第8回議事概要

21世紀の司法制度を考える

-司法制度改革に関する裁判所の基本的な考え方-

平成11年12月8日
最高裁判所

<目  次>

1 裁判所の基本姿勢

2 我が国の司法制度の概観

○我が国の司法制度はどのように変遷してきたか
○戦後の司法改革はどのように行われてきたか
○我が国の司法制度の特徴は何か (1)統一性と等質性
(2)精密さと真相解明/「自己責任システム」の未成熟

3 我が国の司法の現状と問題点 ○どのような裁判がなぜ遅いのか
○裁判の費用はどこに問題があるのか
○専門的紛争へ対応しているのか
○紛争解決のメニューは十分か

4 改革の在り方とその方向性 ○改革の在り方をどう考えるべきか
○改革の方向性をどう考えるべきか [制度的基盤について]
(1)法曹の機能の強化
(2)専門的紛争への対応と多様なニーズへの対応
(3)国民の司法参加
[人的基盤について]
(1)法曹養成
(2)法曹一元

5 裁判所の期待するもの・心するもの


21世紀の司法制度を考える

-司法制度改革に関する裁判所の基本的な考え方-

1 裁判所の基本姿勢

 現行の司法制度がスタートして以来50年余を経過した。この間,社会経済情勢は大きく変化した。このたび,当審議会において,司法制度全般について,利用者である国民の視点に立って,その機能と役割の充実強化を図るための検討がなされることは有意義であると考えている。

 この審議会において,現在の司法制度の実情と問題点を明らかにし,来るべき「21世紀にふさわしい国民のための司法」を築くため,実りある検討がなされることを期待するとともに,その審議にできる限りの協力をしてまいりたい。

2 我が国の司法制度の概観

 各国の司法制度についての基本的な資料,参考人等の意見から明らかなとおり,司法制度やその背景にある法文化は各国によって大きな相違があり,我が国の司法制度も独自の特色を有している。

○我が国の司法制度はどのように変遷してきたか(資料1,2参照)

〈戦前の制度〉

 我が国の近代的司法制度は,明治憲法制定後の明治23年,裁判所構成法によってその骨格が定められた。

 裁判所は,大審院・控訴院・地方裁判所・区裁判所という組織で構成された。裁判所に検事局が置かれ,裁判官及び検察官はともに司法官として養成され,司法行政の監督権は司法大臣が有するなど,その骨格は主としてドイツの制度に類似しており,裁判手続も職権主義を基本としていた。法曹養成については,司法官(裁判官・検事)と弁護士とは別々の養成制度が採られていた。

〈戦後の制度〉

 日本国憲法の制定に伴って,司法制度もアメリカの制度にならって大きな変革を遂げた。

 裁判所に違憲審査権が与えられるとともに,司法権はすべて裁判所に属することとされ,戦前にあった行政裁判所のような特別裁判所の設置が禁止された。最高裁判所・高等裁判所・地方裁判所のほか,家庭裁判所,簡易裁判所が新設され,司法行政の権限も裁判所に与えられた。裁判手続の面では,民事訴訟,刑事訴訟において,当事者の訴訟活動をベースに審理を進め,その結果に基づき裁判所が判断を示すという当事者主義の手続が大幅に採り入れられた。法曹養成については,法曹三者に共通の司法試験及び司法修習制度が採用された。

○戦後の司法制度改革はどのように行われてきたか(資料3,4参照)

 戦後の司法制度改革の動向は,紆余曲折があったが,大きくみると3つの時期に分けることができると思われる。第1期は,新憲法制定から昭和30年代末の臨時司法制度調査会まで,第2期は,臨時司法制度調査会から昭和50年代末ころまで,第3期は昭和50年代末からこの審議会設置に至るまでの期間である。

第1期~新制度の草創期

 この時期は,いわば新制度の草創期で,裁判所法,弁護士法,司法試験法をはじめ,刑事訴訟法等の基本法の制定が行われ,司法修習課程を経た法曹が養成されるようになった。

 民事訴訟事件数はいまだ少なく,昭和30年には14万3000件余で,戦前で最も事件数の多い昭和6年の約26万1000件の54.6%に止まっている。逆に刑事訴訟事件は昭和23年には約28万件と戦前戦後を通じて最大を記録し,以後漸次減少していくが,昭和30年でも17万1000件余と昭和初期の3倍程度を続けており,不安な世相を反映している。

第2期~理念的対立による停滞

 裁判官志望者の数が減少する等の事情もあって昭和30年代に訴訟遅延が深刻な問題となり,昭和37年,裁判官の確保の方策等について検討するため臨時司法制度調査会(臨司)が設置され,法曹一元問題,裁判官及び検察官の任用・給与に関する制度等を中心として検討された。昭和39年に出された意見書は,法曹一元問題のみならず,当時の司法制度全般にわたって検討を加えた総合的な改革の指針ともいうべきものであった。

