第8回議事概要
平成11年12月8日

論点整理に関する会長試案

司法制度改革に向けて-論点整理-

Ⅰ 司法制度改革審議会の設置と審議

(1) 審議会の設置

 司法制度改革審議会は、司法制度改革審議会設置法(平成11年6月9日公布)に基づき内閣に設置された。同法2条は、

「審議会は、二十一世紀の我が国社会において司法が果たすべき役割を明らかにし、国民がより利用しやすい司法制度の実現、国民の司法制度への関与、法曹の在り方とその機能の充実強化その他の司法制度の改革と基盤の整備に関し必要な基本的な施策について調査審議する。
2 審議会は、前項の規定により調査審議した結果に基づき、内閣に意見を述べる」

と定めている。
 審議会設置の趣旨について、陣内前法務大臣は、「二十一世紀の我が国社会においては、社会の複雑多様化、国際化等に加え、規制緩和等の改革により、社会が事前規制型から事後チェック型に移行するなど、社会のさまざまな変化に伴い、司法の役割はより一層重要なものになると考えられ、司法の機能を社会のニーズにこたえ得るように改革するとともに、その充実強化を図っていくことが不可欠である」と説明している(第145回国会衆議院法務委員会における審議会設置法案の趣旨説明)。
 衆議院法務委員会附帯決議4項には、「審議会は、その審議に際し、法曹一元、法曹の質及び量の拡充、国民の司法参加、人権と刑事司法との関係など司法制度をめぐり議論されている重要な問題点について、十分に論議すること」とされ、また、参議院法務委員会附帯決議2項には、「国民がより利用しやすい司法制度の実現、国民の司法制度への関与、法曹一元、法曹の質及び量の拡充等の基本的施策を調査審議するに当たっては、基本的人権の保障、法の支配という憲法の理念の実現に留意すること。特に、利用者である国民の視点に立って、多角的視点から司法の現状を調査・分析し、今後の方策を検討すること」とされている。
 審議会は、学識経験者のうちから両議院の同意を得て内閣が任命する13人以内の委員で組織するものとされ(設置法3条、4条)、委員の選任に当たっては、「司法制度の実情を把握すると同時に国民各層からの声が十分に反映されるように努めること」とされた(衆議院法務委員会附帯決議2項)。これを受けて、法律実務経験者及び法律学者6人、各界の有識者7人、の計13名の委員が任命され、まさに「国民の視点」に立った審議を期待されて、審議会は誕生した。

(2) 審議の経過
 審議会は、本年7月27日、第一回会合を開催した。小渕内閣総理大臣は、審議会発足に当たってのあいさつにおいて、「我が国は、今、内外の極めて厳しい環境の下、大きな転換期を迎えて」いるとの認識の下に、「司法制度を国民にとってより身近で利用しやすいものとし、司法制度が法的紛争を適正迅速に解決して国民の権利の実現を図るとともに、社会情勢に応じて法秩序を維持し、国民の基本的人権を擁護していくという役割を十全に果たし得るものとすべきである」ことを力説した。
 審議会は、爾来、上記設置法の趣旨を踏まえ、鋭意審議を重ねてきた。すなわち、21世紀に向けての我が国社会の在り方、我が国の司法制度の現状と課題について、政府関係者、有識者、司法制度のユーザー及び法曹三者等から意見を聴取するとともに、現段階では東京のみではあるものの、裁判所、検察庁、弁護士会及び弁護士事務所に対する実情視察をし、また、司法改革に関する各界の諸提言や外国の司法制度に関する諸研究・調査等も参考にしながら、当審議会として今後本格的に調査審議すべき具体的論点の整理に努め、ここに一応の結論を得るに至った。

Ⅱ 今般の司法制度改革の史的背景と意義

(1) 近代日本と現在

「渙散せし国権を復し、制度法律駁雑なる弊を改め、専ら専断拘束の余習を除き、寛縦簡易の政治に帰せしめ、勉めて民権を復することに従事し、漸く政令一途の法律同轍に至り、正に列国と並肩するの基礎を立たんとす」  (三條太政大臣より岩倉外務卿への諮問・岩倉公実記)。

