第8回議事概要
平成11年12月8日

司法制度の現状と改革の課題

(法務省原田事務次官口頭説明骨子)

  1. 司法の現状と将来についての認識
    ★正義の実現と国民の胸に落ちる納得
    ○司法に持ち込まれるべくして持ち込まれない事案はないか
    ○検察の手は届いているか
    ★社会制度の変革の時代における司法への期待と役割の変化
    ○真の法治国家の形成/透明で,適正にして,予測可能な紛争解決機能の確立
    ○規制緩和と自由市場原理に委ねる社会における実質的不公平の救済の必要性
    ○社会的ルールに違反する者に対する,迅速にして明確な制裁の実現

  2. 司法の基盤整備の必要性
    ★行政改革の推進と司法の基盤整備の関係
    ○司法関係予算(人的・物的)充実:行政改革とは異なった視点/合理化の必要性と社会的コストとしての基盤整備費の受容
    ○検察の体制整備:検察官・検察事務官/組織力
    ○司法の関係機関・制度のあり方:各種行政委員会・司法警察機関・法務関係機関

  3. 司法に携わる人材確保の基本的視座
    ★法曹人口論について考慮すべき事情
    ○関連業種との協力
    ○法文化の差異:対決と和解への傾斜度/"shootfirsttalklater"/ボク学長の示唆
    ★新しい時代の法律家に求められる資質・能力:人材確保と養成の視点
    ○問題の理解力/問題解決能力・構想力/説得力・交渉力(NegotiationProject)
    ○訴えるところを聴く忍耐・感性
    ○大学教育との連携

  4. 国際化への対応:共通の法原則・ルールの発見と法律実務者の協力
    ★UNAFEI(国連極東アジア犯罪防止研修所・アジ研)の実績
    ★国際民商事法センターの整備と法的支援の必要性

平成11年12月8日

司法制度の現状と改革の課題

法務省

目   次

はじめに

第1 司法制度改革の必要性及び基本的視点等

第2 国民がより利用しやすい司法制度の実現
1 国民への多様な法的サービスの提供等
2 適正迅速で実効性のある民事裁判の実現
3 法律扶助制度の充実
4 基本法の整備

第3 刑事司法制度の在り方
1 我が国刑事司法制度の特質等
2 犯罪情勢と今後の展望
3 21世紀に向けた刑事司法制度の改革の方向性等
(1) 刑事裁判の迅速化
(2) 真相を解明するための新たな捜査手法の検討
(3) 刑事手続の合理化・効率化
(4) 国民の理解を得られる刑事弁護制度の充実強化
(5) 検察及び関係刑事司法機関の人的・物的体制の充実

第4 国民の司法参加

第5 国際化への対応

第6 21世紀の司法を担う人材の養成等
1 法曹人口
2 法曹養成制度
3 法曹一元

平成11年12月8日

司法制度の現状と改革の課題

法務省

はじめに

21世紀を迎えるに当たり,我が国が,自由で活力に富み,一人一人の人権が保障され,世界に誇れる民度の高い社会に成熟していくとともに,グローバル化が進展する中で国際社会への協調や貢献を更に推進していくためには,司法が一層大きな役割を果たしていかなければならない。そのような時期に本審議会が設置され,21世紀の我が国社会における司法の在り方について調査審議がなされることは極めて時宜を得たものであり,法務省としても,その審議の充実のために全面的に協力するとともに,自らも改革への積極的な努力を重ねていきたいと考えている。以下,司法制度の現状を踏まえつつ,司法制度改革の必要性や改革の基本的視点及び審議が期待される主な論点等について,法務省としての考え方や意見を述べる。

第1 司法制度改革の必要性及び基本的視点等

 我が国は,戦後,廃墟同然の混乱の中から,国民の勤勉さと英知を結集した努力はもとより,様々な分野で行政が主導的役割を担い,豊富な情報量と強い使命感を背景に政策を立案し,推進することにより,急速な復興を遂げ,世界に類を見ない驚異的な発展を遂げてきた。

 しかしながら,その後のいわゆるバブルの崩壊等を始めとする経済・社会の変動や国際化の急速な進展等に伴い,国民の意識も大きく変化し,また,行政による規制が,かえって新たな社会情勢に迅速に対応するための国民の自由な活力や健全な競争の促進を阻害するといったマイナス面も次第に顕著となってきた。さらに,諸外国からは,保護主義から公正で自由な競争原理と自己責任の原則への転換や,その前提となるルールの透明性の確保が求められるなど,我が国の社会の在り方自体が問い直されるようになり,このような状況が,様々な規制を緩和し,行政主導型の社会から,国民の主体的な活力と政治のリーダーシップが効果的に発揮されるような社会の実現に向けた変革の必要性をもたらし,規制緩和を始めとする行政改革を推進させてきた。

 このような社会の大きな変化の下で,自由で活力ある社会を構築していくためには,公正で透明なルールの下で,社会の諸活動が活発に行われるとともに,それに伴って増加する紛争やルール違反に対して,迅速かつ的確な解決を図ることがますます重要となり,そのために司法が果たすべき役割は飛躍的に増大していくものと考えられる。