 しかし,日弁連は,臨司意見書につき「法曹一元に対し消極的姿勢を示し,民主的司法の理念と相容れない官僚制的側面の除去に熱意を欠き,訴訟促進や裁判手続の合理化を追求した能率主義にとらわれている」などとして,これを厳しく批判し,この意見書に沿った改革に協力できないとの姿勢をとった。そのため,その後は,基本的に臨司意見書に従って制度改革を進めようとする裁判所・法務省と弁護士会との間の対立が顕著となり,法曹三者の合意を要する改革は著しく困難となった。このような状況の中で裁判官等の給与の改善,裁判所調査官制度の拡充,専門部の拡充等,部分的な改革が行われるにとどまった。

 昭和45年,簡裁の事物管轄が訴額10万円から30万円に引き上げられるに際し,裁判所と弁護士会との意見調整が難航した。この法案に関する国会審議の過程において,司法制度に関する改革については法曹三者の意見を調整して法案を提出すべきであるとの付帯決議がなされ,これを契機として昭和50年三者協議会が設置されることとなった。なお,その設置に先立つ昭和49年にも,弁護士会との意見調整ができないまま,調停制度の改正がなされた。

 このように,第2期は,いわば理念的な対立によって制度改革が停滞した時期であったといえよう。

第3期~空白を埋める改革の努力

 昭和50年代末ころから,民事訴訟事件が急増し,事件数も20万件を突破し,昭和60年には一挙に36万件に達するに至った。一方,このころから,司法制度の見直しについて次第に法曹三者の意見の合致が見られるようになり,昭和57年に簡裁の事物管轄が再度拡張されたのに引き続き,昭和62年に簡裁の配置の見直し,平成元年に地家裁支部の配置の見直しが実現された。弁護士から多数の裁判官を採用するための方策として,昭和63年には弁護士任官の要領が取りまとめられ,平成3年には日弁連の意見も取り入れて要領が改正された。また,同年には司法試験合格者の数を増加させることなどを内容とする司法試験制度が改正され,さらに平成8年には,利用しやすく迅速な裁判の実現を目指した民事訴訟法の改正が実現された。

 この流れを要約すると,第2期すなわち臨司意見書以後の約20年近くの間は,法曹三者の意見を調整することが著しく困難な状況が続き,国会の付帯決議もかえって司法制度改革を妨げる結果となったといえよう。ちなみに,法曹三者の意見調整が困難で法改正にまで至らなかった動きとしては,かつての少年法改正問題,弁護人の辞任・解任対策法案の問題等がある。

 第3期すなわち昭和50年代後半から現在までに至る一連の制度改革の動きは,第2期における改革の空白を埋めようとするものである。その意味ではやや遅ればせながら,法曹三者が情勢認識に目覚め,理念的対立を解いて改革に向けた努力を積み上げつつあった時期であるといえよう。

○我が国の司法制度の特徴は何か

 我が国の司法制度は,歴史的に見れば,中国法の影響を受けた古来からの固有法の土台があり,近代になって前述のとおり,大陸法及びアメリカ法それぞれの影響を強く受けてきたといえよう。

 しかし,近代的司法制度創設から数えても,既に100年以上を経過し,この間に我が国の歴史的,社会的風土の中で独自の法文化が形成され,我が国の司法制度は,これらの諸外国と異なる独自の特徴を備えるに至っている。

(1)統一性と等質性

 我が国の社会は,歴史的,地理的な条件等から,諸外国と比べるとかなり同質的であるといえようし,国家機構も連邦と州といった二重構造を採っていない。このような背景もあって,我が国の司法制度は,かなり統一的な構造となっている。さらに,我が国社会の平等志向を反映して,司法制度の運用における等質性の要請は極めて強い。

 このため,司法運営に当たっては,全国的に統一された制度のもとで,等質な司法サービスを提供し,等しく公正な裁判を実現することが重視されている。

(2)精密さと真相解明/「自己責任システム」の未成熟

 我が国では,諸外国に比べ,伝統的に,裁判において,法論理及び事実の認定について精密さが要求され,紛争や事件の真相の解明(真実の発見)に強い関心が置かれている。

 我が国の訴訟手続の原則となっている「当事者主義」は,一言でいえば,訴訟の進行と結果について当事者が責任を負うという,いわば「自己責任のシステム」であり,裁判の結果は当事者の活動によって左右されるものという考え方である。しかし,実体について,真実の発見という強い要請があるため,裁判所が当事者の活動の不足を補う後見的役割を果たし,事実の解明に努めることが求められる。