 明治4年、我が国を不平等条約の桎梏から解き放ち、国際社会において対等の権利を有する主権国家とする使命を託された岩倉具視遣外使節団は、欧米諸国の実情を見聞する中で、我が国の統治構造を抜本的に改革し、近代的な法典の整備と裁判制度の確立が条約改正の必須条件であることを痛感するに至る。それから数十年、士族の反乱、自由民権運動そして法典論争等の激動の時代を経て、明治国家の近代化は帝国憲法の制定、諸法典の編纂という形で結実し、我が国は近代法治国家の体裁を整えて激動する国際社会に臨むこととなったのである。
 それから約半世紀、悲劇的な戦争を経験した日本国民は、国民主権と基本的人権の尊重をうたい、法の支配あるいは法の優位をもって完結する日本国憲法を制定し、統治構造と法制度の抜本的変革を試み、混乱と窮乏の中から再生の道を歩みはじめた。この新しい統治構造と法制度の下で、日本国民は、戦後の復興と経済的豊かさという輝かしい成果をあげたが、膨大な財政赤字と経済的諸困難あるいはある種の社会的閉塞感を抱えつつ新しい世紀を迎えようとしている。
 民法典の編纂から百年、日本国憲法制定から五十年を経た今日、司法に豊かな活力を吹き込むための根本的な制度改革が、行政改革等に続く「この国のかたち」(故司馬遼太郎氏)の再構築の一つの支柱として課題設定されたのは何故であろうか。それは、まさに、近代の幕開け以来、百三十年にわたってこの国が背負い続けてきた課題、すなわち、一国の法がこの国の血肉と化し、「この国のかたち」となるために一体何をなさなければならないのか、この根本的課題を直視し、それに取り組むことなく、21世紀社会の展望を開くことが困難であることが痛感されているからにほかならない。

(2) 日本社会の変容と司法の役割
 戦後、我が国は、国土の復興と経済的繁栄を求めて邁進し、輝かしい成果をあげたが、そこでは、この国の基層にあった集団への強い帰属意識とそこから醸成される使命感・連帯感がそうした目標を実現するための強力な推進力となった。しかし、このようにして実現された社会・経済的発展が、国民の関心や行動様式の多様化をもたらす一方で、発展の源泉となりえた集団志向的な社会・経済的システムが、その目標を見失いつつある中で、むしろ、個性の発露である独創的な着想や新たな価値体系の創造に対する桎梏となってきているところがある。肥大化し硬直化した制度や組織が、本来の目的を失って、自己保全を目的とした行動様式を採るに至れば、制度や組織を支えてきた倫理観は失われていき、やがては、不透明かつ無責任な体制となり、重い閉塞感の中でこの国の活力が枯渇する事態になりかねない。
 このような危機感に立って、この国が豊かな創造性とエネルギーを取り戻すために、政治改革・行政改革・地方分権推進・規制緩和等の経済構造改革が構想され実施に移されつつある。これらの改革は、自律的個人を基礎とし、統治客体意識から統治主体意識への転換を伴う、自由で公正な社会の構築が、21世紀のこの国の発展を支える基盤であるという認識を共有するものであって、今般の司法制度改革はその最後の要ともいうべきものであることが認識されなければならない。
 国民が自律的存在として、多様な生活関係を積極的に形成・維持していくためには、画一的な行政的規制に安易に頼るのではなく、各人のおかれた具体的生活状況ないしニーズに即した法的サービスを提供することができる司法(法曹)の協力を得ることが不可欠である。国民がその健康を保持する上で医師の存在が不可欠であるように、司法(法曹)はいわば“国民の社会生活上の医師”の役割を果たすべき存在である。
 我々は、より自由な社会を目指して、経済構造改革や行政改革等を通じて行政の不透明な事前規制を廃して事後監視・救済型社会への転換を図りつつあるが、そこでは、弱い立場の人が虐げられることのないよう、国民の間で生起する様々な紛争が公正かつ透明な法的ルールの下で迅速かつ適正に解決される仕組みを確立することが当然の前提とされている。我々は、また、国民主権の実質化を目指して、政治改革・行政改革等を通じて政治部門の統治能力の質の向上を図りつつあるが、そこでは、政治部門の活動を監視し、その行き過ぎによって国民の基本的人権が不当に侵害されることのないようにする必要があることが想定されている。こうしたコンテクストの中で重要な役割を果たすことが期待されているもの、それはまさに司法(法曹)にほかならない。
 この大きな変革の時代にあって、法の下においてはいかなる者も平等・対等であるという法の支配の理念が、そして、すべての国民を平等・対等の地位におき、公平な第三者が適正な手続を経て公正かつ透明な法的ルール・原理に基づいて判断を示すという司法の本質的意義が、いかに強調されても強調されすぎるということはない。剣の力にも財の力にも頼らない司法が、理とことばの力に基づいて、法の支配を守護し、国民の権利・自由を実現するという役割を有効かつ適切に果たしていくことを可能とするものは何か、このことを改めて我々は熟慮することを求められている。

