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5   刑事法基幹科目

   以下では「基幹科目」としての「刑法」、「刑事訴訟法」、「刑事法統合科目」のカリキュラムと授業モデル案を示す。

【刑事法演習I(刑法)】(4単位)

(1)授業の目標と内容

   基幹科目においては、刑法と刑事訴訟法の授業は別に設置されるべきものと思われる。刑法の授業において触れられる刑法の論点は重要部分を網羅するものでなければならないであろうが、刑事訴訟法の論点はかなり断片的なものとならざるを得ず、1つの授業で両分野の本質的な部分をカバーするようなことはきわめて困難だと考えられるからである。
   刑法特有の問題として、法的思考能力を鍛え、法律学を習得する上での刑法学習の重要性は高いが、社会の現実および実務における素材の重要性は必ずしも高いといえないということがある。たとえば、因果関係や不作為犯、中止犯などについて無数の文献と学説における膨大な議論があるが、おそらく実務家としてそれらの論点を取り上げなければならないことがそうあるとは思われない。そこで、これらは省略してしまうというのが1つの考え方であるが、基本的な思考方法を鍛錬できるという点ではやはり必須の意味を持つと考えるべきであろう。しかも、これらの「基本論点」の十分な理解の上に立ってはじめて、個々の分野の応用的知識が積み上げられるという関係もある。
   そうであるとすれば、刑法総論の論点は網羅的に取り上げられる必要はない。コアプログラムとして、総論の論点のどの部分をどう教えるかが大きな課題となる。以下の授業構成例においては、たとえば、共犯論に関しては、実務上の重要性に鑑みて共同正犯に的を絞った授業が行われれば足りるという考え方が前提となっている。また、錯誤についても、それほどの時間が割かれていない。他方、結果的加重犯、罪数・犯罪競合、刑の適用等については、かなり多くの時間を割いて正面から取り上げることが要求されると考えられる。
   他方、各論については、特別刑法(とりわけ経済刑法)を含めるとかなり膨大な領域となる。法科大学院においては、実際上の重要性にかんがみ、特別刑法の規定もかなり取り上げざるを得ないものと思われる。とりわけ、経済犯罪や薬物犯罪がその例である。以下の授業構成例においても、そのことが考慮されている。

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(2)授業構成の例と授業内容のイメージ

[授業構成の例]

[1] 刑法解釈論の基礎
[2] 刑法の機能と刑法の解釈
[3] 犯罪の処罰根拠
[4] 不作為犯
[5] 因果関係
[6] 故意・錯誤
[7] 過失(1)
[8] 過失(2)
[9] 正当防衛
[10] 権利行使と財産犯
[11] 責任能力
[12] 実行の着手
[13] 中止犯
[14] 共同正犯(1)
[15] 共同正犯(2)
[16] 共同正犯(3)
[17] 罪数と犯罪競合(1)
[18] 罪数と犯罪競合(2)
[19] 刑の適用
[20] 結果的加重犯
[21] 財産犯(1)
[22] 財産犯(2)
[23] 財産犯(3)
[24] 財産犯(4)
[25] 偽造罪(1)
[26] 偽造罪(2)
[27] 企業犯罪
[28] 薬物犯罪
[29] 交通事犯
[30] 賄賂罪

[授業内容のイメージ]

<授業モデルA>

[ユニット1]刑法解釈論の基礎

1

   あらかじめ、最決昭和55年11月13日(刑集34巻6号396頁)の原原決定、原決定、最高裁決定およびこの判例についての判例研究(たとえば、神作良二『最高裁判所判例解説刑事篇昭和55年度』235頁)を予習させる。

2

   授業においては、問答形式により、以下の論点について検討を加える。

[本件手続に関する論点]
      再審とはいかなる制度か
      科刑上一罪の一部に再審事由があるときにも再審は認められるか、また、他に、実は重い犯罪であることが明らかになった部分があるとき、どうか。
      行為者にとって既知の事情も証拠の新規性の要件(刑訴435条6号)を充たすか。→身代わり犯人であることが後に発覚して再審を請求することを認めてよいか。
[同意傷害の違法性をめぐる論点]
      被害者の同意はなぜ所為を適法とするのか
      判例と学説はどうか
         —従来の判例と裁判例
         —総合判断説、重大な傷害説、不可罰説
      本件事案の検討
         —モラリズム?
        

—違法の相対性?→身体への侵害と財産への侵害

[本決定の判例としての意義]
      判例とは何か
         —判例の拘束力の根拠
         —判例と傍論
         —結論命題と理論命題(理由づけ命題)
      本決定のいかなる部分が「判例」か
      一般論を展開することは必要だったのか
3    授業後には、同意傷害に関する判例の考え方に関するレポートを宿題として課す。

<授業モデルB>

[ユニット6]故意

1    あらかじめ、最判昭23・3・16刑集2巻3号227頁、最判昭58・2・24判時1070号5頁を読ませる。あらかじめ授業で取り上げる論点を示した「論点表」(下記と同様のものであってよい)を配布し、各自において関連文献を検索させ、準備させる。
2    授業においては、問答形式により、以下の論点について検討を加える。
[未必の故意をめぐる実体法上の理論]
   —認識説、蓋然性説、認容説、実現意思説(動機説)
   —判例の立場
[盗品性に関する故意の立証をめぐる論点]
   —実務における知情の認定
   —実例の提示
   (1)    売渡人の属性・態度等から未必の故意を推認するもの、
   (2)    物品の性質・数量・価格等から盗品性の知情を認定するもの、
   (3)    取引の形態・その特殊性から故意を推定するもの、
   (4)    前後における行為者の行動から故意を認めるもの

[政策論、立法論]
   —挙証責任の転換
   —故意の推定に関する規定の導入
  

—過失処罰規定新設の可否

3    授業後には、政策論・立法論に関するレポートを宿題として課す。

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(3)授業の方法    

学生の予習と準備を前提として、基本的に問答形式(ソクラティック・メソッド)が採られる。ただ、週に数回の講義を入れ、頻繁に小テストを実施し、また、頻繁にレポートの提出を義務づけ、添削して返却するといった工夫が凝らされるべきことは基礎科目と同じである。時折、学生に口頭の報告をさせ、これをめぐって討論を展開するという演習形式(ゼミ形式)を併用することも考えられる。

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【刑事法演習II(刑事訴訟法)】(4単位)

(1)授業の目標と内容

   刑事法演習IIでは刑事手続法を対象とした演習形式の授業を行う。
   対象者は、1年次基礎科目・刑法・刑事訴訟法履修者である。刑事訴訟制度全体の基礎的知識と、基本判例及び解釈学説の体系的理解は備わっていることを前提とする。
   授業の目標は、既に修得した体系的知識を具体的な事例について「使いこなす」レベルに高めること、基本的な判例について、その事実関係との対比から、事実関係の変動した事例問題に対する射程距離や判例に基づく立論の技法を体得すること、その上で、判例の解釈論を墨守するにとどまらず、これを素材として批判的・発展的法的思考の訓練をすること、複合する刑事手続法上の論点について、事実関係を分析して刑事手続法上の論点を自ら発見し、説得的な解釈論を展開する能力をつけることにおかれる。
   4単位=約25−30回として、刑事手続法解釈・適用に係わる重要な項目を広くユニット化した。

