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別紙5

福岡事件と「裁判官制度の改革」に関する意見

平成13年4月16日
審議会委員  中 坊 公 平



 3月19日の第52回審議会において、先般の福岡における捜査情報の漏洩・司法行政上の情報伝達等(以下「福岡事件」と略称する)に関して最高裁判所人事局長から、最高裁判所調査委員会の報告書に基づく報告があった。これに対し、私は、当日若干の質問をするとともに、3月28日に質問事項を提出して数度の質疑応答が予想されるので、迅速な回答を最高裁に求め、審議会より最高裁判所に質問頂いたが、遺憾ながら、これに対する最高裁事務総局からの回答は4月5日であり、これに関する私からの4月6日の質問事項に対する回答は4月13日と遅く、第3回目の質疑応答を行うことができず、本日の審議を迎えることとなった。今回の意見は満足のいく事実確認ができていない中での意見であることを承知願いたい。
 不十分ながらも、これらの質疑応答を通じて改めて現行の裁判所・裁判官の諸制度の問題点を確認し、裁判官の独立性を確保するために、裁判官の人事制度・司法行政制度に透明性・客観性を高める改革の必要を改めて痛感した。以下、本日の審議に資する形で意見の要旨を書面として提出し、詳細に述べるべき点があればは本日の審議で補足したい。
 なお、山下次席検事が古川判事や高裁事務局長に対し、古川判事の妻が捜査対象となったことを伝えたことは、まさに司法の公正さを著しく傷つけるものであり、この点に関連した山下次席検事や高裁長官や高裁事務局長らの行動も含めて、裁判所と検察庁の在り方については、別途検討すべきものと考える。

第1. 福岡事件を通じて確認された問題点

1. 司法行政上の監督権行使による裁判官の独立の侵害の危険
本件では、担当裁判官の了解なく、地裁の上席裁判官が令状記録を読み、担当裁判官を呼び出して接触している。調査報告書(13頁)は、この司法行政権限行使の理由として、秘密保持の必要と関係者が令状担当者となることを防止することにあるとする。
 しかし、担当裁判官の秘密保持義務は、当然であり、これを犯せば、身分を失いかねない危険な行為であり、今更注意の必要など考えがたい。裁判官と当該事件の個人的な関係を避けるためであれば、刑事訴訟法や同規則が回避や忌避の制度を設けている。実際、今回も令状事件を担当する裁判官を変更していない(4月13日回答6頁3(5))。
それにもかかわらず、あえて、今回のように司法行政上の監督権者が、担当裁判官の了解なく、事前に令状記録まで読んで担当裁判官に会って当該事件との関係を聴取することは、そのこと自体が、監督権者の当該事件の決定に影響を及ぼす可能性のあるものとして疑念を招き、裁判官の独立を侵害し、裁判の公正さを疑わせるものである。
 調査報告書にも、今回の最高裁事務総局の回答にも、この点に対する意識が欠けている点に、監督権者の独善的姿勢とそれに伴う裁判官の独立の危機の根深さがある。

2. 司法行政部門の情報伝達による裁判官の独立の侵害の危険
 また、本件では、担当裁判官の了解なく、令状請求にかかる情報が司法行政部門に流れ、地裁、高裁さらには最高裁まで情報が伝達されている。
 しかし、以下に述べるとおり、調査報告書(12,13頁)が述べる司法行政上の監督権行使の必要はいずれも認め難い。また、どのような情報が最高裁に伝達集約され、またどのように保存されるのかも明確でない(4月13日回答7頁6)。このような体質こそが、裁判官の独立を恒常的に脅かす危険を示している。
 調査報告書(12,13頁)は、簡裁から地裁の司法行政部門へ情報が伝達された理由は、秘密保持の必要と関係者が令状担当者となることを防止することにあるとする。これらに理由がないことは前項に述べたとおりである。 
 調査報告書(13頁)は、地裁から高裁の司法行政部門に情報が伝達された理由は、「各庁の自治に属する部分以外ついては上級庁の司法行政上の指導監督を受ける必要がある」ことと、古川判事が裁判を続けることの可否を判断する必要のためとする。しかし、前者の理由については、先に述べたように、そもそも簡裁や地裁が司法行政上の監督権を行使すべき事案でない上に、裁判官への事件の配点(事務分配)は、まさに簡裁・地裁の自治に属し(下級裁判所事務処理規則6~8条)、高裁が関与すべき事項ではない。後者の理由については、古川判事の忌避や回避問題であり、司法行政上の監督権の行使が必要となるものではない。実際、後日、福岡高裁は「事前に特段の措置を採っていない」ことを認めており(4月5日回答6頁5(1))、古川判事が担当する別事件で忌避の決定がなされている。
 調査報告書(13頁)は、高裁から最高裁への情報伝達については、特に迅速な人員配置の発令を検討する必要があったとするが、これも理由にならない。福岡簡裁・地裁・高裁には、十分な裁判官数が確保され、かつ忌避や回避がなされた場合には填補する順番も決まっており(4月5日回答5頁3(5))、実際最高裁も人事配置の発令をしていないことを認めている(4月5日回答6頁5(2))。