(3) 国際化と司法の役割
 21世紀を目前とした国際社会は、冷戦構造の終焉と科学技術の飛躍的進展に伴って、より緊密なネットワーク化を進展せしめるとともに、自由経済原則を基礎とする地球規模の経済市場を創出しつつある。国際交通網の発達が国境を越えた人的交流を促進し貿易の拡大を支えると同時に、コンピューター・ネットワークの世界的展開がひとつの巨大な情報空間を生み出しており、国際通商・金融の在り方を激変させたばかりでなく、各国の社会・文化の在り方にも大きな影響を及ぼしつつある。
 企業活動が国境を越えて展開され、巨大な金融資本が情報空間を介して瞬時に世界を移動する現在、一国の経済を一国の政府の政策のみによって支え規律することは著しく困難となり、と同時に、一国の政治・経済の在り方が他国に対して甚大な影響を及ぼす可能性が増大してきている。我々は、世界に展開する個人や企業等の安全とその権利をいかにして保護していくのか、いかにして公正で活力ある世界市場を構築し、効果的な通商戦略をもって参入していくのか、さらに、人権問題や環境問題等の地球的課題や国際犯罪等の問題にどのように取り組んでいくべきなのか、といった課題に直面している。
 多様な価値観が共存する国際社会にあって、我が国が国際協調を基調とする通商国家・科学技術立国として繁栄する道を歩もうとする限り、こうした課題に背を向けることなく、公正な国際的ルールの形成・発展に積極的にかかわっていかなければならない。国際的ルールは決して所与のものではなく、各国が自らの立場を的確に主張し、利害を合理的に調整するという過程を経て形成されていくべきはずのものである。もはや、不平等条約に呻吟した時代ではもとよりなければ、敗戦の混乱の中で国際社会への復帰を願った時代でもない。いま、この国は、国際社会において積極的な貢献を果たすことが現実に期待されているのであり、そして、それが同時に、この国が自らの正当な利益を主張し、確保していく最善の道でもあると考えられるのである。こうした国際環境の下にあって、法的プロフェッションたる司法(法曹)が、国民の権利の実現に寄与し、国際的ルールの形成・運用に様々な形でかかわっていく必要が大きいことは縷々説明するまでもないであろう。
 このように国家の主権という“垣根”が低くなり、地球の“風”が吹きさらす事態にあっては、政府(行政府)のなし得ることには限度があり、社会自体がしなやかで強い構造をもち、豊かな構想力・情報発信力・実行力等を備えて国際社会と交流することができるようにならなければならない。そしてこうした社会の力は、結局のところ社会を構成する一人ひとりの個人の生のありように帰せしめられるものであろう。我々は、従来、ともすると人的諸関係に過度に頼り、また、安易に行政に依存しがちではなかったかを反省しつつ、自律的個人が共生するためのルールの在り方について、もう少し自覚的に取り組む必要があろう。我々がそうした課題に取り組むにあたって、既に述べたところから明らかなように、司法(法曹)に期待されているところ少なからざるものがあると思われるのである。