 裁判所の後見的役割の必要性をより強くする要因として,弁護士の付かない民事訴訟(いわゆる本人訴訟)の比率が極めて高いこと(平成10年では,簡裁では約99%,地裁では約60%,資料5参照)が挙げられる。また,弁護士が付いた事件であっても,調査不足等から十分な訴訟活動がなされない場合が見られるが,裁判所が訴訟活動の示唆を与えることを当事者から期待されることが少なくない。その意味で,手続的には当事者主義を採りつつ,実体については,真相解明のための職権の行使が求められるという,我が国独特の制度運用が生じている。

3 我が国の司法の現状と問題点

 現在の司法制度については,種々の批判があり,また,利用者の視点に立った様々な建設的な提言もなされている。

 そこで,我が国の司法制度について,司法制度の運用に携わる者の目からみた問題点を明らかにしたい。

○どのような裁判がなぜ遅いのか(資料6ないし9参照)

 「裁判が遅い」ということは,いつの時代にも,あらゆる国の司法制度について言われ続けてきた課題であり,今日でもほとんどすべての国がこの問題を抱えている。裁判は双方の言い分を聞くことが本質であり,また,法的紛争を最終的に解決する場として,証拠に基づいて事実を認定し,法的に判断するという,正確性,厳密性に重点が置かれた手続が定められている。その意味で,裁判による問題の解決にはその性質上一定の時間を要するものであり,行政や経済活動における解決よりも時間が掛かることは,ある程度やむを得ない面がある。

〈諸外国との比較〉

 諸外国の状況と比較してみると,我が国の訴訟事件の平均審理期間は,平成10年では,地裁民事訴訟事件が9.3か月,地裁刑事訴訟事件が3.1か月となっている。これを欧米諸国に比べると,民事訴訟事件は,ドイツ,フランス等の大陸法国よりはやや長く,アメリカ,イギリスよりは短いということになる。また,刑事訴訟事件についても,国際的に見て遜色のない水準にあるといってよい。

 なお,ドイツの地裁第一審民事訴訟事件の審理期間は極めて短いが,控訴率は我が国の約21%に比して約58%と高く,かつ取消率も約48%(日本では約23%)に達しており,実質的な紛争解決までかなり時間が掛かっているということになる。

〈長期化している事件と迅速化への課題〉

 もっとも,我が国の地裁民事訴訟事件の平均審理期間が9.3か月というのは,実質的な争いのない事件も含んだ平均値であり,争いがあり,証拠調べをして終了した民事訴訟事件(地裁)は平均で約21か月を要している。諸外国においても,この種の事件は同様の水準にあるようであるが,現在の国民の生活感覚からすれば,遅いと感じられるものと思われる。

 さらに,公害事件のように訴訟当事者が極めて多数の大型事件,特許権の侵害等の知的財産権事件,あるいは医療過誤事件のような専門的事件の中には,事実関係が複雑で,ときとしては専門的な知見自体に争いがある場合もあって,解決までに,数年,ときには十数年といった長期間を要している事件も見受けられる。また,刑事訴訟事件についても,件数はごくわずかであるが,諸外国では見られないような極めて長期間を要する例もある。こうした国民の関心や社会的影響の強い大型事件,専門的事件は,それだけ迅速な裁判の要請も強いわけであり,全体として我が国の裁判が遅いという印象を受けるのも当然であろう。

 裁判が遅れる原因には,様々なものがあるが,最も大きなものは,当事者主義の訴訟手続のもとで,当事者の準備に時間が掛かるという点にある。平成8年,民事訴訟法を70年ぶりに改正したのは,社会生活のテンポに合わせた迅速な民事裁判を実現することが大きな狙いであった。この改正は,当事者の事前準備,期日間準備等を活性化し,進行についての裁判所の後見的機能を強化し,証拠調べを集中して行うことなどを主眼とするものである。この改正に沿った運用が定着していけば,裁判の遅延の問題が相当程度改善できるものと考えており,先に述べた,争いがあり,判決に至るケースであっても,通常の民事事件については1年程度で解決できるのではないかと期待している。

 しかし,特に長期間を要している事件については,更に検討することが必要である。当事者主義のもとで,現在のような実体的な真実の解明を求める審理,判決を続けていくとすれば,迅速化にも一定の限界があることは否定し難いが,法制度の面では,証拠収集手続,証拠方法等に関する証拠法を含む手続法の見直しが必要とされるであろうし,法曹人口の拡大,弁護士業務の態勢強化,裁判所の態勢の充実(裁判官,書記官,裁判所調査官の充実)等の人的基盤,物的基盤の整備が必要である。

