戻る


2−3公法基幹科目・憲法
   
(1) 編成の考え方
     「公法基幹科目・憲法」では、受講者が公法基礎科目等の履修により憲法・行政法の基本的な構造や基礎的な知識を習得していること、および民事法・刑事法の基礎科目等の履修により民事訴訟・刑事訴訟に関する基礎的な理解を有していることを前提として、訴訟を通じて人権救済などの憲法規範の実現を図るために必要な専門的知識の習得を図り、法的分析能力や思考能力あるいは法的議論を行う能力を育成することを目的としている。
     より具体的な科目編成の方法としては、第一に、「憲法演習Ⅰ」を「憲法訴訟論」とし、付随的違憲審査制の基本構造、司法権における「法律上の争訟」の要件、違憲審査の対象、対審手続と裁判の公開など、憲法訴訟の制度・手続に関する問題領域を取り上げている。
     次に、「憲法演習Ⅱ」については、これを「人権保障論」とし、違憲審査基準論、立法裁量論あるいは立法事実論など、違憲審査における実体判断の基本的枠組みや、それに基づいて具体的紛争を法的に構成する方法、合憲・違憲の主張を支えるために必要な立証のあり方、さらには、人権保障に関するより専門的・複合的な論点やあるいは現代的な課題についても検討を行うこととしている。
     もちろん、両者の区別は相対的であると同時に、実際の訴訟においては、実体と手続に関する問題が複合的に現れてくることから、授業においても、両者の関係に十分配慮する必要があるように思われる。
     また、基幹科目においては、少人数による密度の高い教育を通じて、法的分析能力や思考能力などの向上を図ることが重視されるべきであると考えられるため、個々のテーマについて相当の時間をかけて議論を深めることが必要となる。それゆえ、限られた時間的制約の下では、憲法理論上難しい問題を含んでいる事例や重要な論点が複合している事例、あるいは今後判例の展開が予想されるテーマなど、思考力・分析力を高めるのに適切なものを、授業で実際に取り上げる一方で、より網羅性のある教材を作成し、受講者による自習の便宜に供することが必要である。以下において示されている〔授業構成の例〕も、あくまで一例であって、その他にも基幹科目において取り上げることが適切なテーマが存在していることはいうまでもない。
     なお、憲法訴訟に関する問題を理解する上で、「行政法演習Ⅱ・訴訟方法」などで取り扱われる問題も重要であり、公法科目相互間で授業の構成・内容について十分に調整を図ることが必要であろう。
  *「司法制度改革審議会意見書」が、法科大学院における教育内容と学部における法学教育との関係を明確にすることを求めている点との関連では、基本的に、学部の憲法教育においては、憲法訴訟に関する問題の取扱いを最小限にとどめ、国家と法あるいは統治機構や基本的人権の基礎に関する問題について、哲学・歴史学・社会学などの学際的な視座を導入しつつ、幅広い視野から骨太の教育を行う方向で検討することなどが考えられる。
 
(2) 「憲法演習Ⅰ・憲法訴訟論」2単位
〔授業の目標・内容〕
     基幹科目「憲法演習Ⅰ・憲法訴訟論」(2単位)では、憲法訴訟の制度および手続に関する問題について取り扱う。
     そもそも憲法訴訟論は、日本国憲法の規定する付随的違憲審査制度の下で、裁判所が現実に生起している具体的紛争に対し憲法規範を解釈・適用し、人権を実効的に救済するとともに憲法秩序の維持・発展を図るために必要な憲法法理として、判例・学説を通じて展開されてきたものである。
     しかし、他方で、このような憲法訴訟論は、実定訴訟法制度に関する基礎的な知識を前提として、判例法理の綿密な検討や訴訟に関する技術的な分析を必要とすることなどから、ジェネラリスト育成を基本とする従来の法学部教育においては取扱いの難しい領域であった。
     この点、今回、新たに設置される法科大学院は、法曹養成のために基幹的な高度専門教育の実施を目的とするものであり、かつ基礎科目等の履修により憲法、行政法および訴訟法の基礎的知識の習得が期待されることを踏まえれば、憲法訴訟論に関する科目を基幹科目として提供することが適切であると考えられる。
     より具体的には、「憲法演習Ⅰ・憲法訴訟論」においては、狭義の憲法訴訟論、すなわち付随的違憲審査制の基本構造、司法権における「法律上の争訟」の要件、違憲審査の対象、対審手続と裁判の公開など、憲法訴訟の制度・手続に関する問題領域が取り扱われる。
     受講者は、このような問題領域の学習を通じて、何よりもまず、憲法訴訟の意義と目的を十分に理解し、憲法訴訟を遂行するために必要な知識を習得し、法的分析能力や思考能力を高めることが要請される。そして、その上で、日本国憲法が基礎とする法の支配の理念に照らして、各実定訴訟制度が、公正な裁判を受ける国民の権利を保障し人権の実効的な救済を図るために、十分な制度として構築され運用されているかについて批判的な検討を行うとともに、そのような問題点の改善を図るために必要な制度的構想力の育成を図ることが期待される。
〔授業の方法〕
     憲法訴訟の制度および手続に関する問題領域は、具体的な事件を基礎として展開された判例法理とそれに対する学説の批判的検討の蓄積によって形成されてきており、また訴訟法をはじめ実定法と交錯する問題を含むことから、主として、判例や設例をもとに、ケース・メソッドあるいはプロブレム・メソッドなどを用いた双方向的な授業を行う必要がある。
     その際には、同種の訴訟が数多く提起されている領域を選び、紛争の実体的争点の相違がどのようにして訴訟の形式や法的構成の差異に繋がり、さらに裁判所による判断の相違を招いているのかを考察させたり、様々な設例を用いて、司法制度とりわけ違憲審査制度について、どのような立法措置が許容され、あるいは許容されないのか、また、今後どのような問題について判例の形成あるいは変更が期待されるのかを検討させたりするなど、法的思考力を高めるための工夫を行うことが望ましいと思われる。
〔授業構成の例〕
 