 ところで,司法は,その本質的役割として,独立かつ公正な立場に立って,法に基づく紛争の解決と正義の実現を図る機能を果たすべきものであり,我が国の司法は,三権分立による司法の独立の制度的保障と,それを担う裁判官,検察官を始めとする司法関係者の公正さ,中立性,廉潔性等によって,基本的には,その役割を適切に果たして国民からの信頼を得てきたものと考える。

 しかしながら,他方において,近年,各界から,我が国の司法は,国民にとって身近で利用しやすいものとなっていないのではないか,国民にとって分かりやすく,速くて実効性のある裁判が実現されていないのではないか,社会の変化の下で生起する新たな法現象に対する迅速かつ的確な対応が十分でないのではないかといった指摘や批判を強く受けるようになった。このような指摘や批判の背景には,社会の変化に伴う,司法による迅速かつ的確な紛争解決と社会の変化に対応した公正で透明なルール形成に対する国民の大きな期待が存在しているものと考える。本審議会が設置されたのは,まさにこのような国民の司法に対する批判と期待が集約されたことによるものであって,このような国民の期待にこたえて新たな時代のニーズに対応し得る司法制度を充実強化していくために必要な改革を検討・推進していくことが求められている。我々司法関係者においても,司法制度を真に国民に根ざした国民にとって利用しやすいものとするための努力が果たして十分であったかどうかという厳しい自己反省の上に立ち,本審議会の審議が充実したものとなるよう協力することはもとより,その審議を踏まえた改革の推進について,全力を挙げて取り組む必要があると考える。

 司法制度改革は,司法制度の利用者たる国民の視点に立った上で,我が国の司法が,より身近で利用しやすく,国民の権利と安全を守るために十分に機能するとともに,社会の変化に的確に対応し得るよう,その機能面における充実強化を図ることを基本的方向性とし,そのための人的・制度的基盤の整備に向けた検討が進められるべきものと考える。その検討を実りあるものとするためには,現在の司法制度とその運用の実情や問題点を十分に分析した上で,司法の機能のうち社会の変化や利用者たる国民のニーズに応じて変革していくべきものと,司法の本質的役割を支える司法の独立とそれを担う人の公正さ,中立性,廉潔性等の資質のように,21世紀の社会においてもこれを維持し,発展させていく必要があるものとを十分に見極めつつ,建設的な議論が深められることが重要であると考える。

 このような観点に立ち,以下,主要な論点についての考え方等を述べる。

第2 国民がより利用しやすい司法制度の実現

 司法が果たすべき最も重要な役割は,国民の権利を実現し,あるいはこれを保護することにある。そのためには,国民にとって司法をより身近で利用しやすいものとすることが極めて重要であり,本審議会における審議の最大の課題といえよう。このような観点から検討すべき事項は多岐にわたるが,いかにして国民に多様な法的サービスを提供し,また,それらのサービスに対するアクセスを改善していくかという点と,適正かつ迅速で実効性のある民事裁判をどのように実現していくかという点は,特に重要であると考えられる。また,裁判の利用を促進するための法律扶助制度の充実や,国民に分かりやすい司法を実現するための基本法の整備についても,その重要性において劣ることはないと考えられる。

1 国民への多様な法的サービスの提供等

 国民の権利の実現・保護が図られるためには,法的紛争や問題の内容や実情等に応じ,それにふさわしい多様な法的サービスが提供される人的・制度的基盤を整備するとともに,それらの法的サービスへのアクセスを容易にしていく必要がある。

 そのためには,まず,国民が,最も身近な法的サービスの担い手である弁護士を利用して,紛争を予防し,法的助言を受け,あるいは裁判手続等を利用した紛争の解決を図るための体制を整備するため,弁護士業務の在り方を見直すことが必要である。特に,弁護士過疎の解消,弁護士事務所の法人化,広告の原則自由化等の諸方策を推進し,弁護士による充実した法的サービスの提供とそれへのアクセスを容易にすることが極めて重要である。

 また,いわゆる隣接法律専門職種に対し,その専門性に応じ,一定の範囲・程度において訴訟活動の権限を付与することの必要性や妥当性,そのために必要な条件整備等の問題も,資格法制の在り方を踏まえつつ,司法を利用する国民の視点に立って多角的な検討がなされる必要があろう。

 次に,多様な裁判外紛争処理制度(いわゆるADR)を整備・強化し,紛争の特質に適した制度を容易に利用できるようにすることも重要な検討課題である。

 さらに,知的財産関係事件,医療過誤事件を始めとする専門的・先端的知識が要求される分野への対応策を検討すること,複雑化している家族関係紛争について,人事訴訟事件の家庭裁判所への移管等を含めた幅広い対応策を検討することなど,司法全体のサービスの質,内容の向上に向けた努力も不可欠であろう。

