げると言いましても、これは私がつくったものではないのですけれども、一番左の欄に主な項目が掲げられてありまして、それに対応して法務省、最高裁、日弁連が、それぞれどういう意見を持っておられるかということを並べたものであるというふうに理解しております。
 まず審査会の組織につきましては、三者とも恐らく現行のものを基本にして考えていくという姿勢なのかなと思うのですが、配置につきましては、最高裁の意見で、都市部と地方とで事件負担にアンバランスが生じているので、その実態に合ったように見直すべきだということが述べられております。
 次に審理手続の在り方につきましては、三者とも共通しているのは、検察官が不起訴理由を明示したり、いろいろ説明をするということが必要だろうということです。それを義務ととらえるのか、さらには権利というふうにとらえるのかというところで、多少の違いがありますが。
 もう一つは、検察審査会が起訴相当というようなことを言った場合に訴追の対象になるであろう被疑者についても、参加をさせて意見を述べさせる。陳述するということを認めたらどうかということが、日弁連の意見にも最高裁の意見にも書かれております。
 さらに、審理の申立てをする申立人、職権で取り上げる場合もあるのですが、大抵の場合は申立てによりますので、その申立人を参加させるべきかどうか、それを権利として保障するのかどうかというところでは、日弁連が出頭陳述権という形で明示しておりますが、他の二者は、その点については特に言及はないようです。
 もう一つ共通しておりますのは、どういう人をこれに当てるかは別として、検察審査会の審理にアドバイスをする、法律的な観点からアドバイスをするアドバイザーを付けるべきだということです。
 その次の項目は、どういう議決に拘束力を与えるのかということでして、現行の制度では2種類あるわけでして、起訴相当、つまり、この事件は起訴すべきだという強い意見につきましては、三者とも、それに拘束力を認めるべきだという点で共通しておりますが、不起訴不当という議決については、最高裁だけが、全員一致の場合という条件付きですけれども、それにも拘束力を認めるべきだという意見になっております。ちょっと解説しますと、起訴相当というのは非常に積極的な結論でして、法律上も11人のうちの8人以上の賛成が必要だということになっているのに対して、不起訴不当というのは、不起訴というのはちょっと妥当ではないのではないか、もう一回調べ直してくださいというような趣旨のものだというふうに理解されておりますが、これについては過半数で決議ができるということになっています。
 その次の公訴提起・訴訟追行の主体につきましては、拘束力を認めた場合に、どういう形で公判に事件が持ち出されていくのか、特にその場合に訴訟を追行していくのはだれなのかということでして、ここのところは意見が分かれていまして、法務省の意見では、現在の付審判請求事件、公務員の職権濫用罪などの場合がそうですが、裁判所が審理をして、これは公判に付すべき事件であると認めた場合には、検察官による公訴提起と同等の効力が生じて公判が開始され、その場合には、弁護士の中から検察官役を指定して、検察官役をやってもらうという制度になっているのですけれど、それと同じように指定弁護士や、あるいはさっき出てきましたアドバイザーにやってもらったらどうかということをも考慮しつつ、検討が必要だという、ちょっと含みのある表現になっております。それに対して、最高裁も日弁連も、基本的には、公訴権者である検察官が訴追を担当するのが本来の在り方であり、それで基本的にはやるべきだろうという御意見です。ただ、日弁連の意見では、多少留保がありまして、さっき触れた付審判請求の手続(準起訴手続)の場合との整合性ということを考えられたのではないかと思うのですが、そういう事件に限っては指定弁護士、それ以外の場合は検察官が行うべきだとされています。
 最後の「その他」のところでは、対象とする事件、どういう事件についての議決に拘束力を認めるのかということですが、ここは法務省だけが意見を述べられていまして、一定の事件については除外すべきではないかとされています。一つは専門性の高い事件、もう一つは審査員に不当な害が及ぶ恐れのある事件といったものを例示として挙げていまして、そういうものを中心に一定の事件の場合には例外とすべきではないかということが述べられております。
 以上です。

【佐藤会長】どうもありがとうございました。拘束力を持たせるべきだという点では、いわゆる法曹三者も共通なわけですが、今、井上委員からお話しいただいたように、細部には少し違うような感じのところもありますけれども、大きな方向は共通のものだという感じがするんですが、御議論賜りたいと思います。藤田委員どうぞ。

【藤田委員】会長のおっしゃるとおりだと思うんですが、最高裁への質問ですけれども、全員一致で不起訴不当の議決がされた場合に一定の拘束力を認めるということですけれども、不起訴不当の議決は、先ほど井上委員が言われたように、現段階において不起訴にするのは不当で、更に捜査を尽くした上で不起訴・起訴を決めるべきだという趣旨だと思うんですけれども、これに拘束力を認めるとすると、具体的にはどういうような拘束力を考えているんでしょうか。

【最高裁(合田第一課長) お答え申し上げます。ここで、私どもが議決の拘束力を認める範囲につきまして、不起訴不当の議決の場合、全員一致の場合と言っておりますけれども、これを含めた趣旨は、これは一つの案としてこういうことも考えられるということで言っているわけでございますけれども、現実に起訴相当の議決がなされる件数が、どのぐらいあるのかということを見てみますと、この10年間を見ましても、全く起訴相当の議決のなかった年が2年ございまして、あとそのほかの年で見ましても、多い年が7件、1件の年も3年ありまして、直前の平成12年は全国で起訴相当は3件であるという実情でございます。そうなりますと議決の拘束力をどの程度の範囲まで認めるのかということを考えるときに、起訴相当の議決ではやや件数が少ないのかなというようなところがありまして、全員一致で不起訴不当という場合は、確かに補充捜査を必要としているわけでございますけれども、補充捜査をした上で起訴ということも考えてみる余地もあるのではなかろうかと、そういった御意見と理解してもよろしいのかなという意味で、その辺まで含めるということも一つの案としては考えられるのではなかろうかという意味で述べさせていただいたものでございます。
 したがいまして、この議決がなされた場合に、その後に検察庁で補充捜査を行った上で起訴をしていくということを考えておりまして、補充捜査の存在はやはり前提となっておるわけでございます。

【藤田委員】補充捜査をすべきであるという拘束力を認めるということですね。

【最高裁(合田第一課長) そういう形にいくのか、起訴のところまでいくのかというのは、確かに起訴相当と不起訴不当は性質が違うということは、御指摘のとおりだと思いますので、そこは今後もう少しよく考えてみないといけないと思っておりますけれども、今のところは起訴の方向でということを考えております。