違憲審査制度の基本構造
  〔1〕 〔2〕付随的違憲審査制度
       日本国憲法第81条に規定されている違憲審査制度が、なぜ付随的違憲審査制度であると理解されるべきなのか、付随的違憲審査制度とは具体的にどのような制度を意味するものであり、どのような憲法訴訟制度が許容されうるのか(例えば、客観訴訟における違憲審査など)、付随的違憲審査制度の長所および短所はどのような点にあるのか、といった問題について検討を行う。
         その際、最高裁判所判例や憲法・裁判所法の制定過程における資料などを素材とすることにより、判例や立法資料の取扱いについても指導を行う。
    (参照判例)
      刑事法応急措置法事件   最大判昭和23・7・8刑集2-8-801
      食糧管理法違反事件   最大判昭和25・2・1刑集4-2-73
      警察予備隊事件   最大判昭和27・10・8民集6-9-783
      苫米地事件   最大判昭和28・4・15民集7-4-305
      教育勅語事件   最判昭和28・11・17行集4-11-2760
  〔3〕 裁判所による違憲審査の民主主義的正統性
       国民主権を基礎とし、国民代表機関である国会を国権の最高機関と規定する憲法の民主主義的な枠組みの中で、裁判所の違憲審査がどのような正統性を有し、どのような役割を果たすことが期待されているのかという問題について考察する。
       そして、そのような考察に基づいて、裁判所による憲法解釈の方法や違憲審査基準の問題について基本的な検討を加える。
  〔4〕 憲法判例
       憲法判例の法源性、先例拘束性および憲法判例の変更に関わる問題について検討を行う。
       その際、判決理由を判決主文や基礎となる事実関係と関連付けて読むことにより、抽象的な表現が用いられやすい憲法関連判決において判示事項と傍論を区別する重要性を理解させる。
    (参照判例)
      皇居前メーデー事件   最大判昭和28・12・23民集7-13-1561
      朝日訴訟   昭和42・5・24民集21-5-1043
      全農林警職法事件   最大判昭和48・4・25刑集27-4-547
      春闘日教組スト事件   東京地判昭和55・3・14判時967-17
   
「法律上の争訟」の要件
  〔5〕 〔6〕争訟の具体性・主観的権利性
       行政事件訴訟の訴訟要件をめぐる問題、とりわけ抗告訴訟の対象となる国家行為の具体性や原告適格に関する問題については、憲法の司法権論や裁判を受ける権利論の観点から批判的に考察を加えることが必要である。
       その場合、対象となる問題は多岐にわたることとなるので、例えば、行政計画の問題を取り上げて、どのような法的性質の計画について、どの時点で争訟の対象とし、誰に争わせることが、裁判所による実効的な権利救済あるいは行政の適法性の維持にとって適切かを検討することなどが考えられる。
    (参照判例)
      土地区画整理事業計画   最判昭和41・2・23民集20-2-271
      都市計画法上の用途地域指定   最判昭和57・4・22民集36-4-705
      成田新幹線工事実施計画   最判昭和53・12・8民集32-9-1617
      土地改良事業計画   最判昭和60・12・17民集39-8-1821
      都市再開発事業計画   最判平成4・11・26民集46-8-2658
      都市計画法上の地区計画   最判平成6・4・22判時1499-63
  〔7〕 部分社会論
       部分社会論に関する基礎的な知識および一般的な問題点について学習していることを前提として、さらに、宗教団体の内部紛争を素材として、信教の自由・政教分離・宗教団体の自治と法律上の争訟性に関わる問題について考察する。
    (参照判例)
      板曼陀羅事件   最判昭和56・4・7民集35-3-443
      日蓮正宗管長地位不存在確認訴訟   最判平成5・9・7民集47-7-4667
      種徳寺事件   最判昭和55・1・11民集34-1-1
      本門寺事件   最判昭和55・4・10判時973-85
      蓮華寺事件   最判平成1・9・8民集43-8-889
  〔8〕 対審手続・裁判の公開と司法権
       対審手続や裁判の公開との関連で、非訟事件と司法権の関係に関する問題について考察を行う。
    (参照判例)
      金銭債務臨時調停法事件   最大決昭和35・7・6民集14-9-1657
      婚姻費用分担審判事件   最大決昭和40・6・30民集19-4-1114
      非訟事件手続法過料事件   最大決昭和41・12・27民集20-10-2279
      裁判官分限事件   最大決平成10・12・1民集52-9-1761
   