[授業構成の例]

[1] 捜査の法的規制
  強制処分と任意処分   
  強制処分法定主義と令状主義
  任意処分の相当性
  違法捜査に対する救済との関係
[2] 警察活動と捜査
  職務質問と付随する所持品検査
[3] 逮捕と勾留
  逮捕と勾留との関係
  事件単位の原則
  一回性の原則
[4] 任意同行と取調べ
  任意取調べの相当性
[5] 別件逮捕・勾留と余罪取調べ
[6] 捜索・差押え
  令状による捜索・差押え
  令状によらない捜索・差押え
[7] 身体検査と体液採取
  強制採尿
  身体の捜索・検証・鑑定処分
[8] 科学的証拠収集
  写真撮影
  通信傍受
  電磁的記録の収集保全
  コンピュータネットワークの捜査
[9] 被疑者の弁護
  弁護人の選任
  接見交通と接見指定
  違法捜査の是正・救済手法
[10] 黙秘権
  黙秘権の範囲
  刑事免責
[11] 公訴提起
  訴追裁量権の行使とその逸脱
  違法捜査と公訴提起の効力
[12] 起訴状
  訴因の特定
  予断防止の原則
[13] 訴因の変更
[14] 訴訟条件
  告訴・告発
  公訴時効
  訴訟条件と訴因
  形式裁判
[15] 迅速な裁判
[16] 被告人の弁護
  保釈
  国選弁護
  必要的弁護
[17] 事前準備と証拠開示
[18] 証拠の関連性
  性格証拠
  科学的証拠
[19] 自白の証拠能力
  任意性とその立証
  違法収集自白
  派生証拠の証拠能力
[20] 自白の証明力
  補強法則
  自白の証明力評価
[21] 伝聞法則(その1)
  伝聞と非伝聞
[22] 伝聞法則(その2)
  伝聞例外
[23] 違法収集証拠の排除法則
[24] 裁判の効力
  内容的確定力
  一事不再理の効力
[25] 上訴−とくに控訴審
[26] 外国人と刑事手続
  通訳をめぐる諸問題
  入管法制と刑事手続
[27] 犯罪被害者と刑事手続

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(2)授業の方法

   小人数演習教育方式で行う。具体的には、予め配布された教材を学生が予習し、問題点を考えてくることを前提に、教場では、教師が学生に質問し、その回答に応じて議論する双方向方式。各回に主たる担当学生を指名してこれに進行自体を委ねる方式、又は、そのような担当者を決めずに全員が責任を持って準備してくる方式など進行方法はいろいろ想定し得る。
   教育の素材は主として判例ならびに設例を用いる。以下に示す授業モデルAは、重要な最高裁判例を素材として、あらかじめ提示された質問項目を学生が考えてくることを前提に進行する一例である。授業モデルBは、かなり長文の設例を素材としてこれを検討する例である。
   参考文献については、事前にこれを提示せず、学生自らの調査に委ねる方法と、予め必要最低限の文献を示しておく方法があり得る。
   時間の制約と効率の観点から、教師が「まとめ」的説明を与える場合もあり得る。
   各ユニットの締めくくりに演習問題を置き、解答の起案を課題とする。

<授業モデルA>=判例素材型

[ユニット1]捜査の法的規制

[事前配布教材]

   以下の予習用教材を事前に配布する。学生は【設問】について考えた上で教場に臨む。掲記した【文献】に設問に対する解答が書かれているわけではない。



   *判例【1】最決昭和51.3.16刑集30巻2号187頁

   事実関係を要約した判例教材、又は刑集(1.2審含む)原文を示す。(判例番号【】は、三井誠=井上正仁『判例教材刑事訴訟法(第2版)』の判例番号である)

【文献】

井上正仁「任意捜査と強制捜査の区別」刑事訴訟法の争点(新版)
松尾浩也・刑事訴訟法判例百選(第六版)1事件解説
井上正仁・刑事訴訟法判例百選(第七版)1事件解説
香城敏麿・最高裁判所判例解説刑事篇昭和51年度64頁
酒巻匡「強制処分法定主義」法学教室197号

【設問】

   この判例は、どのような事実について、どのような法律上の問題を解決するために示された判断か(被告事件の罪名は何か、解決すべき論点は何であったか)。
   事実関係に即してこの判例の判断内容を最も狭く解釈した場合、判例の結論命題はどうなるか。
   「有形力の行使」と「強制手段」との関係について
     「強制手段にあたらない有形力の行使」という表現の意味は何か。
     「強制手段」にあたる有形力の行使の実例を考えよ。
     「有形力の行使」ではない「強制手段」があるか。あれば実例を挙げよ。
   現行刑事訴訟法上「強制手段」の法的規律の手法にはどのようなものがあるか。
   「任意捜査」の法的規律は判例【1】に拠ればどのように行われるか。以下の観点から検討せよ。
  ・任意捜査の適否を、誰がいつ判定するのか。
  ・その判定手法の強制捜査の場合との異同はどこか。
   事実関係を離れて、判例の一般理論はどのように位置付けられるか。
   判例【9】【10】【2】における一般的判断を、【1】の事案・判断と比較せよ。



[授業進行モデル]

   以下は、実際の授業がどのように進行するかを教師の質問と想定される学生の応答の一例を掲げて示したものである。教師は、前掲事前配布資料に記載した設問を自ら考え、その上で、教場で学生に投げかける質問事項と想定問答等について、この程度の事前準備をすることが不可欠である。

Q    この判例は、どのような事実について、どのような法律上の問題を解決するるために示された判断か(被告事件の罪名は何か、解決すべき論点は何であったか)。
A    事案は公務執行妨害被告事件である。
Q    公務執行妨害罪の成立要件は何か。弁護人であったら、その要件のどこを争うか。
  Q    仮に警察官の行為が違法な公務であるとして、攻撃された警察官が負傷していた場合、検察官は、加害者を傷害罪で起訴し有罪とすることができるか。



Q    事実関係に即してこの判例の判断内容を最も狭く解釈した場合、判例の結論命題はどうなるか。
A    警察官が急に移動しようとした対象者の腕をつかんで引き留める「有形力の行使」は適法な公務の執行である。公務執行妨害罪における公務の適法性に関する一事例についての判断
Q    この判例の「有形力行使」に関する一般的判断部分は、警察官が有形力を行使した公務執行妨害事件以外には適用できないということになるのか。
     職務質問に伴う承諾のない所持品検査の場合はどうか
     被疑者の居宅から警察署への任意同行の場合はどうか
     被疑者を逮捕する場合の有形力の行使の場合はどうか