【井上委員】そこは今の制度においても、過半数による不起訴不当の決定であっても、検察庁ではそれを尊重し、別の検察官に事件を割り当てて再捜査なり再検討するということになっていますから、必要ならば補充捜査は当然やるわけで、それ以上に強い形で義務付けるという場合、どういうことが内容となるのか、ちょっと私にはよく分かりません。それに、補充捜査を義務付けた上で起訴も義務付けるというのは矛盾していて、補充捜査をした結果、嫌疑が更に晴れるということもあり得るので、そこが構成として難しいかなという感じがするのですけれども。

【最高裁(合田第一課長) その点は、性質の違いがあるということは御指摘のとおりでございますし、確かに捜査した結果どうなるかというところは、また選択肢は二つに分かれるのではないかというところはあろうかと思いますが、やはり起訴相当の件数を考えますと、ほかの場合も考え得るのかなという意味で書かせていただいたということでございます。

【井上委員】起訴相当というのが少ないというのは、いろんな理由があると思うのです。もともと事件の性質上そういうもので、なかなか相当とまでは言いにくい、自信を持てないので、全員一致であってももう一度調べ直してくれとまでしか言えないということなのか、それとも、検察審査会の手続自体で補充的な調べが十分できるというものではないので、自分たちは疑問と思うのだけれども、独自にはできないということからそうなっているのかですね。
 もし後者なら、その辺は合理的な手続に変えていくということが必要だと思うのですけれども、そうではなくて、前者であるとすれば、少ないのは当たり前で、それはそれでしようがないのではないかなと思われるのです。

【竹下会長代理】もう皆さんがおっしゃっておられるように、ほとんど基本的なところは意見の違いがないようですので、ちょっと細かいところで3点ばかり申し上げたいと思うのです。
 一つは、日本弁護士連合会の案にある、この申立人の出頭陳述権という点なのですが、この場合の申立人は、必ずしも犯罪被害者とイコールではないとは思うのですけれども、やはり被害者の場合が多いのではないかと考えられます。本日も犯罪被害者の会から意見が出ておりますが、本筋から言うと、検察審査会の手続というよりは、本来の刑事裁判手続、刑事訴訟手続で犯罪被害者をどう手続上の地位に位置付けるかという問題かと思いますけれども、当面この検察審査会での審査の問題についても、やはりこういう出頭陳述権ぐらいのものを認める方が適当なのではないかと思います。それが一つです。
 2番目は、起訴相当の議決に拘束力を認めるとした場合の、公訴の追行権者でございますが、検察官は起訴相当ではないと判断したのを、検察審査会の方で起訴相当だから訴追せよということにするので、やはりこの訴訟追行は検察官というのは少し無理なのではないか、それからまた検察審査会側としても、検察官がやったのでは果たして本当に熱心にやってくれるのかという疑義を生ずる恐れがあるのではないかと思います。
 確かに、捜査権を持っているわけではないので、検察審査会の方で実際の訴追者を決めるというのは難しいと思いますけれども、先ほど井上委員から説明がありました付審判手続あるいは準起訴手続と呼ばれる一つ類似のモデルがございますので、そういう仕組みの方がよろしいのではないかと思います。
 第3点は、審査対象で、法務省の意見についてだけ挙がっているのですが、全体の数が先ほどの最高裁の方の御説明ですと、多くて1年に7件というので、更にそれを絞るというのはどうかという気はいたしますが、もともとこの検察審査会の制度というのは、アメリカの大陪審の制度の効力を弱めて日本に取り入れたと言われているわけでありまして、この起訴相当の議決に拘束力を認めるというと、起訴する方向についてだけですけれども、大陪審に近い機能を果たすことになるわけです。そうすると、アメリカの場合でも、恐らくすべての事件について大陪審が認められているわけではなく、やはり重大な犯罪が中心になってくるのではないか。我々の裁判員制度の方も重大な犯罪を対象にして、そこから始めてみようということにしましたので、こちらの方もそういう考え方もあり得るのではないか。私は、1年に7件というのを更に絞るのがよいかどうかということになると、それがよいと断定的に申し上げるほどの材料はないのですけれども、要するに物の考え方としては、一応拘束力を認める対象事件というものを、どの範囲に考えるかということもやはり検討はしておいてもよいのではないかと思います。
 以上です。

【藤田委員】今の申立人の出頭陳述権の点ですが、理念としては会長代理のおっしゃるとおりだと思うんですけれども、実際の事例を見ますと、かなり申立権の濫用に近いようなものもありまして、私も民事上の和解で、特別公務員職権濫用で告訴されて、不起訴になりましたけれども、審査の申立てをされたことがございます。これは身の不徳のいたすところかもしれませんけれども、そういう気に入らない裁判をされたということで、審査申立をするという事例もあります。弁護士の懲戒請求もそういう事例が非常に多いんですけれども、そういう濫用の事例があります。
 また、一つの政治的な事件ではありましたけれども、集団で申立てをされて、東京には検察審査会が第一と第二と二つあるんですけれども、一度に何百件という事件が係属したというようなこともございまして、原則的には出頭陳述権を保障するのは結構なんですけれども、濫用とか、あるいは集団的な事件で全員を調べなければいけないということになると、検察審査員の負担ということもありますので、全員が出頭陳述の必要がないという判断をした場合は除くというような除外規定を設けておいていただいたらどうかなというようなことが考えられます。
 だれが公訴を追行するかという点ですが、検察官の起訴猶予の基準を緩めるか緩めないかというのは、大きな問題でありますが、私はもうちょっと緩めてもいいんじゃないかなという感じを持っております。それを前提にいたしますと、別に無罪判決が出たからって検察官の不名誉ということではないわけでありますから、そういう意味で検察官が追行するというようなことでもいいのではないかというような気がいたします。