○裁判の費用はどこに問題があるのか

 「裁判に費用が掛かりすぎる」,「いくら費用が掛かるか分からない」という不満も多い。

 裁判に要する費用としては,申立費用(印紙代),弁護士費用等があるが,その大部分は弁護士費用であり,弁護士費用の合理化,透明化がまず必要とされるところである。また,弁護士費用の敗訴者負担についても検討する必要があろう。訴訟の価額が大きくなれば,印紙代等の費用も軽視できないところであり,裁判全体の迅速化も費用軽減の上で大きな意味を持つ。裁判費用に関する支援という観点から,法律扶助の問題を検討する必要がある。また,前述したような簡裁における本人訴訟の実情からすると,簡裁事件に関する利用しやすい訴訟代理制度についても検討されるべきであろう。

○専門的紛争へ対応しているのか

 科学技術はもとより,経済,医療,労働,環境など国民生活全般にわたって,活動の形態は著しく多様化し,複雑化している。現在の司法制度が,このように複雑多様化した各種の専門領域の問題に的確に対応しているかという点も大きな問題である。法曹は,様々な事象を権利義務といった法律関係に整理し,法律的な解決を図る専門家であるが,これとともに,各種専門領域における様々な活動の意味を的確に理解する力を備えていることも求められている。しかし,現時点では,これらのニーズに対応し得る能力を持った法曹は,質的にも量的にも不足していると言わざるを得ない。この点は,法曹養成問題を検討する場合の重要課題の一つである。

 また,裁判に専門家の知識を反映させる必要があるが,現状では,鑑定人が得難いことも多く,適切な専門家の協力を得ることが困難である。このような状況を改善するための制度の整備も大きな課題である。

○紛争解決のメニューは十分か(資料10参照)

 裁判は法的紛争の最終的な解決を図る厳格な手続である。紛争の程度,態様等によっては,固い裁判手続ではなく,利用者のニーズに応じたより柔軟な解決手段を整備する必要がある。現在の調停,和解,仲裁等の制度をさらに充実するとともに,紛争類型に応じたADRの拡充について検討することが必要である。

 また,法的紛争に巻き込まれた国民がまず手軽に相談できる態勢を整備し,これに関する法律情報を提供するシステムを作っていくことが必要である。

4 改革の在り方とその方向性

○改革の在り方をどう考えるべきか(資料11,12参照)

〈司法機能の現状のとらえ方〉

 上記の諸点は,現在の司法制度の機能の上での問題点として,ほぼ異論のないところであろう。このほかに,例えば,我が国の司法は「小さな司法」であって,立法,行政に対する十分なチェック機能を果たしていないとか,「2割司法」,「機能不全」に陥っており,国民のニーズにこたえていないといった,より一般的な観点からの批判がある。このような総合的評価に直接対応する施策というものは考えにくいが,基本的には,上記の諸問題を解決することによって改革していくべきものと考える。

 最近,司法,特に裁判所が「機能不全」に陥り,事件の多くが暴力団等の不健全な形態で処理されているといったセンセーショナルな意見が見られる。しかし,そもそも私的紛争のすべてが裁判になることが健全であるかは極めて疑問であるし,資料11のアンケート結果にもあるとおり,弁護士に相談しなかったものが必ずしも不健全な選択をしているわけではない。

 平成10年度の地裁,家裁,簡裁に対する各種の申立件数は,紛争解決を目的としたもの(民事訴訟,調停,督促)に限っても約150万件に上っている。また,裁判所には,極めて多くの受付相談等が持ち込まれている。このほかにも,各地方自治体,消費生活センター,労政事務所,交通事故紛争処理センター,国税不服審判所,特許庁,公害等調整委員会等の各種機関がADRとしての機能を果たしている。

〈司法制度と社会〉

 司法制度は,対立当事者の争いを手続に従って解決するという共通の制度原理に立脚する一方,優れて社会的,文化的な制度である。もともと,我が国では紛争の解決に当たって法以外の社会規範や人的な信頼関係にベースを置く傾向が強いと言われてきた。狭い国土の中で同質的な人間が密度の高い接触を続けている社会では,あいまいさを残さない法的解決を敬遠する土壌が形成されやすかったということもあろうが,近代的な司法制度が確立され100年余を経過した現在でも,こうした風土は根強く残っているように思われる。例えば先年の隣人訴訟に対する周囲の反応等はその典型的なものであろうし,他方,調停制度が円滑に機能し,発展してきたのもこうした風土の反映といえよう。

 今後,我が国でも,法的に問題を解決していくというルールを確立し,その浸透を図っていく必要があることは言うまでもない。そのためには,広く司法制度を国民に利用しやすく,親しみやすいものとし,日々の運用の中でその効用についての理解を深めつつ,長期にわたって改革,改善の努力を継続していくことが何よりも必要である。