Q    「強制手段にあたらない有形力の行使」という表現の意味は何か。
A    有形力・物理力が直ちに「強制手段」にはあたらないということ。
Q    「強制手段にあたらない」とは法律的にはどのような意味があるのか。
     裁判官の令状がいるのかいらないのか。
     刑訴法に要件・手続が書いていなければ実行できないのか。
Q    「強制手段」にあたる有形力の行使の実例を考えよ。
A    例えば、逮捕の場合の実力行使、捜索・差押えの場合の実力行使。
Q    現行刑事訴訟法上そのような「強制手段」の法的規律の手法にはどのようなものがあるか。
A    要件・手続の法定と令状主義による事前規制。
Q    警察官による有形力・物理力行使は重大な法益侵害行為である。したがって「強制手段」にほかならず、裁判官の令状を要するという解釈は成り立つか。
     この解釈に拠れば、本件事案において警察官はどうしたらよいのか。
     現行犯逮捕、緊急逮捕できるか。



Q    「強制手段にあたらない」有形力の行使は、判例に拠れば、常に適法か。
Q    「任意捜査」の法的規律は判例に拠ればどのように行われるか。以下の観点から検討せよ。
     任意捜査の適否を、誰がいつ判定するのか。
A    第一次的には、有形力を行使する当の捜査機関、第二次的には、事後的に裁判になった場合に、裁判官が比較考量して行うことになる。
Q    その判定手法の強制捜査の場合との異同はどこか。
A    第一に、裁判官による事前規制はない。捜査機関の判断と裁量で実行できる。第二に、その適法性は事後的に見た手段の必要性・緊急性と対象者への法益侵害の程度との利益考量で決まる。
  Q    高度の必要性・緊急性が認められる場合に、令状なしに対象者の所持品を捜索し、内容物を差し押さえることができるか。できないとすれば、それはなぜか。できるとする解釈論が可能か。それは、この判例と整合するか。
  Q    警察官が臨機にやむを得ず有形力を行使する事案で、高度の必要性・緊急性が事後的に認められない場合があるだろうか。



Q    「有形力の行使」ではない「強制手段」があるか。あれば実例を挙げよ。
A    例えば通信傍受、秘密撮影。
Q    「有形力の行使」ではない「強制手段」という類型は、この判例の判断と整合するか。
Q    「有形力の行使」ではない「任意手段」があるか。あれば実例を挙げよ。
A    例えば公道における人の容貌等の写真撮影、被疑者の任意取調べ
Q    この判例は「有形力の行使」の適否に関する事案である。この判例の一般的判断を「有形力の行使」ではない任意手段の規制にも用いるのは判例の射程距離を超え不当ではないか。挙げた実例について、最高裁判例はどのような判断を示しているか。
Q    「有形力の行使」とは無関係の捜査手段にこの判例の判断を適用する理屈はあるか。



[演習問題]

   以上の教場での質疑・応答を前提に、以下の設例について解答案・起案の宿題。

   警察官は、警察署に任意同行した被疑者を取り調べ室に招き入れ、部屋の鍵をかけて自由に退出できない状態にした。このような警察官の行為は適法か。
   警察官は、公園で被疑者に対し警察署への任意同行を説得していたが、逃走や自殺のおそれも見込まれたので被疑者の周囲を多数の警察官で取り囲み、逃走が不可能な状態で数時間説得を続けた。このような警察官の行為は適法か。説得中に被疑者が犯行を自白した場合、自白の証拠能力はどのように判断すべきか。

<授業モデルB>=設例素材型

[ユニット22]伝聞法則その2(伝聞例外)

【設例】(東京地判平成7年9月29日・判例タイムズ920号259頁の事実より作成)

   被告人は、「N及びMほか数名と共謀の上、昭和六三年九月二一日午後七時ころ、干葉市<住所略>アパート『<名称略>』前路上において、帰宅途中の千葉県収用委員会会長00に対し、同人の身体を路上に押さえつけ、所携の鉄パイプ等でその両腕、両下腿部、顔面等を殴打する暴行を加えて同人の反抗を抑圧した上、同人所有の現金合計約四六万一五五〇円及び訟廷日誌等一五点在中の手提げ鞄一個(時価合計約二〇〇〇円相当)を強取し、その際、右暴行により、同人に入院加療三七九日間及び通院加療約六か月を要し、両膝軽度可動域制限、左足関節可動域制限等の後遺症を伴う両下腿骨開放性骨折、左橈骨骨折、右肘部挫創等の傷害を負わせたものである。」として起訴された。
   この犯行につき、実行行為者の一人として有罪判決一確定済一を受けたMは、被告人に対する第五回及び第六回公判廷に証人として召喚されたが、宣誓及び証言を拒否したため、東京地方裁判所<事件番号略>等事件(Mに対する強盗傷人一窃盗被告事件)の第一回公判調書謄本、同裁判所<事件番号略>等事件(Nに対する強盗傷人、窃盗被告事件)の第六回ないし第八回公判調書謄本中のMの各供述部分、同人の検察官に対する供述調書六通、同謄本六通が証拠として取調べられた。
   これらの証拠において、Mは、本件強盗傷人の事実につき、概略以下の趣旨の供述をしている。

1

   まずMが、T派革命軍に加わり、対人闘争に加わるようになった経緯等は以下のとおりである。自分は、昭和六一年三月から中核派の非公然活動に従事していたが、昭和六二年七月湘南のホテルでの会議で、同派の××から軍に移るようにと言われ、同年八月茨城県結城市内でAとほか一名の上級の指導者と会った際、自分の所属は、対人闘争部隊であると告げられ、Aから自分のキャップとなるNを紹介された。
   その後班員のアジトに泊まっていたが、同年九月上旬、Nの指示を受けて横須賀に行き、偽名で横須賀市内の会社に型枠大工として勤めるようになった。
   同年一二月中旬、入間市内の国民宿舎にN、Dらと集まって班会議が開かれた際、近々K派をやるから参加してくれと言われ、同月一五日ころ、Nの指示で青梅線河辺駅付近の喫茶店で初めて丙と会い、丙と共にトレーニングウエアと靴を買った後、A、丙、Yと一緒に奥多摩町の民宿に宿泊した。その際、Aから「今度やるのは新川崎駅近くの国鉄アパートに住んでいるトタンだ。」と言われてその写真を見せられた上、Aがキャップとなり、相手の身体を押さえつけ、Xは相手にタックルをし、Eは運転手、Yは電話線の切断、丙と自分は相手の足を抑さえ所持品を奪うという役割分担の話があり、翌一六日、付近の愛宕神社境内で右役割分担に基づく訓練を実施し、再度前記民宿に泊まって、図上演習をするなどした。
   次いで、同月一七日から、A、丙らと共に横浜線中山駅付近の旅館に三、四泊し、その間、Aの指示で、丙と一緒に待機に利用するための喫茶店、逃走のためのバス時刻表の調査を行い、さらに、その後、丙と二人で横浜市鶴見区生麦付近の旅館で一泊した上、丙と田園都市線青葉台駅付近で帽子、手袋、サングラス等を買い、その後、E、Aらと合流し、計七名で港北ニュータウンの造成地内で一泊した。
   その翌日も襲撃現場付近の駐車場等で待機していたが、攻撃相手が現れず、同月二五日、相模線上溝駅付近の喫茶店に丙と共に待機していたところ、Aから任務解除を伝えられた。