【水原委員 検察審査会の議決に拘束力を認めること、これは私も異存ございませんけれども、その大前提は、審査機能の充実が一番大事ではなかろうかという気がいたします。ここにいろいろな御意見が出ております。リーガルアドバイザーの配置だとか、そこでやはり、今のやり方ではなくて相当しっかりした審査をやる必要があるだろうと思います。その審査の方法として日弁連からはいろんな権限の付与の問題がございましたけれども、これはやはり審査会でだれを呼ぶかということを慎重に決めてやるべき事柄ではなかろうかという気がいたします。
 訴訟追行の主体でございますけれども、これは私は竹下代理の考えと同じでございまして、Aという検察官が不起訴にしたものを、Bという検察官が割当てを受けて訴訟追行に当たることになったとしても、客観的に見て本当に一生懸命にやってくれるのかなという懸念がなきにしもあらずという気がいたしますので、これはもう少し違ったところで訴訟追行をすることがいいのではなかろうかと思います。それではどこにするかということについては、もう少し検討していただきたいと思います。
 審査対象事件でございますけれども、これは今は拘束力を認める審査対象事件というのは非常に少ないかも分かりませんが、審査の充実・強化をしてきますと、現在の起訴相当数程度に止まるだろうか、やはり相当増えていく可能性もなきにしもあらずという気もいたしますし、それらを考えてみますと、今、全部についてやれるんだということを決めてしまうのではなくて、もう少しゆとりを持ったことを考えておくべきではなかろうかと思います。やはり議決に拘束力を認めるとなりますと、全部が全部というふうなことでいいのかなという気がいたしますので、その辺りは慎重に、もう少し幅を持った検討をお願いしたいと思います。

【佐藤会長】先ほど藤田委員の方から東京には二つあるということが指摘され、最高裁から出されたペーパーの中に、3ページでしたか、大都市の審査会は、年間60件から90件の事件を受理していて、なかなか時間が掛かって大変なんだという御指摘がありますけれども、今、水原委員がおっしゃったように、件数が更に増えてくる可能性もありますね。

【藤田委員】世論調査をしたことがあるんですが、まだ余り制度として知られていないということもあるようでして、日航機が御巣鷹山で墜落して、業務上過失致死傷が不起訴になった事件について審査申立が出ました。それが新聞で報道されたもんですから、認識率がぽんと上がったということがあったんですけれども、裁判所もいろいろ努力はしておりまして、私がかつて仙台にいたときは、仙台の検審局長は仙台駅でビラを配ったということがありました。ちょっとやり過ぎじゃないかという話もありましたけれども、私はその熱意は買うと言ったんですが、そういう努力はしておりますけれども、地方に行って事件が少ないというのは、やはりそういう認識率の関係もあるのかなと思います。

【髙木委員】日弁連の方にお尋ねしたいんですが、最高裁の方は不起訴不当で、例えば、検察審査員全員一致で出したときに、こういったものも対象に考えたらどうかということも言っておられますが、日弁連の方は起訴相当の議決のみだと言っておられます。その要件は3分の2以上だというんですが、不起訴不当にも3分の2以上、あるいは全員で不起訴不当なんていう判断をされてくるケースだってあるんだろうと思うんですが、その辺はどんなふうに日弁連ではお考えになってこういうふうにされたんですか。

【日弁連(浦刑事弁護センター委員長) お答えいたします。日弁連の方も、この不起訴不当の議決については更に検察官の捜査をしていただくということから、この段階で拘束力とまではちょっと難しいのではないか、起訴相当の議決であれば拘束力を付与することは可能であっても、ちょっと不起訴不当というところでは、やや困難があるのではないかというふうなところで、こういう起訴相当の議決には法的拘束力を付与するという結論に至っております。
 なお、現在もこの検察審査会の制度については、どういうふうにするかというのは弁護士会内部でも検討しておるところでありますので、御指摘の点については今後も検討させていただきたいと思います。

【水原委員】法務省に伺いたんですが、起訴相当の議決の場合は拘束力を認めると、起訴相当の議決の数は、数と言いましょうか、これは全員一致ということですか。

【法務省(林官房付) この点は、現行の制度を一応前提として、起訴相当というのが11分の8でございますけれども、それを前提として考えました。

【水原委員】11分の8以上ということですか。

【井上委員】今でも3分の2を超えているのです。

【水原委員】先ほど私言おうとしましたけれども、やはり拘束力を与える案件は起訴相当の案件に絞るべきだと思います。

【井上委員】別のことですが、私は日弁連のペーパーを拝見して、ちょっと意外だと思ったのは、訴訟追行のところです。指定弁護士とされるのかと思っていたら、職権濫用事件等を除いて検察官がやるべきだということになっているわけですが、その理由がよく分からない。弁護士さんがやるのは負担だということなのでしょうか。年7件くらいだと、そんなに負担ではないと思うのですけれども。

【日弁連(浦委員長)】一つは、職権濫用罪というふうなものであれば、問題なく弁護士が訴訟を追行することが可能なのでしょうけれども、検察審査会を経て起訴される事案というのは、業務上過失致死罪といった一般事件が中心になっておる可能性もありますので、それを弁護士が訴訟を追行するのはいかがなものかという議論もございました。ただ、これも先ほど申しましたように、現在なお検討しておるところでありまして、むしろもう起訴相当事案については弁護士が訴訟の追行をするというふうなことでもいいのではないかという意見も出ておりますので、この点は今、検討中ということで御理解いただきたいと思います。

【井上委員】その「いかがなものか」ということの中身は何なのですか。

【日弁連(浦委員長) 弁護士の被疑者・被告人を弁護するという立場もございますので、それからするとなかなか難しいのではないかという議論は当時ございました。

【藤田委員】最高裁は不起訴不当の議決に拘束力を認めると言われますが、起訴相当の議決が非常に少ないということ、これはそのとおりなんですけれども、実際の現場の雰囲気というのを考えますと、本当は起訴相当なんだけれども、一応検察官の判断を尊重して、それで不起訴不当にして戻すというようなケースもかなりあると思うんです。ですから、制度を変えて起訴相当の議決には起訴義務を課するということになれば、ある程度不起訴不当から起訴相当へ移る事件もあるんではなかろうかと思います。
 一方において、不起訴不当という議決の趣旨は皆さんがおっしゃるとおりでありますので、それについて補充捜査の義務付けをするというのもちょっと問題がありますし、いかがかなという気がいたします。

【髙木委員】日弁連さんにお尋ねしたのは、今、藤田さんが言われたような、例えば、不起訴不当も、全員の方がおかしいな、これ起訴した方がいいんじゃないのというふうに思われるような事件、その裏返しではありますが、起訴相当と準じた感覚のものもあるのではないのかと思われます。なのに片一方しか書いていないのはどういうことなんだという意味でお尋ねしたんですけれども。