Ⅲ 今般の司法制度改革の要諦

(1) 司法の現状と改革の方向
 翻って、我が国の司法制度の現状を見ると、その歴史的・文化的背景の下に固有の発展を遂げて一定の役割を果たしてきたものの、例えば、「司法は、国民に開かれておらず、遠い存在になっている」、「弁護士も裁判所も敷居が高く、温かみに欠ける」、「司法は分かりにくく国民に利用しづらい制度となっている」、「社会・経済が急速に変化する状況の中で、迅速性、専門性等の点で、国民の期待に十分応えられていない」、「行政に対するチェック機能を十分果たしていない」等々、司法の機能不全を指摘する声が少なくない。端的にいえば、一般に、我が国の司法(法曹)の具体的な姿・顔が見えにくく、身近で頼りがいのある存在とは受けとめられていないということであろう。上記のように、21世紀の我が国社会における司法の枢要な役割を考えるとき、当審議会としては、こうした指摘・批判を重く受けとめざるをえない。
 日本国憲法の下に新たに出発した我が国の司法制度に様々な問題があることは、実は早くから認識されていた。昭和37年、内閣に臨時司法制度調査会が設置され、「司法制度の運営の適正を確保するため」、主として「法曹一元の制度(裁判官は弁護士となる資格を有する者で裁判官としての職務以外の法律に関する職務に従事したもののうちから任命することを原則とする制度)」と「裁判官及び検察官の任用制度及び給与制度」に関する「緊急に必要な基本的かつ総合的な施策について調査審議する」ものとされた。昭和39年、同調査会は、「法曹一元の制度」は「わが国においても一つの望ましい制度である」としつつも、この制度実現のための基盤となる諸条件はいまだ整備されていないと述べた上で、「現段階においては、法曹一元の制度の長所を念頭に置きながら現行制度の改善を図るとともに、右の基盤の培養についても十分の考慮を払うべきである」として、具体策について重要な諸提言を行った。その後の時の経過の中でこれらの諸提言を実現するための様々な努力が重ねられ、特に1980年代末以降の制度改革の動きには顕著なものがある。これらの努力と成果を踏まえ、上記のような司法(法曹)に対する国民の批判と期待に応え得る改革の全体像とそれを実現する具体的なプロセスを描くこと、これが当審議会に求められている任務であると解する。
 国民が司法に端的に期待するものは何かといえば、それは、国民が利用者として容易に司法へアクセスすることができ、国民に開かれたプロセスにより、多様なニーズに応じた適正迅速かつ実効的な司法救済を得られるということ、及び新しい時代に対応した適正な捜査・公判手続を通じて犯罪の検挙・処罰が的確に行われ、国民が安全な社会生活を営むことができるということであろう。今般の司法制度改革の要諦は、Ⅱで述べたような我々の置かれた時代環境を視野に入れつつ、法の支配の理念を基軸として、こうした国民の期待に応え得る司法の制度的及び人的基盤の抜本的拡充・強化を図ることにあると信ずる。
 当審議会は、そのような観点に立ち、かつ、2年間という当審議会の審議期間を考慮し、当審議会において取り上げ審議すべき論点を別紙「論点項目」のように設定した。その要点・趣旨を簡単に述べれば、以下の通りである。

(2) 司法の制度的基盤の強化

(ア)国民が利用しやすい司法制度の実現
 国民が利用者として容易に司法へアクセスすることができるようにするため、制度的に工夫すべきことは多岐にわたるが、まず何よりも、法曹の圧倒的多数を占め、国民と司法の接点を担っている弁護士へのアクセスの拡充を図らなければならない。すなわち、弁護士は、例えば、国民から第一次的に各種法律問題に関する相談を受け、それに対する解決の指針を示し裁判等の手続を代理するなど、法曹の中でも最も国民に身近な存在として重要な役割を担っているが、利用者である国民の立場からみると、現状では、弁護士に気軽に相談し、利用できる状況になっておらず、また、社会経済の各領域にわたる多様な法的サービスのニーズに十分対応できる状態になく、司法への国民のアクセスを阻害する一因となっている。その背景には、弁護士人口の不足、弁護士の地域的偏在、弁護士報酬の予測困難性、弁護士の執務態勢や専門性の未発達、広告規制等による情報提供の不足等々の事情があるものと考えられる。こうした点についての具体的改善策を含め、弁護士の在り方について広く検討する必要がある。そして、弁護士と隣接法律専門職種等との関係も、この文脈において検討すべき課題である。
 日本国憲法は、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」(32条)と規定している。この権利を実質的に保障するものとして、法律扶助制度を整備する必要がある。現在民事法律扶助の運営体制の整備等につき政府で検討されている措置に関し、法律扶助制度の整備に向けての重要な第一歩と評価し、その早急な実現が図られることを期待する旨の会長談話を発表した(11月24日)ところであるが、法律扶助制度は国民により身近で利用しやすい司法制度を実現するための重要な一方策であるとの観点から、総合的・体系的に検討を深める必要があると考える。
 社会で生起する紛争には大小種類様々あるが、事案の性格や当事者の事情に応じた多様な紛争処理の仕組みを用意することも、司法を国民に近いものとする上で大きな意義を有することであって、そうした観点から、裁判手続外の各種紛争解決手段(Alternative Dispute Resolution。以下ADRと略す)の在り方についても検討すべきである。
 司法が国民にわかりにくく遠い存在であるという一般的受けとめ方は、弁護士や裁判所の活動等に関する情報の不足によるところが少なくなかったと思われる。行政情報については先の通常国会で情報公開法が制定されたが、司法に関する情報の公開・提供を推進し、ADRも含む司法に関する情報に国民が容易にアクセスできるような仕組みの在り方について検討する必要がある。