違憲審査の対象
  〔9〕 統治行為論
       違憲審査の対象に関わる問題として、いわゆる統治行為論について検討し、裁量論との異同について考察を加える。
    (参照判例)
      苫米地事件   最大判昭和35・6・8民集14-7-1206
      砂川事件   最大判昭和34・12・16刑集13-13-3225
      沖縄職務執行命令訴訟   最大判平成8・8・28民集50-7-1952
  〔10〕 立法不作為
       立法不作為により憲法上の権利が侵害されている場合、どのような方法で救済を受けることができるかについて、立法不作為の違憲確認訴訟や国家賠償訴訟などに関する問題を検討する。
    (参照判例)
      在宅投票制度廃止事件   最判昭和60・11・21民集39-7-1512
      台湾人元日本兵補償事件   東京高判昭和60・8・26判時1163-41
      第三者所有物没収事件   最大判昭和37・11・28刑集16-11-1593
      河川付近地制限例事件   最大判昭和43・11・27刑集22-12-1402
      再婚禁止期間訴訟   最判平成7・12・5判時1563-81
      ハンセン病訴訟   熊本地判平成13・5・11
      Ⅳ憲法判断の要件
  〔11〕 憲法上の争点を提起する当事者適格
       憲法法理に関わる問題として、憲法上の争点を提起することのできる当事者適格を考える必要があるのか否か、もしその必要があるとすれば、どの範囲で当事者適格が認められるのかなどの問題について考察を行う。
    (参照判例)
      第三者所有物没収事件   最大判昭和37・11・28刑集16-11-1593
      徳島公安条例事件   最大判昭和59・9・10刑集29-8-489(高辻裁判官意見)
      川崎民商事件   最大判昭和47・11・22刑集26-9-554
       
憲法判断の方法・効力と実効的救済
  〔12〕 憲法判断の方法・効力
       議員定数配分訴訟を素材として、その訴訟形式、憲法判断の対象(定数配分規定の可分・不可分論)、合理的是正期間論、事情判決の法理あるいは将来効に関する問題などを検討する。
    (参照判例)
      最大判昭和51・4・14民集30-3-223
      最大判昭和58・11・7民集37-9-1243
      最大判昭和60・7・17民集39-5-1100
      最大判平成5・1・20民集47-1-67
  〔13〕 実効的権利救済
       侵害されたあるいは侵害が予測される権利を実効的に救済するために、裁判所がどのような方法をとることが可能かという観点から、義務付け訴訟や差止め訴訟あるいは仮の救済などに関わる問題について検討を加える。
    (参照判例)
      北方ジャーナル事件   最大判昭和61・6・11民集40-4-872
      大阪空港事件   最大判昭和56・12・16民集35-10-1369
      堀木訴訟   東京地判昭和40・4・22行集16-4-570
      執行停止事件   最大判昭和27・10・15民集6-9-827
      高田事件   最大判昭和47・12・20刑集26-10-631
 
〔授業モデル〕
  ユニット〔7〕部分社会論
  「宗教団体内部の紛争と司法権」
     宗教団体の内部紛争を素材として、信教の自由・政教分離・宗教団体の自治と法律上の争訟性に関わる問題について考察する。
 