【竹下会長代理】恐らく、全員一致で不起訴不当という議決がされるような事件は、むしろ起訴相当の議決になるのではないですか。

【井上委員】逆もあるのではないでしょうか。非常に強い効果を持つので、そのような決定をすることを逡巡してしまうということもあると思います。これは、やってみないと分からないですね。

【中坊委員】おっしゃるように、検察審査会の起訴相当の意見に強制力を持たせるというのは、コペルニクス的な発想だし、またこれから変わってくると思うんです。だから、今までの資料が全部このすべてを前提ということにはならない。非常に重要な要素を、国民の参加という立場からこれを取り上げているわけですから、これからの問題ですから、余りこれはこうだと細かく考えないで、もう少し大体の方向付けだけを我々で決めた方がよい、予測してやるにしては、余りにも大きな改革をするわけですから、その点はやはりもう少し大らかに考えてやっていった方がいいんじゃないですか。

【佐藤会長】そうしたら、起訴相当ということについては、法的拘束力があるとする。それで全員一致か3分の2なのか、今は11分の8ですけれども、この辺は今日決め打ちにしなくてもよろしいかと思います。
 不起訴不当については、さっきから出ていますように、少し法的な意味がはっきりしないところもあるんで、なお考えるということぐらいでしょうか。
 そして、リーガルアドバイザーの配置だとか、申立人の出頭陳述権をどうするかとか、あるいは審査の対象をどうするかとか、制度設計に当たってはなおいろいろ考えるべきところはあるかもしれませんけれども、大きな方向としては起訴相当については法的拘束力を持たせるということで、今日のところのまとめでよろしいでしょうか。 (「はい」と声あり)

【佐藤会長】どうもありがとうございました。
 刑事司法の在り方については、まだ議論すればいろいろあるかと思いますけれども、時間の関係もありますので、この程度にしたいと思います。今日あえて取りまとめはいたしませんけれども、大体の方向は見えてきているんではないかという感じがいたします。どうもありがとうございました。
 さっき申し上げたように、最後に検察官の在り方につきまして、御意見をちょうだいしたいと思います。この検察官の在り方につきましては、既に法務省の但木官房長から、福岡事件に関する御報告をお聞きした際に、何点かお話がありました。
 それからまた、53回会議における警察庁佐藤次長からのお話の際にも、これに関する言及がありましたので、これらを事務局で整理していただきました。お手元に2枚の紙があると思いますけれども、これを御参考にして御議論いただければというように思います。佐藤次長の発言要旨ですが、警察取扱いの事件の受入れのための検察庁の体制の充実強化というようなことが言われております。そして、福岡の件に関しましての但木官房長の取りまとめ、調査結果についての抜粋がございます。ちょっとお読みいただきながら、お気付きの点、御意見をちょうだいしたいと思います。
 では、水原委員どうぞ。