(イ)国民の期待に応える民事司法の在り方
 民事裁判については、新民事訴訟法が制定され、少額訴訟等裁判所へのアクセスを容易にする工夫がなされ、また、審理の充実・迅速化を図るための様々な工夫が施されてきた。実際、例えば、審理期間は全体として短縮されてきているが、当事者が多数にわたる裁判等の中には依然として長期間を要している事件がみられる。裁判所へのアクセスが容易で、裁判が迅速に行われ、かつ、裁判の結果が確実に執行されなければ、国民の権利の保障は空文化する。
 したがって、ここでは、訴訟・執行手続の在り方の見直しにとどまらず、上述のように弁護士数の増加と弁護士の執務態勢の強化を図ることに加えて、裁判官数の増加をはじめとする裁判所の人的物的体制の強化等について検討することが必要である。
 社会の複雑・専門化、社会・経済活動の国際化が進む中で、知的財産権に関する訴訟や医療過誤訴訟等専門的知見を要する事件が今後ますます増えることが予想される。これに適正に対処すべく、非法曹の専門家を活用する方途等について検討することが必要である。
 裁判所は、統治構造の中で三権の一翼を担い、司法権の行使を通じて、抑制・均衡の統治体系を維持し、国民の権利自由の保障を実現するという重要な役割をもっている。行政訴訟制度や違憲審査権行使の在り方について、従来様々な批判や提言がなされてきたところであるが、21世紀の我が国社会で司法の比重が増大する中、行政・立法に対する司法のチェック機能を充実する方策について検討することが必要である。

(ウ)国民の期待に応える刑事司法の在り方
 刑事司法は、元来、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、的確に犯罪を認知・検挙した上、裁判手続を経て、事案の真相を明らかにし、適正な刑罰権の実現を図り、もって社会の秩序を維持し国民の安全な生活を確保することをその使命とする。我が国の社会・経済が急速な変化を遂げつつある中で、犯罪の動向も複雑化・凶悪化・組織化・国際化の度合いを強めている。このため、従来の捜査・公判手続の在り方ないし手法では十分な対応をし切れず、刑事司法はその機能を十分果たしがたい状況に直面している。そこで、まず、刑事司法が、その本来の使命を十分果たせるよう、人権保障に関する国際的動向も踏まえつつ、新たな時代に対応した捜査・公判手続の在り方を検討すべきである。
 刑事裁判については概ね迅速に処理されているものの、国民が注目する重要複雑な刑事事件の中には、一審の審理だけでも10年以上かかるものがある。こうしたことが国民の刑事司法全体に対する不信感を醸成することに鑑み、これら重要複雑な事件であっても迅速に審理し得る方策についても検討することが必要である。
 さらに、人権保障や裁判の適正迅速化等の観点から、被疑者・被告人の公的弁護制度の在り方についても検討課題とすべきである。

(エ)国民の司法参加
 Ⅱで示唆したように、21世紀の我が国社会においては、国民は、これまでの統治客体意識に伴う国家への過度の依存体質から脱却し、自らのうちに公共意識を醸成し、公的事柄に対する能動的姿勢を強めていくことが求められている。そして、地方分権の推進に伴い、地域における住民の自立と参加が今後一層重要視されていくものと予想される。このようにして主権者たる国民の公的システムへのかかわり方も多面的な広がりをみせようとする中、司法の分野においても、主権者としての国民の参加の在り方について検討する必要がある。
 現在、我が国では、調停委員、司法委員、検察審査会等の国民の司法参加制度があるものの、司法の中核をなす裁判手続そのものへの参加形態はかなり限定的である。司法を国民により身近で開かれたものとし、また司法への国民の多元的な価値観や専門知識を導入するといった観点から、これら現行制度の在り方について見直すことはもとより、欧米諸国で採用されているような陪審・参審制度についても、その歴史的・政治文化的背景事情に留意しつつ、刑事訴訟手続や民事訴訟手続等に導入することの当否について検討すべきである。