2 適正迅速で実効性のある民事裁判の実現

 裁判によって真に国民の権利が実現・保護されたといえるためには,裁判の内容が適正であることはもとより,その裁判が迅速で実効性のあるものでなければならない。

 民事裁判に関しては,従来から様々な運用改善のための方策が実施されてきたことに加え,裁判の適正化,迅速化のための手続法的な基盤整備の観点から,昭和54年に民事執行法が,平成元年に民事保全法が,平成8年に新民事訴訟法がそれぞれ制定されるとともに,平成8年,10年に担保権の実行と強制執行手続の一層の迅速化と実効性の強化を図るため,民事執行法の改正が行われている(資料1「民事訴訟法改正の経緯」及び資料2「民事執行法等の制定・改正の経緯」参照)。

 これらの努力の結果,一般的には相当の適正化,迅速化,実効性の確保が図られているところであるが,依然として,専門的事件や重大事件を中心に長期間を要する事例が少なくない。

 その原因としては,手続面や運営面における問題,当事者の準備態勢等の当事者側の問題,裁判所の人的・物的態勢の問題など多様なものが考えられるが,その実態を十分に分析した上で,事件の性質,内容に応じた対応策を検討する必要がある。

 我が国の社会・経済は,今後ますますその変化の速度を速めていくと考えられ,適正迅速で実効性のある裁判に対する要請は一段と高まっていくものと思われる。いかにして国民の要望にこたえていくかが極めて重要な検討課題であろう。

3 法律扶助制度の充実

 法律扶助制度は,当事者が資力に乏しい場合であっても,弁護士による援助を得て裁判等において自己の正当な権利の実現・保護を図ることを可能にする制度であるが,この制度は,国民が利用しやすい司法制度を実現する上で極めて重要な意義を有するといえよう。

 殊に,社会が,自由競争の下で,弱肉強食の弊害に陥らないためには,社会的弱者の権利や利益の実現・保護を図る必要性も一層高まると考えられ,このような視点からも法律扶助制度の充実は喫緊の課題であると考えられる。

 法務省は,民事法律扶助制度の充実のため,従前から民事法律扶助関係予算の拡大等に努めてきたが,さらに,国民がより利用しやすい司法制度の実現に資する改革として,次期通常国会に民事法律扶助法案を提出することを予定するとともに,民事法律扶助関係予算の大幅な拡充を求めているところである。

 この改革に関しては,先般,本審議会においても,早期に御審議をいただいた上,会長談話を発表され,政府においてその早急な実現を図ることを期待するとされたところであり,法務省としても,この談話の趣旨をも踏まえ,上記の施策について鋭意実現を図っていきたいと考えている。

 法務省としても,この改革は国民がより利用しやすい司法制度の実現のための第一歩であると認識しており,今回の改革を踏まえた上で,本制度の一層の充実と発展に努めてまいりたいと考えている。

4 基本法の整備

 透明なルールの確立が必要とされる21世紀の我が国社会においては,最も重要かつ広範な基本的ルールである法律が,国民にとって分かりやすく,使いやすいものでなければならないと同時に,社会・経済の動向,時代の要請等に適切に対応したものでなければならない。

 21世紀においては,社会・経済の変化は従来にも増して著しいものになると予想される。このような状況の下で,法律を変化する社会・経済の要請に適切に対応したものとしていくためには,昨今の民商法の相次ぐ改正や特別法の制定にも見られるとおり,その時々の社会の要請にこたえた法律の制定・改正を迅速に行う必要がある。

 殊に,現在の民法,商法等の基本法は,制定以来100年以上を経過し,条文は片仮名文語体で句読点もなく,使用されている語句も難解なものが多いなど,国民にとって分かりにくいものになっているとの批判が数多く寄せられている。このような国民の声にこたえて,基本法を全面的に見直し,現代社会に適応したものにしていくことは重要な課題であろう。

 しかしながら,このような作業を行うための事務量は,膨大なものになり,現有の態勢では,このような要請にこたえていくことは極めて困難であって,政府全体として基本法制整備のための態勢を強化するなどして取り組んでいく必要があり,そのための具体的な方策を検討する必要があると考える。

第3 刑事司法制度の在り方

1 我が国刑事司法制度の特質等

 我が国の治安は,これまで,先進諸国の中でも例を見ない程に良好に保たれ,我が国は,世界で最も安全な国の一つといわれてきた。統計的な数字を見ても,我が国の主要な犯罪の発生率は,英米独仏等の先進諸国に比して,おおむね3分の1ないし6分の1にとどまっている。

 我が国の治安がこのように良好であるのは,遵法精神に富む国民性や社会の豊かさ等に負うところが大きいのはもとよりであるが,我が国の刑事司法の構造全体とも深くかかわっている。

 我が国の刑事司法の目的は,公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ,事案の真相(実体的真実)を明らかにし,刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現し,犯罪者の改善更生を図ることにある(資料3「刑事司法における犯罪者(成人)処遇の流れ」参照)。