〔設例〕
     宗教法人Yの代表者であり住職であるXは、Y所有の寺院建物およびその内部にある動産を管理していたが、その後、宗派の管長Aにより僧籍剥奪処分を受けることとなった。同宗派の規則に基づけば、僧籍を喪失した者は住職の資格を失い、同時に宗教法人の代表役員たる地位も失うこととなる。
     管長Aは宗教法人Yの代表者・住職として新たにZを選任し、Zは宗教法人Yを代表して、Xに対して寺院建物などの明渡しを要求した。しかし、Xは宗教上の教義を理由としてAの管長たる地位について争い、同管長Aによる僧籍剥奪処分は無効であると主張すると同時に、引き続き同寺院建物などの占有を継続する旨の意思を表示した。
     ところが、その後、Zが宗派関係者と同寺院建物を訪れたところ、たまたまXは留守中で、しかも施錠が十分でなかったことから、同寺院建物内部に入り、Xに取り戻されることを防ぐため、鍵を付け替え、宗派関係者を住み込ませるなどして、同寺院建物の管理を行うようになった。
     このため、Xは、宗教法人Yに対して、同寺院建物などの引渡しを求めようとしている。
 
〔設問1〕Xの宗教上あるいは法律上の地位の確認について
  (1)   Xが宗派の管長Aによる僧籍剥奪処分を無効と考えて、自らが宗教法人Yの住職たる地位にあることの確認を求めて提訴したとする。このような訴訟が適法か否か、以下の判例を参考に検討しなさい。
  銀閣寺事件判決(最一判昭和44年7月10日民集23巻8号1423頁)
     「被上告人の右請求は、宗教法人慈照寺規則において同寺の住職は、同寺の代表役員および責任役員となることと定められているところから、右代表役員および責任役員たる地位の確認請求のほかに、その前提条件として同寺の住職たる地位の確認を請求するというのである。
     しかしながら、原審が適法に確定した事実によれば、同寺の住職たる地位は、元来、儀式の執行、教義の宣布等宗教的な活動における主宰者たる地位であつて、同寺の管理機関としての法律上の地位ではないというのであるから、住職たる宗教上の地位に与えられる代表役員および責任役員としての法律上の地位ならびにその他の権利義務(たとえば、報酬請求権や寺院建物の使用権など)のすべてを包含するいみにおいて、権利関係の確認を訴求する趣旨であれば格別、右代表役員および責任役員としての法律上の地位の確認請求をすると共に、これとは別個にその前提条件としての住職たる地位の確認を求めるというのは、単に宗教上の地位の確認を求めるにすぎないものであつて、法律上の権利関係の確認を求めるものとはいえず、したがつて、このような訴は、その利益を欠くものとして却下を免れない」。
    なぜ判決は、住職たる地位の確認を求める訴えについて、訴えの利益を欠くものとして却下した原審の判断を正当としているのか、その理由を考えなさい。またそのような判決は、法律上の争訟の要件とどのような関係にあるのか、検討しなさい。
    判決は、「住職たる宗教上の地位に与えられる…法律上の地位ならびにその他の権利義務のすべてを包含するいみにおいて、権利関係の確認を訴求する趣旨であれば格別」であると述べているが、これは住職たる宗教上の地位の確認を求める訴えが適法となる場合があることを認めるものと理解できるのであろうか。
    一方で、最高裁判所は、ある寺院の檀徒たる地位の確認を求める訴えを適法であると判断している(最三判平7年7月18日民集49巻7号2717頁。なおカトリック修道会会員の地位について、名古屋高判昭和55年12月18日判時1006号58頁参照)。この判決と銀閣寺事件判決は整合しているのだろうか、検討しなさい。
  (2)   Xが宗派の管長Aによる僧籍剥奪処分を無効と考えて、宗教法人Yの代表役員たる地位の確認を求めて提訴したとする。このような訴訟が適法か否か、以下において検討しなさい。
    宗教法人の代表役員たる地位の確認を求める訴えは、それ自体として適法であるか否か、住職たる地位の確認を求める訴えとどの点が異なるのか、検討しなさい。
    「宗教法人の代表役員たる地位を確認する訴訟であっても、その前提問題として住職たる宗教上の地位の確認が不可欠とされる場合には、住職たる地位が宗教上の地位であり、それを裁判所が判断することが適切でない以上、不適法として却下すべきである」という考え方があるとする。この考え方について、次の判例を参考に検討しなさい。
  種徳寺事件判決(最三判昭和55年1月11日民集34巻1号1頁)>
     本件「不動産等引渡請求事件は、種徳寺の住職たる地位にあつた上告人がその包括団体である曹洞宗の管長によつて右住職たる地位を罷免されたことにより…土地、建物及び動産に対する占有権原を喪失したことを理由として、所有権に基づき右各物件の引渡を求めるものであるから、上告人が住職たる地位を有するか否かは、右事件における被上告人種徳寺の請求の当否を判断するについてその前提問題となるものであるところ、住職たる地位それ自体は宗教上の地位にすぎないからその存否自体の確認を求めることが許されないことは前記のとおりであるが、他に具体的な権利又は法律関係をめぐる紛争があり、その当否を判定する前提問題として特定人につき住職たる地位の存否を判断する必要がある場合には、その判断の内容が宗教上の教義の解釈にわたるものであるような場合は格別、そうでない限り、その地位の存否、すなわち選任ないし罷免の適否について、裁判所が審判権を有するものと解すべきであり、このように解することと住職たる地位の存否それ自体について確認の訴を許さないこととの間にはなんらの矛盾もないのである」。
    なぜ、種徳寺判決の結論と銀閣寺判決の結論との間にはなんら矛盾もないといえるのか、その理由を考えなさい。
    種徳寺判決に従って考えるならば、住職を罷免された理由・手続きが次の事例のような場合には、裁判所はどのような判断をすべきか、検討しなさい。
  (事例ア)   住職Xは、児童買春罪で逮捕・起訴され、第一審で有罪判決を受けた。宗派管長Aは、宗規に基づいてXを懲戒手続に付した上で、僧籍剥奪処分を行った。
  (事例イ)   事例アの場合で、宗派管長Aは、宗規の定める正規の懲戒手続に付すことなく、Xの僧籍剥奪処分を行った。
  (事例ウ)   住職Xの布教活動において説かれている教義解釈が、宗派の正統な教義解釈に反しているという告発があった。宗派管長Aは宗規に基づいて所定の会議を招集し、住職Xの説く教義解釈が異端であるということを確認した上で、今後そのような教義解釈を説かないようにXに命じた。しかし、XはAの命令に従わず、依然として自らの奉じる教義解釈を布教し続けたために、AはXの僧籍剥奪処分を行った。
  (事例エ)   事例ウの場合で、宗派管長Aが所定の会議を招集したが、教義解釈をめぐって議論が紛糾し、宗派内部の組織的混乱を招くに至った。そこで、Aは自らの教義解釈に反対する会議の委員を解任し、自らの判断でXの教義を異端とし、Xの僧籍剥奪処分を行った。
 