(3) 司法の人的基盤の強化

(ア)法曹人口と法曹養成制度
 制度を活かすもの、それは疑いもなく人である。いかに理想的な制度ないし仕組みを描いたとしても、それを実際に担う人的基盤を伴わなければ、機能不全に終わること必定である。上記(2)で示した制度的基盤の強化が実を結び、そこで意図された成果をあげるためには、その制度の運営を委ねるに足る質量ともに豊かな人材(法曹)を得なければならない。
 我が国の法曹人口が少なすぎることは、早くから指摘されてきた。先に触れた昭和39年の臨時司法制度調査会の意見書は、「法曹人口が全体として相当不足していると認められるので、司法の運営の適正円滑と国民の法的生活の充実向上を図るため、質の低下を来さないよう留意しつつ、これが漸増を図ること」を求めた。この39年は、司法試験の最終合格者数が戦後はじめて500人を越えた年であったが、その後は増えず、500人前後の数字が平成2年まで続いた。3年からようやく増加に転じ、今年は1,000人に達したが、今後ますます多様化・高度化することが予想される法的需要に応えるべく、法曹人口の適正な増加を実現する方策を検討する必要がある(ちなみに、欧米諸国の法曹人口は、アメリカは約940,000人、イギリスは約83,000人、ドイツは約111,000人、フランスは約36,000人であるのに対し、日本は約21,000人である)。
 問題は、21世紀の司法を支えるにふさわしい資質と能力(倫理面を含む)を持った法曹をどのように養成するかである。この課題は、大学(大学院を含む)における法学教育の役割、司法試験制度、司法修習制度、法曹の継続教育の在り方等を中心に、総合的・体系的に検討されなければならない。「法律家に対する教育の在り方が一国の法制度の根幹を形成する」と説かれることがあるように、古典的教養と現代社会に関する広い視野をもち、かつ、「国民の社会生活上の医師」たる専門的職業人としての自覚と資質を備えた人材を育成する上で、大学(大学院)に課された責務は重く、法曹養成のためのプロフェッショナルスクールの設置を含めて法学教育の在り方について抜本的な検討を加えるべきである。
 自律的個人を基礎とする自由で公正な社会においては、法は、いわば全国民の共有財産として、国民一人ひとりが様々な次元でかかわり活用できるものでなければならない。そのためには、法の担い手として、法曹だけでなく、隣接法律専門職種等も視野に入れつつ、総合的に人的基盤の強化について検討する必要がある。

(イ)法曹一元
 上記のように、臨時司法制度調査会の意見書は、「法曹一元の制度」を「わが国においても一つの望ましい制度」と位置づけた上で、「現段階においては、法曹一元の制度の長所を念頭に置きながら現行制度の改善を図るとともに、右の基盤の培養についても十分の考慮を払うべきである」と提言した。この提言の根底には、法の支配の理念を共有する法曹が厚い層をなして存在し、相互の信頼と一体感を基礎としつつ、国家社会の様々な分野でそれぞれ固有の役割を自覚しながら幅広く活躍することが、司法を支える基盤となるという理解があったものと思われる。そうであるとすれば、法曹一元の問題は、裁判官任用制度に関係しつつも、それに局限し得るものではなく、法曹人口、法曹養成制度、弁護士業務の在り方等も含めて司法(法曹)制度全体の在り方と深くかかわっている。
 裁判所は司法の中核に位置するものであり、その直接の担い手たる裁判官の任用制度の在り方は、法曹の中の圧倒的多数を占め法曹制度の土台をなす弁護士の在り方とともに、一国の司法の性格を規定する面をもっている。臨時司法制度調査会の意見書の趣旨とその後の努力の成果を踏まえ、活力に満ちた我が国社会の裁判官に必要な資質・能力は何か、そのための人材をどのようにして確保をするかについて、「国民の視点」に立って幅広く検討することが必要である。

(ウ)裁判所・検察庁の人的体制の充実
 司法が国民により身近で利用しやすいものとしてその機能を十分果たすためには、法曹の質及び量の充実にとどまらず、司法の運営を組織的に担う裁判所・検察庁について、それを支援する職員の増加等人的体制の充実を図ることが不可欠であり、拡充の規模・手順等について検討すべきである。