○改革の方向性をどう考えるべきか

 このような改革の在り方を踏まえ,まず,改善,改革を要するのは,国民が司法制度を利用する上で障害となっている前記の諸点を改善し,司法の機能の充実を図ることである。

[制度的基盤について]

 制度的基盤に関する問題として,裁判の迅速化,専門的紛争への対応,紛争解決システムの多様化等の点について改善,改革を検討する必要があるが,既にこの点については,各委員から様々な意見が提出されており,裁判所も意見を同じくするものが少なくない。

(1)法曹の機能の強化

 弁護士の機能の強化

 最も重要なのは当事者活動を行う弁護士の態勢の充実強化である。前述のアンケートにもあるとおり,国民の法的紛争を第一次的に受け止めるのは弁護士であり,その量と質の在り方が司法全体の機能を大きく決定づけることになる。本人訴訟率の低減化,弁護士の地域的偏在の解消,職域の拡大,弁護士事務所の専門化・総合化等は大きな課題である。(石井,井上,北村,高木,竹下,鳥居,中坊,藤田,水原,山本,吉岡各委員の意見)

 また,専門性の高い事件や大型事件は,訴訟準備の負担が極めて重いことから,集中審理を行うためには,組織的な訴訟活動態勢を組むことが不可欠である。さらに,弁護士費用の合理化と明確化,これらに関する情報の公開等も利用者の立場からは極めて重要な問題である。(石井,井上,北村,高木,竹下,中坊,藤田,山本,吉岡各委員の意見)

 刑事事件については弁護態勢の貧弱さが迅速な裁判実現の上で大きな障害となっている。大型刑事事件に象徴されるように,刑事弁護の態勢の強化,弁護人の確保に関する制度的手当は,差し迫った課題となっている。(井上,北村,竹下,藤田,水原各委員の意見)

 裁判所の機能の強化

 裁判官及び裁判所職員についても,迅速化,専門化に対応するための増員を前提とした態勢の充実強化が必要である。特に,繁忙な都市部の裁判所を中心とする裁判官,書記官等の増強,専門的事件に対応するための裁判所調査官,家裁調査官の充実を図る必要がある。(石井,井上,北村,高木,竹下,鳥居,中坊,藤田,水原,山本,吉岡各委員の意見)

 検察の機能の強化

 従来型の犯罪の増加が予想されるのみならず,ホワイトカラー犯罪,外国人による犯罪,先端的技術を用いた犯罪等に対する厳格な法の執行の要請が高まっており,検察官,検察事務官の充実をはじめとする検察の機能の強化が必要であろう。(井上,北村,高木,竹下,鳥居,中坊,藤田,水原,山本,吉岡各委員の意見)

(2)専門的紛争への対応と多様なニーズへの対応

 社会の多様化,専門化に適切に対処していくための総合的な対応策が必要となるであろう。弁護士及び裁判官の数を増加させるとともに,専門家の手続関与を容易にする制度(専門委員,更には専門参審制等)の導入,管轄の集中等の制度的な改革も検討する必要がある。また,専門的紛争について,ADRや調停などを活用することも検討する必要がある。(石井,井上,北村,高木,竹下,鳥居,藤田,水原,山本各委員の意見)

 法的紛争は,その内容に応じて種々の解決方法が考えられ,すべてについて,まず厳格な裁判手続,特に判決手続で解決することは当事者も望まないであろう。既に幾つかの分野では,最終的には裁判による解決が保障された上で,準司法的な機関等による紛争の解決が図られている。裁判所でも伝統的な和解,調停,督促等の手続のほかに,新民事訴訟法により少額裁判制度が設けられた。今後,このような紛争解決に関するメニューの充実に併せて,より専門的な分野における調停,仲裁をはじめとする各種のADRの開拓,並びにこれと裁判手続との関連,裁判情報等の適切な提供等について検討する必要があろう。(石井,井上,北村,高木,中坊,藤田,水原,山本,吉岡各委員の意見)

 また,現在ある各種のADR,自治体等による相談等広い意味での紛争処理システムと裁判とが必ずしも有機的につながっておらず,利用する国民が合理的に選択できるシステムになっているとは到底いい難い。これらの紛争解決手段の相互の関係を分かりやすいものにし,かつ,そのことを含めた一般的な法律情報を提供し,相談に応じる態勢を整備することが必要である。(石井,高木,竹下,水原,山本各委員の意見)

(3)国民の司法参加(資料13,14参照)

 司法に国民の意思を反映させ,司法を国民に身近なものとするため,陪審,参審制の導入が提言されている。一般的にいうと,司法手続に国民の意思を反映させることは,国民の司法に対する関心を高め,司法の在りようが国民の意識や感覚により近いものになるという観点から有意義であることは明らかである。