2    次に、本件強盗傷人事件の経緯は次のとおりである。自分は、昭和六三年八月中旬、Nの呼び出しを受け、鬼怒川河川敷で野宿をしたり、茨城県潮来町の旅館で一泊するなどして、同月二二日ころ、犬吠崎付近の君ケ浜キャンプ場に行き、革命軍のA、丙ら数名と合流し、同所で、A、F、丙、女性一名らと会議するなどして一、二泊した後、革命軍のメンバー数名と九十九里浜海岸の民宿で一泊した。
   同月二五日、千葉県成東町の小松海岸で、Aから、横須賀のDにフィルムを届け、現像、焼き付けを行うよう指示され、翌二六日、横須賀のアジトに帰り、DにAの指示を伝えた。同月三〇日、Nから写真を持って来るように指示され、前記上溝駅付近の忠実屋駐車場でAと落ち合い、写真を渡したところ、同人から、明日から仕事をしてもらうと言われた。翌三一日、前記忠実屋駐車場で甲と会い、その際、同人から「今度現場で指揮をとる、よろしく。今から一緒に行ってもらう。」と告げられ、同人と千葉県野田市に行き、旅館に泊まった。この時、同人から写真の人物は千葉県土地収用委員会の00会長であるとの話があった。
   翌九月一日、九十九里の長生村の白子海岸で、女性一名及び乙、丙と合流し、テニス合宿の名目で民宿に泊まったが、その夜、乙の主催で会議が開かれ、ターゲットは00会長であると言われ、翌日から乙と共に二泊三日で同会長の動静を観察するようにとの話があった。
   翌二日から同月四日まで、乙、戊、Eらと交代で千葉市内のアパートに潜んでOO会長を見張り、同月五日、茂原に行き、A、丙、Gと合流して、大原町の民宿に泊まり、翌六日、再度千葉市内のアパートに戻り、戊と交代して00会長の動静を観察したが、同月八日、迎えに来た丙から、観察打ち切りを告げられ、同人と共に茂原市内に移動した後、七名で勝浦市付近の民宿に泊まり、観察結果を報告するなどした。
   同月一〇日、一一日は、丙と共に、千葉県九十九里町片貝海岸の民宿に泊まりながら、東金市付近で、襲撃日に昼食をとるレストランを探し、二一日には丙と九十九里町の喫茶店に出向いて甲と会い、現場訓練を行うのに適当なホテルを探すよう指示され、当夜は丙と茨城県波崎町の民宿に泊まり、翌日は、それぞれ潮来周辺のホテルを調査し、その後、丙と合流して鹿島町内の旅館に宿泊した。
   翌一四日、丙と潮来町に移動し、甲、A、丁と合流した後、二班に別れ、自分は、甲、Gと共に潮来町の旅館に泊まった。翌一五日、潮来町の簡易保険センターに甲、丙、丁、Gらと偽名で宿泊したが、その夜中を中心とした会議が開かれ、「攻撃は五点セットでやる。甲は現場キャップで、会長に体当たりをする。丙は会長の手足を押さえ、逃走の際に必要があれば釘を撤く。丁は手足、顔面を鉄パイプで殴打する。Gは手足を押さえ、ハンマーで足を殴打する。自分は鞄等の強奪と見張りを行う。」という役割分担が告げられた。
   翌一六日、茨城県大野村の海岸に行き、A、甲、丙、丁、G、E、戊と自分とで十数回にわたって襲撃の訓練を行い、攻撃手順を打合せした上、前日と同じセンターに宿泊した。翌一七日、甲と同県神栖町に行き、合流した戊と二人で逃走に使用するスーツ等を購入し、その夜は銚子市内の外川漁協近くの民宿にA、E、丙らと数名で宿泊し、翌一八日、A、丙、戊らと前記君ケ浜近くの松林で訓練を行い、再度A、甲、丙、丁、Gらと「文治」に宿泊したが、当夜の全議で決行日は二一日とされ、マスク、軍手、手袋、ヘルメット、風呂敷等が配付された。翌一九日、これらの品をワゴン車に積み込み、丙、Gと銚子市内に行き、波崎町の民宿に宿泊し、翌二〇日、甲、丙、Gと四人で西海鹿島駅付近の旅館に宿泊したが、その夜A、E、戊、丁が合流し、Aの指揮下で最後の作戦会議が開かれ、身分を偽るための偽造の身分証明書、名刺、定期券等を渡され、犯行当日は都内のホテルに泊まり、翌日午後三時埼玉県飯能市の「すかいら一く」に集合すること、逃走の際は丙と一緒に駅まで行くようにとの指示を受けた。
   翌二一日、甲、丙、Gらと君ケ浜の駐車場に行き、A、Eと合流の上、午前一一時ころ、ワゴン車に乗って出発し、昼食後トレーニングウエアに着替え、Eの運転する車で甲、丙、丁、戊、Gと午後六時ころ本件犯行現場近くに到着し、丁がレポ役の乙とトランシーバーで交信し、戊が電話線の切断を行い、甲、丙、丁、Gと自分はヘルメットを着用して待機した上、駆け足で現場に行き、甲が丙に間違いないかを確認し、丙が間違いないと答えるや、甲が00会長を仰向けに倒して馬乗りとなり、丙、Gも加わって動けないようにした上、丁、Gが鉄パイプ等で被害者を殴打し、さらに、丙が馬乗りとなって、ズボン、上着のポケット等を探り、自分は鞄を奪って甲に渡し、全員ワゴン車に乗って現場を離れ、逃走用のスーツに着替えて、順次下車して逃走した。
   以上がT派革命軍に所属してから本件犯行に至るまでの経緯及び犯行状況についてのMの供述の概略である。Mは右各供述を通じて、Nを除き実行犯を含む本件の関係者らを前記のとおり甲、乙、丙、丁、戊及びA、B、C、D、E、F、G等の各符号を用いて供述している。
   検察官として本件捜査を担当し、Mの取調べに当たった証人Pは、第八回ないし第一一回公判調書において、Mは、Nを除く共犯者らについて氏名で特定することを拒否したため、右のような符号を用いて各人物を特定して記載したものであるが、Mを起訴した後の平成二年一月三〇日、共犯者を特定するため、Mに写真一〇枚を示して共犯者の有無を確認したところ、A、E及び丙の三名についてそれぞれ写真で特定したが、右丙として指摘した写真が当時△△といわれていた被告人の写真であった旨証言している。
   Mは、平成元年一一月一〇日別件の偽造有印私文書行使の被疑事実で逮捕され、当初黙秘を続けていたものの同月一六日ころから、T派革命軍に加わった後の活動、右偽造有印私文書行使の事実を始め自己が関与した自動車窃盗事件、ナンバープレート偽造事件、K派襲撃計画、浅草橋駅襲撃事件、そして本件00会長襲撃事件について次々と供述を始め、本件についても、平成元年一一月四日から平成二年一月二四日までの間、前記のとおりの詳細な供述を行った多数の調書が作成されている。
   これらの供述を始めた動機として、Mは「偽名を用いて就職するなど偽りの生活に苦痛を覚え始めていたところ、逮捕されたため、T派を離脱する決意をし、革命軍に所属していた間に犯した犯行すべてについて話し、裁きを受けた上で新しい人生を歩みたいので、進んで供述してきた。」(検察官に対する平成元年二一月二六日付供述調書謄本)もので、「警察や検察官から追及されてしゃべったのではなく、これまでやってきたことを話して、自分なりの責任をとってやめようと思った。」(前記Mに対する強盗傷人、窃盗被告事件の第一回公判調書謄本)旨供述しているが、Nを除く共犯者らの関係者をいずれも符号で述べた理由については、「Nについては、自分のキャップであるから、名前も言わないと自分の行動を十分説明したことにはならない。」こと及び「Nは自分と同時に逮捕されたものであるから、氏名を出すのもやむを得ない。」が、その他の者については、「これまで同じに闘ってきた人であるから、本人がそのまま続けたいというのであれば、本人が続けるべきであると思い、他の人のことについては、名前はというかそういう特定できるような形では話さなかった。」旨供述している(前記Mに対する強盗傷人、窃盗被告事件の第一回公判調書謄本)。