〔設問2〕宗教上の教義等の判断が不可欠な争訟について
  〔設例〕の場合に、Zが新住職に任命された時点で、宗教法人Yを代表し、Xを相手として所有権に基づく建物明渡しの訴えを提起したとする。裁判所はどのように判断すべきか、次の判決を参考にして、以下の点について検討を行いなさい。
  蓮華寺事件判決   最判平成元年9月8日民集43巻8号889頁
     「宗教団体における宗教上の教義、信仰に関する事項については、憲法上国の干渉からの自由が保障されているのであるから、これらの事項については、裁判所は、その自由に介入すべきではなく、一切の審判権を有しないとともに、これらの事項にかかわる紛議については厳に中立を保つべきであることは、憲法二〇条のほか、宗教法人法一条二項、八五条の規定の趣旨に鑑み明らかなところである。かかる見地からすると、特定人についての宗教法人の代表役員等の地位の存否を審理判断する前提として、その者の宗教団体上の地位の存否を審理判断しなければならない場合において、宗教上の教義、信仰に関する事項をも審理判断しなければならないときには、裁判所は、かかる事項について一切の審判権を有しない以上、右の地位の存否の審理判断をすることができないものといわなければならない」。
 
   このような見解に基づけば、設例のようにXが宗教上の教義を理由としてAの管長たる地位を争っている場合には、どのような判決が下されるの適当であると考えられるか、またそれは法律上の争訟性の要件とどのような関係にあるのか、検討を加えなさい。
   このような見解に対しては、次のような考え方がある。両者の見解を比較して、問題点を検討しなさい。
   
     「本訴請求は、所有権に基づく建物明渡請求であり、前記宗教上の問題は、その前提問題にすぎず、宗教上の論争そのものを訴訟の目的とするものではないから、本件訴訟は裁判所法三条一項にいう法律上の争訟にあたらないものであるということはできず、本訴請求が裁判所の審判の対象となりえないものであるということもできない。前提問題である宗教上の問題が実際上訴訟の核心となる争点であり、その点の判断が訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものであるとしても、その理を異にするものではない」。
     そして、このように請求の当否を決する前提問題について宗教上の判断を必要とするため裁判所の審判権が及ばない場合には、裁判所は、当該宗教上の問題に関する原告の主張を肯認してAが宗派管長の地位にあるとの判断をすることはできないこととなるから、原告の本訴請求に理由がないものとして請求棄却の判決をすべきである。
 