 我が国の捜査機関は,この目的に立脚し,綿密な捜査を遂げて事案の真相を明らかにした上,検察官において,公判請求,起訴猶予,罰金の略式命令請求等事案の軽重に応じた適切な処理を行い,刑事裁判においても,事案に応じて,執行猶予制度等が活用され,これらを踏まえて,真にやむを得ないという情状がある場合に初めて実刑判決がなされる。刑務所においては,社会復帰に向けて,厳格な規律の下に職業訓練を含めた刑務作業や情操教育等に努め,受刑者の改善状況に即して,きめ細かな処遇を行い(資料4「矯正の概要」参照),さらに,更生の見込みが認められる者について仮釈放制度が活用され,仮出獄後においても,保護観察制度が十分に機能し,地方更生保護委員会や保護観察所といった国の機関だけでなく,保護司を始めとする民間ボランティアが活躍し,官民協働して社会復帰への助力が与えられており(資料5「更生保護制度のしくみ」参照),このような一貫した刑事政策の理念がこれらの一連の刑事司法手続に貫徹している。我が国の刑事司法制度に対しては,様々な意見もあるが,このように実体的真実の追求と犯罪者の改善更生を重視する刑事司法のシステムが確立され,各分野において十分に機能してきたことが,我が国の安全で秩序ある社会の維持に大きく貢献してきたものといえる。

 ところで,我が国のこのような刑事司法の構造において,被疑者の供述を得ることは重要な機能を有している。多くの事件においては,被疑者の供述がなければ真相を解明できないため,ひいては,適正な刑罰権の行使ができず,また,被疑者が仮に真犯人でない場合や様々な有利な情状等がある場合には,嫌疑を晴らして不起訴としたり,事案の軽重に応じた適切な処分を決するためにも,被疑者の供述を得ることは必要である。さらに,情理を尽くした説得によって,犯人が罪を認めて反省悔悟の意を表すことは,被害者の被害感情を慰撫するとともに,罪を犯した者に更生への道を開く重要な契機となるものである。

 我が国の刑事司法制度の運用の在り方について,刑事司法関係機関が,その重大な責務を自覚し,国民からの批判を招くことのないよう一層の努力をすべき必要があることはもとよりであるが,21世紀に向けた刑事司法制度の改革の方向性を検討するに当たっては,我が国の刑事司法の特質,基本的な構造は,これを維持し,発展させる方向で考えるべきである。

2 犯罪情勢と今後の展望

 最近の犯罪情勢をみると,汚職や金融機関の破綻に伴う大型背任事件など国民の不公平感や行政・経済システムに対する不信感を助長する犯罪が相次いで摘発され,保険金目的殺人や通り魔無差別殺人等の凶悪事犯,薬物密輸入や集団密航等の組織的犯罪,インターネット等を悪用したハイテク犯罪など国民生活の安全と平穏を脅かす犯罪が跡を絶たないなど,犯罪の複雑・多様化,悪質・巧妙化,大規模化,国際化等が顕著である(資料6「犯罪情勢」参照)。特に犯罪の国際化等に伴い,捜査共助等犯罪摘発のための国際的な協力体制の構築・強化が必要となるとともに,我が国も,国際社会の一員として,組織犯罪等に対する諸外国と共通のルールと対策を備えることが求められるなど犯罪対策におけるグローバルスタンダードに沿った刑事司法を構築することが求められている(資料7「犯罪対策のグローバリゼーション」参照)。

 他方,国民の意識の変化などにより,真実とかけ離れた弁解に終始した否認事件が増加し,あるいは,参考人の協力が得にくくなるなど,捜査・公判の遂行は一層困難の度を深めつつある。また,犯罪の悪質化,国際化といった情勢の変化に加え,地域社会における人間関係の希薄化,家庭の教育力の低下といった今日の傾向は,犯罪者の処遇や犯罪の予防という点についても困難な問題をもたらしている。このような刑事司法を取り巻く内外の状況は,今後も一層深刻化していくことは必定である。

3 21世紀に向けた刑事司法制度の改革の方向性等

 このような犯罪情勢の深刻化に対し,我が国の刑事司法が,国民の期待にこたえてその責務を果たしていくために検討すべき具体的課題は多々あるが,その中で,特に,以下の事項について,本審議会における審議が尽くされることを期待する。

(1) 刑事裁判の迅速化

 我が国の刑事裁判は,一般的な事件については,おおむね迅速に処理されている。しかしながら,世間の耳目を集める一部の特異重大事件等については,一審判決までに極めて長い年数を要するものもあり,国民から,遅すぎる裁判として強い批判を受けているのが実情である。

 遅い裁判に正義は無きに等しいといわれるゆえんは,裁判の遅延が,犯罪に対する社会の憤りを鎮め,裁判の感銘力によって再犯を抑止するなどの刑罰本来の機能を阻害するとともに,真実の発見を困難化し,被告人にも過大な負担をかけるからであり,その結果,国民の間に不信感を醸成し,司法に対する信頼と期待を失わせかねないものである。

 特異重大事件等の刑事裁判長期化の原因としては,訴訟運営の問題,当事者の準備・協力の在り方,司法の人的・物的資源の不足等様々な要因も考えられるが,何よりも,制度自体の問題として,その抜本改革に向けた検討が求められていると考える。