   ただ、Mは氏名による特定は拒否したものの、共犯者らの身体的特徴については、検察官に対する平成元年一二月四、五日付供述調書謄本において、Aは「現在(供述当時)年齢が四二歳位であり、身長約一六八センチ、体格は筋肉隆々としたガッチリした体型で、眼鏡をかけ、頭頂部の頭髪がやや薄いという特徴がある。」Cは「現在の年齢が三五歳位であり、身長約一七二センチ、ガッチリとした体格で、眼鏡をかけた男」、Dは「現在の年齢が三五歳位で、やせ型の体格をしており、眼鏡をかけている。」、Eは「現在の年齢三五歳位で、身長が約一七五センチ、頬骨が張って、野球のホームベースのような形の顔をしたやせ型の人物で、眼鏡はかけていない。」、Fは「現在の年齢が三五、六歳位で、身長約一六五センチで、頬にしわがよる特徴があり、色は浅黒く、眼鏡をかけていない。」、Gは「現在の年齢三五、六歳位で、身長約一六五センチ、ガッチリした体格で眼鏡はかけておらず、手の甲等が毛深いとの印象を受けた人物」とそれぞれ供述している(いずれも検察官に対する平成元年一二月四、五日付供述調書謄本)上、P証人によると、時間的な余裕がなく調書にはしていないが、甲、丙、丁等についても、同様に特徴を聴取しており、丙については、年齢三五歳位、身長一六〇センチ位、小柄で眼鏡なしと供述したことが認められる。
   Mに対しては、強盗傷人、窃盗で公訴を提起された後も、同人の承諾のもとに、P検事による任意の取調べが行われ、同年一月二三日には昭和六二年のK派襲撃計画につき、翌一月二四日には00会長襲撃事件につき、それぞれ補充的な供述調書が作成されているが、右各調書では、各共犯者らについて、いずれも従前どおりの符号が用いられている。
   これと並行して、Mを取り調べた警視庁公安部のQ警部補及び前記P検事が、それぞれ写真を示して、共犯者の特定についてMを取調べている。
   Q証人は、その経緯について次のとおり供述している。同年一月九日ころ、上司から、本件についての共犯者の捜査を命じられ、T派の活動家約一〇〇名の写真帳をMに示し、「この中に知っている奴がいるか。いないかもしれないが、いたら教えてくれ。」と言うと、Mは右写真帳をめくっていたが、急にページが止まるとか、ページを飛ばすなど七名について不自然な反応があり、そのページを「何で飛ばしたんだ。」と追及すると、「やっぱり私は嘘つけないんですね。」といいながら、五名についてはその場で誰々であると話したこと、もっとも、これらはいずれも本件と関係のない他の事件の関係者であり、残りの者について、「九・二一の実行部隊の者はいるか。」と更に追及したところ、「この中に数名はいる。しかし、今は言えない。ここで言うと全部警察に加担したことになる。これからは、警察にもT派にも加担しない。だからいるとは言えるが、今は言えない。しかし、これだけ詳しく話しているからそちらの方で分からないのか。」と答え、調書の作成にも応じなかった。同月一六日、上司から「最終的に捜査の結果、この五名に絞られた。」として五枚の写真を渡された。右のうち二枚は、九日にMが反応を示したが、説明を拒否した者であり、この五枚の写真をMに示し「我々の捜査の結果この五枚に絞られた。いないんならいない、いるならいると言ってくれ。」と尋ねたところ、Mは、顔色が変わり、泣きながら、「これがAさんです。私の言っていた身体の特徴にそのままでしょう。唇の薄いとこ、頬の出てるとこ、頭部の薄くなった感じ。この写真は眼鏡をかけていないが、間違いなくAさんです。」と供述し、さらに別の写真を見て「これは丙さんです。初めて写真を見た時から分かっていました。しかし、あの時は言えませんでした。」と供述したが、調書の作成については、「それはできない。私は嘘は言っていないが、調書にすれば全部警察に加担したことになる。」と言うので、調書作成を断念し、これに代えて報告書を作成した。その後雑談の中で、Mは右五枚には含まれていなかったEについても特定した。
   また、P証人は、平成二年一月下句、上司から、Mから面割り供述をとるよう指示され、警察で特定したというA、E、丙の三枚の写真を入れて、T派活動家の写真一〇枚を用意してもらい、同月三〇日Mに対し「警察で一部の者について面割りしているようだが、間違いないか。」と尋ねたところ、Mは少し考えた後「間違いない。」旨答えたので、右写真を示したところ、五番目の写真について「これがAです。」、三番目の写真について「これがEです。俳優の細川俊之に似ている。」、九番目の写真について「これが丙です。」と説明し、さらに一番目の写真について「これが他の班のキャップです。」と述べたが、調書にしていいかと尋ねたところ、「それはできない。仲間を裏切ることになるし、組織の報復も怖い。」ということであったので、調書の作成は断念し、取調状況報告書を作成した旨供述している。
【設問】  
1    Mの供述調書はいかなる場合に証拠として用いることができるか。設例の場合に限らず、考えられる場合を一般的に挙げよ。
2    Mの供述調書中、再伝聞にあたる供述があるか。「攻撃は五点セットでやる。甲は現場キャップで、会長に体当たりをする。丙は全長の手足を押さえ、逃走の際に必要があれば釘を撤く。丁は手足、顔面を鉄パイプで殴打する。Gは手足を押さえ、ハンマーで足を殴打する。自分は鞄等の強奪と見張りを行う。」という部分はどうか。
3    Mの宣誓及び証言拒否は、法321条1項の供述不能にあたるか。
4    証人Pの証言中のM供述に証拠能力は認められるか。
5    仮にMが丙なる人物は実在しないとの公判廷証言をした場合、Mの供述調書、T証言中のM供述の証拠能力はどうか。
6    仮に検察官が当初からMの供述調書の証拠調べを請求したとする場合、被告人側はこれに同意した上、改めてMの証人尋問を請求することはできるか。同意せず、Mの証人尋問を行う場合といかなる差異があるか。
7    検察官が被告人側の否認に鑑み、Mの供述調書の証拠調べを請求することなく、はじめからMの証人尋問を請求する方針をとるとき、手続上いかなる問題が生じ得るか。
8    仮にNが被告人の関与を否定する証言をしたとする。この場合に、Mの供述調書及びT証言中のMの供述部分を328条の証明力を争う証拠として証拠調べ請求することはできるか。