3 司法行政の過度の集中
前項に見たように、簡裁から地裁、高裁の事務局長・長官という司法行政部門へそして最高裁事務総局へと情報が伝達された。本件では、司法行政権の行使が必要であったかが疑問であり、ましてや高裁や最高裁への情報伝達がなされることは極めて疑問であったのに、最高裁さえも不適切とするほどの情報伝達が簡裁、地裁、高裁間では令状請求関係資料のコピーの伝達という形で行われ、これを是正することができなかった。これらの不適切な情報伝達を招いた原因は、最高裁事務総局への司法行政の過度の集中があり、これに関与した個人の問題ではなく、裁判官の独立を保障する裁判所の組織としての在り方の問題として確認する必要がある。

4 最高裁事務総局の在り方と国民との距離ー調査委員会の在り方
 調査委員会の委員は、最高裁の事務総局のメンバー5名のみで構成され(調査報告書1頁)、事務総長、人事局長という、事前に本事件の情報伝達に関与した者も(4月5日回答2頁1(4))も回避されることなく含まれている。
 情報漏れの有無や情報伝達の在り方を調査する5名の委員会に、最高裁事務総局内で事前に当該情報の伝達に関係していた者2名を加えても、国民の期待する公正さの要請に応えることができると考えたのであれば、最高裁事務総局の過信であり、国民と遊離した発想というべきである。  

5. 司法行政における最高裁裁判官会議の形骸化
 事務総局において事件を把握しながら、長官以外の14名の最高裁裁判官には、2か月近く報告されていない(4月5日付回答2頁1(3)、4月13日回答1,2頁1(2)~(4))。本件の調査委員会の設置及び人選は、最高裁裁判会議は事務総局が提案したままに即日承認している(4月13日回答1頁1(1))。
 このことは、司法行政は裁判官会議で行うという裁判所法80条を形骸化し、実質的には長官と事務総局のみが司法行政を行っているとの批判を裏付けている。

第2. 改革の方向性ー裁判官の人事制度・司法行政制度に透明性・客観性を高める改革の必要

 本日の議論に関係する範囲で改革の方向性を示す。 

1. 評価制度の確立

(1) 制度の基本
 裁判官の独立が司法行政による侵害を受けやすいものであることを前提にして、評価制度の利用目的を再任、自発的な職務改善、応募重複時の選任のための資料等に限定し、在任中の不利益処遇に利用してはならないことを制度として徹底する。

(2) 制度の方向性
 ア 地域ブロックが実質的な調査権能を有する裁判官推薦委員会を評価権者とする。
 イ 評価基準を項目化し、項目毎の段階的評価とする。
 ウ 裁判所の内部評価にとどまらず、外部評価も活用する。
 エ 評価内容への本人開示、対象者の意見陳述権、不服申立制度の保障

2. 報酬の多段階性の解消
 昇進・昇給の決定権を行使する司法行政上の監督権者の影響力を排除して、裁判官の独立を保障する。

3. 公募制・応募制の導入
 勤務地の決定権を行使する司法行政上の監督権者の影響力を排除して、裁判官の独立を保障する。

4. 最高裁裁判官の任命等の過程・国民審査の改革
 最高裁裁判官の任命、最高裁長官の指名は、裁判所法上の任命・指名手続規定を欠き、内閣の裁量に委ねられている。しかし、その職務の司法・国政に及ぼす影響の大きさ、職責の重大さに照らして、内閣の任命・指名手続を透明化・客観化する必要がある。国民が関与する委員会において、実質的審査を行い、国民的基盤を持った適任者を推薦する仕組みを設置すべきである。
 併せて、最高裁裁判官の適格性を事後的に審査する国民審査の実効化を図るべきである。  


事実経過
(最高裁判所調査委員会調査報告書による)