 本審議会においては,このような観点から,迅速な裁判を実現する方策の在り方について,優先的に御審議願いたいと考える。

(2) 真相を解明するための新たな捜査手法の検討

 このような犯罪情勢の悪化は,現行の捜査手法のみでは対応が困難な状況を顕著にもたらしている。例えば,暴力団等の犯罪組織や法人組織を悪用して行われる組織的な犯罪のように,指揮命令系統の下,計画的かつ密行的に遂行される犯罪の悪質・巧妙化は,真に責任を負う者を確実に摘発し,事案の真相を解明するための捜査を一層困難なものとしている。また,国民の意識の変化等により捜査・公判への協力が次第に得にくくなる傾向も見られ,被害者,参考人等からの供述の確保に困難を伴う事例も少なからず見受けられるところである。

 このような捜査・公判の遂行を困難ならしめている種々の要因は,今後一層強まることが予想されるところであり,これらの変化に適切に対応するためにも,新たな捜査手法の導入について検討する必要がある。

 また,国際的にも,国際組織犯罪対策を中心として,各国による協調した対応を実現するための法制度の整備が求められているところであり,我が国においても,刑事免責制度等新たな時代に対応し得る捜査手法の導入が真剣に検討されるべきである。

(3) 刑事手続の合理化・効率化

 捜査・公判の遂行がますます困難になっていく中にあって,司法制度における人的・物的資源の制約を考えた場合,刑事司法が国民に期待される役割を十分に果たしていくためには,事案の内容等に応じて,可能な限り,刑事手続の合理化・効率化を図るとともに,複雑困難な事案については,十分な捜査・公判活動を行い得るものとすることが重要である。このような合理化・効率化を図るための制度として,例えば,諸外国には有罪答弁制度があり,こうした新たな方策についても検討する必要があると考える。なお,真相の解明を求める国民の期待を思えば,このような検討は,決して実体的真実発見の努力を放棄することによって省力化を目指すものであってはならず,我が国の国民性に合致するのかということも含めて幅広い観点から検討がなされるべきものと考えている。

(4) 国民の理解を得られる刑事弁護制度の充実強化

 法務省は,多くの弁護士が被疑者のために良心的な弁護活動を行っていること,また,日本弁護士連合会や各弁護士会が当番弁護士制度を自らの努力で運用してきたことを十分理解しているところであり,公的被疑者弁護に関する現実的な検討が必要な段階に来ているものと考えている。公的被疑者弁護制度に関する検討を行うに当たっては,被疑者段階に限定することなく,被告人段階における弁護制度とも一体として見て,捜査・公判を通じた人権保障や手続の迅速化という観点から在るべき公的弁護制度が考究されるべきであり,また,公的弁護制度が国民の税金によって支えられるものであることを考慮すれば,国民の十分な理解と支持を得られるものとすることが不可欠である。そのためには,次に述べることを併せ検討する必要がある。

 まず,弁護活動の適正確保の問題である。税金によって賄われる弁護活動において,違法不当な行為に適切な対処がなされなければ,到底国民の理解を得ることができないので,公的弁護制度を導入する場合には,適正弁護のガイドラインの制定と逸脱行為に対する制裁措置等の整備が必要である。

 次に,弁護士偏在の問題の解消がある。公的弁護制度を導入する場合には,すべての国民が等しくその弁護を受けることができなければならないことから,弁護士偏在問題を解消する必要があると考えられる。

 さらに,迅速な裁判の実現との関係である。迅速な裁判の実現のためには,集中審理が必要であるところ,弁護士がその業務形態等から,これに対応できないことが一つの隘路となっているので,公的弁護制度の導入に当たっては,それが集中審理に対応し得るものとすべきである。

 したがって,被疑者の公的弁護制度の導入の問題は,それだけを他と切り離して議論するのではなく,被告人段階における弁護制度をも含めた公的弁護制度全体の在り方として検討し,捜査・公判を通じた人権保障や手続の迅速化,実体的真実発見の要請等刑事司法の目的のバランスの取れた実現を図っていく必要性があると考えている。

(5) 検察及び関係刑事司法機関の人的・物的体制の充実

 刑事司法が,国民の期待にこたえてその機能を十分に発揮していくためには,国会での附帯決議においても示されたように検察官を始めとする検察職員の増員を始めとする人的・物的体制の充実が不可欠である。

 ところで,国家公務員の定員事情はますます厳しくなっており,国の行政機関職員の定員については,平成12年度からの10年間で25パーセントもの削減を図るという方針が示されている。検察官・検察事務官は,その身分は一般職の国家公務員とされているものの,刑事司法の要として,司法の一翼を担っているものであり,このような削減方針が検察官・検察事務官にも適用されることとなれば,21世紀においてますます増大することが予想される司法のニーズにこたえることが著しく困難になるものといわざるを得ない。国家公務員の定員事情の厳しさはよく承知しているが,検察官・検察事務官のこのような職責の特質に照らし,高い見地から,別異の対応が考慮されてしかるべきであると考える。

 これに加え,前述したように,我が国の刑事司法はその特質として,単に適正迅速な刑罰権の発動をもって足れりとせず,矯正・保護関係者も含め,刑事司法に携わる者が一体となって協力し,罪を犯した者の改善更生を目指す努力を続けてきたものであることを踏まえれば,これら刑事司法を支える関係組織の人的体制及び矯正関係施設等の物的体制の整備強化も必要である。

