別紙5
平成13年4月16日 審議会委員 中 坊 公 平 |
1. 司法行政上の監督権行使による裁判官の独立の侵害の危険
本件では、担当裁判官の了解なく、地裁の上席裁判官が令状記録を読み、担当裁判官を呼び出して接触している。調査報告書(13頁)は、この司法行政権限行使の理由として、秘密保持の必要と関係者が令状担当者となることを防止することにあるとする。
しかし、担当裁判官の秘密保持義務は、当然であり、これを犯せば、身分を失いかねない危険な行為であり、今更注意の必要など考えがたい。裁判官と当該事件の個人的な関係を避けるためであれば、刑事訴訟法や同規則が回避や忌避の制度を設けている。実際、今回も令状事件を担当する裁判官を変更していない(4月13日回答6頁3(5))。
それにもかかわらず、あえて、今回のように司法行政上の監督権者が、担当裁判官の了解なく、事前に令状記録まで読んで担当裁判官に会って当該事件との関係を聴取することは、そのこと自体が、監督権者の当該事件の決定に影響を及ぼす可能性のあるものとして疑念を招き、裁判官の独立を侵害し、裁判の公正さを疑わせるものである。
調査報告書にも、今回の最高裁事務総局の回答にも、この点に対する意識が欠けている点に、監督権者の独善的姿勢とそれに伴う裁判官の独立の危機の根深さがある。
2. 司法行政部門の情報伝達による裁判官の独立の侵害の危険
また、本件では、担当裁判官の了解なく、令状請求にかかる情報が司法行政部門に流れ、地裁、高裁さらには最高裁まで情報が伝達されている。
しかし、以下に述べるとおり、調査報告書(12,13頁)が述べる司法行政上の監督権行使の必要はいずれも認め難い。また、どのような情報が最高裁に伝達集約され、またどのように保存されるのかも明確でない(4月13日回答7頁6)。このような体質こそが、裁判官の独立を恒常的に脅かす危険を示している。
調査報告書(12,13頁)は、簡裁から地裁の司法行政部門へ情報が伝達された理由は、秘密保持の必要と関係者が令状担当者となることを防止することにあるとする。これらに理由がないことは前項に述べたとおりである。
調査報告書(13頁)は、地裁から高裁の司法行政部門に情報が伝達された理由は、「各庁の自治に属する部分以外ついては上級庁の司法行政上の指導監督を受ける必要がある」ことと、古川判事が裁判を続けることの可否を判断する必要のためとする。しかし、前者の理由については、先に述べたように、そもそも簡裁や地裁が司法行政上の監督権を行使すべき事案でない上に、裁判官への事件の配点(事務分配)は、まさに簡裁・地裁の自治に属し(下級裁判所事務処理規則6~8条)、高裁が関与すべき事項ではない。後者の理由については、古川判事の忌避や回避問題であり、司法行政上の監督権の行使が必要となるものではない。実際、後日、福岡高裁は「事前に特段の措置を採っていない」ことを認めており(4月5日回答6頁5(1))、古川判事が担当する別事件で忌避の決定がなされている。
調査報告書(13頁)は、高裁から最高裁への情報伝達については、特に迅速な人員配置の発令を検討する必要があったとするが、これも理由にならない。福岡簡裁・地裁・高裁には、十分な裁判官数が確保され、かつ忌避や回避がなされた場合には填補する順番も決まっており(4月5日回答5頁3(5))、実際最高裁も人事配置の発令をしていないことを認めている(4月5日回答6頁5(2))。
3 司法行政の過度の集中
前項に見たように、簡裁から地裁、高裁の事務局長・長官という司法行政部門へそして最高裁事務総局へと情報が伝達された。本件では、司法行政権の行使が必要であったかが疑問であり、ましてや高裁や最高裁への情報伝達がなされることは極めて疑問であったのに、最高裁さえも不適切とするほどの情報伝達が簡裁、地裁、高裁間では令状請求関係資料のコピーの伝達という形で行われ、これを是正することができなかった。これらの不適切な情報伝達を招いた原因は、最高裁事務総局への司法行政の過度の集中があり、これに関与した個人の問題ではなく、裁判官の独立を保障する裁判所の組織としての在り方の問題として確認する必要がある。
4 最高裁事務総局の在り方と国民との距離ー調査委員会の在り方
調査委員会の委員は、最高裁の事務総局のメンバー5名のみで構成され(調査報告書1頁)、事務総長、人事局長という、事前に本事件の情報伝達に関与した者も(4月5日回答2頁1(4))も回避されることなく含まれている。
情報漏れの有無や情報伝達の在り方を調査する5名の委員会に、最高裁事務総局内で事前に当該情報の伝達に関係していた者2名を加えても、国民の期待する公正さの要請に応えることができると考えたのであれば、最高裁事務総局の過信であり、国民と遊離した発想というべきである。
5. 司法行政における最高裁裁判官会議の形骸化
事務総局において事件を把握しながら、長官以外の14名の最高裁裁判官には、2か月近く報告されていない(4月5日付回答2頁1(3)、4月13日回答1,2頁1(2)~(4))。本件の調査委員会の設置及び人選は、最高裁裁判会議は事務総局が提案したままに即日承認している(4月13日回答1頁1(1))。
このことは、司法行政は裁判官会議で行うという裁判所法80条を形骸化し、実質的には長官と事務総局のみが司法行政を行っているとの批判を裏付けている。
1. 評価制度の確立
(1) 制度の基本
裁判官の独立が司法行政による侵害を受けやすいものであることを前提にして、評価制度の利用目的を再任、自発的な職務改善、応募重複時の選任のための資料等に限定し、在任中の不利益処遇に利用してはならないことを制度として徹底する。
(2) 制度の方向性
ア 地域ブロックが実質的な調査権能を有する裁判官推薦委員会を評価権者とする。
イ 評価基準を項目化し、項目毎の段階的評価とする。
ウ 裁判所の内部評価にとどまらず、外部評価も活用する。
エ 評価内容への本人開示、対象者の意見陳述権、不服申立制度の保障
2. 報酬の多段階性の解消
昇進・昇給の決定権を行使する司法行政上の監督権者の影響力を排除して、裁判官の独立を保障する。
3. 公募制・応募制の導入
勤務地の決定権を行使する司法行政上の監督権者の影響力を排除して、裁判官の独立を保障する。
4. 最高裁裁判官の任命等の過程・国民審査の改革
最高裁裁判官の任命、最高裁長官の指名は、裁判所法上の任命・指名手続規定を欠き、内閣の裁量に委ねられている。しかし、その職務の司法・国政に及ぼす影響の大きさ、職責の重大さに照らして、内閣の任命・指名手続を透明化・客観化する必要がある。国民が関与する委員会において、実質的審査を行い、国民的基盤を持った適任者を推薦する仕組みを設置すべきである。
併せて、最高裁裁判官の適格性を事後的に審査する国民審査の実効化を図るべきである。
事実経過
(最高裁判所調査委員会調査報告書による)
(以下新聞報道による)
2.2 | ・漏洩事件が発覚、報道が開始される。 |
2.9 | ・山下次席検事更迭 |
2.14 | ・最高裁が調査委員会を設置。 |
3.16 | ・福岡高裁長官、高裁事務局長に対し、最高裁が分限裁判で戒告決定。 ・福岡地裁所長に対し、福岡高裁が分限裁判で戒告決定。 |
3.30 | ・古川判事に対し、最高裁が分限裁判で戒告決定。 |