〔設問3〕
     設例の場合において、Zらによって占有を奪われたXが、占有権に基づいて宗教法人Yに対して占有回収の訴えを提起した。この場合裁判所はどのような判断を下すべきであるか、次の判決を参考にして、以下の点について検討を加えなさい。
  最判平成12年1月31日
     「上告人は、当初は被上告人の代表者として旧寺院の所持を開始し、旧寺院建物から新寺院建物へ転居した後も旧寺院の管理を継続して、これを所持していたのであり、別件訴訟の係属中及びその終了後においても、〔間接にあるいは〕自ら直接旧寺院を所持していたところ、その間に日蓮正宗管長から擯斥処分を受けたものの、これに承服せず新寺院への居住を続けていた。そして、上告人は、被上告人から新寺院の占有権原を喪失したとしてその明渡しを求める訴えを提起されたときにも、右擯斥処分の効力を否定し、上告人が被上告人の代表役員等の地位にあることの確認を求める訴えを提起するなどして争っていただけでなく、…上告人が旧寺院を管理、所持していることを前提として、建物撤去後の敷地の占有継続を主張するなどしていたのである。右によれば、上告人は、…上告人自身のためにも旧寺院を所持する意思を有し、現にこれを所持していたということができる…上告人は、その意思に反して旧寺院の占有を奪われたものというべきであり、旧寺院を占有している被上告人に対し、民法二〇〇条に基づき、その返還を求めることができると解すべきである」。
 
   なぜ裁判所は占有回収の訴えを適法と認めたのであろうか、その理由について検討しなさい。  
   占有回収の訴えと、所有権に基づく建物明渡し請求とどのように異なるのかを検討しなさい。  
   結局、裁判所は宗教上の教義に関わる宗教団体内部の紛争をどのように解決しようとしていると考えられるのであろうか、またそれは適切であろうか、検討を加えなさい。  
 
(3) 「憲法演習Ⅱ・人権保障論」2単位
〔授業の目標・内容〕
     基幹科目「憲法演習Ⅱ・人権保障論」においては、受講者が基礎科目の履修等により基本的人権に関する基礎的知識を習得していることを前提として、現実の具体的紛争を基礎とする憲法訴訟において人権の実効的救済を図るために必要な法的解釈能力や事案の分析能力あるいは憲法的議論の展開能力を育成する。
     より具体的には、違憲審査基準論、立法裁量論あるいは立法事実論など、違憲審査における実体判断の基本的な枠組みや、それに基づいて具体的紛争を法的に構成する方法、合憲・違憲の主張を支えるために必要な立証のあり方などの問題を取り扱う。またさらに、人権保障に関するより専門的・複合的な論点やあるいは現代的な課題についても検討を行うことが適切である。
     このように、「憲法演習Ⅱ」が対象とする人権保障論は、憲法訴訟を通じた人権保障のあり方について、より実務的な観点から検討を加えるものであることから、「憲法演習Ⅰ(憲法訴訟論)」をあわせて履修し、憲法訴訟の制度・手続に関する理解を有していることが望ましい。
 
〔授業の方法〕
     原則として、具体的な事例や関連する判例を素材として、ケース・メソッドあるいはプロブレム・メソッドなどによる双方向的な授業を行う。
     より具体的には、まず最初に、受講者が指定された判例やその他の資料の予習を通じて、紛争の具体的事実関係や社会的背景、当事者の主張と争点の所在を的確に理解しているかを確認することが重要である。
     その上で、個々の判決を判例の全体的な流れ中に適切に位置づけ、判示事項の意義と射程を的確に理解する方法を習得させるように努める必要がある。
     また実際の訴訟においては、憲法上の争点と実定法上の争点が混在していることが多いことから、それらを適切に分析・整理し、それをどのように有機的に組み合わせて、事件の法的構成を行うことが適切か、あるいはどのような主張が法的主張として認められ、どのような主張が政策論として位置づけられるか、といった問題について、司法の果たすべき役割と限界に十分配慮しながら、考察させる必要がある。
     さらには、個々の事件における解決の妥当性のみならず、個別的な憲法解釈基礎にある憲法原理あるいは理論にまで議論を及ぼすことによって、個々の訴訟の基底にある社会の構造的な問題に留意させるとともに、類似の問題に対する応用能力を高めるなどの工夫がなされることが望ましいであろう。
   