 いつの時代においても,国民が等しく望むのは,次代を担う子供達に安全な社会を引き継ぎたいということである。誰もが,犯罪の影に怯えることなく,自由に自己を実現できる安全な社会の維持のために,その役割を十分に果たすことのできる刑事司法制度の確立が強く求められていると考える。今後も刑事司法がその役割を十分に果たし,安全な社会を維持していくことを可能とするため,その在り方について,本審議会において,十分な審議がなされることを期待するものである。

第4 国民の司法参加

 国民の司法参加に関しては,まず,陪審・参審制の問題がある。

 陪審制は,裁判の事実認定に職業裁判官が関与せず国民から選ばれた陪審員が直接にこれを担当するという制度である。これに対し,参審制は,職業裁判官と一般国民とが裁判に相協力して関与する制度であるが,諸外国で採用されている参審制をみると,その対象となる事件に応じて,参審員を一般人から選出するもの,専門的知識を有する者から選出するものなど様々な形態がある。

 陪審・参審制は,これらの制度を採用する各国において独自に発達を遂げてきた制度であり,そもそも,これを採用するかどうか,採用する場合にどのような制度として設計するかなどについても,各国の国民性や政治的・社会的・歴史的事情等によるところが大きいものと考えられる。

 我が国についてみると,戦前の一時期に刑事について陪審制が実施されたことがあったものの,明治維新後の近代司法制度の確立後,ほぼ一貫して職業裁判官による裁判制度が実施されており,これが定着して現在に至っている。

 我が国の現状において,陪審・参審制導入の是非を検討するに際しては,まず職業裁判官による裁判の現行システムがこれまでに我が国の社会の中で果たしてきた役割とそれに対する国民の評価について十分に検証する必要がある。また,これと併せて,諸外国の実情や我が国の経験について幅広く多角的な調査を行うとともに,国民の司法参加に伴う国民の負担の増加の問題を始めとして,裁判手続のみならず社会全体とのかかわりをも含めた諸問題について,十分な検討がなされる必要があると考える。

 また,国民の司法参加は,陪審・参審制に限られるものではなく,調停委員,司法委員,検察審査会等といった既存の制度についても,これらの制度の実情をよく踏まえつつ,その拡充整備の要否や運用の在り方等について検討が行われることも意義のあることと考える。

第5 国際化への対応

 グローバル化の進展に伴い,司法は,世界の諸国が,人や政治・経済等の多様な分野で交流を推進するための共通の基本的インフラとしての機能を果たすことがますます期待される。その意味で,我が国の司法が,このような潮流に的確に対応できるように変革を進め,成熟していくべきことはいうまでもないところである。

 我が国は,歴史を遡れば,古く唐の時代に中国から律令制を学んで国家建立の基盤としたことを始めとして,隣国の韓国や多くのアジアの国々から豊かな文化を引き継ぎ,また,近代においては,明治維新の後,フランスやドイツから大陸の法制を学んで近代国家として独り立ちする基礎を築き,さらに,戦後,米国から多くの法制度を取り入れて近代民主国家としての再出発をし,相当な成熟度を誇り得る司法制度を築いてきた。

 アジアを中心として,現在,近代国家として成長や発展を遂げるため,その司法制度の確立と充実を強く求めている多くの国々が存在する。法務省は,これまで国連や外務省,国際協力事業団等との連携の下に,アジア極東犯罪防止研修所を中心として約37年間にわたり2,700名を超えるアジアを中心とする諸外国の刑事司法関係者を迎えて合同研修等を実施するなど,これらの国々との連携に大きな実績を有し,また,近年,民事の面においても,このような協力関係を推進するべく,財団法人国際民商事法センターを関係組織等の協力を得て設立し,国際研修を実施してきたものであり,これらの地道な努力は国際的にも高い評価を受けてきた。

 これらの国々の法制度整備に関する我が国への期待と要請はますます大きなものとなっている。このような期待と要請にこたえ,これらの国々の法制度整備を支援することは,国際社会において我が国が果たすべき極めて重要かつ大きな役割であり,ひとり法務省や関係組織等の努力のみで十分になし得るものではなく,政府全体と民間との連携協力を図りつつ推進すべき重要な課題であると考える。

 我が国の司法制度は,相当な成熟の反面,改革を要する点も少なからず有しているが,司法制度の改革が求められているこの時代こそ,その成果をも含め,これらの国々からの求めにこたえ,いわば世界の共通の言語としてのよりよい司法制度のグローバル化を推進するために貢献していく必要があると思われる。

第6 21世紀の司法を担う人材の養成等

 21世紀の我が国の司法制度を築いていくためには,その制度的インフラとともに,制度を支える人的インフラの整備・充実が表裏一体のものとして極めて重要な課題である。どのような優れた制度であっても,それを担う人々が,数においても十分に確保され,質においても,プロとしての十分な訓練を受け,豊かな教養や人間性を備えていなければ,その機能を効果的に発揮することは期待できない。