〈我が国の司法参加の制度〉

 既に我が国でも,調停委員,司法委員,参与員あるいは検察審査会制度等が,司法参加の制度として大きな役割を果たしてきた。とりわけ調停制度については,約2万人の調停委員が,民事,家事合計で年間約35万件の事件に対応している。調停制度は,必ずしも法的に構成されていない当事者の生の声を聞き,法に従いつつ条理に照らして合理的な解決策を見いだしていくというものであり,家庭裁判所,簡易裁判所の役割の充実に大きく貢献し,諸外国からも極めて高い評価を得ている。

〈陪審制,参審制の検討の在り方〉

 しかし,陪審,参審制度は,最終的な判断作用そのものを国民の手にゆだね,あるいはこれに関与させようというものであり,裁判の在り方を大きく変容させるという意味で,司法制度の根幹に関わる問題である。また,多くの委員が指摘されているように,その円滑な運営のためには,国民の負担をはじめとして,多くの社会的,制度的な条件が関わってくる問題でもある。

 例えば,陪審裁判では,先に述べた真実の発見という機能よりも,訴訟活動の評価を陪審員にゆだね,結論を得るという要素が強い。そのため,陪審裁判では,真実の発見という要請は後退せざるを得ないことになろう。また,有罪,無罪についての陪審の評決には理由が付されないから,詳細な事実認定を明示する現在の我が国の裁判とは全く異なる裁判となる。国民の代表である陪審員の事実認定はいわば天の声であるから,これを不服とする上訴も許されないことになる。さらに,陪審裁判を可能にするための条件も少なくなく,陪審員となる国民の負担,陪審員に事件の予断を抱かせないための報道の規制,連日開廷に対応する弁護人の態勢,陪審員が直接的に証拠を吟味できるようにするための刑事訴訟手続の抜本的な見直し等についての検討が必要である。

 参審制度についても,その形態にもよるが,大なり小なり陪審制について指摘されているのと同様の問題がある。ただ,様々な形態が考えられるだけに,態様いかんによっては,その長所を最大限に引き出し,問題点を最小限にとどめるという工夫をすることも可能であろう。専門的民事紛争に対応するための専門参審制などについては,現在の裁判制度のもとでも十分に検討に値するところである。

 この問題は,司法制度の根幹に関わることから,最終的には国民が判断すべき問題であるが,裁判所としても,この問題が討議される際に,各論点について十分説明したいと考えている。

[人的基盤について]

 各委員の指摘されるように,司法制度の人的基盤の充実を図っていく必要がある。この検討においては,法的ニーズの在り方,隣接法律職種の機能,法曹養成の在り方等について,多角的に考える必要があろう。

(1)法曹養成(資料15ないし18参照)

 我が国の法曹人口は先進諸国に比して少ないといえよう。もっとも,ここにも制度,慣行の違いがあり,例えば米国では,弁護士資格を有する者が,各レベルの公務員となったり,企業の経営に加わるなど,必ずしもそのすべてが法律実務に関与しているわけではない。また,他方で,我が国では司法書士,行政書士,弁理士,税理士等が特定の範囲の法律関係事務を担当しているが,米国ではこれらもすべて弁護士の業務である。

 さらには,これらの国々において,法曹人口数がどう評価されているのかということも問題である。アメリカでは年間約1500万件,ドイツでも約200万件の民事訴訟が起こっており,民事訴訟の多さが社会問題化しているといわれるが,過剰な弁護士がその一因となっていると考えられている。

 このように,単純に人口当たりの法曹数を比較することは相当でないが,前述の点を考慮しても,我が国の法曹人口が少ないことは事実であり,各委員が指摘されるように,法曹の機能の充実を図るため法曹人口の増加が不可欠であると考えている。

 問題は,法曹人口がどの程度少ないのか,あるいはどの程度の法曹を養成していくべきかという点である。この点,これまでは,専ら諸外国の法曹人口との対比において論じられてきた。我が国の状況を俯瞰的に把握するという点ではこうした比較は有意義であろうが,現実の政策の基盤としては,より具体的な検討が不可欠であり,「法曹の必要性」,「法曹養成の在り方」という二つの観点からこの問題を検討する必要があろう。

 法曹の必要性

 まず将来を含め,「どのような法曹の必要性が具体的に考えられるのか」,「それを満たすためにどの程度の法曹の養成が必要か」ということが問題となる。これは,差し当たりは,既に述べた我が国の司法制度の諸問題を解決していく上で必要な法曹の規模の問題ということになる。

 これを固定的な数値で言うことは極めて困難であり,現実には,上記の諸問題がどのように解決されていくのか実証的な検討を加えつつ判断していくことが望ましいところであろう。例えば,「弁護士過疎,本人訴訟率の高さはどう改善されていくのか」,「弁護士事務所の組織化・専門化はどう進んでいくのか」,「隣接関連職種の機能の在り方をどう考えるのか」,裁判所について見れば,「大型事件・専門的事件を的確かつ迅速に処理していくための態勢をどのように整備していくのか」等の問題の解決方法,その展開を考慮する必要がある。