【水原委員】もう、検察を去って8年有余になりますので、現在の検察の実情について、つぶさに承知しているわけじゃございませんが、そういうことを前提にして、意見を述べさせていただきたいと思います。
 裁判官の在り方につきましては、昨年の夏の集中審議において、私たちはまず、望まれる裁判官像はどういったものかというところから出発して議論を重ねてまいりました。かなりの到達点に達したように私は考えております。
 検察官の在り方を議論する場合にも、まず考えなければいけないことは、求められる検察官像というのは、どういうものだろうかということを考えるべきだと思います。公益の代表者として適切に、ここは刑罰権を行使するために必要な法律知識だとか、事案の真相を見抜く洞察力、健全な常識、先端分野にも対応できる知識能力を高めるという技術的な側面は当然のことでありますけれども、なかんずく先ほど中坊委員からの御指摘がありましたように、捜査能力がどの程度なのかということも、ここで考えなければならないと思います。
 そういうことを考えると同時に、検察官の人間的な側面について私の気の付いたところを申し上げますと、やはり罪を憎んで、人を憎まずという人間性、それから、真実を追及、発見しようとする強い情熱、自分に与えられている権力の大きさ、あたかも自分自身が偉いものであるかのような錯覚を持ちやすいので、錯覚を持たずに常に自己反省を行うという謙虚さ、こういうことが、どうしても必要ではなかろうかという気がいたします。
 私がよく自分に言い聞かせたことは、我以外皆我が師なんだと。被疑者も被告人も自分の先生なんだと。参考人は勿論のこと、それから一般の方々は勿論のこと、それから弁護士さん、裁判官、すべて先生なんだと。そこから教えてもらおうという気持ちでなければならないということを自分に言い聞かせました。
 もう一つは、そういう気持ちはエンドレスに持たなければいけないということを思っております。無上であると、上がないんだというふうに自分自身で言い聞かせてまいりました。しかし、凡夫の私は十分なことができていないことを、毎朝、毎晩のように反省いたしております。
 もう一つは、私は語学が全くの不得手でございますが、中学で教わった基本的な英語で、理解するということは何かと言いますと、アンダー・スタンド、すなわち下に立つ。アッパー・スタンドでないということは私自身に常に言い聞かせております。これは、やはり権力の座にある者は、常に上から人を見るのではなくて、相手を理解するためには下に立って物を見なければいけないと、これが謙虚さにつながるのではなかろうかというふうに自分自身を戒めてまいりましたし、後輩に対しても、口が酸っぱくなるぐらい言い続けてまいりましたし、今も言い続けております。
 これらを踏まえて、今の検察官がどうなのか。若手検察官のみならず、それらを指導する立場にある幹部検察官自身がどうなのだろうかということを、十分現状認識しなければならない。その上でこれに対する対応策を考える必要があろうと。
 これは、先ほども申しますように、私は検察を離れてもう8年以上になりますので、どういうことなのかよく分かりませんが、巷間いろいろ言われるうわさが耳に入ってくるところを見ますと、やはり権力の座にある意識が強く出ている。謙虚さに欠けるところがある。自己研さんに欠けるところがある。それから温かみに欠ける面もある。呼出しをしておって待たしても平気な検事もいる。警察や、そのほか一般捜査関係機関から事件の相談を受けたときに、佐藤次長のお話にもいみじくも出てまいりましたけれども、手持ちの事件が多いから、今受けるわけにはいかん。これは、そういう機関を上から見ているという証拠ではなかろうか。自分の能力不足を棚に上げて、十分証拠が収集されていないから受けるわけにはいかないんだとも言う場合があったとしたら論外です。
 ところが、そういう第一次捜査機関というのは、検察官と違って、検察官は何といったって司法試験に受かって、基礎的な法律の素養がしっかりしておるし、それから上司による指導、訓練も十分受けてきている。もし、警察官が検察官と同じ程度の捜査能力、法律知識を持っておるとするならば、その警察官はとっくに警察官を辞めて検察官になっているんじゃなかろうかという気持ちを持たないといけないだろう。そういう問題がございますし、現場の一線の若手検察官がそういうことをやっていることを、監督すべき上司がどれぐらい実情を把握しているんだろうか。どういう調べをし、どういう公判をやり、どういうふうに関係人との接遇をしているのかということを、監督者は十分見ているんだろうかと。もし、見聞しているとするならば、問題は、後進の指導育成に際し、どういうふうな対策を打ち立てているだろうかということを考えてみますと、大変私は、やはりじくじたるものがあるような感じがいたします。
 そういうことを言いますと、今の検察の後輩から現場を知らずに何を言うのかという大変なおしかりを受けるかも分かりませんけれども、いみじくも、この間但木官房長が指摘されました検察の反省すべき点、それから、説明された3点の自己改革の方向、これにつきましては、かねて私は申してきたところでありまして、軌を一にするところでございまして、我が意を得たりという気持ちでございます。
 確かに検察官の場合は、日ごろから事件捜査を中心に関係者と接する機会が非常に多うございます。したがって、考え方次第では、社会の裏の面を本当に見ようと思うならば、見る目ができましょうし、それから、人の心を見抜く力も出てまいりましょう。また、先輩、上司からの指導、監督というものが厳しく行われるならば、私の経験からするならば、河井信太郎さんという方から非常に貴重なものの見方、人間の心理、こういうものを教わって、啓発されたことがございますので、検察官の場合は、謙虚に人から教わる気持ちさえ持てば他の法曹よりは非常に学ぶところが多くあるのではなかろうかと思います。
 しかし、やはり検察官も一組織、殊に強大な権力を持つ組織の中にどっぷりとつかっていますと、つい謙虚さを忘れがちです。組織のものの見方というものから、なかなか離れられないというのも事実でございましょう。常に訴追側にしか立たないこと、それから公訴権を独占していることなどから、独善的になって、やはり先ほども申しましたように、上から常にものを見下す傾向に陥りやすい。
 そこで、官房長が提言されました、弁護士など訴追される側に立つことや、警察を始めとする第一次捜査機関が検察に対してどのように感じ、どのような批判や不満を持っているかということを、十分真摯に積極的に受け止めて、それに対する改善対応を考えるべきじゃなかろうかと思います。
 私自身も証券取引等監視委員会の委員長を6年間いたしましたが、証券取引法というのは、非常に専門的な分野でございます。監視委員会が発足しました平成4年当時には、証券取引法違反に関する裁判例というのは極めて少のうございました。そうなりますと、それを検察庁に事件として告発しようとしましても、検察官自身が勉強しておらないのを棚に上げて、これじゃ証拠が足りないぞ、もう少し調べてくれなければいけないということで、そう簡単に受けてもらえない。
 私はよく、検察庁というのは何のためにあるんだ、強大な捜査権限があるから、行政機関の少ない調査権限に基づいて精一杯努めてきたもの、証拠を集めてきたもの、これを検察官の立場から、よしよくやったなと、持っておいでよというぐらいの度量と気合がなければ駄目ではないんですか、そうしませんと、多くの一次捜査機関は付いてきませんよということを率直に述べたことが、今更のように思い出されます。
 この間の佐藤次長の話を非常に身につまされる思いで聞いたところでございますが、そういうことを考えてみますと、個々の検察官が、現在指摘されている諸点を真摯に受け止めて、自己改革を図るとともに、組織を挙げて積極的に国民の期待に応える検察体制の整備のために、是非官房長が指摘されたような自己改革を積極的に進めてほしいと念願しているものでございます。
 大変厳しいことを申しましたけれども、それが私の率直な感想でございます。

【佐藤会長】貴重なお話、どうもありがとうございました。
 今、水原委員から深いお話をちょうだいしたんですけれども、関連して何か、この問題について御発言いかがでしょうか。

【中坊委員】先ほどから水原さんが、本当に真摯な立場でお話ししていただいていることについては、大変私も敬意を表するものでありまして、ただ、これからの問題として、また、これは何も水原さんだけではなし、既に但木官房長が、この間の福岡の事件に端を発して、法務省としても基本的に考えなければいけないところで、具体的な提案までされておることではないかと思います。そういう意味では、まさにおっしゃっていただいていることが、今度は制度的にどう保障していくのかということが、我々の今の審議会における仕事になってくるのではないかというふうに思うわけです。
 そういう意味で言えば、やはり、まず一番は何と言っても増員の問題があると思います。検事わずか1,000 名余りという、この異常な状態というのは、やはり基本的に増員の問題は最も重要な問題であろうと思いますし、更に既に裁判官の給源問題のときにも言っていましたように、また先ほどから水原さんのおっしゃるように、非権力機関で一定期間研修してくる、立場を変えたものをやってきた人が、その権力を行使する立場になるという基本的な制度改革ですね。検察官の事務をいつからやるのかということについての、その前提としての問題もあると思います。
 それからさらに、これも但木官房長が触れられていましたように、世に言う判検交流、人事交流はあっても、裁判官と検察官の間だけで人事異動が行われておるという状態についても、やはり基本的に見直さなければいけないことではないかと思います。
 それから、先ほどからも出ていました、国民の声を聞くということで言えば、検察審査会の勧告とか、建議という制度があります。それをどうやって実質化して、本当に国民の声が検察行政の在り方にどう反映していくのかということも、やはりこの間既に官房長が触れられていたことではないかと思っております。
 さらに、検察官も、やはり一応独立の原則から、検察官適格審査会というものがありまして、私も日弁連会長当時2年間これの委員を務めておったことがあります。
 しかし、率直に言って、この検察官適格審査会は、いささか形骸化しておることも事実でありまして、本当の意味における検察官の不適格性という問題をどの程度外部の人が実質的な審査をしているかについて疑問がある。あれは御承知のように、国会議員とか、日弁連も、みんな学者の方も参加して第三者の意見を聞くという上で、検察官の適格を判断する。これは検事総長以下3年ごとに調査をするということになっているんですが、そういう問題もあるわけです。
 そういう制度が、検察審査会、あるいは適格審査会、そういうようなものが、それぞれあるわけですから、そういうものが実質化していくということがやはり必要であって、今、水原委員のおっしゃっているとおりのことなんですが、我々審議会としては、それをどう制度的に保障していくのかという問題を、ここで意見のまとまる範囲内で決めて提言するのが必要ではないかと、このように思います。