 そのような観点から,法曹の質と量の充実強化は重要な課題であり,法曹人口の在り方,法曹養成制度の在り方,さらには司法の中核を担う裁判官の任用制度の在り方にかかわる法曹一元等の問題について,総合的な見地から検討を進める必要があると考える。

1 法曹人口

 今後,我が国が事後チェック型社会に移行し,社会の各分野における法の支配の実現が強く求められていくことに照らせば,法曹資格を有する者が,官民を問わず社会の広範な分野において活躍していく必要性は一層高まるであろう。そして,国民が,必要に応じて,迅速かつ適切な法的サービスを受けられるための大前提は,まず,それに見合う十分な数の法曹が確保されることである。

 全国の地方裁判所本庁・支部253か所の管轄区域の中で,国民に最も身近な法的サービスの担い手である弁護士がゼロか一人であるいわゆるゼロワン地域が70数か所もあるという実情,国際的法律問題や専門的・先端的分野に強い弁護士に対するニーズが充たされていないという現状等に照らせば,弁護士の増加が必要である。また,企業が,国の内外を問わず,法に従って活発かつ適正な企業活動を行っていくことがより一層求められるようになることに照らせば,企業法務の分野を中心に,より多くの法曹資格者の活躍が必要となるであろう。

 次に,法務省の所管である検察であるが,検察官は,現状でも多忙を極めており,国民の期待にこたえて,日常的に発生する事件についての迅速的確な捜査処理や,凶悪重大事犯,経済・社会の構造をむしばむ悪質事犯等の摘発解明に努めていくためには,その増員が必要である。また,法務省の訟務組織は,各省庁における法的紛争の予防や訴訟による適正な解決のために重要な役割を担っているが,政府全体の行政部門における法の支配を拡充発展させるためには,今後その役割は一層重要となろう。

 また,裁判官についても,専門的・先端的分野等にも十分に対応することができ,一般の事件も含めて適正かつ迅速な裁判を実現していくことのできる環境を整えていくために,その増員を図るべきである。

 他方,我が国における適正な法曹人口の規模やその増加の程度を検討するに当たっては,現在の法曹人口を諸外国と比較するだけでなく,潜在的なものも含めた法曹に対するニーズや法曹が活躍する職域の拡大の可能性,法曹の質の確保の必要性,過度な訴訟社会をもたらすおそれの有無,法曹に隣接した法律専門職種が担い得る法的サービスの程度,内容との関係等をも含めて,幅広い諸事情を考慮する必要があると思われる。

2 法曹養成制度

 法曹の職務の基本は,社会に生起する様々な事象から法的問題を発見して分析した上でその解決方法を探り出し,折衝や説得あるいは裁判等により,法的問題を適切かつ的確に処理することにある。

 したがって,法曹には,体系的かつ専門的法律知識だけでなく,社会に対する広い視野と幅広い教養,豊かな人間性や高い倫理観,自分の頭で物事を考える柔軟な思考力,旺盛な意欲や探求心,自分の考えを適切に表現し相手を説得する能力が求められている。さらに,社会の進展に伴い,専門的・先端的分野や国際社会における多様な法律問題にも十分に対応する能力を持つ法曹が求められている。

 このような質の高い法曹を養成するためには,まず,幅広い教養,柔軟な思考力及び法律に対する体系的理解を身に付けさせる教育が必要である。

 しかるに,司法試験が極めて合格困難なものとなっている中で,司法試験を目指す多くの学生は,大学での基礎的・体系的な勉強よりも予備校での受験勉強を優先させ,マニュアルや暗記力に頼る勉強に偏っているのが実情であり,そのため,法曹に必要な幅広い教養,法律についての基礎的・体系的な理解や柔軟な思考力等を身に付けることが困難となっている。

 法曹三者は,このような司法試験の状況に対してできる限りの改革を図るため努力を重ねてきた(資料8「司法試験制度等改革の経緯」参照)。しかし,限られた時間で多数の受験生の能力を公正かつ客観的に判断することをその本質とする試験制度の限界や,司法修習制度が,基本的に,必要な法学教育を既に受けていることを前提とした上での実務教育を中心とすることを踏まえると,これらの改革のみによって,真に望ましい法曹を養成していくことは困難な状況にあると考えられる。

 望まれる法曹養成制度は,法曹三者の努力のみによって実現し得るものではなく,司法試験法等の改正に当たっての国会での附帯決議においても示されていたように,大学教育と法曹養成との連携の強化を図ることが重要であり,これらを踏まえた総合的な見地から検討される必要があろう。その意味で,今般,文部省や大学を中心として,法曹養成制度における大学教育の果たすべき役割を充実させるべく,法科大学院構想等の新たな法学教育システムの在り方が真剣に議論され,また,本審議会においても大学教育を含む法曹養成制度の在り方も含めて広い視野から審議されようとしていることは,まさに時宜を得たものといえよう。

 法科大学院構想を検討するに当たっては,現在の大学法学部教育と司法修習の果たしている役割をどのように評価すべきかが重要な前提問題となろう。

 まず,法学部との関係について,我が国の大学法学部は,1学年約47,000人という多くの学生を有し,これまで,法学の基礎的素養を修得した優秀な人材を行政庁や企業等社会の広い分野に輩出してきており,このような法学部教育の役割と意義は,今後も基本的に失われないものと考えられる。