 さらに,新しい需要との関係でいうと,「企業法務を中心として,諸外国との経済競争にどう対応し,その担い手をどうするのか」,「紛争予防,法規策定,法律相談等の裁判以外の法的ニーズにどう対応していくのか」,「企業,行政庁等の組織への法曹の登用がどのように進んでいくのか」という点にも大きく関わる問題である。

 法曹養成の在り方

 次に,「どのような法曹養成の方法が望ましいのか」,「どのような水準の法曹を養成していくのか」等という問題がある。

〈我が国の法曹養成制度〉

 我が国の法曹養成は,通常,大学の法学課程を履修して司法試験に合格し,司法研修所において,1年半の司法修習を経て,最終試験に合格した者に法曹資格を付与するという方式を採っている。修習生は,国家公務員に準ずる身分となり,給与を支給され,前期及び後期の各3か月間は司法研修所で集合教育を受け,中間の1年間を全国各地の裁判所(6か月),検察庁(3か月),弁護士会(3か月)において,実務を体験しながら研修(実務修習)することとされている。

 この制度が発足した昭和24年の司法試験合格者は265人であったが,昭和30年代に入って300人台となった。昭和39年からは10年間にわたって500人台を続けたが,昭和49年以降はむしろ400人台に低下した。この間に司法試験の合格率の低さがかえって有為な人材を遠ざけているとの認識が広まり,平成3年,試験制度の一部を改正し,合格者の人員を750人台まで徐々に増加してきた。さらに,平成11年からは司法修習制度を改革するとともに養成人員を平成11年度は800人,12年度以降は1000人程度とする旨の方針が打ち出されたところである。

 司法研修所教育の中核は,実際の法律実務を遂行している法曹のもとで,個々の事件を通じて法曹三者それぞれの職務に必要な技術を習得させるとともに,法曹のエトスを自覚させるという点にある。これは,医師の養成において,基礎医学とともに臨床教育が不可欠であるのと通じるものがあり,司法研修所教育は,法律実務家に要請される技術とともに,執務姿勢,職業倫理等の人間的資質の基盤をかん養するという理念の下に実践されてきた。

〈大学教育と法曹養成の問題の検討の在り方〉

 このような司法修習の目的を十分に達成するためには,まずもって,司法試験において法曹となるのに必要とされる基礎的な法律知識を備えていることが的確に判定されることが必要である。しかし,我が国ではその前提となる大学法学部教育が,法曹養成よりはむしろ公務員,企業等のゼネラリストの養成に重点を置いてきており,法曹となるための基本的な法学教育が極めて不足しているという問題がある。

 このような大学教育と法曹養成とのかい離を見直すという観点から,最近我が国でもロースクール,あるいは法科大学院を設置し,体系的,組織的に法曹養成を行う必要があるという指摘がなされている。竹下,鳥居各委員の指摘されるように,司法試験及び司法修習との関連をどう考えるかといった基本的な点についても,いまだ具体化されているわけではないが,大学教育との関連性の強化は重要な課題であり,これまでの我が国の法曹養成の大きな問題点を改善する方向を示すものとして期待されるところである。

 ところで,法曹は単なる技術者にとどまるものではなく,個人の権利を擁護し,紛争を解決することにより,社会の調和を図るという優れて実践的な役割を担っていることを考慮すると,数の増加に走る余り質の低下をきたすことがあってはならないであろう。司法修習制度は,このような法律実務家を養成するための不可欠の過程であり,多くの国でこうした実践的研修の課程が設けられている。こうした制度を持たないアメリカでは,最近,社会的役割の意識を欠いた技術集団として大量に養成された法曹の在り方,そこから生じる病理現象について,深刻な問題提起がなされているといわれている。また,実際問題としても,近い将来,我が国の大学院において質を備えた適正量の実務家を養成していけるだけの実務的な知識と経験を持ったスタッフを確保するのは困難ではないかと思われる。

 その意味で,実践的研修の課程として現在のような修習制度を維持していくことが必要であり,法曹養成の規模は,こうした修習制度を踏まえた,養成の在り方との関連でも考慮される必要があると考えている。

 法曹人口の不足を一挙に解消するため,できるだけ大きな数値目標を定め,法曹の質は資格取得後の競争,自然淘汰にゆだねるべきであるという意見がある。しかし,法曹が究極的には裁判作用に関わる職責を負っていることからしても,一定の質の確保は不可欠であり,これを自由競争にのみゆだねるべきであるという見解には賛成し難い。