【佐藤会長】検察官の増員の問題については、24日に具体的数字で御議論いただきたいと思っております。大幅増員ということは、私どもずっと言ってきたわけでして。
 ほかにいかがでしょうか。

【髙木委員】検察官適格審査会というのは、どういうことをやられるんですか。

【中坊委員】自分も、はっきりとした正確な記憶ではないが、私は1年間だけはその会長になったことがあるんですよ。いろいろ法務省の方から御指示を受けて、これ全部やるんです。まさに不適格とは何かというのが、いわゆる心身上のこと、あるいはその他の不祥事ということになっているわけですが、現実には恐らく適格審査会で不適格という判断は余りしたことがないんじゃないかなと思うんです。私が2年間やった経験でも、いささか形骸化しておったように思うんです。確かにあるんですよ、法務省の内部で。検事総長をやるときは検事総長が席を外されて、検事総長をまず一人やるとか、そういうふうに順番にやるんです。3年ごとですから、大体300 人ぐらいやるんですかね、数時間掛かったかどうか、ちょっと覚えていないんだけれども、とにかくその程度で終わるんです。だから、ちゃんと制度としては存在しているけれども、事実上、有名無実化しているという批判を受けてもやむを得ないんじゃないかという気もします。
 検察審査会でも、建議とか勧告という権限がちゃんとあることになっているし、だから、その検察官の在り方、運営の在り方についてチェックする制度は、それなりにないわけじゃないんだけれども、それが事実上有名無実になっているところに、やはり基本的な問題点があるんじゃないかと思います。それをどうして実質化させるかということは、またもう少し後で検討していただいて、少なくとも実質化させるという方向は、我々として打ち出しておく。そうじゃないと、せっかく水原さんがおっしゃるように、自己改革、自己改革と言っても、やはりその自己改革をどうして制度的に保障していくのかというのが問題なのです。
 私たちとしては、率直なところ気になるのは判検交流です。裁判官との間だけでやっている。それが率直に言って、今度の福岡問題を引き起こしたことになっているのかもしれない。だから、そういうように非常に問題がありますから、まさに、この間官房長もおっしゃったように、非権力機関で市民感覚を研修させた上で、検察の事務をさせるんだということは、やはり最小限必要なことではないか。問題は、そういうようなことを制度化していく、あるいは運営の中で実質上させていくということが、今、必要なことじゃないかなという気がいたします。

【山本委員】お二人の先生みたいに高尚なことが言えなくて、素朴な感想なんですが、特に大型の事件を扱われております検察庁におかれては、被疑者のマスコミからの保護ということにも意を注いでいただけないかなという感想が実はあるんです。
 それで今度新たに裁判員制度というのが導入されて、素人の市民の方々がジャッジに加わるわけですよね。そういった方々への影響ということも考えると、今の状態はちょっとひどいんじゃないかという感じがしてしようがないんです。これは何も被疑者だけでなくて、被害者の人権の問題も余りにもひどい取扱いがなされていることを、私どももこれまでに申し上げたんですけれども、これは報道の自由というのがありますから、難しい面があると思いますが、何かこういった面にも是非改善のメスを入れていただければというのを、庶民的な感情として持っておりますんで、よろしくお願いいたします。

【佐藤会長】水原委員がおっしゃったこととつながっているお話ですね。
 それでは、よろしいでしょうか。この問題については、最初に御紹介いたしました佐藤次長の発言要旨、それから、福岡問題についての調査結果の抜粋にも重要なところは既に触れられていると思いますけれども、増員問題は、中坊委員がおっしゃったように最重要の問題かもしれませんので、これは24日に御議論いただくことにいたします。
 それから、検察審査会については、法的拘束力を今日、御承認いただきましたが、それに加えて、勧告、建議についての役割もあるんじゃないかというのが中坊委員のお話だったと思います。
 それから、これは既に調査結果でも指摘してあるところでありますけれども、検事を一定期間市民感覚を学ぶことができる場所で執務させることを含む、人事教育制度の抜本的見直しを検討することということも言われておりますので、こういうことも、検察官の在り方として、最終意見にうたうということを十分考えてしかるべきことじゃないかと思います。そういう形で最終意見を取りまとめさせていただければと思いますが、こういうところで、この問題についてはよろしゅうございましょうか。

【髙木委員】当審議会で触れられる話かどうか分からないんですが、先ほど来、水原さんからいろいろあった話の中で、外国人犯罪というか、いろいろ今、単に検事さんの問題だけでなくて、入管の人たちの体制も人数が非常に足らなくて、対応できない部分が多いという話をよく聞きます。また、警察と入管の皆さんが連携してやられるなかで、入管の方のボリュームが規制されておるみたいな話もあるようですから、入管の方々の人数増もはかる必要があるのではないですか。ここで触れる話かどうかよく分かりませんが。

【井上委員】刑事司法に隣接するところも強化しないと、刑事司法自体が弱体化するということがあると思いますね。

【佐藤会長】佐藤次長のこの間のお話でも、収容施設・入国警備体制の拡充の必要性について非常に強調なさっておられましたが、そういう問題も確かに大きな問題としてあると思います。

【水原委員】実は昨日、法務省の施設課長と会いまして、その今の問題を話しました。佐藤次長から外国人の収容施設が少ない。今は東京入管の収容施設をぐっと拡大しているんですけれども、しかし、それにしましても、何百人を収容するという程度なもので、不法残留者というのは何十万もいるわけです。
 それともう一つは、彼はちょうど入国管理局の総務課長をやっていた経験があります。増員要求をしましても、総定員枠で横並びで査定をされてどうにもならないんだという苦衷のほどを吐露されました。だから、今、髙木委員がおっしゃるように、やはりそういう周辺の充実強化というものも同時に考えていく必要があろうと思います。

【佐藤会長】但木官房長がいらしたときでしたか、新たな犯罪状況と言いますか、日本の社会が従来と違った社会に突入してきているんじゃないか、従来のいろんなシステム、裁判官制度も検察官制度も弁護士制度もそうですけれども、そうしたシステムを、新しい事態に対応できるように改めていくことを考えるべきではないか、とおっしゃったように記憶しておりますが、今の点も最終意見の中に何らかの形で盛り込めればというように思います。