   授業では、以上の点について、討論形式で順次検討する。
   授業後、そこでの討論を踏まえ、証人Tの証言中のMの供述の証拠能力について、文章化して提出させる。

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【刑事法演習III(刑事法総合演習)】(2単位)

(1)授業の目標と内容

   実体刑法は、犯罪事実を確定し科すべき刑を定める手続が存在しなければ、実現されることがない。刑事手続は、このような実体刑法を実現する手続である。法実務において、刑法と刑事訴訟法は、常に不可分の関係で働く以上、実践的な法的思考力を修得・練磨するには、両者を総合した考察が不可欠である。刑事法演習III(刑事法総合演習)では、領域型の刑事法演習I、IIを踏まえあるいはそれとの有機的連関を保ちつつ、そこでの学習成果を掘り下げ、実務関連科目ひいては実務修習、実務における法実践に架橋するものとして、刑法と刑事訴訟法(事実認定を含む)が交錯する基本的な問題をとりあげ、より実践的な演習を行う。
   実体刑法が刑事手続を通じてどのように実現されるか、実体刑法が刑事手続上どのような意味をもつかを、基本的な犯罪(要件)事実の認定の問題を含め、問題研究の形で検討する。事実認定については、生の証拠を用いなくとも、例えば事実認定が争点となった裁判例を素材に、そこで証拠から認定された間接事実を提示し、それが主要事実の認定にいかなる意味をもつかを検討させることが考えられる。

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(2)授業の方法

   あらかじめ設例・設問を与えてそれに対する解答を準備させ、教室では、問答形式で問題点の検討を行う。
   授業後には、設例あるいは関連問題に対する解答を、授業中の議論を踏まえて文章にまとめさせ、提出させる。

[授業構成の例]

[1] 因果関係とその認定
[2] 殺意とその認定
[3] 過失とその認定
[4] 責任能力とその認定
[5] 阻却事由とその主張・立証
[6] 挙証責任の転換・推定規定
[7] 共謀とその認定(1)—共謀の認定と訴因
[8] 共謀とその認定(2)—共謀の認定と共犯者の自白
[9] 罪数と刑事手続(1)—一部起訴、時効、告訴
[10] 罪数と刑事手続(2)—罪数と訴因・一時不再理効
[11] 微罪と刑事手続
[12] 新しい犯罪現象と刑事手続(1)—ネットワーク犯罪と刑事手続
[13] 新しい犯罪現象と刑事手続(2)—ネットワーク犯罪と刑事手続

<授業モデルA>

[ユニット2]殺意とその認定

【設例】(横浜地判平成10年4月16日・判タ985号300頁より)
   目撃者B及び被告人の妻Cの各供述を中心とした関係証拠によれば、犯行に至る経緯犯行状況等として以下の事実が認められる。

1

   被害者は被告人の一人娘であるが、被告人は日ごろ被害者を大変にかわいがり、自分や二人の息子が高校を卒業していないことから被害者には無事卒業してもらいたいと切望していたところ、被害者は、平成九年六月中旬ころから外泊を繰り返し、本件の一週間くらい前からは無断で外泊もするようになったので、被告人はこれを注意していた。さらに、同年七月二九日に予定されていた被害者の高校での親を含めた三者面談について、被告人は、被害者が高校を卒業できなくなるのではないかなどとひどく心配していたが、被害者が七月二七日無断外泊をしたので、被告人は、七月二八日の夕食の際、被害者に対して当夜は外泊をしないよう強く注意した。

2

   被告人は、飲酒すると攻撃的になって、ささいなことでも自分の思うようにならないと怒り出し、「ぶち殺すぞ。」などと言って妻に対して暴力を振るったり、食器等の物を投げつけたりすることがよくあり、本件の一か月前くらいからは、妻の足元などに出刃包丁を投げつけるようにもなった。被告人は、被害者に対しては、怒鳴りつけることはあっても暴力を振るうことはなかったが、本件の一週間くらい前には、外泊のことに関して被害者に対して出刃包丁を振りかざしたことがあった。

3

   被害者は、右のように二八日の夕食の際外泊をしないよう強く言われたにもかかわらず、当夜も行き先を告げずに外出して帰らなかった。これを知った被告人は、怒って妻に当たり散らすなどした上、焼酎を飲んで眠った。

4

   翌朝、被告人は起きてすぐ残りの焼酎一合分を飲んだ。被告人は、午前八時過ぎころ帰宅した被害者に対し、「お前どこに行っていたんだ。何をしていたんだ。お前なんかいらない。出て行け。ぶっ殺してやる。」などと激怒して怒鳴りつけたのに対し、被害者が「くそじじい。」などと口答えをして口論となった。被告人は、台所の流しの下から出刃包丁を持ち出して振りかざしたが、これを見た妻が被告人から包丁を奪いとり、被害者に逃げるように言ったので、被害者は玄関から屋外に逃げ出した。次いで、被告人は、今度はたんすから被害者の衣類を取り出し、「出て行け。」などと怒鳴りながらこれらを次々に玄関から外に放り投げた。そして、被告人は、再び台所の流しの下から前記出刃包丁(刃体の長さ約一三・二センチメートル、重さ約一七八グラム)を持ち出し、「殺してやる」とつぶやきながら外に出た。その際、妻は再び外に向かって「逃げろ。」と叫んだ。