小括

 法曹の必要性と法曹養成の在り方という二つの観点から直ちに養成すべき法曹の数値が導き出されるわけではない。しかし,基本的にはこの二つの観点をベースにして,現在検討中の法科大学院構想の推移,法律隣接職種の機能等を考慮しつつ,法曹養成数について具体的なスタートラインを設定し,継続的,漸進的拡大を図ることが現実的かつ妥当であると思われる。

(2)法曹一元(資料19ないし23参照)

 我が国の裁判官の任用制度については,裁判所法42条に定められているとおり,下級裁判所の判事は,判事補のほか,検察官,弁護士,大学教授等から任命できる。ただ,実際の判事の任命状況をみると,毎年数名程度の弁護士任官者を除くと,判事補から任命される者が大部分となっている。

 諸外国の裁判官の任用制度をみると,法曹一元を採っている国とキャリアシステムを採っている国とがあり,いずれか一方が唯一の任用制度となってはいない。また,法曹一元を採っている国についても,イギリスの上級裁判所のように弁護士の中の長老が裁判官になるシステムと,アメリカのように弁護士の中から選挙等によって裁判官を選任するシステム等がある。

 法曹一元は司法制度の基本的な理念に関わる問題である。先の臨時司法制度調査会において,キャリアシステムと対比して,そのメリットとデメリットが指摘され,「法曹一元の制度は,これが円滑に実施されるならば,我が国においても一つの望ましい制度である。」とされた上,「しかし,この制度が実現されるための基盤となる諸条件は,いまだ整備されていない。」として,法曹人口の増加,弁護士の大都市偏在化の是正,弁護士活動の共同化の推進,弁護士倫理の確立等の条件が指摘され,さらに,「弁護士,検察官等で裁判官となるにふさわしいものをできる限り多数裁判官に任用することができるよう法曹三者が協力すること。」という具体的な提言もなされている。

 社会が複雑化し,価値観も多様化する中で,裁判官にも多様な人材が必要とされることはいうまでもなく,裁判所が,弁護士からの任官を推進するための方策を採ってきたのも,このような観点からである。しかしながら,裁判所,弁護士会の努力にも関わらず,弁護士任官者の数は,現実には年間わずか数人にすぎない状況にあり,地域的にも一部の庁に限られている。これには種々の要因があると思われるが,帰するところは,臨司意見書で指摘された法曹一元のための基盤整備が進んでいないためであろう。

 今日の議論には,こうした実証的視点を欠いた理念的なものが少なくなく,また,この点に関連して,我が国の裁判官に対し,キャリアであることをとらえて様々な批判や非難がなされている。我が国の裁判官は,戦前,戦後を通じて,独立不羈,公正廉直を自らに課し,最終的な判断者としての職責の重さを自覚し,不断の研さんを通じて実務能力をかん養するという執務姿勢を一貫して堅持してきたところである。しかし,井上,水原,山本各委員の指摘されるように,変化の著しい今日,多様な紛争を取り扱うための柔軟な思考力と幅広い視野をかん養することが,これまで以上に強く求められており,今後は,裁判官のキャリアの中で,そうした経験を積むことができるような態勢を更に充実させていく必要があり,またそのためにも,弁護士からの任官者が増加し,裁判官相互の間で意見の交換が活発化することが望ましいと考える。

5 裁判所の期待するもの・心するもの

 以上,裁判所の目からみた司法の現状と問題点並びに今後の改革の方向について説明した。

 司法制度にどの観点から見ても完全無欠というようなものはあり得ない。どの国でも様々な問題を抱えつつ,社会の変化に応じて司法制度の改革を常に進め,それによってその国固有の司法を築き上げているわけである。我が国の司法について最も欠けているのは,そうした柔軟で継続的な改革,改善の思想とそのためのシステムであろう。井上,竹下各委員の指摘されるように,この審議会においては,継続的な視点から問題点の改善が実現されるような具体的な方策についても検討されるべきであろう。

 また,司法制度の人的基盤に関する問題は極めて重要な課題であるが,特に,その中でも,井上,中坊,水原各委員の指摘されるように,弁護士,更には弁護士会の活動や責任の在り方は,将来の我が国の司法制度の在り方に極めて大きな影響を与え,重要性を増すものと思われることから,この点の検討も必要である。

 今まさに,人知を超える大きな変化と発展を遂げた20世紀を終えようとしているが,新たな世紀においてもまた様々な大きな変化を迎えることと思われる。それゆえに,将来のニーズに対応し得る柔軟で厚みのある司法制度の基盤を整えた上で,常に「変えていくべきものは何か」,「発展させていくべきものは何か」を吟味しつつ,継続的な改革努力を傾けていくことが何より肝要であろう。