(4) その他
 社会・経済の国際化の進展により、国際的な法的紛争が増大しつつあることに加え、我が国社会がルールを重視する透明で開かれたものとなることは国際的な要請でもあることから、司法制度改革は国際的視点を抜きに論ずることはできない。そして我が国は、既に示唆したように、国際的ルールや法制度の国際的調和の動きなどに受動的に対応するのではなく、いわば「顔の見える国」として、国際的ルールの形成・発展に積極的に参画することが求められており、諸外国への法整備支援体制の在り方や、国際仲裁法制の整備等国際的紛争を円滑に解決する方策をも検討する必要がある。
 また、我が国の司法予算は他の主要国に比べ少なすぎるとの指摘があるが、以上述べたような改革による司法制度の人的物的基盤整備に必要な予算の確保についても検討しなければならない。
 なお、これまでの我が国の司法制度に関する改革は法曹三者中心で進められてきたが、社会・経済の変化等に応じて柔軟に行われてきたとは言い難い。社会・経済状況の変化やそれに伴う新たな国民のニーズに対応した司法制度の改革や運営の改善を迅速かつ的確に行うため、法律専門家以外からの有識者も加えた常設の機関を設置し、これを推進する体制整備を検討すべきである。

Ⅳ 今後の審議に向けて

 審議会は、以上のような問題意識を踏まえて、別紙「論点項目」のとおり今後調査審議するべき項目を整理した(ただし、現段階での整理であり、審議の途中において新たな問題が浮上したときには、それを取り上げることを排除するものではない)。「論点項目」では、各論点を一応制度的インフラと人的インフラとに分離しているが、これまで述べてきたところからも明らかなように、制度の在り方の問題とその担い手の問題とは相互に有機的に関連しており、個々の論点がいずれに属するか自体は必ずしも重要ではない。したがって、この分離自体は一応の目安を示すものにすぎず、各論点をそれぞれ切り離して調査審議していくことを意味するものではなく、また、調査審議の順序を確定するものでもない。当審議会は、各論点相互の関係を十分意識しつつ、あるべき司法の全体像を見据えながら、当審議会の設置期限である平成13年7月までに最終意見を取りまとめるべく、調査審議を行っていくことになるが、平成12年中のしかるべき時期には、今回整理した論点に関する中間報告を公表し、広く国民の意見を仰ぐ予定である。
 具体的な調査審議に当たっては、地方公聴会等も実施して、司法制度改革に対する国民各層の意見に耳を傾けるとともに、諸外国の司法制度についても、その歴史的・文化的背景と現実の機能に留意しながら一定の検討を行い、現在の我が国の司法制度が抱える問題点を多角的に分析したいと考えている。その上で、我が国の司法が築き上げてきた成果を踏まえ、かつ、今般の司法制度改革の史的意義を不断に想起しつつ、「この国のかたち」にふさわしい21世紀のあるべき司法の全体像を描き、実効性のある改革案を示したいと思う。さらに、最終意見においては、改革案を提示するにとどまらず、改革実現の具体的スケジュールや推進体制の在り方について論及し改革が確実に実行されるための方策をも示したいと考えている。
 国民主権の下であるべき法の支配ないし司法権の独立の意義を沈思し、来るべき新時代の要請に応える司法制度の実現に向けて、不退転の決意で審議に臨むことを宣明しつつ、ここに論点整理として公表するものである。


論 点 項 目(案)

1 制度的インフラ

(1) 国民がより利用しやすい司法の実現 ○弁護士の在り方 ・弁護士へのアクセスの拡充
・弁護士過疎への対応
・弁護士と隣接法律専門職種等との関係

○法律扶助制度の拡充
○裁判手続外の紛争解決手段(A.D.R.)の在り方
○司法に関する情報公開・提供の在り方

(2) 国民の期待に応える民事司法の在り方 ○裁判所へのアクセスの拡充
○民事裁判の迅速化
○専門的知見を要する事件への対応
○民事執行制度の在り方
○司法の行政に対するチェック機能の充実

(3) 国民の期待に応える刑事司法の在り方 ○新たな時代に対応し得る捜査・公判手続
○刑事裁判の迅速化
○被疑者・被告人の公的弁護制度の在り方

(4) 国民の司法参加 ○陪審制・参審制
○既存の司法参加制度の在り方
2 人的インフラ (1) 法曹人口と法曹養成制度 ○法曹人口の適正な増加
○法曹養成制度の在り方 ・司法試験制度、司法修習制度の在り方
・大学法学教育の役割

○法曹倫理

(2)法曹一元
(3) 裁判所・検察庁の人的体制の充実
3 その他 ○司法の国際化への対応
○司法関連予算の確保