〔授業構成の例〕
  〔1〕生命に対する権利と自己決定権
     最高裁判所が憲法13条の一内容として認めた「国民の私生活上の自由」には、どのような自由が含まれると考えるべきか。いわゆる「自己決定権」は、「私生活上の自由」といえるか。また、自己決定権とりわけ生命に対する権利の保障あるいは制約に関して、憲法・民事法・刑事法がそれぞれどのような規律を行い、相互に関連しているか。このような問題について、安楽死や宗教上の信念に基づく輸血拒否事件を素材として考察する。
  (参照判例)
  エホバの証人輸血拒否事件   最判平成12・2・29民集54-2-582
  東海大学安楽死事件   横浜地判平成7・3・28判時1530-28
  〔2〕〔3〕犯罪とプライバシーの権利・表現の自由
     犯罪の被疑者・被告人あるいは被害者などのプライバシーの権利に関する問題について、公正な刑事・民事司法制度のあり方や犯罪報道・犯罪小説などの表現の自由との関連で考察する。また特に、少年犯罪に関する報道等の
     問題についても検討を加える。
  (参照判例)
  ノンフィクション逆転事件   最判平成6・2・8民集48-2-149
  少年通り魔実名報道事件   大阪高判平成12・2・29判時1710-121
  〔4〕〔5〕平等関連訴訟における違憲審査基準
     非嫡出子の法定相続分不均等問題や住民票続柄記載の問題について、最高裁判所や下級裁判所の判例を比較対照し、平等関連訴訟における目的・手段審査の基準や、差別とプライバシーに関する問題について検討する。
     またさらに、私人相互間の訴訟における法令の違憲審査に関する手続的問題や、遺言における相続分の差別に関する問題であった場合などと比較しながら、私人間効力や民事法における任意規定の違憲審査のあり方についても考察する。
  (参照判例)
  非嫡出子法定相続分差別事件   最大決平成7・7・5民集49-7-1789
  非嫡出子住民票続柄記載事件   最判平成11・1・21判時1675-48
  〔6〕積極的差別是正措置と法の下の平等
     性差別に関する設例などを素材として、憲法上許されない不平等な事態とは、そもそもどのような事態をいうのか、明文で性別による差別的取扱いを規定していない場合、個々の事例において差別的意図・動機の存在をどのように認定するのか、結果において男女間で不均衡が生じている場合、それを直接的に差別ということができるのか、憲法上、積極的差別是正措置は許容されるのか、といった問題について検討する。
  〔7〕選挙活動に関する規制についての違憲審査基準
     議院内閣制をとる日本国憲法においては、選挙制度など国民の代表者の選び方については国民の代表者が自ら決定するシステムとなっている。そこで、このことから代表者の選出方法を定めるに際してどのような弊害が生じうるのか、また司法審査にどのような役割が期待され、それに基づけばどのような審査基準をとることが適切かといった問題について、事前運動・戸別訪問・未成年者の選挙活動の禁止などを素材として検討を加える。
  (関連判例)
  事前運動の禁止   最大判昭和44・4・23刑集23-4-235
  戸別訪問の禁止   最判昭和56・7・21刑集35-5-568
  文書活動の制限   最大判昭和30・3・30刑集9-3-635
  〔8〕〔9〕政教分離と目的審査基準
     愛媛玉串料訴訟最高裁判決での目的効果基準の適用は、それ以前の先例と比較してどう評価されるべきか。「諸般の事情」の「総合的」評価をどのようにおこなうかの指針がそこから読み取れるか。今後違憲とされうる事例としてどのようなものが考えられるかなど、様々な事例について目的効果基準の具体的適用をめぐる問題を考察する。
  (関連判例)
  津地鎮祭訴訟   最大判昭和52・7・13民集31-4-533
  自衛官合祀訴訟   最大判昭和63・6・1民集42-5-277
  愛媛玉串料訴訟   最大判平成9・4・2民集51-4-1673
  箕面忠魂碑訴訟   最判平成5・2・16民集47-3-1687
  〔10〕差別的表現の規制
     人種・民族差別を助長する表現や少数者集団に向けられた侮辱的な表現、あるいはポルノグラフィに関する問題などを素材として、伝統的なスティグマを払拭し社会において平等の実現を図るための方法をめぐる問題や、個人の感情あるいは心理的静謐を保護法益として表現の自由を規制する場合の問題などについて検討する。
     その際、必要に応じて、人種差別撤廃条約などに言及し、国際的人権保障と憲法による人権保障の相互関係についても考察を行う。
  〔11〕表現の自由と違憲の条件
     表現活動への国家からの補助が選択的に行われることに対して憲法上の規律をかけることが可能かという問題を、具体的設例を使って考える。特定の範疇の表現にのみ補助を行わないこととそれを禁止することの異同、その範疇が表現内容中立的か否かで立論はどう変わるかなどを考察する。そして、それを通じて、人権が侵害されるという場合、いったいどのような状態を基準として判断されるべきなのかという、より一般的な問題へと検討を深めていく。
  〔12〕国家賠償と損失補償
     予防接種禍、非加熱製剤によるHIV感染問題、あるいはハンセン病患者隔離問題をめぐって、人権救済の方法としての国家賠償および損失補償に関する問題(国家行為の違法性・故意過失・給付額の算定・救済策の迅速性など)について検討を行う。
  (参照判例)
  予防接種禍訴訟   東京地判昭和59・5・18判時1118-28
  ハンセン病訴訟   熊本地判平成13・5・11
  〔13〕法律と人権保障
     人権に関する基本的規律は法律に基づいて行われなければならないという憲法上の要請は、とりわけ行政との関係において、人権を保障するための重要な手続的保障であると考えられる。そこで、具体的な事例を素材として、法律による規律の明確性や委任立法の範囲など、法律による人権の規律のあり方に関する問題について検討を行う。
  (参照判例)
  国家公務員法違反事件   最判昭和33・5・1刑集12-7-1272
  在監者接見制限事件   最判平成3・7・9民集45-6-1049
  徳島公安条例事件   最大判昭和50・9・10刑集29-8-489
  青少年保護育成条例事件   最判昭和60・10・23刑集39-6-413
  旭川市国民健康保険条例事件   旭川地裁平成10・4・21判時1641-29
〔授業モデル〕
  ユニット〔11〕「表現の自由と違憲の条件」
     アメリカ合衆国の判例法理でいう「違憲の条件   unconstitutional   conditions」に相当する日本の問題状況を、表現の自由に関する設例を使いながら理解させることを目指している。扱われている判例については、すでに一応の知識を得ていることを前提とする設問である。設問の順序は、適宜入れ替えが可能である。各問題につき留意すべき点および補足的な質問の例を括弧内に注記した。
  〔設例〕A市は地域の芸術活動振興のため、芸術作品の展示会に補助金を支出することとし、その旨の条例を制定した。ただし、一般的な市民感情を配慮して、同条例には、「わいせつとはいえないまでも品位に欠ける作品を出品する展示会については、補助金を支出しない」との条項が加えられた。
 