5

   被害者は、玄関から出て、いったんは三二四号棟の出入口階段の途中に腰を下ろしていたが、前記母の声を聞いたためと思われるが、立ち上がって歩いて降りかけたとき、被告人が部屋から外に出てきた。被告人は、階段の降り際に立ち止まり、右手に持った前記出刃包丁を頭部右側付近に振り上げて、階段を降りつつあった被害者の方に投げつけた。その時、被告人は階段の一番上に、被害者は階段の上から六段目付近におり、被害者の頭部はおおむね被告人の足元の高さにあって、両名の水平距離は約三・三メートルであった。

6

   被告人が投げた出刃包丁は被害者の後頭部に突き刺さり、その後階段上に落下した。被害者は、出刃包丁が当たった後、両手を後頭部にあてがい、そのまま階段を降りて道路を歩いて行った。被告人も、階段を降り、包丁を拾って、被害者の後ろをしばらく歩いてついて行った。被害者は近くのそば屋付近まで歩いて行ったが、被告人は、被害者を立ち止まって見ており、その後引き返した。

7    被害者は、左後頭部に深さ約三センチメートルの小脳に達する刺創を負い、同日午後一一時五一分ころ、収容先の病院で小脳刺創及び頭蓋内出血により死亡した。

【設問】

1 殺意の認定
  (1) 確定的故意とは何か。未必の故意とは何か。
  (2) 確定的故意と未必の故意で事件処理上、何か異なる点があるか。
  (3) 設例の被告人について、殺意の肯定の方向にはたらく事情、否定の方向にはたらく事情を整理せよ。
  (4) 設例の被告人について、殺人の確定的故意を認めることができるか。未必の故意はどうか。
  (5) 事実4に掲記の被告人の発言(「ぶっ殺してやる」)は、殺意の認定にいかなる意味をもつか。
  (6) 被告人の殺意を認める自白があったとした場合、殺意の認定にいかなる意味をもつか。
  (7) 包丁は直接命中しなかったが、よけようとした被害者が階段を踏み外して転倒し、頭部を強打して死亡した場合、どのような問題が生じるか。
  (8) 被告人が、「被害者が逃げないように、包丁を被害者の目の前に落とすつもりで投げたところ、手元がくるって、被害者に刺さってしまった」と供述している場合、どのような問題が生じるか。
2 縮小認定
  (1) 設例の被告人について殺意が認定できない場合、傷害致死罪の認定はできるか。
  (2)

起訴状に殺人の訴因が掲げられている場合、傷害致死の認定に訴因変更は必要か。

  (3) 殺意の存否が確定できない場合に傷害致死罪を認定するのは、札幌高判昭和61年3月24日高刑集39巻1号8頁が遺棄行為時における被害者の生死が確定できない場合(保護責任者遺棄致死か死体遺棄)に死体遺棄罪を認定したのと同じか。
3 その他
  (1) 目撃者が事実4掲記の被告人の発言を聞いたと証言する場合、この証言は伝聞か。

【授業の進め方】

   上記の設例・設問をあらかじめ配布して解答を準備させ、授業では、各問題点について、問答形式で検討を深める。
   授業後、参考文献(例えば大野市太郎「殺意」小林充=香城敏麿編『刑事事実認定(上)』)を指示し、改めて、設例について殺意が認定できるか、文章にまとめさせ提出させる。

<授業モデルB>

[ユニット7]   共謀とその認定(1)—共謀の認定と訴因

【設例】(大阪地判平成6年3月8日・判時1557号148頁より)