2000.12.13午前
・福岡西警察署から福岡簡裁に福岡高裁古川判事の妻を被疑者とする差押許可令状請求
・担当書記官が地裁首席書記官に報告
・地裁首席書記官が令状原稿と記録を預かり、地裁事務局長と地裁上席裁判官に報告
・地裁上席裁判官が記録を一覧し、当日の令状担当簡裁判事を呼び、古川判事と交際がないかを尋ね、令状審査につき秘密保持を要請した。
・担当簡裁判事が令状を作成し、首席書記官に記録と令状を渡す。
・首席書記官が令状と記録のコピー1部を取る。
午後3時
・令状発付
・地裁事務局長が指示して令状と記録のコピー2部を取り、内1部を地裁所長に渡し、さらに高裁事務局長に一報を入れる。
午後4時
・地裁首席書記官が地裁上席裁判官に令状と記録のコピー1部を渡して報告。地裁事務局長が高裁事務局長に令状と記録のコピー1部を渡して報告。高裁事務局長が高裁長官に報告。
・高裁事務局長が最高裁人事局任用課長に電話で報告。任用課長は最高裁人事局長に報告。 
12.14朝
・高裁長官が高裁事務局長を通じて、古川判事の部総括判事に説明し、古川判事の動静を観察するように伝える。
12.22
・福岡西警察署から福岡簡裁に福岡高裁古川判事の妻を被疑者とする差押許可令状請求
・地裁首席書記官が地裁事務局長と地裁上席裁判官に報告
・地裁上席裁判官が、当日の令状担当簡裁判事を呼び、古川判事と交際がないかを尋ね、令状審査につき秘密保持を要請した。
・令状担当簡裁判事が令状を作成し、担当書記官が首席書記官に報告。首席書記官が記録と令状のコピー3部を取り、地裁事務局長にコピー2部、地裁上席裁判官に令状と記録のコピー1部を渡して報告。地裁事務局長がコピー1部を地裁所長に渡して説明、高裁事務局長にコピー1部を渡して報告。高裁事務局長が高裁長官に報告。
12.28午前11時過ぎ
・古川判事が山下次席検事から呼び出しを受け、福岡地検で説明を受け、弁護士を紹介される。
午後0時40分頃
・古川判事から高裁部総括、高裁事務局長、高裁長官に報告。その後古川判事は妻とともに弁護士事務所へ行き相談。
午後5時半
 古川判事は部総括判事、高裁事務局長に弁護士事務所での話を報告。
 夜 高裁事務局長は、山下次席検事から説明を受ける。
12.28~2001.1月下旬
 古川判事は、部総括判事、高裁事務局長、高裁長官に弁護士事務所での話を報告。作成文書も高裁事務局長に提出。
2001.1.9午前
・福岡西警察署から福岡簡裁に福岡高裁古川判事の妻を被疑者とする差押許可令状請求
・地裁首席書記官が地裁上席裁判官に報告
・地裁上席裁判官が、当日の令状担当簡裁判事を呼び、古川判事と交際がないかを尋ね、令状審査につき秘密保持を要請した。
・担当簡裁判事が令状を作成し、担当書記官が首席書記官に報告。
・令状発付後のコピーの扱いと報告は、12月22日のとおり。
1.24
 古川判事の妻に対する福岡西警察署の事情聴取が始まる。
1.29
・福岡西警察署から福岡簡裁に福岡高裁古川判事の妻を被疑者とする差押許可令状請求
・地裁上席裁判官が、首席書記官を通じて、当日の令状担当簡裁判事に、令状審査につき秘密保持を再度喚起した。
・令状発付後のコピーの扱いと報告は、12月22日のとおり。
1.31
・福岡西警察署から福岡簡裁に福岡高裁古川判事の妻を被疑者とする逮捕状及び捜索許可令状請求
・地裁上席裁判官が、首席書記官を通じて、当日の令状担当簡裁判事に、令状審査につき秘密保持を再度喚起した。
・令状発付後のコピーの扱いと報告は、12月22日のとおり。

(以下新聞報道による)
2.2・漏洩事件が発覚、報道が開始される。
2.9・山下次席検事更迭
2.14・最高裁が調査委員会を設置。
3.16・福岡高裁長官、高裁事務局長に対し、最高裁が分限裁判で戒告決定。
・福岡地裁所長に対し、福岡高裁が分限裁判で戒告決定。
3.30・古川判事に対し、最高裁が分限裁判で戒告決定。