【中坊委員】くどいようですけれども、判検交流の問題は、この但木官房長のときにも触れられておったし、また福岡事件も発生しているし、それから先ほどの適格審査会とか、そういう制度がちゃんとあるものは、実効あらしめるようにするというようなことも入れておいていただいた方が結構だと思いますけれども。

【佐藤会長】そうですね。どうもありがとうございました。以上で、今日予定していた事項についての審議を終わらせていただきますが、最初に申し上げたように、最後に少しだけ時間をお借りしまして、最終意見の取りまとめ方と言いますか、構成の仕方について御相談したいと思います。実は、私と代理には、こういうことでという原案はないんです。今日御意見を伺って少し考えさせていただきたいというように思っておりまして、その辺についての御意見をお聞きできればというように思っています。

【中坊委員】ちょっとつまらんことですけれども、確かに、例えば、前回も弁護士費用の敗訴者負担という問題がありました。勿論、これが会長も会長代理もちゃんと報告していただいていると思いますけれども、新聞紙上では、敗訴者負担を原則として導入すると決めたと報道されている。そういうふうに世の中では、我々の審議会の在り方とマスコミの報道というのが、必ずしもきちっと合っていないところがあるでしょう。その新聞紙上は必ずしも、その意図がぴたっと出ているわけではなく、我々が審議しているのに記事になり、それがまた個々の意見に出たことがあるぐらいですから、そういう意味では最終意見というのは、そういう意味における十二分に今までの審議のあったことを、ちゃんと書き込んでいただくように、そういう誤解を招くような報道がなされているようであれば、そういう点については、ひとつ配慮していただいた上で、この我々の審議した状況が、当たり前のことですけれども、そのとおり意見書に盛られるということを、御配慮はいただきたい。

【佐藤会長】最終意見までに少し時間を掛けて、既に6月12日までの日程については御相談申し上げましたけれども、検討したいと思っています。何回か機会がありますので、十分御注意いただいて、最終的な取りまとめをと思っていますが。

【中坊委員】気分的には、論点整理から中間報告というふうに、やはり我々はずっと一つを、何て言うか、ピラミッド型と言ったらおかしいけれども、我々の討議というのは、一つずつ積み上げてもってきたと思うんです。その論点整理から、ずっと始まって、その大きな骨組みというか、それはやはりはっきりさせておかないと、また同時に我々がそんなに細かく、すべてのことにまで触れてはいないし、また触れられないと思いますし、これからまさに推進機構の中でまた、いろいろ論じられないといかぬけれども、我々が骨太に決めてきた、論議してきた、基礎にしてきたことは、やはり明確に表れるような最終意見書でないといけない。具体的になったら何が書いてあるのか分かりにくいということにならないように、そこは前回我々、私個人としては、やはり一種の総論というのか、その骨組みというのか、そういうものはできるだけ明確にした上で、各論にもどういうふうに肋骨から指の骨まで続いてますよということが分かるようなことでないといけない。今度実際、推進機構の方でやるときに、今度は個別の問題を扱いますでしょう。そうすると今度は背骨がどこにあったかということが、はっきりしないようになってくることになるといけないから、そういう点は、そういうことにならないような配慮もまた必要なことかもしれません。

【佐藤会長】そうですね。審議会としてのサインは、できるだけ明確に送るということが大事だと思うんですね。理由とか原因とか、いろんなことを全体に書き入れますと、やや焦点がはっきりしないところが出てきますので、その辺のことにも配慮しながら、めり張りを付けた形で、サインとして明確に送るということを考える必要があると思います。今、中坊委員がおっしゃったのは、そういうことだろうと思いますが。具体的にどういうふうにやるかはなかなか難しいんですけれども。

【水原委員】先ほども中坊委員がおっしゃるように、論点整理でどういう項目について検討すべきかということが最初に決まって、それを踏まえてずっと我々は審議してきたわけです。
 したがって、最大の中心は、項目ごとにどこに問題があるのか、それについて、ここで審議をした結果、改革すべき方向は、こういうことだと、これがやはり基本にならないといけないと思うんです。それが基本になるということが一つ。
 それから、ちょっと言いづらいことなんですが、総論部分が、余り先に歩くような大きなものになると、論点がぼやけてくるような感じがいたしますので、その部分は、言いたいことは収縮して、そしてこういう視点に立ってやったと、その挙げた論点はここだと、そういうふうな整理の仕方をしていただければというのが私の率直な感想です。

【佐藤会長】ほかに。はい、藤田委員どうぞ。

【藤田委員】もう御意見で出ているところではあるんですけれども、基本的にこの審議会でどこまで決めるべきかという点は、どの問題でもあると思うんです。一応の方向付けというのはよいとして、基本的なことであっても、まだこれから制度設計の具体的な内容について議論しなければならないところがたくさんあるわけでありまして、例えば、裁判員制度についての憲法論とか、あるいは、行政手続法、行政実体法の改正の問題では、大きな問題でありまして、この審議会で決め打ちするわけにはいかないだろうと思うんですが、それぞれの問題について、どこに境界線を引くかというのは、かなり難しいし、微妙な問題だろうと思います。
 それと同時に、意見が分かれた問題について、どういうふうに表現するか、つまり、全体の公約数にとどめるのか、それとも議論の過程において、こういう多様な意見があったというようなことまで踏み込むのかという、かなり微妙な問題があります。これからの実施本部にサインを送るべき問題と、踏みとどまって今後本格的な検討してもらった方がいい問題と、その振り分けというのが大変難しいので、まとめていただく方々の苦心もさぞやということでございますので、そこはひとつよろしく。

【佐藤会長】そこは濃淡いろいろありますので、非常にまとめるのは難しいと思いますけれども、難しい、難しいと言っても我々の責務は果たせませんので、そこはいろいろ知恵を出していただいて、最終的には御同意いただかないといけません。
 ほかに何か。はい、石井委員どうぞ。