本件犯行に至る経緯は、概ね次のとおりであると認められる。

1    被告人は、平成元年七月ころより、超音波気泡浴器(商品名バブルスター)の販売普及員として働いていたが、そのころ、中学時代の友人から、当時同じくバブルスターの販売をしていた岐阜市内に本拠を置く暴力団甲野会系乙山組の組員であるBを紹介されて付き合うようになり、Bの運転手や小間使い等をするうち、同年一二月ころより、Bの配下として、C、DことEが大阪府東大阪市内で経営する不動産業丙川企画に出入りするようになった。そして、前記のように同企画の従業員であるFことGやHと知り合う一方、乙山組の組員であるB、その実弟のI、J、Iの舎弟のKらとともに、Eのいわゆる地上げの仕事を手伝っていた。
2    ところで、Eは、昭和六二年夏ころ、M(殺害当時四六歳)と知り合い、丙川企画を経営する傍らMやNとともに、昭和六三年四月ころ、不動産仲介業有限会社戊田興産を設立し、同年一〇月ころまで一緒に営業活動をしていたところ、その間の同年八月上旬ころ、MからO子が負っていた借金の肩代わりを頼まれて承諾し、O子から夫のL所有の土地・建物の権利証とO子に作成させた夫名義の委任状等を預かり、O子の借金二四五万円を代払いし、さらにO子に約三五万円を貸し付けた。ところがEは、右の権利証等を悪用して、同年一〇月ころ、土地・建物についてE名義に所有権移転等の登記手続をし、平成元年五月、これを株式会社甲田に譲渡して、その旨の登記手続も完了させたところ、Eは、同年九月ころ、Lが株式会社甲田を相手に処分禁止の仮処分決定を得た上、同社とEを相手に所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴訟を提起したことを知るとともに、平成二年一月二五日には、同訴訟の証拠として提出された告訴状を見て、LがEを私文書偽造、公正証書原本不実記載等で告訴し、かつ、右告訴状には告訴事実に関するL側の証人としてM、N、O子の氏名が記載されていることを知った。そこでEは、M、Nが右登記手続についてEが不正をしたことを知っており、M、Nが証言して真相を明らかにすれば刑罰を受けることになると思い、かつての部下に裏切られたと腹が立つとともに、同月二六日に、Eは、別件の恐喝罪等による一審の実刑判決に対する控訴を棄却する旨の判決を受け、取りあえず上告したものの、実刑が確定して近い将来収監されることが予想され、しかもその時期がEの当初の見込みよりも早くなったため、Eが手がけていた不動産の売買交渉を途中で打ち切るほかなく、これにより多額の損害を蒙ることを考えると、前途暗澹たる気持ちになった。こうして、そのころから、Eは、被告人、B、Jらに、Lから民事訴訟を提起されており、これに負けると刑事事件になってさらに二、三年余分に懲役に行かなければならなくなるので、民事訴訟を有利に進めるためにはL、M、Nの三名を殺さなければならない旨話した上、Bらに報酬を約束して殺害を持ちかけるなどし、さらに、G、H、Jらに対し、まずLの殺害を命じ、これを受けてH、G、JがLを殺害しようとしてその後をつけたりなどしたが、結局実行することができなかった。
   他方、前記のように丙川企画に出入りしていた被告人は、そのころ、Eが、前記のような事情からL、M、Nの三名を殺害するなどと話しているのを聞き、EのNら三名を殺害する企画につき半信半疑であったが、程なく、GとJがLを殺害するための下見から帰って来て、その結果をEに報告しているのを聞いて、Eが本当にLを殺害する計画を進めていることを知った。
3    Eは、前記のような経緯からLの殺害を実行することができなかったことから、先ずMやNが不利な証言をすることを阻止しようと考え、同年二月一二日午前七時ころ、B、被告人、K、G、H、Jを大阪府東大阪市内のE宅に呼び集め、「今からMをさらいに行く。」と指示し、Eら七名全員が自動車二台に分乗してM宅のある同府岸和田市に向かった。
   被告人は、Eの前記指示を聞いて、MはEが殺害すると言っていたうちの一人であったので、Eの前記指示は、Mをさらって殺すという意味ではないかと思ったりもしたが、なお疑問を持っていた。
   Eは、岸和田市に向かう途中、Bや被告人らに対し、Mを電話で呼び出すので、Mの運転する自動車にわざと被告人が運転する自動車を衝突させた上、Bらが因縁をつけ、そこへEが仲裁に入り、示談交渉をするように装ってMをさらう旨指示をする一方、Mに電話をかけて言葉巧みにMを呼び出した。そして、Bや被告人らは、Eの指示どおりに事を運び、事故の示談交渉をするように装ってMを連行し、同日午前一〇時ころ、Eの指示する本件家屋にMを連れ込んだ。
4    (1)Eの指示で、K、Hは、Mを本件家屋二階(以下単に「一階」あるいは「二階」という。)に連れて行き監視していた。一方、Eの指示により、GとJは、E宅までクロロホルム液様の入った瓶とスプレー、封筒入り現金(二〇〇万円)を取りに行き、また、被告人は、EやBらが食べる弁当を買いに行った。(2)被告人が弁当を買って来た後、一階でその弁当を食べ終えたEは、被告人に対し、二階のMに弁当を持って行くように指示し、その際、Eは、「どうせ、これが最後のめしや。」と言い被告人は、二階のMのもとに弁当一個を持って行った。(3)弁当を持って二階に上って来た被告人と入れ替わりにKとHの二人が一階に下りた僅かの間、二階において、被告人一人でMを監視してその逃走を防止していた。(4)その後、二階では、Eの指示を受けたKとHが、Mの顔や頭等を殴ったり、腹等を殴ったり蹴ったりし、Eがその仲裁に入って、暴行を止めさせるなどして示談交渉をしているように装い続けた。(5)さらにその後Eは、Hに対し、GとJが持ってきたクロロホルム液様のものをスプレーで吹きかけて気絶させるように指示し、HがMに対し、同液スプレーで吹きかけたが、全く効き目がなかった。Eは、この時、BやJに対し、Mをけん銃で撃ち殺してはどうかという趣旨のことを言ったが、音がするからいけないとBやJらに反対されるという一幕があった。(6)Eは、BやKに対し、Mを殴ったり蹴ったりして気絶させるように指示し、Kが二階に上がり、Mの腹を膝蹴りする暴行を加えた後、Kが一階に下りて来てEにその状況を報告したところ、Eは、もっと徹底的にMを痛めつけるように指示し、K、B、J、Hは、二階でMの胸や腹をげんこつで殴ったり、足や膝で蹴りっける暴行を加え、Mを気絶させた。そして、これもEの指示により、気絶したMが正気にもどり、暴れたり大声を出さないようにするため、K、B、Jは、Eの両手を洗濯用ロープで後ろ手に縛り、同ロープで両足も縛った上、タオルで猿ぐつわをした。これに先立ち、同ロープは、Gが一階に張ってあったものを取り外してきたものであるが、その際、被告人は、それがMの身体を縛るのに使用されると考えながら、Gが洗濯用ロープを取り外すのを手伝った。(7)前記(4)ないし(6)の間、被告人は一階にいたが、二階ではMに暴行を加えることに伴う大きな音が断続的にしていたことから、被告人は、一階の窓から隣家や外部を警戒して見張りをしていた。(8)前記のようにMが気絶したので、K、B、J、G、H、被告人の全員が一旦一階に集まった際、Eは、その場にいた被告人ら全員に対し、首のところに両手を持っていき、腕を左右に引っ張って首を絞めるような身振りをしながら、「やってまえ。」「あいつを生かしといたら裁判のとき何を言われるかわからん。わしもおちおち懲役をつとめられへん。いてまえ。」などと言って、Mを殺害することを指示した。(9)そこで、EのM殺害の指示を受けたB、J、K、G、Hが、二階に上がり、Kが、まず両手で、続いてMのズボンのベルトでMの首を絞めつけ、次いでKとGが二人がかりで電話機のコードや犬の散歩用の紐を用いてMの首を絞めつけて、Mを窒息死させて殺害した。(10)二階でM殺害が実行されている間、被告人は一階にいたが、Eの指示により、Gを呼びに二階に上がり、Mの首を絞めていたGに対し、「社長(Eのこと)が呼んでいる。」と声をかけて一階に下りた。Eは、一階へ下りてきたGに、E宅から持ってきた現金を出すように言い、封筒入り現金二〇〇万円をGから受け取った。

【設問】

1 共謀の認定
  (1)    実行行為を行わない共同正犯(共謀共同正犯)を認めることはできるか。認め得るとすれば、その成立要件は何か。
  (2)    Eについて共同正犯を認定することはできるか。
  (3)    被告人について共同正犯を認定することはできるか。
2 幇助犯の認定
  (1)    被告人を共謀共同正犯と認定できない場合、幇助犯の認定はできるか。
  (2)    起訴状記載の訴因が共謀共同正犯であるとき、幇助犯の認定に訴因変更を要するか。
3 共同正犯と幇助犯
  (1)    共同正犯と幇助犯を区別する基準は何か。
4 共謀と訴因
  (1)    検察官が想定する共謀の成立時点はいつと考えられるか。
  (2)    共謀とは、謀議行為か心理状態か。
  (3)    共謀の点につき、「共謀の上」とのみ記載されている訴因は特定しているか。
  (4)    (3)の場合に、共謀の成立時点につき求釈明要求がなされた場合、裁判所はどうすべきか。

【授業の進め方】

   上記の設例・設問と最(大)判昭和33年5月28日・刑集12巻8号1718頁(練馬事件)をあらかじめ配布して設問の解答を準備させ、授業では、各問題点について、問答形式で検討を深める。
   授業後、参考文献(例えば、石井一正=片岡博「共謀共同正犯」小林充=香城敏麿編『刑事事実認定(上)』、小林充「共謀と訴因」大阪刑事実務研究会編『刑事公判の諸問題』等)を指示し、改めて、設例について共謀の認定ができるか、「共謀の上」とのみ記載された訴因が特定しているか、文章にまとめさせ、提出させる。

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