問題1    憲法89条と同条例との関係をいかに考えるか?(慈善、教育、もしくは博愛の事業といえるか?いえなければ問題はないのか?「慈善、教育、博愛の事業」になぜ憲法のテクストはそれほどこだわっているのか?違憲性を問う訴訟としては、いかなるものがありうるか?)  
問題2    品位に欠ける作品の展示をおよそ一般的に、私的な展示会を含めて、罰則をもって禁止する条例を制定したとすると、それは合憲であろうか?(「わいせつな表現」と「品位のない表現」の違いは何か?条例への罰則への委任の合憲性(最大判昭和37・5・30刑集16・5・577)はこの際、考えないこととする。)  
問題3    品位に欠ける作品の展示を罰則をもって禁止することと、品位に欠ける作品を出品する展示会への公金の支出を行わないことは違うか(同じか)?  
問題4    そもそも、市としては、芸術作品への財政支援を一切行わないこともできたはずである。このことは、結論に影響を与えるか?  
問題5    特定の政党に所属する者の出品する展示会についてのみ助成することとした場合はどうか?  
問題6    同様の問題状況は、ほかにもないであろうか?(公務員の政治的意見表明:率直な政治的意見表明をしたければ、そもそも公務員や裁判官にならなければよかったではないか?放送局の免許の条件:品位のない番組を送信したいというのであれば、通信メディアを利用すればよいではないか?)  
問題7    何がベースラインなのか?(財政支援を受けられるのがベースラインで、受けられないことが不当なのか?受けられないのが当然で、受けられるのは特権の享受なのか?)  
問題8    何がベースラインかが問題となる他の事例は?(堀木訴訟(最大判昭和57・7・7民集36・7・1235)での社会保障給付の併給禁止併給がベースラインか否か?森林法共有林分割制限規定違憲判決(最大判昭和62・4・22民集41・3・408):単独所有が近代市民社会の本来の所有形態といえるか?非嫡出子法定相続分訴訟(最大決平成7・7・5民集49・7・1789):子はすべて均分相続がベースラインなのか?相続制度はそもそも個人の平等な尊重という理念と合致しているか?)  
問題9    それでも何かベースラインを求めようとすると何があるか?自然権はどうか?政教分離原則に反する公金の支出の違憲性、違法性を問うことができるのは、それが自然権としての納税者の信教の自由を侵害するからだ(個々の納税者の信仰ないし無信仰に衝突する形で政府が公金を支出することは、「強制された言論」にあたる)という主張について、どう考えるか?(品位のない芸術作品に公金を助成することとの違いはどこにあるか?)条例にとっての国の法令はどうか?  
問題10    ベースラインがないとして、とくに困ることはあるか?ベースラインがないとすると、いかなる違憲審査もありえないか?  
問題11    A市が、補助金の支出の決定を、市議会や市長とは独立の委員会に委ねていた場合、上述の各設問への答えは変化するか?(とくに1、3、4、5)  
   
   
ページの先頭へ