【石井委員】先ほどからも、お話に出ておりますが、最終意見では、意見案の骨組みをはっきり分かるようにさせることが一番大切だろうと思います。ただし、それだけですと、我々の考えてきた発想の過程というのがなかなか理解されないということが往々にして起こり得ると思いますので、その考え方の背景がどういうものであったかということがよく分かるようにするために、補足説明資料として付けておくことが必要なのではないかと思います。ただ、意見に、全部付けるのが適当かどうかよく分かりませんので、何かそれに附帯する書類として、そういうものを付けた方が良いのではないかと、そういう気がしております。

【佐藤会長】これは水原委員のおっしゃったこととも関連するんですけれども、中坊委員がさっきおっしゃったように、論点整理、それから中間報告とを積み重ねて、そして最終的に最終意見という形で、基本的には大きな骨組みを示すということだろうと思います。そこでサインとして明確に出せるものがあれば、それを打ち出す。しかし、サインにも、いろんな種類のものがあると思うんです。その辺を書いて、そして全体として我々は21世紀あるべき司法として、どういうものを考えたのか、どういう方向に進もうとしているのかということを、分かりやすく簡潔に示す必要がある。全体像をですね。今、石井委員がおっしゃったように、精神とか、そういうものをできるだけ簡潔に分かりやすく示すことも、やはり必要だろうと思います。それが、今、私が申し上げたことで、うまくいくかどうか、これが問題ですけれども。

【竹下会長代理】基本的には、なるべくここで早めに原案をお示しして、十分御議論いただきたいと考えておりますけれども、私は、やはり最終意見のあと立法化の作業に移りますので、その場合にこちらが何を考えて、どの問題をどのように改革しようとしているのかについて、明確なメッセージになるようなものであることが必要なのではないかと思います。余りいろいろに解釈が分かれてしまう、藤田委員がおっしゃることと決して矛盾するわけではないのですけれども、余り解釈の余地が残るような形のものは好ましくないのではないかと考えます。
 さらに、もう1点付け加えさせていただくと、今度がもう最後ですので、できれば全員が総論部分についても、意見の一致が得られるような形にまとめるのが望ましいのではないかと考えております。いずれにせよ、会長と二人で一生懸命、皆さんの御趣旨に沿うような形の原案をお示しできるよう努力したいと思っております。

【佐藤会長】そうですね。二人で努力したいと思います。ただ、非常に悩ましいところがありまして、明確なサインを送れるものと、明確でないから書かないというわけにもいかぬところもあるわけです。ぼやっとしているなりに審議会としての考え方というものもありますから、その辺の濃淡が出てくるのは私はやむを得ないと思うんです。できるだけ明確に書かないといかんということは、そのとおりですが、明確でないから書けないというように言われると、これはまた非常にしんどいことになりますので、その辺は是非とも御理解いただきたいと思います。藤田委員がおっしゃったことは、そういうことだと思うんですけれども。

【井上委員】あまり、これ以上ここで抽象的に議論しても、ぐるぐる回るだけですので、会長・会長代理が工夫される、その成果を拝見した上で、ということにしませんか。

【佐藤会長】一番きついことを。

【吉岡委員】期待するような文章が第1回目の案として出てくるだろうと思いますけれども、確かに必ずしも意見が一致しなかったと、明確には書きにくいという、そういう面があるのは確かですけれども、やはり2年間掛けて、司法制度をどう改革して、21世紀になってしまいましたけれども、21世紀の司法はどうあるべきかという基本的な視点に立って細かい項目についても議論してきましたので、その報告の中で、やはり21世紀を目指して、こういうところは、はっきりと改革になるんだということがメッセージとして伝わるということが大切だと思います。

【佐藤会長】分かりました。どうもありがとうございました。少し工夫させてもらい、また御相談申し上げたいと思います。
 配付資料について何か。

【事務局長】ございません。

【佐藤会長】今日は5時までに終わります。次回は第56回でございますが、4月16日月曜日9時30分から12時まで、この審議室で行います。

【髙木委員】最終意見は、どういう分担で書かれるのですか。というのは、私ども各論的なことで、この場以外で、いろいろちょっと御相談したいなという項目が、まだ残っているジャンルもあります。その辺もお諮りいただいて、よろしくお願いしますというところが、まだあるんだろうと思います。

【佐藤会長】それは事務局で。議論はそれぞれの論点について相当明確になってきておりますので、事務局を中心に下書きをしていただかないといけないと思います。その過程で、また御相談すべき事柄も出てくるかと思いますけれども、基本的には事務局にお願いして書いていただかなければなりません。その辺は諒としていただきたいと思います。

【竹下会長代理】先ほど申し上げたのは、最後の段階での話ですから、そこに至る過程ではまだ議論しなければならない論点が多少残っているのは承知しております。

【佐藤会長】分かりました。中間報告の場合よりも、ちょっと時間的な余裕はあるかと思います。余裕があるというと、ちょっと言い過ぎかもしれませんが。
 それで、次回は裁判官制度の改革についてですが、最高裁判所裁判官の選任の在り方、これが一つ残っている大きな問題ですが、それから裁判官の人事制度の見直しの問題が残っておるわけです。その辺を中心に意見交換を行いたいと思っております。9時半からですので、時間的に非常に厳しいんでございますが、よろしくお願いいたします。

【中坊委員】それで、そのことに関して、この間既に述べたように、私としても、この前の福岡地裁の問題について質問して、私の方はできるだけ早く書いて質問して、答えて、すぐその明くる日ぐらいに出しているのに、いつも最高裁の方の回答が遅れるんですよ。今日だって今日の午後1時とお願いしておいたんだけれども、まだ出ていないと思う。だから、これですと、ほんまにこの次の審議が、まさにそこが人事問題も関係するから質問しているんでしょう。にもかかわらず、またそれはあらかじめ会長にも遅れる傾向があるからと申し上げているのに、相変わらず遅れておる。これはやはり早く出してもらわんと、今度の審議がまともにできなくなると思いますよ。だから、やはり最高裁のこの審議会に対する在り方も、もう少し最高裁側も考えてほしい。そうしないと、これは実際上質問が、この前にも1回目出したら10日間ぐらいかな、ちょっと忘れちゃったけれども、それぐらい日が掛かっているしね。自分で調査報告でちゃんと言うてんだから、調べてあるはずなのに、それぐらい遅れる。それで段々審議の日が近づいてくる。しかも新しいことを聞いているんじゃないんだから、調査した結果の内容についての質問だから、もう少し早くやっていただきたいと思うんで、また会長の方からよろしく言うといてください。

【佐藤会長】分かりました。今日の記者会見は。
 それではどうもありがとうございました。