 次に,司法修習との関係について,司法修習は,具体的事件を題材とし,法曹として必要な事実認定教育を中心に,先輩法曹から薫陶を受けつつ法律実務の基礎的訓練を行うのみならず,法曹として必要な識見,倫理観を培うとともに,自己の進路を適切に選択する機会を与えるという意味で極めて重要であるところ,大学においてこのような教育を行うことは,基本的に困難であると考えられる。

 このような法学部や司法修習の意義や役割を踏まえつつ,法科大学院を構想するのであれば,前述のような求められる法曹を養成するために適切な法学部,法科大学院,司法修習の役割分担の在り方を前提とし,法科大学院においては,どのような教育をどのような方法で行うべきかという教育の具体的内容等を中心として法科大学院の意義や必要性が十分に検討されるべきであろう。また,多様な人材を法曹に迎え入れるための方策を始めとして,法科大学院構想に伴う様々な課題とそれらへの対応策について,多角的に検討が行われる必要があろう。

 また,望まれる法曹は,一定期間の教育のみではなく,絶えざる研鑽によって養成されていくものであり,実務に入ってからの継続教育も極めて重要である。殊に,専門的・先端的分野や国際社会における多様な法律問題に対応するためには,実務経験を積んだ後の継続教育が一層の効果を発揮し得るものと思われる。

 そのためには,法曹三者それぞれが各組織における継続教育制度の一層の充実を図ることはもとより,実務家と大学との交流や協力を促進し,さらに,法曹三者間においても,国民に対してよりよい法的サービスを提供する基盤を強化する観点から,継続教育に関する相互協力を推進することが重要であると考えられる。

3 法曹一元

 諸外国の裁判官の任用制度は,各国の裁判制度や法曹養成制度とも関連して多様なものとなっているが,大別すれば,裁判官となる者につき,主として弁護士を給源とするいわゆる法曹一元の制度と,法律実務家としての経歴の当初から裁判官として採用され,原則的に裁判所内部で訓練されることを予定するいわゆるキャリアシステムとがある。

 キャリアシステムは,我が国が範としたドイツ,フランス等の大陸法系の国において採用されており,これらの国においては,司法試験合格後,一定の高度な研修が施された者の中から,裁判官が任用されている。これに対し,法曹一元の制度は,アメリカ,イギリス等の英米法系の国において採用されているが,その具体的な裁判官の選任方法については,この制度を採用している英米両国をみても,イギリスは,法曹内部において裁判官となるべき者を選ぶという仕組みを採用しているのに対し,アメリカは,選挙による選任制度あるいは所属政党の如何やそこにおける活動状況等をも加味した政治的な色彩を伴う選任制度を採用しており,同じ法曹一元といっても,それを採用する国や州によって相当の違いがある。

 裁判官の任用制度は,その国における司法制度の中核ともいえるものであり,どの国も,歴史的,社会的,政治的,文化的な背景の下に,それぞれの国に最も適したものとして,その裁判官任用制度を採用しているものということができる。

 我が国においては,明治維新後の近代司法制度の確立後,一貫して,裁判官の任用制度としてキャリアシステムが採用されてきており,昭和37年から2年間にわたり設置された臨時司法制度調査会において,法曹一元の制度の採否につき調査審議がなされたが,その意見書においては,「法曹一元の制度は,これが円滑に実現されるならば,わが国においても一つの望ましい制度である。しかし,この制度が実現されるための基盤となる諸条件は,いまだ整備されていない。」とされたところである。

 キャリアシステムの下で任命された我が国の裁判官が,全体的にみて,判断者である裁判官に求められる公正さ,中立性,廉潔性といった本質的な要請にこたえ,国民からの信頼を得ていることは,世論調査の結果などにも示されているところである。

 他方,司法制度の改革に関する各界の提言中には,現在のキャリア裁判官制度に疑問を呈し,法曹一元の制度の導入を求めるものが少なからずある。したがって,法曹一元の問題を検討するに当たっては,臨時司法制度調査会意見書に示された法曹一元制度が実現されるための基盤となる諸条件の充足状況の如何に加え,現在のキャリア裁判官制度につき指摘されているような問題点の有無と内容を十分に分析することが必要と思われる。その際の基本的視点としては,現行システムがこれまで果たしてきた役割とそれに対する国民の評価を十分検証するとともに,司法の利用者である国民が,どのような裁判の在り方を求め,そのためにどのような裁判官を期待しているのかということを議論の軸に据えるべきものと考える。

 法曹一元の問題については,以上のような視点に立ち,必ずしもキャリアシステムか法曹一元かといった二者択一の議論に偏ることなく,現行の裁判官任用制度の長所と問題点を実証的に分析し,改善すべき点がある場合には,それに対する具体的な方策について,幅広く多角的な見地から建設的な議論が行われる必要があると考える。

 以上をもって,法務省の本審議会の審議への希望や意見とする。